• 15 Mar
    • マクベス (シェイクスピアの悲劇)

      あのいかさまの 鬼ばばァどもめ、もう信用しないぞ、二枚舌をあやつり、 この耳に入れた約束は守りながら、この胸に 芽生えた希望を打ちくだきおった。 マクベス(第五幕第八場) マクベス(ローレンス・オリヴィエ)とマクベス夫人(ヴィヴィアン・リー) 『リチャード三世』に行く前に、ちょっと寄り道して『マクベス』を。 『マクベス』は四大悲劇(他の三つは『ハムレット』『オセロー』『リア王』)最後の作品であり、シェイクスピアの中でも最もスピーディな作品でもあります。 昔から人気も高く、上演回数では『ハムレット』に次いで2番目を誇っているそうです(諸説あり)。日本でも黒澤明監督が舞台を戦国時代にうつした映画『蜘蛛巣城』を作りました。 上の写真は、1955年ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのストラトフォード公演(ストラトフォードはシェイクスピアの故郷)のものです。当時オリヴィエとヴィヴィアンは夫婦でもありました。1944年『ヘンリィ五世』でシェイクスピアを史上はじめて本格的に映画化したオリヴィエ。彼はこの『マクベス』も映画化したかったのですが、オーソン・ウェルズに先を越されてしまい(1948年)、断念しました。 『マクベス』は11世紀のスコットランドを舞台にした、武将マクベスを主人公とした悲劇です。 彼は荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と積極的な婦人の教唆により、王位簒奪の野心を抱き、王ダンカンを殺害します。力で奪った王位に不安を感じた彼は、次々と殺人を重ねてゆきますが、亡命していた王子が軍を率いて帰国。貴族たちに背かれ、戦場で死んでしまいます。 最初にこの劇は非常にスピーディであると申しました。劇自体も短いのですが、本来はもっと長かったであろうと思われ、それだけ密度の濃い作品になっているといえます。さらにシェイクスピア特有のおちゃらけたシーン(『リア王』ですら道化が登場し、下品な冗談を言う)がなく、唯一第二幕第二場で門番が冗談をつぶやくのですが、このシーンはマクベスによる王殺害、悪夢の一夜から現実に引き戻される緊迫した、緊張した場面。劇全体が非常に凝集された感じなのです。 シェイクスピアのゴマすり? シェイクスピアはイングランド以外の国を舞台にした作品もたくさん書いています。『ジュリアス・シーザー』をはじめとする古代ローマを舞台にしたもの(「ローマ史劇」と呼ぶ場合もあります)、『ロミオとジュリエット』などのイタリアを舞台としたものが多いですが、デンマークを舞台にした『ハムレット』、ナヴァル王国(現在のスペイン)を舞台としてた『恋の骨折り損』のような作品もあります。 『マクベス』の舞台スコットランドは、現在はイギリスの一部ですが、もともとイングランドとは別の国でした。「ユニオン・ジャック」の一連の記事でご紹介したように、エリザベス1世の死後、1603年(わが国では江戸幕府が成立した年)にスコットランド王ジェイムズ6世があとを継ぎ(イングランド王ジェイムズ1世)、イングランドとスコットランドは同君連合となります。『マクベス』はおそらくその前後に書かれたものだとされています。劇中にもスコットランド王の正当性を賛美したような場面(第四幕第一場の八人の王の幻影)があり、「新しい王様へのごますり?」という声もあるのですが、現代のような表現の自由がどこまであったかわからない当時であれば当然のことかもしれません。 マクベスとリチャード 同じ国とり、王位簒奪の物語ということで、初期の傑作『リチャード三世』と四大悲劇最後の『マクベス』とはよく比較されます。 似たような立場の二人ですが、キャラクタは大きく異なります。 リチャードは早くから自分の野心を独白しています。その強烈な上昇志向により、邪魔者を次々と闇に屠り王座に就きます。彼は彼の人生の神であり、劇をぐいぐい引っ張っていく存在です。自分が殺したかつての皇太子エドワード(ヘンリー6世の息子)夫人アンも、なんやかやといってもリチャードに口説かれ、彼の妻になります。一事が万事この調子で、どんな人間でも彼の才知にはかないません。彼は自分のなすことが悪事であることを自覚しており、楽しんでさえいます。皮肉や冗談を飛ばす彼に、劇中人物ばかりでなく観客も魅了されてしまう、そんな存在です。 対してマクベスは、三人の魔女の予言によって、はじめて己の野心を表明するのですが、実行するまでにも逡巡します。そんな彼を強く後押しするのが夫人。つまり彼の野心は外部によって誘発され、外部によって後押しされたのです。もっとも意識していたかしてないかはわかいませんが、彼自身がもともと野心を秘めていたからこそ、魔女たちの予言にその気になったのですが。 そして王殺害後もライバルとなる武将バンクォー―子孫が王になると予言された―を殺害しますが、彼の亡霊におびえたり、確信を得たいがために予言を求めて魔女たちに会いに行きます。不安にさいなまされ、次々と殺人を重ねるマクベス。しかし彼は後戻りできないことを知っていました。追い込まれることを感じながらも決して立ち止まらないマクベス。 リチャードは簡単に人を騙せましたが、マクベスには多くのものが疑惑を抱き、やがて背いてしまいます。 リチャードに対し、内面が深く描かれたキャラクタだといえます。 魔女、予言という超自然的な力に引きずられるマクベスですが、リチャードにも最後に今まで自分が手にかけてきた亡霊たちが登場します。『マクベス』では最初に、『リチャード三世』では最後に怪奇な存在が出てくる。二つの劇はまことに対照的であります。 わが国で言えば、明智光秀と斉藤道三のようなものでしょうか。 同じ主殺し、簒奪でありながら、道三はリチャードと同じく自分を頼みとし、光秀は謀反を起こすまでに悩み惑います。道三が過去の亡霊ともいえる息子に倒されたのも象徴的といえましょう。 *道三の息子義龍の母は、追放された旧主土岐頼芸(とき・よりなり)の妾であったため、義龍は頼芸の子であるという噂があった。 もっともこれも彼らを描いた作品からきたイメージであります。 魔女の予言、予言の罠 マクベスを、ひいては国中を狂わせることとなった魔女の予言とは次のようなものです。 合戦の帰り道、荒野をゆくマクベスとバンクォーに彼女たちはこう呼びかけたのです。 魔女1 万歳、マクベス、グラームズの領主! 魔女2 万歳、マクベス、コーダーの領主! 魔女3 万歳、マクベス、将来の国王! (第一幕第三場) この時マクベスはグラームズの領主でしたが、コーダーは別の貴族のものであったし、王族に連なるとはいえ、継承者ではありませんでした。当然彼はいぶかしみます。 ところが王のもとへ戻ってみると、コーダーの領主は戦場での裏切りで領地を没収され、マクベスがそれを引き継ぐことになります。魔女の2つ目の言葉があたったわけです。しかし、同時に王は王子マルカムを王位継承者に指定します。魔女の予言によって内に秘めていた野望に火をつけられた彼は、妻にそのことを知らせ、自分の城で王を殺害してしまうのです。 ところでジェイコブズの「猿の手」という短編にもあるように、魔性のもののかなえる願いには常に落とし穴があるもの。 ブラックウッド, 平井 呈一 怪奇小説傑作集 1 [新版] 現にマクベスは主殺し、簒奪という罪を犯してしまいました。せっかく手に入れた王座も、いやせっかく手に入れたからこそ、不安でしかたなく、今度は自ら魔女たちに会いに、予言を求めに荒野へ出向きます。 そこで彼はさらに三つの予言を得ます。 幻影1 マクベス、マクベス、マクベス! 気をつけるのは  マクダフだ、言いたいことは、それだけだ *註:マクダフとは、最後にマクベスを滅ぼす貴族の名。 (中略) 幻影2 女が生んだものなどにマクベスを倒す力はない。 (中略) 幻影3 マクベスは決して滅びはせぬ、かのバーナムの森の樹が  ダンシネーンの丘に立つ彼に向かってくるまでは。 (第四幕第一場) 最初の予言を聞いてマクダフを恐れたマクベスも、第二、第三の予言を聞いて気を大きくするんですね。 女から生まれない人間はいないし、動物でない森が移動するわけはありませんから。それでもマクダフに対する警戒を怠らず、彼を殺害しようとするマクベス。一度走り出したら油断はしません。結局マクダフは逃しますが、その妻子を殺害してしまいます。例によって、シェイクスピアはここでも無邪気な子供のせりふをあえて書いています。残忍なマクベス。 ところが結局マクベスは敗れるのです。バーナムの森が動き、女から生まれてこなかった男―マクダフに倒されるのです。 どうして森が動いたか、は実際にお読みになれば納得がゆくと思いますが、「女が生んだもの」でないとは、どんな意味でしょうか? 今私の手元に、いつもの小田島雄志さん訳の全集以外に福田恒存さん、木下順二さん訳のものがありますので、比較してみましょう。 マクベスを倒す者はいないのだ、女の生み落とした者のなかには。(福田) 女から生まれた男など、歯がたたんのだ、マクベスには。(木下) ちなみに原文はこうです。 The power of man, for none of women born Shall harm Macbeth. 原文に一番近いのは小田島訳ですが、予言の罠をさりげにわかるように書いているのは福田訳かと思われます。「生んだ」の部分の違いに注意すれば、皆さんもからくりがおわかりかと思います。 なんて素人が大それた事を言ってしまいました。 この部分に対応した、予言の罠の謎解きであるマクダフのせりふが第五幕第八場に出てきます。それを見ると、小田島さんもきちんと納得できる訳し方になっています。 だからといって木下さんの訳がだめだ! といってるのではないです。全体にマクベスのキャラクタがよく出ているのは木下さんかなあと、私には思われるのです。まことに翻訳というのは難しいものなんですね。 マクドナルドとマクベス マクベスがマクロスと聞こえた人はオタク(?)。マクロスは「マクロ=大きい」からきたネーミングでしょうね。 マクベスがスコットランド人であることは申しました。またこの劇にはマクダフという貴族も出てきます。この「マク」というのはスコットランド系の名前なんでしょうか。 マクドことマクドナルド(McDnald)にも「マク」がついています。さらにひとつの単語なのに大文字が二つある。このMc、またはMacは「~の息子」という意味。だからマクドナルドはドナルドの息子という意味なんですね。もともと。 *McDnaldはMacDnaldとも書きます。 じゃあマクベス(Macbeth)はベスの息子で、マクダフ(Macduff)はダフの息子なんかい! …・・・というわけではないです。スイマセン。ただ劇のモデルになった実在のマクベス王は、スコットランドではMac Bethad mac Findláichといい、 実際にフィンレックという貴族の息子です。 マクベス夫人 劇の後半では登場回数は減るものの、強烈なイメージを与えるのがマクベス夫人です。 (ヴィヴィアン・リー演じるマクベス婦人 1955年) 夫から手紙で予言と野望を打ち明けられた彼女。煮え切らない夫の尻をたたきまくります。 さ、しっかりなさい、 暗い顔色は恐れている証拠、さっさとお捨てなさい。 あとのことは私が引き受けます。 (第一幕第五場) こうありたいと思うご自分を、勇気のいる行為をする ご自分にすることがこわいのね? この世の華と 思い定めた王冠を手に入れたいとお望みながら、 ご自分で臆病者と思い定めていきていこうというのね? (第一幕第七場) そして実行しながらも罪の意識にさいなまれる夫に渇をいれるのです。 意気地のない! 短剣をおよこしなさい。眠ったものや死んだものは 絵姿にすぎません、絵に描かれた悪魔をこわがるのは 子供の目だけです。王が血を流していたら、その血で お付きのものの顔を化粧してやります、二人の仕業と 見せかけねば支障をきたします。 (第二幕第二場) この開き直り! なんとも気丈な女性ではありませんか。女は怖いですねえ。 でもこれは彼女の母性の表れではないでしょうか。教唆するのが殺人という物騒なものでなかったら、上記のせりふは世の母親たちとそんなに変わりはない。 しかし、そんな彼女も上のせりふの前にはこんなことを言っていました。 あの寝顔が私の父に似てなければ 私がこの手でやったのに。 (第二幕第二場) 決行まで逡巡し、その後も罪の意識を背負うマクベスに対し、妻は気丈で冷酷に見えます。 ところが物語が進むにつれ、二人の立ち位置が逆転してしまうのです。すなわち罪を意識しながらも殺人を重ね、後戻りができないと悟っていても進んでゆき大胆になるマクベスに対し、妻は上のせりふからうかがえるように、最初からどこか弱さを持っており、やがては夢遊病となってしまうのです(上の写真はその場面)。 彼女は血にまみれた自分の手を呪い、何度も手を洗うかのように15分も手をこすりあわせます。 まだ血の臭いがする。アラビアじゅうの香料をふりかけてもこの小さな手のいやな臭いは消えはしまい。ああ、ああ、ああ! (第五幕第一場) この場面は有名になり、このような潔癖症に「マクベス夫人症」という名前が付きました。 これを最後に彼女は姿を消し、終盤に家臣の口から「お妃様が、(中略)お亡くなりに」と報告されるだけ。自殺を匂わせる書き方ですが、はっきりとはわかりません。 夫を叱咤し、夫を庇うかのように気丈に振舞ってきた彼女。しかし夫は彼女のさらに先を(というより下を)どんどん落ちてゆき、彼女は孤独に死んでいったのです。 二人の間に子供がいたら、事情は変わっていたでしょうか。 このヴィヴィアンの表情は、そんな彼女の強さと弱さをよくあらわしているように思います。 ◆冒頭および本文中の台詞は ウィリアム・シェイクスピア, 小田島 雄志 マクベス シェイクスピア全集 〔29〕 白水Uブックス より引用しました◆

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  • 14 Mar
    • ご飯はしっかり食べよう

      「あなたがたは自分のために地上に宝を積んではならない。そこでは、虫が食い、さびがつき、泥棒が忍び込んで盗み出す。あなたがたは自分のために、天に宝を積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さびがつくことも、泥棒が忍び込んで盗み出すこともない。あなたの宝のある所に、あなたの心もあるからである」 イエス・キリスト(新約聖書「マタイによる福音書」第6章第19,20節;フランシスコ会聖書研究所訳) 今月の下旬に引越しをすることになって、困ったのが荷造り。 昔の雑誌類を捨てるべきか、捨てないでおくべきか。 高校生の頃には4つの雑誌を定期購読しておりました。 「歴史と人物」 「天文ガイド」 「アニマ」 そして「LaLa」 いずれも月刊誌でした。 「アニマ」はアニメ雑誌ではなくて、動物をテーマにしたもの。「LaLa」は少女漫画誌で、山岸涼子先生の『日出処の天子』をはじめとした名作ぞろいの雑誌でありました。 これらの購読料はお小遣いから天引き。そして『日本の歴史』全48巻を分割払いしておりまして、これも天引き。 こうして私の小遣いはマイナスに。両親に月々お金を返してゆくことになりました。といっても、私の学校はアルバイト禁止です。お年玉からの返済となりました。 それでも読みたい本、ほしい本は出てくるものです。貧乏な(親の庇護の元にあるくせに、生意気にもそう思っておりました)学生にとって図書館と文庫本は友達でした。特に新潮文庫は内外の古典名作が廉価で入手できるので、私のお気に入りでした。 本を買いたい、お金がほしい。で、どうしたかといえば、食費を削ったのです。つまり弁当をやめ、購買で買うからと言って母からお金をもらい、食事を買わずに本を買う。文庫本ですから、1~2日食を抜けば買えたんですね。 しかし、というより当然、こんな悪いことは長く続きません。 昼食を抜いて部活動(剣道部)をやると、きつい。特に夏場は。とうとう貧血を起こしてしまい、それまでの悪事がばれ、教師からは厳重注意、親からは厳罰を食らったのは言うまでもありません。 雑誌類をかたつけながら若き日の愚かな所業を思い出しました。 良い子はまねしないでくださいね

