• 31 Jan
    • H・A・レイ 『星座を見つけよう』

      著者: H・A・レイ, 草下 英明 タイトル: 星座を見つけよう 寒い夜空に出る前にこの本で星座を見つけてみよう 春夏秋冬の中で冬は一番星がきれいな季節、だと思います。凍てつく晩にまたたく星は、そう、人間とか生命とかを超越した近寄りがたい美しさを放っています。もっとも我が東海地方は、北国に比べて寒さもそう厳しくないからこんなことが言えるのでしょうが。 昔『異邦人』で鮮烈なデビューを飾った久保田早紀さんも星が大好きだったそうです。1980年6月の「天文ガイド」にはインタビューが載っており、ご自分の天体望遠鏡のことを嬉々として話されています。ファーストアルバム『夢がたり』のラストを飾る曲、「星空の少年」はまさに冬の星空を歌ったもの。その美しい歌声は一度聞いてみる価値アリです。 アーティスト: 久保田早紀 タイトル: 夢がたり 夜空を見上げ美しい星に見とれるのもステキですが、星座を見つけられるようになるともっと楽しくなります。プラネタリウムなどで見た夜空ほどキレイではないでしょうが、比べ物にならないくらいのスケールの大きさに最初はビックリするでしょう。 寒空の中、星座早見を片手に出かける前に、まずこの本で練習してみてはいかがでしょうか。 この絵本には星や宇宙のことはもちろん、実際に星座を見つける訓練のページまであります。見開き2ページごとに夜空をかたどった大きな挿絵があり、一方は見たままの星空を、もう一方は星座を線で結んだ星空を描いてあります。そう、部屋の中にいながら、いつでも星座を見つける楽しみが味わえるのです。 星空を眺めていると、その美しさを損なう町の明かりの無粋さが悲しくなったり、自分という存在はなんとちっぽけなんだとちょっぴり哲学を感じてみたり。 心のリフレッシュに、いいですよお。 ああ、それにしても寒くなければもっと良いのになあ。

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  • 30 Jan
    • 織田信長と今川義元

      「センパイ、こっちですよお」 「うう、寒。『先日のお返しにご馳走しますよ』って言われて来てみればマクドじゃないか」 「センパイと違って貧乏人ですから、、、って、やだなあ、『マクド』だなんて。『マック』ですよ、センパイ」 「わしだって貧乏だい! それにマックだったら人名みたいじゃないか。『ヘイ! マック! マ~ック!』」 「(マクドナルド自体が人名なんだけどなあ)」 「(指差して)あそこに見えるのは何ですか」 「ミスド、ミスタードーナツです」 「マクドでランチしてミスドでお茶する。どや、韻踏んでてこっちの言い方のほうがいいだろ?」 「……じゃあ、ドムドムバーガーは『ドムド』ですか」 「お、おう。分かってるじゃないの」 「モスバーガーは『モスバ』ですか」 「……」 「ロッテリアは」 「すまん、わしが悪かった。早く中に入ろう」 「センパイがこないだ言ってた『歴史と人物』のことなんですけど」 「ああ、『歴史と人物 相似形』。独断で強引に歴史上の人物の共通点を考えようというやつですな」 「私なりに考えてみたんですけど」 「ほうほう。こちとらネタに困っているんです。どんな奴でも大歓迎ですよ」 「今川義元と織田信長の似ている点を考えてみました」 「え~」 「どうしたんですか」 「公家かぶれの義元とエネルギーの塊の信長に共通点なんてあるのかなあ」 「テレビやマンガの影響をだいぶ受けてますねえ。一体、センパイは義元をどのくらい知っているんですか」 「う。そういえばあまり知りません。京文化にあこがれてお歯黒していたことと桶狭間で油断して信長に敗れたことくらいかな」 「当時義元は『海道一の弓取り』と呼ばれていたんですよ。巷間言われるようなただの公家かぶれのおデブで馬にも乗れない短足の愚将だったらありえない話ですよ。桶狭間を待つまでもなく、武田、北条に潰されてますね」 「いやわしはそこまで言ってなかったけどね。。。うん、確かにそうだよね。今川義元がどんな武将だったか、まずそこを教えてくれるかな」 「義元は1519年、駿河の守護大名今川氏親の五男として生まれました。五男ですからもとより跡継ぎではなく、最初は出家していました。ところが家督を継いだ兄氏輝とその嫡男の急死により、今川家を継ぎ、還俗して義元と名乗りました」 「なるほど。素直に家督は継げたの?」 「いいえ、氏輝急死の際、氏親の三男坊も名乗りを上げ、『花倉の乱』と呼ばれる騒動が起こっています」 「そこらへんは弟、信行と争った信長に似ているね」 「そうですね。でも当時の大名家ではさして珍しくはありません。メジャーなところでも上杉謙信や景勝、毛利元就などもスムースに家督を継いだわけではありませんから」 「ともかく義元は実力で大名の座を手に入れたわけだ。それからどうしたの?」 「僧であったときの師匠、太原雪斎を軍師に招き、内政を固め、戦国大名としての実力を蓄えます。 外交でも北条、武田といろいろあった後に三国同盟を結びます。 そうやって東の憂いを取り除いた後いよいよ京に向けて上洛するのです(この行軍が本当に上洛を目指したものか、単に信長を屈服させるためだけのものだったのかは不明ですが)」 「松平竹千代(徳川家康)を人質として手元に置き、三河も支配したよね」 「そうですね。遠江、駿河、三河を支配し、領土は百万石をこえ、動員可能数は二万五千とも三万五千とも言われています。 そして運命の桶狭間を迎えたのです。1560年、四十二歳であえなく最期を遂げました。 後世義元の評価が低いのは信長と家康の敵だったからです。神君家康を人質としていじめた、これだけで義元の評価が低くなるのが分かるでしょう」 「内政では分国法の『今川仮名目録』に大幅な追加。また関所の撤廃、検地、楽市楽座も行っています」 「関所の撤廃、検地、楽市楽座。そこも信長と共通しているね」 「そうですね、まあ、でも、北条、斉藤、六角など当時一級の戦国大名であれば大なり小なりやっていたことですから」 「で、信長と義元の似ている点って、何なの」 「その死に様ですよ。義元も信長もこれから飛翔するとき、まさかという場面で命を落とした。一瞬の油断が死を招きました」 「なるほど。言われてみれば」 「もし、その死に様から義元を愚将というのなら信長も同じでしょう。桶狭間はいろいろな説がありますが、決して義元がバカ殿だから負けたわけではありません。第一、義元をバカ殿呼ばわりするのは信長の評価も下げることになるんです。義元も名将だった。しかし信長の情報収集能力、謀略の方が上回っていた。だから勝った」 「信長にとって全国区デビューである桶狭間と生命のエンディングである本能寺は類似していたんだね」 「いやあ、今日は面白い話が聞けたよ。ありがとう。ところで『もし信長死なずば』はよく聞くんだけど、もし義元が死ななかったらどうなっていただろうね」 「……多分、日本は明るいお笑いの世になっていたでしょう」 「???」 「ヨシモトだけに」 「しょうもな~! せっかく誉めたったのに、コレかい」 「ほな、さいなら~」

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  • 29 Jan
    • リヒター 『ぼくたちもそこにいた』

