• 28 Feb
    • 山岸涼子 『日出処の天子』とNHKドラマ「大化の改新」

      ●「毛人」と「蝦夷」について説明不足だったので補います私は見ていなかったのですが、NHKドラマ「大化の改新」では原田芳雄さんが蘇我「毛人」(えみし)を演じられたそうですね。教科書では蘇我「蝦夷」、ですがNHKでは「毛人」。これはどういったわけでしょう?蘇我蝦夷は『日本書紀』に出てくる名前で、蘇我毛人は『上宮聖徳法王帝説』に出てくる名前です。(『日出処の天子』も「蘇我毛人」です)聖徳太子の生涯をたどる上で『日本書紀』は無視できません。というより、『書紀』だけ、と言ってもよい状態です。後代の史料は『書紀』を引用したものが殆どですから。あとは隋書のような外国史料や法隆寺の落書き、仏像の光背銘など断片的なものがあるくらい。この『日本書紀』は国家の正史ですから、かなり信用が置けるのですが(近年『書紀』贋作説があるのですが、それは後に譲ります〉、いかんせん史書とは「勝者が綴った歴史」でありますからそこを考慮して読まなければいけない。この場合の勝者とは乙巳の変(いっしのへん;645年に蘇我本宗家が滅亡した事件。いわゆる「大化の改新」の始まりの事件)で蘇我本宗家を滅ぼした中臣鎌足の子である、藤原不比等(ふひと)を含んでいます。そのため、「蝦夷」という表記に差別を感じた門脇さんは調査の上、「蝦夷ではなく毛人」としたのです。このような汚い名前に変えることは古来なされていたようで、有名な例に和気清麻呂→別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)があります。エミシ もともとは「武勇に優れた人」の意味で、「毛人」(毛深い人?)という字を当てていました。その後大和政権に服属しない東国(関東、東北)の住人をエミシというようになり、最初はやはり「毛人」の字を当てていましたが、次第に「蝦夷」の字に変わります。最初のうちは自分たちに服属しない強さを認めていたのが、だんだん蔑視に変わっていったのでしょうか。蝦=ヒキガエル、ガマの意夷=大と弓に分解され、強力な弓を引く人、辺境民族、「東夷」おおよそ、関東が服属するまでは「毛人」、服属して以降は「蝦夷」となります。で、同じエミシでも「毛人」には差別意識はありませんが、「蝦夷」では明らか。蘇我本宗家の、大臣までつとめた男にふさわしいのはやはり「毛人」でしょう。「蘇我毛人」以外に「小野毛人」(小野妹子の一族〉、「佐伯毛人」がいたことが分かっています。著者: 狩谷 望之, 平子 尚, 花山 信勝, 家永 三郎タイトル: 上宮聖徳法王帝説ここには蘇我蝦夷に当たる人名として「蘇我豊浦毛人大臣」がでてきます。国家検閲を経た日本書紀では「蝦夷」ですが、もとは「毛人」。または邸宅の所在地をとって「豊浦大臣」と呼ばれていたようです。この『法王帝説』、成立は平安時代初頭(8世紀末)なのですが、一部は『日本書紀』より古い7世紀末~8世紀初頭に成立したとされています。短いものですが貴重な史料です。岩波文庫で手に入りやすいのもグッド。今回は肝心のトコロテンに言及することができませんでした。次回はトコロテンバッシングについてご紹介します。

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  • 27 Feb
    • 聖書

      さまざまな読まれ方が許される世界一のベストセラーとらさんが聖書について取り上げていましたので、私も便乗します。クリスチャンの方、スミマセン。無信仰な取り上げ方をしますが、お許しを。聖書が世界一のベストセラーであることは以前に申しました。意地悪な言い方をすれば大航海時代から20世紀にキリスト教国である欧米列強が世界の政治文化を侵略、現代も支配していったからでしょう。宣教の手段として各国語に訳され、出版されているからでしょう。しかし内容が素晴らしいからこそ多くの人々に読まれているのも事実です。キリスト教で用いる聖書は『旧約聖書』『新約聖書』から成り立っています。旧約は天地創造からモーゼの出エジプト、ダビデ王・ソロモン王のイスラエル王国、そしてバビロン捕囚と帰還といった「神に選ばれし民」イスラエルの栄枯盛衰が書かれており、救世主(メシア)を待ち望むさまざまな預言書で終わっております。新約はそのメシアであるイエス・キリスト(キリスト=クリストス;ギリシア語で「油注がれたもの」、メシア、救い主の意)の生涯と教え、使徒(弟子)たちの活動と初期教会に送られた手紙、そして最後に預言書である黙示録が収まっております。そもそも「旧約」「新約」は「旧き契約」「新しき契約」のことで、キリスト降臨より後はそれまでの「選ばれた民」のみならずキリストを信じる全ての人々が救われる新しい契約がなされた、ということです。ですからユダヤ教では「旧約」という言葉は使いませんし、「新約聖書」もありません。旧約聖書にしても新約聖書にしてもその中にはたくさんの「本」が収められています。「○○書」「○○記」などというのがそれです。何百年にわたってさまざまな人が書き記したものの集大成でありまして、旧約には39の、新約には27の、合計66の書物が収められております。「さんく、にじゅうひち」と覚えたものでした。(聖書に収められていない「外典」もいくつかあります)それだけたくさんありますから、通読するのは並大抵のことではありません。クリスチャンの方は1年なら1年と期間を決め、毎日少しずつ読んで読破するのです。通読だけでなく、任意の部分だけを読むこともします。信仰を持っていない私たちでももちろん読めるわけですから、さまざまな読まれ方がされます。とらさんがおっしゃっていたように語学の勉強にももってこいです。さまざまな言語で、割と廉価で出版されているのでテキストとしては最適かもしれません。著者: 石黒 マリーローズタイトル: キリスト教文化の常識英語にキリスト教がどれだけ深くかかわっているかがこの本で分かります。ちょっとした慣用句、ポピュラーな人名など聖書由来のものが多いことに驚かされます。そういえば日本語でも「豚に真珠」ということわざがありますが、これも聖書から来てます。また科学や歴史観にも多大な影響を与えています。著名な科学者、ニュートンやアインシュタインも神を信仰し、その上で各種の研究発見を行ってきました。著者: 岡崎 勝世タイトル: 聖書vs.世界史―キリスト教的歴史観とは何か『エヴァンゲリオン』で有名になった「2015年」という年、実はニュートンが計算したこの世の終わり、千年王国の始まりの年なのです。言葉を学ぶ、というのはただ読む聞く話す書くができればいい、というものではありません。一つの文化を学ぶことでもあるのですから、その意味でも聖書はうってつけでしょう。文学としても興味深い内容がたくさんあります。歴史書として読むこともできます。欧米文学の多くも聖書が何らかの影響を及ぼしているものが多い。これも挙げていけばきりがありませんが、ポピュラーなもので一つだけ。著者: 西岡 たかし, 森 はるなタイトル: ピノキオピノキオがクジラに飲み込まれるシーンがありますが、これは旧約の『ヨナ書』からその題材をとっています。ヨナは大きな魚に飲み込まれ、3日間その中にいました。それは同時にキリストの復活、3日墓にいた後の蘇りを意味していると言われています(キリスト自身がそう語っておられます)。そしてキリストの復活は、ピノキオが生まれ変わることにつながってゆくのです。聖書に限らず、宗教の聖典はその文化を知る上で最良のテキストです。信仰のある、なし、に関係なく楽しめます。

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  • 26 Feb
    • 山岸涼子 『日出処の天子』と門脇禎二『蘇我蝦夷・入鹿』<一部改訂>

