下北沢の駅前は放置自転車が多く、何の団体か分からないが、ビブスのようなものをつけた者が数名、駐輪させまいと周辺に目を光らせている。僕はダイエーの利用客を装って、そこに止めた。死角、穴場として知られる置き場所である。

数時間後、戻ってくると放置自転車の数が膨れ上がっている。緑のびあんち号 はすぐに確認できたが、そばで中年の女性がうごめいていた。彼女の自転車の前輪に、隣のペダルがしっかりと噛んでいる。四苦八苦する様子をうかがっていると、彼女も僕に気づいて助けを求めた。正直だるいが、それが片づかないと僕のも出せない。「絡まっちゃったのよ。こんな近くに止めて嫌ね」なんて愚痴を言われても「まあ、不法に駐輪している僕らも文句は言えないんですけどね」と応えるほかない。「あなたのはどれ」誇らしげに僕はチェレステグリーンを指差す。「あら素敵ね」悪い気がしない僕はあごをしゃくって眉を動かす。

鞄を置き、上着を脱ぎ、力ずくで隣の自転車を退かす。「どうもありがとう。ごめんなさいね」としかし「僕のが出せないからね」礼を言われる筋合いはないのだ。それでも彼女はにこやかに、今度は手伝ってくれようと周囲の自転車を寄せて、僕はスムーズに愛車を取り出せた。「こちらこそありがとう」「それではごきげんよう」と彼女は先にその場を去った。チェーンを外して僕もまたがる。

すぐに追いついた。追い抜きざまに「さようなら」と手を振った。

AD

エリ・エリ・レマ・サバクタニ 自殺願望が湧くウィルスが蔓延した近未来、二人のミュージシャンが奏でる音だけが、発病抑制に繋がる。映像も発想もいかにも青山真治らしい、たむらまさきと仙頭武則とのトリオ5作目。あうんの呼吸だと思われる。

様々な音に音楽を見出す二人。彼らのノイズ、世界を救うといわれるその音楽は耳障りだった。どこかの芸人が、UFOを呼び寄せるネタに使用するものと同じ代物も、まるで崇高なミュージックとして捉える。

青山真治の作品はどうも相性が良くないらしく、今まで観賞したもので響いたのは「EUREKA ユリイカ」だけだった。それでも、予告で見た映像に惹かれて本作の観賞に至る。七里圭監督作「のんきな姉さん」からひらがなに改名したたむらまさきが、英語表記では“TAMRA”となっていることに今日気づいた。1960年代から活躍するカメラマンによる、スクリーンが立体的に見える映像が美しい。中でもハイライトとなるシーンは出色だった。緑の草原に青い空、そこを1台のバンが一本道に導かれる。起伏によって一旦消え、再び画面に登場して車は止まる。奥行きが幻想的ですらある極彩色の風景に、演奏装置と四方にスピーカー、パフォーマーとオーディエンス。絵画のようだった。

AD

辿ればオノヨーコ

サディスティック・ミカ・バンド再々結成

木村カエラをボーカルに迎えて、キリンラガービールのCMタイアップとして復活する。僕が知っているのは桐嶋かれんがボーカルの時。リアルタイムで聞いていて、初めて格好いいと感じた邦楽だった。初代のミカは知らない。リーダー加藤和彦はカエラを評して「知的で歌唱力がある」そうだがしかし、会見でのインタビューを聞くとインテリジェンスとは程遠い。ともあれ楽しみだ。

AD

東京タワー かつてストーカートライアングルを形成した「今日のあおぱん 」あおぱんさん、「Lily Rose Garden 」きょうぢさんとご対面。共通の話題として上野随一のアミューズメントパーク・ヤマシロヤで盛り上がったことがあり、いつの間にやら名はヤマシロ会、集合場所はヤマシロヤ前で、早朝に待ち合わせした。

東京タワーを階段で登る予定で、太った体を引き締めるため気持ちははやっていた。しかし階段の使用時間は11時からでその時まだ10時過ぎ、諦めてエレベーターを使う。高所は元より好きだったが、僕は自分の予想以上に東京360度パノラマに興奮した。浜離宮、皇居、明治神宮。泉ガーデンタワー、愛宕グリーンヒルズ、ノアビル。

浜松町でランチをとり、あおぱんさんにおごっていただいた。きょうぢさんからはチョコレートをもらっていて、どうもご馳走してもらってばかり。相変わらず良いポジションにいる。しかしあぐらをかいてはいけない。

ホテル・ルワンダ 実話を基にしているといってもそれはピンからキリまであり、脚色が甚だしいものでも、そう謳われることがある。本作は事実に対して忠実に作られたと感じた。物語のリアリティは、主人公ポール・ルセサバギナの人間性にもある。

1994年、アフリカのルワンダにてフツ族とツチ族との民族間の争いを発端にした大量虐殺がおこなわれた。欧米列強国は我関せず、過激派のフツ族民兵が闊歩する中、ミル・コリン・ホテルの支配人ポールはツチ族をかくまってホテルに籠城した。はじめ、彼は家族だけを守ろうとする。隣人に構ってられないというのは当然の考えだろう。しかし虐殺を目の当たりにして、多くの人間を救うために尽力することを決めた。ポールは賄賂を周到に駆使して生きてきた。それが籠城に活きる。超家族愛と現実的なヒロイズム。

主演のアメリカ出身ドン・チードルをはじめアフリカンは皆、英語がなまっているように思えた。調べたところルワンダの公用語は仏語、キニアルワンダ語、英語だった。どうだろう、気のせいだったのか、敢えてそうしたのか。