      少年の眼から見た第三帝国 著者: ハンス・ペーター リヒター, Hans Peter Richter, 上田 真而子 タイトル: ぼくたちもそこにいた 模範的な「ヒトラーの少年」ハインツ、時代の流れに従えない、思慮深い少年ギュンター、そして「ぼく」。ヒトラー政権下のドイツ第三帝国で少年~青年期を送った三人の友人。 これは『あのころはフリードリヒがいた』に続く、リヒターさんの自伝的小説です。 主人公の「ぼく」をはじめ前作の登場人物、フリードリヒ、家主のレッシュ氏、ノイドルフ先生などもチラッと出てきます。またポグロム(ユダヤ人に対し行なわれた集団的迫害行為)、空襲など共通の出来事もあり、前作を読んだ人には感慨もひとしおなのではないでしょうか。 もちろん、これは独立した作品であり、前作を読まなくても十分読み応えがあります。また前作のキャラクタも本当にチラッと出てくる程度です。 この物語は前作では描かれなかった、熱心なヒトラーユーゲントであった作者とそれを取り巻く社会の様子が描かれています。 前作と同じように年代順のエピソードを積み重ね、巻末には年表を持ってくる。リヒターさんは当事者であっただけに感情を抑え、あえて事実(作者自身の体験またはアレンジした体験)のみを綴っています。 そして見事にナチスの狂気が社会の隅々までいきわたっていた様子が描き出されています。ここでも作者及び作者の家族は読者の分身としてなるべく無表情に描かれており、かわって、正反対のベクトルを持つ二人の友人、ハインツとギュンターの言動を通してさまざまなメッセージが伝えられています。 著者: 杉浦 日向子 タイトル: 合葬 このヒトラーユーゲントの少年たち、彼らの戦争に対するさまざまな考え方、好むと好まざるとにかかわらず引き込まれた運命を読むにつけ、幕末の彰義隊に参加した少年たちの生死を描いた杉浦日向子さんの『合葬』が思い出されてなりませんでした。 それにしても、ナチスの病的なしつこさは少年、少女にも及んでいます。よく日本とドイツは同じ軍事独裁国家として比べられますが、(伯父や祖父母の話などを聞いたことから考えても)日本などナチスドイツの足元にも及びません。それほどがっちりと、全ては総統(フューラー)のために集約された国家だったのです。 この本は児童書(岩波少年文庫)と銘打ってありますが、「あとがき」にあった作者の言葉通り、単に少年少女のみならず全ての世代に向けて書かれた本です。 戦争は、狂気は、決して一部の犯罪者の仕業ではない。「ぼくたちもそこにいた」のタイトルが示すとおり、たくさんの人がヒトラーを支持し、戦争を支持しました。 ナチスには懐疑的だったギュンターも、その父も(戦争開始には反対をしていましたが)。 「だけど、おじさんはずっと戦争に反対だったじゃないですか」 ぼくは反論してみた。 「戦争、ふん、戦争か」 お父さん(ギュンターのお父さんのこと―引用者註)はくりかえした。 「おれにはな、もうとっくに戦争とかヒトラーとかが問題じゃなくなっているんだ! おれは、このドイツが心配なんだ! もし、俺たちがこの戦争に負けてみろ。ドイツはどうなる? なくなるぞ。だから、勝たなくてはいかんのだ!」 (245ページ ブログで読みやすいように改行を多くしてあります) 単なる戦争崇拝ではありませんが、このような悲壮な考えもあったのでしょう。 『あの頃はフリードリヒがいた』を読んだ人も、そうでない人も、一度手にとって見てはいかがでしょうか。 著者: ハンス・ペーター・リヒター, 上田 真而子 タイトル: あのころはフリードリヒがいた

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  • 28 Jan
    • ジャクリーン ウィルソン 『ミッドナイト―真夜中の妖精』

      真夜中に願いをかけてごらん! 著者: ジャクリーン ウィルソン, Jacqueline Wilson, 尾高 薫 タイトル: ミッドナイト―真夜中の妖精 私にも思春期の頃がありました。子どもたち(生徒)には絶対信じてもらえませんが。本当だぞ。 今の私よりずっと純粋で傲慢で傷つきやすかった私がいたのです。 ヘルマン・ヘッセの『春の嵐』には主人公の父親がこんな意味の台詞を言っています。 (スミマセン、今手元にないもので、記憶に頼って書いています。正確な引用ではありません。早急に確認しだい、差し替えます) 誰でも若い頃は純真で自己中心的であるがゆえに傷つきやすい。 年をとると他者のことを考えなければならないので傷つきにくくなる。 著者: ヘッセ, 高橋 健二 タイトル: 春の嵐―ゲルトルート 理想とする自分と現実とのギャップに悩んだり、 世界の問題を真剣に考える反面、自分の周囲をひややかに眺め、家族に反発したり まあ、色々ありました。 本書はウィルソンさんのヤングアダルト向けの小説。過去ご紹介した2作(『ダストビン・ベイビー』『ふたごのルビーとガーネット』(Double Act))に比べややシリアスな内容になっています。 主人公のバイオレットは13歳の女の子。13歳にしては幼い外見で、つまり「パッとしない」。学校でも同じような女の子たちと友達、のフリをしている。そんな自分が嫌なのに、嫌な毎日をそのまま送っています。 ここで「女の子だから」と言うと世の多くの方に顰蹙を買いそうですが、この「クラスで孤立するのが嫌だから友人を作る、グループに所属する」と言うのがやはり女の子らしく、リアリティがありますね。 男性と比べ女性は年齢に関係なくグループ、派閥というものができるみたいです。学校の教師をしている友人もそう言っておりました。 バイオレットにはかっこいいが少し意地悪な兄貴とワンマンな父、夫に従順というより気の弱い母がいて、彼らに対する描写(物語はバイオレットの一人称で進みます)も思春期の少女ならではで、ウィルソンさんはいったい何歳なんだろう、なぜこんなにうまく書けるのかと感心させられます。 この物語がヤングアダルト向けであるのは、主人公の成長を描くのみならず、周囲の人間、特に家族の変化を描いている点にあります。両親の抱えている秘密、大人の弱さをバイオレット、ひいては読者にしっかりと見せています。 人は誰でも現実の自分を100%良しとしていません。ひっくり返せばそれは理想とする自分があり、向上心があることの表れでもあるのです。 作中、バイオレットは自分が愛読者である絵本作家と出会い、自分の中の可能性をやさしく教えられ、変化してゆきました。このような出会いがある人は幸運です。 私たち大人は人生の先輩として若い人々にきちんと向かい合って生きたい、 そんな決意を抱かせる、これはそういう作品です。 もちろん、小学生、中学生の方にもどんどん読んでほしいです。

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  • 26 Jan
    • ロフティング 『ドリトル先生アフリカゆき』

      何年たっても変わらない、やさしいおじさん、ドリトル先生。 著者: ヒュー・ロフティング, 井伏 鱒二 タイトル: ドリトル先生アフリカゆき 動物の言葉がしゃべれるお医者さん。お金にも名声にも一切興味がなく、限りない探究心と限りない愛情にあふれたドリトル先生。 私、実に数十年ぶりにドリトル先生を読みました。 まず表紙を見てびっくり。あの優しく暖かな文章は井伏鱒二さんのものだったのですね! 納得。ドリトル先生の人柄がそのままにじみ出たようなホンワカ暖かい文章でした。 ページを繰ると一挙に懐かしさがこみ上げます。 井伏さんの文章もそうですが、作者自身の描いたどこかユーモラスな挿絵。時にはグロテスクさすれすれの人間たちの顔。そして動物たち。ポリネシア、ダブダブ、チーチー。たくさんの魅力的な動物たち。 アリスならテニエル卿、プーさんならE.H.シェパード、というように児童文学は挿絵も命。ドリトル先生の挿絵は作者自身が書いていた、というのも大人になってから知りました。 最初に読んだときはトミー・スタビンズと同年代だった私。今はもしかするとドリトル先生より年上になってしまったかも。それでも作中のドリトル先生はあの日のまま。トミーに、そして私に優しく語り掛けるのです。 「スタビンズ君、スタビンズ君」

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  • 25 Jan
    • ジャンヌ・ダルクと源義経(一部改訂)

