きょーすけの気学塾...

先日、名前を篤志より享佑(きょうすけ)に改名いたしました。
その為、こちらのブログのタイトルも『あつしの気学塾』から『きょーすけの気学塾...』へと変更いたしました。

心が豊かに生きられる秘訣をつらつらと書き綴っています。

あつしの気学塾へようこそ!!

このブログは、私が発行する九星気学(別名:風水)に関するメルマガのバックナンバーを閲覧できるように公開しているブログです。


九星気学とは約一万年もの間、ごく一部の著名人・実力者の間を脈々と受け継がれてきた学問です。

『占い』とは『裏 成り』が訛ったものと言われています。

裏とは、物事の起こる裏側、言い換えれば因果応報の 因

因の成り立ちを知るということ。

そして、良い『因』となる種を蒔けば、必ず良い『果』を受け取ることが出来る。

自分の運勢を自分の行動でコントロールできる学問ということになります。

知れば知るほど面白い!!

その面白さをお伝えするブログを目指します。

興味が湧いた方は是非無料のメルマガにも登録してみてくださいね☆

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「主客一体」もしくは「一座建立(いちざこんりゅう)」という茶道の言葉を知っていますでしょうか?


以下をどうぞ。


_______


茶道には、茶席は「主客一体」、亭主と客とが一体となって創り上げるものだという考えがあります。


亭主は客の気持ちになって、「お忙しいのにわざわざ来ていただいて本当に有り難うございます」と思い、精一杯もてなします。


客は亭主の気持ちになって、「私のためにこんなにいろいろとお気遣いをいただき、大変有り難うございます」と礼を尽くすのです。


この主客一体の境地は、亭主の心配りと表現力、そして、亭主の機微を感得する客の力量とが合致して、ようやく成立します。


一朝一夕にできるものではありません。


でも、だからこそ、お互いの心が一つになった時、単に味がよいだけでなく、心にしみじみと染みいるお茶がいただけるのです。


料理人と客の関係も同じではないでしょうか。


二、三度通ううちに、注文をしなくても好みの料理が出てくるようになる。


客はそれを、料理人への感謝とともにいただく。


そうやって初めて体感できるおいしさもあると思いませんか?


あなたと私の気持ちが合致した時に、より深い境地が味わえます。


_______


「日本人の心、伝えます」

千 玄室 著

幻冬舎より


_______



招く側(ホスト)と、招かれる側(ゲスト)の双方が協力し、一体となってその空間を創り上げる。


そうすることにより、何とも言えない味や空間、気持ちに導かれるのでしょう。


客の立場だからといって横柄な態度をしたとして、それが良い結果に繋がるとは思えません。


例えば、子どもが一生懸命つくった料理を食べて、「おい、味が薄いぞ!」と言ったところで、美味しくなることはないでしょう。


それよりも、一生懸命つくってくれた事に感謝し、「すごいな!こんな料理もつくれるようになったんだ!」とねぎらってあげた方が、美味しくいただけると思います。


会社の仲間も、チームも家族も、意識して「良くしよう」と思わない限り、良いチームにはなりません。


自分のことばかり考えている人が集まったチームが【一番弱くて脆い】のです。


こんな話があります。


あるところに、2軒の家が並んでいまして、一軒の家では毎日喧嘩が絶えません。


もう一軒の家では、家族みんな仲が良いと。


そこで、ケンカばかりしている家の主人が、仲が良い家の主人に相談します。


すると、意外な答えが返ってきました。


「あなたの家はきっと“善人”ばかりの家族でしょう。


私の家は“悪人”ばかりの集まりだから、ケンカしないのです」


? ? ?


