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今回は、サンデル教授の
Lecture3、
「命に値段をつけることに正義はあるか」
講義2-1部
「ある企業の過ち」
を紹介します。

サンデル教授の
テーマに沿っての質疑の仕方を身に着けて、
それぞれの正義について話し合っていきましょう。

正義のない所に自由は存在しません。


 
今回のサンデル教授の講義2、は、
「命に値段をつけることに正義はあるか」
を考え学んでいきます。

講義2、
「命に値段をつけることに正義はあるか
・喜びを測定して出した結論は公平か」は、

Lecture3・講義2-1部
(命に値段をつけることに正義はあるか)
「ある企業の過ち」
Lecture4・講義2-2部
(喜びを測定して出した結論は公平か)
「高級な喜び、低級な喜び」
の構成になっています。

※ビデオ内では、
Lecture3・講義2-1部、~24分まで
Lecture4・講義2-2部は、24分から始まります。

今回は、Lecture3日本語訳を紹介しています。

サンデル教授の講義を参考に、
さまざまな正義について話し合ってみましょう。

**********************

すでに、裁判所の判決に、
民間から判決の判断に参加する事になっていたり、
選挙権は、18歳からや
来年からは、小学、中学へと段階別に、
社会正義(公正・公平)の勉強が始まったり
市民レベル、各自治体などでも
国民の自由を高めるために、
積極的な、社会正義の学びが進行中です。

公正・公平・社会正義教育開始のニュース
正義を重んじ公正・公平な社会を(文部科学省)
公正公平社会正義教育実行まで,
このような準備がされました。
(国立大学法人 東京学芸大学)


各校・地域取組例
H26防府市立松崎小学校
H26柳井市立新庄小学校
【学校必修】として扱っている指導計画例

多様な教育課題に対応した(東京都) 
など、、、

そこで、今回は、
数年前、NHKEテレで大変話題となりました。
ハーバード白熱教室
マイケル・サンデル教授の講義を準備しております。

 

マイケル教授の講義を見ていますと、
正義と言う
難しいテーマを
質疑の中で、

隠れている個々の正義を
対立する考えや擁護する考えなど、

学生の意見をうまく引き出しながら、
教授と学生たちが一体となり、
正義についての講義が進められます。

面白く、わかりやすく、
白熱して来る質疑に、
わくわく興味を深々と魅かれていきます。

次第に、
日頃、良きことだと信じていた、
隠れている理性
(当前の事、普通の事など)の不安
を明らかにされ、
深く考えを進められます。

それぞれの正義を導き出す
考え方、質疑の進め方
(マナー)などが
次第に養われ、
正義の根本に迫っていきます。

正義を考える上で、
必要な知識や考え方が
自然と入ってきます。

1講義、おおよそ1時間が、
あっという間に過ぎてしまう。
もっと聞きたくなる、
もっと参加していたくなる、
そんな講義です。

サンデル教授の質問に、
あなたなら、どう答えますか?


講義に参加してると思って
一緒に考えてみてくださいね。

自分で使えそうだと思えば、
どうぞ、遠慮なく日常でも、
どんどん取り入れていきましょうね。

*************

正義と言うと、

アニメや時代劇に出てくる
正義の見方〇〇登場のように、

悪事を働く悪人を退治する
絶対的な正義のヒーローを

つい連想してしまいますよね、

でも、

実は、違います。

正義は、一つではありません。

人間には、様々な考えがあり、
それぞれに正義があります。
73億の人がいれば、
73億人個々一人一人に正義があります。

 