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  • 13 Mar
    • 松本泉 『偉人と語るふしぎの化学史』

      バケガクもまた、血の通った普通の人間の営み 松本 泉 偉人と語るふしぎの化学史 ドラえもんの道具の中で何が欲しい? ときかれたら、迷わずタイムマシン! と私は答えます。 やっぱり時間旅行は魅力的ですよね。今はもう会えなくなった人に会えたり、見られなくなったものを見られたりできるのは。 でもね、タイムマシンは決して未来の、夢の機械ではない。実は私たち一人一人が持っているものなのですよ。 この本の作者松本泉さんは現役の高校教師。教育の最前線に立っていらっしゃる人です。 教師として、 「勉強を好きになって欲しい」 という願いは誰しも持っているもの。そりゃあ嫌いでもよい成績はとれるし、好きでもよい成績がとれない場合もあります。でも学校で教える勉強というのは、試験で点を取るためだけのものでも、入学試験や就職試験をパスするためだけのものでもなく、薀蓄を語るためだけのものでもない。より程度の高い学問をするためだけのものでもない。 やはり教える側としては、その勉強を通じて何でもいいからつかみとって欲しいと思う。その人のものの見方考え方に少しでも役立てる、そんなものを。少なくとも私はそうでしたし、勉強会に行っても、そのような思いを持つ人は大勢いました。 松本さんは、実際に現場で科学史を教育に取り入れていらっしゃるそうです。表紙折り返しによれば、読み物や映像スライドなどの教材開発、調べ学習や原点解読を取り入れた授業プランの開発などをなさっているとか。 ですから本書はまさに松本さんの研究のひとつの結晶なんですね。 本書は物語仕立て。登場人物は化学クラブに所属するまどかちゃんと裕太くん、そして顧問の藤崎先生。まどかちゃんは部員だけあって化学好きですが、裕太くんは普通の高校生。普通の高校生ですから化学はあまり好きではありません(松本先生、ゴメンナサイ)。裕太くんがボケ役、まどかちゃんがツッコミ役といったところでしょうか。 彼らはタイムマシンならぬタイムメディシンを使って過去の世界に行き、その時代を代表する科学者たちの討論会に立ち会います。機械ではなく薬を使うところに、化学のこだわりを感じますね。タイムメディシンの使い方は、薬のにおいを嗅ぐ、それだけ。それだけで過去の世界へ行けるのです。もちろん、その臭いとはラベンダーの香り。こういった遊び心が読者の心をくすぐりますね。 さてこの本の魅力は、科学者たちのユーモラスなキャラクタにあります。 悲観主義で女性恐怖症のヘラクレイトス 楽観主義で「イェーイ!」を連発するデモクリトス 几帳面で穏やかで子供好きで、周囲から尊敬されているけれど頑固なところもあるドルトン などなど、個性的な科学者たちが、集い 古代ギリシャでは万物の源について フランス革命の真っ只中のパリではシュタールとラボアジェが燃焼について 産業革命期のマンチェスター(イギリス)では原子、分子について熱き討論を戦わせるのです。 そしてギリシャから現代へと、原子、分子とは何か、という縦糸がピンと通っています。見事な構成といえましょう。 もちろん上に挙げた以外にも優秀な科学者たちがたくさん参加しています。 現代っ子のまどかちゃんは古代ギリシャではハンサムで理知的なアリストテレスにうっとりしたり、ギリシャ風のコスプレをしたりします。ラボアジェが14歳の女性と結婚したことを知ると、ロリコンかとがっかりし、断頭台の露と消える彼の運命を思って涙を流しもします(とはいえタイムトラベラーのマナーとして、本人にそのことを伝えてはいませんよ)。 雄太君も科学者たちの討論に必死でついてゆきます。時にはわれわれ読者の代表として、図にまとめてくれたりもしています。 そして、当時の科学者たちの主張を現代(21世紀)の科学知識で判断し、「間違ってない?」と突っ込みそうになる両名に対して、やんわりと戒める藤崎先生の存在は見逃せません。 ともすればわれわれは現代から過去を、結果を知っている立場から、知らない者たちを、見下ろすように判断してしまいます。 「大切なのは、この時代に生きた人びとが自然をどのように理解しようとしたのか、そして、そこにどのような根本的な原理や法則を見いだそうとしたのか、まずはそれらに素直に耳をかたむけることだ」 (32ページ) これは科学や歴史だけでなく、教育においても、普通の人付き合いにおいても、非常に大切なことではないでしょうか。 そんなことをさらりと物語に絡ませているなんて、素敵ですよね。 こうして、三つの時代の、それぞれの討論を通じて、二人は、いやわれわれは大事なことを知るのです。 教科書にさらりと書いてあること、当たり前のように思われている事実、スマートな式も、いろいろな人の試行錯誤の上に、あついドラマの上に成り立っているのだということ。 今では間違いと証明されたさまざまな考え方も、真実を導き出すために必要なものであったということ。 そして現代のわれわれは、先人の業績をしっかりと受け継いでいるのだということ。 私たちは目に見えるタイムマシンは持っていませんが、先人たちの積み重ねを、過去からのリレーをしっかりと受け継ぎ、明日へと渡してゆきます。 過去を思い、過去を知り、過去と対話できるタイムメディシンは、さまざまな形でいたるところにあります。 そしてそれらを踏まえて未来を考え行動することもできます。 私たちの魂は過去も未来も自由自在に羽ばたけるのです。 ヘラクレイトス【Hrakleitos】 [前540ころ~前480ころ] 古代ギリシアの哲学者。万物は「ある」ものではなく、反対物の対立と調和によって不断に「なる」ものであり、その根源は火であると主張した。その学説は、万物流転説とよばれる。 デモクリトス【Dmokritos】 [前460ころ~前370ころ] 古代ギリシアの哲学者。師レウキッポスの原子論を体系化して発展させ、原子論的唯物論を確立。自然においては、それ以上不可分な無数の原子の結合と分離によって万物は生成・変化・消滅すると説いた 。 ドルトン【John Dalton】 [1766~1844] 英国の化学者。混合気体の分圧の法則を発見。また原子説を化学に導入し、倍数比例の法則を発見した。色覚異常の研究でも知られる。ダルトン。 シュタール 【Georg Ernst S. Stahl】 [1660-1734] ドイツの医学者・化学者。精神をあらゆる生理病理現象の本源とし、唯物論に対抗して生命の思想を主張、またフロギストン説を唱えた。 ラボアジェ【Antoine Laurent de Lavoisier】 [1743~1794] フランスの化学者。実験により燃焼が酸素との結合であることを実証し、従来のフロギストン説を否定。初めて有機物の元素分析を行い、質量保存の法則を明らかにした。フランス革命の際に処刑死。著「化学要論」など。 アリストテレス【Aristotels】 [前384~前322] 古代ギリシアの哲学者。プラトンの弟子。プラトンがイデアを超越的実在と説いたのに対し、それを現実在に形相として内在するものとした。アテネに学校リュケイオンを開いてペリパトス学派(逍遥学派)の祖となる。「オルガノン」(論理学書の総称)「自然学」「動物誌」「形而上学」「ニコマコス倫理学」「政治学」「詩学」などを著し、古代で最大の学問体系を樹立した。 [ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

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  • 11 Mar
    • ユニオン・ジャックと日章旗

      イギリス人は度量が大きい 森 護 ユニオン・ジャック物語―英国旗ができるまで ユニオン・フラッグの公式定義は、紋章表現文(ブレイゾン)で次のように指示されています。 青色の地にセント・アンドリュー・クロスとセント・パトリック・クロスの両斜め十字が、斜め十字状に二分され、銀(白)色と赤色にカウンターチェンジされ、後者(セント・パトリック・クロス)は二番目の色(銀=白色)で縁取りされる。その上に三番目の色(赤色)のセント・ジョージ・クロスが置かれ、斜め十字同様縁取りされる (『ユニオン・ジャック物語』212ページ) とありますから、前回の手順でほぼ正しいのでしょう。 このブレイゾンの指定にはずれない限り、すべて正しいとみなされます。セント・パトリックをはじめ、三つの十字がどの程度の幅なのか、縁取りの幅はどうなのかが指定されていないので、最初のころは12種類ものユニオン・フラッグが生まれ、まかり通っていたそうです。 しかし20世紀になって、二種に定着しました。 一つはいうまでもなく元祖海軍方式のユニオン・ジャック これが一応イギリスの標準的な国旗となっています。 もう一つは陸軍タイプのもの 「ユニオン・ジャック」が縦横比1:2であるのに対し、こちらは4.2:5.5となっています。 1:2では旗を持って行進するときに旗の端が地面に垂れ下がって実用にならないからです。 セント・パトリック・クロスの幅も広くなっています。こちらは特別な理由はなく、強いて言えば制定にかかわった関係者の好みだそうです。 前々回に述べたように、ユニオン・ジャックが陸上で掲揚されればユニオン・フラッグというのが正しいとされています。これも「正しいとされる」であって、間違いではない、というところがまことに英国的である、と森さんは本書でおっしゃっています。 確かに。英国をさして「大人の国だ」と言うことがあります。ずさんではなく、細かいところに目くじらを立てない、その余裕。 翻って日本は……。ちょっとこだわりすぎて、大人気ないですね。 国旗および国家に関する法律:平成11年8月13日公布、施行 第一条 国旗は、日章旗とする。2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。 (中略) 3 日章旗の制式については、当分の間、別記第一の規定にかかわらず、寸法の割合について縦を横の十分の七とし、かつ、日章の中心の位置について旗の中心から旗竿側に横の長さの百分の一偏した位置とすることができる。 別記第一 日章旗の制式 一 寸法の割合及び日章の位置     縦   横の三分の二    日章     直径 縦の五分の三         中心 旗の中心二     彩色   地   白色    日章  紅色 (後略) この図はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 より 日本人らしい几帳面さの表れともいえますが、どんな小さい子供でも描けるシンプルさが日の丸の魅力であると思う私にとって、このように細かく制定され、それ以外はだめ、と言われるのは息苦しいです。 だから逆にそこをつけこまれて、赤丸をわざと大きく描いた旗で侮蔑されたりするんですね。 英国では自国の旗に誇りを持っていますが、細かいところにはこだわっていない。セント・パトリック・クロス、赤い斜線のずれにたいしても、そこに気づいていない外国人はかなりいます。そういう人たちが書いたユニオン・フラッグを「馬鹿にしている」なんて憤慨はしません。 私は日の丸もユニオン・フラッグも大好きです。大好きなデザインです。だから日章旗に対し、もうちょっとゆとりある対応をのぞみます。 *対応を望むのはお役人に対してであって、実際は適当に好みの日の丸を振っている多くの人々がいます。それにたいして目くじらを立てることはありません。もちろん私も日の丸を描くときは適当にしております。上記規定のものをエクセルで描こうとしましたが……断念しました。 私たちは、細かい規定など知らずに日の丸を振っているのだから、隣国の持っていた日の丸の円の大きさがどうの、侮辱だと目くじらを立てるのは大人気ない。たとえ先方にその意図があったとしても、そんな挑発に乗ってしまうのは安っぽいじゃないかな、と思うのです。

