果報者

実は読み方を分かってないcococo 」あかん隊さんとお会いした。Les Deux Chevaux にてランチ。遠路お越しくださり、しかもいろいろいただき、さらにご馳走になって、僕は何て恵まれているのだろう。バイタリティに溢れ、強く、優しい人だった。ブログタイトルの由来も知ることができた。映画談義に花を咲かせる。映画へのスタンスが近いのではないだろうかと、誠に勝手かつ失礼ながら、そう思った。映画も見ようと思ったが残念ながら時間が合わず、次の機会を願いつつ。
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言い出しかねて ピンク七福神の作品は今までいまおかしんじのものしか鑑賞しておらず、「痙攣」(原題は「淫らな唇~痙攣」)の田尻裕司でやっと二人目。奔放に生きるフリーランスの女性カメラマンみのりを通じて、現代人の隙間や焦燥を描き、そこに光を差す。セックスシーンは常に汗を滲ませて、髪が裸体に纏わりつき、ぬめりはエロティシズムを助長させた。人間の、ふとした時に見せる表情、いい顔を切り取るためにみのりはファインダーを覗く。一夜を共にした男に、彼女自身がいい顔を切り取られ、汗による潤いだけでなく、乾いた心もまた水分を得たような。

「言い出しかねて」(原題は「わいせつステージ 何度もつっこんで)は至極のラブストーリー。背が低いことにコンプレックスを抱く腹話術師ダイスケはそれをネタにして、盲目の少女ヒカリは逆境を笑いに変換する精神と彼の声に恋をした。ファンレターを渡そうと楽屋に入った彼女はダイスケを背の高い彼の弟子・ヨウイチと間違える。デートはヒカリとヨウイチと、ヨウイチの後ろからダイスケが喋り、さながら腹話術の状態で進んだ。ラブホテルでヒカリとヨウイチは結ばれ、ダイスケはその横でヨウイチと同じように腰を振る。おかしくも切ない。ヒカリが真相を知った時、またダイスケが彼女の気持ちを知った時、やりきれない悲しさに包まれた。誤解を解き、通いはあったが最後に悲劇は起こり、しかし満たされた思いは永遠に続く。

ポレポレ東中野によるピンク特集はVOL.1ということで次回も期待できる。いつになるか分からないがVOL.2も楽しみだ。

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血湧肉躍

初めてブロガーの方にお会いした を昨日のことのように覚えている。「スカトロの神様 」4070さんと約1年ぶりに再会した。以前にレビューを書いた を読んでくださっていて、とにかく嬉しい。しかもご馳走になってしまった。ポレポレ東中野でピンクをご一緒させていただいた。2本立てでその内の1本が驚くほどの傑作で興奮する。4070さんは僕のブログのダメ出しをしてくれる。これが極めてありがたい。今、僕の中でブログは大きなシェアを占めている。叱咤激励を胸に精進したい。
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歯が欠けた。しかし、歯科を代えた 。ここはハイ・テクノロジーを駆使している。レントゲンの他にカメラでも写真を(両の口角を広げるツールを装着させられた間抜け面で)撮り、診察台の脇にあるモニターと直結して、その画面に歯が現れる。無精髭がアップで写って気色悪い。唾液で濡れた口内も目を背けたくなる代物だ。最もグロテスクなのは、僕のヤニで黒ずんだ歯。大きく見せつけられると凹む。

被せた銀歯の脇から虫歯が進み、予想以上に侵食されていた。神経を削るかどうか次回に判断するという。左上、奥から3つ目の銀歯を外すと、そこはごっそりなくなっていた。歯科助手は相変わらずミステリアスでそそるなど、そんな悠長な妄想もかき消された。

嫌われ松子の一生 地肌から2センチほど厚塗りした人が、スープの表面5センチほどに背脂が浮いたラーメンと、皿に1センチほどの油が敷かれたギョーザを食べているような、こってり具合だった。いろいろ施されている。手段を選ばない美学を感じた。監督の中島哲也は撮影中に主演の中谷美紀を罵倒し、一悶着があったらしい。舞台挨拶で和解したとのことで、渾身作らしい。そういえば昔の映画監督は暴言を吐くことがめずらしくなかったようで、スタンスは踏襲する。