自分にも、相手にも、すべての人に、
ゆずれない正義がある事を認めましょう。


正義と正義が対立している時は、
互いの正義がある事を認め合いましょう。

お互いの平和や
良き関係を保ったり、築いたり
お互いの更なる幸せを追及するために、

お互い相手に、敬意や尊厳を表し、
正しい知恵、忍耐、勇気、寛容さを持ち、

協議し合い、優先順位を考えてゆき、
隠れている理性を明確にしながら、

互いの共通する正義、又、
より良き方向性への正義を
生み出す事が必要になります。

その時に注意を払わなければならない、
基本となる代表的な派として、
3つの正義の派があります。


3つの正義

1、結果重視
2、自由重視
3、人生の生き方・美徳の重視


より良き
1、社会として幸福の結果を求めて、
(結果の正義を重視)
wikipedia
より
ジェレミ・ベンサムジョン・スチュアート・ミル

幸福と苦痛とのギャップを最大限の
結果を目指します。

全体の幸せを最大化・
苦痛を最小化
それぞれの結果を目指します。

2、人間として公正と自由を求めて、
(自由の正義を重視)
wikipedia
より
ロバート・ノージックジョン・ロック
イマニエル・カントジョン・ロールズ

誰もが人として権利を尊重される事を目指します。

個人の権利を最大限、
の実現へ、

権利の犠牲は最小限、
の実現を目指します。

3、生き方として善や美徳の正義を求めて、
(人生や社会の理想の正義を重視)
wikipediaより
アリストテレスマイケル・ウォルツァー
マイケル・サンデル

人として正しい生き方とは?
社会のあるべき姿とは? 
理想の正義を目指します。

それぞれを追求、区別することで、
議論をより明確にし、
よりよい結論をめざしていきましょう。

*****************

ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の
哲学の講義12回24部の中の

Lecture1,講義1-1部
・想像編(THE MORAL SIDE OF MURDER )

Lecture2講義1-2部
・実践編(THE CASE FOR CANNIBALISM


に続き、今回は、
講義2回目
「命に値段をつけることに正義はあるか」
Lecture3,講義2-1部
「ある企業の過ち」
を日本語へ翻訳しています。

※Lecture3,講義2-1部、の日本語の翻訳文は、
動画の下に紹介しています。

※Lecture4,講義2-2部
「喜びを測定して出した結論は公平か」
は、こちらへどうぞ。


******************

それでは、サンデル教授の
素晴らしい講義を
お楽しみください。

※ビデオ内の講義内容は、英語ですが、
ビデオの下に、日本語へ翻訳されています。
一緒にお楽しみください。

ビジュアルレクチャーより

ハーバード大学
マイケル・サンデル教授


Lecture03
PUTTING A PRICE TAG ON LIFE
Lecture04
HOW TO MEASURE PLEASURE 


時間:55:10


 

要点

JUSTICE 第2回
「命に値段をつけることに正義はあるか」
「喜びを測定して出した結論は公平か」

ハーバード大学:サンデル教授:白熱教室

Lecture03、講義2-1部
「命に値段をつけることに正義はあるか」


功利(大幸福)主義者ベンサムは、
道徳の最高原則は、社会の幸福のために、
全体として快楽が、苦痛を上回るようにすること、
つまり「効用の最大化」だとした。

そして 共同体は個人の集まりだとした。
この功利主義の論理は、費用便益分析という名で昔から企業や政府がよく使い、
効用は数値で表され、たいていはドルで換算され る。

この講義では、タバコ会社、自動車会社が、
行った費用便益分析を取り上げ、その問題点を考える。

そして功利主義に、対する2つの反論が学生から示された。

1つは「個人の権利もしくは、少数派の権利を尊重していない」というもので、
もう1つは「人々の好みあるいは価値を合計することをできない」というもの。

後者 に関しては、
心理学者ソーンダイクの実験を示し、
その結論をどう捉えるべきか?
と疑問を残し講義は終了する。

サンデル:
前回の講義で、私たちは、2人の船乗り、ダドリーとスティーブンズの裁判について議論した。

海で遭難した男たちが少年を殺して食べた事件だ。
まず、議論の内容を思い出して欲しい。
船長と航海士が何をしたか。
それに対してどんな意見が出たか。
それを頭に入れた上で、
哲学者やジェレミ・ベンサムの功利(大幸福)主義の話に戻ろう。



