• 30 Sep
    • テューダー朝神話 (シェイクスピアの史劇)

      今日だけは、天にまします神よ、 ああ、今日だけは、父が王冠を手に入れるために犯した罪を 忘れたまえ。        ヘンリー5世(小田島雄志訳『ヘンリー5世』 第4幕第1場)  シェイクスピア(1564-1616)の史劇を読むにあたっては、やはり当時の歴史がわかっていたほうが面白いでしょう。その点史劇が独立した文学作品としての評価が低いのはやむをえないかもしれません。唯一『リチャード3世』が主人公の圧倒的な存在感ゆえに、史劇の中でも独立して広く読まれております。新潮文庫や角川文庫でも読むことができます。また『ヘンリー4世 第1部』『第2部』でもフォルスタッフというなんとも魅力的なキャラクタが出てきまして、これまた人気があります。こちらは岩波文庫に収められています。このフォルスタッフ、シェイクスピア当時は絶大な人気があって、女王エリザベス(1世:在位1558-1603)もことの他お気に入りだったとか。彼女のリクエストに答えてフォルスタッフが出てくる劇『ウィンザーの陽気な女房たち』が書かれたそうです。さてここでもう一度史劇を、今度は制作年代順に並べて見ます。ヘンリー6世 第2部   ヘンリー6世 第3部 ヘンリー6世 第1部リチャード3世 ロミオとジュリエットリチャード2世夏の夜の夢 ジョン王ヴェニスの商人ヘンリー4世 第1部  ヘンリー4世 第2部  ウィンザーの陽気な女房たちヘンリー5世 ジュリアス・シーザーヘンリー8世 その他有名な作品も参考に入れておきました。『ジュリアス・シーザー』以降はもう有名な作品だらけですので割愛。『ヘンリー8世』が最後の作品となります。もっとも制作年代は諸説入り乱れており、絶対的なものではありません。しかし現在もっともポピュラーな説だと『ヘンリー6世』が最初の作品。それも百年戦争の末期、あのジャンヌ・ダルクも出てくる『第1部』より、薔薇戦争を描いた『第2部』『第3部』が先らしいのです。薔薇戦争(Wars of the Roses:1455-1485)とはイングランドで起こった王位をめぐる内乱のこと。その優雅な名前*に反して、悲惨な戦いが多く、封建貴族の多くが没落。この後成立したテューダー朝が絶対王政を確立できたのもこの内乱で封建貴族、豪族的大領主が没落したためといわれています。なぜこの悲惨な内乱が起きたのか。戦争のたびに繰り返されるこの問いにシェイクスピアは、というより当時の知識人はそれなりの答えを見つけ出しました。プランタジネット朝の正統であるリチャード2世(1377-99)が暗愚であるため、傍系のランカスター家のヘンリー4世(1399-1413)が王位簒奪。そしてその息子5世王(1413-22)のつかの間の栄光を経て6世王の時代にはフランスから撤退。幼君を取り巻く周囲の権力闘争にこれもプランタジネット傍系のヨーク家が王位を要求し、薔薇戦争が起こります。復讐が復讐を呼び、血で血を洗う内乱で王位はヘンリー6世(ランカスター家:1423-60)からエドワード4世(ヨーク家:1460-70)、再びヘンリー6世(70-71)、エドワード4世(71-83)とめまぐるしく変わります。いったんはヨーク家が勝利しますが、その天下も4世の弟リチャード3世(1483-85)がランカスター分家のヘンリー・テューダーに破れ終わります。このヘンリー・テューダーがエドワード4世の娘エリザベスと結婚し、ヘンリー7世(1485-1509)として即位したことで、長きに渡り争った両家が結ばれ、平和が訪れたのです。このため簒奪を招いたリチャード2世、内乱を招いたヘンリー6世、そしてテューダー朝の直接の敵リチャード3世は暗愚で気弱であるか、賢いが腹黒い人物として描かれています。   ↑クリックすると画像が拡大しますランカスターの王位簒奪が原罪として内乱が起こり、そしてランカスター・ヨーク両家の合体であるテューダー朝により再び王位が正統に戻ったとする解釈です。もっともこれはシェイクスピア独自の解釈ではなく、当時の年代記作者たちも唱えていたようです。「テューダー朝神話」といわれるこの考え方、これをシェイクスピアは史劇(『ヘンリー8世』は除く)で描きたかったのだ、とする考えが古くからありました。最近は反論が多く出てきています。というよりもそちらのほうが主流です。シェイクスピア当時には「テューダー朝神話」なる考えはなかったと。しかしリチャード(2世と3世)の扱いを見ればやはりそういった思想はあったのではないか、と思います。それも先ほど申しましたようにこの考えはシェイクスピアのオリジナルではない。リチャード3世のキャラクタはテューダー朝の年代記作者たちによって作られたものであることは多くの歴史家が証明しております。前にも申しましたがシェイクスピアはオリジナルの題材がほとんどない(37作品中4つ)。史劇もホリシェンドの年代記をその主要なソースとして、他の先行する年代記や歴史劇を参考にした模様です。もちろん、シェイクスピアのが一番面白いのですけれどね。さらにテューダー朝が断絶し、ステュアート朝が成立、スコットランド女王メアリ・ステュアートの息子、ジェームズ1世(1603-25)が即位し、イングランド・スコットランド連合王国になると、シェイクスピアは『マクベス』を書いています。スコットランド王家の歴史を題材にした悲劇です。シェイクスピアが当時の王家におもねっているかどうか、それはわかりません。が少なくとも彼には歴史に対する並々ならぬ興味があり、歴史を通して現代(彼が生きていた時代の、ですが)を見つめようとしていたのではないかと思います。*薔薇戦争の名前の由来ばらせんそう ―せんさう 【薔薇戦争】 1455~85年にイギリスで起こった王位争奪の内乱。記章が赤ばらのランカスター家と白ばらのヨーク家に封建貴族が二分して争い、前者が勝ってヘンリー七世がチューダー朝を開いた。結果的には封建貴族が疲弊し王権が強化された。三省堂提供「大辞林 第二版」より(傍線引用者)ランカスター家が赤薔薇、ヨーク家が白薔薇を紋章に入れていたためという説が昔から広く流布していますがこれは誤りです。さすが大辞林だなあ。 ←ヨーク家(上)、ランカスター家(下)のバッジ ウィリアム シェイクスピア, William Shakespeare, 福田 恒存 リチャード三世 ウィリアム シェイクスピア, William Shakespeare, 三神 勲 リチャード三世 シェイクスピア, Shakespeare, 中野 好夫ヘンリー四世〈第1部〉 シェイクスピア, Shakespeare, 中野 好夫 ヘンリー四世〈第2部〉

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  • 27 Sep
    • アンデルセンの恋

      童話の王様ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805~1875)。祖国デンマークでは童話作家としてよりも国民的な詩人として有名です。また小説や紀行文もたくさん書いております。彼は生涯独身でしたが、幾度も激しい恋をし、常に破れ、それを文学作品に昇華させてきました。彼の恋愛で特に重要な3人の女性は初恋の女性リーボア・ヴォイクト後援者ヨナス・コリンの娘ルイーゼ・コリンそしてソプラノ歌手のイェニー・リンド(ジェニー・リンド)リーボアはの同級生のお姉さん。彼は殆ど無一文でコペンハーゲン(デンマークの首都)に出、さまざまな苦労をした後に後援者に恵まれ、大学まで進みました。ですから同級生の姉とはいえ、彼より一つ年下です。アンデルセン24歳、リーボア23歳でした。彼は熱心に詩やラブレターを送っています。しかしリーボアは翌年他の男性と結婚。世の多くの場合どおり、アンデルセンの初恋も失恋に終わりました。実はリーボアも若い詩人からの手紙や詩をまんざらでもなく受け取っていたようなのです。純粋に女性として、男性からの手紙が嬉しかったのでしょう。ですが当時のアンデルセンはいまだ無名。加えて彼は積極的にアタックするタイプではなく、ロマンチストではありましたが、現実的ではなく、ただ「恋に恋する」だけでした。後年アンデルセンとリーボアは再会します。すっかり「おばさん」になったリーボアに幻滅したのか、その後、彼にしては珍しく意地の悪い皮肉な結末の童話「こまとまり」(または「幼なじみ」)を書いています。*ちなみに私はこれが最も恐ろしいアンデルセン童話だと思っています。 以前書いた記事 も参考にしてください。しかしアンデルセンは自分の初恋を決して忘れてはいませんでした。彼が死んだとき胸につけていたのは、初恋の相手への手紙と花束でした。その後後援者ヨナス・コリンの娘ルイーゼに恋心を抱いた彼。このコリンという人、王立劇場の支配人であり、政治家でして、役者(=歌手)になろうとして上京し何度も挫折した少年アンデルセンの才能を認め、ラテン語学校にそして大学にまで送り、彼を支えました。アンデルセンは「第二の父」と呼ぶほど彼を深く敬愛しました。コリン家とアンデルセンは終生親交を結んでいます。ところがそのアンデルセンがコリン家の娘に恋をしたものですから、大変。先の「フーシェの恋」に見るように、出自の違うもの同士の結婚はとてもむずかしい。父ヨナスとしてもそこは譲れなかったでしょう。ルイーゼは婚約。傷心の彼にヨナスは旅に出ることを薦めます。失恋と、同じ頃起きた母の死。アンデルセンは旅に出、そして傑作『即興詩人』を書くのです。また、彼の秘めたる悲しい恋心は「人魚姫」に昇華されました。これ以前にも何篇か創作童話を発表してはいましたが、この「人魚姫」こそがアンデルセンの童話作家としての地位をゆるぎないものにしたのでした。*失恋と同様に彼を悲しみに落としたのは母の死。彼がいかに母を愛していたか。無学な、酔っ払いでも彼に限りない愛情を注いでいた母を彼は終生忘れませんでした。「マッチ売りの少女」 「ある母親の物語」 「あの女はろくでなし」など母をモデルにした童話が何篇かあります。イェニー・リンドは「スウェーデンのナイチンゲール」と呼ばれ、ヨーロッパ中にその名を知られたソプラノ歌手でした。  ↑イェニー・リンド(1820~1887) 右はイェニーの肖像があるスウェーデンの紙幣今残っている肖像画を見ても非常にかわいらしく、利発な女性だったことがわかります。彼女もアンデルセンと同じように恵まれた生まれではなく(私生児だった)、自分の才能で今なお「スウェーデン最大の歌姫」と呼ばれる地位を得ました。人一倍感受性の強かったアンデルセンのこと。彼女の才能と人柄に強く惹かれ、詩やプレゼントを贈り、愛を訴え続けました。アンデルセンが38歳、イェニーは15歳年下。アンデルセンの有名な童話の一つ、「ナイチンゲール」。題名でお分かりのようにイェニーのために書かれたのだそうです。それもたったの二日で!この頃はアンデルセンも社会的に認められた存在。彼としても勝負に出たのでしょう(わかるなあ)。しかしイエニーは彼を尊敬はしても愛してはくれませんでした。その年に彼女がアンデルセンに送ったクリスマスカード。そこに書かれていたのはこんな言葉でした。「親愛なるお兄様」これが彼女の答えでした。とても慈愛に満ちた手紙(カード)でしたが、アンデルセンの望むものではありませんでした。彼はついに生涯独りで生きてゆくことを決意します。この頃書かれた「もみの木」という童話に、彼の青春への決別を見るのは深読みしすぎでしょうか。。。*彼の求愛は拒否しましたが、それでも彼を尊敬し続けたイェニーも生涯独身でした。これはアンデルセンと同じように報われぬ恋に殉じたからです。メンデルスゾーンと彼女は互いに好意を寄せ合っていましたが、ついに結ばれることはありませんでした。コンプレックスの塊で、女性的で、気難し屋のアンデルセン。感受性が強く、喜怒哀楽が激しく、ロマンチストだったアンデルセン。女性の愛を勝ち得ることはできなかったアンデルセンでしたが、その悲しみが彼を詩人として成長させ、その生涯が苦難に満ちている分だけ彼の文学に限りない優しさが加えられ、今なお世界中の子どもたちから愛されています。 ジェニー・リンド物語―美しきオペラ歌手の生涯 森重 ツル子