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    • ユニオン・ジャックの解

      知恵と工夫ので三つのクロスを組み合わせた旗 森 護 ユニオン・ジャック物語―英国旗ができるまで 前回に引き続きユニオン・ジャックです。なお、以下はすべて森護さんの『ユニオン・ジャック物語』を参考に私なりにまとめ、図を作成しました。ですから私の未熟さゆえの間違いがあるかもしれません。 (私はエクセルやペイントで図を描くという原始的な方法をとっているため、図が多少見にくい場合もあります。ご容赦ください) まずユニオン・ジャック(Union Jack)という呼び名ですが、これはこの旗が軍艦に掲揚されたときのみであって、陸上で掲揚された場合は、同じものでもユニオン・フラッグ(Union Flag)といいます。 さらに、イギリス(正式名称はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国)には法律で定められた国旗がありません。かつての日本と同じですね。そして旗の縦横比率、各十字の太さや赤、青の色合いなども習慣で決められているので、まちまちです。 結構驚き続きの旗、ユニオン・ジャックですが、上記の理由により、以下ユニオン・フラッグで統一します。 シェイクスピアが活躍した時代、日本で言えば信長秀吉の時代から江戸時代初期、イングランドはスコットランドと合体します。すなわちテューダー朝最後の君主エリザベス1世が「ヴァージン・クイーン」の別名どおり生涯独身のまま嗣子なく1603年に他界。そこで血縁関係のある(エリザベスの父ヘンリー8世の姉の曾孫)スコットランド王ジェイムズ6世がイングランド王ジェイムズ1世となります(ステュアート朝)。ややこしいのですが、イングランド、スコットランド両国は同じ君主をいだく同君連合であって、中身は違う国。それぞれ議会を持っていました。ですからジェイムズもスコットランドでは6世を、イングランドでは1世を名乗りました。 しかしいくら実質は違う国だとはいえ、世界を広く回りゆく軍艦や商船には、同君連合としての旗印が必要です。そこで色々なアイディアが出されましたが、スコットランドのセント・アンドリュー・クロスの上にイングランドのセント・ジョージ・クロスを重ねた図案に落ち着きました(1606年)。これが最初のユニオン・フラッグです。 ここで図で解説。 (イングランド:セント・ジョー旗とスコットランド:セント・アンドリュー旗) 後者の上に前者を重ねるとこうなります。 ところで旗の図案・彩色のルーツである西洋の紋章には次のようなルールがあるのです。 ・赤・青・緑・黒・紫の原色と銀・金の金属色、そして毛皮模様を用いる ・銀は白、金は黄色で代用してもよい ・原色に原色を、金属色に金属色を重ねてはならない ヨーロッパの国旗はこのルールで彩色されているものがたくさんあります。 さて、原色に原色、青地に赤十字をそのまま重ねることはできません。そこで赤十字に銀の縁取りをします。 わかりやすいように赤十字の縁取りだけ灰色にしてみました。 もちろん下の斜め十字も上の縁取りと同じ銀色(白色)ですから、本当は次のようになります。 これで最初のユニオン・フラッグが完成しました。 (各十字がちょっと細いかなあ。クリックで拡大すると、そうは感じないのですけれどもね) 同君連合として同じ君主をいだきながら、独自の議会を持っていた両国でしたが、スコットランドの経済状態をはじめとするイングランドとの格差は覆うべもなく、1707年に両国は完全に一つとなります。スコットランドの議会は閉鎖され、連合王国が成立しました。 そして1800年に連合法が成立。連合王国の構成国として、イングランド、スコットランド、アイルランドの三国があることが法律で決まりました。翌1801年に、ユニオン・フラッグにアイルランドのセント・パトリック・クロスを加えた、現行のユニオン・フラッグが作られます。 (アイルランドのセント・パトリック・クロス) ところでアイルランドはいつの間にイングランドとくっついたのでしょうか。 実はアイルランドは長い間イングランドに征服されていました。その後何度かの弾圧と反乱という悪循環を繰り返した後、1800年に連合したのです。ですから、今でも連合王国とアイルランド(1922年に独立;ただし北部6州は連合王国に留まる)は今でも仲が悪い。 ともかく、連合がなって、アイルランドの旗もユニオン・フラッグに加えることとなりました。しかし、ここに加えられたセント・パトリック・クロスは本来アイルランドのものでもなく、聖パトリックともなんら関係のない図形だったのです。 代々のイングランド王はかなり以前(1603年)からその紋章にアイルランドを象徴するハープを加えていましたが、1801年になるまで旗の方は放りっぱなしでした。ハープは旗に加えるにはおさまりがわるかったからでしょう。ここからもセント・パトイック・クロスがそれまでなかったことがわかります。 ですから現代のアイルランドは自分達独自の旗、三色旗を用いています。 なにはともあれ、ここで最後の旗の合体です。 といいたいところですが、まだ問題点がありました。それはスコットランドとアイルランドのどちらを優先させるか、です。 最初のユニオン・フラッグにあるように、イングランドが第一であることは傍から見ても動かしようがない事実でした。両国もしぶしぶそれは認めます。しかし残りの2位の座は、お互いのプライドにかけて譲れません。 ここでまことに見事な工夫がなされます。それは紋章で古くからある、カウンター・チェンジという手法です。 これがカウンター・チェンジを用いて結び付けられたセント・アンドリューとセント・パトリックの両クロスです。これならどちらが上か、ということもなく、どちらも同じ地位であることがわかるのです。 これが「赤い斜線がずれている」のタネです。 これを知ったときは感動しました。 さて、この上にセント・ジョージ(イングランド)を重ねるとこうなります。 原色に原色は重ねられないのですから、セント・パトリックの赤十字にも銀の縁取りをつけます。 (本来ならカウンター・チェンジのところで図示すべきだったのでしょうが) わかりやすいようにセント・ジョージの縁取りを灰色で、セント・パトリックの縁取りを黄色であらわしました。 この二つの縁取りを本来の色である銀(白)にもどしますと おお! 完成! ただ、実際は全体のバランスから、セント・アンドリュー(白十字)をやや太くしているようです。 これが現代のユニオン・フラッグです。デザインもなかなか洗練されていますね。イギリスだけでなく、世界の多くの人に愛されています(私もその一人)。 イギリスの旗の赤斜線がなぜずれているのか。そこには長い歴史と深い知恵があったのですね。 森さんがこの本で述べているのは、「ユニオン・ジャック」を通してみた、イギリスという国の歴史と人々であります。 私が紹介したのはそのほんの一部。残りは次回ご紹介します。

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  • 10 Mar
    • ユニオン・ジャックの謎

      二十年来の疑問に答えてくれた本~! 森 護 ユニオン・ジャック物語―英国旗ができるまで (図はクリックすると拡大表示されます) 小学校4年生の時に、初めて三色ボールペンを手にしました。なぜかこういう小さなことを覚えているのですが、当時も今とあまり変わらない値段でした。歯医者に行く途中で母が買ってくれたのです。おそらく、しぶしぶ歯医者に行く私の気をそらそうとして買ってくれたのでしょう。さすが親です。私は見事に術中にはまりました。 なにせ三色ですからね! かっこいいじゃないですか。大人の仲間入りをしたような気分になりました。絵が好きだった私は、祖父が作ってくれた帳面―それは裏が白いチラシを集めて作ったものですから、ノートと言うよりは帳面と言ったほうがふさわしいものでした―をいつも持って歩いていましたから、歯医者の待合室で、さっそく三色ボールペンを使ってお絵かきしました。 当時学校で使っていたのは赤鉛筆。たまに母の赤ボールペンも使いましたけれど、どちらも純粋な赤じゃなかった。赤鉛筆は今でも朱色ですし、昔の赤ボールペンは暗い赤色でした。ところが三色ボールペンの赤は見事な赤色なんですよ。もううれしくなって、帳面に絵を描いたり色を塗ったりして、歯医者にいるのを忘れたくらいでっした。 これが初代の三色ボールペン。それから高校を出るまで、代替わりはしましたが、ずうっと三色ボールペンを使い続けました。 小学6年生から中学1年生のころは三色ボールペンで消しゴムに色を塗ってました。それもただの塗り絵ではない、国旗を描いたんです。消しゴムの色は白でしたから、そこに赤丸を描けば日の丸になります。でもこれでは単純すぎて面白くない。三色ペンの青を使っていない。そこでフランスの三色旗、青、白、赤で「自由・平等・博愛」を表す国旗、これを描きました。でもこれもやがて飽きてくる。簡単だから。じゃあ、アメリカの星条旗は、といえば、消しゴムに描くにはややこしすぎました。おそらくナンシー関さんなら、版画で星条旗を作れるでしょうが、私はそこまで器用でもなく、根気もなかった。そこでイギリスの国旗、ユニオン・ジャックの出番になるわけです。 これなら星条旗ほどややこしすぎず、三色旗ほど簡単ではない。消しゴムに描くには十分な複雑さです。意欲がわいてきます。最初に赤い十字を中央に描き、次に青い三角を八方に塗りつぶす。赤十字に白い縁取りができるように、慎重に塗りつぶします。そして米の字になるように、赤い×を描いてゆけば……おや、よく見ると、赤い斜線は微妙にずれていて、×にならないではありませんか! これが消しゴムを通じて発見した、ユニオン・ジャックの謎です。 その後も好んで消しゴムにユニオン・ジャックを描きました。 「この赤い斜線をずらすのがポイントなんだよね~」 と一人悦に入りながら。 その後、中学の地理でイギリスについて学んだときに、ユニオン・ジャックの由来も学びました。 ご存知の方も多いと思いますが、ユニオン・ジャックはイギリス(正式にはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国、略して連合王国またはUK)を構成する三つの国の旗を合わせたものです。すなわち 白地に赤十字のセント・ジョージ旗(イングランド) 青地に白い斜め十字のセント・アンドリュー旗(スコットランド) そして 白地に赤い斜め十字のセント・パトリック旗(アイルランド) イングランドのセント・ジョージクロスは、最近ではワールドカップなどでおなじみですね。それぞれの国の守護聖人にちなんだ十字架の国旗です。 それを組み合わせたのがユニオン・ジャックであると……。 でもちょっと待ってください。 上の図、そして説明だけでは 「どうして赤い斜線がずれているのか」 の理由がわかりません。そして白い縁取りがある理由も。当然私は先生にそう質問しました。先生は 「俺にもわからん」 つれないお返事。 というわけで、疑問はもちこされたまま。自分なりに調べてみましたが、白い縁取りについてはわかったものの、赤斜線のずれについては、どの本にも載っていませんでした。 それから約20年。 自分なりにいろいろと推理してみましたが、正解が得られないのは、まことに居心地が悪いものです。 そんなとき、西洋紋章学の第一人者、森護さんの『ユニオン・ジャック物語』に出会いました。 謎の答えが、そこにありました。 その時の興奮と言ったら。もう感激で全身に鳥肌が立ち、本当に実が震えましたね。 というところで、以下次回。 私が20年悩んだ謎(といいてもずっとほったらかしでしたが)を、皆さんも考えてみてください。

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  • 09 Mar
    • アレグザンダー・ケイ 『残された人びと』

      わずかな人間から、全体を判断してはいけない。インダストリアにも良い人間もおるし、そういう人たちのやったことは、ほめるに値するだけだ。世界が失ってはいけない人たちだ……。 ブライアック・ロー(本書205ページより引用) アレグザンダー・ケイ, 内田 庶, 小坂 しげる 残された人びと 新世紀もはや7年目。「世紀末」という言葉も、遠いものとなりました。 当時私の知人にも十人に一人くらいは 「1999年に何かが起こるんじゃないか」 という杞憂を抱いている人がいました。これもひとえに「世紀末」の「末」から来るイメージでしょうね。ちなみに私は1985年、タイガースが優勝した年に、快進撃を続けるターガースを見て 「ひょっとして良くないことが起こる前兆では」 と心ひそかに思っていました。それほど彼らの活躍に半信半疑だったのです。阪神だけに。……ファンの方、ごめんなさい。私もタイガースファンですよ~。 世紀末に人類が滅亡する、としたのは五島勉さんの『ノストラダムスの大予言』。 1973年に発売されたこの荒唐無稽な本は爆発的な人気を得ました。当時の文化人たちが帯に推薦文を書いたり、映画は文部省推薦になったりしたのです。その背景には当時の世相がありました。米ソ両大国が依然として対立しており、公害問題や経済のマイナス成長など、種々の社会不安がありました。「石油はあと30年もたない」なんて当時の少年漫画雑誌でもとりあげられていたのです。そんな社会に、特に若年層が不安を抱き、五島さんの本はその不安をさらにあおり、中には 「結婚したんだけど、子供を産んでもよいのだろうか」 と本気で悩んだ人もいたそうです。      高木 彬光 ノストラダムス大予言の秘密 このような不安、不満は、日本だけでなく海外でも広くあったようです。 『残された人びと』(原題はThe Incredible Tide;大津波)はそんな時代に書かれた物語。核兵器ならぬ磁力兵器によって最終戦争が起こり、大洪水によって人類のほとんどが滅亡した「大変動」。主人公コナンは12歳で大変動を生き延び、無人島に漂着。その後5年間を孤独に、しかしたくましく生き抜いてゆきます。そこに「新社会」からドクター・マンスキーがやって来て、コナンを彼らの首都インダストリアに連れて行きます。 題名、人名、地名からお分かりの方も多いでしょう。本作は宮崎駿さんのアニメ『未来少年コナン』の原作であります。もっとも「原作」とテレビ画面では出ていますが、お話の内容は大きく異なります。コナン、ラナ、ジムシーにダイス、はてはオーロやメイザル、シャン、ティキィまで、同じ名前の人物(と鳥)が登場します。またインダストリアやハイハーバーといった土地、そして最終戦争が起こったという設定も同じ。ただしアニメではそれから20年後、自然がほぼ回復した世界なのに対し、こちらは大変動後5年、世界はまだ荒れ果て、人々の暮らしも苦しく希望の見えにくい時代を描いています。ですから原作というよりは原案―昨年放映されたNHK『純情きらり』と津島佑子さんの『火の山—山猿記』のような―というべきでしょうか。 バンダイビジュアル 未来少年コナン 1 「西方世界」に住んでいたのがコナンやラナ(彼らはもともと知り合い)、対してインダストリアに住んでいるのはドクター・マンスキーやレプコ。「西方」とかインダストリアの人名から、明らかにアメリカとソビエトを意識しています。これも当時としては無理からぬ、自然な設定でしょう。アニメにするにあたってマンスキーをモンスリー、レプコをレプカと改名したのは、これを嫌ったからでしょう。 アニメがあまりにも有名なことから、しばしば「アニメと違って暗い」「救いがない」と言われる本作ですが、むしろ独立した、まったく異なった作品として読んだほうがよいでしょう。ついついアニメと比較してしまうのは無理もないでしょうが、それではこの小説の魅力はわかりません。ここからはアニメを頭から追い払って見てゆきます。 *実のところ、私も『未来少年コナン』が大好きで、それでこの小説を長い間探していました。が、なかなか見つからず、80年代に角川文庫から出ていたもの―今は絶版―を買いましたが、挿絵がアニメと同じ。17歳のコナンでも上記パッケージと同じに描かれていたので、どこか落ち着かなかったです。 **絶版で入手困難なのは海外でも同じようです。アニメの人気から原作を求める人たちが多いらしく、原文(英語)がすべて公開されているところもあります。 http://hinomaru.megane.it/cartoni/Conan/index_frame.html http://www.tintazul.com.pt/julio.reis/conan/tide_01.html http://www.tvcartoonmania.com/conan/gpatide.htm (こちらはダウンロードできるところ) この小説では、大変動後、ともすれば絶望に陥る世界の中で、なんとか生きてゆく若者の成長する姿を描いています。 コナンは「声」に導かれて孤島で一人で生き抜き、 肉体的にも精神的にも逞しくなります。それは工業製品でかろうじて命をつないでいるインダストリアのドクター・マンスキーがびっくりするほど。またハイハーバーも残されたわずかな畑でなんとか生活している状態でしたから、彼はこの物語世界の中では一番の健康優良児なのかもしれません。 物語はコナンの視点、ラナの視点から交互に繰り返されますが、メインはコナン。そして物語の特色で、大変狭い舞台で少数のキャラクタのやり取りで話が展開してゆきます。はじめ一人きりで生きていたコナン。インダストリアに連れて行かれ、複数のキャラと交わるかと思えばそうではなく、ラナの祖父で「先生」ことブライアック・ロー博士(やはりパッチという偽名を使っていた)の脱出を手伝うことに。インダストリアの追っ手と大異変後の荒れ狂う自然との戦い、そしてコナンとロー、青年と老人の二者のやりとりで物語りは進んでゆきます。若いだけに潔癖で、人間の醜さに怒りを表したりあせったりするコナン、自分の運命に悩むコナンに、ローは冒頭の台詞に代表されるような、もっと広い心を持つこと、辛抱することを教え諭します。 そこに二人を追ってきたマンスキーが遭難。二人に合流し、今度は三者のからみとなります。自分を導いてきた「声」を信じ、博士を尊敬するコナン。人間の弱さ愚かさを認めつつ、同時にその強さと可能性を信じている博士。そして目に見えるものしか信じず二人をあざけるマンスキー。遭難してたどり着いた小さな島―コナンがもと住んでいた島、そしてハイハーバーへゆく小さな船の中。そんな狭い舞台で生き延びるために協力しながらも心を開かないマンスキーとたの二者との対立と交流は実に面白い。芝居にしたらアニメとは違った魅力を十分引き出せるのではないかなと思ってしまいます。 青年と、中年と、老人。読者はこの三者のものの見方考え方に同調したり反発したりするでしょう。本書は児童書に分類されますが、三者の年齢設定を見てもわかるように、大人の鑑賞にも十分堪えうるものです。 ことにマンスキー。外科医である彼女は、物質文明インダストリアを、そして大変動後必死に生き延びてきた大人を象徴する人物で、そんな彼女が最後にコナンたちを受け入れるさまはこの小説の、大人にとっての一つの魅力でしょう。 建物につくちょっと前、とつぜん一本の煙突からはき出された煙が、つんと鼻にきた。ドクターは立ち止まって、灰色の頭をふりかえり、深く空気を吸い込んだ。 「ああ、いいにおい! 世界で一番いいにおいだわ!」 (47,48ページ) ここに描かれているマンスキーは現代のわれわれそのままではありませんか! そりゃ工場の煙を「いいにおい!」なんて考える人はいないでしょう。おそらく作者も彼女の狂気、インダストリアの狂気を描いたつもりでしょう。しかし窓の明かりに群がる小さな羽虫を気持ち悪がったり怖がったりする現代っ子、満天の星空を見てかえって不気味に感じる現代人はマンスキーを笑えません。そこまで極端でなくても、われわれは現代の管理された自然(観光地や田園地帯など)を「美しい自然」と思い、整備された生活環境を快適に感じています。もちろん私もその一人です。しかしこの姿は煙をいいにおいと感じるマンスキーとそんなに変わりはないのではないか。そんな彼女をコナンは当然気味悪く思いますが、そのコナンから見ればわれわれも気味が悪いのではないか。 彼女は優秀な外科医であり、だから体を切り刻んでも魂や心なんて見つからなかった、なんて言います。「なんのために生きとるんだ?」との博士の問いに対しても、シニカルに答えます。 「生まれたくって生まれてきたんじゃない。でもこうやって生きているからには、できるかぎりのことをしてきたわ。でも、頭が使えても、あたしたちはただのほろびていく存在。とにかく、あたしなんかどうでもいいのよ。たいせつなのは”新社会”だけ」 (225ページ) 彼女の答えの最後の部分に全体主義である共産国家、インダストリアとして戯画された共産国家への皮肉を読み取るかもしれませんが、要するに彼女は余裕がないだけなのです。いろいろな物を受け入れる余裕はなく、生きるのが精一杯。だから彼女のこの答えは、博士の次の台詞と対立したものではなく、似通ったものです。 「みんなを助け、いろいろなことを学ぶために、あんたは生きとるんだ」 (225ページ) くだらない、と彼女は一蹴しますが、彼女の全体主義も博士の利他主義も、案外近いところにあるんじゃないでしょうか。彼女になくて博士にあるものは愛。 自己愛がないゆえに他者も愛せず、心も魂も否定してしまったのです。 キリストの教えに「黄金律」といわれる、次の言葉があります。 彼らのうちの一人の律法学者が,彼を試そうとして一つのことを尋ねた。「先生,律法の中で最大のおきてはどれですか」。 イエスは彼に言った,「『あなたは,心を尽くし,魂を尽くし,思いを尽くして,あなたの神なる主を愛さなければならない』。これが最大で第一のおきてだ。第二もこれと同様であって,こうだ。『あなたは隣人を自分自身のように愛さなければならない』。律法全体と預言者たちとは,この二つのおきてにかかっている」。 (新約聖書「マタイによる福音書」第二十二章三十五節~四十節  電網聖書 より引用) 「自分自身のように愛せよ」ということは自分自身を愛していることが前提です。異論はありますでしょうが、そのように私は教えられました。確かに自分を愛していない、自暴自棄な人間が他人を愛することはできないでしょう。ただ人間不信でも社会に貢献している人はたくさんいます。マンスキーもまさにそう。 根本は違えど表層は似通っている、だから最後に彼女はコナンたちを受け入れることができたのです。「声」を聞いた、という体験を経てですが。それでも以前の彼女なら自分の体験すら疑ったでしょう。 こういう読み取り方は本作の主題から大きく外れているのでしょうけれども、私はそう思えてなりません。 「声」が出てきたり、神や指導者といった言葉が出てきたりと、キリスト教くさい作品でもあります。「声」」に導かれ、自分と対立するものに不平不満を隠さず、指導者として選ばれたことに不安を感じるコナンは旧約聖書のモーセを思わせます。この作品がアニメよりも人気がないのはそのせいかもしれません。同じく宗教的で「キリスト教のプロパガンダだ」と批判されたことさえある『ナルニア国物語』シリーズよりも宗教くささを前面に押し出していることもこの本の本当の魅力を押さえ込んでしまっています。 しかし本作からあれだけ愛されたアニメを宮崎さんが作り出せたように、読む人それぞれが何かしら引き出すことのできる、不思議な作品でもあります。 私は演劇、とくに学生演劇に向いてるんじゃないかなあと思ってます。ラストシーンなんかとくに芝居向きです。 付記 アニメを意識しないで読んだつもりですが、私の頭の中では、どんな台詞でも、どうしても小原乃梨子さんや山内雅人さん、吉田理保子さんといったアニメ版の声優さんたちの声になってしまいます(笑) また、アニメの裏設定ともいうべき事項、モンスリーの自転車や市民等級制度とスコアも描かれています。ラナがおじいさんの声を受け取るのにしばしば高いところに上るのはなぜか、その理由もわかります。そのように読んでも面白いでしょう。

