• 24 Nov
    • 井沢元彦 『日本史集中講義』 祥伝社

      井沢さんは劇薬だと思う 少し昔話を。 学問の世界も時流に流される、逆らえないことってあるんですよねえ。 私が高校生だった1980年代は冷戦の最後期に当たるものの、ソ連はまだ元気で(ブレジネフさんの時代でした)、韓国はまだオリンピック前で、アメリカ(カーターさん)はやや下降気味で、イギリスは老大国でした。日本はジャパンアズナンバーワンの少し手前でした。 ええと、何が言いたいのかと申しますと、一概に資本主義諸国は情報がよく入ってきていたので、悪しき話題が強調され、共産諸国は神秘のベールに包まれ、よいイメージがもたれていたのです。高校生に届く限りでは。 (新書などで「ソ連帝国の崩壊」なんて本がありましたが) 時代を感じますね。 ソ連。世界最初の共産主義(なぜか教科書では「社会主義」と書いてあったけれども)国で、貧富の差がなく、15の共和国に分かれ、多数の自治共和国、自治管区などが設けられ、少数民族に対する配慮もばっちり。計画経済で不況知らず。 対してアメリカ。経済繁栄を謳歌するのはワスプと呼ばれる一部白人で、スラム街に象徴される貧困層があり、インディアン(今じゃネイティブアメリカンという)虐殺、黒人奴隷虐待の過去がある。 というのが当時の普通教育(の地理、歴史)を受けた高校生が抱くイメージでした。 北朝鮮と韓国。並べて学びましたねえ。北は畑作、重工業中心で、南は稲作、軽工業中心。やや北がすすんでいる印象を抱かせません? そして日韓/日朝関係。日帝36年の横暴。強制労働。 日中関係。南京大虐殺。30万人虐殺。 なんと批判されようとも、「自虐史観」であることは実際に教育を受けた私が実感しています。 教科書に述べられた蛮行をなした(とされる)のは私の祖父母の世代なのですよ...... 感受性の強い(。。。人よりはおっとりしていたかも。。。)少年期に、私は祖父に対し複雑な心境になり、日本を忌み嫌い、日本人である自分を恥じました。 歴史教育というのは(地理も)、実はものすごく重要なんじゃないかと10年ほど前から思いはじめました。 そのようなときに出会ったのが井沢さんの各著書。 日本人の持つ「宗教」、「穢れの思想」「怨霊思想」を基に説くその歴史観は非常に明快で、論理的です。そして現在に至るまで彼のスタンスは変わっていません。 興味のある方は試しに中学の歴史教科書をご覧になってください。特に金現代史になると、「近隣諸国への配慮」からか、書いてある内容は理解できるのですが、流れがつかめないため、トータルで何を言っているのかわかりにくくなっています。 私は学習塾、という現場でひしひしと感じるのですが、歴史嫌いの子供さんが増えています。学校の先生も教えられるのにかなり苦労されているみたいです。 その点、井沢さんの説く歴史はわかりやすい。 現在、井沢さんのライフワークとして『逆説の日本史』シリーズがあります。この『日本史集中講義』は『逆説』のダイジェスト版ともいえます。 なにせライフワークですから、『逆説』はかなり大部。現在(「週刊ポスト」で連載中ですが)、江戸時代、鎖国に入ったあたり。ですから『逆説』の読者でも、井沢さんが江戸中期以降をどう描くのか、この本を読むことによって先に知ることができます。 とはいえ、井沢さんは歴史(学)の改革者、先駆者を自任しているためか、(とくに『逆説』シリーズでは)日本の歴史学界に対し、かなり攻撃的な、キビシイ描写も見られます。 まあ、ともかく、先にも書きましたように井沢さんのスタンスは一貫しています。主張の根拠は揺るぎません。ですから、昔からの読者にすれば「またこの話か」という感想も正直あるのですが、この本に関してはまず「集中講義」であるため、独特の理論も最小限度にとどまっています。 わかりやすい、は諸刃の剣。井沢さんの本はどれも読みやすく、読み応えもあり。でも劇薬です。よく効きます。ある種の人にとっては致命的かも。。。

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  • 21 Nov
    • 山田真哉 『女子大生会計士の事件簿〈DX.1〉ベンチャーの王子様』 角川文庫