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  • 26 Sep
    • シェイクスピアの史劇

      シェイクスピア(1564~1616)の諸作品は、かつて聖書についでもっともよく読まれていたといいます。もっともこれは英国・米国が世界制覇をし英語が世界標準語となっているから、そして英文化のバックボーンとしてシェイクスピアが重要だから、らしいのですが。彼は生涯たくさんの戯曲を書きましたが、それらは後世「喜劇」・「悲劇」・「史劇」・「浪漫劇」というカテゴリに分けられます(これに加えて喜劇の中に悲劇的要素の入った「問題劇」というカテゴリを設けている人もいます)。日本でもよく知られている『ヴェニスの商人』や『夏の夜の夢』は「喜劇」、『ロミオとジュリエット』や『ジュリアス・シーザー』などは「悲劇」。特に『ハムレット』・『オセロー』・『リア王』・『マクベス』は四大悲劇と呼ばれ、シェイクスピア全作品の中でも、いや、それのみか、文学史・演劇史上でも高い評価を得ています。「水戸黄門」で有名な故東野英治郎さんはかつてこんなことを言ってました。「『リア王』を演じるまでは……演じられる年齢になり、演じられる技能がつくまでは修行中」俳優座で念願のリア王を演じたのは彼が65歳になってのこと。それほど役者たちの魂をを惹きつけているんですね。「史劇」とは単なる歴史劇という意味ではありません。ジュリアス・シーザーもハムレットもマクベスも、皆歴史上存在した人物であり、事件であります。その他にもシェイクスピアの作品には歴史書から題材をとったものがたくさんあります(シェイクスピア劇の題材はオリジナルは少なく、ほとんどに先行するネタ本がありました)が、それらを「史劇」とはいいません。「史劇」とは特に中世イングランド王家を題材とした次の10作品を言います。 シェイクスピアの史劇  *(  )内は制作年代(推測)、<  >内はタイトルとなっている王の治世ジョン王 (1596) <1199-1216>リチャード2世 (1595) <1377-99>ヘンリー4世 第1部 (1596~98) <1399-1413>ヘンリー4世 第2部 (1597~98) ヘンリー5世 (1599) <1413-22>ヘンリー6世 第1部 (1590~91) <1422-61,1470-1471>ヘンリー6世 第2部 (1590~92)  ヘンリー6世 第3部 (1590~92)リチャード3世 (1592~93) <1483-85>ヘンリー8世 (1612) <1509-47>最晩年に、彼の最後の作品としてかかれた『ヘンリー8世』以外は皆前期~中期に書かれています。そして『ヘンリー5世』の次に書かれた『ジュリアス・シーザー』あたりから彼の作品には暗さと深みが増し、傑作が集中して書かれるようになります。さてこの「史劇」。『ジョン王』と『ヘンリー8世』を除くと全て英仏百年戦争(1337~1453。エドワード黒太子、ジャンヌ・ダルクが活躍した)から薔薇戦争(1455~85。イングランドの内乱)を扱った、ほぼ連続した作品となります。近年では百年戦争をはじめたエドワード3世を描いた、その名も『エドワード3世』という作品もシェイクスピアの最初期の作品である、という説もあります。「サー」の称号を持つ名優ローレンス・オリビエ*は初めてシェイクスピア作品を映画化。特に『ヘンリィ五世』『ハムレット』『リチャード三世』の3作は自ら製作・監督・主演をするほど。このうち2作が史劇。日本では今ひとつ評価の低い史劇ですが、英国ではわが国の『忠臣蔵』と同じく、史実を押しのけて歴史常識となっているほど。またシェイクスピアの処女作(『ヘンリー6世 第1部』)と最後の作品(『ヘンリー8世』)が史劇であること、(確認されている)全37作品の四分の一強を占めていることを考えると、彼にとってこのテーマがいかに重要であったかがわかるでしょう。彼が追求し、描きたかったものは何だったのでしょうか?次回考察してゆきたいと思います。*サー・ローレンス・オリビエ(Sir Laurence Olivier 1907~1989)15歳で初舞台。以後シェイクスピア役者として活躍。また、『嵐が丘』はじめ数多くの映画に出演。1947年にナイトに叙され、「サー」の称号を得ています。1949年製作・脚本・監督・主演した『ハムレット』でアカデミー主演男優賞受賞(映画自体も作品賞、美術監督賞、美術装置賞、衣装デザイン賞を受賞してます)。46年と79年には特別賞を受賞。20世紀最大のイギリスの俳優でしょう。我が憧れのヴィヴィアン・リーの元旦那でもあります。いいなあ。。。 オリヴィエって結構自己中心的で、自分が目立たないといやっていうタイプだったらしい(そのオーラでどこにいても目立っちゃうんだけど)。その実力に裏打ちされた強引なところもステキですねえ。 オリヴィエとヴィヴィアン。映画『美女ありき』でネルソン提督とその愛人エマを演じました。ヴィヴィアン・リーは20世紀最強の美女でしょう。

