年の瀬に背

炊き出しがおこなわれている公園で路上ライブをやると、ジャンベ繋がりの友人から聞いてそれに参加。1度も音合わせをせず、ぶっつけ本番でやるのは不安だった。そして的中する。

厳しい状況下に置かれている人たちの野次は辛らつで、それでも良いパフォーマンスを見せられたなら前を向いて披露できたが、あまりに荒削りな演奏では顔を見られない。音源に合わせてダンサーが踊り、ジャンベやドゥンドゥンはその既成の曲にリズムをつける。しかしスピーカーからの音が小さすぎて聞き取れず、寄せ集めの我々は如何ともしがたいアンサンブルを見せることになった。もし次回、機会があればもっと良い音を出したい。

寒空の中、列をなす人々は僕にとってひとごとではなく、自分を重ね合わした。将来は、それは明るいといえない。最後に僕も炊き出しをごちそうになった。箸を持つ手に冷たい風が刺さる。暖かい飯はそれでも即効性があった。

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屋形船に乗ったのは5年ぶりだった。新木場を出発し、レインボーブリッジをくぐり、お台場でユーターンする。その間、友人たちとお好み焼きをつついた。隣の団体客が大声で騒いでいるのをうるさく感じたが、仲間の一人がその中に加わってしまったため文句をいえず、輪に取り込まれた。結局どんちゃん騒ぎに。
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レナードの朝

ブンレツグランマのいる老人ホームでジャンベのライブをやることが決まってからグランマに覇気が出た。十八番の佐渡おけさもそこで披露するという。

虚無的になって起きていても閉じていた目を開けるようになり、硬直した体も少しほぐれた。食欲もある。衰える一方だと思っていたのに気力が湧いて回復していることと、自分自身が人の生きる糧になっていることが、僕は嬉しくて嬉しくて。ライブを成功させるため2009年の運を願わくば、ここで使い果たしたい。

集大成になりそう

ブンレツグランマの老人ホームでのライブが2月1日に決まった。メンバーを集い、今日は初めての音合わせ。本番が年明け早々ということで皆の調整が難しい。練習に行けるかどうかが分からないとする人が多く、また、こちらを誘ったらあちらに声をかけないわけにもいかないということもあり、そうこうしているうちに大人数になってしまった。

ある程度の構成を考えて練習に臨んだが、見通しは暗い。これからいろいろあるだろう。

暑く、熱い体

20時までのクラブイベントへ、19時過ぎに行く。仕事の都合でその時間になることは最初から分かっていた。そのイベントは定期的におこなわれていて、それに携わっていた友人が一線から退くということで、はなむけのつもりで顔を出した。そんな義理堅い自分が好き。
子供が生まれた友人カップルの家へ5人で遊びに行った。5人の内訳は男4、女1で、その中でまた結婚しているカップルがいる。僕を含む、残る男の3人は結婚はおろか目下恋人すらいない。

久しぶりの再会だったので昔話に花が咲き、大いに笑った。そんな中、招待されたほうのカップルから妊娠したとの報告があった。招待したほうのカップルが結婚してから約1年後に式を挙げ、その約1年後が今日になる。めでたい。こうやって人生の階段を着実に登る彼ら2組に対し、片や残る男3人の停滞はいかがなものか。当然、次は誰が結婚するのだろうという話になったが、僕なら僕に賭けない。