      ライトで楽しいビジネス書またはミステリまたはコメディ 私、とある検定を目指しがんばっている(つもり)のですが、社会人で勉強するのってたいへんですね。。。 いや、それなら学生時代に勉強、やってたか~? と聞かれると甚だ困るのですが。。。 。。。スミマセン。。。 今も昔も変わらず根気なしです。 勉強のための勉強、というのが苦手で、何か他の目的も抱き合わせての勉強ばかりしていました。主に趣味をかねて、ですけれども。 まあそんな私ですから、この本のキャッチには飛びつきました。 ミステリを読みながら簿記の勉強ができるだなんて。しかもハンディでお得(500円)な文庫本。 作者の山田さんは公認会計士。各章末には脚注が、巻末には用語集までついてます。また、山田さん、学生時代は日本史を専攻していらっしゃったとのこと。女子大生で公認会計士!の 主人公「藤原萌実」やペーペーの会計士補のワトソン役カッキーこと「柿本一麻」をはじめ、登場人物や企業名などネーミングにもにやりとさせられます。 内容は冒頭にも書きましたようにライトな乗りですから、2時間もあれば読めてしまうでしょう。だからといって(この手のものによくあるような)ビジネス書としても小説としても中途半端、なシロモノでは決してありません。 今流行の美人で勝気な女性と気の弱い優男のコンビ(個人的には優男よりうだつのあがらぬ中年とのコンビという設定のほうが好きですが……)をメインにすえた、今風のコメディとして十分楽しめます。 このシリーズ、なかなかの人気で、コミックも出ているそうです。文庫2巻も今月25日発売! さてさて、私の検定の結果は。。。 。。。聞かないでください。。。

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  • 19 Nov
    • 内藤正典 『ヨーロッパとイスラーム―共生は可能か―』

      日付、間違えちゃいました メンテに泣きつつがんばりましたっ ようやくアップできた~~ 日本が見えてくる1冊 実は日曜日から機会があればこの本について書こう書こうと思っていたのですが、あれよあれよという間に世界情勢が動いてしまいました。ただただもう驚くばかりです。 ついにオランダでもテロが起こってしまいました。「多文化主義」のオランダで。 はたしてイスラム原理主義はそれほど凶悪な存在なのか。 テロに倒れた映画監督、テオ・バン・ゴッホ(あのゴッホの弟の孫)が批判していた女性への差別とはどんなものか。 著者、内藤正憲さんは長年に渡るフィールドワークで以上の疑問にわかりやすく答えてくれています。ヨーロッパの中になぜムスリム(イスラム教徒)がいるのか、から始まり、ドイツ、オランダ、フランスでの現状を述べています。 ものすごくタイムリーな選択ですね。 内藤さんはオランダの政治、多文化、共存についても述べています。それは言葉からイメージするような「理解すること」ではなく、存在を認めること。カソリックもプロテスタントも、無心論者も、ゲイも、そしてイスラムも、オランダ社会の中で「柱状化」してそれぞれの社会を築きあげているのだと。しかし、そのオランダの伝統もそろそろ限界に来ているのがわかると。 うーん、まさにおっしゃる通りになってしまいましたね。 オランダでのテロが衝撃的なのは、この本の中で述べられている他の2国、ドイツ・フランスよりも「共存」がうまくいっているように見えるからです。実際、オランダの政治社会の伝統である「柱状化」を読んでいても、私には、成功が続くように思えたのですが、著者はそこに潜む危機をするどく察知しています。 もちろん3カ国だけでなく、総括として欧米とイスラムの問題、今後の課題なども述べられています。 -イスラム原理主義は怖い というのはあまりにも偏った見方です。そのような方はぜひこの本を読んでみては。 -(ムスリムの女性が巻く)スカーフは女性差別の象徴である これは難しい問題です。実際そうである場合もあり、そうでない場合もあります。この本を読んでみればそこが良くわかります。 -民主主義は普遍的なものである かどうかを一度考え直してみては、とこの本を読み、強く感じました。 どんな国でも移民がおり、少数民族や宗教が存在します。またそれぞれの国にそれぞれの歴史、伝統、政治形態があります。ヨーロッパにおけるその実態を見ることで、日本が見えてくる一冊です。