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  • 23 Sep
    • フーシェの恋

      冷徹なジョゼフ・フーシェの名前を拝借しているにかかわらず、私、最近かっかっとしている記事が多いようです。反省。もっとも「冷徹な」といわれたジョゼフ・フーシェ、世に出る前に財産目当てで結婚した醜い妻と二人の間にできた子どもを一生愛し続けた、といいます。フランスで最も恐れられ、皇帝ナポレオンからも一目もニ目も置かれていたこの男も、家庭では良き夫であり良き父だったのですね。しかしながら「財産目当て」とか「醜い」というのはツワイクの表現。結婚と恋愛が別物だった当時の王侯貴族と違って、一介の庶民であったジョゼフは恋愛結婚だったのではないでしょうか。財産目当てという側面もあったかもしれませぬが、野望と恋愛がうまく一致したのかもしれませぬ。「醜い」と評されたフーシェ夫人も、「ぱっとしない」だけだったのかもしれませぬ。なにせきらびやかな宮廷文化の栄えたフランスのことですからね。アントワネットやジョゼフィーヌ、シャルロット・コルデーにロラン夫人など綺羅星のごとく輝くお歴々と比べるのは酷というものでしょう。というより、そもそも美醜とその人の価値とはなんら関係はありませんものね。ジャンヌという名前のこのフーシェ夫人、夫の陰に隠れて殆ど目立たない。ジョゼフという人が自分のプライベートを表に出さない人ですから。皇帝を含むフランス中のあらゆる人の秘密を握っていた彼。どんな強い人間でも私生活がその弱点となることを誰よりも知っていましたから。ジャンヌは夫をよく支えました。激動の革命期にあって、何度も命を狙われ、失脚し、時にはブタ飼いにまで身を落とすほど波乱万丈の生涯を送った夫を。貧しさのあまり最愛の子どもを病気で亡くしたこともあります。当時のジョゼフはロベスピエールから狙われる身として、死にゆく子どもにも、悲しみの妻にも近寄ることができませんでした。おそらくジャンヌは夫にとってかけがえのない存在、唯一の心の拠り所、今風の言葉で言えば「癒し」の存在だったでしょう。あらゆる人を信用せず、あらゆる人から信用されなかったジョゼフ。切れ者として恐れられ、かつての友(ロベスピエール)と死闘を演じたこの男に、帰る家庭があった、というのはなぜかほっとします。裏方に徹してきたジャンヌ。ところがこのジャンヌが一度だけ表舞台に出たことがあります。時は1810年。前年に秘密裏に薦めていた英国との和平工作が露見、ジョゼフは警察大臣を罷免されます。しかし、さすがの皇帝もこの男を完全に敵に回すのは恐ろしいらしく、ローマの知事という職を与えます。ジョゼフは皇帝に反抗します。彼が今まで集めていた重要書類、機密書類の大部分を破棄。一部は隠蔽。その中には皇帝ナポレオンの私生活に関するトップシークレットも含まれていました。書類引渡しを迫る皇帝に対して、「破却しました」「紛失しました」とごまかすジョゼフ。これが皇帝を完全に怒らせることになりました。さすがのジョゼフも身の危険を感じヨーロッパ中を逃げ回りますが、当時はまだナポレオンの全盛期。ヨーロッパの中でジョゼフが安心できる場所などあるわけがありません。このときジャンヌが動きました。彼女は前皇后ジョゼフィーヌ(後継者に恵まれない、という理由で前年に離婚させられた)にとりなしを頼み、書類を引き渡し、夫の危機を救ったのでした。その時ジョゼフはフィレンツェからアメリカへ亡命する寸前。まさに危機一髪でした。ジャンヌが死んだのはその数年後のこと。最愛の妻の死に、ジョゼフは、この政治と陰謀好きでどんなときでもちょっかいを出してきた男は、本当の引退を決意したといいます。しかし皮肉にも今度は世間の方が彼を放ってはおきませんでした。ナポレオンの失脚と王政復古、百日天下、再び王政復古とフランスは激動の時代を迎えます。ジョゼフは百日天下の、そしてその後の王政復古政府での警察大臣となります。このブルボン王朝の宮廷においてジョゼフの老いらくの恋が始まるのです。相手は自分の娘たちより年下のエルネスティーヌ。貴族の娘です。当時ジョゼフは既に60代半ば。彼女がジョゼフと結婚したのはそれこそ正真正銘、財産目当てでした。ところがジョゼフは再婚後まもなく「国王殺し」(ルイ16世の死刑に賛成の投票をした)で国外追放となります。そしてドレスデン、プラハなど各地をさすらった後にトリエステで波乱万丈の生涯を閉じます。エステルティーヌとしてはおもしろくなかったでしょう。貴族の娘として育った身には田舎の暮しは退屈だし、大金持ちである夫は市民階級出身で謹厳な家庭。お金持ちだからって派手な生活が送れるわけではないですからね。すっかり思惑の外れた彼女、地方の社交界で遊びまくり、若い愛人を作って夫を慌てさせます。冷徹な天才、ジョゼフ・フーシェも女性に振り回されたことがあるのですね。彼の人間くさい面、それもきわめておぼこい面が見えて微笑ましいです。最初の妻にも後妻にも純粋な愛情をささげていたのでしょう。ところが後妻は身分違い。結婚と恋愛は別、という貴族出身。そこに悲劇がありました。ジョゼフは同じ市民階級のジャンヌとは理想の家庭を築けましたが、若く美しくても享楽的な後妻には振り回され、人々の失笑を買いました。彼の主人であったナポレオンも浮気者のジョゼフィーヌを妻としている間は全盛を誇りましたが、正真正銘の皇族(オーストリア皇帝の娘)、マリー・ルイーズと結婚してからは落ち目となりました。ジョゼフと対を成していて、おもしろいですね。肖像すら残っていない「醜い妻」ジャンヌですが、その心は当時の女性の中で最も美しいものの一つだったと思います。

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  • 21 Sep
    • 恋愛論?

      私はまだアンデルセンの領域だな。。。 左 ワイルド, 西村 孝次 幸福な王子―ワイルド童話全集 右 ハンス・クリスチャン・アンデルセン, 長島 要一, ジョン・シェリー 人魚姫 相楽さん の「幸福の王子 」を読み、感銘を受けました。幸せとは何か。改めて考えさせられますね。さて、私のほうはワイルドの恋愛観について述べてゆきたいと思います。「幸福の王子」。おそらく多くの人が子供のころ読んだであろう、耽美主義の大御所オスカー・ワイルドの代表的な童話作品です。貧しい人々のために文字通り身を削って施す王子(黄金の像)。そして王子の目となり手足となり、けなげに尽くすツバメ。相楽さんの記事を読み、また結城浩さんによる翻訳を読んで改めて気づいたんですが、ツバメは男(オス)だったんですね~。また、王子がずうっとツバメを引きとめたとばかり思っていたんですが、引きとめたのは最初の3日だけで、後はツバメの意志で残っていたんですね。思い違いをしておりました。オスのツバメと王子の結びつきがワイルドならではだと思うのです。肉体の結びつきでなく、魂の結びつきを謳いあげたこの作品にふさわしいと。若い男性の恋人を「私のつばめさん」といったのは平塚らいてうだったでしょうか。ツバメはスマートでスピーディな、それでいて小さなかわいい鳥ですからね。男の恋人をたとえるに適しているかも。ま、らいてうは置いといて。彼ら二人の関係が友情であるか、恋愛であるかは読む人によって意見が分かれるでしょうが、私は恋愛として述べてゆきます。王子とツバメ。二人の間柄は奇妙なものです。王子はツバメ無しには何もできない。「こうしたい」という思いを抱いたまま何年もたち続けているだけの存在。だのに両者の関係では王子がリードしています。王子は無言のうちに自分の無力を訴え、自分のもとを去ろうとするツバメを引き止めます。ツバメが王子のもとにとどまったのは一宿一飯の恩義にこたえる気持ちと、王子の優しい心根に賛同する思いと共に、王子のことを放って置けない思いがあったのでしょう。何せ王子は動くことができないのですからね。そして数日後には王子が行ってもよいと言ったにもかかわらず、あくまで王子の元にとどまり、王子を手助けし、やがて死んでしまいます。当初私が抱いていた勘違い、「王子がツバメをずっと引きとめていた」というのも、両者において王子の押し付けが私には強く感じられたからでしょう。子供心に少し不快に思ったのでしょう。ここでアンデルセンの「人魚姫」に見られる愛を思うとき、両者の描く愛の形に深く考えさせられるのです。アンデルセンの童話では、作者自身がそうであったように「押し」が弱い。人魚姫もただ見守るばかりで終わります。恋する人が幸福であればそれでよい、というある種崇高な想いがそこに込められています。アンデルセン自身はさまざまな恋をし、しかし、彼自身の出自や容姿に対するコンプレックスからその表明は力弱きものが多く、全てが悲恋に終わりました。私は決してアンデルセン的恋愛の方がワイルドのより上だと申しているのではありません。第一「幸福の王子」は恋愛を前面に打ち出したものではありませんからね。ただ王子も、そしてワイルドの代表作の一つであるサロメも、他人(想い人)を支配したい、支配する、という言動をとっています。「想いよ、届け!」と念じても、実際に行動しなければ始まらない。どんなに相手にアプローチををしても、「好きだ」との意思表明をしなければ相手は戸惑い、不安になるばかり。だからアンデルセン的恋愛は、ずるい。自己満足で終わっているから。王子も、ずるい。彼がツバメの身体を心配し、エジプトへ行けと言ったときには、もうツバメは彼の元を離れることができないほど彼の魂と結びついていたのに。それは無意識で無邪気な思いであって、王子は本気でツバメのことを心配しているのですが。だが、それなら最初からとどまるように言わなければよかった。優しい言葉をかけなければよかった。自分の弱さも、美しさも、優しさも、見せなければよかった。エゴ丸出しの醜さを突きつければよかったのに。愛想をつかされるようにしむけばよかったのに。でもことここに至っては、どんなに醜さを見せ付けられても、結局は貴方のもとを離れることができなくなっているのです。ボロボロになってもなおも他人を思いやる貴方を放っては置けないじゃあないですか。貴方をずっと支えてゆきたい、それが私の本望なのです。。。しかし相楽さんの仰るとおり、ツバメにとっては王子のエゴに取り込まれ、王子のもとにとどまり命を失ったことが幸せになるのだから、人と人(ツバメと像だけど)のつながりというのは興味深いですね。「幸福の王子」の全文はここ でも読むことができます。Copyright (C) 2000 Hiroshi Yuki (結城 浩)

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  • 20 Sep
    • 名探偵 瀬川みゆき  (テーマ企画!「名探偵で行こう!」)