ケンカばかりしている家の主人は、意味が分からずに家に戻りました。


翌朝、隣の仲の良い家が何やら大騒ぎをしています。


どうも、その家で飼っている馬が、家の中を飛び回っているようです。


(となりの家でもケンカが始まるぞ!)と思い、主人がのぞきに行きました。


すると、こんな会話が聞こえてくるのです。


おじいさんが、「私が悪かった。夕べ、馬を繋ぐ時に、私が不注意だったんだ。そのせいで、こんなことになってしまった」と言う。


今度は、おばあさんが出て来て、「この私が不注意でした。私が悪いのです」と言う。


すると、若い主人が出て来て


「年寄りは早く寝て当然なのに、若いこの私が不注意だったのです。私にこそ責任があります」と言っていると、


その奥さんが「いいえ、それにも気が付かなかった私が悪かったんです」と


『仲良し一家』が、みんなで言い合っているのを見せ付けられて、やっと『喧嘩一家』の主人は気が付きました。


「なるほど。隣のご主人が、


『我が家は”悪人”ばかり集まっているから喧嘩にならない。お宅は”善人”ばかりだから喧嘩ばかりなのでしょう』


と教えてくれたのは、このことだったのか。


我が家も見習って、”悪人”ばかりの家にしたいものだ」


というお話です。


自分の中の正義や善を通そうとすると、「自分は合っている!相手が間違っている」という思考にしかなりません。


自分がまだまだ未熟で不完全な人間、つまり自分が悪いと言える人が集まると、「自分が悪かった。相手は素晴らしく頑張ってくれている」という思考になるので、争いが起きないばかりか、


自分の責任と捉えるので「成長」もできるのです。


自分が変わる!自分が直す!自分が成長する!


