金城模 『マンガ 嫌日流』

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内容をあれこれ言う前に、出版社に問いたいことがたくさんある

金 城模
マンガ嫌日流


今回はレビューではありません。本書の内容はアマゾンや他のブログ等で多くの方がレビューを書いておられる。しかし、私には内容よりもなんで本書を出版したのかが問題だと思うのです。

扱うのはマンガ。マンガは別ブログで語っているのですが、本書は以前扱った『マンガ 嫌韓流』に関連したものなので、こちらにも載せました。

本書の出版元は『マンガ嫌韓流』と同じ晋遊舎。てっきり『嫌韓流』のブームに便乗した他社からの出版だと思っていましたので、びっくりしました。
本書の最後に「出版社からのお知らせ」として、出版理由が書かれています。少し長くなりますが、以下に全文引用いたします。


出版社からのお知らせ

最後まで本書にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。読者の皆様はどのような感想を持たれたでしょうか? いろいろなご意見があると存じますが、まずは「事実誤認が多すぎる」と思われたのではないでしょうか? 事実、本書で紹介されている「歴史の事実」は、明らかな誤りや勘違い等が散見されます。事件や出来事の解釈も、日本人の感覚からは受け入れ難いものばかりといっても過言ではないでしょう

「ではなぜこのような本を出版するのか? いったいどんな意義があるのか?」と疑問に思われるかもしれませんが、小社は次のような理由で本書の出版を決意いたしました。

キム氏は本書の第1話でも述べているように、『マンガ嫌韓流』を読んで、その反論として『嫌日流』を描いたと公言しています。他の日本の出版社がどこも扱わないのであれば、『マンガ嫌韓流』を出版した小社が引き受ける「義務」があるのではないか、韓国側にも反論の機会を与えるべきではないかと考えました。また一般の韓国人がどのような歴史観、対日観を(誤った認識を含めて)持っているのかを知る上で、またとないテキストになりうるのではないか、とも考えて最終的に本書の出版を決断しました。本書が読者のみなさまの日韓関係に対する理解をより深めていただくきっかけに、さらには日韓友好の一助となれば幸いです。

株式会社 晋遊舎
(『マンガ 嫌日流』291ページより 下線引用者)

確かに私も読んでいて正直申しまして不快に感ずる部分はありました。
しかし繰り返しますが、本書の内容云々は問題ではありません。日本にも歴史事実を誤認した説もあり、本もあります。どんな内容であろうと主張するまたは出版するのは自由です。
私は本書の内容よりも本書を出版した晋遊舎に不快を感じざるを得ません。
確かに『嫌韓流』の派生物ではあるでしょう。しかしあえて出版する必要を少しも感じません。本書の内容すべてが韓国人の多数意見かどうかがまずわかりません。先述したように韓国、日本、中国、アメリカ、ロシア、、、どこの国でも唯我独尊的ナショナリズムの主張・書物は存在するのです。
もし韓国人の多数の意見を本書が反映しているとしても、出版する意義をかんじません。引用部に書かれているように、本書の内容はお粗末なものです。「反論の機会を与える」のであれば、もっと上質なものを紹介すべきでしょう。
あるいは著者である金氏が出版を打診してきたのかもしれません。それでもこのような紹介のされ方を著者が望んだでしょうか。
*誤解がないように書き添えますが、最終ページ以外はおそらく手を加えずに出版されています。明らかな事実誤認に対しては欄外に註をつけていますが。
著者はわざわざ「日本版特別あとがき」といいうマンガを書き下ろして最終章として付け加えているのです。主張の是非は読者が決めることで、わざわざ出版社からお知らせしてもらわなくても結構です。この日本版を、「出版社からのお知らせ」を、著者は、そして韓国の読者はどう思うでしょうか。

本書に対する正直な感想は、『嫌韓流』の縮小再生版である、というものです。
ですから『嫌韓流』の欠点が如実に出ております。

かつて私の友人に、このような暴言(?)を語った者がおりました。
「推理小説なんて所詮はフィクションさ。犯罪トリックを考えるのも作者なら、それを暴くのも作者。最初から犯罪者と捜査官が馴れ合っているのさ」
確かに皮肉な見方をすればそうでしょうね。だからと言って創作の苦しみが減るわけではありませんが。
『嫌韓流』、本書、その他類書の内容ははまさにこの友人の言う「なれあい」です。作中何度も議論がなされますが、反論する側も作者が書いているのですから、結果はおのずから決まっているのです。きつい言い方をすれば自論を補強するためのまやかしの議論に過ぎません。
誤解しないでいただきたいのは、「だからだめだ」と申しているのではないのです。自作自演の反論であれ、調べられる限り公平に描いているのでしょうから。
しかし読者が本書を読んで嫌悪感を覚えるとすれば、それは『嫌韓流』にその責任があるのです。同じ手法でやり返されたのです。その質の高低の差はあるでしょうが、同じ手法なのです。

つまり、私が言いたいのは、出版するのであれば著者と出版社側の、あるいは著者と『嫌韓流』の著者との対談を設けるなど他の方法でなすべきではなかったか、と言うことです。

今回の出版は失礼ながら出版社の自己満足、一部読者への迎合としか感じられません。
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