      謎は解かれるべき、か 城平 京 名探偵に薔薇を そもそも名探偵の定義って何でしょう? 探偵という職業はあります。また、昔は警官を探偵と称したこともありました。でも新聞記者だったり、学生だったり、修道士だっりと、探偵・警官でない名探偵もたくさんいますね。人によってその定義は違うと思いますが、私は「圧倒的な存在感」だと思います。☆Q1☆ 現時点で一番好きな名探偵は、いったい、誰(1名限定)。理由もあげてね。瀬川みゆき理由:その圧倒的な存在感。名探偵であり続けることの苦悩が見事に描かれ、1作だけのキャラクタであるにかかわらず、いつまでも私の胸に残っているから。何年たっても。彼女は城平京さんの『名探偵に薔薇を』という作品(連作短編二つ)にのみ登場する、素人探偵です。その外見は・170センチはあろうかという長身・童顔だが美形ともいえる顔立ち・長い黒髪は黒色のリボンで無造作に束ねられている・飾らない服装そして人を寄せつけない雰囲気を持ち、いつも独りとありまして、全体的に無機質な印象を与えます。話しぶりもそう。まさに「推理のみ」の無駄を削ったキャラクタ造形、シャーロック・ホームズの正当な後継者といえましょう。☆Q2☆ その名探偵が関係した事件で一番印象深かったものは何(1作限定)。「毒杯パズル」わずか2作品、「メルヘン小人地獄」、「毒杯パズル」のみの活躍。しかも登場人物は殆ど同じ。実は彼女は後編の「毒杯パズル」のためにのみ創出されたといっても良い存在なのです。ドルリー・レーンが『ドルリー・レーン最後の事件』のために創出されたように。1作だけのため、とはいえ、レーンが『Yの悲劇』で20世紀1,2を争う名探偵として名を残したように、瀬川みゆきも「メルヘン小人地獄」で鮮やかな活躍をします。しかし、読者の胸を打つのは後編の「毒杯パズル」でしょう。彼女がなぜ名探偵となり、名探偵であり続けるのか。その業を、苦悩を描き、深い感銘を与えます。犯罪をあばく、犯人を指摘する。犯罪ですから人間の弱さ汚さ醜さあくどさ、、、が凝縮されているでしょう。それを見つめ、裁き、ときには裁かず、といったことを繰り返す名探偵たちは強靭な精神力の持ち主です。(マンガを持ち出すのはルール違反かもしれませぬが)いつまでも明るく日常生活を送れる(送れた)高校生探偵の工藤新一君や金田一一君。そんな彼らと小説で活躍する本格的な探偵の、おそらく中間にいるのが彼女なのです。ブラウン神父の域まで達することのできない名探偵なのです。推理能力じゃなくて、精神力がね。探偵小説が謎解きに重点を置く以上、探偵の人間性なんていちいち描いていられないわけで、そういう小説もまた傑作なのですが、探偵の苦悩に踏み込んだ本作もまた忘れられない作品です。厳密に言えばこれはミステリとはいえないのかもしれません。しかしまぎれもなく「探偵」を描いた小説です。☆Q3☆ その名探偵を支える脇役(常連キャラ)の中で好きなキャラは?(1名限定)。藤田鈴花(すずか)。彼女のピュアな恋心に、こうしてキーボードを打っていても涙が出てきます。(もともとが短編2作のみの存在なので、「常連」といえるかどうかは微妙ですが)☆Q4☆ その名探偵が物語中で飲食していたもののうち、お相伴したいものは?(1品限定)紅茶。瀬川みゆきの好物? 1作目、大学4年生のころは砂糖をたっぷり入れたミルクティーでした。が2作目、全国を名探偵として放浪し、多少すれた観のある3年後は砂糖なし。私としては砂糖控えめのミルクティーがいいですね。☆Q5☆ 次に記事を書いてもらいたい人を1名指名のこと(指名しなくても可)。1名なんですよね。迷うなあ。3名くらいいるんだけど。。。こういうのはぱっぱっと決めるがいいですね。『本だけ読んで暮らせたら』のnanika-possibleさん にお願いします。

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    • テーマ企画! 「名探偵で行こう!」

      ペトロニウスさん のところから奪ってまいりましたこのバトン、書評ブログの御大、とらさん 作成のテーマ企画!「名探偵で行こう!」(参加募集) 。うう、そうなんだ。私もね、「ミステリーバトン」作ろうかなって思ってたんですよ。でもね、ありきたりの設問しかできなかった。とらさんのはこんなユニークな奴です。これは面白いですよ!☆Q1☆ 現時点で一番好きな名探偵は、いったい、誰(1名限定)。理由もあげてね。☆Q2☆ その名探偵が関係した事件で一番印象深かったものは何(1作限定)。☆Q3☆ その名探偵を支える脇役(常連キャラ)の中で好きなキャラは?(1名限定)。☆Q4☆ その名探偵が物語中で飲食していたもののうち、お相伴したいものは?(1品限定)☆Q5☆ 次に記事を書いてもらいたい人を1名指名のこと(指名しなくても可)。※ 当然のことですが、強制はナシ! あくまでも「その人にリクエスト」して下さい。《鉄則》 どの項目でも、1つよりたくさん書きたい場合は必ず別記事で(笑)。書いて楽しく読んで楽しいものにしよう!限定、てのがいいでしょ? 1名限定、1作限定、1品限定。そしてバトンを渡すのも1名限定。よくある5つ挙げよ、というのでも選考に悩む(それが楽しいのだが)のに、1つ! これはかなり楽しめますよ。正統派のファイロ・ヴァンスか神津恭介か。はたまたフェル教授か法水麟太郎(法月倫太郎じゃないよ)か。只今選考中! 

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  • 19 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その4

      「班田収受法(はんでんしゅうじゅのほう)は唐(618~907)の均田法(きんでんほう)をモデルに、日本流にアレンジしたものさ。持統天皇の時代から平安時代の初期までは順当に実施されていたのだが、それから後はだんだん実施されなくなり、903年の実施が確認されたのを最後に、以後はまったく行われなくなった」「日本流にアレンジした、ってどういうこと?」「うん。唐の均田法では成人男子にのみ口分田(くぶんでん)を班給(いくつかにわけて与えること。班給する田んぼだから班田)していたのだが、日本では老若男女、また賤民(せんみん。いわゆる奴隷)にも、面積の違いはあれ、ずべての国民に支給された」「へえ。なんでだろ」「おそらく、天皇中心の国家造りにおいて、全ての人民を直接支配したかったんだろうな」「公地公民だね」「うむ。そして村の中でこれ以上貧富の差、階級の差が生じるのを食い止めようとしたのではないか、という考えもある」「それがなんで実施されなくなっちゃったんだろう?」「簡単さ。いくら日本流にアレンジしたとはいえ、もとは中国のものだ。そして中国と日本では国の性質が違うからさ」「中国は皇帝の権力が強く、官僚制度も整っていた」「かんりょう?」「国の役人のこと。ところが日本は天皇の権力が強かったのはごく一時期で、豪族や貴族の権力も無視できないほど強かった」「え? でも、大化の改新で公地公民になったんでしょ? 豪族の土地の私有は認められなくなったんでしょ?」「『大化の改新』ってなんだえ」「645年に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を滅ぼして、天皇中心の政治を始めたこと」「滅ぼされたのは蘇我入鹿だけかえ」「後に父の蝦夷(えみし)もかなわないと見て、後を追って自殺しているよ」「つまり、蘇我本宗家が滅びただけだわな。中大兄たちは他の豪族を味方につけた。だから毛人(蝦夷のこと)はかなわぬと観念したのだろう。じゃあ、他の豪族たちはなぜ中大兄についたんだろうか。自分たちの土地私有を否定するような政策を、支持したわけではあるまい。天皇の権力が強くなって、豪族たちの口出しができなくなるのは天武天皇、持統天皇の頃からだよ」「伯父さんは大化の改新はなかった、と思ってるの?」「ああ、そうだな。少なくとも蘇我氏を滅ぼしたことが改新ではないと思っているよ」「ともかく、豪族たちと天皇の利害は対立していた。また、班田収受には土地調査や戸籍作成など膨大な手間がかかる。これはかなり大きな権力がなければできないよ。これが実施できたのは近代以前の日本では豊臣秀吉くらいだろう」「太閤検地だね」「うん。だが、その秀吉の検地も、大名たちからは――それが秀吉子飼いの福島正則たちでさえも――決して歓迎されなかった。だから検地を実行した石田三成などが憎まれたんだね」「はあ」「人は、自分の財産を調査され、私有や使用を制限されるのを極端に嫌がるのだよ。これあ現代でも同じだ」「ふうん」「まあ、そんなわけで班田収授法も実施されなくなったわけだ。その目的は高く、立派なもの(少なくとも天皇家にとっては)だったが、それを実施するシステムがお粗末だったし、国風にもなじまなかったんだな」「それで伯父さんは国民審査と似ている、と言いたいわけ?」「そうだね。目的はいいのだが、実施するシステムがお粗末で、国風にあっていない。歴史ってのは何度も同じ繰り返しがあるんだ。偉大なことも、みじめな失敗も、なんらかの形で過去に似た例があるよ。でも国民審査と班田収授法では昔の人のほうが偉いな」「やめちゃったからだね」「そうだね。実情に合わぬことをいつまでも続けるのはいろいろな無駄が生じてくる。国民審査の投票用紙、集計する人、などの手間を考えてご覧。だから多くの人が問題視しているよ」「でも憲法に書いてあるし」「憲法に書いてあるのは国民が直接審査をすることで、詳しく実施方法まで書かれているわけじゃあないよ。ここでもう一度見てみよう」日本国憲法第79条 (中略)2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。(以下略  傍線引用者。なお、原文は旧仮名遣いですが、現代の表記に直しました)「『罷免を可とするときは』と書いてあるが、現代のように『やめさせるための投票をせよ』とは書いてない。それは国民審査法に書かれていること。そして法律は憲法よりも改正が難しくはない。だから、投票法を変えることもできる」「どんなふうに?」「『裁判官としてふさわしいものに○をつけよ』という投票、信任投票にするんだよ。そして、○が過半数に満たない場合は『罷免を可と』したものとみなし、罷免すればいい。何も印がついていなけりゃ、それも不信任投票さ」「乱暴だなあ」「そうすれあ、法務省なども必死になって、各裁判官のことを、もっと国民にアッピールするようになるわさ」伯父さんの話を聞いて、国民投票をレポートにまとめることにした。先生は「選挙のことについて調べてきてほしかったんだけどねえ」と言ったけれど「国民投票に注目したのはユニークね」とも言ってくれた。ユニークだって? 辞書で調べたら「おもしろい」以外に「独自の、独特の」という意味もあった。ということは誉められたってことだね。やったね。<フーシェの追記>伯父さんの言うことは極論ですが、「不信任投票でなく、信任投票にせよ」という意見は多くの人が述べていますし、効力があると思います。少なくとも現行の、「×印のみ有効」というのよりは数段ましでしょう。×印がないのは信任したのではなく、知らないからなのですが、現行の制度ではそれを証明できない。証明できない以上、信任の結果ともみなせるわけで、それならなんら問題がない。そこが今の制度のずるいところです。抜け道があるところが。○印にすれば印がついていないことが非常に問題となってきます。○がついていないのは信任されていないか、知られていないかのどちらかであり、どちらかの証明はできません。ここまでは今までと同じです。が、信任されていないこと、知られていないこと、どちらも大問題です。○印が少なければ裁判官の罷免だけでなく、法務省の沽券にもかかわってくるわけです。これで彼らの意識も変わるでしょう。

