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今回は、サンデル教授の

JUSTICE  第4回
Lecture 08 4 - 2部

「同意と契約によってつくられた公平さ」
(社会に入る同意)
ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室

ジョン・ロックや自然権について
自由原理主義(リバタリアン)
との比較などについて紹介します。


サンデル教授の
テーマに沿っての
質疑の仕方を身に着けて、

それぞれの正義について
話し合っていきましょう。

正義のない所に、
自由は存在しません。

 

今回のサンデル教授の講義は、
 講義4 Lecture 08 4 - 2部

「同意と契約によってつくられた公平さ 
(社会に入る同意)」
について考え学んでいきます。

---------------------------------------------
※ビデオ内では、
Lecture  07  4 - 1部
「 国ができる前の正義を考える
(土地の略奪に正義はあるか?)」

Lecture 08 4 - 2部
「 同意と契約によってつくられた公平さ 
(社会に入る同意 )」


--------------------------------------
Lecture 7 ・ 4-1部、
~24分頃まで
Lecture 8・ 4-2 部は、
24分頃から始まります。
--------------------------------------

今回は、Lecture 8 ・ 4-2部
の日本語訳を紹介しています。


サンデル教授の講義を参考に、
さまざまな正義について話し合ってみましょう。

**********************

すでに、裁判所の判決に、
民間から判決の判断に参加する事になっていたり、
選挙権は、18歳からや
来年からは、小学、中学へと段階別に、

社会正義(公正・公平)の勉強が始まったり
市民レベル、各自治体などでも
国民の自由を高めるために、
積極的な、社会正義の学びが進行中です。

公正・公平・社会正義教育開始のニュース
正義を重んじ公正・公平な社会を(文部科学省)
公正公平社会正義教育実行まで,
このような準備がされました。
(国立大学法人 東京学芸大学)


各校・地域取組例
H26防府市立松崎小学校
H26柳井市立新庄小学校
【学校必修】として扱っている指導計画例

多様な教育課題に対応した(東京都) 
など、、、


そこで、今回は、
数年前、NHKEテレで大変話題となりました。
ハーバード白熱教室
マイケル・サンデル教授の講義を準備しております。

 

マイケル教授の講義を見ていますと、
正義と言う
難しいテーマを
質疑の中で、

隠れている個々の正義を
対立する考えや擁護する考えなど、

学生の意見をうまく引き出しながら、
教授と学生たちが一体となり、
正義についての講義が進められます。

面白く、わかりやすく、
白熱して来る質疑に、
わくわく興味を深々と魅かれていきます。

次第に、
日頃、良きことだと信じていた、
隠れている理性
(当前の事、普通の事など)の不安
を明らかにされ、
深く考えを進められます。

それぞれの正義を導き出す
考え方、質疑の進め方
(マナー)などが
次第に養われ、
正義の根本に迫っていきます。

正義を考える上で、
必要な知識や考え方が
自然と入ってきます。

1講義、おおよそ1時間が、
あっという間に過ぎてしまう。
もっと聞きたくなる、
もっと参加していたくなる、
そんな講義です。

サンデル教授の質問に、
あなたなら、どう答えますか?

講義に参加してると思って
一緒に考えてみてくださいね。

自分で使えそうだと思えば、
どうぞ、遠慮なく日常でも、
どんどん取り入れていきましょうね。

*************

正義と言うと、

アニメや時代劇に出てくる
正義の見方〇〇登場のように、

悪事を働く悪人を退治する
絶対的な正義のヒーローを

つい連想してしまいますよね、

でも、

実は、違います。

正義は、一つではありません。

人間には、様々な考えがあり、
それぞれに正義があります。
73億の人がいれば、
73億人個々一人一人に正義があります。

 