相手のせいにした瞬間に、自分は何も変える必要がありませんから、1ミリも成長しないということです。


どんなときでも「相手の気持ちと相手の立場」に配慮でき、相手を責めるのではなく「自分」の責任と捉える人が、結果的に喜ばれる存在になっていきますね♪


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【「運」と「命」の関係】№2410


竹内一郎氏の心に響く言葉より…


私たちが運を考えるとき、忘れてはならないのが「命(めい)」の存在です。

「命」は植物でいうと、種の部分です。


私たちは、朝顔の種は、朝顔に合った育て方をしないと、花を咲かせてくれないことを知っています。

また、菊の球根も同様です。

朝顔に菊の育て方をしても枯れてしまうか、立派な花をさかせてくれないかどちらかのはずです。


植物でいうなら、育て方の部分が「運」です。

太陽の光や、雨や、肥料などです。

私たちはこの事情に無頓着なのです。


運と命の関係を、ホンダの創業者・本田宗一郎氏の例で説明しましょう。

なぜ本田氏に運が開けたのでしょう。

まず、技術者として成功する命を持って生まれ、その命を上手に育てたのです。

そして、自分の素質に合ったフォームを見つけました。

本田氏が、生活の安定を求めて、国の研究機関や大手メーカーの開発部門に入社していたら、彼の命が開化したとは、到底思えません。

本田氏は、自分の命を最大限に活かし、自分に運が向くように行動して、結果的に運を引き寄せているのです。


さて、本田氏が今の時代に生まれたらと仮定しましょう。

母親が教育ママだったとします。

小学校のころから「宗一郎ちゃん、猛勉強して東大に行き、大手銀行のエリート社員になるのよ」と育てたとします。

本田氏は、根っからの技術屋ですから、東大法学部に入るような勉強と命が合っているとは考えられません。

そんな本田氏が、母親の叱咤激励のもと、ガリ勉に励み、塾や家庭教師漬けの日々を送ったとします。

恐らく、努力の10分の1の成果も現れないでしょう。

勉強しても勉強しても、成果が上がらないのです。

高校生になるころには、母親も本田氏もぼろぼろになっているでしょう。

それでも、やっとの努力で有名とはいえない大学の経済学部に入ったとします。

本田氏はいやな勉強をやりすぎて、燃えつき症候群になっているでしょう。


これは笑い話ではありません。

私の見立てでは、自分の命を誤り、運が塞がったような生き方をしている人がたくさんいるのです。

現在は、労働力の振り分けをするのに学校の勉強が大きな比重を占めています。

しかし、これは人間の命(可能性)から見ると、随分陳腐なスタイルをとっているといえます。

私は現状でも、一流大学を出た人の多くは、一流大学を出たことで職業の選択を誤り、運に見放されたような生き方をしている気がしてなりません。

もっと自分の命に忠実に生きれば、運の追い風を受けられるのに、と。

運と命とはこのような関係にあります。

運と命の兼ね合いで「運命」が決まっていくのです。


『運を強くする心の法則』PHP文庫





竹内氏はこう語る。

「私の場合、劇作家、演出家という職業柄、劇作家や演出家、または俳優に知人がたくさんいます。

大きな仕事をする人は、確かに抜きんでた長所を持っています。

しかし、大きな欠点を抱えている気もするのです。

仕事だけ見れば、配慮の行き届いた完成度の高い仕事をする人が、私生活や友人関係では非常識なことを繰り返していることも珍しくありません。

長所が際立っている人は欠点も目立つように思います。

人間的にはずいぶんデコボコしています」(同書より)


自分の「命」という長所を知り、それを育てることは、逆にいうと短所も目立つということ。

だが、たいていの人は、自分の「命」を無視して、短所を治そうとする。

短所を治すということは、失敗することを恐れてチャレンジしないのと似ている。


松下幸之助翁しかり、本田宗一郎しかり、偉大な人には長所と同じくらい短所もある。

魅力ある人は、長所を伸ばした人。






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こんなにも空が青くて

こんなにも心地良いそよ風が吹き抜けていて

木々の枝葉が陽射しから木陰を作ってくれて

寒くもなく

暑くもなく

食べるものも不自由なく

自由にできる時間のゆとりがあって

いったい何が不満なのだろうか。

いったい何が足りないのだろうか。

隣の人よりもちょっと良いものを食べたい??

隣の人よりもちょっと良いものを着こなしたい??

隣の人よりもちょっと良い車に乗りたい??

隣の人よりもちょっと良いお家に住みたい??

気付いてないだけで、大事なものって実は身近なところにあるよね。
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人生で最大の問題の一つに、性格の問題があります。


様々な性格同士の衝突は常にどこかで起きています。


この世の多くの不安や困難は、お互いが仲良くできないことに原因があります。


家庭崩壊、友情の消滅、職場の問題の多くは、性格の衝突から始まります。


異国間の衝突は、戦争さえも引き起こしてしまうのです。


ここでも、人生を変える力――― 選択の力は、重要な役割を果たします。


考えるまでもありません。


人に優しくするすることも、よそよそしくすることも選択できます。


人の役に立つことも、何もしないでいることも選択できます。


協調することも、頑固になることも選択できます。


興奮することも、穏やかでいることも選択できます。


怒ることも、普通なら怒るところを大目にみることも選択できます。


愛すべき人でいることも、辛辣でいることも選択できます。


微笑むことも、不機嫌な顔で歩き回ることも選択できます。


人を信頼することも、会う人すべてを疑うことも選択できます。


嫌われていると思うことも、好かれていると思うことも選択できます。


小奇麗で清潔にいることも、身なりに構わず不潔でいることも選択できます。


やる気なく怠惰でいることも、成功を目指し努力することも選択できます。


もう一度考えてみる必要はありません。


間違いなくすべてあなた自身が選択しているのです。


_______


「人生を変える力」

マーティン・コー 著

徳永英明 訳

ディスカヴァーより


_______



誰かのせいで今の自分の性格があるのではありません。


自分で選択して、今の自分の性格があります。


性格は自分の選択次第で変える事ができるのです。


変えたくない理由があるか、変えたくない自分がいるだけです。


アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えられる“ベンジャミン・フランクリン”は、いつもだれかと口論し、そのせいでずっと友達を失っていました。