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  • 18 Sep
    • イメージバトン

      私は騙され易いのか??ぐた様 の甘~い言葉に誘われて、引き受けましたるイメージバトン。数あるバトンの中でもかなり趣向を凝らした、変わったものでありまする。どんなものかと申しますと、Q1.いただいたお題 Q2.イメージしたお題 Q3.バトンを渡してくれた人へQ4.次にバトンを渡す3人 Q2、3と自分でイメージを膨らませ、述べなければなりませぬ。はたしてどうなりますことやら。。。Q1.いただいたお題 : 「異性の友達」異性ですか。私は男だから女性の友人ですね。オカマは入れちゃあだめですか? 何人か知り合いでいるんスけけど。前々回書きましたように異性の友人といえば・飲み友達 ・カラオケ友達 ・ブロガーの皆様などです。職場の同僚、元同僚も入れてもいいかも。最近はしなくなりましたが・スキー友達 ・芝居友達てのもありました。恋愛感情抜きの付き合いは気が楽です。それに女性心理のレクチャーも受けられて役に立っています。ただ、その殆どすべてが大阪時代の友人で、今はもう連絡を取っていない人が多いです。大阪にいたころ(20代)はともかく男女問わず友人の家で過ごすことが多かった。なぜなら私の住んでたところは冬寒く夏暑かったため、家で寝ていられないのです。冬は畳の上においていたみかんの下の方が凍るほどで、夏はサウナのようでした。もちろん泊まりに行くのは男性の家で、女性の家には泊まらなかったですよ。それでも食事に呼ばれたり、飲み会に呼ばれたりで食費助かってました。そんな女性の友人の懐かしいエピソードを二つ。ピアノ教師のJさんへピアノの発表会でスライドショウをやるから、と、音楽にあわせた脚本を頼んでくれましたね。あれがわが生涯唯一のお金になった脚本でした。お金はいい、と言ったのに。あなたとともに過ごす時間があるだけで十分でしたのに。あの5千円はどうしたんでしたっけ? 打ち上げの飲み会で消えちゃったんですよね。みんなの胃袋、主にあなたの胃袋へと。(5千円ではとても足りませんでしたが)今でもあのスライドショウの内容はよく覚えています。そしてそれにあわせて弾いたあなたのピアノの音色も。とても楽しい一日でした。保母さんだったYさんへ当時あなたのルームメイトだったS子さんを好きだった私。夜になるとよく電話をしましたっけ。時折はあなたともお話をしましたよね。ある晩、「S子さんに代わってくれ」と言った私に、「その前に少しだけ聞いてほしいことがあるの」と言ったあなた。少しだけなら、と話を聞くことに。「今度懸賞に応募しようと思って書いた童話があるんだけど、朗読するから聞いてみて。正直な意見を聞かせてほしいの」それからどれくらい時間がたったでしょうか。私のテレホンカードの度数が切れそうになるまで朗読し、感想を求め、さらにそれにたいしてアドバイスを求め、さらにさらに応援を求めましたっけ。お役に立ててうれしかったです(涙)。その日、ついにS子さんとは話せずじまいでしたが。「じゃあS子に代わるね。。。。ゴメ~ン、もう寝ちゃってたわ」今では懐かしい思い出です。今は職場と自宅の往復ですから出会いはないですね。誰か友達になってくれ~。Q2.イメージしたお題:「威勢のいい話」イメージ。というよりだじゃれですね。異性、いせい、異星、異姓、どれでもよかったのですが。。。最近政治も経済も、私の懐もぱっとしませんからね。威勢のいい話が聞きたいです。Q3.バトンを渡してくれた人へぐたさん。素敵な人。私のシンデレラ姫。自分のことを自分で「美しい」だの「すばらしい」だの言うくらいですから、ね。じょ、女性に対してそれ以上のイメージを語れなんて、無理ですよ~。女性を敵に回すと怖いですよ~。まあ、おきまりのボケはこれくらいにして。ユーモアを解すことのできる、懐の広い方だと思います。ボキャブラリーも豊かで。ブログの「毒者」さんもユニークな方ぞろいですからね。Q4.次にバトンを渡す3人う~む~。いつもこれが一番悩むのですよ。こういうのはぱっぱっと決めたがいいですね。スカイアイさん戸隠かれんさんpicoさんブログ仲間で威勢のいい方を選んでみました。いかがでしょうか。

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  • 17 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その3

      ・審査される裁判官のことを審査する国民がほとんど知らない ・やめさせるための審査、というので審査もあまり積極的にならないこのため多くの人が疑問視している国民審査。それでもなぜ廃止にならないんだろう?「それあ憲法に書いてあるからさ。また、やっぱり必要だ、と考える人たちもいるからだろうよ」「どうして憲法に書いてあるの? 『やめさせる投票』なんて日本人の感情にあわない制度なのに」「う~む~。これを言うとお叱りをたくさん言われそうなんだが(だから学校のレポートには書くなよ)、日本国憲法のおおもとを作ったのがアメリカ人だからだろうな。西洋人なら『やめさせる投票』に抵抗はなかろう」「ええ? だって、日本の憲法でしょ?」「簡単に言やあ戦争に負け、アメリカの占領下で作られたからなんだな。おっと、こいつはいろいろな意見があるから、おいらの言うことばかりを信じるんじゃあないよ。いくらアメリカが作った、といっても『サンフランシスコ平和条約で独立を回復した日本がそのまま採択したから、やはり日本人のものだ』という意見もある」「歴史をみればよくわかるだろうが、日本の変革期には外国の影響も無視できないのだよ。むしろ外国からの影響をうまく利用して社会を変えていった面もある。中学校になって世界の歴史を習うようになったろう?」「うん。カタカナばかりで最初はわからなかったよ」「ははは。お前の母さんも横文字には弱かったからなあ。ところで中学で学ぶ世界史はあくまで日本史を理解するためのものなんだ。そいつがもっともよくあらわれているのがザビエルとペリーの来航だな」「へえ。確かに、二つの来航で日本は大きく変わったね」「変革期にやってきたから影響も大きいんだけどな。おい、ザビエルはなんで日本に来たんだえ」「そりゃ、キリスト教を伝えるためさ」「ブ~! 正解は『帆船で来た』さ」「げ! きったな~」「じゃあ、ペリーはなんで日本に来た?」「黒船で」「ブッブ~! 『日本を開国しに』だよ」「・・・・・・帰っていい?」「ははは。そう怒るな。日本語だと『なんで』は『How(どうやって)』と『Why(なぜ)』の二つを含むからな。正確に言えば・ザビエルは帆船でキリスト教を伝えに来た・ペリーは黒船で日本に開国を迫りに来ただな。じゃあ、日本まで来られる帆船を作れるようになったのはなぜか、はるばる日本くんだりまでキリスト教を伝えなければいけない事情って何か。そんな背景を知るために世界史が挿入されるのさ。ペリーも一緒だよ。また、古代の世界史も、現代史も同様さ」「古代の日本は中国から大きな影響を受けた。当時の中国は今のアメリカを上回る超大国、超文明国だったからな」「平城京も平安京も長安(唐の首都)をまねしたんだよね」「よく勉強してるなあ。当時は律令制度といって、政治の制度を中国から輸入したんだ」「律令っていまの憲法みたいなものだね」「うん。そうさな。だから当時の日本も外国生まれの憲法を使っていた、ともいえる。もっともこれも一つの見方に過ぎないがな。いくらすばらしい制度とはいえ、外国のものをそのまま取り入れると無理が生じてくる。現代の国民審査のように、理想は立派だが、それをどう実践するか、日本の国情にあっているかどうかをチェックせぬまま取り入れてしまったものも多い。班田収授法もその一つさ」はんでん-しゅうじゅのほう 【班田収授の法】 律令制で、一定年齢に達した人民に一定面積の口分田を与える法。中国の均田法にならい、大化の改新以後採用された。六年に一度行われ、六歳以上の人民に、良民男子は二段、女子はその三分の二、官戸・公奴婢は良民と同率、家人・私奴婢には男女それぞれ良民の三分の一が与えられ、死亡によって収公された。律令制の弛緩に伴い実施されなくなり、一〇世紀初めには廃絶。   三省堂提供「大辞林 第二版」より。傍線引用者 フーシェの追記伯父さんの言っているように中学の世界史は日本史の理解を深めるためのものです(めずらしく断言)。ですから、例えば名古屋で採択されている教科書では市民革命から帝国主義にいたる歴史は「なぜペリーは来たのか」を学ぶために、天保改革の前に挿入されています。つまり絶対王政→市民革命→産業革命→帝国主義(アヘン戦争) という流れです。    *アヘン戦争と天保改革はほぼ同時期。ただ、こういった思惑を子供さんたちはまったく知らされていません。ですからいきなりの世界史に戸惑う子供さんも多い。なにせ何百年も時間が戻るわけですからね。そこで記事中にあるように逆にたどってゆくのが理解するよい方法となります。私も塾ではよくそうしております。なぜ帆船を造り、航海する技術が?←大航海時代←ルネッサンス←十字軍失敗←イスラム(による文化保存と文化発展)といった具合に。歴史は、なぜ? をたどって逆さから見るのも面白いです。

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  • 16 Sep
    • 異性の友人

      いくつになっても誕生日はしあわせな気持ちを運んでくれるね!今日は友人の誕生日。私の場合異性の友人てのは・飲み友達・カラオケ友達あとはこちらからの一方的な思いですが、・ブログを通じての友達ですか。私のブログにコメントされる方、私がコメントする方には当然女性も含まれています。女性の観点や母親の観点などがうかがえて、仕事面でも結構役に立っています。異性の友人がありがたいのはものの見方を広げてくれることでしょうか。そんな「飲み友達」の一人が今日誕生日。彼女は私より一回り以上年下なんですが、結構気が合うんです。現在判明しているだけで・小野不由美さんが好き、だけど『屍鬼』のラストはいや・ハリーポッター(特にドラコとハーマイオニー)が好き・『DEATH NOTE』(特にL)が好きなど他にも数多くの共通点があり、話すたびに盛り上がるのです。(もっとも、納豆の好き、嫌いでは完全に対立。 私の周りの女性はみんな納豆を食べんのです。。。)また、こんな私の対人関係の相談にも乗ってくれる。そんな彼女の今日は誕生日。楽しい話をありがとう、と、女心のレクチャーをありがとう、感謝のしるしに以下の本に詩を添えてプレゼント。 マイケル・ローゼン, クェンティン・ブレイク, 谷川 俊太郎 悲しい本 青木 和雄, 吉富 多美 ハッピーバースデー ウイリアム・アイリッシュ, 稲葉 明雄 幻の女 趣味が同じだと、プレゼント選びも楽ですね。

