児童憲章第九条

「すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、わるい環境から守られる。」

(『牧場の少女カトリ』前書きより)


『牧場の少女カトリ』は1984年にフジテレビ系の「世界名作劇場」で放映されたアニメです。1900年代のフィンランドを舞台にした作品で、アニメならではの美しい風景描写や音楽が印象的な作品でもあります。

このオープニングを見てのとおり、主人公カトリは小さいながらも実によく働く。6歳のときにドイツに出稼ぎにゆく母と生き別れ、戦争(第一次世界大戦)により母とは音信不通、祖父の病気から家計は苦しくなり、9歳で働きに出るのです。

1984年といえば同年3月にNHKドラマ『おしん』が終了しています。日本人の半分以上は見たといわれる『おしん』。社会現象にまでなったおしんとこのカトリを重ねて見た人も多かったのでしょう。「西洋版おしん」とも呼ばれました。

しかしアニメは決して辛さを前面に押し出したものではなく、カトリの持ち前の明るさ、頭のよさ、そしてややご都合主義ともとれる強運から、見ていてほほえましい作品に仕上がっています。また、日本にはあまりなじみのないフィンランドという国の自然や文化、そして社会状況も織り込まれ、年長者の鑑賞にたえる作品になっています。フィンランドサウナのことも出てきます。レーニンも一話だけですが登場しますし、ロシア革命も出てきます。また当時ロシアの支配下にあったフィンランドのようすや、自立する女性の姿も描かれていて、主人公カトリ以外にも見所は結構あります。私はこの作品を通じてフィンランドの民族叙事詩『カレヴァラ』を知りました。絶版で店舗在庫のみだった岩波文庫版を買ったのを覚えています。

ロシア帝国の支配下にあった(自治は認められていたが)フィンランドで、民族叙事詩の持つ意味が大きかったことが、アニメからもわかります。


文字通り名作ぞろいの「世界名作劇場」において、この作品は影が薄いようです。というのもヌオリワーラの原作がほとんど知られていないからでしょう。アニメのオープニングでも


原作

アウニ・ヌオリワーラ

「Paimen,piika ja emanta」より


となっています。製作当時翻訳本が絶版となっていたのでしょう。

アニメ放映ということもあって、再販され、児童書コーナーに並びました。私が買ったのもそのうちの一つです。


『牧場の少女カトリ』

これがその表紙に描かれたカトリ。奥付では1983年12月初版となっているのですが、ちょと古臭い絵ですね。文体も、活字も同じくちょと古い。装丁・挿絵は芝美千世さん。訳は荻野洋子さん。ただし「ヌオリワーラ原作/荻野洋子・文」となっていますので、リライトされたかもしれません。調べましたら、昭和36年に『牧場の少女』として、同じ荻野、芝のペアで出ていますので、その再版かと思われます。

またこの本以外にも何回か出版されたようです。


アウニ・ヌオリワーラ, 森本 ヤス子

牧場の少女カトリ


『残された人びと』と『未来少年コナン』でもそうでしたが、原作とアニメとはまた別物と考えたほうがよいようです。もっとも「コナン」ほどはアレンジしていませんが。

原作では時代はもう少し古く、はっきりとは書かれておりませんが、作者ヌオリワーラの少女時代、1883年生まれですから、1900年前後となるでしょうか(アニメは第一次大戦、ロシア革命があるので、1914~17年)。

働き者で利発なキャラクタはアニメと同じですが、不正に対しては激しい怒りをあらわす面もあります。また、アニメでは強運の持ち主で、その明るさからかたくなな大人の心を和らげるカトリですが、原作ではそれもいつも成功とは限らず、心を閉ざしたまま分かれる人々もいます。

つまり原作はよりシビアなのです。当時の農村の状況、貧しい家庭に生まれた立場、女性の立場がはっきりと描かれています。子供向けに表現は和らげているとはいえ、あるお屋敷では主人の愛人と私生児まで登場し、カトリと対立します。

そして最大の違いは女性の生き方でしょう。

カトリの母親は出稼ぎに出たのではなく、生活苦からカトリを祖父母に預けた後、農場主と再婚をします。母との再会は割りと早くなされますが、その事実を知ったカトリの子供らしい苦悩が、見事に描かれています。

アニメとは異なり、原作での女性たちは家庭の中におさまり、自立よりも結婚を望みます。それが女性の幸せなのです。

カトリ自身もある農場主と結婚する、幸福な未来を結末にこの物語は終わるのです。

それは時代の制約ということもあるでしょうが、しかし、彼女たちは決して弱い存在に描かれてはいません。この作品には、カトリのせりふには「運命」という言葉がよく出てきます。それはあきらめの言い訳ではなく、逆らえない運命に愚痴をこぼさず、とらわれず、まじめに働いて自分で自分の運命を切り開いてゆくのです。

身を粉にして働き、向上心向学心を忘れないカトリに、やはり影響され、守り立てる人々が現れるます。おそらく彼女と結婚する農場主の若旦那さんも、そんな出会いとつながりなのでしょう―実は本作にはカトリの少女時代のみ描かれ、五年という月日を飛ばして、幸福な結婚が約束されたラストシーンになります。ヌオリワーラには自分の少女時代を描いた本作以外に、自伝的な小説が何作かあるそうですから、カトリのその後はそこで描かれているのでしょう。残念ながら邦訳は出ていません。


アニメのカトリも、原作のカトリも、ともに私たちに勇気と辛抱強さと希望とを与えてくれています。

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