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    • 猫語バトン

      バトル、もとい、バトン友達の史様 よりいただきましたにょ。 リレーといえば運動会の花形種目にゃん。選手の方はクラスのスタアにゃ。ウンチ(運動神経ゼロの、運動音痴)の我輩にとっては、バトンは憧れの象徴でありましたにゃー。ですからバトンと聞くと、血が騒ぐのでありますにゃん。いつものようにゃコピペではすまなっかったにゃんにゃん。 【ルール】 ・これが回ってきたら次に書く日記の語尾全てに「にゃ」「にゃー」「にゃん」をつけるべしにゃ ・「な」「ぬ」も「にゃ、にゅ」にすることだそうですにゃ! ・一人称は必ず「我輩」にすることですにゃ ・日記の内容は普段通りに当たり障りなく書いてけば構わなにゃい ・日記の最後に五人!回す人の名前を記入するのにゃ ・既にやった人も回されたら何度でも答えるにょよ! にゃ、にゃんてことだにゃ。我輩の知的、もとい痴的にゃイメージが崩れてしまうにゃん。これではまるで『無敵看板娘』の勘九郎だにゃ。にゃんにゃんだったらハットリくんですにゃんにゃん。いやホントはニンニンですにゃん。 藤子 不二雄 新忍者ハットリくん 1 (1) 佐渡川 準 無敵看板娘N 2 (2) (現在はN=ナパームだにゃ) 実は日記は別のHNで書いているんだけど、「フーシェ」でご指名された以上、漢(おとこ)として受けて立つにゃ。 最近YouTube にはまってますにゃ。昔のアニメのオープニングとか、『未来少年コナン』の20話までが無料で見られますにゃ。画質は落ちるけどにゃ。 *ルールとはいえ、人名題名は変えることできにゃいですにゃ。コニャンとしたら、全国のファンを敵に回すにゃん。 バンダイビジュアル 未来少年コナン 1 しかしにゃにより嬉しいのが、懐かしのスタアの映像が見られることですにゃ。それにシェイクスピアのお芝居も、日本では見られない舞台の映像、それもオリビエのようにゃ有名どころから学生演劇まで見られますにゃん。ほとんどが英語にゃんで、ヒアリングのお稽古にもにゃりますにゃあ。著作権の問題があって、見ていいのかにゃあと思うんですが、好きなものはどうしても見たいので、ジレンマですにゃん。 もちろん英語いがいの言語もたくさんありますにゃ。我輩にはちんぷんかんぷんですが、音楽や映像だから楽しめますにゃん。 (これはAmeba Visionから貼り付けたんだけど、もとはYouTubeですにゃあ) コナン関係の映像で一番気に入ったのが↑ですにゃ。にゃにごかわからないです(わかる人、教えてくださいにゃ)が、いい歌ですにゃ。ラナの魅力、コナンとの絆がよく描かれていますにゃ。 昨日みじめにゃ気持ちで歩いていたら、急に中島みゆきさんの『時代』が頭のにゃかに聞こえてきて、気づいたら口ずさんでいましたにゃん。とても心動かされたので、以下に引用しますが、これもルールとはいえ、歌詞ですからにゃ、にゅの変換はしませんにゃん。 今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて もう二度と笑顔にはなれそうもないけど・・・・ そんな時代もあったねと いつか話せる日がくるわ あんな時代もあったねと きっと笑ってはなせるわ だから今日はくよくよしないで 今日の風にふかれましょう 回る回るよ 時代は回る 喜び悲しみ繰り返し 今日は別れた恋人たちも 生まれ変わってめぐり合うよ 旅を続ける人々は いつか故郷に出会う日を たとえ今夜は倒れても きっと信じてドアを出る たとえ今日は果てしもなく 冷たい雨がふっていても めぐるめぐるよ 時代はめぐる 別れと出会いを繰り返し 今日は倒れた恋人たちも 生まれ変わって歩き出すよ 回る回るよ 時代は回る 別れと出会いを繰り返し 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ 今日は倒れた旅人たちも 生まれ変わって歩き出すよ 早速携帯電話にもダウンロードしましたにゃ。 ああ、にゃんとしたことだにゃ。自分でも結構感動的にゃことを書いているのに、ふざけているようにしかみえませにゅ。逆にそれだから本音が書けるかもしれませにゅにゃん。 短いけど以上ですにゃん。この文体はとても疲れますにゃあ。……普通に書いて、後から該当部分だけ変換すればいいんだと、今気づきましたにゃ。まさしくアフターフェスティバルにゃん。 *本当はWhat's done is done.ですにゃ。 おお! 次の人を指名するのでしたにゃん。まことに申し訳ござらにゅが、頑張ってくださいにゃ。 ぐたさま あにゃたならきっと猫語でも犬語でも自在にあやつれるワン、もとい、にゃん。お願いしますにゃん。 もとさま 『綿の国星』つながりでお願いしますにゃん。我輩はますむらひろしさんも好きですにゃ。 大島 弓子 綿の国星 (第1巻) ますむら ひろし アタゴオル玉手箱 (1) (どちらの猫も「にゃん」とは言いませにゅ) それと「猫」といえば スカイアイさま 『我輩は猫である』つながりでにゃんとかしてくださいにゃん。 夏目 漱石 お風呂で読む文庫 88  お風呂で読む文庫 89   お風呂で読む文庫 90 (こんにゃ面白いものが出ていたにゃんて) おあとは誰か拾ってくださいにゃ。といつものように誤魔化すにゃん。

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  • 06 Mar
    • スーザン・バーレイ 『わすれられないおくりもの』 /河井酔茗 「ゆずりは」

      私たちはずっとつながっている スーザン・バーレイ, 小川 仁央 わすれられないおくりもの こんなに大きな画像を貼り付けてしまいましたが、申し訳ありません。私、この本を所有しておりません。 小学校3年生の国語教科書『ひろがる言葉』下(教育出版)に載っているので、家庭教師先で何度も朗読をしました。 木下 順二, 今西 祐行 ひろがる言葉―小学国語 (3下 ) 国語の教科書、あなどりがたし。内外の名作が結構載っていて、しかも無料配布ですからね。昔の教科書や親戚,、お子さんの教科書をチェックすると、意外な作品に出会うかもしれませんよ。 現代の子供さんたちは生き物の生き死にをよく理解していないのではないか、といわれています。この物語ではずばり、死についてとりあつかっています。といっても重苦しいお話ではありません。表紙にも出ているアナグマさん、動物みんなからしたわれているアナグマさんが、年をとって死んでしまいます。みんなは深く悲しむのですが、やがてアナグマさんからもらったすてきなもの(それは思い出だったり、お料理だったり、ネクタイのしめ方だったりします)に気づいてゆきます。 小さな子供さんにとって死とはなんでしょう。かつて『フランダースの犬』がアニメで放映されたとき、多くの視聴者から「ネロを死なせないで」という投書があり、今でもその最終回に多くの人が涙します。 バンダイビジュアル フランダースの犬(1) 小さい子供さん向けでは、多くの場合、死は眠りとして描かれているようです。大好きなおばあさんの胸に抱かれて天に昇ってゆくマッチ売りの少女のお話のように。 私は小学五年生ではじめて肉親の死に出会いましたが、その一年前くらいから死についてかんがえていました。死んだら無なのだと考え、空恐ろしくなったことを今でも覚えています。 そんなとき教科書で「ゆずりは」という詩に出会いました。確か六年生だったと思います。 こどもたちよ、 これがゆずりはの木です。 このゆずりはは 新しい葉ができると 入れ代わって古い葉が落ちてしまうのです。 こんなに厚い葉 こんなに大きい葉でも 新しい葉ができると無造作に落ちる。 新しい葉にいのちを譲って―。 こどもたちよ、 おまえたちは何をほしがらないでも すべてのものがおまえたちに譲られるのです。 太陽のまわるかぎり 譲られるものは絶えません。 輝ける大都会も そっくりおまえたちが譲り受けるものです、 読みきれないほどの書物も。 みんなおまえたちの手に受け取るのです、 幸福なるこどもたちよ、 おまえたちの手はまだちいさいけれど―。 世のおとうさんおかあさんたちは 何一つ持っていかない。 みんなおまえたちに譲っていくために、 一生懸命に造っています。 今おまえたちは気がつかないけれど ひとりでに命は伸びる。 鳥のように歌い花のように笑っている間に 気がついてきます。 そしたらこどもたちよ、 もう一度ゆずりはの木の下に立って ゆずりはを見る時がくるでしょう。 河井酔茗『ゆずりは』より 長くなりましたが全部引用しました。とても印象深い詩で、最初の2連は今でも覚えています。 死におびえていた(といってもしょっちゅうではないですが)私に、オーバーですが、はじめて生と死がなんなのかを教えてくれた詩でもあります。 今大人になった私は、こどもたちに譲ってゆくものを一生懸命造っているのでしょうか。この詩を読むたびに自問しています。 まど みちお, 三井 ふたばこ, 阪田 寛夫, 川崎 洋, 河井 酔茗, 樺島 忠夫, 宮地 裕, 渡辺 実, 松永 禎郎, 杉田 豊 光村ライブラリー〈第18巻〉おさるがふねをかきました ほか ↑昭和48年~平成12年の国語の教科書に載っていた詩をまとめた本です。「ゆずりは」も載っています。 中学英語の教科書には『葉っぱのフレディ』が載っています。 東京書籍編集部 ニューホライズン―中学英語 (3年) 3年生の、最後の読み物として。 葉が落ちる、芽生えるというのは生命の、生命循環の(輪廻ではないよ)象徴なのかもしれませんね。 父が亡くなってまもなくに、家庭教師としてこのお話を読んだ私、学校で読んだ甥っ子。偶然のめぐり合わせでしょうが、そのめぐり合わせに感謝しております。