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  • 17 Nov
    • イエスと親鸞

      クリスチャンの方決して怒らないでください。 昔。 私が某大学を受験したとき、その問題の中に「『悪人正機』とキリスト教の類似を述べよ」というのがありました(うろ覚えですが。もしかしたら入試ではなく、大学の試験だったかも)。 悪人正機とは「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや(善人でさえ往生できる、悪人はいうにおよばない)」というもの。善人が救われるのはわかりますが、悪人がそれ以上の扱いを受けているのは不思議ではありませんか? 私はこう考えます。 悪人、というのは庶民。公家や武家ではなく、自分の手で稼ぎ、生活をしていた人々だと。 人は自分の力で生きていく以上さまざまな「悪」を行います。ただ、ここでいう「悪」は、俗世の法や道徳を破ることでなく、宗教の戒律を守れないことです。宗教にはそれぞれさまざまな戒律があります。旧約聖書のモーゼの十戒など有名ですよね。仏教には不殺生戒(動物を殺したり、肉食を禁じたりする戒律)などの戒律があります。しかしながら戒律を守りながら生活を続けるのはきわめて困難です。とくに生産活動をする人々は。都市生活者はある程度できるでしょう。自分で生産をしない貴族階級ならなおさら可能でしょう。しかし、それらの人々の生活を支えている人々には困難な課題です。農民なら、土地を開墾するとき、あるいは獣や虫の被害を防ぐとき、あるいは食料として殺生を行わざるを得なくなるかもしれません。 このような人々が「戒律を守らない」から救われない、とするなら、これほど矛盾したことはありません。彼らが戒律を守る、「清い」生活を送るため、たとえば出家したとするなら、今まで「清い」生活を送っていた人々が戒律を守れなくなるからです。 このような問題は形を変え、現在にも受け継がれています。私たちはともすれば私たちの生活を支えているものが何であるか忘れてしまいがちです。安全で清潔な場所から、それらのものや人を見下してしまっていないでしょうか。 親鸞はそのような人々こそ救われる、としました。そして自分も肉食妻帯をしました。 イエス・キリストも同じようなことをおっしゃっています。 安息日(ユダヤ教で働いてはならない、聖別された日)に弟子たちが畑の穂を摘み食したことを戒律を重んじる人々に批判されたとき、あるいは安息日にご自分が癒しなどの奇跡を行ったことを批判されたとき、戒律が主で人が従なのではなく、その逆だとおっしゃいました。形式にこだわり、人としての大切なものを失ってしまうのではだめだ、と(クリスチャンの方、すみません。この辺かなりはしょってます)。形やそれをつくろう行いよりも、思い・信仰やその結果の行いを常に重んじておられました。 親鸞も師の法然の「念仏を唱えれば救われる」を発展させ、「念仏を唱える(=行い)ことがなくても救われると信ずれば救われる(阿弥陀仏にそのような力があることを信じれば救われる)」(他力本願)としました。 思うにイエスや親鸞だけでなく、このような人々は多々いたと思います。 宗教家でなくても同じような人はいたでしょう。 形骸化したものを再び蘇らせた人が。 さて、 私の不勉強ゆえ、キリスト教や真宗の教えを正しく伝えきれていないと思います。 私は歴史的にこのお二方の類似を述べるに過ぎません。 間違った解釈があればすべて私の責任です。そのときはご容赦ください。

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  • 13 Nov
    • 吉良上野介とリチャード3世