自分にも、相手にも、すべての人に、
ゆずれない正義がある事を認めましょう。

正義と正義が対立している時は、
互いの正義がある事を認め合いましょう。

お互いの平和や
良き関係を保ったり、築いたり
お互いの更なる幸せを追及するために、

お互い相手に、敬意や尊厳を表し、
正しい知恵、忍耐、勇気、寛容さを持ち、

協議し合い、優先順位を考えてゆき、
隠れている理性を明確にしながら、

互いの共通する正義、又、
より良き方向性への正義を
生み出す事が必要になります。

その時に注意を払わなければならない、
基本となる代表的な派として、
3つの正義の派があります。

3つの正義

1、結果重視
2、自由重視
3、人生の生き方・美徳の重視

より良き
1、社会として幸福の結果を求めて、
(結果の正義を重視)
wikipediaより
ジェレミ・ベンサム
ジョン・スチュアート・ミル

幸福と苦痛とのギャップを最大限の
結果を目指します。

全体の幸せを最大化・
苦痛を最小化
それぞれの結果を目指します。

2、人間として公正と自由を求めて、
(自由の正義を重視)
wikipediaより
ロバート・ノージック
ジョン・ロック
イマニエル・カント
ジョン・ロールズ

誰もが人として権利を尊重される事を目指します。

個人の権利を最大限、
の実現へ、

権利の犠牲は最小限、
の実現を目指します。

3、生き方として善や美徳の正義を求めて、
(人生や社会の理想の正義を重視)
wikipediaより
アリストテレス
マイケル・ウォルツァー
マイケル・サンデル

人として正しい生き方とは?
社会のあるべき姿とは?
理想の正義を目指します。

それぞれを追求、区別することで、
議論をより明確にし、
よりよい結論をめざしていきましょう。

*****************

ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の
哲学の講義12回24部の中の

Lecture1、講義1-1部・想像編
THE MORAL SIDE OF MURDER )

Lecture2、講義1-
2 部・実践編
THE CASE FOR CANNIBALISM

Lecture3、講義 2ー1部
(PUTTING A PRICE TAG ON LIFE)
Lecture4、講義 2ー2 部
(HOW TO MEASURE PLEASURE)

Lecture5、講義 3ー1部

(FREE TO CHOSE)
Lecture6、講義 3-2 部
(WHO OWNS ME? )

Lecture7、講義 4-1 部
(THIS LAND IS MY LAND)
「国ができる前の正義を考える
(土地の略奪に正義はあるか?)」

に続き、今回は、

Lecture08、講義4-2部
「同意と契約によってつくられた公平さ」
(社会に入る同意。)」
を日本語へ翻訳しています。
※動画の下に紹介しています。


※ Lecture9・講義5-1部
「暗黙の同意によって生まれた義務と命と公平さ」
は、 (只今、編集中です。暫くお待ちくださいませ。)
******************

それでは、サンデル教授の
素晴らしい講義を
お楽しみください。


※ビデオ内の講義内容は、英語ですが、
ビデオの下に、日本語へ翻訳されています。
一緒にお楽しみください。

ビジュアルレクチャー

ハーバード大学
マイケル・サンデル教授


Lecture07
THIS LAND IS MY LAND
Lecture08
WHO OWNS ME? 


時間:54:59


要点


Lecture08
「同意と契約によって、つくられた公平さ」
(社会に入る同意)

ジョン・ロックは、
同意という考えについて
論じた偉大な哲学者の1人だ。

そもそも自然状態では、
人々が行き過ぎた
自然法の侵略行為が行われ、
とても暴力に満ちたものだ。

だから、
自然状態の執行力を放棄して、
政府やコミュニティをつくり、
多数派が決めたことは何であれ、
従うことに同意しなければならない。

一度、同意に基づいた
政府が誕生したら、
ロックが考えるのは、

生命や自由、財産を
恣意的(※1.好き勝手な、
2.論理的な必然性に対応しない)
に取り上げることを
制限することだけだ。

しかし、
過半数の決定によって
一般に、
適応できる法律が公布され、
それが、
公正な手続きによって
正式に、
選ばれたものであるならば、

課税であろうと、
徴兵であろうと、
権利の侵害にはあたらない。

ここが、リバタリアニズムと、
違うところだ。

ロックの考えの根底には、
君主や恣意的な支配者の力が、
制限された同意に基づく
政府の理論を発展させることにも
関心があった。

さらに、
自然状態について話す時、
彼は、
想像の場所について、
語っていたわけではなく、

全て、
アメリカについて話していた。

このことも、
頭に入れてロックを
読むべきかもしれない。

今回、残念ながら
答えが出なかったのは、
同意は、
どのような働きをするか、

同意の限界とは、何なのかだ。

同意は、
政府にとってだけでなく、
市場にとっても重要なものだ。

次回は、
ものを売買する時に、
生じる同意の限界の問題を
取り上げるとして講義は終了する。


------------------------------------------------------

Lecture08
「同意と契約によって、つくられた公平さ」
(社会に入る同意)