僕にとってこの事件の記憶は「そういえば」程度のものでしかなかった。本作がなかったら忘れてしまうことを否めない。結局、劇中で非難された、対岸の火事という立場にいる人間と同じだった。世界を繋ぐ媒体として映画。映画によって記憶と知識を得る。

空振り

ブンレツさんが大腸がんの検査入院をして、結果、腫瘍は見つからなかった。検査をしたベテラン女医は「空振りね」と言ったらしい。入院を勧めた「担当医は誰?」と聞かれ、ブンレツさんが名前を挙げると、せせら笑ったらしい。最初に診察したその医者が、悪性のがんである可能性が非常に高いということで、ブンレツさんは順番待ちを飛び越えてベッドに入った。ひよっこの見当外れだと、女医は思ったようだ。何はともあれ良かった。縁起が良い ので僕もしばらく続けるとする。

読者の皆様
先日の記事 でたくさんの暖かい励ましの言葉をいただき、まことにありがとうございます。おかげさまで、現段階では最良の結果となりました。体の異常がなくなったということではなく、胃か他の腸かに問題があるかと思われますが、当面の問題は回避されました。ご心配おかけしました。重ねてお礼申し上げます。

大きな通りに面していない、寂れかかったコンビニに入った。アルバイトと思われる女性に覇気がない。適当に雑誌コーナーをうろつく。茶髪にミニスカートの女が大きな声で電話をしてうるさい。アルバイトの女性よりも若いだろうか。「マジで?ありえなくない?」立ち読みはすぐに切り上げて菓子を物色した。

レジが混んでいる。覇気のないアルバイトがのろのろと袋に詰めていた。やっと清算が済んで、僕は次の次。やれやれと思っていると、先の携帯の女が、電話で喋りながら、レジカウンターの中に入った。僕を見る。彼女もアルバイトだった。私服でいるのは、職務を終えてなお職場にいたからと予想する。レジを挟んで彼女の前に立ち、電話を終えた彼女の手さばきは早かった。あるいは社員とか店長の娘とか。

かえるのうた キョウコと朱美の性格は正反対だが、漫画喫茶で出会ってから互いを意識し合うようになる。二人は外見から価値観まで対照的だった。無頼に生きてきたキョウコと、そのキョウコの家と恋人の家とを行き来する朱美。カエルのグッズを集める朱美が雑貨店でカエルの着ぐるみをみつけて購入する。どちらかが「帰る」場所において岐路に立つと、どちらかがこの着ぐるみを身につけた。

ピンク映画として絡みが何度もあり、キョウコと朱美で差異がある。それぞれの特徴を生かしているようだった。スレンダーでシャープなキョウコは直球のやらしさを映し、ロリータチックでグラマーな朱美は体の小ささを強調した映し方がやらしい。

朱美がラブホテルで入浴しているシーンで、僕は山下敦弘の「ばかのハコ船」で主演女優の入浴シーンを思い出していた。かたや狭くて生活感がある家庭の風呂、かたや広くて無機質なホテルの浴室。共通点は乳房が見えた以外、特にない。その後、キョウコの部屋のコルクボードに張られてあったもので、シロー・ザ・グッドマンと「エデンより彼方に」、それと「ばかのハコ船」が確認できた。何たる偶然、だから何だと言うなかれ。

ポレポレ東中野は久しぶりだった。劇場を出るといまおかしんじ監督と朱美を演じた向夏がいた。舞台挨拶はないはずで、実際に何もなかった。スクリーンで濡れ場を演じた女性がそこにいると、シネ・ラ・セットでのトークショーの時もそうだったのだが、むしろその女性より、その女性を凝視している自分の顔が見たい。意識下で顔から足まで舐めまわすように、果たしてどれほど猥雑な視線を僕は送っているのだろう。

手を叩いてイエー

ギターロックの新譜、新規開拓なんて何年ぶりだろう。脱力しきったジャケットはボーカルにも通ずる。ゆらゆら帝国・坂本慎太郎の作品を彷彿させるアートワーク。レーベルに所属せず口コミでのし上がったというスタンスに痺れる。どのレビューでも一様の形容、ヘロヘロ・ローファイ・サイケデリックは、たしかにしっくりきた。

どこか叙情的な、冬の寒い夕暮れ並木道の木々は真っ裸で、等間隔に植えられたその木から木を例えば8歩。歩幅を崩さずに、ヘッドフォンをニット帽で上から耳に押さえつけて、リズミカルに歩く。

Clap Your Hands Say Yeah
Clap Your Hands Say Yeah

ガス爆発マンション せっかくなので共通の趣味、廃墟 巡りをまきすけ嬢 の東京最終日に。横浜へ向かう。今回は有名どころを抑えた。

まずは根岸競馬場を訪れた。重要文化財のようだった。観覧席などが残っている。公園の一部となっていて内部潜入ができない。J.H.モーガンという建築家によるもので、戦前に作られた競馬場とはまた貴重である。退廃的な雰囲気はなかったが、建築物として美しかった。台地の上にそびえる姿は優雅だった。

そこを後にして、弘明寺ガス爆発マンションという奇妙な俗称を持つ廃墟に、次は潜入に成功した。ここは廃屋の状態で長い間、放置されたままらしい。住宅街の中にあり、一層浮いている。複雑な構図のこのマンションには、かなり興奮させられた。生活臭、自然の侵食、規模、どれをとっても申し分ない。しかし同時に、疑問も多く残る。取り壊して新たに何かを建てないのか。ガス爆発マンションと名づけられたのは実際に爆発があったのか。ユニークな構造にはどのような理由があるのか。心霊スポットとの噂もある。日が暮れて見通しが悪く、足場が不安で踏み込めなかったことが悔やまれる。泥だらけになっていた。