重い

徹夜明けは辛い。ダメージが一週間残るようになった。睡眠時間の借金は返せても、だるさという利息が残る。数年前までなら2,3日で完済できたのに。ウダウダとネットサーフィンで休日を占めた。

運動不足がはなはだしい。体重、体脂肪、共に増える一方だろう。怖くて計ってないが。日に日に衰えているのだから体質改善、その前に考え方から再構築したい。
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ベーシストの友人と2度目のスタジオ。今回は文部省唱歌「故郷」を題材に決めて、ベースとジャンベでセッションする。3拍子という難易度の高さも、容易に克服できるだろうと踏んでいたが浅はかだった。直ちに行き詰まり、スタジオを借りた2時間のうち1時間半を会話で過ごした。

その後、酒を交わしつつ本格的に喋り始め、このまま飲み明かそうかと12時頃は威勢よく2軒目の店に入ったが、1時半には後悔していた。とてつもなく眠い。

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バスを待っていると、若い女性が僕の後ろに並んだ。顔を凝視するわけにはいかなかったが、整った顔立ちをしているようにこの時は思った。長いこと待たされたバスは空いていて、しかし僕は荷物が大きかったのでそれを足で抱えたく、進行方向の横を向くシルバーシートに腰掛けた。次に乗った彼女は僕の正面に座った。常に彼女の横顔を見ることになる。女性というより少女に近いことが分かった。ショートカットの似合う中性的な顔立ちで、見れば見るほど若く感じる。中学生かも知らん。

しかしこのポジショニングはどうだ。僕にアドバンテージがありすぎる。普通にしていて視線の先に器量良しの少女がいるのだから、それは見る。彼女は見られている感があるのか、落ち着かない様子が受け取られても頻繁に顔を横に向けることは不自然。申し訳なくなり、寝たふりをした。
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治は口から

ブンレツグランマが数日後に退院の見込み。熱は下がらないが肺炎の気もなく、重病患者の多いこの病院には置いておけないとのことだった。結局、原因が分からない不安はあるものの、ひとまずは安心である。グランマも医師や看護婦に対して減らず口を叩くようになって、それは精神的に充実してきた証として生暖かい目で見る。

マンジャーニのドゥンドゥンとサンバンのパートがなかなか身につかない。3拍子の裏打ちに手を焼いている。加えて、ジャンベより経験が浅いこともあって、他のパートの音が聞こえない。周りが見えていないのである。故に、ずれが生じやすい。さらに、ずれてからの修正に手間取る。考えた結果、習得への近道は練習だと悟った。より多く音を聞き、実践すること。言うは易し。

ペデストリアンデッキ

テーマ:
車道から立体的に分離された歩行者用の回廊をペデストリアンデッキという。ウィキペディアから引用。近代的な駅の改札口を出るとそれが続き、競技場のようなものなどと連結している。さいたま新都心駅に似た。隣の駅まで繋がっているかのごとく長いペデストリアンデッキを数名の友人と歩いている。皆で何やら話しながら進んだでいたが、楽しくはなかった。空は曇っていた。音は少なかった。

タリキホンガンズ

今回の老人ホームでのライブは2ステージでしかも対バン相手がいた。寄せ集めのジャンベチームに対し、向こうのダラブッカとベリーダンスのアラブ音楽は経験豊富。肩身が狭い。

ドゥンドゥンに専念した僕は普段よりプレッシャーがかかった。地味だがこけるわけにはいかないと、勝手に重圧を感じたが、前回と比べたら練習量が多く、結果もついてきた。まずまずだったと思う。のれたのは、利用者の家族でパーカッショニストがいて、飛び入り参加したその方によるところが大きい。引っ張られた。

徹夜の行列

朝霧ジャムのチケットを取るため、夜から岩盤ショップの前に並ぶ。翌日の夕方に整理券が配布されるが、僕は朝までそこにいて以降は友人に託す算段。大体がグループで、入れ替わりで並んでいる。一人で長時間いる人はさぞ辛かろう。テンションが高い人もいて楽しかった。しかし疲れる。

市井

肺炎の恐れがあったが、ブンレツグランマの体調は良いほうに向かってひとまずは安心する。病棟は「コ」の字になっていて、窓から各階の向かいの病室が見えた。寝たきりの患者、医者と談笑している患者、症状が軽いと思われる女性患者は見舞いの人が来るのか、化粧に余念がなかった。立派なのぞきだ。

ブンレツさんはといえば、看護師がグランマのベッドに置き忘れた、指で血液中の酸素を測る装置をみつけて即座にはめていた。以前からそれに強い興味を持っていたらしい。僕はといえばグランマが寝ているそのベッドに興味がある。空気圧でふかふかの状態の、さらにシーツの上にジェル状のシートが敷かれたそれに。