これからの「カネと女」の話をしよう。

残酷な資本主義世界で、カネと女の道案内をするブログ。処世術奥義の精髄を伝授する。

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新築の家を買おうとすると、だいたい「土地から買え」みたいな話になる。

 

土地の値段は昨日述べた通り、労働力の積み上げ方式ではなくてマーケットメイク方式によって決まる。

 

勤め人人口の多い都市部や、勤め人としての働き口が豊富な地域の土地が高騰する。

 

気候が良いとか、空気・水・食べ物が美味しいとか、災害が少ないとかは、そう言うのはほとんど関係ない。土地値は人の集合が作る。

 

似たり寄ったりな勤め人は、やはり似たり寄ったりな悩みを抱える事になる。

 

通勤地獄を我慢して郊外に住むか、

 

ローン地獄を我慢して市街に住むか、

 

と言うくだらない二択である。

 

どちらを選んでも地獄というのが、実に意地悪なのだが、両者のトレードオフは美しい曲線を描いてバランスしている事に注目するといい。これこそ神の見えざる手。

 

僕思うに、勤め人ってマジで、我慢だとか、忍耐だとか、競争だとか、を宿命づけられてるなあと思う。

 

出世競争もそう。ひたすら我慢比べ。家を買うにも、ローンか通勤かの我慢比べ。我慢、我慢、我慢。

 

どこに行っても我慢と競争に巻き込まれるのが、勤め人と言う生き方の限界であると僕は思う。

 

あなたが勤め人であると言う事は、おそらく勤め人の多い地域に住んでいる。

 

あなたが土地を買って家を建てようと考えたとしたら、おそらく他の勤め人も同じ事を考えている訳なので、奪い合いになる。

 

下克上の戦国時代だったら、ひと戦つかまつって殺し合いに勝った方がその土地の所有者になるが、現代では、より大きい額のお金で購入意思をあらわすと言う形式の『奪い合い』になる。

 

勝つ方も、出せる範囲のギリギリの金額で決着となる。生活は苦しいものになろう。

 

出せる金額争いに負けたほうの勤め人は、通勤地獄を受け入れて少し郊外の土地を求める事になるが、ローンの支払も楽ではないはずで、どっちもどっち、まあ辛い人生である。

 

労働力という商品は、必然的に通勤範囲と言う制約が付くし、より根源的な問題として、労働力と言う商品は差別化が出来ない。そりゃ、きつくなる訳だ。

 

住宅は、労働力再生産の超重要パーツである。勤め人の支出の多くを占める。

 

この問題を何とかして打破しないと、お金と時間を残す事は出来ない。

 

現実的な解決策は二つ。

 

一つは転勤族となり、住宅補助を受ける事。

 

もう一つは、勤め人を卒業して、土地の安い所で暮らす事だ。

 

 

 

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家。

 

人間は雨風の凌げる場所で安息とともに寝て、休みを取らなければ心身の健康を維持できない。

 

野宿では早晩健康を害してしまう。

 

家は、とても大事なものである。

 

とりわけ労働者にとって、家は労働力の源泉になる重要なものだ。

 

身体洗って清潔にして、睡眠をとって気力体力を回復させないと、次の日に働けないからだ。資本主義経済の中で働けないことは死を意味する。

 

食べ物と同じく、寝る場所は、必需品の中の必需品なのである。

 

と、同時に、家というのは大変高額な商品でもある。

 

たくさんの労働者のたくさんの労働力が込められた、耐久消費財だ。

 

新築の家の価格がどうやって決まるか、考えた事があるだろうか?

 

原則は、労働力の原価の積み上げによって、決まる。

 

木材の切り出しから、職人の仕事まで、家の建設に関わった人々が満足にご飯食べられるだけの価格が、新築の家の販売価格となる。

 

では土地はどうか?

 

土地は本来、自然の物だ。空気と同じで、労働力の積み上げなど関係ない。

 

すごーく大事なことを述べるが、土地の所有というのは、

 

「ここは俺様の土地だ!」

 

と宣言して、周りが認めれば、自分の土地になる。

 

戦国時代もそうだし、国家間の領土争いもそう。武力で黙らせるか、お金で納得させるか、方法のいかんを問わず、周りが認めれば土地は自分の物である。

 

日本の場合は、詳しいことは省くとして、要するにお金で納得方式だ。

 

お金で土地を売り買いし、国家がお墨付きを与える。

 

労働力の原価が関係ないところで、物の値段を決めねばならぬとすると、価格の決め方は原価積み上げ式ではなく需要と供給のマーケットメイク方式になる。

 