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  • 15 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その2

      国民審査。「審査」というから、選挙じゃないのは分かる。審査っていうのはしんさ 1 【審査】 (名)スルくわしく調べて、価値・優劣・適否などをきめること。「応募作品を―する」「資格―」           三省堂提供「大辞林 第二版」より ということだ。コンクールなんかで審査員、ていうのがあるよね。国民審査は選挙じゃないのに選挙のとき投票所で行われるもの。だれが何を審査するんだろう?「だからさ、名前の通り国民が最高裁判所の裁判官を審査するのさ。この場合の審査は、お前さんが今調べた、『適否を決めること』だね」「適否?」「適当――このばあい、いい加減、って意味じゃあねえよ――か否か、ふさわしいかふさわしくないかってことだ」「つまり、国民が裁判官にふさわしいかふさわしくないか決めるんだね」「そうだヨ。その3枚目の紙には最高裁判所の裁判官の名前が書かれていて、『やめさせた方がよいと思う裁判官については、その名の上の欄(らん)に×を書くこと やめさせなくてよいと思う裁判官については、何も書かないこと』とあって、名前の上に×を書かれたら」「『ふさわしくない』ということだね。そしたらどうなるの?」「それは日本国憲法にきちんと書かれているヨ」日本国憲法第79条 (中略)2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。(以下略  傍線引用者。なお、原文は旧仮名遣いですが、現代の表記に直しました)  「罷免(ひめん)とは、やめさせることサ」「『多数』ってどのくらい?」「それは『最高裁判所裁判官国民審査法』という法律に定められているヨ。最高裁判所裁判官国民審査法第三十二条 (罷免を可とされた裁判官) 罷免を可とする投票の数が罷免を可としない投票の数より多い裁判官は、罷免を可とされたものとする。(以下略  傍線引用者)つまり過半数ってことだね」「ふんふん。ということは選挙と逆だね」「ほう?」「選挙はまだ国会議員になっていない何人かの人の中から『ふさわしい』と思う人を選ぶけど、国民審査はすでに裁判官になっている人の中から『ふさわしくない』と思う人を選ぶんだよね」「おお、そうだよ! お前さんの言った選挙は、『人を選ぶ』、小選挙区の場合だけどな」「お前さんが今言ったことは、国民審査という制度の問題点の本質をついているかもしれないな」「国民審査って問題なの? 素晴らしい制度じゃないか。国会議員以外にも裁判官の罷免まで国民が左右できるなんて。民主主義として、素晴らしいことだと思うけど」「うん、そうだね。だけどこの国民審査、はっきりいえば『やってもやらなくてもおんなじだ』と考えている人が非常に多いんだよ」「え~~!? なんで~? せっかくの政治に参加できる権利なのに?」「お前はさっき、『選挙と反対』と言ったね」「うん」「選挙の場合は投票する人の多数がその候補者の名前や政治に対する考えを知っている」「そりゃそうさ。ポスターで掲示されるし、テレビでもやるし、街頭演説もするし、宣伝カーで名前を連呼するしね」「名前の連呼か。あれあうるさくっていけねえ」「でもそれがあるから名前だけでも知っている人が多くなるじゃん」「そうだね。ところが国民審査の場合は選挙じゃないからそんな運動は一切しない。というより、裁判官はそんな運動をしちゃあいけない。マスコミも普段からほとんど報道しない。だから、裁判官の名前すら知らない人が大部分なのだ。おいらも含めてね。ましてやその人が裁判官にふさわしいかどうかなんてわかりゃしねえ」「ふ~ん」「それに、だ。やめさせるための投票、という発想がいけないわさ。高校になると習うと思うんだが、古代ギリシャでも同じように陶片追放(オストラシズム)という、『やめさせるための投票』*というのがあった」「へえ~」「くわしくは自分で調べるがいいが、やめさせるための投票ってのは結局足の引っ張り合いになる。よほどのことがない限り、投票するほうもあまりいい気持ちはしないだろう」「そりゃそうだ。一歩間違えればいじめになっちゃうよ」「いじめか。確かにそうだわな。ま、そんなこんなでこの国民審査には問題があるのさ」「つまり ・審査される裁判官のことを審査する国民がほとんど知らない ・やめさせるための審査、というので審査もあまり積極的にならないということだね」「そうだね。だからこの制度で罷免された裁判官は一人もいない。それはいいことなんだが。お前さんの言った問題があって、制度自体がうまく機能してないんじゃないか、と多くの国民が思っているのサ」伯父の追記*オストラシズム 5 [ostracism] 古代アテネで僭主(せんしゆ=引用者注;非合法手段で支配者となったもの)の出現を防ぐため、危険人物を市民の秘密投票で追放した制度。投票には陶片(オストラコン)を使用した。陶片追放。〔「貝殻追放」は誤訳〕三省堂提供「大辞林 第二版」より これで一定数を超えた場合、名前を書かれた者は10年間の国外追放が言い渡された。つまり民主制を守るための制度なんだが、しばしば政争の手段として悪用され、本文中にもあるように足の引っ張り合いになって有能なるがゆえに追放される、という皮肉な結果をうんでしまった。そしてアテネ衰退の原因にもなった。国民審査の発想の根源はここにある、というのがおいらの考えだ。

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  • 14 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その1

      選挙が終わって町もやっと静かになった秋の日。ボクは久しぶりに伯父さんの所にいる。いつものごとく宿題を助けてもらいに。伯父さんの家に来るのは本当に久しぶりだ。5月以来かな。なにせ伯父さんときたら「俺は恋と革命に生きるのだ!」なんて言い残して夏の間中家に戻ってこなかった。まあ、これは毎度のことで、気が向いたらぶらりと出かけ、ふらっと戻ってくる。仕事はどうしているのか、どうやって食べていけるのか、謎だけど。「やっぱり家が一番いいわさ」ならはじめから旅に出ることないじゃん。「恋と革命はどうしたのさ」「おのが身内をかえりみず、幸せをよそに求めちゃあいけねえよ。チルチルとミチルも言ってらあ*。それにおいらの革命はここ、まずこの場所から始めねえとな」 いけしゃあしゃあと言ってのけた。もっとも、これは照れ隠しだろう。まあ、いいや。また伯父さんと会えるのは嬉しいし、お土産ももらったし、何より宿題を手伝ってもらわなきゃね。「伯父さ~ん。頼みがあるんだけどな」ボクとしてはなるべく伯父さんの機嫌をとっておかなきゃいけない。「あ~あ、のどがかわいたなあ」「はいはい」台所へ立ち、ティーポットを持ってくる。以前はコーヒー党だった伯父さん、帰ってきたら紅茶党に変わっていた。これも伯父さんの「革命」の一部なのだそうだ。なんだかなあ。「う~ん、いい香りだ。やっぱりいいお茶っ葉使っていると、違うね」何も分かっちゃあいない。これは100円ショップで買ったティーパックだってばさ。突っ込みたいけどここはガマン。宿題の方が大事だからね。「で、頼みがあるんだけど」「宿題かえ」コクコクコク。激しくうなずきながらボクは学校でもらったプリントを出す。 ――――――――――――――――――――――――――――――  中学 社会科プリント                              去る9月11日(日)、衆議院議員選挙がありました。  新聞やインターネット、百科事典を使って、今回の選挙について  興味を抱いたリ疑問を感じたことをまとめなさい。   *どんな資料を使ったのかもはっきり書くこと   *資料、または資料のコピーも貼り付けること ―――――――――――――――――――――――――――――――「伯父さんも選挙に行ったんでしょ?」「当然だ。国民の権利だからな。だからわざわざ旅を中断して戻ってきたのだよ」ええと、さっきと言ってることが違ってますけど。ううう。突っ込みたくても突っ込めないのがこんなに辛いなんて。もしかしてわざとボケているんだろうか。「伯父さんはだれに投票したの?」「正確に聞くなら『だれ』と『どこ』だよ。投票所に行くとな、本人確認があって、それから順番に1枚ずつ、3種類の紙を渡されるんだ」「3枚も?」「そう。1枚目はお前が今聞いた、『だれに投票するか』。当選させたい候補者の名前を書くのさ。難しい言葉でいうと小選挙区制と言うんだけど」「ふむふむ」「1枚目を投票した後、2枚目と3枚目をもらう。2枚目は『どこに投票するか』で、自分の支持する政党名を書く。比例代表制、と言うんだよ」「政党って、自民党とか民主党とか」「そうそう。同じ政治目的を持った人の集まりだ」「3枚目は?」「これは選挙ではない。衆議院議員選挙と同時に行われる、『最高裁判所裁判官の国民審査』の用紙だ」「こくみんしんさ???」ボクの追記*「チルチルとミチルが」と伯父さんは言っていたけど、本当はメーテルリンクが言ってたんだよね モーリス メーテルリンク, 保永 貞夫, かみや しん 青い鳥