あるとき、思い当たる自分の嫌な性格を全て紙に書き出し、一覧表にして、最もたちの悪いものから順に並べなおします。


そして、この嫌な性格を一つずつ失くしていくことにしたのです。


リストからすべて消えるまで続けました。


結果はご存知のことと思います♪


このように、性格さえも変える事ができるのです。


自分の変えたい!変える!という選択をすることが出来るのは、


もちろん自分しかいませんね(*^_^*)


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【「ありがとう」は一日に何回でも】№2497


リチャード・テンプラー氏の心に響く言葉より…


人は「忙しすぎて」「ついうっかり」などと言い訳したり、「前に言ったことだからいちいち口に出さなくても察してほしい」と平気で開き直ることがある。

「お願いします」「ありがとう」が忘れ去られる場面はけっこうあるのだ。

これはひとえに旧来の悪しきマナーがなせるわざにほかならない。


基本的な人間としての品位や礼儀すらおろそかにしだしたら、私たち一人ひとりの存在意義がまったくなくなってしまう。

「ありがとう」も「お願いします」も言えないくらい礼儀知らずになったら、それこそ人間もうおしまいだ。


日に何回メモを渡されようが関係ない…そのたびに必ず「ありがとう」のひと言を。

日に何回も同じことを頼もうが関係ない…そのたびに必ず「お願いします」の気持ちで。

誰かが自分のために何かをしてくれたときも、それがどんなに日常茶飯の退屈なだけでたいしたことのない雑用だろと、「ありがとう」の言葉を絶対欠かしてはならない。


一回でも言い忘れたら最後、「感じの悪い無礼者」の烙印を押されてしまう。

人の気分を害さないためにも、「お願いします」と「ありがとう」は欠かさずに。


昔の同僚に、深夜勤務、休日出勤、残業ばかりか、書類を自宅に持ち帰って休日返上で週末も働くなど、人一倍仕事に精を出す部下が自然と集まる管理職がいた。

そこで彼の一挙手一投息に注目し、自分たちの行動との違いを探ったところ、それが部下の忠誠心の獲得にあることがわかった。

ここまで来れば、私が言うまでもなく、もうお気づきだろう。

そう、彼は「お願いします」と「ありがとう」の気持ちを忘れなかった。

心のこもった「ありがとう」は、まさに絶大な威力を発揮するのである。


ほめ言葉をもらったときに自分をけなさないようにする、というのもお勧めだ。

「よくやった」とほめられたとたん、顔を赤らめて「いや、それほどでも」と口ごもるのはやめること。

それでは、せっかくのほめ言葉が台無しになる。

そんな場合はむしろ「ありがとう」と言ったほうがいい。


『なぜか出世する人の仕事のルール』ダイヤモンド社





何かをしてもらったとき、いちいち「ありがとう」というのはわざとらしい。

ちょっと会釈するくらいでいいのでは、という人がいる。


小林正観さんは、それについてこう語っている。

「心の中で思う力(想念)よりも、『口に出した言葉の力』のほうが、はるかに大きなエネルギーを持っています。

ですから、『よき仲間』を増やすには、心の中はどんな状態であれ、『ありがとう』と『口に出して言ったほうがいい』と思います」


例えば、「かけそば」を食べたいと思ってお蕎麦屋さんに入ったのに、つい「カレー南蛮」と言ってしまったら、カレー南蛮が出てくる。

どんなに強く心の中で思っていても、言葉に出したものが出てくるのだ。

これは、心の中で、「コンチクショウ」「大っ嫌いだ」と思っていても、口で「ありがとう」と言えば「ありがとう」の気持ちが伝わるのと同じだという。

だから、会釈でなくて、「ありがとう」と言葉に出したほうがいい。


「ありがとう」と「お願いします」を一日に何回も言いたい。





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【投げかけたものが返ってくる】№2465


小林正観さんの心に響く言葉より…


投げかけたものが返ってきます。

投げかけないものは返らないのです。


楽しい話に囲まれたい、楽しい人に囲まれたいと思いながら、自分が不機嫌でいたのでは、それはかないません。

楽しい日々を送りたいのであれば、自分から発するものが常に楽しいものであるほうがいいのです。

楽しい話を発振すれば発振するほど、自分のところに返ってきます。


