疲れる試合だったが、勝てたことが大きい。もつれた原因は川上と立浪。登板間隔を開けて万全の状態で臨んだにもかかわらず、6回途中までで5失点はいただけない。不調でもそれなりのピッチングをするのがエースである。9月で挽回したい。荒木と井端でメイクした1,3塁のハメ技を生かすも殺すも立浪次第で、まさに今日はそれが浮き彫りになる。四球を選ぶと大量得点に絡み、凡打すると無得点に終わった。

ウッズのパワーには毎度驚かされる。ホームランの後の2打席は、バットの根元に当てながらフェンス近くまで持っていく。2度目のハメ技1,3塁で立浪が3塁走者を憤死させなければ、悠々犠牲フライだった。何にせよ、重ね重ね大きな勝利である。CATVチャンネル・スカイAのアナウンサーの希望的観測に苛立ちつつも、ほっと胸をなで下ろす。

中日と阪神の交流戦を除いた現在までの成績は下記の通り。

 中日52勝27敗
 阪神45勝37敗

中日のほうが勝ち越している。竜虎直接対決も除くとさらに顕著である。

 中日44勝19敗
 阪神37勝29敗

残りの阪神戦6試合を3勝3敗で乗り切れば、自ずと優勝が見えてくる。高らかに勝利宣言でもしよう。疲れて喉が渇き、美酒代わりに冷蔵庫にあったヨーグルトを飲んだが、ラベルを見ると賞味期限が切れていた。

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代沢湯 代沢湯 代沢4-39-9

既に20もの銭湯に行った。その中でも際立って古く、情緒が溢れている。下駄箱もロッカーも建てつけの正常なものが少ない。サンダルを3度入れ直す。客はいるが妙に静かだった。

浴室に入ると中年から老人が5名、1列に並んで体を洗っており、戸をあけた僕を揃って見た。その列に混じりたかったが、他のカランの列はがら空きの中、あえて狭いところに入るのも申し訳なく、背を向けた。世間話に花を咲かせている彼らの声を後ろにする。その中の一人が湯船に入った。後からまた一人が湯船に向かうと、先に入っていた男は柔らかな笑みを浮かべて迎える。それは暖かかった。

浴槽は深いものと浅いもの、気泡が漏れる程度の他は何も施されていない。全てがシンプルで、昔のままのようだった。水温は高く、玉の汗をかいた。

番頭がソファーで客と談笑をしている。脱衣所をうろついたりボイラー室に入ったり、番台に座ったところを見ることはなかった。皆が常連で、僕の疎外感は被害妄想。仲間になるには通いつめなければならない。

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柄ではないが、さらに

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「萌え」など以ての外、むさ苦しい面をぶら下げて、3つ目 のブログペットを設置する。cocoa island はアクセス数によって家が増築されていく。そう思われる。サイドバーが充実しつつある。スクリプトが使用できるmy clip は便利だ。

BLOGカンパニー の名刺タグは未だに貼れない。my clip経由の設置方法もうまくいかなかった。ブログポータルはいろいろ活用したいところ。

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言い得て妙

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月曜日の週刊ヤングマガジンを楽しみにしていた。目的である「行け!稲中卓球部」については語りつくされているとして、先まで野球を見ていて思い出したことがある。

変態・前野にキクちゃんという恋人ができて、彼は女性を野球選手に例えた。ジョーかぶれの井沢の恋人・神谷は性格が良く(守備力)、顔立ちもきれいで(攻撃力)、胸も大きい(脚力)ということで、走攻守3拍子揃ったプレーヤーだと。部長竹田の恋人・岩下はバッティングは良いが守備に難があると。そして自分の恋人、人間離れをした顔のキクちゃんは守備が超一流だとして、前野は彼女を肯定する。

