2005年12月13日

NBA選手と背比べ

テーマ:これまでのトロント回顧録

今日もガンガン雪が降りまくるトロント。

冬の楽しみってなんだろう??

やっぱりホッケーだろうか?

いやいや、それだけではない。トロントにはNBAのチームがある。

その名はトロントラプターズ!


しかし、弱小!

特にビンス・カーターがいなくなって、今年はますますダメだろう・・・。


私は結構バスケットボールが好きなので、

日本にいた頃からNBAを見に行きたいと思っていた。

だからトロントに行ったら弱くても何でもいいから絶対見に行こうと思っていた。


トロントでの最初の年、私はあるサンドイッチ屋さんで働いていた。

エチオピア出身のボスはNBAが大好きで、冬は毎日バスケの話をしていたもんだ。


そんなある日、ラプターズの選手アントニオ・デイビスが客として現れた!

目を大きく見開いて驚いていた普段はなまけもののボスは

私をどけて彼に話し掛け、サンドイッチを作った。

大きなアントニオの手は大きく、私には大きすぎるベーグルも彼の手の中では小さく見えた。

アントニオはでかすぎるため、ベーコンエッグの卵は2個頼んだ。


アントニオが店を出て行った後、ボスはため息をつきながら

「僕はシャイなんだよな・・・。まともな話ができなかった・・・。。。・゚・(ノД`)・゚・。」

と落ち込んでいた。

アンタ、アントニオに恋してるわけでもなしに・・・(;´Д`)。とツッコミたくなった。


そして次の日もアントニオが来た。

ボスはカメラを持ってきていたが、一緒に写真を撮って欲しいと切り出せず

またもチャンスを失った・・・。

私はボスに「彼は向かいのホテルに滞在してるんだから明日も来るよ。(;´Д`)ヽ」

と慰めた。

ボスは自分に飽きれてすっかり落ち込み、その日は全く仕事をしなかった。


そしてまた次の日。

ボスは朝から「ラプターズのトロントでの試合は今日で最後だ!今日こそは!」

と息巻いていた。

来るのか?来ないのか?

私達は緊張していた。


そしてついにベーコンエッグサンドイッチを求めてアントニオが現れた!

ボスは彼にサンドイッチをつくりながら今日は饒舌に話し掛けている。

ボス「ラプターズはここんとこ調子がいいじゃないか!アントニオ!(・∀・)」

私は心の中で「そうだろうか?」と首をかしげてしまったが、

ボスは緊張をおさえ、頑張って彼に話し掛けているのだ!

ガンバレ!!!私はまるで子供を見守っているような気分だった。


が、アントニオにサンドイッチを渡したあと、ボスはいつものように奥のオフィスに戻ってきた。

アントニオは客席で小さなベーグルをもくもくと食べている。

私はモジモジするボスの背中を押すが躊躇している。

そこに、ルイ・ヴィトンのバッグを持った下品な金持ちの白人のおばちゃんが

アントニオに駆け寄り、サインを求めた!

ボスはそこに便乗してアントニオに駆け寄り、私を指差しこう言った。


「あの子が君の大ファンで写真を一緒に撮りたいらしいんだが・・・。 ゚+.ヽ(*´∀`*)ノ ゚+.゚ 」


Σ(゚Д゚;エーッ!! (あたしかよ!?)

まぁ、彼は勇気を出してアントニオに頼むことができたのだ。

ボスは私を目で促した。 「早く来い!」と。


そして写真を撮った。

天井に頭が届きそうなアントニオにムリヤリ肩を組んで

今まで見たことのないような笑顔のボスと、なんだかわからん無表情な私。


アントニオが帰った後も超ご機嫌なボスはいつになく一生懸命働いた。

鼻歌を歌いながら「flighty, 君のおかげだよ! (〃∇〃)」と。


いい思い出だ。

この日の写真は今でも私の宝物である。

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2005年11月01日

日本にはないDay Light Saving Time

テーマ:これまでのトロント回顧録
毎年、10月の最終日曜日は夏時間が終わり、冬時間に変わる日。
日本人を始めとしたこの習慣のない人にとってはもっとも混乱する日。
私も混乱して焦った思い出がある。