      年末は第九と忠臣蔵と紅白歌合戦。 というのが私の子供のころの日本の定番でありました。 それくらいメジャーな忠臣蔵。そして吉良上野介。 この人、忠臣蔵がメジャーなばかりにかなり損してます。芝居、講談、すなわち虚構のイメージが強すぎ、歴史上の吉良義央(上野介)とは乖離しております。 フィクションが現実を凌駕している、それだけ忠臣蔵は偉大なのでしょう。 20年位前からは一般でも講談の上野介と区別し、史上の吉良義央をきちんと評価しようというものも多くなりました。また小説などでもそのようなものが増えてきました。 (小説では小林信彦さんの『表裏忠臣蔵』、漫画では杉浦日向子さんの「本朝大義考 吉良供養 検証・當夜之吉良邸」がおすすめ) 洋の東西を問わず、このような例があるようです。 「三国志演義」の曹操。『リチャード3世』のリチャード。 リチャード3世。プランタジネット朝(ヨーク家)の最後のイングランド王。あのシェークスピアの戯曲で描かれたことが彼の悲劇でした。 忠臣蔵の吉良上野はケチな悪党ですが、シェークスピアのリチャード3世は圧倒的な存在感を持つ悪党として描かれています。その魅力に古今の名優も魅了され、さまざまな役者がリチャードを演じてきました。 ローレンス・オリビエの映画版など、ある種のエロスを感じるほど。せむしでびっこ、悪に醜くゆがんだ顔。にもかかわらず、彼が口説けば女性も男性もころりとだまされてしまいます。 史実のリチャードはなかなか有能であったようです。イギリスの推理小説家ジョセフィン・ティンが『時の娘』(早川ミステリ文庫)で描いて以来、名誉回復も盛んになりまして、「リチャード3世協会」というのまであります。またリチャードのファン「リカーディアン」という人々までいます。 歴史小説などのフィクションは歴史に親しみ、その入り口となるに大きな役割を果たしていることは事実ですが、歴史、歴史観が固定されてしまう作品があるのも事実。 傑作であればあるだけ、人々はその呪縛にとらわれてしまっています。 宮本武蔵といえば吉川英治の、坂本竜馬といえば司馬遼太郎の作品イメージが定着してしまっています(勝海舟なら子母澤寛)。 しかしながら源義経、豊臣秀吉などは小説でもさまざまに描かれ、評価も多面的。 つまりは武蔵、竜馬などに吉川さんや司馬さんの作品を凌駕するもの(少なくとも匹敵するもの)がないのが原因でしょう。 (くれぐれも誤解しないでください。私は司馬さんを批判しているのではありません) いつの日かそのような作品が描かれることを夢見つつ、本日はこれでお暇いたします。

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  • 12 Nov
    • ジャクリーン・ウィルソン 『ふたごのルビーとガーネット』(Double Act)

      読者を引き込む楽しい仕掛け 著者: ジャクリーン ウィルソン, Jacqueline Wilson, Nick Sharratt, Sue Heap, 小竹 由美子, ニック シャラット, スー ヒープ タイトル: ふたごのルビーとガーネット 家族ってなんだろう?  『ダストビン・ベイビー』でも同じ事を書きましたが、 ふたたび書かせて下さい。 一緒に住んでいるから家族なのか。 血がつながっているから家族なのか。 ウィルソンさんの物語は設定がいつも斬新です。 この物語はタイトル(表紙も見て下さい)どおり、仲の良いよいふたごが主人公。 お母さんは早くに亡くなったけれども、おばあさんとお父さんとで仲良く暮らしていました。 ところがお父さんが「会社をやめたい」と言い出します。 さらにお父さん、恋人ができ、家に連れてきました。 そしてついにお父さんは脱サラ。 どうやらお父さんの心変わりは彼女に原因があるらしく…… 物語は二人のつづる「日記」ですすんでゆきます。 これがなかなか面白い仕掛けがあるんです。 活発な姉ルビー、シャイな妹ガーネット、二人の性格をそのまま表すように、 それぞれ活字の字体が違います(原書でもそうです)。 さらに表紙をよおく見て下さい。 左がルビー、右がガーネット。 よく似ていますが、それぞれ別のイラストレーターが書いています。 わからないですか? そうですよね。私もしばらく読み進むまで気づきませんでした。 このように読者を引き込む仕掛けはもちろん、上記のように内容も目が離せません。 ですので、ペーパーバックもおすすめ。 多少英語がわからなくても、イラストや文字を見るだけでも楽しめてしまう。 著者: Jacqueline Wilson, Nick Sharratt, Sue Heap タイトル: Double Act 「死ぬまでずうっと一緒」と言っていた二人、 はたしてどうなるのでしょうか。 様々な子供と家族を描くウィルソンさん。 今後も目が離せません。

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  • 11 Nov
    • パウロ・コエーリョ『悪魔とプリン嬢』