ベンサム(Link:wiki)は1748年のイギリス生まれ。
12歳でフォックスフォード大学に進学し、
15歳でロースクールに入った。
19歳で司法試験に合格したが、
弁護士にはならず、法学と道徳哲学に人生を捧げた。

ベンサムの功利(大幸福)主義については前回も触れたが、
その中心となる議論が単純だった。

道徳の最高原則は社会の幸福のために、
一般的福祉を最大化することで、
全体として快楽が苦痛を上回るようにすることである。
つまり、一言で言うと「効用の最大化」だ。

ベンサムは次のような推論でこの原則にたどりついた。

私たちは皆、苦痛と喜びに支配されている。
だからどんな時も苦痛と喜びを考慮する必要がある。
その最も良い方法が最大化だ。
これが最大多数のための最大幸福の原則へとつながる。

では、何を最大化すべきか。

ベンサムは、幸福、あるいは、現実には、効用だと言っている。
効用を最大化するのは、個人のためだけでなく、
共同体や法律を定める者へのためでもある。

しかし結局のところ、共同体とは何なのか。ベンサムは考えた。それは個人の集まり。だから、より良い政策や法律を定めようとする時、あるいは正しい行いとは何かを考える時、
人はこう自分に問いかけてみなければならない。

この政策によって生じる全ての便益の合計から代償を差し引いた時、幸福が苦痛を上回るだろうか。
最大の喜びをもたらすものこそ最善である。
効用の最大化とはそういうことだ。

さて今日は、君たちがこの考え方に
賛成かどうか聞きたいと思う。
ところで、

この功利(大幸福)主義の論理は、費用便益分析という名で、
昔から企業や政府がよく使ってきた。
その場合、効用は数値で表される。
たいていは、ドルに換算され、
様々な事業について、その費用と便益が数値化される。

最近、チェコ共和国では、タバコの消費税率を上げようという提案があった。

そこで、チェコで大規模な事業を展開している。
あるアメリカのタバコ会社がチェコにおける喫煙の
費用便益分析を行った。

その結果、一つのことが明らかになった。
チェコ政府が国民の喫煙によって得をする。ということだ。

さて、政府はどのように得をするのか

チェコ政府の財政に、マイナス効果があるのは事実だ。
喫煙により病気を発症する人々への医療費の負担が増えるからだ。

一方、プラス効果もあった。そういった ものは帳簿の便益蘭に加算された。
プラス効果の大部分を占めていたのは、
タバコ関連商品の販売による様々な税収だ。

しかし、それ以外に、人々が早死にした時に、
政府が節約できる医療費も含まれていた。

また、年金や高齢者のための住宅費用も節約できる。

これら、全ての費用と便益を踏まえたタバコ会社の調査結果がこれだ。

チェコ政府の純収入は、1億4700万ドル増加する。

喫煙が原因で、早く亡くなる人については、
政府や住宅費や医療費、年金を支払う必要がなくなるから、
一人当たり1200ドル以上節約できる。

これが費用便益分析だ。

君たちの中で、功利(大幸福)主義を擁護する人も、
これはひどい実験だと思うかもしれない。

このタバコ会社は、メディアにたたかれ、
結局この心ない計算について謝罪した。

君たちは、この分析に、命の価値だと言うかもしれない。
つまり、肺癌で亡くなる人やその家族にとっての命の価値だ。

命の価値はどうなるのか。

費用便益分析はそれを計算で組み込んでいるものがある。

中でも得に有名なのが、アメリカの自動車メーカーが発売したある車の事例だ。

70年代に起きた事件だが、ピントという車を覚えている人はいるかな。
これは小さな車でとても人気があった。

ただ、一つ問題があった。
燃料タンクが車の後方にあり、
後ろから追突されると炎上するという点だ。

事故で亡くなった人もいれば、重傷を負った人もいた。
負傷した被害者たちは、この自動車メーカーを訴えた。

そしてその訴訟の中でメーカーがずいぶん前から、
燃料タンクの弱点を認識していることが明らかになった。
燃料タンクの周りに保護シートをつけることを考え、
それを、実行する価値があるか、どうか、を
判断するために、費用便益分析を実施していたのだ。