ジョン・ロック


前回の講義で、私たちは、
ロックの自然状態、私有財産についての説明

そして、同意による制限された
正当な政府とはいかなるものかと、
いったことを議論し始めた。

ロックは、
人間には政府を制約する
ある種の根本的な
権利があると信じている。

そして、
その権利は、
生まれながらのもので、
法律や政府に
由来するものではない
と言っている。

彼の行った偉大な
哲学的実験は
政府や立法者が、
所有権を定義する前に、

同意なしで、
私有財産を持つことは
可能なのか、
ということを
確かめようと
するものだった。

それが、
彼の疑問であり
主張したかったことだ。

ロックは、
他者のために、
同様の土地が十分に
残されている場合に限り、

私たちは、
狩猟や採集の青果だけでなく、
土地そのものも
所有することができると論じた。

今日は、
ロックの哲学の2つ目の
重要な問題である
同意の問題に取り組みたい。

ちなみに、
1つめは私有財産だった。

同意の働きとは、何だろうか。

ここにいる君たちも、
この講義の初日に、
同意という言葉を使った。

覚えているかな?

(講義1の内容より)
太った男を橋から
突き落とすという話をしていた時、
彼は同意していなかった、

と言った人がいた。

また、
海で遭難した男たちが
少年を殺して食べた話では、
彼らがくじびきで同意していたら
問題はなかった、
という意見が出た。

ジョン・ロックは、
この同意という考えについて
論じた偉大な哲学者の1人だ。

同意は、
政治哲学の分野では
なじみ深い考えだ。

ロックは、
正当な政府は、
同意に基づいて
設立されたものだというが、

それは、
当然のように思える。

政治哲学者の理論が、
このロックの同意のように、
よく知られているものである場合、

その意味を理解することや、
それをおもしろいと感じることは
難しいかもしれない。

しかし、
正当な政府を
基礎とした同意についての
ロックの説明には、
いくつかの問題と奇妙な特徴がある。

今日はその点について考えていこう。

ロックの同意の理論が、
どの程度が打倒で、
どのような問題を抱えているか、

同意に基づいて設立された
正当な政府には何ができるのか、

そういった政府には、
どんな力があるのか
を問う必要がある。

その問いに、答えるために、
ここで、自然状態とは、
どんなものだったか振り返ってみよう。

私たちは、
社会に入るにあたり、
自然状態から離れた。

そこには、同意があった。

だが、
なぜ離れ、
なぜ政府など、
つくったのか、

ロックは、
こう答えている。

自然状態には、
いくつか不都合な点がある。

それは、
いったいどんなものか。

主として、
自然状態では、
誰もが自然法が実行できる、
ということだ。
(※善も悪も勝手にできることを意味する)