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  • 05 Mar
    • シェイクスピア 『ヘンリー六世 第三部』 (シェイクスピアの史劇9)

      つまり、羊飼いが心安らかに楽しく味わう 粗末なチーズ、革袋から飲む冷たい薄い酒、 さわやかな木陰での日ごとの昼寝のほうが、 心労、疑惑、裏切りにかしずかれて国王が味わう 山海の珍味、黄金の杯になみなみと注がれる美酒、 贅をこらしたベッドでの眠りよりはるかにましなのだ。 ヘンリー6世 (第二幕第五場) 『ヘンリー六世 第三部』はばら戦争の混乱、ランカスター家の敗北とヨーク家の勝利、エドワード4世の王位就任が描かれています。『第三部』の冒頭は『第二部』の終わりと連続していまして、三部作の中でもこの二作は緊密なつながりを持っています。 第三部で特に目をひくのは、復讐、そしてそれが新たな復讐を呼ぶ、流血の連鎖です。 騎士道精神、それは戦場で捕虜としたものは丁重に扱い、身代金と引き換えに釈放する。このルールは『エドワード三世』で描かれていたように百年戦争前期にはお互い守られていましたが、百年戦争後期を描いた『ヘンリー五世』では非戦闘員や捕虜を虐殺するようになってきました。とはいえ、「騎士道に反すること」という批判の声があることからわかるように、このころはまだ残虐行為とみなされていました。 ところがばら戦争の時代になりますと、イングランドの王族貴族同士が殺し合いを始めます。捕虜となったらまず助からないのです。彼らは親族の死を知って復讐を誓い、仇敵が捕虜となるや侮蔑の言葉を投げかけて殺します。殺される側は呪いの言葉を吐き、絶望を叫びながら死んでゆきます。中にはすでに死んでいる者にすら侮蔑を投げつける場合もあり、殺伐としたイメージを強めています。中でも見る(読む)側の哀れをさそうのは、年端もいかぬ少年ラットランド伯エドマンド(ヨーク公の息子)が殺されるシーンでしょう。 ラットランド   あなたに悪いことをしなかったぼくを、なぜ殺すのです? クリフォード  おまえのおやじがしたのだ。 ラットランド                    ぼくが生まれる前にでしょう?   あなたの一人息子のためにも、ぼくをあわれと思って!   でないと、神様は公平だから、この報いにあなたの息子も   ぼくと同じようにみじめな殺されかたをするでしょう。   ああ、牢獄の中でもいいからぼくを生かしておいて、   なにか悪いことをしたら、そのとき殺してください、   いまあなたにはぼくを殺す理由などないのだから。 クリフォード  おまえのおやじがおれのおやじを殺したのだ、だから死ね! (第一幕第三場) ラットランドの父、ヨーク家のリーダであるヨーク公リチャードも同じ戦闘で捕まり、王妃たちから侮辱を受けて殺されます。そして因果は巡るもの。このクリフォード卿ジョンもまた、後に戦死。死してなおリチャードの息子たちから侮辱の言葉を吐きかけられるのです。 幼き子供、純真な少年の、残酷な運命による無残な死はこの後の劇でもたびたび描かれます。すなわち『リチャード三世』では幼王エドワード五世とその弟が、『ジョン王』ではアーサーが。 子供を登場させたり、その子供がひどい目にあう、というのは今も昔も人をひきつけ、涙を誘うものなのですね。 戦乱の中で先述したようにヨーク公リチャードは殺され、ヨーク家はその息子たち、エドワード、ジョージ、リチャード三兄弟に世代交代をします。一方のランカスター家はトップであるヘンリー6世が冒頭のセリフに見られるように、よく言えば心優しい、悪く言えば優柔不断な王様でした。部下や王妃からも「足手まといだ」と言われる始末。 クリフォード  陛下には戦場から離れていただきたいと思います、  おいでにならぬほうがお妃様の勝利が望めますので。 王妃  そのとおりです、陛下、この勝負は私たちにおまかせなさい。 (第二幕第二場) 赤バラ(ランカスター家)の心優しきリーダーは、わが国の赤旗の総帥平宗盛とよく似ています。平和な時代では善人として、名君とはいかないまでも、そこそこの評価を得ていたに違いありません。ですが乱世に生きるには優しすぎました。 優柔不断な夫に代わってランカスターを引っ張ったのが王妃マーガレット。ヨーク公を殺し、捕らえられていた夫を解放。劇中版でまたもやランカスターが敗北し夫が捕らえられるや、フランスに渡り、フランス王に援軍を頼むなど、大活躍です。まさに「赤バラの女王」と呼ぶにふさわしい存在です。 実は初期4部作、『ヘンリー六世 第一部』~『リチャード三世』まですべてに出演しているのは彼女だけなのです。『第一部』では終盤に登場した可憐な乙女、『第二部』では愛と権勢欲に燃える王妃、そしてこの『第三部』では夫に代わり、わが子、皇太子エドワードのために戦う母親として。さらに全てを失い、呪いを吐くだけの存在、忌まわしい予言者として『リチャード三世』にも出てきますが、これは後ほど。 彼女の勇敢さに比べたら、男たちのだらしないこと。 いったんはヨークの勝利で終わり、エドワード4世が即位しますが、この王様、かなりの女好き。ヨークの実力者ウォリック伯リチャード・ネヴィルが、フランスとの絆を強めようと自分の王妃を探しに大陸へ渡っている最中に、領地を取り戻したいと陳述してきた未亡人を口説き、王妃に迎えます。 これでは面目丸つぶれのウォリック伯。援軍を頼みに来ていたマーガレットと手を組み、ランカスターに鞍替え。エドワードに復讐を誓います。 彼を王座にのぼらせた中心人物はこのおれだった、だから 彼をそこから引きずりおろす中心人物もこのおれだ。 そうするのも、ヘンリーの不幸をあわれむゆえではない、 エドワードの侮辱に復讐するためだ、ほかに理由はない (第三幕第三場) セリフのとおり、国内最大の力を誇るウォリク伯が寝返ったのでは勝ち目はありません。こうしてエドワード4世は逃亡、捕らえられていたヘンリーが復位します。 まったく、目まぐるしく変わる政情です。昨日の敵が今日の味方になり、今日の見方が明日の敵になるのです。王座と利益のためなら恩讐をこえて手を組んだり離れたりするのです。 しかしランカスターの力を弱めたのも他ならぬウォリック。ヨークの巻き返しはすぐに始まり、最大の勢力を誇ったこの貴族もついには倒れます。 ここでマーガレットは人生最大の悲劇を迎えます。息子皇太子とともに捕らえたれた彼女。その彼女の目の前で、エドワード4世、ジョージ、リチャード三兄弟に刺し殺されてしまうのです。そして「私も殺して」との悲痛の願いも聞き入れられず、彼女は退場してゆきます。 数々の武勲を挙げ、今皇太子も殺したリチャードは、ロンドン塔に捕らえられていた前王ヘンリーも殺害。こうしてランカスターの血は絶え、ヨークの天下となり、幕は閉じます。 ひとり天下を夢見るリチャードを残して。 ↑登場人物系譜図 クリックで拡大    同じ名前、爵位が出てきますが、世代が交代しているためややこしい ◆冒頭および本文中の台詞は ウィリアム・シェイクスピア, 小田島 雄志 ヘンリー六世 第三部 シェイクスピア全集 〔3〕 白水Uブックス より引用しました◆

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  • 02 Mar
    • The Ink Drinker

      本の読み方は人それぞれ?? Eric Sanvoisin, Georges Moroz, Martin Matje The Ink Drinker (Ink Drinker) 私の先輩に魚介類の苦手な人がいました。彼の生家は漁業を営んでいるのですが、それゆえ魚漬けの食生活だったのでしょうか、魚介類が嫌いになってしまったのです。漁師の息子が魚嫌いとは、皮肉なものですね。子供のころ、毎日どんな思いで食卓に向かっていたのでしょうか。 もしも自分の嫌いなものを自分の家で取り扱うことになったら、どうなるんでしょう。 本書の主人公、ボクは本が嫌い。でもお父さんは本屋さんを営んでおり、本が大好き。サッカー好きの少年が 「ボールはトモダチ!」 と叫ぶように、お父さんも "my little bookies."  (ぼくのカワイイ本ちゃん達♪) なんて呼んでおります。 こんなお父さんがいたら、本が嫌いになる……かな? ところがボクは夏休みの間、お父さんを手伝うことになってしまいました。 本嫌いの本屋の店番です。 ここでもう一度表紙を見てください。 表紙の右下にうずくまっているのが、主人公の男の子。隠れてお客さんたちを観察しているんです。ちょっと趣味が悪い。 そして表紙の中央には、なんとも奇妙な人物が。……本にストローをさしています! この奇妙な客にびっくりしたボクは、好奇心満々で彼の後をついてゆくのですが……。 A to Z mysteriesよりもさらに短い35ページ。しかもイラストも多く、すべてカラーですからストレスを感じずに読み進めることができます。ペーパーバックにしては紙質もよく、真っ白。活字も見やすく大判ですから、まるで学生時代の教科書を読んでいるかのようです。見慣れない単語がいくつか出てきますけれど、無視しても大丈夫なテンポの良いストーリー。表紙からして興味をひきますが、中身も同様で、難しい単語が気にならないほどひきつけられてしまいます。 はたして謎のお客の正体は? 主人公はどうなってしまうのか? 学生さんのサイドリーダーにもよいのではないでしょうか。

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  • 01 Mar
    • ヘルマン・ヘッセ

      自分の一生を外部から回顧してみると、特に幸福には見えない。しかし、迷いは多かったけれど不幸だったとはなおさら言えない。あまりに幸不幸をとやこう言うのは、結局、まったく愚かしいことである。なぜなら、わたしの一生の最も不幸な時でも、それを捨ててしまうことは、すべての楽しかった時を捨てるよりも、つらく思われるのだから。避けがたい運命を自覚をもって甘受し、よいことも悪いこともじゅうぶんに味わいつくし、外的な運命とともに、偶然ならぬ内的な未来の運命を獲得することこそ、人間生活の肝要事だとすれば、わたしの一生は貧しくも悪くもなかった。外的な運命は避けがたく神意のままに、わたしの上をすべての人の上と同様通りすぎて行ったとしても、わたしの内的な運命はわたし自身の作ったものであり、その甘さ苦さはわたしの分にふさわしいものであり、それに対してはわたしひとりで責任を負おうと思うのである。 ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳 『春の嵐 (ゲルトルート)』冒頭より引用(新潮文庫5ページ) 

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    • 学研 『漢字九九カード』

      漢字を書けない子が増えてるって? そりゃ大人の責任ですよ 学研 漢字九九カード (3年) 漢字を覚えるのに、九九のようにリズムでやってみようというのが本書の売り。 厚手の紙に、表には漢字の字体と筆順、覚え方が、裏には使い方が、それをテーマにした4コマ漫画つきで載っております。切り取り線から切り取ればカードになり、付属のリングにまとめて、いつでもどこでも覚えられるようになっています。 なかなかの優れもの。もちろん1年生~6年生の各学年あります。 実際、私はコレを使って、 「漢字、ダイッキライ!」 のお子さんを 「ふつ~」 と言えるまで変身させたことがあります。 (子供さんの「ふつ~」というのは「好きじゃない」「微妙に嫌い」という意味) もうちょっと時間があれば「好き」となったかもしれません。 以下、本書とは直接関係ないことを。 (よそに書いたことを一部訂正して。手抜きですな) 漢字といえば、小学校の先生は大変ですね。子供さんが習っていない漢字は板書できない。どの漢字を習っていて、どの漢字を習っていないか、把握していなければならない。体育や音楽など一部科目を除いて担任が全科目を教えるので、その点はやりやすいでしょうが。 これが中学校の教師だと、国語教師以外はそこまで気を使いません。中学生は常用漢字までを学習することとなっているのですが、社会科などでは常用漢字外を使用した用語がバンバン出てきます。常用漢字でも既習未習こだわらず板書します。 例えば薩長同盟の薩という字。 クサカンムリの下、コザトの横は、産業の産ではないです。JISでは表示できないですが、産の旧字 です。 蔣介石の蔣も、クサカンムリの下は将軍の将ではなく、その旧字將。 常用漢字外では新字体というものがないので、薩や蒋、それに鴎(森鷗外の鷗)と書いてしまうと略字となり、試験ではバツにされちゃうんですよ(クサカンムリの横棒をつなげたり、シンニョウの点が一つだけなのはOK)。国語では習わない漢字でも、テストで書けなければダメ~! なんです。 それに中学では教科担当がそれぞれ決まっていますから、国語教師以外は未習既習にこだわろうにもこだわれない。そこまで気を回すことはほぼ不可能です。 小学校の先生に似た立場にあるのが、英語の先生でしょうか。板書やプリントでさまざまな例文を書くときも、未習の単語は使わないようにしなければならない。まこと入門時の学習は、教えるほうはなかなか大変なのです。 中学までの義務教育9年間で、常用漢字1945字を習います。これが漢検の三級レベル。漢検の五~一級のレベルわけは、英検のそれを真似にほぼ準じておりまして、 五級が中一修了程度、四級は中二、三級が中三。そして準二級が高校中途、二級が高校修了程度。準一級が大学教養課程、一級が大学修了・社会人程度、とこうなっているわけでございます。ですから、準一や一級になると人名漢字や旧字なども出てきて、難しくなります。 六級以下はどうかと申しますと、小学校で習う教育漢字(学習漢字)が対象になります。 六級が大体五~六年生、七級が四~五年生、以下十級までございます。 教育漢字とは常用漢字のうち、小学校六年間で習う1006字のこと(だから中学三年間では残りの939字を習う)。これは文部科学省『小学校学習指導要領』の付録『学年別漢字配当表』で小学校の学年別に学習する漢字が決められています。ちなみに『学習指導要領』は大きい書店ならば100円~200円くらいで売っております。 文部省 小学校学習指導要領解説 国語編 この教育漢字、何度か見直されておりまして、昭和23年の881字から順次増えてゆき、1989年に現在の1006字となりました。常用漢字(最初は当用漢字)の中でも特に生活上使用頻度の高いものを抽出した、ということですが・・・。 そうかなあ~~~??? 例えば小学2年生で汽という字を習います。汽車、汽船、汽笛の汽ですね。確かに私の子供のころは「汽車」という言い方をわりとししましたけれど、今は「電車」の方が普通でしょう? 汽船や汽笛も、使用頻度高いとは言えないですよね。それも小学2年生の生活で。 5年生で習う俵や6年生で習う蚕、これらも本当に小学生が必要とする漢字なのでしょうかね。これまた私の子供のころは養蚕業はまだまだ元気でしたから、必要だったかもしれません。養サン業では見栄えが悪いし、何を作っているかわかりませんからね。でも今はどうでしょう。カイコ、とカタカナ表記で充分ですよね。 俵は・・・スイマセン。私には一本刀土俵入と忠臣蔵の俵星玄蕃(たわらぼし・げんば)、後は○○俵という数え方くらいしか思いつきませんでした。・・・申し訳ありません。ふざけております。まあ、普通に考えれば土俵と米俵ですかね(米俵は怪しいかなあ)。使用頻度、高いですか? そうなのです。これらの字を残しておくことが問題なのです。先ほど申しましたように881字からスタートして、増えてゆくばかりで減ってない。闇雲に減らすのは問題がありますけれど、今例に出した三文字、これが身近だって言うのは昭和二十年代の感覚なんですね。このような、使用頻度の少ない字を小学生に覚えさせるのも問題でしょう。減らすのがよくないと言うなら、もうちょっと吟味して、小学生にも身近な漢字を加えればよいのです。 そりゃあね、お偉いお役人や学者さんなら汽、俵、蚕が身近な世代でしょう。でも実際に学ぶ子供さんたち、いや、その親御さんたちの世代でも、これらはもはや身近とは言えない。 皆様はどう思われますでしょうか? こんなところにも現代教育の問題が象徴されていると思います。頭でっかちで、現場を本当に知ろうとしているのか疑問。 今あげたい外にも、いろいろ問題ありまして、もちょっと体系的な学年別漢字配当表を望みます。 最後に 中学生や高校生でも苦手とする教育漢字御三家というのがありました。私が自分の経験から勝手に命名したものです。ですから、あくまで名古屋のある地方の子供さんたちだけです。当然個人差あります。 清潔(5年)、操縦、穀物(6年) これらは上記の例とは違い、使用頻度高いです(生活や勉強で)。 ところが面白いもので、「御三家」と名づけてしまうと、皆この字を意識して、他の字より先に覚えちゃいました。 『九九カード』の例にもあるように、ノリノリになった子供さんは本当にすごいです。 *6年間で1006字を学習と書きましたが、正確に申しますと、読みについては当該学年で、書きについては次学年(小学校6年の分は中学校1年)で学ぶことになっています。 いわゆる「ゆとり教育」、完全週休二日制で、もっとも授業数を削減されたのが国語だから無理ないか・・・。なんだかなあ~

