水戸黄門とマリー・アントワネット。

諸国漫遊の伝説を持つお爺さんと、断頭台の露と消えた悲劇の王妃。一体どこに共通点があるのだろう?


「水戸黄門は知ってるかえ?」

「ウン。本当は徳川光圀っていうんだよね。歴史書を編修した」

「おお、よく知っているなあ」

コレでも日本の歴史には詳しい方だ。6年生の誕生日に、伯父さんからもらった「まんが 少年少女日本の歴史」を何度も読んだから。ちょっと残念なのはもらったときに既に古本だったこと。でも、ソレでなきゃ伯父さんが全23巻をポンとくれるわけが無いか。

マンガだけど人物の顔なんか、教科書に出てくる絵になるべく似せているところがすごい。それに人物事典や出来事事典がついていて、中学になった今でも十分使える。

「水戸黄門の諸国漫遊てなあもちろん作り話だが、その中に面白いエピソードがあってね。

黄門様が米俵に腰を下ろして、農家のおばあさんにえらい剣幕で怒られるという話だよ」

「そんなの知らなかったなあ」

「まあ、このお話はテレビでは殆どやらないからね。もちろん黄門様は自分の行為を深く反省するんだけどね」

「でも作り話なんでしょう?」

「そうだね。でも、そこには人々の黄門様に寄せる思いが表れているんだね。名君といえども、実際に接しなければ、人々の生活、有様が分からなかった、というね」

「ふ~ん。で、それがどうマリー・アントワネットとつながるの?」

「彼女にも有名なエピソードがあるんだよ。

あの時代、フランスでは社会がすこぶる不安定でね、食料、すなわちパンだね、パンをよこせと騒動が起こった。家来からソレを聞いた王妃様は

『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないの』

と言ったそうだ」

「うわ~~。何か、いかにも無知なお姫様って感じだね」

「もっともコレは本当は彼女が言ったんじゃあない。本当はルイ15世―アントワネットの旦那さん、16世のおじいさん―の娘が言ったそうだよ」

「それがどうしてアントワネットのせいにされたの?」

「ソレはアントワネットが良くも悪くも有名人だったことだね。かいつまんで言えば、無駄遣いの多かった王妃様は当時の国民に人気が無かった。いかにもそんなことを言いそうなイメージを持たれていたんだね」


「わからないなあ。伯父さんは正反対のことを言ってるじゃないか。人々に愛された黄門様と、嫌われたアントワネット。どこがどう似てるっていうの?」

「それはね、二つのエピソードが示すように、二人とも人々の生活なんて気にしちゃいなかったんだ」

「ちょっと待ってよ。黄門様は自分の行いを反省したんでしょ。第一、どっちも事実じゃないって――」

「事実でないにしろ、そういう風に見られていたんだよ。黄門様の場合は時代もずっと下ってできたエピソードだけど、『名君水戸光圀公』の正体に迫っている点で面白い」

「よくわかんないな」


「実際の水戸黄門―徳川光圀がやったことって何だえ?」

「歴史書を編修した」

「そうだね。『大日本史』を編纂した。もっとも、この大作が完成したのは光圀の死後、1906年。明治39年のことだけれどね」

「ふえ~~」

「彼がやったことはすごいことだった。でもね、当時の人々、自分の藩の人々には何の役にも立っていないんだよ」

「でも光圀は名君だよ」

「名君の条件が何かは、人や時代によって違うだろう。光圀の場合は主に

・『大日本史』を編纂し、尊王思想をとなえていたこと

・将軍徳川綱吉に対し、意見を言ったこと

の二つが評価されたんだね。綱吉は知ってるだろ?」

「知ってるよ。犬ばかり大事にしたんで、『犬公方』って呼ばれたんだよね」

「ほうほう。なかなかですな。

光圀はその綱吉に対し、犬の皮でできた防寒着を贈ったというよ。それと跡継ぎ問題でワガママを押し通そうとする綱吉をきっぱり諌めたんだね」

「ふ~ん」

「でもその光圀、自分の領地の人々には恨まれていたんだよ」

「ええ? うそでしょ?」

「さっきも言ったことだけど、『大日本史』のような文化上の仕事は、後世の人々の役には立っているけれど、地元の人々を雇って作ったのではないから、当時の人々の食料やお金が増えたわけじゃなかったんだ。事実はむしろその逆で、たくさんのお金がいるから、厳しく年貢を取り立てたんだよ」

「うわ~~、ひどいね」

「光圀は確かに学問を大切にした。でも人々の暮らしについてはあまり考えなかった。米俵のエピソードが光圀の隠れた本質を言い当てていることがわかるだろ」

著者: 児玉 幸多, あおむら 純, 佐原 真
タイトル: 日本の誕生―旧石器(岩宿)・縄文(紋)・弥生時代
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