Second Home

どうも最近銭湯に行っておらず、映画の月平均も芳しくないのは、中日が強いからだろう。家でJ sportsばかり見て、CMは見飽きた。同局の素材ばかり流している。どれも悪くはないのだが。自転車はテクノ、格闘技はオルタナティブ、スポーツによって傾向が決まっていて、担当者の好みが色濃く出ているように感じる。ヨーロッパサッカーはAsian Dub Foundationの“Fortress Europe”、カーレースはStone Rosesの“Begging You”。CMを見ている分に飽きているのだが、曲のほうはちゃんと聞きたくなってCDを探した。ADF「Enemy Of the Enemy」はあった。Roses「Second Coming」がない。実家 に置きっぱなしの模様。そうすると余計にグルーヴを欲する。

The Stone Roses
Second Coming


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老いて衰える

ソウウツシニアの運転能力が低下していることに気づいてしまった。注意力が散漫なのはコンディションによるものだとしても、周辺視野が狭いのは言い逃れできない。彼はその技術に自信を持っていた。

免許を更新した時、講習は聞いていなかったが、テキストのイラストは眺めていた。高齢の夫婦が車に乗っていて、夫の荒い運転を妻が心配げに見ている。頑固な爺が過信しやすく認めたがらない傾向にあるのは頷ける。ソウウツシニアも多聞に漏れずその口だろう。敢えて「運転が下手になったんじゃないの」と濁さずに注意した。「うん」小さくなったが認めた彼を誇りに思う。
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恵比寿ガーデンシネマで溝口健二の特集が組まれていて、しかも今日は「雨月物語」が上映される。11月にもフィルムセンターにて同監督の特集が、しかもこちらは500円で鑑賞できるがしかし、誕生日に傑作が見られるなら差額は惜しくなく、以前から予定を入れていた。秋深く午後6時半の家を出た頃は日がおよそ沈み肌寒い。しかし陽気はまだ残って自転車を飛ばせば体は温まり汗もにじむ。上映の30分前には恵比寿に着いた。受付が並んでいて嫌な予感がする。もぎりの女性が「立ち見になります」と声を張り上げていた。やり場のない怒りがこみ上げる。溝口人気を侮った。タバコをつけて心を落ち着かせようとしたが苛立ちはおさまらない。席に座れないのであれば金券ショップにて購入した1380円は元が取れないと判断して後にした。

替わりに衝動買いで沈める。秋だといっているのに半ズボニストはフラリと入った店にてショートパンツから目が離せず、12月まで穿くつもり。

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恐怖奇形人間 江戸川乱歩といえば明智小五郎だったなと、鑑賞中に思い出した。というか気づかされた。下男の役の大木実に違和感があったが、結局は招待を明かすまで分からなかった。精神科に監禁された医大生・人見広介の一人称単数から始まり、後半から登場する小五郎が謎を解いて締める。その間にも様々な要素が詰まって、乱歩の諸作を紡いだ結果は混沌としてかつエキセントリックだった。

幼少の記憶が断片的で、牢の中にて広介は子守唄と断崖絶壁の海がよみがえる。ルーツを探るべくその道中で自分に瓜二つの菰田源三郎という人物が死んだと書かれた新聞を読み、その地へ向かう。盲目の按摩の話によると源三郎の父親は近くの無人島に妻と二人で桃源郷を作っているという。広介は生き返った源三郎として裏日本の盟主と名高い菰田家に潜入した。内部事情が明らかになる内に奇怪な事件が起こる。

源三郎の父・丈五郎は手に水かきがあり、奇形と蔑まれていた。彼は無人島を国家として健常の人間を改造し、奇形に生まれ変わらせて洗脳、調教している。美醜が大きくものをいう風潮は、表面的で薄っぺらだが世の常である。花火とその音、手が繋がれた肉片と“おかーさーん”とこだまする声が美しかった。やはり見た目か。

チラシが山積み

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誕生日を迎えてブログも2周年。記事にて告白する前からコメントやmixiからメッセージをいただいて僕は恵まれている。sugarさん、あべまにあさん、まいまいさん、ありがとうございます。ついに三十路を迎えてしまった。それがどうしたと開き直っている。将来設計なんて知らない。見ない。

この2年間で映画館ごとに見た回数をランキングにつけた。数が同じのものは2本上映、リバイバル上映の順位を下げるとする。

 1位:ユーロスペース
 2位:シネ・アミューズ
 3位:新文芸坐
 4位:シネマヴェーラ渋谷
 5位:渋谷シネパレス
 5位:シネセゾン渋谷
 5位:恵比寿ガーデンシネマ
 5位:アミューズCQN
 9位:シアター・イメージフォーラム
 10位:シャンテ・シネ

近いこともあってやはり渋谷が多い。整理券制をとっているところも多い。圧倒的な独走でユーロスペース。この間に移転もあった。アミューズが健闘した。会員になれば良かったと後悔している。新文芸坐とシネマヴェーラ渋谷は妥当だろう。テアトル新宿が伸び悩んでいることが意外である。劇場を羅列して、全面禁煙が増えたことを再確認した。これは居心地半減に繋がる。