      「歴史と人物 相似形。本日は某焼肉屋よりお送りします。うぅ」 「お姉さーん、生中2杯ねえ!」 「こらこら、人の金であまり飲むんじゃない」 「センパ~イ、細かい事言っちゃいけませんぜ。『力を貸してほしいことがある。奢るから、一緒に飯でも食わへんか』っていったのはセンパイでしょ」 「俺が言ってたのはファミレスでランチでもどお、ってことだったんだ。何で昼間っから(註:この記事は日曜日に下書きしたんです)焼肉食わなあかんのや」 「私らの業界、これからが本番。体力いるじゃないですか。それに、肉を食べているほうが頭働くんですよ、私」 「ホンマかいな」 「で、用事って何ですか」 「いや、君に頼みたいのは他でもない。実はかくかくしかじか(携帯電話でブログにアクセスし、勝海舟と豊臣秀吉 の記事を見せる) で、今回はジャンヌ・ダルクを取り上げようと思うんだけど、そこで君の協力が必要なのだ」 「……」 「今回は大河ドラマの向こうを張って、ジャンヌ・ダルクと源義経の共通点を考えてみよう、というわけなんだけど」 「……」 「食ってばかりいないで、人の話を聞いてくれ!」 「大丈夫ですよお。ちゃんと聞いてますって。そんなにカリカリしてると、肉がカリカリにこげちゃいますよ」 「……」 「……」 「……」 「…ええと、ひとつ質問」 「はい、何でしょう」 「何で前回みたいに脳内麻薬を分泌して死者を呼び寄せないんですか」 「うん、それなんだけど、実はワシ、フランス語がぜんぜん分からないのだ。『ぼなね!』と『ジュテーム』くらい。それに英仏百年戦争ではワシ、イングランド側の話をメインに読んできたものだから」 「そお言えばセンパイはシェイクスピアの『ヘンリー五世』のファンでしたのもね」 「しっ。それは次回のネタに使うのだ。ここではあまり話したくない」 タイトル: ヘンリー五世 「じゃあ、まずジャンヌ・ダルクについて確認しときましょか」 「はい。ジャンヌ・ダルクは1412年フランスのドムレミィ村の農家に生まれました。当時は『英仏百年戦争』の末期にあたります。先ほどのヘンリー五世の活躍により、イングランド・フランス両国の王冠はイングランドのものになり、フランス北西部はほとんどがイングランドの勢力下にありました。」 「残念ながらヘンリーは1422年に死んでいるけどね」 「はい。その結果、まだ赤ん坊であるヘンリー6世がイングランド・フランス王となりました」 「時は乱世。当然そんな幼君では治まらない。ましてやフランス側は気が収まらなかったろうね」 「ええ、まあ、そこらへんは少し込み入っているのですが、フランス側も二つに割れて、その一方に後のシャルル7世となる『王太子』がイングランドと対立していました。佐藤賢一さんの本は入手もしやすく、分かりやすくここら辺の事情が説明されていますよ。 著者: 佐藤 賢一 タイトル: 英仏百年戦争 「ジャンヌは『オルレアンを解放してイギリス兵を追い、皇太子シャルルをランスで戴冠させよ』との神の命を受けたとしてシャルルの元に出向き、兵を借りると、本当にオルレアンを開放し、その後勝利を重ね、本当にシャルルをランスでフランス王として戴冠させたのでした」 「でも彼女の栄光はそこまでだった」 「ええ、彼女がオルレアンを解放したのが1429年。敵兵に捕まり、イングランドに売り渡されたのが1430年。そして火刑にされたのが1431年。わずか19歳でした」 「ジャンヌはまさに彗星のごとくあらわれ、消えていったんだね」 「たくさんしゃべったのでのどが渇きました。ビール追加してもいいですか?」 「うぅ。ワシの分も頼むよ。ジャンヌの活躍はわずか1年のことだったけれども、なんで今に名前が残ってるんだろ」 「彼女の勝利からフランスが巻き返し、最後には百年戦争に勝利したからですよ。しかも『神の啓示』を受けた、使命に燃える若き乙女。ジャンヌ・ラ・ピュセル。同じ乙女として、ロマンを感じます」 「肉をがばがば食って、ビールをがぶがぶ飲む人が乙女ですかね」 「何か言いましたか」 「何でもありません」 「じゃ、次は義経だね。これはワシが説明するね(君にこれ以上しゃべらせてビールを追加されたらかなわんからね)。 「源義経。1159年、源氏の棟梁義朝の子として生まれたんだけど、その年義朝は平治の乱で平清盛に敗れ、源氏は凋落。以後20年を平氏政権下で逼塞。奥州藤原氏を頼って京を出奔。1180年、兄頼朝が兵を挙げると傘下に加わり、1183年一の谷、1185年屋島、壇ノ浦と、平家討伐に抜群の功をあげた。 「ところが武功は抜群でも政治センスのない義経は後白河法皇に利用され、頼朝と対立してしまう。そしてこの後は戦でも精彩を欠き、再び奥州藤原氏を頼って逃れるも、1189年、衣川で討ち死に。31歳で死んでしまった」 「ずいぶん駆け足での紹介でしたね(いくぶん抜けがあったけど)。のど、かわきません? ビール追加しましょうか」 「いやいや、いや、いい、いいよ。これくらいしゃべれんでこの業界つとまりませんって」 「で、ジャンヌ・ダルクと義経の共通点ってなんですか」 「3つあるよ。1つめはそれぞれの時代の、それぞれの合戦(戦争)でのアイドルだった。輝かしい栄光と、悲劇的な死」 「なるほど。当たり前すぎて面白くありません」 「う。2つめは実の兄のために尽くし、勝利を挙げたのに疎まれ、捨てられた」 「ええ? ジャンヌはシャルルの妹なんですか??」 「そういう説もあるよ」 「眉唾ですねえ」 「シャルルの母、イザボーには何人もの愛人がいた。だから庶子を生んでたとしても不思議はないだろ。第一、シャルル自身、自分が前王の子か確証がなかったときに、ジャンヌがおとずれ、彼と二人きりで話をしただけで自分の出生に確信を持つことができた。不思議だよね」 「……」 「義経も黄瀬川で頼朝と初めて対面して、あっさり弟だと認められている。ここらへん、妙にシンクロしていないかい」 「残念ですけど」 「はい?」 「ジャンヌの出自は明らかです。農家とはいえ、村を代表する家の生まれですから。教会の記録も残っているでしょうし」 「そ、そうかあ。まあ、ワシも半信半疑だったんだけどね。そのほうが面白いかなあ、なんて」 「1つ目も2つ目もぱっとしませんでしたねえ」 「いや、まだ3つ目がある。ジャンヌも義経も戦いはド素人だった」 「確かにジャンヌが戦いの素人だったことは認めます。彼女はどちらかと言えば戦意高揚のシンボルでした。でも義経が素人とは暴言ではありませんか。義経が戦術の天才だったことは多くの人が認めています。そんなの歴史の常識ではありませんか」 「でもね、ジャンヌと同じで義経には『押せ押せ、イケイケ』しかなかった。人はそれを奇襲と呼ぶけどね。一の谷、屋島、いずれもそう。屋島のとき、逆艪を付け、進退自在にすべきとの梶原景時の意見を『臆病』と笑ったけれど、当時は梶原のほうが常識だったんじゃないかな。非常識なことをやって成功したから『天才』といわれたんだろうね。 「壇ノ浦の戦いのときもそうだ。当時の船戦のルールを破って船頭を次々と射殺しているでしょう。これも素人でなければできない発想だよね」 「義経のことは詳しくないので、一度読んでみます。センパイの話は半信半疑ですが、少しは理があるかなと思います」 「素人だから、と貶めているわけじゃあ、ないんだよ。むしろ賞賛しているんだけどな」 「それより、ほら、義経は衣川では死なず、大陸に渡ったそうじゃないですか。名探偵神津恭介も言ってましたよ」 著者: 高木 彬光 タイトル: 成吉思汗(ジンギスカン)の秘密 「義経=チンギス・ハーン説かい? それこそ眉唾だよ。高木さんもそこらへんのことを分かってて、知的遊戯として書いたんだと思うよ」 「いえ、それで私思ったんです」 「何?」 「次はジンギスカン料理が食べたい!」 「いい加減にしなさい。あんたとはやっとれませんわ」 「ほな、サイナラ~」

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  • 24 Jan
    • 内山 裕之 『親子で楽しむ生き物のなぞ』

      キリンの寝姿がとってもかわいい! 著者: 内山 裕之 タイトル: 親子で楽しむ生き物のなぞ もう1月も下旬。 我が業界(塾)でも来年度に向けて準備が始まっております。 私が最近「子どもの~」とか「親子で~」などの本を読むのも、来年度を見据えてなんですよ。来年の授業のためなんですよ。趣味で読んでいるわけではないのですよ。分かってください、ご同輩。 とこれくらい言ったら信じてもらえるかなあ。最大のネックは私が理科を担当していない、ということなんですが。 著者の内山さんは中学の理科の先生。子どもさんたちと接する、最前線で働いていらっしゃいます。 それだけにアプローチの仕方がとても上手。子どもたちの発する「なぜ」を受け止め、広げ、タイトルどおり親子で楽しめるように書き上げています。 取り上げられたトピックスはなんと72。 第1部の「知って楽しむ編」では「街で見かける生き物」、「干潟と堤防で見かける生き物」にはじまり、「動物園にいる生き物」「ペット」と、どこに行けばどんな生き物が見られ、彼らが生き延びるために工夫を凝らしてきた不思議な生態や習性を分かりやすく紹介しています。それぞれが見開き2ページで収まっているところなど、さすが理科の先生、まとめ上手! な感じです。 個人的には121ページのキリンの寝姿のイラストと128~131の「イヌの気持ち」「ネコの気持ち」を理解できるイヌ語・ネコ語のカンタンな手ほどきが好み。 この手の雑学、薀蓄、「トレビア」な知識紹介の本は数多いのですが、本書が優れているのはきちんとしたテーマを持っていること。それが 息子とともに「自然探検」をして、ウワーッと叫びたくなる発見をいろいろしたいのです。そうして息子に、今のままの自然を「ほっとけん」という意識を持ってほしいのです。自然探検・発見・ほっとけんの『自然三けん主義』です。 (「まえがき」より) そう、タイトルにもあるように「親子で楽しむ」、親が子に託す願いがこもっているのです。 そして「読んで知るだけでなく、実際に確かめよう!」というのが第2部の「観察・飼育して楽しむ編」です。ここでは例えば ・イソギンチャクを歩かせる ・オス化したメスの貝を見つける ・懐かしいフナの解剖をアジで再現! など、楽しい記事が満載。 新しい春を迎える前に読んでいただいて、どこへ出かけてどんな生き物にあったときも役立てればと思います。 新年度が楽しくなる、これはそんな本です。

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  • 22 Jan
    • レマルク 『西部戦線異状なし』

