肩が痛い

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 先日も身体が痛い話を書いたが、今日は特に肩が痛い。。
 3日間無理な姿勢で仕事をする時間が多かったからなあ。
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一刀斎夢録

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 バンドマンは戦国時代より幕末を熱く語る人間が多いような気がする。

Cold Beer & Crazy Beat!~ FLYING WALRUS AKIHIのBlog-一刀斎

 一刀斎夢録読了。浅田次郎は「中原の虹」以来だ。新撰組の生き残りの斎藤一が、後世に語り残しているとされる、維新の動乱から西南戦争までの顛末「夢録」と呼ばれる記録を、浅田次郎が独自の解釈と創作を加えて小説化したものである。

 新撰組については通り一遍の知識しかないので、三番隊隊長の斎藤一については、沖田総司に並ぶ剣客というくらいしか知らなかった。本そのものも貰い物なので、特に興味があって求めたものではない。だが、この本を読んだおかげで、幕末ー維新ー近代国家の成立という時代に、改めて興味を持った。

 物語は、明治天皇の崩御からはじまる。明治天皇に殉死した乃木大将の死にかたに納得出来ない近衛師団の若き士官が、ひょんなことから、その昔新撰組三番隊長として知られた斎藤と知り合い、酒飲み話しに当時のエピソードを聞く、という話。
 若干時系列が前後して読みにくい部分もあるが、独特の文体と語り口で、ぐいぐい読ませてしまう。多少あざといくらいの話の持っていき方は浅田節とも言えるものだが、今回は若干薄いか。話の内容から、ある程度落ちは読めてしまうのだ。

Cold Beer & Crazy Beat!~ FLYING WALRUS AKIHIのBlog-新撰組

 並行して、新撰組の解説本(?)も読んでいる。仮説を交え、思い入れ強く新撰組を語る山川氏
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 今朝見た夢。

 津波がくる。

 近くには、5階建てくらいの、古びた集合住宅。僕は逃げ惑う2人の子供を助け、集合住宅の非常階段を駆け昇る。津波の第一波はもうすぐそこだ。最上階近くまで昇るが、津波は信じられないくらい大きく、建物の高さをも越えそうだ。
 僕はロープで、子供と自分の身体を建物に縛りつけた。

 第一波をなんとかやり過ごし、僕と子供たちは部屋に入った。中には僕たちのほかには誰もいない。ベランダの向こうにはもう一棟、こちらと同じような建物が建っている。そして、波はさらにその向こうにある海から、ひっきりなしにやってくるのだ。建物は波を被るたびに揺れるが、崩れる気配はない。どうやらここは安全のようだ。

 窓越しにいろいろなものが流れてくるのが見える。訳のわからないゴミや人、シャチまでもがガラス越しに流されてゆく。窓ガラスはすざまじい水圧に耐えている。
 向かいの建物の屋上には、避難してきたと思われる数人の人たちが、じっとこちらを見ている。その中のひとりと目が合い、不安な気持ちになる。この安全な場所を狙っているのではないか?

 夜になっても断続的に波はやってきて、建物を揺らす。連れてきた2人の子供はいつの間にか僕の妻と弟になっている。二人は怯えているようだが、とりあえずここにいれば安全のようなので、慌ててはいない。

 いつの間にか、向かいの棟の屋上にいたひとたちが部屋に入ってくる。

 僕は母親の安否を確認するため、電話をかける。母は離婚をするらしい。



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ネガティブ

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 倦怠感は続いている。が、ネガティブなことでもなんとか書こうと思って、またBlogを書き始めた。
Cold Beer & Crazy Beat!~ FLYING WALRUS AKIHIのBlog-GraceUnderPressure
Rush "Grace Under Pressure"

 Rushを聞いている。カナダのプログレバンド。プログレッシブロックのアンサンブルにおける、緻密に構築されたサウンドは、精神を安定させる。頻繁に登場する転調や変拍子、テンションコードなどは、もともとは楽曲に不安定な要素を与え、緊張感をもたらすものだが、疲れた精神にこれらは妙に心地よい。

 最近、がんばって曲を書こうと思うのだが、なかなか作業に移れない。ギターやピアノに触れるのだが、新しいものを生み出し、磨きをかけるという作業が出来ない。
なんとなく、怖いのだ。批判的になりすぎているのかもしれない。作品にではなく、モノを生み出すという行為に対して。こう書いてしまうと、モノ作りに携わっている人間としては終わりなのだが. . .
 