      散りばめられた知識を追ってゆく快感コナン・ドイル最大の功績はホームズを創作したことではなく、ワトスンを創作したことである、と聞いたことがあります。ワトスンはわれわれ読者の目となり耳となって、ホームズと渡り合い、サポートしているのです。天才を描くのにぴったりな偉大なる凡人、ワトスン。それ以後無数のワトスンが創出されました。現実世界においても、石川啄木と金田一京助、中原中也と小林秀雄の関係は一部それに近いものがあります(と私は思います)。でも決して金田一さんや小林さんが凡夫であると言っているのではありません。私のような凡人には金田一さんや小林さんのほうが理解しやすい。計測が可能なのです。そして両者の目から詩人を眺めたとき判ったような気になる、ということです。この『日出処の天子』では厩戸皇子(聖徳太子)を描くに、蘇我毛人(えみし=蝦夷)を用いている。厩戸は同時代からも現代のわれわれからも超越した存在でした。毛人は常識人であり、われわれの分身です。1巻の最初、連載第一話でまず出てくるのが毛人。厩戸は第一話のラストでやっと出てきます。が、その後もしばらくは毛人中心に物語りは進みます。毛人と厩戸は吸い寄せられるようにだんだんと歩みを一にしてゆきます。それでも物語を通じて読者の視点は毛人であることが多い。ワトスン役が毛人というのがシブイですね。これが小説だったら父親の馬子をもってくるんでしょうが、何せ少女漫画。中年オヤジはいりません。妖艶な美少年厩戸には健康的な美少年(美男)毛人。ちなみに馬子は下膨れでトラひげに描かれております。歴史上でも毛人(蝦夷)は父の馬子、子の入鹿にはさまれてほとんど目立ちません。それゆえ固定したイメージが無く、読者の分身にするにはうってつけだったのでしょう。逆に目立たないから生真面目なイメージが描きやすい。では実際の毛人(蝦夷)はどんな人物だったのか。前回も書きましたが、私は「毛人」という表現からこの人物に非常に興味を抱きました。しっかりした取材をして描かれているため、「毛人」にかぎらず、そこここに知的好奇心を刺激する人名や事項が出てきます。作者がばらまいた知識の星くずを拾い集める楽しみ。時代は下りますが、『薔薇の名前』、はたまた『エヴァンゲリオン』などは意識的にそういった仕掛けが施されていて、ファンはそれら知識の断片を拾い集め、調べることに夢中になったのでした。今の世にこの漫画が連載されていたらきっと関連本がたくさん書かれたでしょう。話を戻しまして、毛人はどんな人物だったのか。実はあまり分かっていません。作中、厩戸の4歳年上と書かれていますが、実際の年齢は分かりません。実は古代の人物は意外と分かっていないことが多く、年齢も天皇や皇族を除いては不明な場合がほとんど。馬子、入鹿の年齢も不明です。何年に死んだか、が分かっているだけ。蘇我の出自も詳しくは分かっておりません。馬子の父、稲目の代に突如として「大臣(おおおみ)」(「大連(おおむらじ)」と並ぶ豪族のトップクラス)となり、3人の娘を欽明天皇に嫁がせています。馬子が勢力を振るえたのも彼自身の力量もありますが、父の政策に負うところも大きかったでしょう。毛人に話を戻します。著者: 門脇 禎二タイトル: 蘇我蝦夷・入鹿この本によれば歴史の表舞台に現れるのは推古朝から。610年、新羅・任那の使節が調停に来たときに出迎えた4人の大夫(まえつぎみ)の一人として名前が出てきたのが最初だそうです。さすが、大臣の息子。晴れの舞台がデビューですね。ですが、大臣の息子だからと言って大臣になれないのが古代日本。当時は親子間の相続より兄弟相続のほうが有力だったのです。その後長らく毛人は表舞台には出てきません。次の登場は推古天皇崩御のとき。天皇の跡継ぎを決めるために群臣が集まったときには「豊浦の大臣」としてまとめ役となっていました。ところが会議は分裂します。あろうことか叔父の境部臣摩理勢(さかいべのおみまりせ)が反対。毛人の推す田村皇子(後の舒明天皇)に対抗し、山背大兄皇子(聖徳太子の長子)を推薦。毛人は意見を一つにまとめるため叔父を討ち滅ぼしました。あきらかにリーダーシップ不足。これは蘇我の勢力減退の遠因となりました。どうも父に比べ、政治手腕は見劣りがします。642年には子の入鹿(門脇さんの説では「鞍作」)に大臣の位を渡し、一線から退きます。多分、自分のときのようなごたごたが起きないようにしたかったんでしょうね。また、明らかに有能な我が子に早く権勢を譲りたかったのでしょう。どうも歴史上の毛人はぱっとしませんね。優柔不断の見本のような人物だったのでしょうか。まあ、それも漫画のキャラクタとマッチしていていいのですが。(追記)とこのときはそう思っていたのですが、考え直してみるとバランス感覚に優れていたともいえます。親父の代とは違い、蘇我の各分家や親蘇我の豪族たちの力も強くなってきましたから、協調路線をとったのでしょう。父親のかっこいい部分だけを真似して自滅した2代目は多くいます。それに比べたらかなりできのいい部類に入るのではないでしょうか。645年、乙巳の変(いっしのへん)により入鹿が暗殺されますと、毛人も屋敷に火を放ち自ら命を絶ちました。著者: 黒岩 重吾タイトル: 落日の王子―蘇我入鹿毛人(蝦夷)が出てくる小説は殆どありません。というかあったら教えてください。この本でも主役は入鹿。古代史に詳しい黒岩さんの描く入鹿はじつに魅力的です。機会があればご紹介したいと思います。

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  • 25 Feb
    • 山岸涼子 『日出処の天子』と梅原 猛 『隠された十字架―法隆寺論』

      私はこれで歴史の見方が変わりました「少女漫画黄金期」、さまざまな才能が漫画の幅を広げました。さまざまな世界が描かれました。古代エジプトから現代のドイツ、はるかなる未来、また竜の住む惑星、はたまた普通の日常まで。そんな中、私が最も熱中した作品が、LaLaという雑誌に掲載されていた山岸涼子先生の『日出処の天子』(略称「トコロテン」)。著者: 山岸 凉子タイトル: 日出処の天子 全7巻タイトルでお分かりのとおり聖徳太子(厩戸皇子)が主人公です。上の1巻の表紙でお分かりのように、かなりの美少年。恐ろしさすら感じさせる美少年であります。そう、この作品の厩戸皇子は「おばさんの推古天皇を助けてりっぱな政治を行いました」と学校で教えられたあの聖徳太子でも、「仏教の聖者として、観音菩薩の生まれ変わりとしてみなされた太子」でもなく、他人とは異なる能力を持った、そしてそれゆえに悩み傷つく生身の人間なのです。この作品では10歳から20歳までの様子が描かれていますが、のっけから大人顔負けの天才児として紹介されます。しかし、彼の真の姿を知るのは、4歳年上の蘇我毛人(えみし=蝦夷;蘇我馬子の子、蘇我入鹿の父)ひとり。ふとした偶然から皇子と知り合った毛人は我々読者の化身。徐々に皇子に魅かれていくのです。ところでこの「毛人」という表現、見慣れないと思います。普通は「蝦夷」ですよね。私も不思議に感じました。これは門脇禎二さんの研究の成果を取り入れたものです。そもそも当時最大の豪族、蘇我の息子で馬子亡き後の大臣だった彼を「蝦夷」と表記しているのはおかしい、と、なかなか説得力のある考え方です。*ちなみに入鹿は「鞍作」、「林臣」、「大郎」というそうです著者: 門脇 禎二タイトル: 蘇我蝦夷・入鹿この「毛人」という表記一つとっても、山岸先生がいかに周到な調査をして描かれていたかがわかります。登場人物も皆「古事記」、「日本書紀」、「上宮法王帝説」に出てくる人物ばかり。主要な事件も史実であるものが多いです。考えてみれば漫画は絵ですから、時には小説以上にきちんと取材しなければ描けないんですよね。小説なら「蘇我の総領息子にしては殺風景な部屋である」と一文で住むところを、漫画ならきちんと描かなければならない。ものすごく大変です。かといって、取材で得る情報にも限度があります。先に例で出した屋敷の内部の様子など、おそらく分からない部分もたくさんあったでしょう。でも描かなければならない。どこで妥協するか、考えただけでもエネルギー消耗しそうです。その点、山岸先生は素晴らしい。手を抜くところはきちんと手を抜いて、決めるとことは決めて描かれています。さて、私はかつてこの漫画のLP(作品世界を音楽にしたもの。エレキギターと読経がミックスした曲なんか最高です〉を持っていました。その中で山岸先生が語られたところによると、この漫画を描かれるきっかけとなった一つに、梅原猛さんの『隠された十字架』を読んで、「聖徳太子って恐ろしい」という思いを抱かれたことをあげておられます。その恐ろしさを先生なりに表現したのが『日出処の天子』だったのですね。聖徳太子はなぜ恐れられたのか。なぜ愛されなかったのか。なぜ天皇になれなかったのか。それがこの漫画を読むと分かります(もちろん、フィクションですが)。著者: 梅原 猛タイトル: 隠された十字架―法隆寺論では聖徳太子が恐れられたという証拠はどこにあるんでしょう?梅原さんは法隆寺を巡る数々の謎を挙げていきながら、「恐れられた太子」を描いてゆきます。結構厚手の本です。文庫で600ページあまり。「トコロテン」で勢いづいて買ったものの、最初は「う」と思いました。でも、読み始めたら止まりません。上質のミステリを読んでいる感じで、どんどん読めてしまいます。今となっては古い説もあり、賛否両論なんですけれど、山岸先生が「怖い」といっていた、その迫力は変わりません。ではその中の一つだけ。法隆寺の中門には門のど真ん中に柱が立っています。まるで入るものを拒むかのように。でもそれは中のものが出て行くのを防ぐためなのです。法隆寺の中に存在するもの、それは。。。