      戦争は全ての人生を踏みにじってゆく 著者: レマルク, 秦 豊吉 タイトル: 西部戦線異状なし 人間、生れ落ちる時代と場所は選べません。 特に戦争のような非常時には何歳であったかが生命を左右する場合があります。 私の母方の祖父は壮年、働き盛りでしたが、警察官であったため兵隊にならずにすみました。 祖母の兄弟は多くが兵隊に取られ、中国大陸や太平洋で亡くなりました。 母は学校に上がる前で家族とともに岐阜県の関市の親類を頼り疎開しました。 伯父は国民学校(小学校)の生徒、「小国民」でした。 一番上の伯父は高校生でした。 小学生は集団疎開 中学生、女学生は勤労奉仕 大学生は学徒出陣 歴史というにはまだ生々しい、どこの家庭でもあったことです。 本書は第一次世界大戦のドイツの青年パウル・ボイメルが主人公。 幼い頃テレビの「コンバット」が好きだった私にとって戦争とは第2次世界大戦であり、アメリカが正義でナチスは悪でした(ベトナム戦争は進行形で、子どもの私にとっては難しすぎました)。 ですから第一次大戦の、しかもドイツから見た戦争の小説が出てたなんてとびっくりしたのを今でも覚えています。 主人公パウルは学生でした。理想に燃え、未来を信じ、夢見ていました。それゆえに教師のアジに魅了され、志願兵として西部戦線に向かうのですが。。。 実際に第一次大戦に従軍しただけに、一兵卒の日常をリアルに描いています。過剰な描写はありません。現実を知る者の強み。 ですがこれは戦争の物語、そこここに悲惨な描写が目に付きます。 戦争によって多くの人生が捻じ曲げられてしまいました。 パウルも勉学を忘れ、野卑な兵士として塹壕の中を走り、最後には死んでゆきます。 彼がもっと年をとっていたなら、彼には守るべき多くのものができ、違った意味で戦争の非条理を感じたでしょう。 もっと若かったなら、戦争末期に徴兵され、より純粋に国家のプロパガンダに踊らされながら死んでしまったでしょう。 彼がもし生きながらえていてももう理想に燃え、未来を信じていた青年には戻れなかったでしょう。 志願兵パウル・ボイメル君も、ついに1918年の10月に戦死した。その日は全戦線にわたって、きわめて穏やかで静かで、指令報告は『西部戦線異状なし。報告すべき件なし』という文句に尽きているくらいであった。 タイトル: 西部戦線異状なし 完全オリジナル版 1930年に映画化され、アカデミー賞を受賞。反戦映画の古典として今見ても決して色あせることありません。 上で紹介したラストシーン、映画ではそのラストを見事にアレンジ。ラストシーンだけでもすばらしい映画として人々の記憶に残るでしょう。

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  • 21 Jan
    • リヒター 『あのころはフリードリヒがいた』

      抑えた筆致が読者の心を震わせる名作 著者: ハンス・ペーター・リヒター, 上田 真而子 タイトル: あのころはフリードリヒがいた 「ぼく」はドイツ人。お父さんは失業中。 フリードリヒは「ユダヤ人」。お父さんは郵便局員で、「ぼく」の家庭より安定している。 同じアパートに住む、同い年の二人は友人となり、家族ぐるみの付き合いになる。 そして1933年、ヒトラーがドイツの総理大臣になった。そこから全てがゆがんでいった。 ナチス・ドイツによる「ユダヤ人」虐殺。実に600万もの人々が「計画的に」殺されてゆきました。600万人といえば千葉県の全人口に匹敵します。しかしこれだけの大量虐殺でも、ナチスから見ればまだ「中途半端」なものでした。なぜなら「ユダヤ人」の絶滅こそが彼らの目標であったからです。彼らが政権を握った時点で「ユダヤ人」の運命は決まってしまったのです。 私は先ほどから「ユダヤ人」とカッコつきで表記しております。よく誤解されるのですが、「ユダヤ人」は特定の民族ではありません。ユダヤ教を信じ、守ってゆく人々の集団が「ユダヤ人」なのです。いわばクリスチャンやムスリムと同じ。クリスチャン=白人、ムスリム=アラブ人という図式が成り立たないのと同じように「ユダヤ人」は特定の民族ではありません。古来のイスラエルの末裔もおり、東ヨーロッパ系もおり、さまざま。そして彼らは「ユダヤ人」であると同時にドイツ人であったりオランダ人であったりするのです。 「ユダヤ人」迫害はナチスの専売特許ではありません。ナチス以前からありましたし、現在も続いています。「ユダヤ人の陰謀」をうたっている本が書店に並んでいる日本も無実とはいえません。 ナチスが犯した罪がとりわけ恐ろしいのは、彼らが政権を握り、国家の政策として計画的に行った点にあります。 本書は冒頭でも紹介したように同い年の二人の少年を通じてこの悲しい歴史を描いた物語です。 とはいえ、情緒過剰なお涙頂戴の物語ではありません。1925年、二人の少年が生まれた年から始まり、1942年の終末にいたるまでを、時代順に32編のスケッチで綴っています。各話はとても短いもので、幼児期の出会い、雪遊び、小学校の入学式など日常生活の一こまを切り取って描いたものが多い。創作でありながらまるでルポを読んでいるかのような感じです。 しかしそんな日常の一コマ一コマの中に、インクが染み広がってゆくように少しずつ不安が、悲劇の予感が挿入されています。 大人たちの心無い一言。嘲笑。裁判。少年団の様子。真剣にささやきあう親たち。 そして悲劇はじわじわと人々を締め付けてゆきます。 この作品のすばらしいところは感情を抑えたその描写にあります。語り手である「ぼく」は読者の目の役割に徹しているかのように無個性に描かれています。 なにせ「ぼく」自身が群集心理に駆られて「ユダヤ人」の家を襲撃したことまでを述べているくらい(もちろん、友人のフリードリヒの家ではありませんが)。 そして物語は悲しい結末を迎えます。 しかしこの本はそこで終わっておりません。 巻末にある「年表」。この年表がさらに重い事実を私たちに伝えています。 淡々と述べられた本編と同様に年表も  1933年1月30日 アドルフ・ヒトラーがドイツ帝国首相となる。 からはじまりドイツの敗戦、第2次大戦の終結までが短くまとまって並べられています。そして    1933年4月21日 ユダヤ教祭礼のための畜殺禁止  1935年9月30日 ユダヤ人の公務員全員解雇 などの法令がナチスの「計画犯罪」を雄弁に物語っています。2,3取り上げてみると  1937年11月12日 ユダヤ人の、劇場、映画館、音楽会、展覧会への入場禁止  1939年9月23日 全ユダヤ人は、ラジオ受信機を警察に供出しなければならない  1940年7月29日 ユダヤ人の、電話所有の禁止  1942年5月15日 ユダヤ人の、犬やネコや小鳥などの飼育の禁止 細かく、しつこく、じわじわと「ユダヤ人」の人権が剥奪されていった様がわかります。狂気以外の何ものでもありません。ただただ圧倒されるばかりです。 年代と事実が並べられただけですが、それだけにこの年表は凡百の創作より恐ろしいといえましょう。 この本の中の一遍、「ベンチ」は中学2年生の国語教科書(教育出版)に載っているので読まれた方も多いのではないでしょうか。 主人公たちを取り巻く不条理、それでも営まれてゆく生活、思春期の揺れる心が分かりやすく描かれている点でこの選択はベストだと思います。 しかし「ベンチ」はあくまで32編の流れの中の一筋です。全編(とはいえ240ページほど)を通して読んだときにあらためて「ベンチ」という物語の持つ意味が見えてくると思います。 教科書を読んで興味を持った方はぜひ全編を読んでみてください。

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  • 20 Jan
    • 松森 靖夫 『論破できるか!子供の珍説・奇説』