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  • 28 Feb
    • ランカスターとヨーク (シェイクスピアの史劇)

      イングランドは長いあいだ狂気にとりつかれ、 おのれを傷つけてきた、兄は弟の、弟は兄の血を 見さかいなく流しあい、無法にも父はわが子の、 やむなく子はわが父のいのちを奪いあってきた。 無残にも分裂をかさね、長いあいだ 引き裂かれていたヨーク、ランカスター両家を、 おお、いま、それぞれの王家の真の継承者 リッチモンド、エリザベスの両名の手によって、 一つに結び合わせることこそ神の思し召しだろう!  リッチモンド伯ヘンリー (『リチャード三世』第五幕第五場) ランカスター、ヨークはともにイングランド北西部、北部の地名であります。現在でもランカシャー州にランカスター市が、北ヨークシャー州にヨーク市があります。 それぞれの地域を領地としたので、それが家名になったんですね。日本で言えば徳川御三家の尾張家や紀伊家と似た存在です。両家はもともと兄弟の間柄であったのです。 百年戦争を引き起こしたエドワード3世(1312~77)、在位は50年の長きにわたり、王妃フィリッパ・オブ・エノー(1314~69)との間に、なんと七男五女、計十二名の子供をもうけました。ちなみにこの後も頻繁に出てくる「オブ・~」とは生地あるいは生家をあらわす呼称です。フィリッパはフランスのエノー伯爵家の出身です。十二人中、成人したのは男子五名と女子三名でした。 (エドワード3世とフィリッパ・オブ・エノー;エドワード3世の紋章) 長男はブラック・プリンス(黒太子)として名高いエドワード・オブ・ウッドストック(1330~1376)。ウッドストック城に生まれ、百年戦争前半で活躍し、勇名を内外に轟かせましたが、惜しくも父よりも先に死去しました。なぜブラック・プリンスというロックバンドみたいな名前なのか、どんな武勇をたてたのか、詳しくはコチラ の記事を見てください。 (エドワード黒太子の肖像画と彼の棺に飾られた木像;そして紋章) 次に生まれたのが長女のイザベラ(1332~79)。彼女もウッドストック城で生まれました。3歳の時に、父はカスティーリャの王子ペドロ(後のペドロ1世)に嫁がせようと考えましたが、なぜかこの話は没になり、その後数度結婚話があったのですけれども、いずれも縁がなく、結局33歳まで独身で暮らします。浪費家のオールドミスであったとの記録も残っていますが。。。なんとなく同情しちゃいますね。結局33歳でフランスの貴族アンゲラン・ド・クーシーと結婚します。ポワティエの戦いで捕虜になっていたフランス王ジャン2世が、身代金が払えずに、自由になるために交換に人質となったのがアンゲラン。ですから、彼も当時はイングランドにいたのです。父王は彼女に多量の宝石と莫大な生涯年収を与えたといいます。 その後、フランスに戻ることを許された夫とともに大陸に渡りますが、しばらく後、夫婦そろってイングランドに戻ります。 彼女は夫との間に二人の娘をもうけましたが、父の死後、夫、子供両方に引き離され、イングランドでさびしくその生涯を閉じました。彼女の財産はフランス王とイングランド王にほとんど没収されました。 次女は同じくウッドストック城で生まれたジョーン(1333~48)。彼女は父王お気に入りの娘であったそうです。姉と破談になったペドロと結婚することになりました。カスティーリャと婚姻を結んだのは、対立していたフランスを牽制するためでした。ところがカスティーリャへの旅の途中、フランスでペストにかかり、13歳であえなく世を去りました。彼女の死は父王に衝撃を与えたといいます。ペドロは結局フランス貴族の娘と結婚しますが、この正妻とは仲が悪く、幽閉してしまいました。 次男ウィリアム・オブ・ハットフィールド(1337)は生後5ヶ月で死亡。 三男ライオネル・オブ・アントワープ(1338~68)。その名のとおり、フランドル(今のベルギー)生まれ。彼は主にアイルランドで活躍しました。彼もまた、一人娘を残して父に先立って死にますが、その子供(つまりライオネルの孫)、ロジャー・モーティマーはリチャード2世から相続人に指定されます。しかし彼が王位を継ぐことはなく、男子は途絶え、その血は娘婿のヨーク家に続くのです。 (クラレンス公ライオネルの紋章) 四男がランカスター家の祖、ジョン・オブ・ゴーント(1340~99)。ゲントで生まれたのですが、ゴーント。彼はヘンリー3世のひ孫、ランカスター公爵ヘンリーの娘ブラン首都の結婚により、広大なランカスターの領土を相続しました。 (ランカスター公ジョンと彼の紋章) フランスにも広大な領地を得、父王死後、国内最大の領主となります。また少年王リチャード2世の最年長の叔父として、政治上でも絶大な勢力をほこりました。しかし兄黒太子と父王の死後はフランスとの戦況も思わしくなく、度重なる増税でワット・タイラーの乱を招くなど、人気を失ってゆきます。そして彼の強大な勢力を疎ましく思ったリチャード2世とその側近により遠ざけられます。彼は『リチャード2世』に描かれているような善人ではありませんでしたが、王位をうかがうほどの野心家でもなかったようで、身の潔白を証明するために苦心しました。 1386年には二番目の妻がカスティーリャ王ペドロ2世の娘であることを理由にカスティーリャ王位を主張。大陸に渡ります。もちろん王位実現はなりませんでしたが、その娘がカスティーリャ王に嫁ぎ、ジョンの血統が王位に就いたことは先述しました(下の系図を参照してください)。 (↑クリックすると図が拡大します) (ジョンがカスティーリャ王を主張したときに使用した紋章。第2、第3クォーター《つまり右上と左下》にカスティーリャ王の紋章を使用している) 彼は生涯3度の結婚をし、そのいずれの結婚でも王となる子孫を残しています。 すなわち、最初の妻ブランシュとの間の子ヘンリー4世から始まるランカスター王家。 2番目の妻コンスタンシアの孫がカスティーリャ王家。 そして長年の愛人であり、コンスタンシア死後3番目の妻となったキャサリン・スィフォードとの子供、ボーフォート家は後にテューダー家と婚姻を結び、エリザベス女王で名高いテューダー朝へとつながってゆきます。 彼の留守中に息子ヘンリーは氾濫を企て、一度は許されますが、彼の死の前年には息子は国外追放となります。そして彼の死後、財産を没収するという王の乱暴な処置に、息子ヘンリーは怒り、結局王位を奪い取るのです。これがばら戦争の遠い原因となるのです。 ジョンは、政治家としても軍人としても有能とはいえませんが、その大きすぎる財産が、彼の生前も死後もイングランドを揺るがすことになったのでした。 五男エドマンド・オブ・ラングリー(1341~1402)。彼は兄ジョンとは違って無欲な人で、初代ヨーク公となったのも、乱かsたー公ジョンの勢力が大きくなるのを恐れたリチャード2世の政策でした。面白いことに、彼の最初の妻イザベラはジョンの2番目の妻コンスタンシアの妹、彼の2番目の妻ジョーンはジョンの息子の妻の姉でした。ランカスター、ヨークは最初から婚姻関係で結ばれていたという訳です。 (エドマンドの肖像と紋章) 三女ブランシェ(1342)は生後まもなく死亡。 四女メアリー(1344~62)はウィンチェスターの近くのウォルサムで生まれ、1361年にフランス貴族ブルターニュ公ジャンと結婚しますが、翌年死亡。子供はありませんでした。 五女マーガレット(1346~61)は王夫妻の末娘で、1353年に3歳年下のペンブルック伯爵ジョン・ヘイスティングズと結婚しましたが2年後に死亡。子供はありませんでした。 六男ウィリアム・オブ・ウィンザー(1348)は生後2ヶ月で死亡。 そして末っ子、七男のトマス・オブ・ウッドストック(1355~97)。長男と同じウッドストック城の生まれ。彼の妻エレノアは兄ヘンリー(後の4世王)の妻メアリの姉。つまりヘンリー5世の伯母さんにあたります。上流貴族の婚姻関係はごちゃごちゃしてますね。彼は父王の死後も生き残った男子として、グロスター公爵に任ぜられますが、エドマンドと違い、甥リチャード2世とはそりがあわなかったようです。彼は議院と結び王と対立しますが、後に投獄され、(おそらく王の命を受けた)ニコラス・コルフォクスにより暗殺されました。 このトマスの死がジョンの息子ヘンリーの再びの反逆→追放を引き起こすのです。 彼は妻との間に息子を一人、娘を四人もうけました。しかし彼の公爵位は息子に相続されることなく終わります。彼の長女のアンはイングランドの有力貴族スタフォード家に嫁ぎ、その子孫はばら戦争で活躍します。 (トマスの紋章と、トマスが殺害されるシーン) 余談ですがトマスが任ぜられたグロスター公爵、なぜか悲劇が付きまとい、次に任ぜられたヘンリー5世の弟ハンフリーは失脚後暗殺、その次に任ぜられたリチャードは後に王リチャード3世となりますが、これまた戦場で悲劇の死をとげます。 クラレンス公にしてほしいな、ジョージをグロスター公にして、 グロスター公爵というのはこれまで縁起が悪すぎるよ。   リチャード(『ヘンリー六世 第三部』第二幕第六場) 上記の台詞はその事実を受けてのものなのですね。 ランカスターとヨーク、両家の争いの遠因は、そもそもエドワード3世の長すぎる在位と、子供たちに財産を分け与えた気前のよさ、そして長男の死にあるのかもしれません。幼くして王位に就いたリチャード2世は、強大な叔父を疎ましく思い、他の叔父たちにも公爵位を授けますが、それが新たな勢力を生んでいったわけです。 それにしてもカスティーリャ王ペドロ1世の名前が、これほど頻繁に出てくるとは思いませんでしたよ、もとさん!

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  • 26 Feb
    • アンデルセン 『即興詩人』

      傲慢なで幼稚ナショナリズムよ、さらば! アンデルセン, 大畑 末吉 即興詩人 上 (1) アンデルセン, 大畑 末吉 即興詩人 下  岩波文庫 赤 741-2 ヘッセの『春の嵐』について書こうと思ったのですが、たまたま岩波文庫の次のサイトを見かけ、哀しい気持ちになりました。 ふたつの"即興詩人"-アンデルセンと森 鴎外 (1997/10/29改) しかしながら即興詩人は,童話集の名声に隠れ,いまでは故国デンマークでもほとんど顧みられない作品となっています。それは,この物語がロマンティックではあるものの,単純で,話がうまく出来過ぎており,登場人物の性格が一面的である,など所詮通俗小説の枠を出ないものであったからと考えられています。 そんな中,唯一日本でのみ,即興詩人はアンデルセンの代表作の一つとして,広く名が知られ,読みつがれてきました。本書を愛し,明治25年から足かけ10年にわたり苦心の翻訳を続けた森 鴎外がいたからです。 アンデルセン=童話作家。小説家としては二流。 それはまあよしとしましょう(ホントはよくない。後述)。確かに『即興詩人』はロマン主義文学であり、ご都合主義的な展開が目立ちます(とはいえ、十分楽しめる内容ですよ)。しかしですよ、「故国デンマークでもほとんど顧みられない」とか「唯一日本でのみ~読みつがれてきました」「森鴎外がいたからです」(ご丁寧にもサイト上では太字になっている)という嘘を言ってはいけません! まずアンデルセンは、デンマークでは童話作家という範疇におさまる存在ではないのです。国民的詩人でもあるのです。確かに彼は生涯156編の童話を書きました。創作童話というジャンルを確立したのも彼です。まさに童話の王様といってもよい。ですが彼が最初に名声を得たのは紀行文学であり、そして詩人、小説家としてでした。現代でも彼の詩は愛されています。日本では15年ほど前に全集が出ましたけれども、彼は10編の小説も書いています。その代表作が『即興詩人』ですが、現在でも文庫本で簡単に入手できる『絵のない絵本』も童話ではなく小説といえますし、童話集の中でも『氷姫』のような小説といってもいい内容とボリュームを備えたものもあります。彼自身、自分の「童話」を子供だけでなく、大人向けにも発表したと言っております。 この「鴎外がいたからだ」という論調、実は鴎外の時代からずっとあったのです。原作を超えた翻訳だだから、デンマークでもすたれたものが日本では人気があるのだ。。。馬鹿を言ってはいけません。これは西洋に追いつき追い越せの時代の、勇み足的な認識。幼稚なナショナリズムの表れ。どこの国へ行っても、英語でもフランス語でもドイツ語、スペイン語、、、でも『即興詩人』は面白く、人気を博したのです。そして読みつがれているのです。 誤解しないでいただきたいのは、私は鴎外を貶めているのではないのです。彼がドイツ語訳『即興詩人』から苦労して訳出した作品を、貶めているのではないのです。私は鴎外という作家は大好きです。もちろん鴎外自身がこのような認識を持ったのでないことはわかります。つまり岩波が悪い! それに現在、『即興詩人』は鴎外訳よりも大幡末吉さんの新訳のほうが読みやすいし、読まれています。とはいえ、『即興詩人』がアンデルセンの代表作、という認識はあまりないでしょう。日本ではやはり童話の王様。彼の代表作は数々の童話でしょうね。 珍しく断言してますが、上記のことは数十年前からアンデルセン研究家、北欧文学者たちが言っていることなのです。だのに、私が高校時代に持っていた文学史の教科書でも、岩波と同様のことが書いてありましたし、1997年というつい最近になっても、岩波のサイトにこんなことが書いてある。数十年も前の文章論調を鵜呑み丸呑みにして書いているからこうなる。いったい原作を超える翻訳とはなにか。どんな観点で比べるのか。デンマークでのアンデルセンの文学的位置を調べたのだろうか。外国での『即興詩人』の売れ具合を調べたのか。 鴎外は、もちろん優れた文学者です。それでいいではないか。彼を引き下げて我の優位を語る、そんな幼稚なことをなぜやめないのか。数十年もほったらかしにして、丸写しを繰り返す岩波に、猛省を求む。 ちなみに私は大畑さん訳より、鴎外訳の『即興詩人』の方が好きです。