その際、車の安全性を向上させるために、
かかる費用は1台あたり、11ドルとした。

そして、これが裁判の中で公開された
会社側の費用便益分析の結果だ。

1250万台の車の安全性を向上させるには、
1台あたり11ドルとして、1億3700万ドルかかる。

それから、この金額を投じて、車を修理した場合の便益、
つまり、事故を防ぐことへの価値を計算した。

死者180名。1人当たりの価値をドルに換算すると20万ドル。
負傷者を180人。1人当たり67000ドル。

事故を起して炎上する車は、
2000台で、修理費用は1台あたり700ドルだ。
これらの便益を合計すると4950万ドル
にしかならなかった。メーカーは車を直さなかった。

言うまでもないが、裁判の中で会社がつくった
費用便益分析のメモが公開されると、陪審員が愕然として、
巨額の和解金の支払いを命じた。

この自動車メーカーは、命の価値という基準を加えたから、
これは、合理主義的な計算とは言えないだろうか。

さぁ、ここでメーカーの側に立って、
費用便益分析を弁護したい人はいないだろうか。
弁護できる人は?

もしくは、これが功利(大幸福)主義の計算法を
完全に破壊していると思う人は?どうぞ!

学生A:
この自動車メーカーも、さきほどの例を
同じ間違いを犯していると思います。
彼らは、人の命に値段をつけましたが、
家族の苦痛や喪失感を全く考慮していません。
家族は収入だけでなく愛する人を失います。
それは20万ドル程度のものではありません。

サンデル:
なるほど。君の名前は?

学生A:
ジュリアです。

サンデル:
ジュリアに聞こう。
君は愛する人が永遠に失われることを考慮すると
20万ドルでは安すぎると思うかね。
それなら適切な額はいくらだと思う?

学生A: 
数字で表せるものではないと思います。
人の命をこの種の分析に利用すべきではありません。

サンデル:
金額が低すぎたというだけでなく、
数字で表そうとしたこと自体がそもそも間違っていたと。
他に意見はあるかな?

学生B:
インフレを考慮しないと。

サンデル:
インフレを考慮しないといけない。(会場笑い)

サンデル:
なるほど、その通りだ。
では、今ならいくらになると思う?これは35年前の話だ。

学生B:
200万ドルです。
200万ドル。200万ドルをつけるか。君の名前は?

学生B:
ボイテクです。

サンデル:
ボイテクは、インフレを考慮してもっと奮発するべきだと言っている。
ということは、君は、数字に置き換えること自体は賛成なんだね。


学生B(ボイテク):
あいにく、そうです。 
なんらかの数字に置き換えなければならないと思います。
適切な数字というのはわかりませんが、
おそらく命の価値を数字で表すことはできると思います。

サンデル:
なるほど、ボイテクはジュリアとは違う意見だ。
ジュリアは、命の価値を、数字で置き換えるのはできない。と言った。
ボイテクは、何らかの決断を下すためには、それも必要だと言った。

では、他の人はどうだろう。
費用便益分析を弁護できる人は、いないかな?
いい事だと思う人は?どうぞ。

学生C:
この自動車メーカー も、他のメーカーも、費用便益分析を行わなければ、
利益を出せず倒産してしまうと思います。

そうなれば、何百万人のも人々が通勤に車を使えなくなり、
生活に支障 をきたします。ですから、この場合、
費用便益分析が行われなかったら、
より多くな幸福が犠牲になっていたと思います。

サンデル:
ありがとう。君の名前は?