カナダにきて最初の年のこの日、
話には聞いていたがイマイチ自分の中で理解がなかなかできず、
しかも他人事のような感じで聞き流していた。
どんなものかがよくわからなかったのだ。
時間を変えるってどういうこと??
日本との時差がこの日を境に一時間伸びるって??
夏時間に変わる時にも経験してるのにも関わらず、
相変わらずわけがわからなかった。

その日は日本に帰ってしまう友達と最後にナイアガラの滝を見に行こうということで、
ダウンタウンで10時に待ち合わせをしていた。
当時私はトロントの最北端に住んでいて、
ダウンタウンに出るのに地下鉄で30分ほどかかっていたし、
日曜ということもあり、早めに家を出た。

我が家の時計で9時15分頃家を出て駅に向かうと、
駅がしまっていて、沢山の人々が待っていた。
「事故かしら?」
「どうなってるんだろう?」
「バスでいくしかないかしら?」
などと人々が話し合っている。

そしてしかたなくバスでダウンタウンに出た。
どうしても腑に落ちない私はなんとか待ち合わせ場所に時間どおり着いた。
そして友達の一人が来た。
しかし、もう一人の友達が待てど暮らせど待ち合わせ場所に来ない!

待つこと一時間・・・。
やっと友達が来た。
遅いよーと私たちが責めると、友達は時間どおりだよ!といい、
その時初めて私たちはその日が時計を一時間遅らせる日だと気づいたのだ。

そうか!だから地下鉄も動いていなかったのだ!
トロントの地下鉄は本当にのんきな会社で、
日曜日は9時にならないと電車は動かないのだ。
地下鉄については→コチラ!
私が駅に行ったのは8時15分だったのだ。
っていうか、あの人だかりは??

みんなカナダ人じゃないの?

カナダ人さえも間違えちゃうような日なんだなと痛感・・・。

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2005年10月12日

文盲のDwight

テーマ:これまでのトロント回顧録
私の住むトロントは移民の街である。
難民だったひと、戦争で家族、家を失った人、カナダ人と結婚した人。
そのバックグラウンドは様々で、
時には大きなカルチャーショックを受ける。

カナダに来て間もない頃、アルバイト先の常連客に
ものすごく太っている知恵遅れのような黒人男性がいた。
彼はいつも大量にコーヒーやパンを買っていく。
名はDwightという。
彼はひどく訛った英語を話し、ニコニコといつも笑っていた。
最初は彼の話す言葉がわからず戸惑っていたが、
そのうちにお互い顔見知り、彼の欲しいものも、
彼の話す言葉もわかるようになった。

ジャマイカからの移民であるという彼がある日怒った。
お金が足りないよと私がいうと、
「俺をだまして金を多く取ろうとしている!」と言うのだ。
いくら目の前で数えてやってもちっとも納得しない。
なんと、彼は字も書けない、読めない、足し算引き算などやったことがないのだ。

初めてそれを聞いたときは驚いた。
彼は教育を受けていないのだ。
言葉がおかしいのもそのせいだし、人から蔑まれて40年近く生きてきたのだ。

彼の仕事はストリップ劇場の使いっぱしり。
従業員やストリッパーにコーヒーやパンを買っていくのだ。
聞くところによると他にもいろいろな場所で働いているらしい。
どこどこで掃除をしていたとか、どこどこで使いっぱしりをしているとか。
ただ、彼の別の仕事場で彼に話し掛けても一切返事をしないのだそう。
彼は彼のプライドにかけて必死に生きているのだろうか。
人々の興味の対象にされるのを拒んでいるのだろうか?