投げかけを続けると、約3年ほどで自分の周りが変わるように思います。

3年間同じことを続けていくと、3年後にはその投げかけたものの集積に囲まれるようになります。


不機嫌を3年間続けていれば、3年後は不機嫌な人に囲まれます。

楽しい話を3年続けていれば、3年後は楽しい話に囲まれることになります。

イヤな話を3年間続けていれば、3年後はイヤな話ばかりに囲まれることになります。


こんな面白いデータがあります。

子どもにこんな質問をしてみました。

「母親が悲しそうだったら、あなたも悲しくなりますか?」

聞かれた子どもの9割以上が、悲しくなると答えました。

母親が楽しそうだったらあなたも楽しいですか、と聞かれた子どもの9割以上が、私も楽しくなると答えました。


つまり、母親が毎日楽しそうで幸せそうならば、子どももいつも楽しく幸せそうに暮らしていくということです。

いつもニコニコしている母親であれば、子どももいつもニコニコしている。

いつもイライラしている母親ならば、子どももいつもイライラしている。


母親の生き方や考え方が、子どもに投映されます。

子どもをしっかり教育するんだ、しつけをするんだ、ちゃんと子育てをするんだと意気込んで、毎日子どものあら探しをして怒って、悪いところを指摘して説教ばかりしていると、その不機嫌な親とまったく同じように、不機嫌な子どもが育ちます。

母親が教育に熱心であればあるほど、しつけに厳しいほど、子どもは笑顔を失います。

笑顔のない母親には、笑顔のない子どもが育つのです。


逆に教育やしつけにあまり熱心でなくても、いつもニコニコして楽しそうに生きている母親がいるとしましょう。

そうするとその子どもは、母親と同じように、いつもニコニコと楽しそうに生きることになります。


母親が、来る日も来る日も政治の批判、経済の批判、いろんなものを批判して、気に入らないと言い続けたとしましょう。

子どもも同じように、来る日も来る日も、文句を言い続ける子どもになります。

そのように親に見本を見せつけられたからです。


反対に、母親が来る日も来る日も「うたし焼き」の話に終始していたとしましょう。

(う)嬉しい話、(た)楽しい話、(し)幸せな話、(や)役に立つ話、(き)興味深い話を、子どもの目の輝きを見ながら、楽しそうに、嬉しそうに話をしている母親。

そいうことを繰り返していったら、子どももそいう話が好きになります。

子どももそういう話だけをするようになります。


「うたし焼き」の話をずっと繰り返していると、友人が増えていきます。

そういう楽しい話を聞きたがる人は、世の中に多いのです。


『豊かな心で豊かな暮らし』廣済堂出版




親や先生、先輩、上司、商店主、経営者というようなお手本とならなければならない人が、楽しそうに生き生きとして生きていなければ、子どもや生徒、部下たちは、親や先生や先輩たちのようになりたいとか、あとを継ぎたいとは思わない。

子どもや生徒、部下たちに、「つまらない」「不機嫌」「イヤでしかたない」という波動を発振してきたからだ。


世の中のことはすべて、こちらが投げかけたものが返ってくる。

つまり、現在自分に起こっていることは、いいことであれ、悪いことであり、自分がかつて投げかけたものが返ってきているだけ。


「投げかけたものが返ってくる」

いつも、「うたし焼き」の話をして、まわりを喜ばせる人でありたい。





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昨日はランニング日

週に2、3回程度やけど、それでも続けていくと少しずつ平均スピードが増してくる。

それがまた楽しみの一つになってくる。

アプリってスゴイね。

昨日のランニングのあと、気付きをいただいた。

昨日は風が吹いていて、

20分間ランニングした後に吹き抜けるその風が

めちゃめちゃ気持ち良い。

その風が、めっちゃありがたかった。

ありがたいなぁ~

って思った時にふと気が付いた。

この感情は最近自分の中に出てこなかったなぁって。

言葉ではありがとうとかありがたいって言ってたけど

心で感じてなかったなぁって。

こうして忘れてた大事なことに気付きを与えてもらえることがありがたいな。
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「初めて振ったバットに、ボールは当たったか?