学生C:
ラウルです。

サンデル:
ラウル。最近、運転中のケータイ電話の使用についての調査が行われた。
この行為を禁止すべきかどうかが行われた。

そして、調査の結果、
毎年おそよ2000人が運転中にケータイ電話を使ったために事故を起こし、
命を落としていることがわかった。

しかし、ハーバード大学のリスク分析センターが行った費用便益分析では、
運転中にケータイ電話を使うことで、
もたらされる便益と失われる命の価値はほぼ同じ だ。

という結果が出た。
運転中に商談を進めたり、友人と話したりすれば時間を節約でき、
大きな経済効果が生まれるというわけだ。

これを聞いても、まだ、命を価値をドルに換算することが
間違いだとは思わないかな?


学生C(ラウル):
もし、大多数の人々がケータイ電話のようなサービスを利用し、
その利便性を最大限に活かしたいと考えるなら、
仕方ないと思います。満足には犠牲がつきものですから。

サンデル:
君は、完全な功利(大幸福)主義者だ。

学生C(ラウル):
まぁ、そうですね。

サンデル:
それじゃあ、最後の質問だ。これは、ボイテクにも聞いたが、
人の命に値段をつけるとしたら、この場合はいくらが打倒だと思う?

学生C(ラウル):
そうですね。今、この場で思いつきで数字をあげたくはないですが、、、(会場笑い)

サンデル:
じっくり考えたい?

学生C(ラウル):
そうですね。

サンデル:
大体でいいんだ。死者は2300人ケータイ。
ケータイ電話の使用を禁止するか、どうか、
決めるには、なんらかの数字が必要だ。
だから、直感で言ってみて欲しい。
100万ドル?200万ドル?
ボイテクは、200万ドルと言ったが、君はどう?

学生C(ラウル):
100万で!

サンデル:
100万ドル?よく答えてくれた、ありがとう。

最近では、このような費用便益分析を巡って論争が起きている。
計算のために、何にでも値段をつけてしまうことが、
問題視されているからだ。

では、ここからは、そういった反対意見に目を向けてみよう。

ただし、費用便益分析は厳密に言えば、
功利(大幸福)主義の理論を実践した1つの例に過ぎないのだ。

それだけに絞らず、功利(大幸福)主義全体に
対する反論について考えてみよう。

功利(大幸福)主義の理論とはこういうものだった。
正しい行いや正しい政策や法律とは効用を最大化するものである。

この法律や公共の利益に関する
功利(大幸福)主義の考えに反対の者はどれくらいいる?

では、賛成の人は?反対よりも賛成の方が多いね。
では、反対意見から聞こう。どうぞ

学生D:
功利(大幸福)主義に、問題があ ると感じるのは、
少数派がないがしろにされているからです。
多数派の望むことの方が価値があるとは限りません。

ですから、最大多数のために最大幸福の考え方 には
賛成できません。少数派にとっては公平ではないし、
発言の機会を得られなくなってしまうと思います。

サンデル:
おもしろい意見だ。君は少数への効果を心配しているんだね。

学生D:そうです。

サンデル:
君の名前は?

学生D:
アナです。

サンデル:
少数派への効果を心配するアナの意見に
反対の人はいるかな?どう反対する?

学生E:
彼女は少数派が軽ん じていると言いましたが、
そんなことはないと思います。
少数派であろうと多数派であろうと1人1人の価値に差はありません。

多数派は数で上回っているだけ です。
時には意思決定をしなければならないこともあります。
少数派は気の毒ですが、それはより大きな幸福のためです。

サンデル:
より大きな幸福か。君の名前は?

学生E:
ヨンダです。

サンデル:
アナはどう答える?ヨンダは人々の好みを集計した結果、
多数派の意見が上回るだけであり、
その中には少数の意見も加味されていると言ってる。

君は功利(大幸福)主義は少数派をないがしろにしていると言ったが、
なぜそう思うのか教えて欲しい。例を上げてもらえるかな?