      人は善だけの存在ではなく、また悪だけの存在でもない。 観光シーズン以外はひっそりと静かで平和な山間の田舎町。 ある日突如訪れた異邦人。その男と出会った主人公シャンタール・プリンは 彼の恐ろしい計画を聞かされます。 それは町の住民が待ちの誰か一人を殺してくれれば、 町全員が一生豊かになる地金を提供する、というもの。 そしてプリン嬢にこの話を町の住民に伝えてほしいと。 なんとも刺激的な設定です。これだけでもうワクワクしてきますね。 個人と集団の心理の差異がうまく描かれています。 皆に伝えるかどうか悩みに悩んだプリン嬢に対し、 神父、地主、町長などをはじめとする町の首脳陣、また住民の決断は 「ええ?」と思うほど速く、以後、事件も急展開してゆきます。。 群集心理の恐ろしさ。ここらへんは小野不由美さんの『屍鬼』などを思い出し、ぞうっとしました。 この本は『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』『ベロニカは死ぬことにした』に続く3部作だそうですが、3作とも人物、設定が違いますので、この作品だけ読んでも十分楽しめます。 聖書の引用や、天使、悪霊など出てきますが、宗教的な教養もいりませんし、 オカルトでもありません。 3部作の共通テーマ、「人は短期間でどこまで変われるか」を鮮やかに描いた作品です。

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  • 10 Nov
    • 城平京『名探偵に薔薇を』

      「名探偵」であることの切なさ 犯罪を暴く以上、人の醜い面を見続けなければなりません つねに感謝されるとは限りません 時には憎まれる事も 映画「トロイ」で有名になりましたが、 トロイ戦争でも、預言者は疎まれ続けました 聖書でも預言者は常に迫害されるものでした 信じられないから 信じたくないから 恐ろしいから 恐ろしい予言が当たったから お前のせいだ お前がいなかったら …… そのような意味で、まさしく この本の名探偵は古代預言者の正当な後継者なのです。 この作品にはタイトルが示すとおり、 名探偵にささげる限りなき愛情と哀愁を感じます。 瀬川みゆき――この物語の主人公ですが、 彼女の設定がかなり独特。 また前半の事件と後半の事件での彼女の変貌振りにも(それはわずかな事ですが) 胸が痛みます。 そして純粋な少女の愛。 探偵小説の常として これ以上は申せません。 ただ、名探偵の業を知りたいなら この本、必読です。

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  • 09 Nov
    • パウロ・コエーリョ 『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』

      私は、ベストセラーとか感動なんて言葉には弱い。そのような言葉を見たり聞いたりしたら、なるべくその本は読まないようにしています。 なぜなら    ①本当に泣けたら困るし(たいてい本屋で立ち読みしているため)  ②泣けなかったらがっかりだし で、ベストセラーのこの本、同じ著者の他の本を読むために読み始めたものですが、 困りました。  ①近所に本屋がほとんど無く、あっても置いてなくて困りました  ②過去の自分と対決することになり、気持ちに整理がつかず困りました これは愛の物語です。 日本語の愛は様々な意味を含んでいるので、説明に困るのですが、単なる男女間の恋愛ではなく、また聖書で説かれている愛でもなく(私はそう感じました)、もっと広い意味での愛。 ええと、私は若い時分いろいろな宗教(主にキリスト教系)に身を寄せ、活動していたのですが、 私の中では「神の愛」と「恋愛」は別物で、前者が寄り高次元な物だと感じておりました。 それゆえこの愛の物語は私を困惑させたのです。 何度も読み返さなければなりませんでした。 何度か読み返し、やがてゆっくりと心の中に感動が、染みてゆきました。 ラストはいい意味で期待を裏切られます。 これはベストセラーであり、感動の愛の物語です。 しかし決してセンセーショナルでもセンチメンタルでもありません。 心の上澄みに漂わず、静かに奥底に染みてゆきます。

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  • 08 Nov
    • 近鉄ファンの皆様ごめんなさい(承前)