      お父さんは昔、宇宙飛行士になりたかったんだよ 著者: 松森 靖夫 タイトル: 論破できるか!子供の珍説・奇説―親子の対話を通してはぐくむ科学的な考え方 スミマセン、また勝手に脳内会話をしていました。 私の願望でして。息子or娘と星空を見上げながら宇宙の話をするのが。 さまざまな神秘を語ってあげるのが。 でも息子or娘のほうが私よりよほど物知りってことも十分ありえますね。 いかん、いかん、つい妄想に浸ってしまいました。 今でも子供たちと「理科」の会話をするのが私の喜び。たとえそれが「間違った知識」であっても。いや、そういった子供との対話こそ物事の根本を考えるいい機会になっています。 「重いものと軽いものを同時に落としたら重いもののほうが先に落ちる」 「太陽は東から昇り西に沈むが、月はその反対」 「月は自転しない」 などなど。 でもこれらの知識も決して単なるでたらめなのではなくて、それなりの理論、理屈から導き出されたもの。 ここで「バカだなあ」「違う、違う、本当はこうなんだ」と一方的に決め付け、会話を終わらせてしまうとせっかくの理科好きになる機会をつぶすことになります。 なぜそう考えるのか。 実際に確かめたことはあるのか。 ひとつひとつ検討してゆく、そんなやり取りが楽しい。 本書ではそんな子供たちの「間違った知識」を取り上げ、その源泉をたどり、科学的に考え直してゆく、その過程を通じて理科教育のあり方を問うている本です。 といってもとっつきにくいものではありません。 子ども「カラスやスズメは死なないんだよ。だって、死んでるの見たことないもん」 パパ「そうだよな。……ほんとだよなぁ」 (第1章-1) と各話父子の対話を扉に持ってきて、読者の興味をひき、一緒に考えさせます。 中には 子ども「乳歯はどうせ抜けちゃうから、永久歯になってからよく磨けばいいんだ!」 パパ「幼稚園のとき、一生懸命磨いて、損したかな?」 子ども「パパが子どものときに全然勉強しなかったから、生まれてきたボクの頭も悪いんだね」 パパ「う、ぅ……」 なんて笑える(実は笑えない?)やりとりも。 一部繰り返しになりますが、この本は 子どもの疑問には何でも答えてやらなければならない、 とか、間違った知識は正さなければならない、 といっているわけではありません。このような会話を通じて「なぜ」「どうして」を考え、確かめてみる機会をどんどん設けて、親子で「理科」を楽しんでほしい、そんな願いがこもっているのです。 会話は言葉のキャッチボールだとよく言われます。子どもとのこんなキャッチボールを楽しむのもなかなかいいものではないか、と私は思うのです。

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  • 17 Jan
    • ワイルド 「漁師とその魂」

      魂と愛と 著者: 三原 泉 タイトル: ディズニープリンセス 完全ガイドブック いい年した男がのっけから「女の子」な世界に突入。その訳は ディズニーのキャラクタは小学生のみならず中学生にも結構人気あります。で、私もなぜか親近感を持ってしまって。 ディズニーの映画に出てくる6人のプリンセス(シンデレラ・アリエル・オーロラ姫・ベル・ジャスミン・白雪姫)をまとめて「ディズニー・プリンセス」というんだ、ということも最近知りました。昔ながらのシンデレラと白雪姫、オーロラ姫(眠れる森の美女)のほかはあまり知りませんでしたが。 「アリエル」というのは「リトル・マーメイド」のヒロインだそうで。「リトル・マーメイド」といえばアンデルセンの「人魚姫」の原題(Den lille Havfrue)で、このアニメーションもアンデルセンの童話をベースにしたとか。 著者: A.L. シンガー, A.L. Singer, 橘高 弓枝 タイトル: リトル・マーメイド―人魚姫 先日書店で見かけ、読んでみたのですが、原作をもっと子供向けに、楽しく膨らませています。 アンデルセン「人魚姫」の結末はご存知の方も多いでしょうが、どこか悲しく切なく、それでいて魂の救済を描いたものです。敬虔なクリスチャンであり、まっすぐな心を持ったアンデルセンならでは。 この「リトル・マーメイド」ではハッピーエンドに変わっています。 これについてはさまざまな意見もありましょうが、私はどちらも大好きです。 作品の受け止め方は個人の自由ですし、時代により、また世代により好みも変わるもの。これは童話をベースにした異なる物語と受け止めるべきでしょう。 もともとアンデルセンの「人魚姫」もその題材をウンディーネなどのヨーロッパの伝承から取っています。 また他の作家も好んでこの水の妖精を取り上げました。 著者: フーケー, 柴田 治三郎 タイトル: 水妖記―ウンディーネ これらの中でアンデルセンの作品が広く知れ渡り読まれてきたのは、やはり彼の童話作家としての出世作であり、彼が童話作家としての全てをこめた物語だったからでしょう。 オスカー・ワイルドもアンデルセンの作品からインスピレーションを受け、ひとつの童話を書き上げました。 「漁師とその魂」では、美しい人魚に魅かれた漁師がその愛を全うするために魂を捨ててしまうお話です。 つまりアンデルセンの童話とは立場をまったく逆にしているのですね。恋愛という自己を捨て、魂を得るため、神の愛のために昇華したアンデルセンの人魚姫。逆に恋愛を全うするためにいさぎよく魂を捨てたワイルドの漁師。ちなみにこの作品では人魚はほとんど出てきません(これもいかにもワイルドらしい)。 う~ん、これは「愛」、「美」、「永遠」なるものの捕らえ方の違いがでているんでしょうね。私はクリスチャンだったこともあって、アンデルセンの考え方は割とわかるのですが、美を追求し、身を捧げたワイルドの生き方も理解できるつもりです。 どちらの行いがより崇高か、ということはなく、どちらのも己の信念にその身を捧げている点において、実は二人の主人公のやってることって同じことなんじゃないかなと思ってしまいます。 魂、愛、といった抽象的なものを「こうだ」と決め付けることはおそらく誰にもできないでしょうから。 ともあれ漁師は初志貫徹し、自分の魂を切り離し愛に生きるのですが、その詳しい様子は描かれていません。 むしろ後半は切り離された魂が漁師を巧みに誘惑する様が詳しく描かれています。 魂の語る物語にはさまざまな美しい言葉、魅力的な語句にあふれ、ファンタジーのお好きな方ならこの部分を読んだだけでもイマジネーションがかなり刺激されるのではないでしょうか。 魂は年毎に漁師の元にやってきて元に戻ろうと誘惑します。しかし己の愛に忠実な漁師は頑として受け入れないのですが。。。 ラストに物語はもう一度ひっくり返り、悲しい結末が待っています。 アンデルセン、ワイルド、そしてディズニーのスタッフたち。 人魚を通じて己の大切なもの、美しいもの、を伝えた彼ら。 そのどれが一番か、どれを受け入れるか、はその人の個性です。自由です。 でも、できれば全てを受け入れ、味わってみると楽しいですよ。 著者: ワイルド, 西村 孝次 タイトル: 幸福な王子―ワイルド童話全集

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  • 16 Jan
    • 黒崎 緑 『しゃべくり探偵』シリーズ

      ボケとツッコミはミステリの基本??? 著者: 黒崎 緑 タイトル: しゃべくり探偵―ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの冒険 著者: 黒崎 緑 タイトル: しゃべくり探偵の四季―ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの新冒険 大阪弁変換、なかなか楽しませてもらってます。 もちろん、機械のことですから、ちぐはぐなところもあるのでしょうし、 「こんなん、大阪弁ちゃうわ!」 と言いたくなる箇所もあるんでしょう。 でも、いかにも「らしい」のです。 私がスキーで知り合った東京の方のように他地域の人間(私も名古屋人なので他地域です)は大阪弁を聞くとある種の期待をしてしまうのでしょう。 「ほら、今にボケるで」 「そこでツッコミが入るんちゃうか」 なんて。 思えばミステリもボケとツッコミがありますよね。 犯人はたいてい犯行を認めない、つまりとぼける。ドラマなんかで下手な芝居だと「コントやっとんのか」と突っ込みたくなるようなボケぶり。 たいして探偵はツッコミ。 あるいはワトスン役と探偵もボケ、ツッコミの関係かも。 黒崎緑さんの描くしゃべくり探偵はかなり異色のミステリです。 副題にもあるとおり「ボケ・ホームズ」の東淀川大学保住純一君と「ツッコミ・ワトソン」の和戸晋平君(これまた笑える、ベタなネーミングですね)のやりとりがそのままミステリになってしまっう、ユニークな作品。 保住君は和戸君や周囲の人から事件のあらましを聞き、それがけで解決してしまう、切れ者の「安楽椅子探偵」。 って言葉がぜんぜん似合わない、ボケっぷり(でも推理力は確か)。徹底的に読者と会い方をおちょくってます。 例えばこんな具合 「しつこう言わんかて、おれかってイギリスくらい知ってるわいな。秋になったらギ~ッチョン、ギ~ッチョン、って鳴く虫のことやろう」 「それはキリギリスや。俺の言うてるんはイギリスや。大英帝国や」 「ああ、中内功社長率いるスーパーマーケットやな」 「それはダイエー帝国や。おれが言うてるのは、グレート・ブリテンのことや」 「新しいプロレスラーかいな」 ・・・・・・ (『しゃべくり探偵』「その一 番犬騒動」) こんなやりとりが満載。「早く物語進めんかい!」と思いながらも笑いをこらえるのが一苦労です。私はこの手のベタなギャグはたまらんもので。 第1作目の『しゃべくり探偵』では先ほど引用した「番犬騒動」をはじめ4作が収められています。4つの短編でありながら全体で大きな(といってもしょーもない)謎が解明される仕組みになっています。 内容もバラエティに富んでいます。 のっけから会話だけで解決へと進んでしまう「番犬騒動」で読者の肝を抜かしますが、その後は会話だけでなく、手紙のやり取りのみ、電話のやり取りのみ、と変化を加えながらも「ボケ・ツッコミ」を貫き通します。 第2作の『しゃべくり探偵の四季』も然り。こちらは春夏秋冬さまざまな場所、そして和戸君にとどまらずさまざまな相手とボケ・ツッコミをしながら事件を解決していきます。 ものすごく個人的な感想ですが、学生時代を大坂(吹田)で過ごした私にとって、限りなく懐かしさを感じさせる作品です。 能天気な学生生活を送りつつも、時には憤ったり、悩んだり。そんな折でも軽妙な言葉のやり取りが交えられ、明るさを失わない、そんな日々でした。 ウン十年前のことですので美化されていますが。

