おやぢと風鈴の猫日記

我が家の愛猫(風♂と鈴♀)との日々を綴ります。
そしてたまにはモータースポーツについても語ります!
第2章スタートです!(^_-)-☆


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なんとなくバタバタして
毎日が流れて行くなぁ…

とりあえず元気

だが色々起こり過ぎな日々

風鈴は震災で急遽避難してきた
実家の母親に戸惑いながらも
相変わらずでノンビリ過ごしてます。
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あの日から一ヶ月過ぎて
なんとなく仙台市内でも被害のない地区だった
我が家の辺りは日常を取り戻しつつあります。

そんな中一昨日の4月13日に
申し込みしていた災害ボランティアセンターから
電話を頂き、昨日、今日の2日がかりで
実家の片付けに行ってきました。

仙台から石巻をつなぐ
三陸自動車道は普段は滅多にないくらいの
大渋滞が毎日毎日朝に夕に続いている。

渋滞を予想して早めに出たのだけど
予想以上の大渋滞で約束の時間ギリギリに実家に到着

実家では既に
父方の従兄の方夫婦
おやぢの会社のY氏
が荷物を出す作業していてくれました。

母親と急いで準備をして部屋から荷物を出すのだが
我が実家色々訳ありで驚くくらいに荷物がある。

老人2人暮らしなのに
何故か小さな旅館以上に食器があったり
冷蔵庫は冷凍ストッカーも入れて3台あったりと
まぁ~~呆れるくらいに荷物がある・・

一度は流れたと思えば気にならない

なんて言ってた母親も現場に行けば
あれもいる、これもいる
なんて状態になってしまい
なかなか作業が進まない状況に

苛立つおやぢと喧嘩しながらも
荷物を出しているとボランティアの皆さん登場!!

なんと8人(男性5人女性3人)に来て頂き
次から次へと荷物を庭へ出し
庭で母親と従兄の奥さんが選別作業

ボランティアの方々も
あまりの荷物に呆れながら苦笑いながらも
本当に一生懸命作業してくれて
なんとか昨日は1階の水没部分の2部屋&台所から
荷物を出す事が出来ました。

どんな感じかと言えば
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こんな風に庭へ荷物を運び出す

出した部屋は、こんな状態だった部屋が
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こんな風に何も無くなる

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無くなった部屋からは
流れ込んだ汚泥を掻き出して
作業終了って感じなんだが

掻き出した床は
もう使い物にならないくらいに
痛んで歩くのが危険な状態になっていた

我が家はこれから「り災証明」を発行してもらうのだが
とりあえず2階は無事だから全壊になるか微妙なんだが
床・壁・などが全て新しくするとなると・・・


なんとも今後が思いやられる状況です(@Д@;

まぁ今は悩んでも仕方ないから
片付けを終えれたことを素直に喜ぼう!

そして本当に本当に
災害ボランティアの皆さんに感謝!!

そして従兄夫婦

会社のY氏

皆さんのお力がなかったら
絶対片付けれる状態でなかっただけに
本当に2日間ありがとうございました!!

そして気になっていた
家の犬 ゴンタ君の遺体も発見

庭にしっかりと穴を掘り
お線香をあげて、送ってあげることができました(T_T)

石巻はまだまだ先の長い復興の道のりだけど
少しずつでも歩みを止めずに進めればと思います。
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7日の地震は
出張で東京で揺れを感じました。

ご心配のメールをくださった皆様
ありがとうございましたm(u_u)m

その後も仕事も絡めながら
石巻、東松島、その他の内陸方面にて
被害状況の確認に行っていた先週でした。

そんな中で
震災後に電話でしか話せなかった何人かと
直接会うことが出来て色々話す中で感じること

どいつもこいつも皆頑張りすぎるくらいに頑張ってる

そんな皆の姿を見てると
簡単に頑張れ!と言えなくなってる自分がいる

TVのキャンペーンなんかで
必ず出来る!頑張れ!一つになって!

