子どもさんだけでなく、万人向け!

井上 ひさし, いわさき ちひろ
井上ひさしの 子どもにつたえる日本国憲法


国民投票法以来、改正するのしないのとにぎやかです。ところで「一気に改正を狙っている」という方々には失礼ですが、それは杞憂であると思います。国民投票にもってゆくまでがえらく大変ですし、国民投票になっても、過半数を得られるかどうかわかりません。

それよりも、愚かな私は、改正手順をもう少し具体的にしてほしいなんて思いますね。103条もある憲法の、どこを改正するかをどう論議するのか、その情報は国民にどう伝えられるのか。具体的にどのような投票になるのでしょうね。まさかイエス/ノーの二者択一ではないでしょう。イメージがわかないのですよ。どうも騒いでいるわリには中身がないような気がします。


103条もある憲法を、全部読んだ人はどれくらいいるのでしょうか? いや、読んでいないからあかん、いうてるわけじゃあないんです。ただ9条ばかりがクローズアップされるけれど、それは改正=9条=軍国化というプロパガンダに乗せられているんじゃないかな、なんて思います。

103条もある憲法だけど、実はそんなに長くはない。中学高校の教科書巻末付録に必ず載ってまして、それも十数ページでおさまります。しかし授業で全部扱うことはまずない。それは失礼ながら中学生には少し難解だから。

まあ、そんな訳で先回ご紹介したような書籍が出ているのですね。先回ご紹介した以外にも文庫で数冊出ています。そこでも申しましたが、そんな立派なやつでなくていい、文庫で十分。憲法は中身に権威があるのであって、変な飾り立てはそ、れこそ宗教書やレーニンや金日成の巨大な像のごとくうさんくささがつきまとう。

いたずらに神聖視するのはカルトみたいでよくないと思うのですが、、軽視するのもよくないでしょう。憲法の三原則――基本的人権の尊重、国民主権、平和主義はとても大切なものです。政治家にならなくても、日々の生活の中で心得ていなければいけないものです。だから「公民」というのですね。権利ばかりを主張する声が大きくなった昨今、特に大切だと思います。ところがその公民で憲法をすべて読むことはめったにない。週休二日になった現在ではまずないでしょう。

童話屋編集部
あたらしい憲法のはなし

『あたらしい憲法のはなし』は昭和22年、憲法公布の翌年に中学1年生の社会科副読本として旧文部省から出された本です。
これほど平明な憲法の解説書を私はまだ見たことがありません。なぜ教材からはずれたんでしょうね。
現在では写真の童話屋編集部のものが比較的簡単に入手できます。なにせ300円です。子供向けとはいえ、大人が読んでも決して損はありません。
挿絵がないものでしたら、ネットでも読むことができます。
http://www.nginet.or.jp/box/newkenp.htm


井上ひさしさんが書かれた『子どもに伝える日本国憲法』は、次の三つの部分から成り立っています。
・憲法の原則「平和主義」を表している前文と第9条を子供むけに「翻訳」した「絵本 憲法のこころ」
・井上さんが朝日小学生新聞に連載したものをまとめた「お話 憲法って、つまりこういうこと」
そして付録として
・日本国憲法全文
挿絵にはいわさきちひろさんの絵を用いていまして、「絵本」の部分はカラーになっています。

井上さんは劇作家であり、日本語を誰よりも大切に扱っている一人です。言葉やその周辺の文化をわかりやすく説明した本をこれまでにもたくさん書かれています。そんな井上さんが「翻訳」した憲法は実に読みやすい。
ただ第9条は翻訳というより意訳、しかも井上さんの思いがこもっていて、本来の条文より長いものとなっています。

憲法前文は崇高なものです。この部分は理念を語っているのですから、それでかまわないと思います。しかし現代人にはややこしすぎる。井上さんは本書で「格調高い、すばらしい文章だと、私は思います」とおっしゃり「声に出して読んでみてください」と呼びかけていますが、正直ここだけは首を傾げざるを得ません。致命的なのは一文がだらだらと長いこと。修飾と非修飾の関係があいまいになるし、読みづらい。原文である英文の方が読みやすいくらいです。

「お話」の方は9つの部分にわかれ、憲法の理念と、いくつかの条文について解説しています。
学校ではせっかく学ぶ機会、教える機会がありながら、なおざりにされているところでもあります。
特に「7 『個人の尊重』ってなんだろう」「8 日本人であるということ」は必読です。

当たり前のことですが、個人は尊重されなければならない。つまりお互い他人を尊重しなければならない。これこそが民主主義の根本であると私は考えます。単に多数決でいこう、というのは数の横暴に過ぎません。そして社会科教育のもっとも大切なことであるとも考えています。
学校で歴史を学ぶのは、単にナショナリズムや自虐史観を植えつけるためではなく、もちろん年号年代を暗記するのでもなく、人間の多様性を学ぶことだと思うのです。それぞれの時代の、それぞれの生き方―成功失敗を問わずを見る。つまり他人の行いを見るのですね。そして地理は世界の多様化を学ぶのです。それぞれの地域の環境や文化を見る。歴史にしても地理にしても、自分とは異なる存在、自分たちとは異なる価値観があることを学ばなければならない。そして民主主義の根本原則である個人の尊重を学ぶ。

「日本人」という言葉はあいまいです。法的には日本国籍を持っているもの、となるのでしょうが、私たちの多くは日本に生まれ、育ち、なんとなく「日本人」をしている。
ところが井上さんは「そうじゃないんだよ」とおっしゃっています。私たちには外国に移住する自由もあるし、外国人になる自由もある。私たちはさまざまな理由から、日本に住むことを選んでいる。主体的に「日本人」をしているんだと。
そして第22条を「翻訳」されています。

ほかの人に迷惑がかからなければ
私たちはどんなところに住んでもいいし、
どんな仕事を選んでもいい。
また、親が日本人だから一生、
日本人でなければならないということもない。
(本書51ページ)

ちなみに原文はこうです。

第22条 

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。


一昔前(ふた昔前?)CMではやった「職業選択の自由、アハハン」というやつです。

言われてみれば確かに私たちは日本人であることを選んでいるのですね。井上さんにはぜひ全文を「翻訳」して欲しいなあ。

さて、主体的に日本人であるということはどういうことか、を井上さんはこう説明されています。

私たちが「もうこの国はいやだ」といって外国に移住すれば、日本という国はなくなる。私たちひとりひとりが、自分の意思で日本に住むことを決めたのだから、日本があるのだと。

*異論はおありかと思いますが、「住む国を自由に選べ」と言われれば日本を選ぶ方が多いのではないでしょうか。それは日本がすばらしいからではなく、文化や習慣、そして言語など実際の問題で。

ここは特に名文だと思います。国の成り立ちや主権在民について実にわかりやすく説いている。


本書は子供ばかりでなく、万人向けの本であります。



*先回の本をこき下ろしておいて、今回は持ち上げる。なんて一貫性のないやつだ、とお思いになるかもしれません。

あるいは井上ひさし、いわさきちひろという名前に目がくらんでいるのだろう、とおっしゃる方もいるかもしれません。

確かに私はご両人のファンであります。

しかし私は井上さんの護憲論には賛同していません。それでも憲法の理念はすばらしいものであることは井上さんと同意権です。

本書は憲法を押し付けているのでなく、わかりやすく説いている点で先回の本とは大きく異なっています。

特にネット社会で自己主張ばかりして他者を軽んじる方が少なからずいます(私もそうかもしれない)。そのような方の言葉を見るにつけ、憲法の「個人の尊重」をもっと広く知ってもらいたいと願ってやみません。

また上から口調になってしまった。。。

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