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2011-06-26 22:31:02

夕暮れ時の公園

テーマ:ブログ

夕暮れ時、近所の公園を散歩した。

高層ビルに隣接した、大きな公園だ。

その公園は都心でありながら、

大きな木が繁る緑豊かな場所だ。


私はよくここに来る。

身近でありながら、非日常と季節の移り変わりを感じられるから。

休日などはコーヒーを持参して、

ベンチに座り読書などもする。


梅雨の夕暮れ時、

雨は降ってはいなくとも、

濃密な空気が木々の陰を埋め尽くしていた。


公園は帰りを惜しむ恋人達、

ねぐらに潜るじかんを待つホームレスが、

薄暗がりに浮かぶベンチに座っている。

時折、犬を連れた人がその前を通り過ぎていた。



周囲より少しひんやりした風が、

半袖の腕を撫でてゆく。



木立の中を歩きながら、

ふと立ち止まって深く深呼吸してみる。

休日の高層ビルは静まりかえり、

黒く大きな岩山のように見下ろしている。



この公園は人生の縮図のように、

様々な人が集い、

木々の下でそれぞれの時間を過ごしている。



濃密な空気と闇に包まれたその時、

そこは不思議の国の入り口にもなる。

イマジネーションを膨らましてみる。

茂みの中から大きな生物の足音、

木立の間から光る大きな瞳、

霧と共に流れてくる怪しい歌声・・・・・



子供の頃は、こんな妄想を楽しんでいた。

そんな自分を思い出す。

妄想を楽しんでいながら、怯えていたりもする。



日常から離れてみる。

それはお金をかけて旅行に行かなくても、

映画館に行かなくても、

こんなふうにできるものだ。



バカバカしいなんて思わないで欲しい。



脳はリラックスして、

それを楽しんでいるのだから。





2011-06-23 21:33:42

緑内障になって

テーマ:ブログ

数年前から緑内障の治療のため、

定期的に眼科にかかり、

毎朝、毎晩、目薬をさしている。


自分は強度の近眼だったために、

逆に見えずらさは近眼が進んだためだと思い込み、

発病に気が付くのが遅れてしまった。

ずいぶん進行してから検査を受けて、

この病気だとわかったのだった。



当初、やはりショックだった。

見えなくなった欠落した視野部分は、

もう二度と回復しないとのことだった。

とくに私は左眼の中央部分の視野が欠けている為、

見ようとする焦点部分が、

まさに見えないのだ。



今ではそれに老眼も加わり、

「見る」という行為においては苦労することが多い。



今日も眼科に通院だった。

視野検査は疲れる。

ふと、ため息が出てしまった。



でもふと考えなおしてみた。

目が不自由なのも、

何かしら自分にとっては意味があるのかも知れないと・・・・。



人は実際、自分で同じような経験をしないと、

なかなか他人の辛さに気付いたり、

理解しずらいものである。



松葉杖をついた火が電車に乗ってきても、

席を譲るために立ち上がる人はなかなか出てこない。

私は30代の頃、足首を骨折したことがあり、

それ以来、松葉杖の人を見るとその頃のことを思い出す。



見ることに不自由さを感じるようになってから、

やはり視覚障害を持つ人、

白いステッキを使われている方を見かけると

時間が有されるなら、

安全に歩いていけるか見守ってしまう。



人は楽しい経験、

成功体験を重ねることは、

その人の大きなパワーになる。

しかし、自分が悪いと思っている経験でも、

きっとそれは自分にとって

何かしら学びや気付きを与えてくれているのではないだろうか?


経験の良い悪いは、

あなたが自分で勝手に決めているものだ。

だからこそ、良い側面を受け入れるか、

悪いと思っている面だけを取り上げるのかも、

あなた次第ではないだろうか?



もちろん、私はまだ失明した訳ではない。

だからこそ見えることに感謝して、

今出来ることをしっかりやっていこうと思っている。



視力が悪くなってから、

ちょっとだけ良いことがある。


夜の都会で眼鏡を外してみるのだ。


街の灯りが滲んで、

視界は光の洪水、

まるで遊園地のメリーゴーランドのようになる。



一瞬にして夢の世界だ。




2011-06-22 23:16:41

インテル 長友選手に学ぶセルフ・コーチング

テーマ:ブログ

なにげなくテレビで、

インテルの長友選手のインタビューを見ていた。


インテルに移籍直後、

彼は試合に出場するチャンスに恵まれたにも関わらず、

いまひとつ、力を発揮しきれなかった。


地元メディアからは「臆病者」と評され、

もう一歩攻めきれない消極的プレーが目立った。

本人によると、

「日本では見えていた相手陣地の空きスペースが、

インテルに入ったら見えなくなっていた」とのことだった。


なぜか?


世界でも有数なチームに移籍したためだろうか、

気が付かないうちにプレッシャーが彼の視野を狭くさせていたのだった



長友は出場するチャンスを失った1ヶ月の間、

こうしたプレッシャーに負けないために、

自分でメンタル面のトレーニングに務めたそうだ。

またそれと同時に、

ベンチからピッチで活躍するチームメイト達を観察し、

彼らがいかにプレーに臨んでいるのかを研究した。



永友は日常の中で、

自分自身にこう問いた。


「自分は感謝していか?」


どんなときでも、

感謝していられる自分であること。

彼は自分自身に余裕がなくなってしまうと、

どんな状況でも感謝して受け入れる気持ちを失ってしまうと考えたのだ。



全てに感謝して受け入れられる自分であること。



そんな余裕を、どんなときにも持てる自分であること。



日常の生活、

ベンチに控えて仲間の活躍を見るとき、

メディアの評価や客席からのやじにも、

その気持ちを持つように意識したそうだ。



そして仲間の欠場によって出場のチャンスが訪れた時、

彼の視野は広がり、

確実に敵陣地の攻撃可能なスペースを捉えていた。



あの瞬間がターニングポイントになった。



彼はそう語った。



何事にも感謝して受け入れられる、

心の余裕を持つこと。



これは一般的な仕事や人間関係などどでも、

とても大切な意識だ。

もしスランプや苦手意識を持つなら、

この「感謝の心」意識をやってみてはどうだろうか?



長友、

神と通じているプレイヤー。



そんな気がした。




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