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  • 24 Feb
    • 塩野七生 『ロードス島攻防記』

      目くるめく歴史絵巻の世界ここしばらく頭が歴史漬けになっております。宗春で江戸時代を思い、tyuzukiさんのブログで信長に酔い、、rekisiさんのところで知識を吸収してます。もともと歴史好きなものですから、「少女漫画黄金期」にもそちらの系統を好みんで読みました。山岸涼子先生の『日出づる処の天子』(私たちの間では「トコロ天」と略してました〈汗〉)、森川久美さんの『南京路に花吹雪』、そしてちょっと時期はずれますが、倉多江美さんの『静粛に天才ただいま勉強中!』など。もちろん、青池保子さんの歴史ロマンもはずせません。著者: 青池 保子タイトル: サラディンの日清貧・貞潔・服従・兵役の誓いをたてた最強の十字軍戦士、修道騎士団。テンプル騎士団、ヨハネ騎士団に属する三人の修道騎士が密命を受け、活躍する物語。エロイカ同様、ハードな世界観と独特のユーモアが絶妙なバランスで混ざっております。そして騎士たちの華麗な装い。鎖帷子やサーコートの着こなし、翻るマントなど、見るだけでしびれます。例によって例のごとく、個性の強い人物が登場し、一番常識的な主人公が一番損な役回りを演じます。時は第3回十字軍の時代。続編「獅子心王リチャード」との2部作となっております。そしてこの続編でリチャード一世が気まぐれで占領したのがロードス島。1191年海路聖地へ向かうリチャードは途中ビザンティン帝国領のロードス島に滞在。島の統治者から受けた扱いに怒り、占領したのはよいのですが、維持経営には興味もなく、そうそうにエルサレム王国に売り払ってしまいます。このリチャードの気まぐれが、後にここまで発展するのです↓ 著者: 塩野 七生タイトル: ロードス島攻防記パレスチナから地中海へ「掃きだされた」修道騎士団(テンプル騎士団は既になく、ヨハネ騎士団のみ〉はロードス島を本拠地とし、かつての馬を船に変え、ムスリム相手の海賊行為に精を出しておりました。イスラム側は「キリストの蛇たち」と呼んで彼らを忌み嫌い、15世紀に地中海の覇者となったオスマン・トルコは何度も征服を試みます。しかしスルタンの親征でなかったこと、物資の不足などにより、わずか600人の騎士が守るこの島に長い間手こずっていました。そこに一人の英雄が現れます。スレイマン大帝その人です。スレイマンは自ら10万の兵を率いてロードス島征服に乗り出し、1522年、ついにロードス島はトルコのものとなり、ヨハネ騎士団はマルタ島へと移りました。物語はさまざまな史料を縦横に用いて生き生きと描かれています。どちらかと言えば騎士団よりの描写になるのはやむをえないでしょう。アントニオ・デル・カレット、ジャン・ド・ラ・ヴァレッテ・バリゾン、ジャンバッティスタ・オルシーニという三人の若者の友情と島を巡る息もつかせぬ攻防戦が見事な絵巻となって読む人の心に迫ります。個人的にはジャン・ド・ラ・ヴァレッテ・バリゾンの執念のすざまじさが印象に残ってます。敵方のスレイマンの描き方も見事。まことに塩野さん、青池さんは美しく強い男を描くのが上手ですね。この作品は『コンスタンティノープルの陥落』、『レパントの海戦』とともに地中海でのキリスト教とイスラム教の二つの文明の衝突と興亡を描いた三部作の二作目に当たります。三部作の中では一番スリリングで展開の早い作品で、この1冊だけでも十分楽しめます。

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  • 23 Feb
    • 7代 徳川宗春  消えた宗春

      隠居後、宗春は25年生きました。それは失意の年月であり、幕府の厳しい制約を受けた年月でもありました。1739年、江戸より木曽路を通って名古屋に到着。名護屋城三の丸内の屋敷に幽閉されます。名古屋への道中は誠に寂しいもので、道筋への近隣の男女の送迎も禁止されておりました。そして幽閉中は親しんだ近習とも離れ、屋敷門も閉ざされ、父母の墓に詣でることすら禁止されました。1751年、将軍吉宗死去。かつてのライバルの死を宗春がどのような気持ちで聞いたかは誰もわかりません。1761年には父母の墓参りが許され、閉ざされたままの屋敷門が開放。隠居後初めて家臣と顔を合わせることもできました。そんな喜びもつかの間。1764年10月8日、宗春は69歳の波乱の生涯を閉じました。時はすでに吉宗の孫10代将軍家重の治世。尾張家でも宗春の後を襲った8代宗勝はすでになく、その子、9代宗睦(むねちか)の時代でした。人々にとって宗春の輝いた治世も夢のかなた。元藩主の訃報を聞いてあの時代を思い起こす人は、もはやまれでした。しかし、幕府は依然宗春を許してはいなかったのです。その証拠として、宗春の墓には罪人であるかのように、金網がかけられていたのです。死してなお安息のない宗春。死後75年たった1845年、ようやく金網がはずされ、歴代藩主と同じ待遇を得ることになるのですが、これは当時反幕府感情を募らせていた尾張藩士民を宥めるためだったそうです。最後の最後まで幕府に振り回された宗春でした。宗春の業績はまだ分かっていないことがたくさんあります。これは幕府と幕府に迎合した藩執政がその記録を消してしまったためだと言われています。こうして人々の記憶から宗春は消えてゆきました。時は下って昭和。もはや宗春は歴史書にすこし記載されているか、時代小説で吉宗の失脚を企む悪役、(または善役)として描かれているかに過ぎなくなりました。1980年代の初め、NHK名古屋で『あなたは宗春を知っていますか』という番組が放映されたことがあります。名古屋出身の俳優、森本レオさんを案内役として、宗春の業績を紹介した番組でした。冒頭、町行く人々にこんな問いかけをしていました。「あなたは宗春を知っていますか?」知っている、と答えた人はなんとたったの1名。歴史通のおじいさんだけでした。そして1995年。大河ドラマ『吉宗』放映。このとき全国の人は宗春の存在を知ることとなりました。地元、名古屋の人々も。宗春は再び蘇りました。今NHK名古屋デジタルキャラクターは「むねハルくん」という、宗春をモデルとしたものが使われています。http://www.nhk.or.jp/nagoya/muneharu/data/muneharu.htmlそして名古屋の人々に「中京の繁栄を築いた恩人」として語り継がれています。高成長だった元禄の世を経て、低成長になった享保、元文期。しかしひとり名古屋だけが宗春の下で繁栄しました。それまで質実剛健を旨とする尾張藩の治世下で蓄えられていた「豊かさ」が見事に開花したのです。もともと生産力の高い地方だっただけに、潜在的な活力は大変なものでした。そんな時代に宗春のような君主を迎えたのはまさに天の采配と言うべきでしょうか。しかし、その豊かさが宗春の政治家としての成長を妨げたことも事実です。吉宗や後代の上杉鷹山が破綻した財政を引き継ぎ、苦労してゆく中で政治家として成長していったのに比べ、己の理想をすぐに実現できた宗春は、幸福だったのか、不幸だったのか。愛・地球博まであと一月。日ごときれいになってゆく町並みを眺めながら、大らかで優しい殿様のことを考えています。

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  • 22 Feb
    • 7代 徳川宗春   挫折そして退陣