先日たまたま彼とすれ違って話し掛けたけれども
無視して通りすぎていった。
覚えていないのか、私なんかとは口をきく暇なぞないとでも言うように
いかめしい表情で通りすぎていった。

日本ではこういう人に出会うことなんかほとんどなかった。
世界のまずしさや、戦争の痛みもこの街では他人事ではないのだ。
世界の広さを目でみたような衝撃だった。

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2005年10月06日

思い出のエチオピア料理

テーマ:これまでのトロント回顧録
カナダに来て初めての冬、
一番最初に働いたエチオピア人のボスが経営するサンドイッチさんに
少し遅れたクリスマスプレゼントを届けに行った。

私が持っていったのは少しばかりの高級チョコレート。
店に入って小さな包みを差し出すなり、
彼は「クリスマスプレゼントをありがとう!」と言った。

確かにクリスマスプレゼントなんだけど、
クリスマスはとっくに過ぎてしまっていたのになぜ?
と問う私に彼はこう言った。
「今日はエチオピア暦のクリスマスなんだよ。」

私の小さな包みは計らずとも偶然にしてクリスマスプレゼントになったのだ。
そして彼はお祝いをしようといい、
私とボスのガールフレンドに買い物を命じた。

買ってきたのはインジェラと呼ばれるエチオピアの主食。
彼の友達がクリスマスのお祝いにインジェラにつけるシチューを作って持ってきたのだという。
閉店後のそこにぞくぞく集まるエチオピア人たちは皆浮き立っている。

インジェラはテフという穀物と水で練って発酵させた大きな
灰色のクレープのようなもの。
ツンと酸っぱいニオイが鼻をつく、人によっては雑巾のようというそれは、
食いしん坊の私の興味をひくのには十分だった。

みんなでインジェラを囲み、インジェラを引きちぎり、
シチューをつけて食べる様子を真似て食べてみた。
これがトマトとチキンの辛いシチューによく合い、
非常においしかったのを覚えている。
エチオピア人の家庭の味をエチオピア人と楽しめるなんて、
これだけでもトロントに来た甲斐があるなぁ!と感動した。

トロントにはエチオピア人のコミュニティーもあり、
レストランもたくさんあるが、日本人の友達曰く、口に合わないらしい。
そういう人には必ず私は最高のインジェラを食べたよと自慢する。
だからというわけではなく、ただチャンスがなかっただけなのだが、
それ以来インジェラは食べていない。

大好きだったエチオピア人のボスとはその後彼の身の上にいろいろあり、
連絡がつかなくなってしまった。
最後に話したのは去年の冬に電話が来たときだと思う。
久々に話した彼の声は低く、
「いろいろありがとう。迷惑かけたね。」
と謝るばかりで、どうしたらいいかわからなかった私は、
「また一緒にインジェラを食べたい」とだけ告げ、
彼は笑いながら「英語が上手になったね」と誉めてくれ、電話を切った。

冬が近づくとなんとなくこのことを思い出す。
インジェラの写真をとっておけばよかったな。

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2005年06月23日

英語ができると何が得?-その2-

テーマ:これまでのトロント回顧録
友達つくりに学校に行ったにもかかわらず、
友達つくるどころか、誰も話し掛けてくれないなんて、
そりゃぁ、いくらマイペースな私でも「なんかおかしいな。」くらいは感じるわけで。

それに気づいた時、少し客観的になんとなく自分を見つめなおしてみたら

あたしってばキモチワルイ!!!(;´艸`)

と思ってしまった。(笑)

もともと広く浅く友達をつくれるほうではないので、(←anti-social?)
あまり気合い入れすぎず、勉強するぞという姿勢は崩さず、
ただ楽しみながら授業に取り組むようにした。
クラスの雰囲気を盛り上げるように。
同じクラスにいるんだから、(めっちゃ少人数だし。)
自然に仲良くもなっていくわけで。
ただ、カナダに来たばかりで”英語を話すこと”に慣れてない私はしゃべりたいのに
どうしても他の誰かに先を越されてチャンスを逃してしまいがちだった。
そういう時こそ私のマイペースさが発揮される時。
周りが笑おうがなんだろうが、全身を使ってコミュニケーションをとろうと努力した。

その結果。
学校に通ってわずか一週間足らずのうちに

。゚+.ヽコメディアン。゚+.ヽ

などというあだ名がついてしまった・・・。
昔から笑われモノキャラだからいいんだけどさ。
自分のまわりに笑顔が溢れるってのはいいことでしょう?