初めて乗った自転車は前に進んだか?


違うよな。


こけて傷だらけになりながらあきらめずに続け、


ついにお前たちは自転車に乗れるようになり、ヒットを打てるようになった。


(他のことも)一緒やろ」


by 木下晴弘


「何でも途中で止めれば失敗だが、続ければ成功への通過点となる」


by 白木学


「私は宇宙人ではなく人間。


だから、私にできたことはあなたにもできる。


それを継続できるかできないかが問題なのです」


by 宗次直美


「コツコツやることだけが、自分をレベルアップする唯一の方法だと思う」


by エムナマエ


「人生には、近道や魔法の絨毯は存在しない。


自分の足で一歩ずつ歩いていかなければならない。


その一歩一歩がいつか信じられない高みにまで、私たちを運んでくれる」


by 稲盛和夫


_______


ということで、続けることの大切さを教えてくれる名言を揃えてみました♪


なぜか?


実は・・・


な、な、なんとっ!


今日でメルマガ・・・


3000号達成だったのです(*^_^*)


1日も休まず、8年以上続けて参りました♪


雨の日も風の日も、


体調が悪くても悲しみに暮れた日も、


結婚した日も子どもが生まれた日も、


ケンカした日も仲直りした日も、


お酒を飲んだ日も飲まれた日も、


熱く語った日も抜け殻のような日も、


出会った日も別れた日も、


1日として同じ日はなくて、1日として同じ内容のメルマガもなくて、


3000号も続けてこられたのは間違いなく、


今、これを読んでいる、


あなたのおかげです♪


本当に本当に感謝しています(*^_^*)


昔から読んでくれている方も、最近読み始めてくれた方も、みんな大好きです♪


まだまだ未熟ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。



「この話は、メルマガ”魂が震える話”で紹介されていました。  00526431s@merumo.ne.jp  に空メールを送ると登録できますよ♪」


メルマガ発行者のけいさん
本当におめでとうございます!
約9年間という期間毎日の配信にはただた敬服の念しかありません。
これからもメルマガ楽しみに読ませていただきます。
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----人生を成幸に導く偉人の名言----
物事を上手くやるために必要なこと。
第一に愛、第二に技術。
        アントニ・ガウディ
         スペイン 建築家
           (1852~1926)
------Masaからのメッセージ--------
スペインのバルセロナにある
世界遺産として有名な大聖堂、
サグラダ・ファミリア。