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    • 歴史物を書きます

      「センパ~イ」「うげっ」「なんで逃げるですか!」「いや、ゴメン。君の顔を見るとつい条件反射で」「失礼な! 私は危険生物(ゴキちゃん)ですか!」「いや、ゴメン、ゴメン」「ゴメンですんだら桶屋が儲かるですよ!!」「???(突っ込みたいけど、ここで突っ込むとコイツ調子に乗るからなあ。。。)」「ゴメンですんだら警察が要らなくて、警察が要らなければ犯罪が増えて、犯罪が増えればお亡くなりになる方も増えて、で、桶屋がもうかるという。。。」「(あかん、自分で突っ込んでしまった)」「。。。つまんないですか」「まあね」「そんなことより、最近はどうしたですか! 歴史物を全然書いてないじゃないですか! ドサンコさん から八雲町のTB来たし、takamさん もコメントしているじゃないですか」「いや、ゴメン。この夏は恋と革命で忙しく。。。」「何をわけのわからぬことを。言い訳言っていいわけ?」「(なんてつまらんギャグだ)」「あ~~~! なんてつまらんギャグだと思ったでしょう!」「いや、そんなことは」「こないだハリーさん とも話したじゃないですか。『やっぱり本と歴史がボクのブログの個性なんですよね』って言ってたじゃないですか!」「なんでキミがそこまで知っているのだ??」「フフフ。私にわからぬことはないのです。『恋と革命』なんて言っちゃって。実は。。。」「ひぃ~~! ストップ、ストップ。許してくださ~い」「では『尾張徳川十七代』を書きますね!」「はい」「『歴史と人物相似形』を書きますね!」「はい」「本当ですか?」「本当だよ~~! 実は今度の総選挙とその後の生徒とのやり取りで、ネタが一つ手に入ったのだ。『相似形』の話ね」「いつ書きます?」「今夜、必ず書くよ」「ふ~~ん。期待しないで待ってますね」「ということで読者の皆様、見捨てないでくださ~い」「見捨てるっていうと、あの『名もなき詩』を歌った」「それはミスチル!  あ、突っ込んでしまった。。。」

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  • 12 Sep
    • プチオフ会☆

      ステキな一日でした。平成十七年九月十一日。新しい友達ができました。わが生涯初めてのオフ会。とはいえ、ふたりきりのプチオフ会でしたが。「その日暮らし」のハリーさん です。 お会いすることになったいきさつはハリーさんのこちらの記事 を見てくださいね。最初はテルミナ三省堂の喫茶店で、その後ハリーさんの家の近くの居酒屋(笑)で飲みました。しかし、ハリーさんの記事を見れば >その後に、飲みに行きましょ~!! >ってことで居酒屋へ。 >しかも、フーシェさんの家の近くで!!(笑)(傍線フーシェ)とあるじゃあありませんか。タネを明かせば私たち、家がすぐ近くだったんです!! 直線距離にして数キロほど。これにはもうびっくりしました。もっとも、ハリーさん、月のうち3分の1は東京にいらっしゃるそうです。3時に待ち合わせをして、お別れをしたのが午後10時半! 延々7時間も話していたんですねえ。男二人で。いや、もう、たくさんのことを話しましたよ。お互いのブログのこと、ブログ上での共通の知人のこと、お互いの仕事のこと、などなどなど。とても博識な方で、汲めど尽きせぬ泉のごとし。ハリーさんも書いておられましたが、以前からブログを拝見していたため、すぐに打ち解けることができました。もっともこれは私のずうずうしさのなせるわざかも。オフ会って楽しいものですねえ。ハリーさん、また、お会いしましょうね! そのときは例のあの本をお貸ししますよ~~。

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  • 09 Sep
    • 荒俣宏 『妖怪大戦争』

      ウソ! ウソ! でも美しいウソ! (『タイガーマスク』のルリ子先生のセリフ) 荒俣 宏 妖怪大戦争 お盆に妹の子どもたちをつれて映画を見に行きました。「妖怪大戦争」。 その感想は別にまとめてありますので、よろしければご覧下さい。  ↓↓↓ 「その1 」 「その2 」 「その3 」 「そんなに面白かったの?」 「もう最高! 主役の男の子が可愛いのだ! 私が女性だったら胸がキュン、としてしまっただろうね」 「へえ。。。」 「でも一つだけ残念なことが」 「ナニナニ?」 「連れの子のトイレに付き添ったんで、一部見逃したシーンがあるんだ。 結局『真っ白なウソ』って何だったんだろう」 この映画の冒頭で主人公タダシのこんなモノローグがあります。 「僕はこの夏、生まれて初めて、真っ白なうそをついた 自分のためにつくのが真っ赤なうそで、 ひとのためにつくのが真っ白なうそだ。」 映画で見逃した「真っ白なうそ」。 どうしても気になって、荒俣宏さんによる小説版を購入しました。 映画と小説。おなじタイトルならば小説の方が断然いい、とおっしゃる方も多いでしょう。私も概ねはそう。小説の方が内容が豊富な場合が多いですからね。もちろん、映画には映画のよさがあり、映像や音楽として表現された作品世界が私たちの想像をさらに広げたりもします。 今回は映画を先に見たので、両方とも充分楽しめました。もっともこの作品、大筋は一緒なんですが細かい内容は相当違っています。妖怪というのが日本の×××である、のような映画にはない設定も。映画は子どもも大人も楽しめるようにつくってありますが、小説の方はやや大人向け。 映画を見た方も一度読んでみては。あの妖怪がなぜあのような行動をとったのか、とか、荒俣作品では有名な魔人加藤の最後なども納得できるのではないでしょうか。 「で、結局、『真っ白なうそ』って何だったの?」 「それは」 それはとても美しく、そして悲しいものでした。「白」という名の通り、気高く、純粋なものでした。 恥ずかしい話ですが、思わず涙ぐんでしまいましたね。 「それはここでは言えない」 「え~?」 「本を持ってきたんだ。読んでみて、自分で確かめてよ」 タダシ君の言うように少し大人になってしまううそ、相手を思いやる気持ちを持つ大人しかつけないうそでした。

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  • 07 Sep
    • 福江純 『科学の国のアリス―入門ニュートン物理学』

      「目からウロコ」とはこのことだ! 福江 純 科学の国のアリス―入門!ニュートン物理学 アリスはホームズと並んでもっともパロディ、パスティーシュのネタにされたキャラクタではないでしょうか。 まず『○○のアリス』という肴にしやすいタイトル、 そしてちょっと生意気そうでそれでいてかわいい主人公、 そんな主人公に負けず劣らすユニークな脇役たち、 そんなそんな登場人物たちをしっかり受け入れている不条理世界 とお膳立てがそろっているものですから、大は宇宙から小は素粒子の世界まで、おとぎの国からいかがわしいものまで、ありとあらゆる世界のアリスが続々と生み出されてきました。私が今手元に持っているのだけでも十数冊あります。 しかし、ですね。ただ単に『○○のアリス』というタイトルだけではいかんのですよ。単にかわいい女の子を登場させて、「アリスで~す」ではあかんのです。そんなのはアリスでなくてもジョーでもアンでもよいわけなんです。アリスである必然性がないじゃあありませんか。 アリスを取り巻くあのユニークなキャラクタたちも忘れないでほしいですね~。そんな彼らとの一見不条理ともみえるやりとりを忘れんでパロディにも活かしてほしいものです。 この本はアリスをガイドとして、ニュートン力学の世界を面白やさしく紹介してくれています。 もちろん、赤の女王やハートの女王、チシャ猫、ハンプティ・ダンプティ、トイードル・ダムとディーなども出てきます。アリスは「光の国」、「重力の国」などを次々とおとずれ、それぞれの国にいるおなじみの彼らに出会い、それが各章の導入になっている、という次第。 そのやり取りは本家アリスさながらの面白さ。 残念ながら本編ではアリスも彼らも登場しません。イラストに出てくるくらい。そのイラストがなかなかかわいくて、それだけでも好きな人にはお勧めです。 (もちろん、テニエルの画風をきちんと活かしています) さて、肝心の本編。これがなかなかに面白い。 いまどきニュートン力学だって? なんてたかをくくってはなりませぬ。身の回りの諸現象からやさしく説き起こしてくれているんです。 科学、という言葉には多くの人をひきつける魅力があるのでしょうね。 私のミステリ好きの友人も、鞄のはしからちょいと顔のぞかせたこの本を目ざとく見つけ、 「ナニナニ? おもしろそう~」 とはしゃいでました。 「科学はわからないんだけど、好きなの」 なるほど。「わからない」というのは学校時代の成績を思い起こしてのことなんでしょう。だけどそんな過去の苦い思いを越えて、純粋に興味があるんでしょう。なら私と同じ。いや、かしこぶっている私より彼女の方がよほど純真に科学に夢を持っているんじゃあないでしょうか。少し本などかじった私のような傲慢な輩は 「光には直進、反射、屈折の性質がある」 と書かれているのを見ると 「知ってらあ。そのくらい」 とたかをくくりまくり。なまじ塾で教えているものだから、驚く力、知の吸収力が弱まっているのでしょうか。しかし、そんな私の目からウロコを落としまくってくれる文が後に続くんですよ。 「(光の反射で)入射角と反射角は等しい。(中略)弾性の弱いボールなら反射角は入射角より大きくなる」 おお! 「入射角と反射角は等しい」を当たり前と思っていた私には、この自明の理(ボールの話)に「そういやそうか!」とびっくり。「入射角と反射角は等しい」ことを期待してビリヤードなどで勝手に進行方向を予測して、痛い目にあっていたものなあ。 知識をもってしまうと冒険がしづらくなるのでしょうか。 たとえばガリレオの落下の実験。あれなども実際にやってみれば自明のことを、昔からああでもない、こうでもないと思考を重ねてきた。今でも「重いもののほうが早く落ちる」と考える人もいるし、知っている人も書物を通して知っているだけの場合がままあります。 作者はその点でニュートンをたたえているのです。 「光がプリズムによって分解されることはニュートン以前から知られていたし、皆やっていた」 だけど 「ニュートンは分解された光をもう一度プリズムに通した」 で、そうすると虹の七色が元の白色光に戻っちゃうわけです。これもやろうと思えば誰でもできることだけど、なぜか誰もやらなかった。得られた知識をああでもない、こうでもないとひねくってもう一つ飛躍できなかった。 う~む~。とある事情で革命家を志している私には深く沁みこむ内容です。 知識をもてあまして何もせぬくらいなら思い切って飛躍せねばいけませぬね。 この本には身近だけれども新鮮な驚きが詰まってます。 最後にちょろっと相対性理論の話あり。