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  • 25 Feb
    • 三浦綾子 『道ありき』 『積木の箱』

      私は、弱い人間です。だから誰よりも強くなれるはず。 三浦 綾子 道ありき―青春編 三浦 綾子 この土の器をも―道ありき 第2部 三浦 綾子 光あるうちに―道ありき第3部 信仰入門編 去年大掃除をしていたら、過去の手紙が大量に出てきました。 その中あたに薄い水色の封筒。三浦綾子さんからいただいたお手紙です。 母の勧めで彼女の作品を読み、なかでも自伝ともいえる『道ありき』三部作に強い感銘を受け、ファンレターを出したら、まさかと思った返事が来たのです。当時高校三年生だった私は、さまざまなプレッシャーと闘っていました。周囲にはそうは見られなかったようですが。誰もが直面し、通過していった、悩み、焦り。自分はどこから来て、そしてどこへ行こうとしているのか。疑問、そして羞恥。そういったものを、手紙にぶつけたのでしょう(無精者の私は、自分が出した手紙の写しをとらなかったのです)。この三部作が私にある力を与えてくれました。その感激と、自分の中のもやもやをぶつけた、おそらく無礼な手紙に丁寧に答えてくださったのです。 当時彼女はもう自分で筆をとることがほとんどできず、ご主人に口述筆記してもらいながら、私に応えてくださった。最後に 「心を込めて署名いたします」 と病身をおして、自らの手でサインしてくださった。そこに私は万感の祈りを感じ取って、勇気付けられ、さらに調子に乗って 「私もキリスト教を勉強しています」 と返事を書いたのです。 当時私は受験生にもかかわらず(いや受験生だったからこそ、かな)、キリスト教系の新興宗教に半ばはまっており、朝に夕に聖書を読んでいたのです。しかし現在の私同様、それは信仰からきたものではなく、知識欲からくるものが大でしたけれども。 三浦さんは二通目の手紙でたいそう心配してくださりました。 当時三大異端とされていたキリスト教系新興宗教の名をあげ、 「注意してください」 と心をこめ、そして最後にまた万感の祈りを込めて、ご自分お手でサインしてくださいました。 だのに若い私は、傲慢でありました。 尊敬する人から、好きなものを否定されたショックでかたくなになり、その後彼女が「注意してください」と教えてくださったすべての新興宗教にかかわり、多くの友人を得、そして失いました。 私が結局教師(塾教師ですが)になったのも、三浦さんの影響かもしれません。 三浦 綾子 積木の箱 (上巻) 三浦 綾子 積木の箱 (下巻) 若き日の私は、キリスト教というブランドに惹かれていただけなのかもしれません。初めて親元を離れ、大阪という大都市に飲み込まれそうになって、うわべだけの人のつながりを求めただけなのかもしれません。 いえ、そうではなく、あのころの私は純真だった。無知なるがゆえのピュア、自己中心であるがためのピュアで、妥協を許さない若者でした。 今あらためて彼女の著作と手紙を読むと、当時の感動がよみがえるとともに、当時の私が持っていた、上記の危険性を見抜いていた三浦さんの洞察力が行間から読み取れます。もちろん、彼女は私をほめても下さっていました。未来ある少年の可能性を、自分のことのように喜んでくださっていました。 私は今、彼女の立場に立っているだろうか。 弱い存在であるが故の強さややさしさを、持っているのだろうか。

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  • 24 Feb
    • シェイクスピア 『ヘンリー六世 第二部』 (シェイクスピアの史劇8)

      ありがとう、両卿。だが私はまだ王ではない、 綿密な熟慮、ひそかな策謀をもってせねばならぬ。 いまはもっとも危険な時機だ、両卿は私にならい、 サフォークの無礼、枢機卿ボーフォートの高慢、 サマセットの野心、バッキンガム一味の策動には 見てみぬふりをしていただきたい。そのうちに やつらは、あの羊の群れを導く羊飼い、徳高い公爵、 善良なハンフリーを罠にかけるだろう、その結果 やつらは、みずから仕掛けた罠にみずからはまり、 死を見るにいたるだろう              ヨーク(『ヘンリー六世 第二部』第二幕第二場) ←クリックすると画像が拡大します 『ヘンリー六世 第二部』では、宮廷内の熾烈な権力争いの末に、ヨーク公リチャードが王位を要求して兵を挙げ、薔薇戦争(1455~1485)の火蓋を切ったセントオールバンズの戦い(1455)で、王と王妃が逃走するまでを描いています。 冒頭にヨーク公リチャード(以下ヨーク)の長い台詞を引用しましたが、この劇のストーリーと人物を見事に集約しているのです。 そう、ランカスター対ヨークという図式は最後にあらわれてきたもので、当初はランカスター家嫡流と傍流の内紛だったのです。 それはもう、読んでいてうんざりするほどの悪口の応酬であり、足の引っ張り合いです。 この劇には多くの登場人物がいますが、いずれもキャラクタが弱く、台詞も冗長なものがあり、人物関係の把握に苦労しました。第一部の魔女ジャンヌ・ダルクや勇者トールボットのような有名な、あるいは際立った存在もありません。 それゆえ引用したヨークの台詞はありがたかったです。 台詞中、上の系譜の中に出てこないサフォークとは初代サフォーク公ウィリアム・ドゥ・ラ・ポールという人物です。前作(第一部)で、マーガレットを捕虜とし、イングランド王妃となるように工作。王妃の厚い信用を受け、劇中では王妃の愛人として描かれております。 タイトルを背負っているヘンリー6世は、あまりぱっとしません。信仰篤き、心優しい王様として描かれていますが、その優柔不断さを王妃マーガレットにあきれられ、重臣たちの対立にも、ただおろおろするばかりです。 繰り返しますが、貴族たちの対立には読んでいても本当にうんざりします。善人である摂政グロスター公ハンフリー、嫉妬深い枢機卿ヘンリーボーフォート、そして野心家のサフォークやヨークといったキャラクタ設定はあるのですが、何度も繰り返される言い争いには参ってしまいます。中期作品の『ヘンリー5世』ではフランス貴族の内輪もめを描いていますが、そこにはユーモアがあり、メリハリがきいていて、だれることはありません。まあ、誰を感じさせるほどの醜さを描きたかったのかもしれませんが。 前作で自分には王位継承権があると知り、密かに野望を抱くヨークは、今作で始めてその胸のうちを自分の見方に打ち明けます。それが冒頭の場面で、「両卿」とはソールズベリー伯リチャード・ネヴィルとその子ウォリック伯リチャード・ネヴィル(親子で同じ名前、ややこしいので、劇と同じようにソールズベリー、ウォリックと呼ぶことにします)。彼らはヨーク方の最大の勢力となります。 ヨークは冒頭の台詞どおり、ランカスターの内紛を傍観します。グロスターはサフォークに暗殺され、それがばれて国外追放、後に殺されます。枢機卿は病死。こうしてランカスター家は弱体化してゆきます。 わが国での、秀吉死後の豊臣家の内紛と、それをうまく利用して天下をとった徳川家康みたいなものですね。 貴族たちの内紛は政治の不安を招き、アイルランドの叛乱やジャック・ケードによる一揆が起こります。ヨークはアイルランド遠征を請け、最大の願望であった兵力を手に入れます。虎が、野に放たれたのです。 貴族たちの退屈な言い争いに対し、ジャック・ケードに代表される庶民たちは生き生きと描かれています。野卑な台詞の欧州も多く、笑える場面もあります。シェイクスピアの真骨頂は、やはりここにあるんでしょうね。ジャック・ケード以前にも2箇所に庶民たちが出てくるシーンがありまして、同じくコミカルかつスピーディであります。実をいうと、ケード以外はストーリー展開上はさほど必要がない場面なのですけど、貴族たちの内紛と対比させて、めりはりを効かせているのでしょうね。 貴族たちの台詞も、王や王妃がいる場面では別ですが、やはり猥雑なものもあります。シェイクスピアらしいです。 さて、ジャック・ケードの乱は平定され、ほっとしたのも束の間、アイルランド遠征に行っていたヨークが「君側の奸」サフォークを除くのだ、と兵を挙げました。内乱の、お決まりのパタンですね。平和的な解決を望んだ王の思いはかなわず、交渉刷毛連れ質、長きにわたる内乱の火蓋がきって落とされました。 初戦セントオールバンスでヨークが勝利を得るものの、王と王妃は脱出。一応の勝利に凱歌をあげるヨークたちを描いて、この劇は終わります。しかし劇中人物も、そして観客(読者)も、誰一人としてこれで終わったという思いは抱きません。中途半端な終幕です。争いも、戦争の悲劇も、移ろいやすい人の心も、すべては第三部へと引き継がれるのです。 初期の傑作『リチャード三世』の主人公で、シェイクスピアキャラクタの中でも人気の高いリチャードが、この劇の終幕近くで初登場します。そして早速容姿をからかわれるのですが、一方でサマセットを討ち取るという手柄を立てます。 引っ込んでろ、悪意の凝り固まった醜いできそこないめ! おまえの心は、かたわのその姿同様、ねじくれている。    クリフォード(第五幕第一場) ほんの少しの出番ですが、なかなかの印象を残します。これも『リチャード三世』の有名さゆえかな? キャラクタが弱い、と申しましたが、ジャック・ケードは別格。挙兵から滅亡にいたるまでの彼の言動は、なかなか笑えます。そう、シェイクスピアはこの一揆を、史実とは異なり、シリアスではなくコミカルに描いているのです。 彼は既存の体制をすべて逆にしようとします。学問のある人はしばり首。財産はすべて共有(実態は略奪の奨励ですが)。 (ジャック・ケード 1450) そのときは金なんか廃止する。だれが飲み食いしようと感情は全部おれがもってやる。そしてみんなにおんなじ服を着せてやるから、みんな兄弟みたいに仲よくなり、おれを王様として尊敬するだろう。 (第四幕第二場) そして今後、いっさいのものは共有にするぞ。 (第四幕第七場) おれたちのご先祖は本なんかもっておらず、棒切れに刻み目つけるだけでコトタリタノニ、きさまは印刷なんてものをはやらせやがった、おまけに、国王の王冠と権威に逆らって紙工場など建てやがった。こうしてきさまは名詞とか動詞とか、なにもキリスト教徒には聞くに耐えんいやらしいことばばっかし使う連中を、きさまのまわりに集めやがった、(中略)読み書きできないって理由で縛り首にしやがった、だいたい読み書きできないってだけでもりっぱに生きる資格があるのに。 (同) 彼と周囲の掛け合いも漫才みたいで面白いです。 後のフォルスタッフやその取り巻きたちの原型が、ここにあるのですね。 ◆冒頭および本文中の台詞は ウィリアム・シェイクスピア, 小田島 雄志 ヘンリー六世 第二部 シェイクスピア全集 〔2〕 白水Uブックス より引用しました◆

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  • 23 Feb
    • 最近の私ですか・・・フッ (近況バトン)

      仲良しの史様 が、私の近況をお知りになりたいと、バトンを渡してくださいました。 リレーといえば運動会の花形種目。選手の方はクラスのスタア。ウンチ(運動神経ゼロの、運動音痴)の私にとっては、バトンは憧れの象徴でありました。ですからバトンと聞くと、血が騒ぐのであります。例によってコピペです。何回も繰り返せば、いつか受け入れられるのです。 ●最近良い事はありましたか?? ほんとうの おともだちと うそんこの おともだちの ちがいが よく わかりました。 みんな ありがとう~! ●逆に嫌な事はありましたか? 父が亡くなった ある女性と絶交した その女性の子供と会えなくなった ●周辺で起きたちょっとした事件とか 同級生がおばあちゃんに! 早婚だったからねえ。 ●マイブームは? 散歩。空や景色を見ながら。でも夜だから、景色はあまり関係ないです。 相変わらずシェイクスピアとヘンリー5世。 『マハーバーラタ』これは本当におもしろいス! 女性問題・・・なんて書くから、ズパムが来るのかなあ。恋愛や結婚、育児に関する意識の変遷とか。  現在読みかけの本   『女王たちのセックス』,『恋愛結婚の成立』   すごいタイトルですけど、真面目な本だよ。スパムやめてね。 上村 勝彦 インド神話―マハーバーラタの神々 上村 勝彦 原典訳マハーバーラタ〈1〉第1巻(1‐138章) エレノア・ハーマン, 高木 玲 女王たちのセックス 前野 みち子 恋愛結婚の成立―近世ヨーロッパにおける女性観の変容 ●最近食べた美味しい食べ物は? 全部、絶交した女性がらみなので、記憶を封印しました ●最近遊びに行った場所は? 全部、絶交した女性がらみなので、記憶を封印しました コピペです ●最近目論でいることは? 中世イングランドについてまとめて発表 の前に、中学生高校生向けの歴史物語 ●今期のテレビ番組で面白そうなのは? スミマセン~。『純情きらり』以後、ドラマは見てませぬ~ ニュースくらいかな ●スケジュール。次の予定は? 引越し。家族減ったからねえ。 ●今近況を知りたい相手はいますか? ハリーさん、かな

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  • 22 Feb
    • 長塚隆二 『政治のカメレオン ジョゼフ・フーシェ』