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  • 15 Jan
    • 大阪弁

      すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが。。。  プチ大家族の日常。さんで紹介されております。こちらのサイトでブログを大阪弁にすることができるんですね。 私も少し以前よりひそかに楽しんでいました。 ただの翻訳でないんです。 ちゃんとボケと突込みがあるんですよ。 例えば これからは文章は全部パソコンで打つようにしよう。しかしいつもというわけにはいかないな。 なんてのが変換されると。。。→こちらをクリック ページ内全てが変換されるんです。 寄せられたコメントも大阪弁になって、かなり笑えます。 他にも名古屋弁や博多弁バージョンがあるらしいです。 それにしても大坂人ってボケ・突っ込みばかりしているイメージがあるみたい。 私が大坂で仕事していた頃。その頃は毎シーズンスキーに行ってたんですが、東京の人なんかと知り合いになったりすると、よく笑われました。私と同僚との会話が。 「漫才みたい~♪」 「サンマちゃんの真似?」 ちなみに私は名古屋生まれなので似非大阪弁でしたが。。。 「なんでパンチパーマじゃないの?」 なんて聞かれたこともあったけど。おい、それはヨ●モ●の見すぎやで~~!

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  • 14 Jan
    • 勝海舟と豊臣秀吉

      みなさん今晩は(お早うございます、今日はetc)。 今回の「歴史と人物 相似形」はインタビュー形式でお話を進めたいと思います。 深夜パソコンに向かっているとハイな気分になってきて、脳内麻薬が分泌され、冥界からの声が聞こえてきました。 「ハイ、今晩は」 先生! 日ごろ敬愛する勝先生とお話ができるとは無上の喜びであります!  「お世辞はいいよ。お前さんは誰だえ」 は、はい。フーシェと申します。塾の教師でございます。 「塾の先生かえ。おいらも若え頃蘭学塾をやったことがあるヨ」 存じております。世に言う「氷解塾」でございますね。日本統計学の開祖杉享二先生をはじめあまたの英傑を育てました。 「だから、お世辞はいいよ。一体何の用だえ」 はい、私、趣味で歴史上の偉人の似通った点をあれこれ考察しておりまして、今回は先生と太閤豊臣秀吉公を取り上げて…… 「おみゃ~さんか、ワシを呼び出したのは」 これはこれは太閤殿下。我が郷土名古屋の生み出した最大の偉人。 「お久しぶりでんす」 お二人は知り合いで? 「同じ地獄の釜の飯を食った仲だぎゃあ」 う~ん、笑えない冗談ですねえ。 「。。。で、一体全体何の用があってワシらを呼び出したんだ」 実はかくかくしかじか。 「話はわかった。で、お前さんの考える、おいらと太閤さんの共通点って何だえ」 はい。3つほどあります。まず第一にお弟子さん、あるいは主君の評価が異常に高く、割を食っている。 坂本竜馬と織田信長。この二人は日本史上一、二を争う人気を誇っております。また二人とも途半ばで倒れている。そのためやってもいないことまで評価され、勝先生、秀吉公の所業まで二人のせいにされております。 「確かに信長公は偉大なお方じゃった。が、天下を統一したのはこの秀吉だがね」 ですが最近の風潮では信長公もし死なずば太閤殿下より偉大なことを成し遂げたと。。。 「言いたい奴には言わしときゃあええ。結果がすべてだに」 「そうだヨ。確かに竜馬のやった薩長同盟、船中八策(大政奉還)、大本の考えはこのオレや大久保さん(フーシェ註:一翁。幕臣で勝のよき理解者)のものだ。だが、それを膨らまし、形を定めたのはあいつサ。竜馬の手柄よ」 し、しかし、先生。先日私が京都寺田屋を訪れたときも館内坂本竜馬あって勝海舟無きが如し。竜馬を語る上で欠かせない先生の事跡が少しもありませんでした。 「いいじゃねえか。竜馬はあれでひとつの人物サ。オレの元を離れてあいつは大きく化けやがった。目くじら立てることもあるめえ」 。。。 「第一、何の関係もないお前さんがなぜそう鼻息を荒くする」 「別に何の得にもならんことだがね」 いえ、お二人の正当な評価を。。。 「そんなこたあ、百年、二百年経たねえと定まらないヨ。そんな尻の穴の小せえこと言ってねえで、次いってくんな」 お二人とも人たらしの名人でいらっしゃいます。 「坂本竜馬。あいつはもともとオレを殺しに来た奴サ」 。。。あのう、先生、申し訳ないんですが、そこらへんの事情は最近の研究でとうにネタが割れております。竜馬さんは別に先生を殺す気などなかった。松平春嶽公の紹介書持参で、最初から話を聞く気だったと。。。 「まあ、いいじゃねえか、面白けりゃあよう。ハッハッハ」 。。。だから先生は「ホラ吹きだ」って言われるんですよお。それでも竜馬さんをはじめ、西郷さん、桂小五郎、土方歳三など皆先生の話を聞き、影響を受けてますね。 「ワシこそ元祖人たらしの名人だぎゃあ」 存じてますよ、太閤殿下。竹中半兵衛をはじめ、敵対していた徳川家康の重臣であった石川数正までもたらしこんでいる。 「家康の狸め、あの時はそうとう慌てたろうて。フフフ」 譜代の臣などいるはずもない、裸一貫から成り上がった殿下にとって人脈こそ最大の武器だったんでしょうね。 3つ目は朝鮮・中国問題です。 「そ、そうきゃあ? 麟太郎(海舟)さんとワシでは正反対のことをやっとるがね」 確かに殿下は隣国に武力で侵略しました。反対に勝先生は欧米列強に対抗するため、日本・清・朝鮮三国の同盟を構想しておりました。 「清国は日本のお師匠様、朝鮮は兄弟だ。エゲレス、メリケン、フランス、オロシャ。青い目をした連中がアジアを虎視眈々と狙っているてえのに、内輪で争ってどうするえ」 先生は日清戦争にも反対でしたものね。それでも歴史は先生の描く方向には進まなかった。 「な、な、麟さんとワシでは反対だぎゃあ」 いえ、殿下。根っこは同じです。 一時(明治~戦前)はあれほどもてはやされ、現代では酷評されている殿下の対外政策。ひどい人になると「ボケ老人の誇大妄想」と片付けています。 「いくらワシがボケたからと言って、そんな男に諸大名が付き従うわけがないがね」 おっしゃるとおりです。国内世論(武士階級の、ですが)がなければあれだけの軍を動かすことはできますまい。結果、失敗であったから厭戦気分がでた。もうごめんだと。 「話が見えねえなあ。根っこが同じたあ、どういうことでえ」 西洋に対するアジアの自立繁栄であります。 殿下、殿下はポルトガル、スペインに対抗すべく、アジア貿易圏を立てるのが狙いだったのでは。それを鎖国主義の明の抵抗にあい。。。 「フフフフフ。。。」 「ハッハッハ」 やっぱり! それが真実だったんだな。 「ハッハッハ、お前さん、忘れちゃあいませんか」 ??? 「オレたちはお前さんの脳内麻薬分泌によって生み出された虚像に過ぎないのサ。お前さんの知ってること以上はおいらも知らねえのサ。。。」 「楽しい一時を過ごさせてもらえたがね」 「あばよう」 そんなあ、夢オチだなんて。。。 *本文中への画像の入れ方はゆぅはぎ様の記事を参考にさせていただきました。多謝。

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  • 13 Jan
    • The Door into Summer

