ネーミング Ⅲ

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東京光学のプリモフレックス


ネーミングの大事さの例、成功例としてかつて良く取り上げられたものに東京光学の二眼レフカメラ、プリモフレックスがありました。

日本光学と並ぶ光学機械の名門です。眼科などに行くと東京光学の測定器などを見掛けますね。トプコンの名前が付いてます。

今は昔昭和20年代、戦後訪れたカメラブームの全盛期に名機として良く売れたものです。

これが初めトプコンフレックスと言う名前で売り出されましたが、売れませんでした。

それでネームプレートをプリモフレックスに取り代えたら、早速良く売れるようになったと言うものです。全く同じ物がです。この位ネーミングは大切と言うこと。

なお、プロ用中版カメラ、トプコンホースマンはそのままのブランドで売られていました。プロはトプコンの実力を知っていたので問題なかった訳です。

ネーミングの微妙さです。












二眼レフカメラ、こんな感じで、小中学校の代用教員の給料が78千円の頃、3万円前後してました。

上の蓋がパカンと開き、内部のミラーを経て摺りガラスに画像が見えるものです。一眼レフは後、ミランダカメラが開発、ミラーが撮影時瞬時に上がることにより一眼を可能にしたもの。

でも、ミランダは残念ですが今はもう有りません。

写真は、私の使ったものの一代後のプリモフレックス(日本カメラ博物館にて)。







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ネーミング Ⅱ

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つくばみらい市


地名のことなどを書き始めたら、限りが無くなると思いますが、私共の工場の有るつくばみらい市、ここは比較的最近つくば市に隣接する筑波郡の町村が合併して出来た市です。

うまいネーミングだなと思ったものの一つです。元々筑波郡ゆえ、無理やり持って来たつくばではなく、かつお隣がつくば市ですから区別する必要があり、付け加えたのが未来ということでしょうけど、なかなかなものと思ってます。

もっとも、つくば市だって元々筑波郡の谷田部町という、どう見たって田舎の言ってはなんですが、しょぼくれた町でした。今は堂々大したもの、最先端技術のつくば市です。

なお、つくばみらい市の方は小さな村々の合併ゆえ、合併しても早速都市らしくなるわけでなく、どこが中心なのかいまだに良く分からない感じの所ではあります。市長さんにしかられるかな?!こんなこと言っては。










つくばみらい市に有る私共の工場。以前やっとの思いで、入手したとき、今はもう嫁に行ってしまった娘に内心得意気分でどうだと言って見せたら、町工場って感じねって。チキショウ。と言う思い出があります。



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ネーミング Ⅰ

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名前

名は体を為す、まさにその通り。

一般に名前を付けるとき、何らかの根拠にもとづき付けられると思われます。地名など全てそうでしょう。

人の名前なども親御さんがそのお子さんの将来を思い、付けられるケースが多いかと思われます。中には生まれた順に、1,2,3 を付け、一郎、次郎、三郎などと付けられる例も有りますが。

以前 悪魔ちゃんという名前が問題になり、話題になりました。

この発想の根拠は知ることはできませんでしたが、鬼太郎などという名前は有り、鬼頭さん 鬼村さんなどという名字も有ります。

これは、鬼には悪い、恐いイメージも有りますが、逆に言えば非常に強いイメージのもので、そこから強くあれという願いを表しているものかと思います。

皆様、ご自分のお名前はどのようにして、そのような名前が付けられたかご存知ですか。









強いイメージの鬼。確かにイメージとしては強いです。

でも鬼ってどこか愛嬌があるように思えません?

この強さの中に含まれる愛嬌部分がある点も名字や名前に付けられるのかも知れないな、と私は感じて居ります。

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三つ子の魂百までといいますが、私の同期で自動車が好きで、日産自動車へ行ったやつが居ます。

しかし、自動車の会社は大きく、生涯自動車を直接作る部門には配属されず、仕方なく楽しみに定年を待って、一念発起と云うのでしょうね、何んと自分の家で自動車を作り出したのです

物好きなことに私も、その自宅を見物に行ったのですが、大型な車庫を使い、設計のためのCADも入れ、溶接機やらボール盤やら、何やら加工機械も置いてやってました。

でも肝心要の自動車が無いのです。中々出来ないと云ってました。そのうえ何年も何年もやっているので、奥さんからいい加減にしろとしかられっぱなしとのことでした。

そりゃそうでしょう、私だって彼の奥さんだったら怒りますよ。で、一人で自力で四輪自動車を作るのは無理と悟ったと見えて、取りあえず手っ取り早い二輪自動車に転向、雨にも濡れない、乗り心地も乗用車並みで大変良い、軽い二輪車を作り上げました。

ただ、発売には価格が課題と云ってましたが、そりゃそうでしょう、手作りの一品ではコストは掛り放題でしょうから。それに付けてもビジネスを目指し、売る気で作ってるんですから脱帽です。

なお、さすが専門家、ちゃんとナンバーも取り、堂々と公道を自走。








これが、そのご自慢の二輪自動車、つまりバイク。








この妙なバイクを見付けたパトカーが不審に思ったのでしょう、いつまでも いつまでも付いて来たと苦笑いしてました。最後は諦めたようで引き上げて行ったとのこと。

いずれにせよ、通常の人には出来そうもない楽しい人生を送ってますね。羨ましい限りです。

私も三つ子の魂、飛行機と電気機関車が今でも作りたいです。

なお、2件のお願いです。1つは、この写真は無断掲載のため、ご本人には御内密に。 2つ目は、どなたか、お買い上げ下さる方は?きっと彼喜ぶと思います。

政治家は大変だよと

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以前、2.26事件のことを書きましたが、このとき近衛兵だった、高校の先輩矢田さんのこと。

私達の同窓会の初代幹事長もつとめられた方です。この方は、以前建設大臣の第一秘書もされ ものすごく幅広い人脈を持つ方で、話題も豊富。

今、100才。母校のある静岡県の沼津の地に戻られ、住んで居られますが、すこぶるお元気で、会合などあると東京へ一人で出て来られ高校の同窓会などでは元気な乾杯をされ、もちろん有名

今なお全くぼけず、記憶もしっかり、姿勢もしっかり、お話の中にユーモアを入れることも忘れません。どうしたらそのようになれるか、学びたいところです。

この方、政治のことは全く語られたことはありません。ただひとこと、何かの話題の折りにポツリと 政治家は大変だよと云って居られたのが印象的でした。










写真は戴いた年賀状から。
2才になるひ孫さんを抱かれて写されてますが、100才とは思えません。200才までもお元気かも。