誰もが、
ロックが、呼ぶところの
自然状態の執行者であり、

ロックは、文字通り、(誰もが)
処刑の執行者であることを
意味していた。

自然法を破った人がいたら、
その人は侵略者であり、
道理を超えているから、

君は、
彼を罰することができるのだ。

自然状態の中では、
処罰の内容を慎重に、
考える必要はない。

君の後をつけ、
殺そうとする人がいれば、
君が、その人を殺せばいい。

それは、自己防衛だ。

自然状態では、
誰もが、
法を執行する力や、
人を処罰する権利を持っている。


君は、
自分の命を奪おうとする者は、
もちろん、
持ち物を盗もうとする泥棒も
つかまえて処罰することができる。

それも、自然法に対する
侵略とみなされるからだ。

誰かが、
第3者から盗んだ場合も、

君が、
その泥棒を追うことができる。

なぜだろうか。

自然法の侵害は、
侵略行為だからだ。

警察組織がない、
判事も、陪審員も、いない。

だから、
誰もが、
自分自身の判事なのだ。

そして、ロックは、
人は、自分自身の事件の判事となると、

我を忘れて、自然状態に、
不都合を生じさせると言っている。

人々が、
行き過ぎた侵略や
処罰をくり返すうちに、
いつの間にか、

生命、自由、財産に対する
不過剰の権利を
享受できなくなってしまう
というのだ。

彼は、
非常に、
残忍な言葉を使って、
自然法を侵害した
人に対して何をすべきかを
描写している。

人は、
戦いを仕掛けてくる人を
破壊することができる。

オオカミやライオンを
殺すことができるのと同じように。

そのような人には 
力と暴力以外の法則はなく、

だからこそ危険で、
有害な獣と同様に扱われる。

その獣の手に、
人が陥れば、
いつでも、
必ず、その獣は、
彼を殺すに違いないからである。

自然状態は、
一見したところ、
害のないようなもののように思える。

そこでは、
みんなが自由で法があり、
人々の不可譲の権利は強力で、
法の下で完全に
守られている。

しかし、
そんな害のないはずの
状態もよくみていれば、
とても荒々しく
暴力に満ちたものだとわかる。

だから、
人々は、その状態から
離れたくなる。

どうやって離れるのか。

そこで、同意の出番だ。

人が、
自然状態から抜け出す、
唯一の方法は、
他のみんなに
同意することだ。

他のみんなとは、誰か。

それは、
協定や社会契約に参加したい
と考える全ての人たちだ。

社会契約に参加するために、
自然状態の執行力を放棄して、

政府やコミュニティをつくり、
多数派が決めたことは何であれ、
従うことに同意しなければならない。

問題は、
政府がどんな力を持っているか、

そして、
多数派は、
何を決めることができるのか、
ということだ。

ここが、ロックにとって
注意を要するところだ。

例え、多数派の支配に
同意したとしても、
本来、私たちは、

自然法や不過譲の

(※不可譲=譲ることも、
奪うこともできない。
自らを勝手に
扱うことができない。)

権利を持っているからだ。

覚えているだろうが、
市民社会に入ったからといって
それらの権利が無効になることはない。

だから、
多数派が
管理する社会においても、
多数派は、
個人の不過剰の権利、

つまり、

生命、自由、財産の
基本的権利を
侵害することはできない。

ここで疑問が生じる。

多数派は、
どれだけの力を持っているのか。

同意によって、
つくられた政府の権限は、
どれほど制限されているのか。

多数派には、
市民一人一人の
基本的な自然権を尊重し、
実行する義務がある。

だから、
その力は制限されている。

私たちは、
政府を受け入れたからと言って、
権利を放棄したわけではない。

これが、
独立宣言に、
いかされたロックの考え方だ。

不可譲の権利だ。

ここで少し考えてみて欲しい。

富を均等に分けるのに、
マイケルジョーダンとビルゲイツに、
反対だという人がいた。

では、
富を多くの人に分けるのに、
少数派に、課税することが
なぜいけないのか、
ということについて、

ロックが、
説明していると思う人は、
手をあげて。どうかな、君!

学生A:
もし、多数派が、
課税すべきだと定めたとしても、
少数派は、必ずしも支払う必要はないと思います。

それは、
自然権の1つである所有権を
侵害することになるからです。

なるほど、君の名前は?