沢山の応援の言葉が溢れてるんだけど
正直そんな言葉を簡単にかけれない・・・

日が経つにつれて
復興に向けての明るい話が多くなってるが
個人的には、それ以上に悲しい話が増えてきている

そんな中で
仙台で大して被災もしてない自分が
頑張ってる連中に簡単には頑張れ!なんて言えないんだよね

とは言え
無理すんな!
なんて言葉はもっと言えない

皆限界まで頑張って無理して無理しまくってる

無理しなきゃやってられない

これが被災地で頑張ってる奴らの気持ちだから

そこで最近は無事を確認できた仲間にかける言葉は
落ち着いたら
「美味い物でも食いに行こうぜっ!!」
この言葉をかけることにしている。

今はしんどいし、大変だし、頑張ってるし、無理してる

そんな事はいつまでも続かないから!

いつになるかわからないけど
落ち着く日までは無理しても頑張って!

そして

「美味いもんでも食いに行こうぜっ!」

そんな日々を過ごしている。

風鈴がいつもこんな寝顔でいてくれることが大事!

$おやぢと風鈴の猫日記
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先週の東京での打ち合わせで
震災後すぐに話していた事がスタート出来そう

今自分がいる業種で何が出来るのだろう
そんな事に悩んでた中で相談していた事が動く

おやぢの考えよりいくつも上のステージで
進めることを模索していてくれた取引先の会社に感謝!

昨年の転勤
それ以前の東北での営業

そして震災

こうして今現在に
この地に居ることに意味があるはずだから
粛々と自分の出来ることをやっていきます!!
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新年度が始まった

あの日から色々ありましたが
とりあえず再始動!

我が家には現在母親が避難中

26年ぶりの同居生活
かなりしんどいなぁ~が正直な気持ち

実家は前回書いたように
形は留めているが
なかなか悲惨な状況

まぁ流されもせずにいるのだから
そんなに悲惨でもないのかもしれないが
年寄りに片付けきれる状況でもない

先週の水曜日に朝4時から並び
ガソリンを確保して母親を迎えに行ったのだが

その前日の話がこんな感じだった

時刻は3月26日PM19:00
避難所を出て自宅にいる母親からの電話

内容はと言えば
避難所で食料を貰ってこなかったから
タクシー呼んで買いにいく!

は?・・なんて???

我が家は避難所まで数十メートル
電気も通じていない状況の中
母親はまったく今の石巻の状況が見えてない模様

こんな状況じゃマズイってことと
どうも体調不良で変な咳をしまくってるので
今の状況(仙台でもスーパーはPM4時くらいに閉店してる)
を説明して翌日迎えに行く約束をしたのでした

そして翌日は前回は国道沿いに市内へ入ったのだが
今回は工業港へ向かう海沿いの道路を通って向かった

そこにある工場街は想像を絶する状態だった

高電圧の鉄塔は誰かに握りつぶされたように
くしゃくしゃになっている

何台ものコンテナが嘘見たいに転がっている

そこの道路から1段下がった位置から始まる
住宅地はかなりの範囲で滅茶苦茶になって無くなってる

写真を撮る気もおこらず
路肩に止めた車の中から呆然とするしかなかった。

実家が今の場所に建ったころの
今から37年前は確かにこんな感じの街並みだった

家から小学校へ向かう道すがら
田んぼや畑で遊びながら通ったものだった

新興住宅地として
毎年少しずつ少しずつ畑が無くなり田んぼが無くなり
住宅が増え続けていき街並みが形成されていった

そんな街並みの半分くらいがたった1日で
何十年も前に引き戻されてしまった

色々あり今は縁遠くなってしまったが
いつもライバルと思い続けてきた
心の中では今でも一番の親友の家は
見る影もなく破壊されてしまっていた

青春時代に何度も道を踏み外しそうになった
おやぢを正座させ叱りつけてくれた
彼の兄さん家族も、彼も無事な事は確認できてるが
これからの事、そしてこの街並みの姿に悔し涙が溢れた

まぁ震災後は
自分でも信じられないくらいに
涙もろくなってしまってるのだが

悲しい涙

悔しい涙

嬉しい涙


様々な涙が自分から

信じられないくらいに

溢れ出ているのだが

ここから先は嬉しい涙が増えることを願いたい


そんなこんなで母親を乗せて帰宅したのだが

一番戸惑ってるのが多分この2匹

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なんせ今までは1階に設置してあった
キャットタワーを2階の寝室へ移設され
家には常時母親がいる状況に戸惑いまくり

風鈴もおやぢも慌ただしさに少し疲れ気味だけど
いつまでも足踏みはしていられない!