      1731年に家督を継ぎ、32年に吉宗の詰問を鮮やかに切り返した宗春。領民のみならず江戸っ子の人気も勝ち得たのですが、その栄光は長く続きませんでした。そもそも宗春は政治家としては吉宗には到底かないません。苦しい藩財政、幕府財政を引き継ぎ、水野忠之や松平乗邑といった譜代層、加納氏倫などの側近、大岡忠相、神尾春央といった官僚など有能な人材をバランスよく、どんどん登用し、組織立て、改革を展開していった吉宗。それに対し宗春は己の政治理念を掲げ、規制を緩和するだけで、理念を具体化すべき手段をこうじることなく、政策を遂行する家臣にも恵まれず、いやむしろ育てず、徒に譜代の老臣層との対立を深めました。また経済の繁栄をもたらす反面、風紀は乱れました。万人が宗春のように高邁な思想を持っているわけでも、理解できるわけでもありません。ここでも宗春は壁にぶち当たります。そして藩財政の悪化。彼の治世は足掛け9年に及びますが、先代の倹約により黒字スタートの財政も、治世の終わりには11万両(およそ120~220億円)の赤字を残しています。1736年にはそれまでの規制緩和政策を縮小。遊郭を撤去する旨の法令を出します。家臣にも節度を守り、怠惰に流れぬよう戒めました。緩和から規制へ。宗春は挫折を味わいました。ところが皮肉なことに、ライバルの吉宗も同じ年、政策を転換しています。米価操作に苦渋した吉宗。貨幣を改鋳、その質を下げ、それまでのデフレ政策からインフレへと転じるとともに、米価の規制も緩和します。また町奉行、大岡忠相を寺社奉行に「栄転」。しかしながらそれは実のない名誉職で、実質「左遷」でした。一方が規制強化したら、もう一方は緩和。吉宗と宗春、とことん反対のことをやっているんですね。1737年、財政悪化により、宗春は農民、商人に上納金の割り当てを命じ、民衆の人気を失います。一体、楽を共にするのはよくても、苦は共にできないのが人情。どんな名目であれ、税と聞くと反発するもの。国民人気とはまことに浮ついたものですね、●泉さん。これを見た藩重臣は宗春失脚を画策します。尾張藩付家老(家康側近が御三家家老となった、特別な家柄。大名並みの知行を与えられ、三家の藩政を担当しました)の竹腰正武は幕閣と連絡を取り合い、陰謀を練りました。宗春排除の口実を見つけられた幕府は渡りに船と飛びつきます。そして1739年。ついに宗春に隠居謹慎の命が下りました。「身の行跡がよろしくない。国政も乱れ、士民も困惑している」というのがその理由です。宗春の規制政策が実を結びつつある矢先でした。剛毅で鳴らす宗春のこと。隠居謹慎の命を伝えに来た者たちも、いざというときのために取り縄を用意していたほどでした。ところが宗春はさばさばした様子で、おとなしく幕命に従ったそうです。どこまでもさわやかな男でした。後継は従兄弟で支藩藩主であった宗勝。彼と、その子宗睦(むねちか)の時代は、尾張藩苦渋の時代で、財政再建のため倹約令が次々と出されます。そう、領民は自分たちが失ったものの大きさにやっと気づいたのでした。宗春赦免を願い、家財没収にあった商人がいます。また、人々は宗春の治世を懐かしみ、それを「遊女濃安都」(ゆめのあと=夢の跡)という本にまとめました。夢のごとく宗春とその治世は、光り輝く時代は過ぎてゆき、尾張名古屋は静けさを取り戻しました。次回は締めくくり。「消えた宗春」です。

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  • 21 Feb
    • 青池保子 『「エロイカより愛をこめて」の創りかた』

      人と人とがめぐり合い、育て育てられた素晴らしい作品の製作秘話昔々、昭和初期のことです。当時日本の少年たちの心を熱くした、世界に名高い三人の伍長がいました。 ヒトラー伍長 三原伍長そして のらくろ伍長 です。(少年倶楽部文庫版『のらくろ』「あとがき」より)著者: 田河 水泡タイトル: のらくろ伍長もちろん、この当時ヒトラーはすでに伍長ではなくなっていましたが、彼自身が第一次大戦で伍長(正確には伍長勤務上等兵)として活躍、負傷したことを喧伝していたため、「世界三大伍長」の一人に選ばれたのでした。時は下って1980年代。当時の少年少女の心を熱くした、世界に名高い三人の少佐がおりました。 シャア少佐(テレビアニメ『機動戦士ガンダム』) バンコラン少佐(魔夜峰央『パタリロ!』)そして エーベルバッハ少佐(青池保子『エロイカより愛をこめて』) です。もちろん、シャアはその時(作品終了時)は大佐で、その後も名前や階級が変わっていきましたが、やはりわれわれの心には「シャア少佐」として残っているのです。そして現在。驚くべきことに上記の三人の少佐は現役で、未だに多くのファンの心をつかんでいます。著者: 青池 保子タイトル: 「エロイカより愛をこめて」の創りかたこの本はそんな魅力的なマンガ『エロイカより愛をこめて』の作者青池保子さんによる創作秘話です。ファンにはたまらないキャラクタの製作秘話、書き下ろしカット不が満載。また、青池さんが漫画を仕上げていく様子が、ご自身のノート、ネーム、ペン入れ前の原稿など写真入で解説されています。漫画家志望の人、必見ですよ!そしてこの本にあふれるのは、青池さんの仕事に対する真摯な姿勢と、周りの人に対する感謝を忘れない謙虚なお人柄です。一つの作品を生み出すために、いかに多くの人の協力が必要であるかを語り、感謝する青池さん。『エロイカ』に限らず、青池さんのマンガは、しっかりした取材と知識に基づいています。それら諸作品をきっかけに、軍事評論家になった人もいますし、考古学者や歴史家の卵になった人もいるとか。そしてそういった人々の協力がまた、作品に新たな魅力を加えているのです。マンガがファンを成長させ、成長したファンのコネクションが新たな作品を生む。その様子は読んでいて心を打たれます。何より青池さんの謙虚な人柄と真摯な姿勢が、これらを引き出しているのでしょう。ファンにはたまらない一冊です。しかし、ファンでなくても創作を志す人、これから社会人となる人には読んでもらいたい一冊です。

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  • 20 Feb
    • 7代 徳川宗春 華美の経済学

      吉宗は最初、宗春と対立する気はありませんでした。苦労人で現実家の吉宗です。紀伊家から将軍位を継いでより、老中をはじめ周囲の人間関係、ことに尾張家との関係には気を配ってきました。むしろ宗春に対しては自分と同じ境遇――部屋住みから小藩の当主、更に三家の当主というシンデレラボーイぶり――に親しみを感じていたかもしれません。また御三家の高い格式は将軍と言えどもうかつに手出しできないものでした。格式を軽んじれば、すなわちそれを定めた神君家康、ひいては自分の権威も軽んじることになるからです。とはいえ、自分の政治を否定し、それが庶民の人気を得ている様は面白くありません。尾張領内ではともかく、将軍のお膝元である江戸での行動には流石に目をつぶることができなかった(あるいは許されなかった)のでしょう。極秘に上使を遣わし、以下の三か条を詰問しました。1.自領ではともかく、江戸において物見遊山するとはけしからん。他の大名へのしめしがつかぬ。2.先日の嫡子万五郎の端午節句祝いに町人まで引き込むとは軽率ではないか。3.日ごろより幕府の出している倹約令を無視しているのはなぜか。三家は幕府に準ずるのだから率先して模範を示すべきではないか。  (註 内容を思い切り縮めて意訳してます)対して宗春は「三か条のお咎めは誠にごもっとも。深くお詫び申し上げる。これからは身を慎み、行跡を改め、倹約令も守るゆえ、どうかよろしく(将軍に)お伝え願いたい」と素直に聞き入れました。使いに立った旗本たちも一安心。しかし、このままでは終わらないのが宗春です。「御使い大儀であった。ところであちらに酒肴を用意しておる。ついでに世間のことを話したいので、ゆるゆると休息召されい」と別室へ案内してから本音をぶちまけます。これは将軍上意であれば、お受けしなければ間に立った使いの者たちが切腹する羽目になるからです。上意でありますから、反論なんてありえないのです。一旦は「ごもっとも」と受けた上で、あくまで世間話として、「いや、実はですね」と本論に移ったわけです。1.物見遊山の件。自領ではよいが、江戸表では許さんという。他の大名の中にはそうしているものもいるだろう。しかし私はそういう表裏ある行動が嫌いなのだ。自領でもわがままを言って民を苦しめているわけではない。2.端午の節句の件。軽率だと言うが、町人に見せてはならぬという令がいつ出されたのか。そしていよいよ宗春の持論に移ります。3.倹約令を守らないと言う。私は私なりに倹約をしているつもりだ。ただ、将軍家が倹約の根本をご存じないので、お分かりにならぬのだろう。では宗春の言う「倹約」とは何でしょうか。現代風に言い換えれば、こうです。上に立つもの、幕府が倹約をし、それを下のものに強制するのは経済を沈滞させます。現代と異なり、幕府は納められた税を国民に還元することはまずありません。幕府の蓄財は文字通り金を蓄えること。我々で言う「タンス預金」に他なりません。ですから領主個人の浪費でのみ、金は還元され、経済は活発になり、領地は富み栄えるのです。いわば「華美の経済学」とでも申しましょうか。宗春が浪費好きのバカ殿でないのは、彼の浪費が「確信犯」であるからです。もちろん生来の好みもあるのでしょうが。なんとも鮮やかに反論を繰り広げたものです。「世間話」とはいえ、当然、吉宗の耳にも入ることを計算して、しかも間に立ったものがお咎めを受けないように考えての行動です。ここに私は宗春の吉宗に対する、ある種の信頼をさえ感じます。吉宗がぼんくらであればいくら私的な「世間話」とはいえ、激怒し、自分を含め関係者も無事ではすまないでしょう。 吉宗ならそんなことはしないだろうそこまで読んだ宗春は、暗に吉宗の英明さを認めていたのでしょう。ところがこの後より宗春はだんだん窮地に追い込まれていきます。宗春を追い込んでいったもの、さらに引退までさせたものは、吉宗でも紀伊家でもなく、皮肉にも自国の士民と家老たちでした。あれほど領民に慕われ、崇められていたのに、どうしたわけでしょうか?次回は「挫折と退陣」です。