この置き換えは分かりやすく、うまい。さらに細分化を図ってみた。バッターにはアベレージヒッターとパワーヒッターがあり、それを分けるとすれば顔が打率、スタイルが飛距離といったところだろうか。同様にして脚力、胸の大きさは単純な速さで、形の良さは加速度としてみよう。守備力が難しい。肩、スローイング、球際の強さと3分割にできるが、それに当てはめるべく性格の良さとは曖昧であり、基準が明確でない。まずは優しさが挙げられるだろうが、それ自体が不明瞭で、そんなものは大なり小なり、明に暗に誰しもが持っている 。どうも下衆なことに思いを巡らせているような気がしてきた。突き詰めると面白くない。

古谷 実
行け!稲中卓球部 (12)

ジプシーのとき 流浪の民が小さな集落を形成している。まず、信心深い彼らの生活を1カットで捉えた。ドラマテッィクな言い回しで会話が展開する。少年ペルハンは、そこで魔術師の祖母と気のふれた叔父、足を病んだ妹ダニラと貧しく暮らしていた。彼は働かず、恋人アズラとの結婚を彼女の母親に反対されている。ペルハンの祖母に、息子の病気を治療してもらった富豪のアーメドは、ダニラの手術代を負担すると約束して、ペルハンと共に車で町の病院へ向かった。しかし二人はアーメドに利用されることになる。

悪事を働くことを拒んだペルハンがなぶられた。土砂降りの夜、裸で泥の上に大の字になったペルハンを、アーメドの幼い息子が思いやる。肌身離さず持っている人形をペルハンの腹に置いて、自分はペルハンの腕に抱かれるように寝て彼に触れる。堅気の仕事などありつけず、それでも家族のために稼がなければならない。幼子に諭された。

本作の監督エミール・クストリッツァも、トニー・ガトリフ同様にロマ民族に関する作品が多い。ガトリフがそのルーツを受け継いでいるのに対して、クストリッツァは血縁はないが彼ら民族と密着した生活を送っていたらしい。大学時代に僕はロマ民族に関する卒業論文を書いた。ゼミのディベートで「ジプシー」を不用意に何度も口にした僕は、韓国からの留学生に差別用語の指摘を受け、それからというもの国を持たないこの民族についての関心が沸き、論文に至る。

ペルハンが祖母に亡き母のことを尋ねると、祖母は不治の病にかかったと答えた。病気を治すために向かったところは、まず祈祷師、次に神が祭られるモスク、最後に病院。ロマが何に重きを置いているかが分かる。映像でも夢と現実が徐々に混同して幻想的な世界を作り、彼らの死生観が漂う。

映画監督の豊田利晃、覚せい剤所持で逮捕

新作「空中庭園」が控えた時期に、何ともタイミングが悪い。映画完成からは相当な月日が経っているのではないだろうか。まだかまだかと待ちわびて、主演の小泉今日子が当て逃げ事件を起こし、それでもやっとこの秋に公開が決まっていた。次のやらかしは監督か。逆にタイミングが良いのか知らん。

僕は早々に前売り券を購入していた。他の、何か別のチケットを買おうとショップへ出向き、ケースにこの「空中庭園」があったのでついでとして手に入れていた。それは1ヶ月ほど前の話だろうか。早く買いすぎると無くしかねない。こんな紙切れ1枚、さらに公開延期となると、紛失癖 のある僕はいつ無くしても不思議でない。

本日、配給サイドが延期か否かを決める。大きな発言権を持たざる人間として、薬をやるなとは言わない。アウトプッターなど半数以上が手を出していると思われる。しかしこの大事な時期に見つかるのはどうだ。この阿呆。

マルチネスが序盤で降板になり、しかも相手はエースの黒田とあっては、それはもう早々に気持ちを明日に切り替えていた。勝てるわけがないと思っていると、その黒田の調子が今一つでビッグイニングを作る。阪神の調子が落ちてきて差を縮める。次の直接対決でプレッシャーをかけたい。

中日はやはり1,2番で二遊間、アライバなのだ。安定感のある井端は言わずもがなとして、ここにきて荒木がのってきた。真骨頂の固め打ちで駿馬モードである。守備でも攻撃でもこの二人がかき回すことで、細かいジャブを当てる。ムラッ気をなくせば、いやまとまってしまうと魅力が。かわいさと憎しみは紙一重。