学生A:
ベンです。つまり、もし、
多数派が、少数派に対して
同意を得ることなく、
特別な課税法に、
基づいて課税したとすれば、

それは、無断で所有権を
とりあげることと同じことだから、

ロックは、それには、
反対するはずだと、
君は思うんだね。

君の意見を文章で
裏付けようと思うんだが、
どうだろう。

学生A:
いいですね。

サンデル:
そうか、君がそう言うと
思って持って来たんだ。

サンデル:
テキストの138節を見て欲しい。 

最高権力は、
本人の同意なく、
人の財産を一部たりとも
奪うことはできない。

なぜなら、所有権を守ることが
政府の目的であり、そのために、

人は、社会に入るのだから、
財産を持つことが、
必然的に想定され、
要請されているからである。

 
私たちが、社会に入るのは、
財産権を守るために他ならない。

そして、ロックが、
この財産権という言葉を使う時、
そこには、
生命、自由、財産の
自然権全体が含まれている。

この138節の冒頭を読むかぎり、
ベンの見解は正しいように思える。

しかし、はたしてそうだろうか。

続きを読んでみても
同じことが言えるだろうか。

人は社会において、
所有権を持っており、
物に対する権利は、
コミュニティの法律により、
彼らのものとなる。

ここが重要だ。

だから、誰も同意なしに、
奪うことはできない。さらにこう続く。

ゆえに、最高権力ないし、
立法権によって人々の財産を
意のままに処分したり、
欲しいままに取り上げたりすることが
できると考えるのは間違いである。

ここが難しいところだ、
一方でロックは、政府は、
本人の同意なしで
財産を取り上げることはできないと、
はっきり言っている。

財産の自然権があるからだ。
しかし、
彼は、コミュニティの法律により、
それらは彼らのものになる、
とも言っている。

そこからは、所有権は、
自然のものではなく、
政府が、
定義するものだと
受け取れる。

そして、さらに読み進めると
ますますわからなくなる。

政府は、大きな負担なしに
支えられるものではない。

政府の保護を教授するものは皆、

その維持のための割り当てを
自分の財産から支払うべきである。

ここからが重要だ

しかし、そこには、
本人たち、
または、彼らに、
選ばれた代表者によって
与えられた本人の同意、

すなわち、
多数派の同意がなければならない。

これは、どういうことか。

財産は、
ある意味では、
自然のものであるが、
別の意味では協定のものである。

自然のものというのは、
私たちが、不可譲の
基本的権利を持っていて、
そこには、財産権をもっていることを
政府は尊重しているからである。

だから、財産を恣意的に、
取り上げるのは、
自然法の侵害であり、
違法である。

しかし、さらなる問題がある。

財産の協定的な側面だ。

何をもって財産とするか、
何をもって財産を
とりあげたとみなすか。

そういった定義するのは
政府なのだ。

ここで、
最初の質問に
戻るわけだが、
同意は、
どんな働きをするのだろうか、

同意が、なければ、
合法的に、
税金を課すことはできない。

それは、
税金を支払う本人、
ビルゲイツ本人の同意ではない。

私たちが、
自然状態を抜け出し、

最初に政府をつくった時に、

私たち社会に与えた
全員の同意だ。

これは、
集合的な同意なのだ。

この解釈によれば、
同意の果たす役割は、

かなり大きく、

同意に、よって、
つくられた政府は、

それほど、
制限されていないように思える。

これに対して、
何か疑問や意見が、
ある人はいるかな?君!どうぞ!

学生B:
政府がすでに機能している場合、
政府のあるところに生まれた
人たちはそこを出て、
自然状態に戻ることは
可能なのでしょうか?

その点についてロックは
どう考えていたのか疑問に思います。
それには、言及していなかったと思うので。

サンデル:
君はどう思う?

学生B:
習慣があるので
政府を離れるのは
とても難しいと思います。

なぜなら、もう誰も自然状態では、
暮らしていないからです。
今では、誰もが立法機関に統治されています。

サンデル:
なるほど、ありがとう。君の名前は?

学生B:
ニコラです。

サンデル:
ニコラ、例えば、君は、
市民社会から、
去りたいと思っているとする、
自分の同意を撤回して、
自然状態に戻りたいと、、、。

学生B:
実際、同意したとは思っていません。
私は、そこに生まれただけで
参加したのは祖先です。

君は、
社会契約にサインしていない。
私もしていない。
では、ロックは何と言っているだろう。君!