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  • 19 Feb
    • 7代 徳川宗春 その栄光

      宗春の政策は、単なる吉宗への反発、というものではありませんでした。吉宗には「幕府財政の安定、強化」という目標がありましたし、宗春はその吉宗の政策を反面教師として「四民享楽」を目標としていました。両者ともそれぞれのポリシーがあったのです。まず自身が奇抜なファッションで身を装い、人々の注目を集めます。藩士・領民に対して、「今までの殿様とは違うんだ」、「新しい政治が始まるのだ」というイメージを打ち出したのです。次いで名古屋城下にそれまで禁じられていた遊郭の設置を認めました。遊郭、というと不道徳なイメージがあります。もちろん、そういった面もありますが、娯楽の少ない当時の社会においては社交場としての役割も果たしていました。人の集まるところ、お金も集まります。遊郭のような夜遅くまでにぎわうところでは特に、です。一種の商店街、文化センターが形成され、人々はそこで歓談しました。芝居小屋も次々と立ち並びました。江戸時代の改革では、遊郭と並んで必ず槍玉に挙げられるのが芝居。儒教道徳に反するから、でしょうか。徒に消費を拡大するから、でしょうか。このときも江戸、大坂、京都などで芝居が制限されていました。他国で禁じられているからこそ、名古屋に集中した――「芸どころ名古屋」の形成に宗春だけでなく、吉宗も意外な形でかかわっていたのです。また東照宮祭礼、盆踊りなど各種イベント開催を開催。領民こぞって熱狂。宗春の世に生まれてよかったと言う声がいくつかの史料に残っております。  名古屋の繁華に興(京)がさめたという秀句が作られるほどのにぎわいを迎え、光り輝いたのでした。宗春の行動は将軍のお膝元、江戸でも変わりません。嫡子万五郎の端午の節句祝いに、きらびやかな旗・幟を立て、自分の屋敷を江戸市民に開放。目玉の見世物は尾張家家宝の神君家康公の幟。相次ぐ倹約令で娯楽に飢えていた町人たちは、この奇抜な見世物こぞって見学。非常な人気を得ました。当時の落書にこんなものがあります。 公方、乞食に似たり 尾張、天下に似たり江戸市民の圧倒的な人気を得、宗春は得意の絶頂でした。もちろんこんな振る舞いを吉宗が許すはずはなく、秘密裏に糾問の使いを繰り出します。吉宗と宗春が初めて対決したのは実にこのとき。宗春は吉宗に対し一歩もひかず、独自の政治理論を展開します。果たしてその内容とは。時代は、民衆は、どちらの君主を支持したのか。次回「華美の経済学」でご紹介します。

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  • 18 Feb
    • 岩井志麻子 『ぼっけえ、きょうてえ』

      戸隠さん、ありがとうございます。私も他人の褌で書いております。著者: 岩井 志麻子タイトル: ぼっけえ、きょうてえ私の父は岡山出身です。母が父と再婚したのは私が11歳のとき。父の田舎へ行って、祖父母にはじめて会ったのがその夏休み。初めて岡山弁を耳にしました。岡山は明るく豊かな土地です。歴史も古く、観光名所も多々あります。けれども初めて聞いた岡山弁はちょっと怖かった。子供特有の、得体の知れないものに対する畏怖もあったのだろうけれど。(小1で名古屋に越してきたときも、名古屋弁にびっくりし、恐怖を感じました)祖父の家は古い木造で、トイレは屋外にあり、夜になると真っ暗。当時は曾祖母も寝たきりでしたが健在で、古い家、屋外のトイレとセットになって私の記憶の中にあります。今でも岡山弁というと祖父の家の雰囲気と祖母や曾祖母の語り口調を思い出します。ひどい偏見ですけどね。「ぼっけえ、きょうてえ」。岡山弁で「ものすごく、怖い」。戸隠さんのブログでこの本の紹介があったとき、妙に惹かれるものを感じ、記事を読んだその日に購入。一気に読み通しました。それは岡山弁の持つ魅力とブログの記事の素晴らしさと。相互が反応し、私を突き動かしたのでしょうか。物語は因習にとらわれた古き時代の(近代の)岡山での話。そういえば横溝正史さんも岡山に疎開されたことがあり、「本陣殺人事件」、「八つ墓村」、「獄門島」など多くの作品の舞台にもしておられます。カーを尊敬していた横溝先生。おどろおどろしさを描くためにご自身が実際に生活した田舎として岡山を選んだのでしょう。著者: 横溝 正史タイトル: 八つ墓村私が一番恐怖を感じた作品。→映画ではあの渥美清さんが金田一を演じていました!話を戻して。この『ぼっけえ、きょうてえ』には四篇の作品が載っています。どれもぞくっときますが、私には二番目の「密告箱」が恐ろしかった。女の業の深さとそれに魅入られてしまった男のエゴ、そして何よりラストで描かれるある人物の横顔が、ともかく恐ろしい。じわじわくる怖さ、日本特有の恐ろしさと言えばよいのでしょうか。そして、時代ガ時代とは言え、登場する女性の生き様に切なさを感じました。今でもこの本を読むと祖母の岡山弁が蘇ってきます。

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  • 17 Feb
    • 七代 徳川宗春

      中京の繁栄の基を築いた理想主義者今日2月17日、中部国際空港、セントレアが開港しました。そして3月15日には愛・地球博の開催。開催に向け、JR,私鉄、地下鉄の駅もどんどんきれいに、新しくなってゆきます。以前「尾張徳川家について」をUPしましたら、たくさんの方からコメントをいただきました。皆様の関心の高さに改めて気づかされました。他府県の方から「名古屋はがんばってるね」と言われることもしばしば。「名古屋ががんばっている」この状況、今から300年ほど前にも同じことがありました。その頃は8代将軍徳川吉宗による「享保の改革」の真っ最中。倹約倹約と緊縮政策を推し進め、世の中の火が消えてしまったようになった頃、ひとり名古屋だけが明るく瞬いていました。尾張藩7代藩主、徳川宗春の積極策によるものです。多くの規制を緩和し、遊興や祭礼を奨励。消費は拡大し、上方・江戸の商人・芸人は続々と名古屋に集まり、現代の中京の基となる繁栄を招きました。吉宗と逆の政策を打った宗春。とはいえ宗春はいたずらに吉宗に逆らっていたわけではありません。よく言われる、8代将軍をめぐっての尾張と紀伊の争いに敗れたことを恨んででもありません。宗春はそんな小さな枠に収まりきれないほど、ユニークな殿様でした。徳川宗春は3代藩主徳川綱誠(つなのぶ)の20男として生まれました。何事もなければ部屋住みとして、捨扶持を与えられ、朽ちていったことでしょう。しかし一族の相次ぐ死により、陸奥梁川3万石、ついで尾張藩61万石を相続。一代の幸運児でありました。ここまでの道のりは吉宗とよく似ています。吉宗も部屋住みから小藩の藩主、紀伊徳川家の当主、そして将軍へと昇り詰めたのです。かように良く似た境遇の二人でしたが、性格は正反対。現実的でしたたかな政治家であった吉宗と、理想主義で派手好きな宗春。宗春の政治思想は彼自身の著した「温知政要(おんちせいよう)」にあらわれています。政治の要は「仁」であり、慈悲と忍耐で行っていく、これが宗春の理想でした。人間の本性は善であるとし、治世9年間の間に一人の処刑者も出さず、「民とともに楽しむ」世の中を目指しました。封建社会にあって「人の好みは人それぞれである」と個性を尊重するような発言もあります。では宗春はどのような政治を展開し、挫折したのか。引き続きご紹介してゆきたいと思います。