      ネコ好きの方、ハッピーエンドの好きな方におすすめ 著者: Robert A. Heinlein タイトル: The Door into Summer ←むこうのイラストはリアルなものが多いけど。これがリッキーか。。。 私がハイラインを読んだのは高校時代、『宇宙の孤児』が最初でした。その緻密な描写と奇想天外な設定に興奮したのを今でも覚えています。 それまで海外のSFはほとんど読んだことはありませんでした。 さっそく友人に報告。 「ハイラインってすげえ」 友人は「何を今更」という目で私を見ると、 「何を読んだのさ」 「『宇宙の孤児』」 フンと鼻で笑うと、 「『人形使い』や『夏への扉』を読んでからでないと、話にならないね」 まあ、お互い若かったから。。。 ちょっとムッと来て『夏への扉』を読んだのですが、うん、友人の言うとおりでした。 「読んでみたよ」 「どうだった?」 「ハイラインってすげえ」 語彙貧困な少年でした。私。まあ、とにかくぞっこんだったのです。 物語はタイムトラベル物。悪女にだまされた主人公が冷凍睡眠で30年のときを経て西暦2000年に目覚めるのですが。。。 なんといっても主人公の飼い猫、護民官ペトロニウス(ピート)がいい。私はネコを飼ったことがないのですが、これで大のネコ好きになりました。 未来の世界の描き方もいいですね。たくさんのハイテクのなかに依然変わらない小道具をさり気に混ぜたりして、リアリティをかもし出しています。 惨めな前半とそれを才覚で覆してゆく後半。重厚なSFもいいけど、こういうハッピーエンドもいい。 著者: ロバート・A・ハインライン, 福島 正実 タイトル: 夏への扉 そんなわけでSFを英語で読むなら最初はこの本、と決めておりました。3年ほど前にペーパーバックを買ったのですが、、、 挫折。 大まかな筋は覚えていたんですけどね。ちょっとブランクがあき過ぎました。文字の羅列に辛抱しきれなくなってしばらくうっちゃっておきました。 今回。 まずは日本語版をもう一度。 その次は章毎に日本語、英語を交互に読み比べ。 コールドスリープはやっぱりcold sleepだ。 悪女ベルの台詞「坊や」はChubbyだったのか、なるほど。 なんて、四苦八苦しながらも楽しんで読みました。 やっぱり翻訳が出ていると楽ですね。

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  • 12 Jan
    • 阿川佐和子ほか 『ああ、腹立つ』

      言葉で怒りを表すのってすごく技量がいると思う 著者: 阿川 佐和子 タイトル: ああ、腹立つ むかし読んだ話なのでうろ覚えなのですが、 大時化の中を進む船。そこには著名な作家が乗っていた。船長が甲板まで作家を引っ張り出して言うには 「どうです、この恐ろしい海原を。あなたたち文学者ならさぞかし豊かな文章で表現なさるのでしょうなあ。あなたならどのようにお書きになりますか」 件の作家は一言、 「恐ろしい」 言うなり自分の部屋に戻ってしまったそうです。 喜怒哀楽、あるいは恐怖といった感情は言葉にしにくいもの。言葉にすれば多少なりとも論理付けられ、形が定まるもの。ですがそれはあくまで自分の中での論理。 人に読まれる文章となると、読者に受け入れられるモノを書くのはやはり技量がいるでしょう。 特に怒りは。 人間、何をどう感じ、何にどう怒りをもとうが自由です。ただ周囲を不快にさせなければ。そう、怒っている人間って周りにはすごくプレッシャーになるんですよね。 ここで 「そうそう、その通りだよね。よくぞ言ってくれました」 と同意を得られるか、 「何様だと思ってるのさ、フン」 と顰蹙を買うか。文章で怒りを表すのはまことに難しい。 本書は男女64人の怒りのエッセイ集です。 一編が4ページと短く、しかも活字の組み方も大きいため、さほど分量はありません。短い文章の中で読者を不快にさせず怒りを表現するのは至難の業。 読んでみると大体次のようなパタンに分けられます。 ①国や地方公共団体、人類社会、文明など巨大なものに対して怒る 圧倒的強者に対する怒り、苦言というべきでしょうか。うん、これなら誰でも「そうかそうか」とうなずけるものが多い。 ②有名人などを怒る、叱る ①とスタンスは似ている。書いている当人とは対等な関係だけれども、読者にとっては強者に位置する人々だから、その人のファン以外から反感を得ることはない。 ③非常識な行為、人々に対して怒る 当の本人以外には共感を得られる書き方。ただ、当該者が反省をするかどうかははなはだ疑問。 ④いちいち怒りを抱く自分に対して怒る これなら、誰も攻撃していることにはならないから、顰蹙を買うことはありません。 書いている人々も多彩でして、やはり作家の方が一番多く、文章もうまい。官僚の方は周囲に気を配りすぎたのか不発に終わり、元プロ野球選手は何がいいたいのかわからない文章になっている感じです。あくまで私の感想ですが。 そんな中ですごい! と唸らされたのは哲学者の土屋賢二先生の文章。 飲食店でポマードや香水の臭いを振りまく非常識な人々に対する怒りをつづったのだけれども、そんな自分を最後に見事に相対化させています。 さすが哲学者。 土屋先生のエッセイは前から愛読していましたが、他の方々の文章と並べてみると改めてそのユニークさ、見事さに感心せずにおれません。 なんて。 えらそうにとうとうと述べる私に腹が立ちましたか??? 著者: 土屋 賢二 タイトル: 哲学者かく笑えり 著者: 土屋 賢二 タイトル: われ笑う、ゆえにわれあり 著者: 土屋 賢二 タイトル: 哲学者かく笑えり 著者: 土屋 賢二 タイトル: 人間は笑う葦である 著者: 土屋 賢二 タイトル: 棚から哲学

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  • 11 Jan
    • はやみね かおる  『そして五人がいなくなる―名探偵夢水清志郎事件ノート』

      頼りな~いけど頼りになる名探偵、夢水清志郎! 著者: はやみね かおる, 村田 四郎 タイトル: そして五人がいなくなる―名探偵夢水清志郎事件ノート ニンフという言葉があります。 これは一般には妖精と訳されることが多いのですが、昆虫の世界では幼生、シロアリでは半幼生(成虫の一歩手前)という意味になります。シロアリ以外の昆虫では半幼生をダンと呼ぶこともあります。 人間の世界でもありますよね。成人しているのだけれども世間一般には一人前とみなされていない時期が。子供からみても他の大人とは違う存在が。親に代表される完全な大人の世界と、自分たち子供との中間にいる存在。 例えば私の母の末弟が独身の頃はそんな感じでした。ときどき遊びに来ては私たちの相手をしてくれる、他の大人とは異質な存在。他の大人に比べると頼りないんだけど、それゆえに子供に近く、大人であるからやはり頼れるところもある。 近所に住んでいた大学生のお兄さんなんかもそうでした。 作家の北杜夫さんもそんな時期があったそうで、『ぼくのおじさん』という作品の中で、そんな自分をユーモラスに描いています。 著者: 北 杜夫 タイトル: ぼくのおじさん 夢水清志郎はそんな「名探偵」です。 表紙中央、黒づくめの彼がそう。なんかしまりのない顔をしていますね。 部屋の中は本だらけ。生活能力はほとんどありません。なにせ自分が食事をしたのかしていないかもしっかり覚えられない。ひとことで言えばグータラ。女子中学生の主人公たちが世話を焼かなければ餓死しているかもしれないほど頼りない男です。 そんな彼は紛れのない名探偵。 ・普段だらしない ・無駄な(?)知識がやたらとある ・事件にあたれば冴えまくる シャーロック・ホームズ以来の名探偵の本流に属しています。 でも彼が名探偵であるのはそればかりではない、と私は思います。 彼はニンフ(あるいはダン)。「大人」ではない大人なのです。 普段は中学生にあきれられるほどだらしないが、子供たちの幸福をいつも願っているという一点において大人のスタンスを保っているのです。 本作でも世間の人に非難されようと、名探偵の資質が疑われようとこの点はしっかり守っています。 それゆえ子供たち(と読者)の厚い信頼を得るのです。 大人になりきっていないガキとは違うのです。 作者のはやみねさんは小学校の先生だそうで、子供たちが読んでくれる本をいろいろ探すうちに、ご自分で書き始められたそうです。 推理小説が大好きなはやみねさん、彼が特に好きなのは 「① 名探偵がでてくること  ② とっても不思議な謎がでてくること  ③ ”本格”の二文字がついていること  そして、  ④ HAPPY ENDでおわること  みなさんは、どうですか。」         (『そして五人がいなくなる』「あとがき」より。下線引用者) だそうです。 私も大賛成。 みなさんは、どうですか。  catmeの日記   私の友人のcatmeさんもこの本のファンです

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  • 10 Jan
    • 松原 秀行  『 パスワードは、ひ・み・つ―パソコン通信探偵団事件ノート』