試合終了後の儀式、ハイタッチをしながらベンチに戻る際、細かに何度も頷く姿は神ゆえの安心感と信頼感を確認させれる。しかし地味。川上が後半戦に例のごとく崩れて、福留は戦線離脱した時期がある。混沌とするMVP争いの中、二冠王を獲れば外国人にも充分に可能性を秘める。置物、銅像、扇風機と揶揄されながら4番にどっかり据わり続けて、あり得ない飛距離を時には勝負どころで、時には忘れた頃にぶちかます。愛くるしい瞳と並びの美しい白い歯で童心を忘れていないような、よく見ると男前のT・ウッズ。穴があろうとも失投を逃さない集中力があればさして問題ではない。

今まで無理をさせなかったことがスクランブルに対する耐性をつけた。リカバリーも現在の中日の強さだ。マジックも一桁になり、阪神の勢いなど気にすることはない。とか何とか、7点とられた6回のイニングなど、腹が立ってテレビを消していた。耐性なんてない。

愛妻日記 重松清の6編の短編官能小説を2本ずつその1週目。セックスに陰りが見える夫婦が愛の形を変える。

小林政広やいまおかしんじを脚本家として従えていたピンク四天王の一人サトウトシキはさすが、「愛妻日記」の濡れ場は生粋のアダルトビデオを凌駕した。自分を小心者で何も取り得がないという小田は、子供ができにくいことを知らされて妻との今後の生活が心配になる。そんな彼を見て妻はおもちゃの手錠を彼の目につくところに置いた。下半身に直接的な描写がめくるめく、スカトロや露出にまで至り恥辱のプレイが続いた。唯一無二の存在であるために性を呼び起こす。部屋には仲睦まじい二人の写真が飾ってあった。

「独立少年合唱団」「いつか読書する日」の監督として緒方明は少なくとも僕の中では名高く、現役の日本人監督では個人的に3本の指に入る。そして「饗宴」もまた傑作だった。妻の恭子を性的対象として不満を感じ始めた雅之は、恩師に告白するためキーボードを叩く。学生時代の記憶と現在を照らし合わせ、愛の証は肉体だけに留まらないものだと捉えた。雅之はオナホールを、恭子はバイブレータを持ってダブルベッドに並び自慰をする。乳首吸引の道具をつけた杉本哲太の笑えること。彼は恩師の妻との情事を思い出していた。目隠しをされ、馬乗りされ、相手が腰を振るたびに目を覆ったタオルがずれる。そこから覗き見た光景が、彼に衝撃を与えた。恩師の妻はあえぎながら手を伸ばし、その手の先には恩師の手があった。愛妻家として知られた恩師の愛を見てた雅之にとって、今、自分がしている行為は正当化され得るものだった。学校でレスリングを教える雅之が、教え子を家に呼ぶ。恭子が教え子を迎える。余韻を残してそこで終わるかと思いきや追伸があり、はじめ蛇足ではないかと思ったが、見事なオチにつながった。

両方とも画質が悪すぎる。予算の都合上、仕方のなかったことなのだろう。糞と変わらない程度の映画に大金をつぎ込んでいる現状が悲しまれる。

朝方に切り替えようと思っている。出かける前の1時間をブログに当てるため。夜は重くてTBも反映されにくい。ある程度、時間が決められていないとyou tubeを見たり、wikipediaを読んだり、無駄に過ごしてしまう性分である。それも解消されてさらに健康的で一石何鳥だ。三日坊主という敵はまだ知らないことにする。

昨年の今頃か、僕の知らないところでもっと前からか、2006年のドラフトは堂上直倫さえ獲得できれば満点だといわれていた。父・照は元中日の投手で現在は若竜を束ねる寮長、兄・剛裕は現役の中日内野手、何としてでも囲い込んでほしかった。しかしそうもいかず彼は球団はいとわないという結論を出した。これは褒められるべき姿勢だと分かっていても不安になる。家族に囲まれ、ポジションも兄と被り、もしかすると中日には来たくないのだろうかと。

阪神と巨人が割って入り三つ巴の抽選となることは事前に分かっていた。クジ運の悪い中日のことだ、また外すだろうと、前向きになどなれない。1位指名では立浪以来、2位以降でも鶴田までさかのぼらなければならない。毎年楽しみにしていたドラフトの日が怖かった。

それがこの快挙。聞けば直倫は中日の獲得が決まって満面の笑顔だったという。全てが杞憂だった。唯一悔やまれるのは録画を忘れたこと。

裁ける

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のべ20年は埼玉に住んだ。埼玉県民憩いの場・池袋は落ち着く。渋谷が近くなった今、だんだんと居心地が良くなっている。悪意に満ちて、悪臭が漂い、悪人がはびこる繁華街は、外国人も多いが、同じ日本人でも人種が違うような様々の人間がいて、基本的に誰も他人に興味がない。これだけ全てが手に入る場所で、奇行をしても誰の記憶にもとどまらない。その時、好奇の目で見られたとしても、その夜の食卓の会話にものぼらない。自分の部屋と大差ない。ゆえに僕は喧騒に居場所を見出した。

歌舞伎町を舞台にボーダレス。無国籍こそがニュートラルだと思う。

すぎむら しんいち, リチャード・ウー
ディアスポリス-異邦警察 1