そうやって友達との距離が縮まるにつれて英語を勉強することがますます楽しくなり、
たった1ヶ月でも随分伸びたんじゃないかと思う。
とはいってもハローと言われてとっさにハイ!くらい言えるようになったレベルだろうが。

あの頃は自分とは違う国の友達といろんな事を話すたびに感動したものだ。
だって、英語を話せれば自分から見た外国人が”人”になるんだもの。
「自分」対「外国人」から「自分」対「友達」になるんだもの。
英語を通じてこんなふうに考える瞬間があっただけでも”得”なんじゃないかな。
”得”って言い方には語弊があるかもしれないけど、喜ばしいことだ。

日本人はシャイだって言われるけどそれも文化の違いかもしれないと最近は思う。
もちろんまわりの目を気にしてしまう部分はあるだろうけど、
日本でベラベラしゃべる人は「こいつ、よくしゃべるなぁ。」
なんて思われてしまうでしょう。
私のまわりのカナダ人の話を聞いてると、しゃべらないやつは意見がないと思うみたい。
ひどいときはバカだと思うらしい。
カナダ人からしてみたら日本人がまともに英語をしゃべれないのは当然なんだから
恥ずかしがってないで伝える努力をしないとね。
トロントの人口の殆どは移民だからおかしな英語を話したってちっとも恥ずかしくないし、
みんなちゃんと聞いてくれるし、正しく直してくれる。
所詮言葉なんてコミュニケーションの道具だと私は思ってるから。
日本では主に英語=勉強の科目の一つだけど、
ここでは生活に必要な道具だから焦ることはない。
ただ理解していこうとする姿勢は大事だと思う。
自分を理解してもらうには自分も相手を理解しようとしないと。
それは日本人同士でもおなじことだよね。

まぁ、そんな偉そうなこと言っても私だっていまだに英語わかんないことなんて
しょっちゅうですわ。ハハハ。

ただ、これから留学に来る人に伝えたいのは、
学校で恥ずかしがってると損ですよーってこと。
みんな英語わかんないから学校に来てるんだもの。
間違いだらけで当たり前。


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2005年06月23日

英語ができると何が得?-その1-

テーマ:これまでのトロント回顧録
前回は約二年前にFGMを知ってショックを受け、
いろんな国の人々が暮らす街にいる私にとってそれは決して他人事ではないと考えるようになり、
知らない人にも知ってもらいたいという思いを書いた。
その結果、多くの人が読んでくれて、コメントもいただいた。
みなさんありがとう。

そういった様々な文化、常識、言語の混ざり合う街に住んでいる私。
人々はいったいどうやってコミュニケーションをとるのだろうか。

英語が人と人をつなぐ一つの掛け橋になっていることは確かだろう。

カナダに来てまず家を探した。
言葉もわからないし、日本人の知り合いもいない。
右も左もわからないので、日本人ばかり住んでいる家をカナダ3日目にして見つけることが出来た。

家も見つかり、そこに住んでいた心やさしい日本人シェアメイトたちにいろいろ教わりながら
学校を探すことにした。

学校へ通う目的はただ一つ。

友達を作ることだった!!!!

というわけで街中にある留学相談所のようなところへ行き、そこにいた心優しいカウンセラーさんに
安いところという条件で3つほど学校を紹介してもらい、
一人で見学に行ってこい!と言われるままにそこから一番近い学校へまず行った。

学校には日本人カウンセラーがいたものの、
その人にたどり着くまでは「言葉がわからないことの大変さ」をしみじみ感じた。
だって、カナダに来て一週間ほどですもん。
(余談だが、この学校を紹介してくれた日本人カウンセラーさんは本当にいい人で、
何でもやってあげちゃ本人のためにならないとのことで
わかんなかろうがなんだろうがまずは自分でさせるんだそうだ。
私はそういうのが大好き。サービスが悪いと感じる人もいるかもしれないがね。
この人とはいまだに交流がある。)