      著者: 松原 秀行, 梶山 直美 タイトル: パスワードは、ひ・み・つ―パソコン通信探偵団事件ノート これぞ現代の少年探偵団! 何度目かの推理小説ブームになって久しい。今回のブームはまんがやアニメが牽引役らしく、うちのおいっ子も「コナン」の大ファン。いつの時代でも男の子は冒険と推理が大好きなんですね。 かく言う私も小学校のころはルパン(リュパン)と少年探偵団をこよなく愛読しておりました。同世代の人はお分かりでしょう。そうです、どこの書店・図書館にもあったポプラ社のシリーズです。 往時のポプラ社のシリーズに匹敵するくらい人気なのがこの松原さんの「パスワード」シリーズと、同じ青い鳥文庫ではやみねかおるさんが書いている「名探偵夢水清志郎」シリーズ。 今回紹介いたしますのはその「パスワード」の1作目。 表紙中央でコックさんのかっこうをしているのが主人公のマコト君。ケーキ屋の息子さんで、学校の成績は並ですが、推理力はピカイチ。 そのとなり、大がらな子が将棋とおやじギャグが得意なダイ君。メガネをかけているのが名門私立小学校の秀才、飛鳥(あすか)君。そしてこの中で紅一点(女の子が一人)のスポーツ少女みずき。みな小学校5年生です。 (本当はまだ他にもいるんですけれどね。この本を読み終わるまでおあずけです) 実にバランスのよい組み合わせとは思いませんか?  主人公マコトは、先ほど紹介したように学校での活躍は今ひとつ、ですが、推理力と推理小説を愛する心はだれにも負けない。 いいですねえ。学校がすべてではない、自分にもほこれるもの、こだわりがあるんだっていうのが。 子供たちは自分の好きなことには強い。大人顔負けの集中力と知識を持っていたりします。 もちろん、マコト・みずきだけでなく、ちゃんとダイ・飛鳥も活躍してくれるところもいい。読者の中には飛鳥やダイの方が感情移入しやすい子だっているでしょうから。 女の子が少ない? これだとバランスが悪い? まあまあ、それは最後まで読んだらわかります。これ以上言わせないでください。マコトも言っているように推理小説でネタをばらすのはタブーなのです。 そしてバックのシルエットは探偵団団長のネロ。 この電子探偵団というのはタイトルにあるようにパソコン通信で始まったものです。とは言ってもだれでも入れるものではありません。ネロの出す入団テストに合格した子だけが探偵団へ入室するパスワードを手に入れられるのです。(残念ながらそのパスワードは本文には書いてありませんが) 最初はネロやメンバーのの出す推理パズルを解いていたのですが、そのうちメンバーの身近で起こった「なぜ?」なできごとをみんなで解いていくようになります(とは言っても、犯罪がからんでいるようなものではありません)。 そんな「事件」が何回か続いた後、メンバーは本当の事件に巻き込まれてしまいます。。。 ユニークな点はやはりパソコン通信を背景に持ってきたこと。シリーズ1作目の本作ではメンバーは当初おたがいの顔すらわかりません。チャットをしているだけです。この時点でもう各人の個性が口調にあらわれていて、読んでてほほえましい。特にみずきの「~だよっ」と、文末に「っ」をつけるセリフは私もだいぶ影響されました(私の記事を探せば見つかるかも)。 で、そのうち「オフ会をやろう」ってことになって顔をあわせるんです。私はこの本で「オフ会」とは何か勉強しました。 もう1点。これははやみねさんの作品でもそうなんですが、シリーズを通して人を殺したり、傷つけたりといった事件が皆無であること。 さまざまななぞを解いていきながら、友情が深まりこそすれ、暗い、みじめなシーンは一つも出てきません。これ、子供向けと銘打ってあるだけに重要だと思います。私がマンガの「金田一」や「コナン」などで不満に思っていることがまさにこのこと。 まあ、人によりいろいろな考えがあるでしょうが。 それにしてもマコトってすごい! 小学生でもうネロ・ウルフを読んでいたとは!

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  • 09 Jan
    • 松永暢史 『親子で遊びながら作文力がつく本』

      魔法の言葉が子供(と大人)の心を開く 著者: 松永 暢史 タイトル: 親子で遊びながら作文力がつく本 親御さんが子供からもらってうれしいものの一つに、子供さんの作文(や絵)があります。私の塾でもそうでして、夏休みなどに作文講座で書いた物を親御さんに読んでいただくと、これが非常に評判がよろしい。目を細めたり、少し涙ぐんだり。 ですから生徒さんには「親へのプレゼントは作文が一番いいよ。お金もかからないし」なんてあおっている次第。 かく言う私も(子供はいませんが)甥っ子から初めて作文をプレゼントされたときは感激したものです。タイトルは「てるてるぼうずのつくりかた」。文字通りてるてるぼうずの作り方を説明しただけのものでしたが。。。 ところが「作文キライ」というお子さんは結構います。 私が「作文を……」と言おうものなら、最後まで聞かず 「え~~~(怒)」 ブーイングが出ること必定。もちろん「作文がスキ」という子もいますが、少数派の悲しさか、ブーイングに加担する始末。 でもそれは決して書くことが嫌いなのではなくて「書け」といわれて書くのが嫌いなだけ。大人だって好きで報告書や企画書を書いているわけではありませんものね。 生徒からもらう手紙や年賀状などを見ると皆実にユニークです。そして心がこもっています。伝えたいものがあれば伝わるもの。 そう、書きたいことなら書くんです。要はいかにそれを引き出してやるか、なんですが。。。 松永先生の手法はまさにマジック。個別指導で子供と対話しながら心を開かせ、作文を書かせていきます。 その姿は「したたか」。いえ、これは純粋な誉め言葉です。子供の視点に立つ、と言っても子供と同等になってしまっては逆効果。こちらがリードしていることを悟られないようにリードする、それがタイトルの「遊びながら」のことなのです。 具体的に言えば「誉め殺し」と「マップ法」の2つ。子供と会話しながら 「すごい! 傑作になりそうだぞ、メモメモ」 なんて心から賞賛し、子供をその気にさせる。この「心から」の部分が大切で、決して子供をだましているわけではありません。松永先生は作文はすばらしいもので、誰でも書けるものだという信念があるのです。 「じゃあ、まず最初に真ん中に大きく『クワガタ』を書いてみよう」 これはマップ法の導入。サブタイトルの「メモをつないで……」の手法です。 マップ法と言うのは主題を紙の中央に書き、それから連想されること、キーワードなど次々枝分かれして出てくるものをつなげたものです。 本書にもその例が出ています。 かくして「作文大嫌い」な男の子は夏休みのクワガタとりを大長編に纏め上げ、作文の好きな子は好きな子で大人も真っ青の文章を作り上げてしまいます。 私は松永先生を心の師と仰いでおります(残念ながら直接の面識はありません)。もちろん、個別指導だからできること、一斉指導では難しいことなのかもしれません。ただ学校でも塾でも「名人」と呼ばれる教師は子供をその気にさせるのがうまい人ばかり。 「親子で」とありますが、教師も必読の本であると思います。

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  • 08 Jan
    • ジャック・フィニィ 『夢の10セント銀貨』

      著者: ジャック・フィニイ, 山田 順子 タイトル: 夢の10セント銀貨 めるへんめーかーさんの表紙がGOOD 何度選択しても結局未練が残るものは? フィニィといえば侵略物のSF『盗まれた町』などが有名ですが、その本領はむしろユーモアと哀愁のファンタジーにあるのではないでしょうか。 この「10セント銀貨」はパラレルワールド物。じゃあSFじゃん、と言われればそうかもしれませんが、「盗まれた~」のような大掛かりな設定ではない。 フィニィにとって、人物と同じくらい町の風景が大切で、この作品でも主人公のベンの口を借りて古きよきアメリカの町に対する郷愁を述べています。 主人公のベンは現実世界では会社に不満を持ち、自分はもっと別のことができると思い続け、結婚して数年の奥さんにはあまり関心がない。まあ、どこにでもいるタイプですね。 どこにでもいるタイプなんだけど、ちょこっとだけ普通ではない。鏡に向かって自問自答したり、友人とわけのわからぬ発明を作ってみたり。ややおちゃらけタイプ。 パラレルワールド物では現実世界から平行世界への移行の方法とタイミングが重要なのだけれども、ここではなかなか凝った設定になっている。それはレア物の貨幣を使用する、というのだけれども、確かにこれだと気づかないうちにパラレルに移行してしまう。ほとんど同じだけれども微妙に違う世界。本人が移行したと自覚しない方法としては良くできているのではないでしょうか。 そのパラレル世界はベンのお気に入りのものばかり。昔失った町の風景もそう。そして何より奥さんは別人! 元の世界でも少し未練が残っていた女性と結婚したことになっているのです。 もう、願ったりかなったりですね。 ウハウハの毎日を送るベン。ところがそこに元の世界での自分の妻が現れて、しかもあまり気の食わない友人と結婚するという。元の世界ではさんざほっぽらかした女性なのに、ここの世界では赤の他人なのに、ジェラシーに狂うベン。 わかるなあ、その気持ち。 ということでベンはあっちの世界とこっちの世界を行ったりきたりして、奥さんの気持ちを勝ち取ろうと悪戦苦闘するのです。 望みがすべて満たされているはずなのに結局もとの世界に収まってしまうのかと思いきや。。。 男はいくつになっても子供の心を忘れず、ここでない世界を夢見るもの、なのか? 全体に軽妙な語り口調。パラレル物としてはありがちな展開ですけれども、いい年になっても子供っぽい言動のベンがなぜかほほえましい。そんなロマンチックコメディです。

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