日本国ハ神聖ニテ不可侵ナル憲法之ヲ統治ス
「写楽」編集部
日本国憲法―ピースブック

本書はルビつき大活字の憲法全文と合間合間にきれいな写真を載せ、付録に英訳憲法と大日本帝国憲法をつけたハードカバーのきれいな本です。
憲法に親しみやすい配慮がこらされています。
改憲護憲騒がしい中、憲法に目を通すことは有意義なことでしょう。

しかしながら、申し訳ないのですが、私はこの本を読んで居心地の悪さを感じました。
「日本国憲法ってすばらしいんだよ」
奇麗事を子供に押し付けるような、と言えば言いすぎでしょうか、そんな姿勢が何とも気持ち悪い。

聖書の言葉(聖句)を親しみやすい現代語で表現し、写真とともに載せた本がありますが、それを想起しました。写真の質がなんとなく似通っているからでしょう。もちろん写真はきれいなものです。
でも憲法と聖書は違うんじゃないですか? 聖書は、科学的でなく宗教的な解釈ですが、一言一句変わることなく、はるかなる昔から現代まで続いています。
しかし憲法は、いくら最高法規であるとはいえ、人間の作ったものに過ぎません。聖書やコーランなどの聖典は一言一句不変で結構ですが、憲法がそれじゃあ困ります。96条に改正の手順が明記されていますから、不変にこだわるのは違憲であると解釈できないこともないわけです。

さらに。聖書やコーランは朗読、時に暗誦するために、語句が洗練された名文であります。アラビア語で詠唱されるコーランを聞いていますと、意味はわからなくとも心に染みるものがあります。聖書(原文は旧約がヘブライ語、新約がギリシャ語ですが)も、英語ではキングジェイムズバージョン(欽定訳)、日本語では文語訳がしばしば文学などで引用されます。
ところが日本国憲法はそうではありません。むしろ悪文ではないか、という意見もあります。皆が知っておかなければいけない大切なものならば、少なくとも義務教育を終了した人間ならすらすらと読めなければならないのに、ややこしい表現が多い。聖典も難解な文章ですが、こちらは独特のリズムがある。憲法は聖典ではないですから、詠唱できなくてもよいでしょうが、恣意的な解釈ができるような余地が多すぎる。

私はここで憲法の中身を云々しているのではありません。憲法を神聖視するかのような風潮や、この手の出版に居心地の悪さを感じているのです。
憲法は改正されるものだということをまったく考慮しない装丁の出版物だからです。
ちなみに日本国憲法は大日本帝国憲法に明記された改正の条項に従って改正されたものです。押し付けかどうかはともかく、法的手続きをきちんと踏んでいます。
ですから、同様に現憲法がいつ改正されても、決しておかしいことではありません。
(どこをどう改正するか、あるいは改正しないかということは別として)

童話屋編集部
日本国憲法

憲法に親しむのならこちらの本がずっと優れています。値段が安く、小型で荷物にならず、どこでも広げられる。寝転がって読むこともできる。もちろんこちらもルビつきで、活字も大きく、読みやすいです。

*「憲法は国民に向けて書かれたものではない」という解釈もあります。国民向けではなく、国家権力をしばるために書かれたという意味です。

*個人的な意見を述べれば、憲法100条~103条、「補則」はいらない。というより、なぜ憲法に盛り込んだのかがわからない。旧体制から現憲法への暫定処置が書いてあるだけのものですから。しかしこれらを削除するのにも96条の改正の手続きを踏まなければいけないので、ずっとそのままにされています。

日本国憲法 補則

第100条 この憲法は、公布の日から起算して6箇月を経過した日から、これを施行する。

2 この憲法を施行するために必要な法律の制定、参議院議員の選挙及び国会召集の手続並びにこの憲法を施行するために必要な準備手続は、前項の期日よりも前に、これを行ふことができる。 

第101条 この憲法施行の際、参議院がまだ成立してゐないときは、その成立するまての間、衆議院は、国会としての権限を行ふ。 

第102条 この憲法による第一期の参議院議員のうち、その半数の者の任期は、これを3年とする。その議員は、法律の定めるところにより、これを定める。

第103条 この憲法施行の際現に在職する国務大臣、衆議院議員及び裁判官並びにその他の公務員で、その地位に相応する地位がこの憲法で認められてゐる者は、法律で特別の定をした場合を除いては、この憲法施行のため、当然にはその地位を失ふことはない。但し、この憲法によつて、後任者が選挙又は任命されたときは、当然その地位を失ふ。

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