サヨナラCOLOR プラトニックなラブ・ストーリーだった。海辺の病院に勤める独身の中年医師のもとに、初恋の女性が患者として入院し、再会を果たした。自らも病魔と闘いながら彼は、献身的に彼女を治療する。脚本に、SUPER BUTTER DOGの名バラード「サヨナラCOLOR」を想起した竹中直人の監督作。

出演に多くのミュージシャンが参加した。端役にまで豪華である。海辺でのスチャダラパーとAFRAの即興ラップ。BIKKE、原田郁子、永積タカシの点滴を刺した3人のやりとり。本筋と直接には関係ない場面が挟み込まれ、それが映画において必要性があるかどうかは別問題として、スパイスとして効いた。エンドロールで確認すると、気づかなかったアーティストもいる。竹中直人の映画は彼の交友関係が分かり、それが多岐のジャンルにあることが示されている。最も気色が悪かったのは井口昇で、役とも素とも区別がつかない変人医師を怪演した。

高校の同級生で、恋心を抱いていた未知子の担当医となった正平は浮き足立っていた。当時は喋ることすらままならなかった相手が目の前にいて、いつでも会うことができる。しかし未知子は彼のことを思い出せない。未知子に自分を思い出させるため、病気を克服する精神にエールを送るため、正平はしつこく接した。彼女の心境に変化が訪れる。夜の病室、影絵で未知子の気持ちを明るくさせようとする正平。カーテン越しに彼らの影が映り、笑いながら二つの影が一つになる。気持ちが向き合ったことを表した。未知子の回想で、恋人の雅夫とフランスの海岸を訪れるシーン、彼が尿意をもよおして海に向かって立ち小便をする。雅夫は彼女にも促すが恥ずかしがってしなかった。正平と海を訪れた時には、彼の立ち小便の横でスカートをまくって座り込んだ。気持ちを許したことを表した。

定番のうつ伏せは、クライマックス間近のシーンで登場する。ペーソスにユーモアを混ぜた。コミカルでキレのある動きは真似して身につけたい。

蝿を揚げる

高校生から成人を迎える辺りまでは「洋楽しか聞かない、邦楽はださい」と今に思えば顔を覆いたくなるほど外国に被れていて、それを払拭したのがThee Michelle Gun Elephantだった。がなる声とかき鳴らす音がROCK'N ROLLだ。フェスを含めて3度のライブ体験は自己最多タイであり、その観点からはかなり傾倒していたことに気づく。飛びたい欲求は常に持ち、昨日もそんな夢を見た。類の夢の出現率は高い。黒いタイはなく、スーツも全くといって言いほど着ないが「バードメン」で充足させた。

Thee michelle gun elephant
Chicken Zombies

身寄りのない少年モンドが、とある町に流れ着いた。孤独な彼は行き交う人を眺め、ショーウィンドウを覗き、屋外で眠る。短いカットで町の群像を切り取った。

屈託のないモンドの笑顔が、町の人々に受け入れられていく。郵便配達人には「僕への手紙はない?」と会うたびに尋ねる。それはあるはずもなく、最初はただ「ないよ」と答えるだけ。次は鞄の中を調べて「今日はないな」。3回目には「今日はこれが来てる」と手紙を渡した。字が読めないモンドだが、自分宛に来た手紙に至福の喜びを感じた。船を持たない水夫は港で毎日釣りに興じている。砂利にアルファベットを刻んで、モンドに知識欲を促した。モンドの表情だけでなく町の顔も、序盤の暗さから中盤明るく変化した。

物乞いの老紳士や曲芸士とその家族、自らをユダヤの旅行者というベトナム生まれの未亡人など、モンドとの関わりでささやかな喜びを得る。モンドは分け与えてもらっても、ただ施しを受けるだけではなかった。しかし町に馴染んでも、それは長く続かない。公の人間が彼を疎む。

俗に言うジプシー、ロマ民族を題材とした作品を借りた。監督のトニー・ガトリフは自らのルーツであるロマにこだわって映画を作っている。野良犬に例えて、突きつけられる厳しい現実を説いた。しかし温もりも忘れない。