      日記と手紙と回顧録からのぞいた素顔は熱中先生 長塚 隆二 政治のカメレオン ジョゼフ・フーシェ―ナポレオンも怖れた男 『熱中時代』。水谷豊さん主演の、1978年に放映された学園ドラマであります。「金八先生」より前ですね。学園といっても、舞台は小学校。 オープニング主題歌は「ぼくの先生はフィーバー」。なんとCD発売されております。どこかのテレビ番組で使っているのかな。 原田潤, 橋本淳, 大坪直樹, 若草恵 ぼくの先生はフィーバー 「フィーバー」という言葉が時代を感じさせますね。 この主題歌をバックに、最初にタイトルロゴと、びっしりと手書きの字で「熱中時代」と書かれた漢字ノートが映し出されます。 昔は小学校で、こうして漢字ノートにびっしり書かされたんですよね。今はどうなのかな。少なくとも私が見ていた子供さんは、そういった宿題はなかったようです。 学園ドラマの先生ですから、タイトル通り、とてもまっすぐな先生でした。子供たちにもよく慕われて。一説によると、この番組の成功が金八先生を生み出したといいます。 ジョゼフ・フーシェ(1759~1820)―後にナポレオンにすら恐れられた警察大臣の、最初の職業は教師でした。それもきわめて教育熱心な。担当科目が数学と物理。当時の必修科目だった進学やラテン語と違い、選択科目だったそうですが、それゆえか、カリキュラムにこだわらぬ型破りな先生だったらしいです。当時は科学の発展期でもありました。モンゴルフィエ兄弟が気球を飛ばしたのもこの時代ですし、質量保存の法則を発見したラボアジェは革命の渦に巻き込まれ、ギロチンで処刑されています。革命前のフーシェ先生は、やや理系おたくだったようですが、友人と気球を飛ばしてみたり、生徒たちに実験を見せたりして、子供たちには人気があったそうです。まさに熱中先生ですね。 彼は後に校長にもなるのですが、やはり熱心な教育者で、教育に関する改革案などを提出しています。 子供たちとのつながりは強く、後に警察大臣として活躍する彼の部下の中にもかつての教え子がいたそうです。 フーシェといえば稀代の変節漢で、どんな時にも冷静沈着、常になんらかの陰謀をたくらんでいた、そんなイメージからは想像もつかないですね。この「フランス最強の頭脳にして、偉大なる変節漢」はバルザックが発掘し、ツワイクが定着させたものです。そしてディクスン・カーもそんな悪の知性に魅了されました。ですがツワイクの作品中でも、フーシェは熱心な教師であったこと、権力の座についても、自分を風刺した劇の上演を黙認したばかりか観劇して楽しんだことなど、けっこう茶目っ気があることも言及しています。 長塚さんは同時代の日記やフーシェ自身も含む同時代人の回顧録、手紙、記録などをたんねんに調べて、彼の実像に迫っています。それらを通じて、やはり彼にも若い時代、若さゆえの過ちや行き過ぎがあったのだなあとわかり、なぜかほっとするのです。 歴史の舞台に出た(国民公会議員となった)後の彼も、本書からは、今まで語られたような冷たい変節漢ではなく、熱中先生のような、熱中ゆえの過ちも犯した政治家としてのイメージが浮かび上がるのです。 ツワイクは、常に計算を働かせ、先を読み、常に多数派にとどまる彼の狡知を描きましたけれども、その最もたるルイ16世の裁判投票―国民公会議員全員が、議会においてルイの死刑の賛否を表明する―においても、当時の記録を調べ、決してそうではなかったことを証明しています。そしてフランス国内で誰よりも強い知性をもっていたこの男が、国王処刑の賛成票を投じたことが、その一生の足枷になったと、彼の行動原理をそう説明されています。 その説明が妥当であるかどうかはともかく、私たちはフーシェという一個人を、フランス史上最強の警察大臣であったという結果から眺めるのではなく、青年から老年へと、彼と歩みを同じくして眺めることができるのです。 私も以前書きました、彼の結婚について。 彼の妻ジャンヌ(1763~1812 本書ではもうちょっと詳しくボンヌ・ジャンヌ)、フーシェについて書く人が必ず「醜い」と評した彼女ですが、一枚も肖像が残っていないことから、やはり自分の容貌に自信がなかったのだろうということです。しかしその結婚は、従来言われているような財産目当てではなかろう、なぜならフーシェ家には革命で減ったとはいえ、相応の財産があったのだからと。 フーシェとジャンヌの結婚は、当時の市民階級で広がりつつあった恋愛結婚だったのですね。これまたフーシェの素顔に触れたような気がしてほっとしました。 フーシェ33歳。ジャンヌ29歳。二人とも晩婚ですね。 二人の間には1793年から1803年にかけて7人の子供が生まれました。そのうち3人は不幸にも成人する前に亡くなっています。これはツワイクはじめ誰でもが認めていることですが、フーシェはこの妻と子供たちを非常に愛し、大切にしました。そこをもう少し掘り下げて欲しかったのですが。。。フーシェの家庭生活にはほとんどページを割かれておりませんが、面白いエピソードを紹介してくおられます。 フーシェの長男が人前でそそう(お漏らし)をしたんですね。それも赤ん坊ではなく、かなり大きくなってからだそうです。ということは6~7歳かな。ところが、その時フーシェもジャンヌも叱るどころか目を細めて 「子供にはのびのびと育って欲しい」 と言ったのだそうです。私はこのくだりを読んだときに、一茂君が泥んこのままで家に上がってきても目を細めていたという長嶋茂雄さんを思い出しましたね。 「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい」 というのは某ハムのCMでしたけれども、その是非はともかく、フーシェも長島さんも、子煩悩だったんでしょうね。 先日亡くなった私の父もそうでしたが、子供のころから家族から引き離され、暮らしてきたゆえに余計に家庭のぬくもりが欲しかったのでしょう。 ジャンヌの活躍について以前書きましたのでコチラ を参照してください。 以前は後妻について、さんざ悪く書きました。申し訳ありません。本書を読んで認識を新たにしました。 フーシェの二番目の妻エルネスティーヌ(1788~1850)についても、他書より詳しくかかれております。私はこの本で彼女の肖像画をはじめて見ました。 目が大きく童顔で、美しいというよりは可愛い顔でした。フーシェの末娘で、90歳まで生きたジョゼフィーヌ(1803~1893)の証言も載っておりまして、やはり彼女は美人ではなく可愛いタイプだったようです。そしてツワイクが書き残したような、また以前私が書いたような、財産目当ての享楽的な女性ではなく、おとなしい人だったと。若い日の彼女は知らないでしょうけれども、そういう証言が残っているんですね。 ボンヌ・ジャンヌに先立たれ、傷心のフーシェにとって、彼女は安らぎを与える存在だった。そのことが私をほっとさせました。フーシェはライバルタレーランのような貴族ではなく、市民階級出身。それゆえ最初の結婚も、二度目の結婚も、地位や財産目当てではなく、人と人とのつながりを重視したのでしょうね。 いろいろ調べてみたのですが、二人の結婚は1815年とするものと、1818年とする二つの説があります。1818年というと、フーシェはフランスを追放されてますから、おかしいので本書では15年説。でもなぜか外国では18年説の方が多い。 1815年とするとフーシェは56歳、エルネスティーヌは27歳で、当時としてはオールドミスです。 彼女は地味な性格だったようです。結婚後すぐに失脚し、国外追放になった夫とともに各地を転々としましたが、彼女は夫によく仕え、子供たちにも愛情を注ぎました。本書では彼女の家族宛の手紙も紹介されており、それには若い貴族とのゴシップが立ち、世間の目が冷たくなったことに対する不平が書かれているのですが、その不平が初めてのものだったとありますので、そこからも彼女の我慢強さが伺えます。ちなみにそのゴシップが本当であったかどうかは、本書には書かれておりません。 フーシェが死のまぎわに彼女に言った言葉が、私を涙させます。 「もうフランスに帰っていいんだよ」 今までよく付き従ってくれた。子供たちの世話もよくしてくれた。だけどあなたはまだ若い(当時32)のだから、私が死んだ後は自由にしなさい。あなたの人生を歩みなさい。 彼女がその後どうしたのか、本書に書かれておりません。 1850年に死んだとのみ書かれております。

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  • 20 Feb
    • なんてったてアイドル

      幾度か中断しております当ブログ。帰ってくる度に変わってゆくアメーバブログ。 web of the yearでブログサービス部門第一位なんだとか。すごいですね。そういえば、アクセス解析などで「アメブロへの添付法」というのがあるくらいだから、メジャーなのでしょうね。 プロフィール欄が拡充し、いろいろ書き込めるようになりました。 みんなのBEST3なんてのは、なかなか面白いではないですか。さっそく回答してみました。 好きな虫BEST3は? ミツバチ,スズメバチ,マルハナバチと、社会性のハチばかり並んでいます。これはシャーロック・ホームズの影響。引退後に養蜂家になったというのに引きずられています。それと昔はやった 平田隆夫, 内田良平, 土持城夫, カラオケ, セルスターズ ハチのムサシは死んだのさ という歌の影響も。 マルハナバチは前二者に比べて、ちょとマイナーなので こなんのです。ミツバチよりずんぐりむっくりしていて、毛も長いですね。ミツバチよりも性質は穏やかなんですよ。 上司にしたい歴史上の人物BEST3は? 光武帝,ヘンリー5世,阿部正弘を挙げました。光武帝以外は、残念ながらまだマイナーなようです。 光武帝(紀元前6年~紀元後57年)、名は劉秀。王莽による簒奪後の赤眉の乱の混乱を統一し、漢王朝を復興しました(後漢;25年~220年)。中国史上、王朝の復興を旗印にした人物は多い―三国志の劉備などもそうですね―ですが、成功したのは、彼一人です。 彼は戦乱で疲弊した国土と人民を憂い、無駄な出費、無理な対外戦争、無益な内乱を避けました。激減した人口回復のため、たびたび奴隷解放令や人身売買禁止令を出しています。役所を統合し、軍備を縮小。民政に心を注ぎ、役人たち一人一人を自ら差面接して採用したといいます。彼こそ創業の人でありながら、同時に守成に優れた人物。現代日本にぜひとも欲しいタイプの政治家ではありませんか。 私が理想の上司の1位に置いたのは、彼自身の有能さよりも、功臣を一人も粛清しなかった、その点にあります。前漢の劉邦や明の洪武帝、現代では毛沢東と、大体粛清や弾圧を行っているのですが、彼は違う。信長なども家臣をどんどん追放しているけれども、彼は違う。英雄にしては珍しい、非常にバランスの取れた人物です。 福岡県は志賀島で発見された金印、「漢委奴国王」印を授けたのもこの光武帝です。 いーな(57年)金印、洪武帝 という語呂合わせがあります。 ヘンリー5世(1387~1422)は中世のイングランド国王。「中世イングランド最高の名君」と言われました。このブログにて十数回取り上げました。前からお読みになって方は「またか」とお思いでしょう。詳しくはそちらをご覧ください。 ハリー・モンマスとウェールズの城 (ヘンリー5世 その1) 彼は庶民とよく交わり、戦争においては略奪を許さず、味方に数倍する敵の前でよく兵の士気を高めました。 その際の「セントクリスピアンの演説」は今も有名です。シェイクスピアの戯曲によって。 「われゝは、われゝ幸福な少数は、兄弟団とも称すべきだ。今日わたしと共に血を流す者はわたしの同胞なんだから。どんな卑賎な者も今日で以って貴紳と同列になる」 (坪内逍遥訳) 阿部正弘(1819~1857)は江戸時代末期、ペリー来航時に老中を勤めた人物です。ごり押し老中水野忠邦の後を受け、困難な時勢をよく乗り切りました。 25歳で老中に就任しますが、同年水野忠邦が辞任し、代わりに老中首座にのぼります。青年宰相といったところです。 水野忠邦も傑物でしたが、いかんせん、ごり押しがすぎました。天保の改革は町人、武士、あげくは将軍にまで不評を買いました。阿部は水野を反面教師として、表面は穏やかに、しかし辛抱強く政策を進めます。 そんな折にペリーが来航。これに対しても阿部は、返事を1年先延ばしにし、諸大名はじめ庶民にまで、広く意見書を求めました。一方で人材をどんどん登用。また、島津斉彬など外様雄藩とも連携をくもうとしました。 彼が見出し、登用した人材―大久保忠寛、川路聖謨、水野忠徳、江川英龍、ジョン万次郎、岩瀬忠震といった人々が、瓦解してゆく幕府を支えていったのです。残念ながら阿部の死後に安政の大獄という粛清の嵐が吹き荒れ、彼の見出した人材や、彼の同志とも言えた大名たちが政界から消えてゆきました。このため幕府は滅んでいったともいえます。しかし明治維新が他国の革命やクーデタよりもスムースにいったのも、彼ら幕末官僚のおかげなのです。ちなみに勝海舟はペリー来航時に意見書を出して認められ、大久保忠寛に見いだされました。 阿部の政治姿勢は「優柔不断」「八方美人」との批評もありますが、一方でそのバランス感覚のよさを評価する声もあります。 光武帝と同じで、激しさはありませんが、部下をきちんと評価してくれそうですね。 こうして見ると、私は、「部下のやる気を引き出す」かつ「むやみに首を切らない」上司を求めているようです。 信長は、いやだなあ。ストレスではげそう。。。 秀吉も気前がよかったけど、粛清をしたしなあ。家康はけちだから論外。 好きなアイドルBEST3は? ここでやっとタイトルの示す内容にたどり着きました。 ジャンヌ・ダルク,高田みづえ,ヘンリー5世をあげました。 ジャンヌ・ダルク(1412~1431)はまさにアイドル(偶像)といえるでしょう。生前は「乙女」として、武将ではなく、シンボル、それも最前線に立ったシンボルでありましたし、その死後はますます偶像化が進み、「救国の乙女」となりました。 ナポレオンがナショナリズム高揚のために彼女を再発見して以来、フランスの危機の折は彼女の名前が持ち出されました。そしてフランスから遠く離れたわが日本でも、彼女は奇跡と伝説に包まれた偶像として、多くの人の心をつかんで離しません。ジャンヌとナポレオン、日本人が知っているフランス人といえば、この両名がまず筆頭でしょう。 私もまた、高校時代から彼女に関するものを読みふけりました。 ジャンヌ・ダルクについてもこのブログではたびたび取り上げました。ヘンリー5世に次いで多いかもしれません。 。。。私は狭い範囲のことばかり、書いているのだなあ。ま、好きだから、いいか。 よい子、強い子、農夫の子 (ジャンヌ・ダルク その1) も、見てねっ 高田みづえさん(1960~)は鹿児島県は指宿出身のアイドル歌手で、1977年に「硝子坂」でデビュー。「私はピアノ」「そんなヒロシに騙されて」などのヒットを飛ばしました。高い歌唱力には定評があり、8年間の芸能活動中紅白に7回出場。1985年に同郷の大関若島津関と結婚して芸能界を引退。今は松ヶ根部屋のおかみさんとして、そして一男一女の母として活躍してます。 部屋のイベントの時にはいまでも歌を歌ってくれるそうですよ。 高田みづえ 高田みづえ シングル・ベスト30 実は、私は高校~大学時代、高田みづえさんのファンクラブに入っていたんです(汗)。 ヘンリー5世、再登場。ちょっとのぼせすぎかもしれません、私。彼を偶像視してますね。という訳で彼もアイドルの仲間に入れました。 ヘンリー5世の魅力 も見てね!

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