涙腺ライター タバコに火をつけようとしたらスライド式ライターが壊れた。見ると、オイルは空になっている。少なくとも今日一日はこれを使っていたので蒸発したのではない。つまりこのライターは命を全うしたのだ。自らの限界まで気を張り、尽きてから割れた。文字通り燃え尽きた。泣かせるではないか。というか事実、涙が出た。その気骨を僕は継承しなければならない。
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僕にとってジャンベの導入口でもある金曜のワークショップには久しく行っていなかった。来週の火曜のそれが休みになるので、こちらに顔を出す。ドゥンドゥン・サンバン・ケンケニが新たに加わり、本格的になっていた。気心の知れた面子ではあるがブランクは否めない。ノリ、アンサンブルで微妙にずれる。呼吸と共有は大事だ。
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服を買いに行く夢はめずらしくない。衣類に強い執着はないが、関心の比率がそれなりにあるのだろう。見知らぬ店に入る。しかし僕はそこを知っている態。これも僕にとってはよくあることなのだ。店に限らず、町や景色も初めてなのにそういう設定になっていない。話を店に戻すと、気に入った服はなくまあまあのものばかりで、適当に店員と話して後にする。そしてこれもオーソドックスな夢なのだ。
ワークショップは何だかんだで1ヶ月だった。その間ジャンベを叩いていなかったことはなかったが、未熟者としては定期的に教えを請うていないと不安になる。

ランバンを仕上げた。横ノリはやはり難しいというか性に合っていないように思う。時折、ピタッと合致したかのごとくはまることがあってもそれが続かない。持続力をつけることが課題。
裏にある小さな公園、といってもベンチがあるだけで遊具はない変形の敷地を、ブンレツさんは自らの裏庭と称して何やら植えたり育てたりしている。一応、僕らが住んでいるマンションが所有している場所で、管理会社からも許可を取っているので問題はない。そこからラベンダーのつぼみを間引いて持ってきた。良い香りがするというのでそれを手に乗せ、顔を近づけて嗅いだ。勢いをつけ過ぎたのか、ホップのようなそれは僕の鼻に吸い込まれ、見事なまでに鼻の穴にフィットし、ほじくるまで落ちない。ブンレツさんの失笑を買った。

腰の痛みが引いたのも束の間、次は背中に違和感を感じる。腰痛はまだ慣れているが、普段より少し上に移動するだけで不安が大いに増す。チューニングに時間がかかる。

激痛が走るポイントというものがあり、それを避ける姿勢を探す。ある角度にすれば痛みが和らぐので、立・座・寝から別の体勢に移す際にどれだけの角度がベストなのか、ゆっくり模索する。悪いなりにも最も良い音が奏でられた時、僕は始動するのだ。

選別

以前に友人が僕の住む場所の近くに良いダイニングバー的な店があるといって連れられ、そこが気に入ったので今度は招待する側で使った。しかしそろそろ店を閉めるという。移転の予定はあるもののまだ場所が決まってないそうで、HPもないためリニューアルしたとしても知る術がない。店員に2度ほど聞いたが曖昧な返事だった。隠れ家のような店なので公にしたくないのかも知らん。ふるいにかけられて落とされた気がする。

Mamady Tree

ジャンベCD熱に火がついて立て続けに購入。月2枚のペースで増やそうと思う。現在持っているのは教則用を含めてママディ・ケイタのものが5枚、その他ギニア人が2枚、マリ人が1枚。バランスを考慮してママディやファムドゥ・コナテのCDだけでなくギニア以外の音源も相応に所有したいところ。

現代のジャンベ・フォラで最も著名とされるママディ・ケイタが特に優れているとは感じない、というよりもそこまで識別できるほどの耳を持っていないのだが、リズムが分かりやすい。コピーしやすいと言い換えられる。それは師事した人が総じて彼の影響を受けていることからきているのだろう。