今出来ることを粛々とこなすこと

そんな感じで始動して行きます!
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久々の更新です。

3月26日の朝の事

会社の友人の助けによって
実家のある石巻市へ行くことができました。


実家の親の安否は確認できたものの
ガソリンの入手が困難な状況で
身動き出来ずにいたのを心配して
その友人はおやぢを石巻まで連れて行ってくれました。

三陸道で鳴瀬奥松島ICまで走り
そこからは45号線を走って行ったのだが

左手に見える吉田川には様々な瓦礫がある
吉田川と鳴瀬川を渡る橋を渡りだしていくと
見慣れた風景が大きく違った

川を2本渡ると田園風景なはずが
川2本の先には何故か海?川?

田園風景の場所が冠水により
全く違う様相になっていた

その中には破壊された家の瓦礫
流されてひっくり返った車

今まで当たり前だと思って見てた風景が
無くなってしまっていた

東松島~石巻市の間の仙石線の線路上には
流された車が当たり前の様に止まっていたり

道路脇に積み上げられた瓦礫
そしてガソリンを手に入れる為の車の列

まぁ正直早めに電気の復活したおかげで
TV、ネットで見た光景が続いている

45号線から中浦橋を右折すると
正面が釜港(石巻工業港)へ向かう4車線の通りなのだが
見える部分が未だに冠水しているようだった。

左折して大街道を進むと
それまでとは明らかに量の違う瓦礫、車の山

幸いにも実家への道は
なんとか車は通れるようになっていたので
先を急ぎ実家の前へ向かう

実家の辺り流されもせず
外から見る限りは普段と変わらない姿

家に近づくと母親が2階から声をかけてきた

無事で、元気でいてくれました!

実家は1階の冠水だけで済み
2階はなんとか無事だったとの事

家に入るとこんな状態でした

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津波は実家の裏の窓を破り
水の跡をみると1M60CMくらいの冠水
家具や家電などは全て散乱して足の踏み場のない状態

全てを流された方々に比べれば
どってことない現状なのだが
これを全て整理して家に住めるようにするには
なかなか大変そうな感じだった

母親にはとりあえずあまり余計なことをせず
まずはしっかり体を休めて元気になることを言い聞かせ
このブログにも書いた友人の会社へ向かう

友人の会社は日本製紙の工場の裏手になるのだが
そちらへ向かうほどに被害状況がひどくなっていく

会社の前に着くと
泥だらけになりながら
社員たちと社内を片付けている友人を発見

奥方も同級生なのだが
無事で元気に手伝っていた

彼は午前中は自分の会社を
そして午後からは救援物資配るべく
走り回っているとの事でした

今の石巻の状況を聞くと
いくつかの悲しい話も聞くことになった

未だに行方不明な方
残念ながら亡くなってしまった方

そんな話がいくらでも出てきてしまう

そしておやぢが小学校4年まで過ごした地区
門脇、南浜地区へ向かう

そこはTVやネットで散々見て
頭でイメージして行ったはずなのに
全くそれを上回る状況でした・・・

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見慣れた街並み
あるはずの建物

全てが瓦礫の山となってしまっていることに
自分の頭が思考停止していく

口から出てくる言葉は

なんで?こんな事に・・・

自分でも良くわからないが
悲しいとかの感じじゃないんだけど


地元で被災していない俺が
泣いてどうすると思いながらも

何故か、涙が次から次へと
溢れ出て止まらない自分がいました。

友人は明らかに消耗していながらも
自分の家族、会社、そして他の避難してる人々
を元気づけようと頑張っている

そんな彼は
「無理しなきゃやってらんね~よ!」
こんな言葉を言っていた

こんな状況でも頑張り続けている彼らに
なんて言葉をかけていいのかわからなくなった・・

甚大な被害

凄まじすぎる被災地

頑張りつづけている人々

今の自分の無力さ

なんか何も言葉に出来ないでいる日々です・・・

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