学生C:
ロックはサインが必要だとは、
言っていないと思います。

これは、暗黙の同意で
政府のサービスを受けるのは、
政府に何かを奪われることに
同意したのと同です。

サンデル:
なるほど、
暗黙の同意という意見がでた。

暗黙の同意は、
有効ではない、と
思っている人もいるだろう。

ニコラ!君も首を振っていたね。
理由を聞かせて欲しい。

学生B(ニコラ):
ただ単に、
政府の様々な資源を
利用しているというだけで、

必ずしも、
政府のつくられた
やり方に、
同意していることには、
ならないと思いますし、

それが、
社会契約に参加することが、
同意したことを
示唆するとは思いません。

暗黙の同意に、
政府に、従う義務を生じさせる力は
ないと思うんだね。

学生B(ニコラ):
はい、そう思います。

サンデル:
ニコラ、
君は、つかまらないとしても
税金を払う?

学生(ニコラ):
(笑)たぶん払わないでしょう。

学生(ニコラ):
私が出展したい部門にだけ
お金を払うシステムが
あったらいいと思います。

サンデル:
確定申告の時は、
自然状態にいた方がいいね。
(会場笑い)

私が聞きたいのは、
実際に、何かに、
同意したわけではないから、
何の義務も負っていないのか、
ということだ。

しかし、君は、
良識的な理由で
法律には従っているね。

学生(ニコラ):
その通りです。

学生C:
たとえそう考えたとしても、
他の誰かを
奪ってはならないという、
ロックの統治理論における
社会契約を侵害しています。

自然状態の中で生きたいのなら、
政府のサービスを受けない替わりに

自分も何も渡さない
という姿勢でかまわないと思います。

でも、政府から何も得ることはできません。

税金のサービスを受けるためには
税金を払わなければいけないからです。

サンデル:
自然状態に変えるのは、
自由だが、
道路を利用することは
できないということだね。

学生C:
そうです。

サンデル:
では、道路を使うことや、
税金を徴収することよりも、
もっと重い問題について話をしよう。

命は、どうだろう、
徴兵制はどうだろう。どうぞ!

学生D:
人を戦争に送ることは、
必ずしも彼らが死ぬことを
意味しているわけではありません。

生き残る可能性を
高めていないことは
明らかですが、
それは死刑ではありません。

だから、
徴兵制が人々の命を
抑圧しているかどうかを
議論するのは
正しいアプローチとは
言えないと思います。

ここでの本当の問題は、
ロックの同意と自然権に
関する見解です。

私たちは、
自然権を放棄することも
許されていません。

では、税金や徴兵制に
ついて考える時、
ロックは、命の放棄や
財産権の放棄を
どう捉えていたのでしょうか。

ロックは、
自殺には反対していた
とは思いますが、
それも、
各個人が同意の上で行うことです。

サンデル:
ありがとう。君の名前は?

学生D:
エリックです。

サンデル:
エリックは、
ロックを読み始めてから
ずっと格闘してきた
疑問を引き戻してくれた。

私たちは、
生命、自由、財産に対する
不可譲の権利を持っているが、
それらを放棄する権利は持っていない。

政府が、制限されているのは、
そのためであって、
私たちが、制限することに
同意したからではない。

私たちは、同意する際に、
権利を放棄することができないから、
政府は制限され、それが、
正当な政府に関する
ロックの説明の真髄だ。

しかし、今、エリックが
言っているのはこういうことだ。

もし、
自殺や財産の放棄が
許されないのなら、
どうして、
命の犠牲や財産の放棄を
強制する多数派に、
しばられることに、
同意できるだろうか。

ロックは、
これに、対する答えを
持っているのか、

それとも、
不可譲の権利を
主張しながらも
基本的に全権を持つ
政府を認めるのだろうか。

誰か、ロックを弁護できる
人はいないかな?
あるいは、自分なりに
理解して解決作を
見つけられる人は?
はい、どうぞ。

学生E:
個人が持っている生存権と
政府が1人の個人の生存権を
奪うことができない
という事実の間に
一般的な区別がつけられる
べきだと思います。

徴兵制が、政府が特定の個人を
戦争で戦わせるために
指名するものだとすれば、
それは、彼らの生命に対する
自然権の侵害になるでしょう。

一方、徴兵制に、例えば、
くじ引きがあるとすれば、
全住民が彼らの代表を選ぶとみなすでしょう。

住民全員が、送られたら、
財産権を守ることはできないので、

基本的に、無作為に、
彼らの代表を選ぶという考え方です。

そして、選ばれた代表が出兵して
人々の権利のために戦うのです。

それは、僕の意見では、
選ばれた政府と同じように
機能すると思います。

サンデル:
選ばれた政府は、
コミュニティを守るために
市民を徴兵できる、ということだね。

しかし、それで、人々は、
権利を享受できるのだろうか?