      人同じならず、といえば。 当時通学ルートには2軒の本屋さんがあったのですが、今回歩いてみたら、そのうちの1軒がない。いつの間にか何とかセラピーのお店になっている。 いつの間にか。 とはいえ、来たのが十数年ぶりなのですから、無理もない。 しかし、寂しさを感じずにいられません。 書店、特に小売書店が減少していると言われてから久しい。現に私の職場周辺、通勤路でもこの2年間に2軒、閉店しました。 まあ私もたまにしか利用してませんでしたが。 今回合併が決まったオリックスと近鉄。近鉄ファンの言葉を聞くたび 「なくなって困るのなら、もっと球場で試合を見ればよかったのに」 とひそかに思っていました。 近鉄ファンの皆様、ごめんなさい。 阪神ファンの私にはわかっていませんでした。失って寂しいものの存在を。 通学路の書店の閉店は、単にノスタルジーの対象が失われたことだけではなく、(大げさに言えば)日本の文化の危うさを物語っているように思えます。 確かに品揃えは大型書店の方がいい。そりゃ当たり前。また、郊外にはCDショップなどもあわせたやや大型の書店が増えているとか。しかしそれは大人の理論。 大人ほど機動力のない子供たちにとっては、これらの大型書店は自分たちの生活圏内にはない。郊外の書店などは車を持っている、大人が主な対象です。 本が好き、嫌いにかかわらず、町中の書店は本に接する機会を与えてくれます。 私の後輩たちはその機会が減ってしまったのです。 コンビニで立ち読みすればいいのかもしれません。 自転車で少し遠出して郊外の書店に行けばいいのかもしれません。 休日に家族と行けばいいのかもしれません。 しかしコンビにには本はほとんど置いてありません。「休日」「遠出」では日常の生活内とはいえません。 そう、駄菓子屋がなくなったことを惜しむ人々のように私は小売書店を惜しむ。 おらが町の野球チームがなくなった人々のように小売書店を惜しむ。 最近の自分がほとんど寄っていなかった、そのことに少し罪悪を感じながら。 もちろん、書店側の経営努力もあるでしょう。環境が大きく変化しているせいでもあるでしょう。 私はここで何をどうすべきなのかを言っているのではありません。ただ私の感傷を述べているに過ぎない。 ただの愚痴です。

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  • 05 Nov
    • 近鉄ファンの皆様ごめんなさい

      先日 母校(高校)の近くまで行くことがありました。 我が校は住宅街の中、白い街、団地の群れの中にあります。 巨大な台形(グランドが当時県下最大だったとか)の二辺はバス通りに面し、 残りの二辺は団地群に接しています。 小中高、ついでに大と徒歩通学だった私。 昔の通学路をたどるのも一興と、ぶらぶら歩きました。 通学路とはいえ、三年間ずっと同じだったわけではなく、 町並みも当時とは大きく変化もし(何せ○十年たってますから)ていますから あっちに行けば戻り、こっちに曲がれば戻りして、結構な時を潰してしまいました。 幸い、○十年たっても道筋はほとんど変わらず。学校や郵便局、役場の出張所など、お上の施設はそのまま。巨大な団地の群れもそのまま。 一方で店舗などはだいぶ入れ替わっていました。 携帯電話のお店がある。 ××薬局なんてのがある。 パソコン教室や学習塾がある。 ファストフードがあっちにある。 コンビニエンスストアがこっちにもある。 。。。。。。 とまあ、どこの町でも見られる変化を遂げていたわけですね。 年年歳歳 花相似たり 歳歳年年 人同じからす なんて気取って歩いておりました。 (この頁続く)

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  • 04 Nov
    • 目があう

      その本屋さんは地下鉄駅前の小さなお店です。 人が4人もいれば込み合っているなと思わせるぐらい小ぢんまり店。 奥には成人向けの本屋ビデオがある、決してきれいとはいえない店です。 何の変哲も無い本屋さんですが、 なぜかそこに行くと良く出会ってしまうのです。 「この1冊」というやつに。 それは文庫本のときもあればハードカバーのときもあります。 雑誌のときもあれば新書のときもあります。 平置きの場合はめったに無く、たいていは、書棚に並んだ、 その他大勢です。 ただなぜかふと「目が合って」しまって、手に取り、 ぱらぱらとめくっていくうち、ゾクゾクときてしまって、 レジに向かうのです。 (私は映画でも本でも人の出合いでも特別なときはゾクゾクするみたいです) 本当に「目が合った」としか言いようが無いのですけれども。 お気に入りの本屋さんの一つです。 ただ頻繁には行きません。 月に一~二度といったところでしょうか。 あまり頻繁になると出会いも生まれませんものね。

