渡部昇一 『ドイツ参謀本部』

テーマ:

歴史を動かした個人と組織


渡部 昇一

ドイツ参謀本部



いまだに根強い人気がある田中芳樹さん『銀河英雄伝説』。個人的にはオーベルシュタインルビンスキートリューニヒトといった策士が好きですが、物語世界におけるボリュームからすれば、やはりラインハルトが第一でしょう。

彼のモデルは複数あると思うのですが、ナポレオンを連想する人が一番多いのではないでしょうか。歴史を動かした個性として。


田中 芳樹
銀河英雄伝説〈8 乱離篇〉

歴史もまた現代社会と同じく多数の人間の集まりであり、それが一個人に左右されることなどめったにない。現代の日本で総理大臣がかわっても、われわれの暮らしが劇的に変化することはない。これは民主主義社会だからというわけでなく、例えば徳川将軍も、その個性が際立っていたのは初代の家康をのぞけば5代綱吉と8代吉宗くらいで、あとはやはり「誰がやっても同じ」で、血筋が正しければよく、できれば馬鹿より利口がいい、といった程度でした。

*慶喜については保留。私にとってはクレオパトラと同じくらいの評価。


クレオパトラの鼻が短ければ、大地の全表面が変わっていたことだろう」

とはパスカルの言葉でありますが、しかし彼女がやったことは自分の王国の滅亡を多少引き伸ばしただけで、むしろカエサルアウグスツスこそが彼女の人生を変えたと言えます。


じゃあカエサルがいなければローマはどうなっていたのか。

ナポレオンがいなかったら歴史はどうなっていたのか。


この「たら、れば」は非常に難しいです。実際彼らは存在したのだから。

それでも多くの人がこのイフにチャレンジしています。その中でもっともよく見られるのは

「彼がいなくても、彼に代わる存在が出てきたであろう」

というもの。半村良さん『戦国自衛隊』はそのSF的解答であります。

半村 良
戦国自衛隊


ナポレオンがいなかったら、おそらく複数の人物がナポレオンがやったことを成し遂げたかもしれません。
そのように考えざるを得ないほど彼の存在は巨大でした。つまり天才でした。
そして天才というのはめったに存在するものではありません。

ナポレオンに敵対した国々の中で、負けっぱなしだったのがオーストリア(ハプスブルク家)、最後に巻き返したのがプロイセンでした。プロイセンの巻き返しは、天才に対抗した一人の秀才から始まります。
その名はシャルンホルスト

シャルンホルスト
渡部昇一さん『ドイツ参謀本部』は、ナポレオンの天才に対抗したシャルンホルストと彼によって始まったドイツ参謀本部の歴史です。
シャルンホルストは、しかし、ついにナポレオンに勝利することはありませんでした。それでも彼はフランス国民軍の強さの秘密、ナポレオンの強さの秘密を分析し、天才という個人に対抗する組織を作ってゆきます。そして彼の教え子たちはナポレオンを打ち倒すのです。
そしてプロイセンは近代軍事国家としてよみがえり、ドイツ統一の中心となり、世界大戦でその生命を終えます。

歴史、人間の所業というものは面白いもので、成功よりは失敗が、勝利よりは敗北の方が何十倍もその人なり国家なりの教訓となります。敗北から相手を熱心に研究し、作られた組織、参謀本部。しかし一度勝利するとその初心を忘れ、徐々に硬直化してゆくさまが見事に描かれています。
ハノーファーとう外国(ドイツ北部にあった国家)の平民出身であったシャルンホルスト。彼の軍人としての実績とその理論にプロイセンは破格の待遇でスカウトします。しかしそれは強大な敵に打ち破られていたからであって、彼の唱えた国民国家軍隊は、ついにプロイセンには生まれませんでした。彼のリベラルな思想は受け入れられることがありませんでした。

このシャルンホルストという人物、およそ軍人らしからぬ風采上がらぬこの個性的人物、当時『銀英伝』をよんでいた私は、真っ先にヤン・ウェンリーを思い出しましたね。

シャルンホルストの教え子には『戦争論』を著したクラウゼヴィッツがいます。彼の『戦争論』もまた、ナポレオンと同じくらい後世に影響を与えました。
カール・フォン クラウゼヴィッツ, Carl von Clausewitz, 清水 多吉
戦争論〈上〉  戦争論〈下〉

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