1882年に着工して121年たって
いるのですが、未だに工事中です。

ガウディ没後100年の節目となる
2026年に完成される予定です。

当初、完成までに300年は
かかるだろうと言われた壮大な構想。

ガウディさんの
建築設計における信念は、
「自然が作り上げたものこそが美しい。
我々はそこから発見するだけだ。」

そして、この大聖堂については、
「サグラダファミリアの工事は
ゆっくり進むんだ。
私のクライエントは
別に急いでないからね。」と
言っています。

ビジョンの大きさ、器の大きさに
驚くと同時に、
普段、自分の思考に「限界」を
持たせていることを気づかされ
ますね。

このガウディさんの壮大な構想は
「夢」というよりは「志」なるもの
です。

夢と志の違いは、
パーソナルなものか、
パブリックなものかという違いです。

私の夢はフェラーリに乗ることです。
とは言いますが、
私の志はフェラーリに乗ることです。
とは言いません。

夢は個人の願望を満たすために
必要なものであり、
志は自己を超越した、
世の中のニーズを満たすものですね。

より良い世の中が今あるのは、
この志を持つ、偉人の器と行動の
結果によるものですね。

そして、その偉人たちが共通して
持っているものがあります。

それが「愛」ですね。

与える愛。無条件の愛です。

志は厳しい茨の道をいとわない
与える愛の力であるとも言えます。

マインドが8割、スキルは2割。

何事もそこに愛が注がれている
ことが成功の秘訣ですね。

夢は叶えるもの。
志は引き継がれていくもの。

ガウディの志は、
彼の遺志を引き継ぐ、
次世代の建築家たちによって、
工事が進められています。

私たちの命は有限でも、
その志は未来へと続く。

そのために、
今を生き、志に生きよう。

愛を持って、情熱を持って。

愛と感謝と尊敬を込めて、


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【聴くことと笑うこと】№2495


玄侑宗久氏の心に響く言葉より…


よく、「君はまだ若いから解らないかもしれない」とか、「経験してみないと、これは解らない」なんて、年齢や経験をひけらかして話す人がいますけど、どうも私たちは「今は不完全だけど、いつか完全になるための努力する」という考え方が染みついているんですね。

学校でも職場でも、そうでしょ。

努力して頑張って、あるところに到達しようとする。

そういう価値観から、マイナスのことを反省したりさせたりするんじゃないですか。


しかしそれなら、いつ完成するんですか?

いくつになったら完全なんですか?

あの人はもう年とりすぎて呆けてきたんじゃないか、なんて言われたら、いつが一番イイんですか?


やはりみんな、現在すでに完全なんだと思いますよ。

ある特定の価値観から見てじゃありません。

天から見て、ですから納得しにくいと思いますけど。


みんな本当は完全なのにその完全さが出てこない。

試しにでいいですからそう思ってみてほしいんです。

そしてどういう状況ならそれが出てくるのか、と。


完全さというのは輝きと言ってもいいと思います。

その人がパッと輝いて見えるのはどんな時か、ということです。

これは仮説かもしれませんが、私は笑いの中で出せる自分ほど幅広くて輝かしいものはないんじゃないか、と思っているんです。


たとえば職場で仕事の話しかできない、なんてのは、酷い職場だと思いますよ。

人間はもっとトータルな存在だし、そのトータルさが出せる場であってほしいですよね、職場も学校も。

たしかにどんな場所にも、あいつは本当に困った奴だってのがいるもんだと思います。

人が嫌がるようなことをワザとしたり、っていう人もいるかもしれません。

そんな人に説教して反省を促すのはあたりまえと考えるかもしれませんが、その人をよーく観察してみてほしいんです。


先ず、その人は滅多に笑わないんじゃないですか?

どうして笑えないのか?

たぶんその人の話が、ちゃんと聴かれていないんじゃないでしょうか?


「聴く」というのはとても難しいことですよね。

案外、人は他人の話を聞いていない。

聴かれないことが習慣化すると、ちょっとした言葉にも敏感になって、話すのを辞めてしまいます。

「そんなこと、あたりまえじゃないの」とか、「あっ、それ誰かも言ってた」とか、「だから何なの?」とか、「あなた、以前にも同じこと言ってた」とか、何気なく言っているつもりでしょうが、そうした言葉はピタリと彼らの口を閉ざしてしまいます。


ほんとうは誰もが完全であるのに、人は「聴かれない」ということだけで自らの完全さを忘れます。

その時その時で完全な自分というのは、ちゃんと聴かれる状況で、しかも笑える状況で、初めて実現するんじゃないかと思います。


『まわりみち極楽論』朝日新聞社




「相手の話を聴くこと」も「笑うこと」も相手の存在を認めること。

この逆の、「相手の話を聴かず、無視する」や「冷笑したり、ばかにしたりする」と、相手の存在を否定することになる。


人は誰もが完全な存在であるとは、欠点も長所もひっくるめて相手の存在を丸ごと認めること。

あなたがいてくれてよかった、と。


聴くことと笑うことはとても大事だ。





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