学生E:
できると思います。
それは、立法府の代表を選ぶ
手順ととても似ているように思えます。

サンデル:
しかし、それでは、政府が、
徴兵という形で特定の市民を選び、
全体のために死なせるようなものだ。

それは、自由に対する
自然権を尊重することと
一致しているだろうか。

学生E:
僕が言おうとしているのは、
特定の個人を選ぶことと、
無作為に、選ぶこととの間には、
違いがあるということです。

個人を選ぶことについて
確認させて欲しい。
君の名前は?

学生E:
ゴクルです。

サンデル:
ゴクルは、命を犠牲にするために、
個人を選び出すのと、
一般的に法律を持つことの間には
違いがあると言っている。

実際これは、
ロックが出すだろう答えだと思う。
ロックは、恣意的な政府には
反対している。

イラクへの戦費をまかなうために、
ビルゲイツを選び出すようなやり方は
反対しているし、

戦地で、戦わせるために、
特定の市民やグループを選び出すことにも
反対している。

しかし、一般的な法の元で、
政府が選択したものや
多数派が行ったことであれば、

それは、人々の基本的な
権利を侵害することにはならない、
と彼は考えている。

恣意的に、財産・生命を
奪うのは侵害行為だ。

それは、基本的に、
全ての人に、
法の支配や
所有権の制度は存在しない、
と言っていることになるからだ。

それでは、
王様のきまぐれや
議会のきまぐれで、

私たちは、
君たちを指名して、
所有権を放棄させたり、

あるいは、
命を放棄させたりするようになってしまう。

しかし、
恣意的でない
法の支配に下で
それをするのであれば許される。

君は、それでは、
制限された政府とは、
言えないと思うかもしれない。

リバタリアンは、
ロックは、結局すばらしい見方では
なかったと言うかもしれない。

彼らは、2つの理由でロックに失望する。

第1に、権利は、
不可譲だから結局自分自身を、
本当に、所有することにはならない。

自分の権利を
侵害するような
やり方で、
生命や自由や財産を
放棄することはできない。

これが1つ目の理由だ。

第 2に、一度、同意に、
基づいた政府が誕生したら、
ロックが考えるのは、
生命や自由、財産を
恣意的に取り上げることを
制限することだけだ。

しかし、過半数の決定に、
よって、一般に、
適応できる法律が公布され、
それが公正な手続きによって
正式に選ばれたものであるならば、
課税であろうと、徴兵であろうと、
権利の侵害にはあたら ない。

ロックが国王の絶対的な力を
懸念していたことは明らかだ。

しかしもうひとつ確かなことがある。

これは、ロックの影の側面だが、
この同意の偉大な理論家が、
同意の必要のない
私有財産を思いついたのは、

前回、
ロシェルが指摘してくれたように、
ロックの2つ目の懸念、
アメリカと関係があったのかもしれないのだ。

自然状態について話す時、
彼は、想像の場所について
語っていたわけではない。
全てアメリカについて話していたのだ。

アメリカでは何が起きていたか。
入植者は、土地を囲いこみ、
ネイティブアメリカンと戦っていた。

植民地の管理者だったロックは、
同意なく土地を囲み、
工作することを通じて、
私有財産を正当化することに
関心があったかもしれない。

それと、同時に彼は、
君主や恣意的な支配者の力が
制限された同意に基づく
政府の理論を発展させること
にも関心があった。

今回答えが出なかった
根本的な疑問は、
同意はどのような働きをするか、
ということだ。

その道徳的な力とは何なのか、
同意の限界とは何なのか。

同意は政府にとってだけでなく、
市場にとっても重要なものだ。

次回はものを売買する時に
生じる同意の限界の問題を取り上げる。

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