苦労こそが…

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"農夫と息子たち"

死期の迫った農夫が、息子たちを一人前の農夫にしたいと思い、呼び寄せてこう言った。
「せがれたちや、わしのブドウ畑の一つには、宝物が隠してあるのだぞ」
息子たちは父親の死後、鋤きや鍬を手にとって、耕作地を隅から隅まで掘りかえした。
すると、宝物は見つからなかった代わりに、ブドウが何倍も実をつけた。

これは、「人間にとって、苦労こそが宝物」だということを説いているのではないでしょか。

父親が息子たちに伝えたかったことは、「苦労こそが宝物」。

いい話だと思ってのせてみました…
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知る…

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不思議なもんで、なんでも行為の大小をつけてしまうんだよねぇ。

自分のミスで負けた…

あのミスがなければ…

大きなミスをしたとか、小さなことしかできなかったとか…

もっとあることは、自分がしなかった行為を悔いる。

しなかったことなのに、ああしとけばよかったと本気で悔やむ。

自分のした行為、自分のしなかった行為の大小を、ああしとけば、こうしとけば、今が大きく変わっていたと思い悔やむ。

自分の小さな行為が、ある人にとっては大きなことかもしれない。

その逆かもしれん。

いずれにしても、過去の行為を価値づけることはあんまり意味がないんだよね。

それよりも、自分の弱さと欠点を知った方がいいと思う。

成功した人は、すべてにおいて強さがあり、運に恵まれ、考えや行動がすこぶる効率的で、何事においても人並みはずれて要領がいいように思っていませんか?

生意気いいますが、成功者もまた、普通の人と同じように欠点や弱さがあると、私は思ってます。

ただし成功者は、欠点や弱さが誰からも見えないように奥底に隠しているわけではない。

むしろ、それらをあたかも強さのバリエーションであるかのようにカムフラージュして見せているかと…

これができるのは、成功者が自分の欠点や弱さがどういうものであるかを熟知しているからだと思う。

自分の弱さや欠点を隠したり、自分で見て見ぬふりをするのか?それとも、それらをしっかり見つめて素直に理解するのか?

別れ道かもねぇ。


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狐の・・・

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批判という風、嵐・・・

 

色んな人から、色んなことを言われる。

 

言われて当然の結果なのでしょうがないのだが・・・

 

しかし、自分自身は”狐の捨て台詞””負け惜しみ”だけはしたくない。

 

”狐の捨て台詞”

ブドウがたわわに実っている。

一匹の狐がそこに来てブドウを取ろうとするのだが、どの房も高い場所にある枝についているため、いくら飛び跳ねてもまったく手が届きそうにない。

狐はついにブドウを取ることをあきらめ、「あんなのはどうせ酸っぱいブドウに決まってるさ」と捨て台詞を残して去っていく。と、いう話。

 

ところが現実には、ずるく、悪賢いとされている狐よりもはるかに”ずる賢い”人間がいる。

 

例えば、自分はブドウに手が届き、他の連中よりも先にたっぷりと手に入れることができたブドウについても、「あのブドウは酸っぱくて駄目だった」と言いふらす。

 

こんな自分にだけは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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