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  • 16 Feb
    • 夏樹静子 『そして誰かいなくなった』

      女王の名作に挑んだ佳作世界一のベストセラーと言えば『聖書』。世界のたくさんの言葉に訳され、ほとんど利益を含まない価格で販売されています。では聖書に次ぐベストセラーとは?これが調べてみるといくつもの説があります。ユークリッドの『幾何学原論』マルクスの『資本論』しかし、文学というジャンルに限れば、長らくはシェイクスピアの諸作品が聖書に次ぐベストセラーでした。一昔前、そのシェイクスピアを抜いてしまったのが、ミステリの女王アガサ・クリスティ。クリスティの諸作品は「キレイにうまく騙されたい」という私のような読者にとって何者にも換えがたい魅力を持っています。著者: アガサ クリスティ, Agatha Christieタイトル: そして誰もいなくなった私が最初に読んだクリスティがこの『そして誰もいなくなった』。ラスト、全ての謎が解き明かされるまで騙され続けました。絶海の孤島で次々に死んでゆく人々。犯人がいるはずなのに最後の一人まで「誰か」に殺されてしまいます。誰もいないはずなのに。ありえない! ゾオっとしたのを今でも覚えています。タイトル: そして誰もいなくなったあまりにも有名なこのミステリ。クリスティ自身が戯曲化し、そしてなんと5回も映画化されております。クリスティの映画は華麗さが見所の一つ。豪華多国籍出演陣も見ものですがDVDで見られるのは第一弾のこの作品のみ。小説では●●●だったラストですが、舞台および映画では×××となっております。つまりクリスティは二通りの結末を用意していたんですね。確かに●●●は小説でなければ不可能ですし、×××は逆に活字にすると「なんだ」という感じをうけてしまいます。。。。と、今回のメインはクリスティではなく夏樹静子さん。『そして誰かいなくなった』入力間違いではないですよ。「も」ではなく「か」です。あきらかにこのタイトル、狙ってますね。そして「狙ってるな」と思ったその瞬間から、あなたは作者の術中に陥っているのです。著者: 夏樹 静子タイトル: そして誰かいなくなったまあ、この方は他にも『Wの悲劇』など、狙ってる題名がありますし。ミステリファンへの作者からのプレゼント、という意味もあるのでしょう。これから読む方への注意はとにかくクリスティ作品を意識しないこと、です。もちろんこれは作者に「騙されない」ための注意でありまして、術中にはまって騙される快感に浸るのもステキ。ちなみに私は見事に騙されました。

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  • 15 Feb
    • CLIFFHANGER

      だれだって苦手なことは避けたいウンチってご存知ですか?ごめんなさい。のっけから汚い言葉を出しまして。運動がまるでダメ。運動神経ゼロ。運動音痴。略してウンチ。私はウンチでした(今もそうか)。5年生になるまで自転車に乗れず、逆上がりもできず、二重跳びもできず、走るのも遅いし、6年生の夏休みに呼び出されて特訓するまでは5メートルも泳げませんでした。今書いていてすごーく惨めな気分になりました。友達とは普通に付き合ってましたが。ジャクリーン・ウィルソンさんはいつも女の子の小説ばかり書いているわけではありません。男の子が主人公のものだってあるんです。著者: Jacqueline Wilson, Nick Sharrattタイトル: Cliffhangerこの本の主人公、Tim君も私と同じ。ウンチの男の子。学校の勉強はよくできるんだけど、運動はからっきし。う~ん、身につまされるなあ。子供の世界では勉強ができるのって尊敬の対象にならないこともあるんですよね。勉強ができることは自慢にはならない。恥ずかしがるか、本当はうれしくても謙遜するか。Tim君のように運動がだめだと逆にバカにされることも。そして子供たちはそんな「できない自分」を知っている。得手不得手は個性でもあるんだけど、「できない自分」を見るのがいやで、逃げてしまう。別の世界に。そういえば『はてしない物語』(ネバーエンディングストーリー)のバスティアンもそうでしたね。ところが男親はそんな息子に我慢がならないときがある。私も父とキャッチボールに「つきあわされた」ときは、すごくいやだった。最初は丁寧に教えてくれるんですが、やがて指導が乱暴になってくる。こちらがダラダラやってるもんだからだんだんイライラしてくる。思えばかわいげのないガキでした。私は。Tim君のお父さんも業を煮やし、息子をサマーキャンプに放り込みます。お気に入りのテディベア(オイオイ)を連れて行けずやる気ゼロのTim君。それでもいくつかの体験を通して、仲間を作り、自信をつけていきます。自信の持てない少年を描くのって意外に難しいんです。特に私のように自分がそうだった人間から見るとよしあしがよくわかります。藤子不二雄さんだとか、安岡正太郎さんは実にうまい。やはりご自身もそうだったからなのではないでしょうか。でもウィルソンさんは女性なのにうまいんですねえ。Timのへなちょこ振りがよくでています。全国のウンチ君に読んでもらいたい一冊。翻訳が待ち遠しいです。

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  • 14 Feb
    • バークリー 『毒入りチョコレート事件』

      推理小説の限界に挑んだ古典の名作推理小説作家は常にジレンマに悩まされています。私のように勘で犯人を当てる人もいます。そもそも、たくさん読めば読むほどパターンがわかってきて、せっかく用意されたロジックも無視して、「コイツだと思ったんだよ」なんて、あたっても外れても通用する台詞をはいてしまう。「業界」のルール、常識なんてのができてしまっている。東野圭吾さんはそんなジレンマを逆手にとって、見事に作品化しております。著者: 東野 圭吾タイトル: 名探偵の掟私はこのような変化球的な作品が好きで、三国志でも陳さんから読み始めましたし、ミステリでもパット・マガーとエラリー・クイーンが同じ棚に並んでいたら、マガーを選んでしまう。ひねくれ者なんですかね。そもそも作中の名探偵も犯人も作者の分身なのですから、「与えられたある事実からは単一の推論しか許されないらしく、しかも必ずそれが正しい推論である場合がしばしばです。作者のひいきの探偵以外はその推論を引き出すことができなくて、しかもその探偵の引き出す推論は(中略)いつも正解にきまっています」(『毒入りチョコレート事件』)なんて不満が出てきてしまう。著者: アントニイ・バークリー, 高橋 泰邦タイトル: 毒入りチョコレート事件単純で物騒な題名ですが、この本では一つの事件に対し、なんと6人もの探偵役が出てきて、6通りの推理を展開します。もちろん正解は一つ。1929年のこの作品は、クリスティ『ミス・マープルと13の謎』(1932)やアシモフの『黒蜘蛛後家の会』(1974)などの先駆をなすもの。しかもクリスティ、アシモフは短編集なのに対し、こちらは長編です。ただ6つもあるので玉石混合。まあ、後の推理は前のものを凌駕していくので、それもわざとしているのかもしれません。もちろん、ラストには大どんでん返しが待っています。今日はバレンタイン。まさか毒入りは贈られないでしょうが、、、いや、その前にもらえるかどうかもあやしいか。

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    • ロアルド・ダール 『チョコレート工場の秘密』