3軒紹介してもらったのに結局最初の一軒しか行かなかった。
そこに決めちゃったのだ。はっきり言って学校なんかどこでもよかったのだ。
目的は友達を作るためだったし、通う予定はたったの一ヶ月。
ハローと声をかけられただけでどうしたらいいかわかんなくなるような人間に
細かい学校の良し悪し、カリキュラム、先生の良し悪しなんぞ判るわけもない。
どこでどんな風に習ったって勉強になるのだ。
そんな理由でそこに決めた。

まぁ、せっかく自分で稼いだ金で、自分の意思で学校に通うのだから
期間も決まってることだし、1ヶ月でペラペラになれるわきゃぁないけども
まぁ、この1ヶ月は本気でどこまで伸びるか勉強してみようと決意。
そして、実行した。習ったことは全て吸収してやろうと思った。

レベルを決めるテストを受け、口頭面接。
もともと英語の成績は良かったのでテストの結果は良かった。
が、会話はねー・・・。
ってことで下から3番目のクラスに入った。
ここには韓国人の元気な男の子、日本人の女の子、ベトナム人などがいた。
授業中はクラスのにぎやかで楽しい雰囲気をぶち壊すように
先生にしどろもどろで質問しまくり、みんなの足をひっぱり、
生真面目生徒を貫いた。

そして、学校に通って3日目。
あることに気づいた。

誰も話かけてこない・・・・・・・・・・・・・_| ̄|○

そう。当初の一番の目的、「友達を作る」ことが果たされていないことに気づいた。

つづく。




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2005年05月24日

北米大停電!その時私は!?-その2-

テーマ:これまでのトロント回顧録
この日を経験した人たちはそれぞれのドラマを持っている。
みんなおもしろい体験をしてるからそれを聞くのがちょっとした趣味になった。
(私の体験が一番くだらなく、つまんない_| ̄|○ )
なので、私の周りの人たちの体験を紹介☆

1.当時のルームメイトRちゃんの場合(日本人女性)

カナダ人の経営する美容院で働いていたRちゃんはその時まさにお客さんのシャンプーを
終えようとしていたところだった。
運良く、そのビルにはお湯の蓄えがあったため、停電後もすすぎができた。
お店にも幸いそんなにお客さんはいなくて、
いたお客さんたちも切りのいいところだったそう。
Rちゃんのお客さんも髪が短い人だったのでタオルで拭くだけで済んだとか。
そしてRちゃんは車で通勤していた彼女の同僚に家まで送ってもらったそう。

2.当時のルームメイトNちゃんの場合(日本人女性)

学校帰りに友達とダウンタウンのユニオン駅(トロント最南端のオンタリオ湖近くの駅)
付近を歩いている時に停電。
金融街でもあるその付近一帯が一瞬で人ごみに変わり、
なにがなんだかわからないNちゃんたちはおなかがすいたので
近くのすし屋に入ったそう・・・。

3.友達(日本人男性)

家で同居人と遊んでたら停電になったので、
隣に住んでいる黒人男性を誘って外で日が暮れるまでバスケをした。

4.友達(カナダ人男性)

仕事中に停電になり、仕方ないので仕事仲間と向かいのバーで酒を飲んだ。
ラジオなどで情報を得ようとしたが、待てど暮らせど事態に進展がないので
ダウンタウンの職場から5時間かけて歩いて帰った。
タクシーやバスはとても乗れたモンじゃなかった。

5.友達(日本人男性)