 経験を積むと、単純なものの繰り返しでなく、ちょっと凝ったことに挑戦したくなる。 複雑な事をやろうとすると、当然技術が必要になる。新しい技術を習得するためには、知識欲とバイタリティが必要だ。
 何にせよ、やりたいことをやるためには、まず体力だ。健全な精神は健全な肉体に宿る。

同窓会

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 同窓会に出席するために、千葉県の館山市というところに行った。小学校から数えて通学した学校は7つあるが、OB会などではなく学年の同窓会に参加するのははじめての経験だ。

 館山は、房総半島の先端にある、人口5万人ほどの街で、南総里見八犬伝で有名な館山城がある。
僕はこの街に4年ほど住んでいた。当時通っていた高等学校の同窓会が開催されるという知らせは、東京在住の友人から聞いた。僕は連絡が取れないことになっているらしい。
同窓会は、3年生の時のクラスを中心にして連絡が取られるようだ。考えてみれば、クラスで仲が良かった人間とは、卒業してから連絡を取ることもなく、すっかり疎遠になっていたのだ。

 駅に着いて、ホテルにチェックインした後、会場までの徒歩30ほどの道のりを歩いてみた。途中に、以前住んでいた家のひとつがある。20数年ぶりにかつての我が家を仰ぎ見ると、立て替えられてすっかり形が変わっていた。隣の同級生の家は昔のままだ。
 普段、ひとりで歩くときはヘッドホンをして音楽をききながら歩くのだが、30分の道のりを、ヘッドホンをせずに歩いてみた。

 静かな街だ。

 いつの間にかバイパスが通り、大型の商業施設が出来て、以前とは町の様子は変わった。が、館山は静かな地方都市だ。

 やや遅れて会場に着く。受付を済ませてテーブルに向かうと、思いがけず、当時の担任の先生がいらっしゃったのに驚く。卒業以来会うことはおろか年賀状さえ出さず大変失礼していたが、在学中と変わらない話し方と風貌に、一瞬時が止まったかのような錯覚を覚えた。聞けば、御年80だという。お酒が何よりも好きで、ホームルームや英語の授業の合間によくお酒の話をされていた。生徒会の機関誌に、この先生の似顔絵を描かせてもらったことがある。徳利とお猪口になぞらえて。
 時といえば、当時の学友は、当時のイメージのままのひと、苦労がにじみ出ているひと、花開いたように綺麗になったひとそれぞれだ。さて、僕はどうだったろうか?当時は眼鏡をかけていたので、気がつかなかったひとも多いと思う。「だーれだ?」なんて言ったりして。

Cold Beer & Crazy Beat!~ FLYING WALRUS AKIHIのBlog-同窓会

 配布された同窓会名簿を眺めてみる。名前と、おおよその住所が書いてある。当然のことながら、地元に住んでいるひとの出席率が高いようだ。と言うか、地元に残った人間が予想より以外と多かった。なかには海外で活躍しているひともいるようだ。
 二次会、三次会と流れてゆく。顔は覚えているが、どうしても名前が思い出せないひととずっと一緒だったりする。同じ学校を同じ年に卒業した だけ の、奇妙な連帯感。転校を何度か経験したせいか、愛校心というものはどの学校に対してもそれほど濃くはない。だがやはり高校だけは3年通して同じ学校に通ったので、それなりの感慨はある。
 しかし、校歌が思い出せない。歌うより演奏するほうが多かったからなあ。

正月2日

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 正月2日。スタローンの"デイライト"(1996)見てます。なかなか面白い。
Cold Beer & Crazy Beat!~ FLYING WALRUS AKIHIのBlog-daylight
 これから、遡って秋から冬にかけてのBlogを書こうと思います。見たライヴ、自分のライヴ、そしてMistのこと。

不安を吸い取りたいので

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 新しい掃除機を買った。

$Cold Beer & Crazy Beat!~ FLYING WALRUS AKIHIのBlog-掃除機


「<東日本大震災>「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110413-00000154-mai-soci

 こんなこと、絶対あってはいけないよ. . .

 でも、子供は正直だ。キケンだと思うものには敏感に反応する。危険だ、どっか変わってると思えば、すぐに輪の中から閉め出そうとする。

 大人は、どういうふうに子供に教えたらいいのか?どう説明したらこんな悲しいいじめがなくなるのか?
いじめられる子供に罪はない。絶対。悪いのは人災をおこしたひとたちだ。

 子供の深刻ないじめを避けるために、危険な場所にかえってゆくひとたち。悲しすぎる。

 確かに我々大人たちも怖いよ。得体の知れないものはほんとに怖い。でも、怖さをなくすために、もっと目を見開こう。いろんなことを知ろう。何が本当で、何が嘘か、見分けるのは日々どんどん難しくなってゆくけど、目を曇らせない努力をしよう。


 被災地の様子を克明に記したある看護士さんのBlogを見つけた。読んで、悲惨さに哀しみ、視点の暖かさに感動した。

http://blog.goo.ne.jp/flower-wing

怒りにまかせて書いてみても

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. . .ただの備忘録になってしまうんだなあ。



 もし自分が、事故を起こした原発からわずか1キロのところに生まれた時から住んでいて、家族と一緒に暮らしていたら、避難するだろうか?

 僕は、ひとところに5年以上続けて住んだことがない。

 住み慣れた土地を捨てなければならない人たちの気持ちは、はかり知れないものがある。

 原発のそばに住んでいるひとの中には、原発があったからこそ暮らしていけたというひとも多いだろう。

 そういうひとたちの気持ちは、僕には想像すらできない。

 でも

 情報をきちんと精査して、逃げるべきときは逃げてください。