      著者: ロアルド・ダール, 田村 隆一, J.シンデルマン, Roald Dahlタイトル: チョコレート工場の秘密世はバレンタインディ。日本で、バレンタインと言えばチョコレート。なんと年間消費量の20%がこの期間に消費されるそうです。もはや国民行事に近いですね。でも、どんなチョコレートでもワンカ工場のチョコにはかないますまい。なにせここの工場には奇想天外なものがたくさんあるんです。そして。工場の持ち主、ワンカさんほど奇妙な人もこの世にまたといないでしょう。この本を読めば、そんなステキな工場をただで見学できるんです。作中ではたった5人の子供にしか与えられない栄誉なのに!主人公チャーリーの貧乏振りと、チョコレート工場見学にいたるまでの運びがとても面白い。いや、もちろん後半も面白いんですけどね。前半のリアルさと後半の奇想天外がうまくつながってます。リアル。確かに想像を絶する貧乏なんですが、今の日本ではめったに見られないんでしょうが、チャーリーのチョコレートに対する思いと家族の愛情がとてもよく描かれていて、半端なドキュメンタリーよりもぐっとリアルに胸に来ます。この物語は面白いだけでなく、さまざまな教訓が入っています。それをうっとうしく感じさせない筆力はさすがダールさん。その中でテレビのくだりは笑いました。  テレビは五官をだめにする!  テレビは想像力をぶちこわす!  テレビは心をかきみだす!  テレビは子どもをなまくらにする、めくらにする  子どもは、理解できなくなるんだ、空想のおとぎの国が!  子どもの脳ミソは、チーズみたいにグズグズになる!  考える力は、さびついて、カチンカチンになる!  頭で考えられない――目で見るだけだ!    (210、211ページ)これは手厳しい。そこまで言わなくても。。。英語だと、ここ全て大文字なんです。よっぽどそんな現況にうんざりしていたんでしょうね。ダールさんがこの物語を書いた動機は意外にここら辺にあるかも。もちろん、テレビだって素晴らしいものもたくさんあるし、本ばかり読んでだめになっちゃう例もあるんですけどね。大人が読んでも十分楽しめるこの作品。バレンタインにもらったチョコをかじりながら(最近では女性同士でも送るそうですね)、読んでみてはいかがでしょうか。著者: Roald Dahl, James Bolam, Susan Jameson, Rowena Cooper, Brian Bowlesタイトル: Charlie and the Chocolate Factory (Puffin Audiobooks)タイトル: 夢のチョコレート工場←1971年に映画化。今年の夏に再映画化されます。主演はなんとジョニー・ディップ! 楽しみ!

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  • 13 Feb
    • お世話になっている本屋さん2

      メルヘンハウスさん『きかんしゃやえもん』、『フライパンじいさん』、『いやいやえん』『シートン動物記』、『ナルニア国物語』、『少年探偵団』、、、ほかにもいろいろあります。中には名前も覚えていないものも。お世話になった本たち。そんな彼らに再び会えるなんて!メルヘンハウスさんは日本で最初の児童書専門店です。私が知ったのは先月のこと。仕事でテスト会社まで模擬テストの答案と半定評を取りに行く途中でした。駅から少し奥まったところにあるため、通りかかったのもその日がはじめて。大きなドアを開けるとチリリン。。。かわいらしいベルの音。ドアはゆっくり閉まります。最初は壊れてるんじゃない? って思ったほど。よく考えてみれば小さなお子さんが手などをはさまないよう、配慮されているんですね。店内は児童書、絵本、紙芝居がいっぱい。冒頭述べた懐かしい顔もちらほら。彼らもまだまだ現役なんですね。故郷に帰ったようで、古い親戚の人に会ったようで、いつまでいても飽きません。ただ本を売っているだけでなく、子供と本を取り巻く状況を真剣に考え、さまざまなことに取り組んでいらっしゃいます。「メルヘンハウスブッククラブ」もそのひとつ。年齢に応じて、さまざまな本を毎月一冊ずつ、全国の会員さんにお届けしています。当ブログで書いた児童書はほとんどすべてメルヘンハウスさんで買ったものです。------------------------------ブックマークにメルヘンハウスさんへのリンクを張りました。百聞は一見にしかず。お母様方、是非ご覧になってみてください。

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  • 12 Feb
    • アンデルセン 「コマとマリ」

      もしかしたら一番残酷なアンデルセン童話かもうっかりしていました。今年はアンデルセンが生まれて200年。世界中でフェアをやっています。ファンとしてはうかつでした。生涯156編の童話を書いたアンデルセンですが、故国デンマークではそれ以上に詩人、小説家としても知られています。日本でも『絵のない絵本』、『即興詩人』は有名ですね。今後機会がありましたら小説、詩集についてもご紹介したいと思います。156編! 一日1つずつ読んでも半年近くかかりますね。でもこの機会だから一度チャレンジしよう、というわけで現在アンデルセン童話全集にチャレンジ中。全部読むのは学生時代以来。果たして最後まで読めますでしょうか。。。全童話を訳した全集はいろいろありますが、お求め易いのは大畑末吉さんの岩波文庫版。それでも7巻あります。がんばるぞ~!著者: ハンス・クリスチャン・アンデルセン, 大畑 末吉タイトル: アンデルセン童話集 1 改版―完訳 (1)「本当は残酷な●●●童話」なんてのがはやりましたね。グリム、アンデルセン、イソップにペロー。確かに題材として残酷なものもあります。時代も文化も違いますから、今の日本では残酷になってしまうものもあります。それに人のとらえ方は自由ですから、残酷と感じる方もいるでしょう。ですがこの類の本の中には、原作を元に勝手に残酷な部分を膨らませているもの、卑猥な部分を挿入しているものも少なくありません。批判をすることは当ブログの主旨ではないですが、それでもそのような本を読むと悲しくなります。いえ、創作は結構なんです。これも自由ですからね。ですが、それならばそうとはっきり分かるところに書いておくべきです。それすらなされていないから、悲しい。具体的な書名は避けますが、ここは猛省してほしいですね。断言できますが、アンデルセンの童話には卑猥なもの、それを感じさせるものは一切ありません。そのようなお話はすべて別の創作だと考えてください。残酷なアンデルセン童話といえば「赤い靴」がもっとも有名ではないでしょうか。虚栄心から足を切断する羽目になった主人公カーレン。かなりインパクトの強いお話ですね。アンデルセンは純粋なもの、弱きものに限りない愛情を注いでいますが、反面、おごり高ぶるものは容赦をしません。また女性の虚栄心を強く戒めてもいます。たとえば「パンを踏んだ娘」では靴を汚すのがいやで沼地を渡るのに、手にしていたパンを踏んでその上を渡ろうとした美しい娘の話です。このインゲルはそのまま沼に沈み、やがて地獄に落とされてしまいます。純粋な弱きものたちがラストで「残酷」に扱われている例もあります。「マッチ売りの少女」、「人魚姫」のラストには納得行かない人も多いのではないでしょうか。ただアンデルセンの中では、あるいは当時のデンマークの読者には、これら物語りのラストに救いを感じていたのではないでしょうか。「赤い靴」、「パンを踏んだ娘」も、「マッチ売りの少女」、「人魚姫」も、最後に神様に近づくか神様の許へ運ばれてゆく形で終わります。素朴な信仰を抱いていた作者や当時の読者の多くは涙しながらもこの結末を良しとしたのではないかと思います。では本当に救いようのない話はないのか、といえばこれがあるんですね。「コマとマリ」(あるいは「幼なじみ」)という作品。きれいでお高くとまってるマリ(人名ではなく、おもちゃの鞠のことです)が、高く跳ね返ったまま戻れず、ドブの中で醜く膨れてしまいます。偶然からかつて自分を慕っていたコマと出会います。コマは無事もとの家に戻りますが、マリは帰れず。そして憧れの人の変わり果てた姿に幻滅したコマは、二度とマリのことを思い出さなくなるのでした。子供さんには怖くとも何ともないでしょうが、われわれ大人には。。。ある意味怖いですねえ。救いがありません。この物語はアンデルセンの経験がもとになっています。初恋の人、リーボアと再会したアンデルセン。彼は分断に地位を築きつつあり、彼女は太ったただの中年女性になっていました。初恋の女性のその変わりようを童話に書いてしまう。残酷だぞ! ハンス・クリスチャン! 著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセンタイトル: 親指姫―アンデルセンの童話〈1〉著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセンタイトル: 人魚姫―アンデルセンの童話〈2〉著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセンタイトル: 雪の女王―アンデルセンの童話〈3〉冒頭の画像は福音館文庫のもの。国際アンデルセン賞受賞のデンマーク人、オルセンさんの挿絵がステキです。「コマとマリ」、「パンを踏んだ娘」は1巻、「人魚姫」は2巻、「マッチ売りの少女」、「赤い靴」は3巻に収められています。

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  • 11 Feb
    • 田中芳樹 『銀河英雄伝説』