帰国する友達のお別れ会の最中、停電になる。
ろうそくを焚いてお別れ会を続行し、
なんとかタクシーを呼び、帰国する友人を空港に送った。

6.友達(カナダ人男性)
仕方がないので外でバーベキューをした。

こんな風にそれぞれ停電というイベントを楽しんだよう。
私は暑いという理由で食料品を買いに行かなかったため、
お湯なしじゃ食べるものも飲むものもなく、飢えそうだった。
仕方ないのでRちゃんと家にあったスナック菓子にマヨネーズをつけて食べた。
ろうそくも尽きそうな頃、懐中電灯も持っていない私たちを助けてくれたのは
私の持っていたゲーム機のライトだった・・・・。
幸い我が家は水だけは出たし、電話もつながったので
日本でニュースを見て心配しているだろう家族に電話すると、
開口一番大爆笑だった・・・。
「いやー、あんたのまわりはおもしろいことばっかり起きるねぇ。」だと。
コンドミニアムなどに住んでいた友人は水も出なくて、
トイレも流せず、本当に困ったらしい。

かたや飢えそうな私たちを横目に近所のカナダ人家庭はジャンジャンバーベキューをしていた。
テロ説も流れて一時はみんな真剣にラジオを聞いていたが、
そうじゃないと分かった瞬間、その事態を楽しむことに徹したようだ。

この夏、最も暑かった日のできごと。
翌日の新聞の一面は31アイスクリームの従業員が溶けた大量のアイスを捨てている写真だった。
我が家の冷蔵庫も空っぽになった。




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2005年05月23日

北米大停電!そのとき私は!-その1-

テーマ:これまでのトロント回顧録
いよいよ日差しも強く、暑いと感じる気候になってきた。
夏が近づくと思い出す出来事がある。

北米大停電だ。

2003年8月14日午後三時過ぎ、アメリカのN.Y.、ミシガン、コネチカット、マサチューセッツ、メリーランド、
デトロイト、などの広範囲に及ぶエリアと、カナダのオンタリオ州で停電が起きた。
日本でもN.Y.で街じゅうの人が歩いて帰宅する様子なんかがニュースになったはず。

そう。私もそれをトロントで経験した。

その頃私は学校にも通わず、仕事を探していたため、
毎日のんびりと新鮮なカナダの夏が来るのを楽しんでいた。
その日は非常に暑い日で、のんびりと起きた頃には当時のルームメイトたちは
すでに学校や仕事に行っており、誰も家にいなかった。
昼食をとり、午後は地下鉄とバスを乗り継いで食料品などを買いに出かけようと思っていたが、
あまりの暑さに出かけることに躊躇し、家でゴロゴロしていたのだ。

部屋の天井のファンを強で回し、
見てもいないテレビをつけ、
おまけに音楽まで流し、電気のムダ使いオンパレード。
私自身は普段ほとんどやりもしないゲームをしていた・・・。
(今考えると、ほんと、自分は何してたんだろうと思う。)

午後四時過ぎ、突然ファンがうなりながらとまっていった。
テレビ、CDも突然消えた。
手に持っていたゲームボーイアドバンスのマージャンゲームの音楽だけが
虚しく静寂の中に流れていた・・・。
(ほんと、カナダにいて一番情けない瞬間だ。)

当然私は電気をムダに使いすぎたために家のブレーカーが落ちたのかと思った。
家の電源がどこにあるか知らなかったので、
他のルームメイトが帰ってくる前になんとかしないとと思い、必死で探したが見つからず、
ルームメイトの一人、Rちゃんが帰ってきた。

私「おかえりー。あのね、これこれこういうわけで私のせいで家が停電になっちゃったみたいなの。」

彼女は興奮した様子でこう言った。

Rちゃん「あーあー、大丈夫。うちだけじゃないよ!街全部だよ!!」

私「Σ(゚Д゚;ええぇぇ!?」

次回に続く





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2005年05月16日

Mamma Mia!!

テーマ:これまでのトロント回顧録
ここ、トロントはニューヨークに続いて北米でもミュージカルなどのエンターテイメントが盛んなところ。
ニューヨークほどじゃないけど有名な劇が来るんです。
興味はあったけどチャンスがなくてほとんど見たことなかったミュージカル。
私も一度見に行きましたよ。

MAMMA MIA!