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  • 06 Sep
    • 山田悠介 『リアル鬼ごっこ』

      自費出版からついに文庫にまでなった「売れる本」 山田 悠介 リアル鬼ごっこ 私には第六感とも称すべきものが備わっているのかもしれませぬ。「目が合う」という記事でも書きましたが、自分の好みの本や映画などに出会うと、タイトルを見ただけでゾクゾクするのです。まあ、本当のところはタイトルを構成する言葉が私の嗜好に合うもの、あるいはそのように予測できるものなのでゾクゾクするんでしょうけど。 過去の例を挙げれば『ミミズは切られて痛がるか』、『ルーアン先生に逆らうな』、『グリーンマイル』なんかがそれ。そして内容も期待通りでした。 「買ってみて『しまった』って本、ある?」 「あるある。全国の佐藤って人を撲滅する話」 「『リアル鬼ごっこ』! 持ってるの?」 「うん。読みたい?」 「一度ね。携帯電話でのネット小説がおこりだったっけ?」 という訳で借りて読んでみました。正確にはネットから出てきたのは『Deep Love』シリーズで、『リアル鬼ごっこ』ははじめ自費出版されたもの。 自費出版が売れて文庫化までされました。「と学会」の山本弘さんが「トンでも本」として紹介していたので知っていたのです。 「トンでも本」とされるゆえんはひとえにその表現のつたなさにあります。筋運びもボロボロに言われています。ではなぜ売れるんでしょうね? ベストセラーというのは普段本を読まない人でも買うから。『ハリーポッター』シリーズがまさにそう。この作品もいろいろ批評されているけれども子どもや大人をひきつけるおもしろさが十分にありました。 話題になれば皆興味を持つし、私のように「一度ね」と開いてみることも。そして 私が読みたかった最大の理由が「怖いもの見たさ」。 BC級ホラーやコメディの好きな私。かの伝説の史上最低の映画、『死霊の盆踊り』 も実際に見て2度も眠ったにもかかわらず、DVDを買ってしまいました。 良かれ悪しかれ評判は読者を呼び込むものですね。 それでも文庫版で300ページ弱を書いたのはすごいと思います。 着想もおもしろい。七日間という限られた時間で全国の佐藤姓の人間を兵士が鬼ごっこで捕まえる。捕まえられたらナチスのガス室を思わせる設備で処分されてしまうらしい。七日間、と限定することでカウントダウンの緊迫感が出ますものね。 文章表現や世界設定が着想を活かしきれていないのが残念ですね。 予想したほどひどい作品ではなく(予想がひどすぎたから?)、楽しめました。 文庫版でだいぶ加筆訂正があったのかな。 yoshi, 吉井 ユウDeep Love 1―アユの物語 (1) ジェネオン エンタテインメント 死霊の盆踊り デラックス版 ↑誰よりも映画を愛したが、誰よりも才能のなかったと評されるエド・ウッドが脚本を書きました。

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  • 05 Sep
    • オベール 『マーチ博士の四人の息子』

      がんばれ、ワトスン君!ブリジット オベール, Brigitte Aubert, 堀 茂樹, 藤本 優子 マーチ博士の四人の息子 「コナン・ドイルの偉大なところはシャーロック・ホームズを創り出したことではなく、ワトスンを創り出したことである」 と言った人がいます。誰だったけな。もともと乏しい頭脳のキャパが年齢とともに頼りなさを増しています。知っている人がいたら、教えてください。ジョン・H・ワトスン。医学博士であり、ホームズの友人であり、同居人(結婚して別居した時期もあったけど)で、崇拝者で、事件を記録した人。 医者なんだからかなり教養があり、また常識人で、ホームズの非常識な天才とよくバランスが取れています。われわれ読者の代表でもあるんですよね。。。今さらながらの、周知のことを並べ立てましたが、「読者代表」という点、これがワトスンの成功の鍵でありましょう。 私も殆どの場合ワトスン的な立場でミステリを読んでます。 もちろん探偵として、頭脳を使って読む人もいるわけで、私の友人などもそう。 「女はね、女の心理としてはね、殺しちゃうの。だから彼女が犯人なの」 ホームズと言うよりは登場人物の心理を読み取るポアロばりの推理(?)を聞かせてくれます。 そんなワトソン(役)が一人で事件に立ち向かったらどうなるか。たしか『バスカービル家の犬』の途中でそんな状況があったように思いますが、それでもあれは最後にホームズが鮮やかにまとめました。さすがホームズ! では、ホームズ(役)がいなかったらどうなるのか? この『マーチ博士の四人の息子』はまさにそんなミステリです。 舞台は合衆国北部の雪深い田舎町。マーチ博士の館の住人は医者であるマーチ氏と夫人、、四つ子の青年たち、そして家政婦のジニー。マーチ牧師と四人の娘(『若草物語』ですね)のように一見平穏に見えるこの一家には、とんでもない秘密が。なんと、子どもたちの一人が殺人狂なのです。そしてその事実を知っているのは殺人犯の日記を偶然見てしまったジニーだけ。 ところがこのジニー、頭脳明晰な探偵ではさらさらなく、偉大なる凡人ワトスンそのもの。それも現代のワトスンですから、紳士淑女ではなく、前科もちの飲んだくれのオールドミス(とはいえ、未だ31歳なんですが)。彼女が日記をすぐに警察に持っていかないのもそんな弱みがあるから、なんです。 小説は「殺人犯の日記」と「ジニーの日記」が交互に続く形をとっています。われわれ読者が知る情報も全て2人の日記を通してのみ。とこうくれば「叙述トリックかも」と思うのが読者の情。はたして何が正しく、誰が本当に存在しているのか、読者の頭はくらくらしてしまいます。 最初はそれぞれ独立して書かれていた日記がやがて相手の知るところなり、緊迫感は高まってゆきます。 無学で前科もちで飲んだくれのジニー。他のヒロインのように美しくもなく(とはいえ、これは日記にそう書いてあるだけで本当はかわいいのかも)、頭がよいわけでも、あるいは子どもを持つゆえの母の強さがあるわけでもない。殺人犯におびえ、自分の過去が明るみに出ることにおびえながらも、若い女性ばかりを殺害するそのサイコぶりに怒りを覚え、対決する覚悟を決めます。 そんな彼女の思いが読者の胸を打ちます。 この世の多くのワトスンたち、それは私たち読者も含むのですが、 凡人であり素人である彼らがホームズ抜きで犯罪者と知恵比べしたらどうなるのか。それを考えるとジニーの行動には尊敬の念すら覚えます。 おそらくワトスン的凡人の中でも最もだらしのないジニー。ですが読後いつまでも心に残るのが彼女なのです。 サイコな殺人犯とメイドの日記だけで構成された異色の展開。そして最後は。。。 「最後にどんでん返しが、って言われるとそれを期待して読んじゃうから、言わないで欲しいの」 いや、失敬。注意深く理詰めで解けば犯人は判るかも。 アーサー・コナン ドイル, Arthur Conan Doyle, 小林 司, 東山 あかね バスカヴィル家の犬 シャーロック・ホームズ全集〈5〉 中山 知子, ルイザ・メイ・オルコット, Louisa May Alcott 若草物語

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  • 04 Sep
    • 山川方夫 「夏の葬列」

      「あの戦争」を思う60回目の終戦記念日も過ぎました。戦後60年。60年もたてばもはや「戦後」とひとくくりはできますまい。歴史年表を見れば大正時代が15年、安土桃山時代が30年、南北朝時代が60年。終戦(敗戦)から今まで、南北朝時代に匹敵する時間が経過しているのです。 そして大日本帝国が生まれて滅亡するまでが約70年。「戦後」日本、「日本国」もそろそろ疲労が見えてきています。 8月をピークとして戦争特集が組まれますが、子供たちにとっては2学期がピーク。各学年の国語の教科書に戦争文学が掲載されているからです。教科書に掲載される作品は、一応すべての生徒が読むことになります。本が好きな子でも、嫌いな子でも。中学生ともなれば定期テストでも出題されるので大人になってからも内容を覚えている方も多いようです。 先日、とある女性とそんな話をしておりました。私が塾で国語を教えることもある、と言うと 「ひとつ忘れられない作品があるんだけど」 「何?」 「題とか忘れちゃったんだけど、ある男の人が戦争中疎開してた地方を大人になってから訪れるんだけど。。。」 「ああ、それは『夏の葬列』だね」山川方夫(まさお)さんの「夏の葬列」は教育出版『中学国語 伝え合う言葉 2』に収録されています。戦争を題材にしたショートショートで、戦争そのものより人間のエゴを描いた傑作です。ラストでどんでん返しがあり、短編ながら印象深い作品です。 その人は戦争文学としてより、「怖い話」として覚えていました。 「とにかく怖くて。教科書にある作品は配布された時点で読んじゃうんだけど、この話だけは途中で放り出したくなるほど怖かった。でもその後授業で何度も読むでしょう? 怖くて、いやだった」 怖い、怖いを連発していますが、そこは彼女の感受性、感じ取り方でしょうか。私は大人になってから、塾で教えるようになってから読みましたので人間のエゴとそんな彼を待っている運命を「恐ろしい」というより「皮肉だ」と感じました。筋運びなど上手だなあ、うまくまとまっているなあと感じましたね。 思春期の、それも女の子の感性はすごいものですね。 怖さでいえば3年生の教科書に載っている「原爆小景  水ヲ下サイ」という詩(合唱曲らしいです)も怖いです。また、英語の教科書にも「夜のくすのき」の英訳が載っているものもあり、なかなか読み応えがあります。 ひと時代が過ぎた今、戦争という体験は風化しつつありますが、教育の現場ではその記憶と記録を伝えているんですね。 山川 方夫 夏の葬列 表題作をはじめ、9つの短編が収められています。 いずれも傑作ぞろい。わずか34歳で逝った作者の珠玉の作品集です。

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