      SFというより歴史小説いやあ、熱いですね! 三国志。皆様熱い思いを抱いてらっしゃるんですね。かく言う私も、熱き思いは負けませんよお。高校時代、私が毎月とっている雑誌が4冊ありました。「歴史読本」、「アニマ」、「天文ガイド」そして「Lala」(笑)。ちなみに「アニマ」とはアニメ雑誌でなく、動物、アニマルの雑誌です。またその他に、小学館版「日本の歴史」全巻の分割払いもありましたので、お小遣いはすっからかん。じゃあほしい本やレコードはどうしたのかというと、「弁当はいらない、購買でパン買うから500円くれ」と親を騙し、昼飯を食べずにその500円を貯めて買ってました。無茶してましたね。当然そんなことは長続きせず、大失敗をやらかしてしまうのですが、それはまた別の話(今度「我が反省」にでも書いてみよ)。時代としては陳さんの『秘本三国志』の雑誌連載が終わり、横山さんの漫画が始まって数年。「歴史読本」でも三国志の特集をやるようになり、ついに「別冊歴史読本」で三国志特集が組まれました。「別冊」になりますと通常とは違い、はじめから終わりまでその特集で埋め尽くされます。そんな中に田中芳樹さんの名前がありました。田中さんの記事はエッセイ「三国志と私」(*今手元にないので、確認しだい正確な情報に書き換えます)。いつか三国志を題材に書いてみたいのだけれど、筆力のない今はまだ書けない、三国志は作家としての目標である、という内容でした。そうか、田中さんは三国志が目標だったのか。改めて思い起こしてみるとうなずける点が多いですね。さて、その田中さんの代表作、出世作と言えば『銀河英雄伝説』(銀英伝)。一番最初のトクマノベルズ版1巻が1982年、ラスト(外伝除く)の10巻が1987年。もう20年も前の作品なのですね。私が読んだのは15年くらい前なのでちょうど全巻完結した頃ですか。ちなみに今アマゾンで「田中芳樹 銀河英雄伝説」で検索したら、なんと131件ヒット。小説→OVA→漫画と人気とともに広がってゆき、関連書籍も数知れず。いまだ根強い人気を持っています。ジャンルとしてはSFになるのでしょうが、舞台が未来の宇宙、銀河帝国と自由惑星同盟の争いとなっているものの、SFならではの設定というものはほとんどなく、その語り口は歴史小説に近い。世界よりは各キャラクタ、その絡み合いと生き様に重点が置かれています。また「銀河帝国」、「自由惑星同盟」、「フェザーン自治領」など国家間の掛け合い、国家内の人間模様もよく描かれており、こういったあたりも年代記、歴史物という感じを受けるんですね。「スターウォーズ」でもそうですが、SFでは時々「帝国」が出てきます。「なぜ優れた政治形態である民主制から君主制へ戻ったんだろう」当時中学生だった私はそこがしっくりきませんでした。田中さんはその事情を民主政治→衆愚政治→独裁制→帝政と、説明しています。そう、ギリシャ都市国家の変遷に似ていますね。やはり歴史物。 堕落した民主制とすばらしき君主の納める専制君主制ではどちらが良いのか。田中さんとしては政治を語りたかったのかな?登場するキャラクタの数も多く、それぞれのキャラクタにそれぞれファンがついています。主人公は2人。銀河帝国の若き野心家、ラインハルトと自由惑星同盟の知将、ヤン・ウェンリー。どちらの国家も制度疲弊を起こしてまして、若き二人の英雄がやがて宇宙の歴史の主役に躍り出ます。総じて若いキャラクタは有能であり、美形が多い。老人、特に体制側の人々は無能。若い人向けの小説ですからね。ですがそれだけなら子供向けの漫画と同じでここまでの支持は得られなかったでしょう。そういった傾向が見受けられるものの、例外も多数いて、若き愚か者、年老いた名将もでてきます。無能者に仕える有能で忠義な家臣もいれば、新しき体制にまで寄生しようとする小悪党もありで、どんな人間模様が描かれているか挙げていけばきりがありません。キャラクタのルーツを歴史上の人物に求めることもよくなされます。これも挙げるときりがないので少しだけ。読んだ人はキャラクタから歴史上の人物を、読んでない方は歴史上の人物からキャラクタのイメージを想像してください。 ヤンはよく孔明に比べられます。私としては知力が孔明、立場は姜維、かな。あるいは強大な天才に立ち向かった悲運の名将としてナポレオンに対したプロイセンの軍制改革者、シャルンホルストか。*シャルンホルストについては渡部昇一さんの『ドイツ参謀本部』で知りました。ラインハルトは古今の名君、名将のいいとこ総取り、といったところ。あえて言えばアレクサンドロス、グスタフ・アドルフ、ナポレオンあたりか(なぜかヨーロッパばかり)。もう一人だけ。オーベルシュタイン。徹底したマキャべリスト。一片の私欲もなく、公正でありますが、自分の主君(ラインハルト)ですら理想実現の手駒とみるむきがある、複雑な人物です。彼の生き様はジョゼフ・フーシェ(当ブログのプロフィール参照)かSS(ナチス親衛隊)ナンバー2のラインハルト・ハイドリヒ。両者から私心を抜けばかなり近くなりますか。 主君と独立したポリシーを持っている点は三国志、魏の参謀の荀彧(じゅんいく)が近いかな。ともあれ魅力的な作品です。 著者: 田中 芳樹タイトル: 銀河英雄伝説著者: 渡部 昇一タイトル: ドイツ参謀本部

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  • 10 Feb
    • 雨宮処凛 『悪の枢軸を訪ねて』

      全日本イレブン、及び関係者様祝、日本勝利。サッカーのことはあまり分かりませんが、私も嬉しいです。北朝鮮とわが国はいろいろ、いろいろありまして、スポーツと政治は無縁とはいえ、心配しておりました。今度はあちらへ行っての試合なんですね。まだまだ心配は続きそうです。某国大統領が「悪の枢軸」呼ばわりをするまでもなく、かの国には危険なイメージが付きまとっています。なぜそんな風になってしまったのか。なぜそれでもわが国は支援を続けているのか。著者: 井沢 元彦タイトル: 逆説のニッポン歴史観例によって井沢さんはわかりやすくそこらへんの事情を解き明かしてくれています。「逆説の日本史」などの歴史ものはあくまで井沢さんの「歴史観」であり、さまざまな見方の一つ、にすぎません。しかしこの本に述べられている、新聞や雑誌の記事内容、過去の政治家の発言は事実です。ネットを使えば私たちでも確認することができます。拉致問題が発覚する前に書かれたものですが、ここまでこじれてしまった両国の関係を解きほぐすためにも、その原因を知るのは大切でしょう。著者: 伊藤 輝夫タイトル: お笑い北朝鮮―金日成・金正日親子長期政権の解明肩の凝らない本をお探しですか。それならこちらはいかがでしょう。多くの北朝鮮関連書籍の中で異彩を放っているのがテリー伊藤(伊藤輝夫)さんのこのシリーズ。金正日を天才と褒め称え、持ち上げているかのように見えるこの1作目はお気楽なおふざけ本とみるむきも多いです。しかし、よく読めば全編痛烈な批判になっていることがわかります。著者: 雨宮 処凛タイトル: 悪の枢軸を訪ねて雨宮処凛(あまみや・かりん)さん。著者紹介によれば反米愛国パンクバンド「維新赤誠塾」のボーカリスト。とはいえ「右翼」ではありません。新右翼の人々と交流はあるようですが。文章を読めば普通の女の子(失礼)、少しユニークな女の子といった感じです。他の北朝鮮本のような難しい記述はありません。テリーさんのようにおちょくってもいません。専門家でもなんでもない、我々と同じ一般人の雨宮さんが北朝鮮及びイラクへ行って、見たまま感じたままを書いています。ですから正直物足りない部分もあります。都市部の描写ばかりで地方はほとんど出てきません。書きたくても行けない、行きたくても許してくれない、という事情があるのでしょうがないですが。それでもよど号犯人の娘さんたちとの交流、その帰国への尽力には胸を打たれます。これも普通の人である雨宮さんだからこそできた、普通の人はなかなかやらない、やりたがらないことだと思います。単行本は拉致問題発覚前、9・11のテロ前に書かれましたが、文庫化に際してその後のことも補弼されています。等身大の人間として人を世界を憂う雨宮さんには共感を覚えます。最後に。この本ではピョンヤンのユニークな事物が紹介されています。特に命綱もネットも使わないサーカスと、サーカスの幕間に演じられる日米を揶揄したコントは圧巻。機会があったら見てみたいものです。

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