日本でも劇団四季がやってたのでご存知のひとも多いはず。
Lion Kingと並ぶロングランヒット作!!
mamma mia

会場のRoyal Alexandra Theatreは1907年以来3000を越える演目が上演されている歴史のある劇場だそう。
中にはいると曲がりくねった狭い階段を上り、
まさに歴史を感じさせるような雰囲気があちこちに残っています。

エレベーターがないのは、この建物が文化財に登録されいるためらしい。 RAT

さて、ABBA!の曲に乗ってストーリーは展開していくわけですが、
もともとそんなにABBA大好き!ってわけじゃない私はついていけるのかしら?
と不安に思っておりました。

でも、そんなん全然関係なかった!!

これはほんっとにおもしろかった。
歌とダンスを目の前で見る迫力ったら感動モノですよ。
ストーリーは恋人との結婚式を控えた主人公の女の子が
会ったことのない父親を結婚式に招待するために探すのだ。
迫る結婚式の日までに、可能性のありそうな三人の男性が現れる。

結構ワクワクするし、コメディなので笑いももちろん絶えない。

ABBA好きじゃなくても、英語そんなにわかんなくても簡単な話だし雰囲気だけで十分楽しめるはず。
舞台の独特の世界観も私は大好きだった。

でも、長い間上演されてきたマンマミーヤも5月22日をもって終了してしまう。

その前にどうしてももう一度みたい!!。゚+.ヽ(*´∀`*)ノ ゚+.゚

ということで、チケットを取るべく先週電話で問い合わせてみた。


チケットは完売だった・・・_| ̄|○

日本でまだやってるのかはわかりませんが、
興味のある人、近所でやってるよっていう人、オススメです。
日本のはどんな感じだったんでしょう?
見た人感想求ム!!

次はマドンナが主演した映画で有名なEvitaがトロントにくる。
来年にはLord of the Ringもくるんだって!!

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2005年03月30日

SARSの街へしゅっぱぁーつ!!

テーマ:これまでのトロント回顧録
トロントって日本ではあまり知られてない街だと思います。それが一気にそれまで知らなかった人も知るきっかけになったのが約二年前のSARS(重症急性呼吸器症候群)ではないでしょうか? (´ー`).。oO(それもさびしいが・・・。)
ちょうどその頃、私はウキウキでカナダ出発への準備を日々進めておりました。
心配やら不安の色を全く見せずにひたすらウキウキしまくってた私のまわりの心優しい人々はニュースを私の代わりに一生懸命見てくれ、毎日毎日トロントの状況を説明してくれました。

「本当にトロントに今行くの?」

「もちろん!! (・∀・)」

「もうちょっと出発日を延期するとか、街を変えたら?(;´艸`) 」

「今更トロント以外考えられないし、じゃあ、トロントの人は家から出ない毎日なの?会社も学校も行かずに家にずっといるの?(ノ・◇・)ノ」

「((;´Д`)・・・。」

そんな会話の繰り返しの毎日。
でも、送別会という名の連日の飲み会で出発日に疲れがでてしまったようで、風邪をひいてしまいました。
飛行機に乗り込み、席につこうとすると、
そこにはすでに人が! (゚Д゚ )
私の人生ではこういうハプニングはしょっちゅうなので、特に焦ることもなく、白人のおばちゃんスッチーになんとか身振り手振りで状況を説明!(そして、もともと通路側だった席が窓がわに!!ラッキィ!)
飛行機のなかで友達の手紙を見てホロリ。
飛行機の中から見送りに来てくれた友達がずっと手を振ってくれるのを見つめ、(これにはカナリグッときた!!)胸に熱いものが込み上げてくるのと同時に咳き込んでおりました。
咳き込むたびに、見た目アジア人の私は周りの人々に冷ややかな目で見つめられ、(SARS発生が中国という報道のせいだと思われる)
生まれて初めての長時間フライトは咳をこらえるのと、やっぱりウキウキで一睡もできませんでした。
となりの白人男性がとっても優しかったのをよく覚えてます。
でも彼が何いってんだかサパーリでしたが!
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