川尻松子は教師になるまで順風満帆な人生を送っていたが、辞職に追い込まれてから家族に勘当、ソープ嬢を経て殺人を犯し、一般的には転落とされる人生を歩んだ。そんな松子の死から物語はさかのぼる。少女の頃は夢見がちだったが現実は甘くない。愛されたいが裏切られる。皆が経験することだろう。前半に笑いを散りばめて、後半へ進むにつれて松子の人となりが露になり、ヒューマンドラマの装いが強くなる。悲劇に思える生き様だが、シリアスに感じさせない演出と、松子のある種の神々しさが光となって差す。

一人の女性の、教師から夜の女に変わる生涯を描く点で、昨年の原一男監督作品「またの日の千華」と被る。時代時代で男を選び、晩年は教え子とできる。定説なのだろうか。

劇場のシネクイントの音響が悪いのか、作品自体がそうなのか、音が大きすぎて割れまくっていた。序盤、耳が痛かった。適量というものがある。

福留大爆発。3安打4打点、右中間に突き刺さる本塁打あり、左中間真っ二つの三塁打ありで手がつけられない。頼もしい。鮮やかだ。サイクルヒットは惜しかったが、2度目のチャンスは直にあるだろう。準サイクルとなると3度目になるのだろうか。後続のウッズとアレックスが2試合連続でノーヒットでも補って余りあるクリーンナップ。だんだん福留が男前に見えてくる、こともなくはない、とも言い切れない、のではないだろうか。

平井・岩瀬のリリーフ陣に託して朝倉はベンチで鼻をほじりつつ、森岡に何か話しかけている。次男が三男 とじゃれた。

金縛りのようなものにあった時(週5~6)に体を触られている錯覚 に陥るのだが、最近は尻を捕まれる。動けないところへ持ってきて敏感な部分をまさぐられる。シーツと尻の間にどうやって滑り込ませたか。実態がないわけで。慣れてきて、もう何をされようが構わないという達観の境地。しかし乳首 だけは死守したい。ちなみに局部はまだ遠慮があるようだ。
正直なところ歓喜も安堵もない。佐藤の初完封や打線の繋がり、森野に期待できることは嬉しいが。連敗5はやりすぎだ。ロッテには都合8連敗、西武には2年前の日本シリーズに加えて昨年の交流戦も3タテを食らい、精神論や根性論は唱えたくはないが、悔しくないのかと言いたい。というか言う。それほどまでマリンの風に慣れない。涌井・ギッセルの投球が素晴らしい。否、そうでもなかろうて。次のソフトバンク戦を勝ち越せば交流戦を5割の勝率に戻す。ネガティブを吹き飛ばせ。

張り紙 電車には、渋谷・池尻大橋・駒場東大前・下北沢・三軒茶屋から乗る。行き先や天候によって駅を変える。近場へは無論愚問で自転車のみ、電車を使用する日は週の半分もない。何が言いたいのかというと、月極の駐輪場は利用しないということだ。駅前に放置することが良くないなんて百も承知だが、うるさいと。ちょくちょく駐禁していれば、そのうちしょっ引かれるのも時間の問題である。

地下鉄を降りて地上に上がると土砂降りだった。びあんち号 を止めた場所に自転車は一切ない。撤去先が書かれた張り紙がそこにあった。何もかもずぶ濡れだ。何もかも。

下目黒集積所の営業時間は平日の場合15時から18時。明日は引き取りに行けない。しばしの別れだ。すまない。愛している。

日本で唯一それで食える人

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「野球好き」でセ・パ交流戦を見ていると、スポンサーである日本生命のCMを必ず目にする。保険会社の広告など古今、総じて酷い、見るに耐えないが、谷川俊太郎を起用してこれが大当たり。野球でいうところの“起死回生の一発”だった。

小学生時分は谷川俊太郎の詩が好きで、彼の詩集をたくさん買い与えられた。講演会にも足を運んだ記憶があるのだが、その内容はもとより、一つの詩も思い出せない。僕は何をやっているのだ。読もう読もうと思って本がなかなか読めない。眠い。朝には忘れる。

谷川 俊太郎
みみをすます