学生D(アナ):
これまでに、あがったどんな事例にも言えると思います。
例えば、救命ボートの事件では食べられてしまった少年には
他の人たちと同じようにまだ生きる権利があったと思います。

たしかに、彼はあの場合の少数で生き残る
可能性は低かったかもしれませんが、
だからといって殺 していいということにはなりません。

より多くの人に生きる可能性を与えるからというだけで、
他の人たちが彼を食べる権利も持つようにはなりません。

サンデル:
なるほど、つまり、少数派の1人1人にもある種の権利があり、
それは効用のために犠牲にされるべきものではないと。
そういうことかな?

学生D(アナ):
はい。

サンデル:
そうか、ありがとう。ではヨンダに聞こう。

古代ローマでは、ローマ人は娯楽のために
キリスト教徒をライオンと戦わせていた。

これを功利(大幸福)主義の理論にあてはめると、
ライオンに教われるキリスト教徒の痛みと苦しみと
大勢のローマ人の集合的なエクスタシーでは、
どちらが大きいだろう。

学生E(ヨンダ):
そうですねぇ。それは過去の話で、
僕は今日の制作立案者が見ている人々の快楽に数字をあてて、
1人の痛み、1人の苦しみは大勢の快楽よりずっと小さい。
と判断するようなことはないと思います。

サンデル:
でも、君のさっきの考えを突き詰めていくと、
大勢のローマ人の集合的な一握りのキリスト教徒の
耐え難い痛みより大切だ。となってしまうよ。(会場笑い)

ここまでに功利(大幸福)主義に対する2つの反論がでた。

1つは功利主義が、個人の権利、もしくは少数派の権利を尊重していないというもの。

そして、もう1つは、人々の好み、あるいは価値を合計することをできない、というもの。

つまり、全ての価値をドルに換算して計算することは不可能ではないかという考え方だ。

実は、1930年代にこの2つ目の質問に
答えようとしたソーンダイクという心理学者がいた。

彼は、人間の行為に関わらず、全てのこと、全ての価値を
一律の基準で表すことは可能だと考え、それを証明しようとした。

そして、彼は政府からの生活保護を受けている若い人を対象に調査を行った。

若者たちに不愉快な行為のリストを渡して、
あなたなら、いくらもらえば、これらのことを実行するか、
と聞いて回ったのだ。

例えば、いくら貰えば上の前歯を1本抜くか、
いくら貰えば片方の足の小指を切断するか、
他には、15センチのミミズを生きたまま食べる。
カンザス州の農場で残りの人生を送る。(会場笑い)

素手で野良猫を窒息死させる、というのものもあった。
さぁ、この中でもっとも高い金額がついたのはどれだと思う?

カンザス?(会場笑い)

その通り、カンザスだった。(会場笑い)

彼らは、30万ドル貰わなければ、
カンザスの農場では暮らさないそうだ。
では、次に高かったのはどれだろう。

猫じゃないよ、歯でもない、小指でもない、ミミズ だ。
10万ドル払わなければミミズは、食べてくれないそうだ。

一番安かったのは何だったと思う?猫じゃない、歯だ。
大恐慌の時代、人々はたった4500ドル で喜んで歯を抜かせたんだ。

さぁ、ソーンダイクは、この研究から次のような結論を出した。

望みであれ、満足であれ、ある程度存在していれば、
どんなものでも測定できる。

犬や猫や鶏の生活は食欲、願望、そして満足からなっている。
人間の場合も欲求や願望が多少複雑ではあるものの、
基本的に動物と変わらない。

しかし、この結論をどう捉えるべきであろう。

これは全てのものの価値は、同じ尺度で測ることができるという、
ベンサムの考えを裏付けているのだろうか?
あるいはソーンダイクがバカげた例を上げて調査を 行ったことで、
それとは正反対のことが示されたのかもしれない。

つまり、人が重んじていることや大切にしているものは、
たとえ命であれ、カンザスであれ、 ミミズであれ、
一律の価値基準に当てはめることなどできない。

ということだ。もし、後者が正しいとすれば、
功利(大幸福)主義の道徳的は原理がくずれてしまうことに なる。

次回はそれについて議論しよう。

※Lecture4,講義2-2部
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