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  • 02 Nov
    • ジョゼフ・フーシェ

      私のIDはfouche1792。これ「フーシェ」と読みます。(フォーチェじゃないです、母上) フランス革命期に活躍(暗躍?)した、人物の名前を拝借しました。 1792は1792年のこと。興味ある方は世界史年表で調べてみてください。 IDにするくらいだから、かなり気に入っているのです。今日はそのフーシェをめぐる四冊の本について。 倉多江美『静粛に、天才ただいま勉強中!』 全11巻 潮出版社(絶版) すみません、これはコミックです。主人公の名前はなぜか「ジョゼフ・コティ」となっていますが、あきらかにフーシェ。私はこの作品でフーシェに出会いました。 倉多江美さんは、橋本治さん評していわく、「水分が三割欠乏している」。そんな独特の絵柄、作風で、この稀代の陰謀家をはじめ、ロベスピエールやナポレオン、ジョゼフィーヌを、英雄たちに垣間見える小市民的な人間性をコミカルに描いています。 シュテファン・ツワイク『ジョゼフ・フーシェ―ある政治的人間の肖像』岩波文庫(写真) 735円(税込み)。。。岩波文庫も高くなったなあ。。。 「ロベスピエールとナポレオンを打ち砕いた男。」まずこの言葉にググッときちゃいました。正直、コミックを読んだだけ(しかも当時連載途中だった)なので、「フーシェ?WHO?」の感が強かった私、もうのめりこんじゃいました。 ここではフーシェを中心に革命~帝政史が描かれています。 「変節漢」「爬虫類的性格」「陰謀家」とフーシェを褒めちぎって(?)います。 その一方であきらかに財産狙いで結婚した「醜い妻を心から愛し」た事実、市民的勤勉さで仕事をこなしたことなど、この人物を立体的に描いています。決して悪徳政治家を書いているわけではないのです。 日本ではよく「クリーンで有能な政治家、指導者」が求められていますが、ロベスピエールや松平定信、東条英機のことを思うたび、そのことに疑問を感じます。 フーシェ的な人間のほうが政治に向いているんじゃないでしょうか。フーシェのように汚い役回りを引き受ける人物がいつの世にも必ずいて、つまり、必要ではないでしょうか。 ジョン・ディクスン・カー『喉切り隊長』ハヤカワ文庫 推理小説です。密室の大御所、カーの歴史ミステリー。 ここでもある密室トリックが使われています。それも「密」でも「室」でもない「野外の密室」で。 カーはおそらくツワイクの書いた、ナポレオンも恐れた知性、フーシェを存分に活躍させたかったのでは。主人公ではないものの、重要な役割が振られています。主人公より目立ってます。 主人公とフーシェ、そして姿見せぬ犯人の知恵比べが秀逸。ラストの緊迫感はたまりません。またフーシェが垣間見せる人間性、これもラストで鍵になるところがまたいい。 ミステリーなのでこれ以上は申せません。ナポレオンとミステリーが好きな方、ぜひ。 鹿島茂 『情念戦争』集英社インターナショナル フーシェ、ナポレオン、そしてタレーラン、この3人の天才を主人公に革命、帝政を描いています。キーワードはタイトルにもある「情念(パッション)」 ナポレオンの熱狂情念 タレーランの移り気情念 フーシェの陰謀情念 鹿島さん独自の切り口で興味深い。塩野さんが『ユリウス・カエサル』のの中で述べられていた「野心と虚栄心」を連想しました。 でもやっぱり、フーシェもタレーランも、ナポレオン抜きには語れないのですね。ナポレオンのほうは彼ら2人抜きでも語られることも多いのに。ナポレオン、恐るべし。 他に 辻邦夫『フーシェ革命暦』、長塚隆二『ジョゼフ・フーシェ―政治のカメレオン』、バルザック『暗黒事件』 などがありますが、まだ入手してません。 全部、絶版。フーシェ、人気ないのかなあ。

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