その土地を買いたい人が、これだけならお金出せるよ、売りたい人が、この価格なら売るよ、と言う競りの原理で土地値が形成されてゆく。

 

ズバリ結論を言うと、その土地の平均的な勤め人が、銀行からお金借りて頑張れば返済できる水準で土地値が決まる。

 

勤め人というシステムが成立しづらい過疎地の土地は、需要を支える勤め人が存在しないため、めちゃくちゃ安くなるし、

 

産業の基盤が堅固で、勤め人がたくさん住んでいる地方の土地は、その土地の付加価値がクソでも、埋立地でも、地盤緩くても、空気が排気ガスで汚くても、日当たりが悪くても、地震が来るリスクが高くても、値段がつく。

 

勤め人が頑張ったら払える絶妙の値段がつくのだ。

 

土地の値段なんて本来はあってないような物であり、なぜ価格が付くかと言うと、それは人によって付けられると言うことである。

 

 

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ちょっと時間つぶしをせねばならず、パッセンジャーを観てきた。

 

 

全然期待していなかった訳だが、意外や意外、これ、恋愛工学的にとっても良い教材であった。

 

一つの完成された恋愛マニュアル映画だと思った。タイタニックみたいな。

 

簡単にあらすじを述べる。

 

住みにくくなった地球から移住先の新しい惑星へ、120年間の宇宙船の旅の話である。

 

5000人の乗客は長旅の途中、冬眠装置で眠っている。目が覚めたら120年後、と言う寸法である。

 

だが、乗客の一人のジムは、不運なことに、機器の故障で一人だけ冬眠から目覚めてしまう。

 

出発から30年後、つまり目的地への到着予定は90年後だ。一度解除された冬眠状態にはもう戻れない。新天地を見ることなく寿命が尽きて死ぬ運命である。

 

ジムは無機質な宇宙船の中で絶望的な孤独生活を送る。

 

寂しさで精神が壊れる寸前のところで、彼は、とある大罪を思いつく。

 

客室で冬眠中の美女(寝顔に一目惚れした)、オーロラの冬眠を解除しようと言う計画だ。

 

葛藤の末、ジムはオーロラを起こしてしまう。

 

ジムの身勝手よって、彼女も一度冬眠から目覚めてしまうこととなり、もう再び冬眠することはできず、移住先の惑星にたどり着く前に寿命が尽きて死ぬ運命が確定した訳だ。

 

僕がこの映画の何に感銘を受けたかと言うと、主人公のジムは、技術屋でオタクのはずなのに、恋愛マニュアル的に完璧に正しい行動を、常に選び取ることが出来る、と言うことである。

 

1年間の絶望的孤独があって、許されない罪を犯してまで冬眠から目覚めさせた美女オーロラと、待ちに待ったご対面のシーンは必見である。

 

何の訓練もしていない男だと、必ず非モテくさい行動を取ってしまうシチュエーション。

 

だが、ジムは、死ぬほどお待ちかねだったパツキン美女を前にして、慌てず、焦らず、実に適切な振る舞いをする。

 

ナンパ師のようにネグる訳でもなく、非モテのように阿諛追従(あゆついしょう)する訳でもなく、恋愛マニュアルとしてこれ以上なく正解な振る舞いを、実に精密にトレースしてゆく。


僕は感嘆の念を禁じ得なかった。

 

何がどう適切かについては映画の本編に譲るとする。

 

要するに、これは中道をゆく恋愛マニュアル映画だ。

 

アポってセックス、の掟までもが踏襲されていて、素晴らしい模範演技であったと思った。

 

ネタバレになるので詳細には言及しないが、劇の中盤、二人の関係をぶち壊すカタストロフィックイベントが勃発する。

 

思うにこれは、浮気がバレた時のメタファーであろう。

 

その際のジムの振る舞いも、実に見事と言うべきである。

 

減点法でどうしようもない選択肢の中から、これ以上無い最善の言動を、しっかりと選び取る。

 

映画としての世界観だとか、オチがどうだとか、そう言うことを述べるつもりは一切無い。

 

きっとこれは、女性が、男にはこう接して欲しい、を忠実になぞった映画なのだ。


新規と観に行く事を推奨する。

 

をはり。

 

 

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時間が無い。即興で書く。

 

『政治』

 

と言うのは、あれだ。

 

要するにピンハネの事だ。

 

ピンハネしたカネを、ピンハネした奴がどんな事に遣うか?も政治である。

 

地球上に農業が興ってより、人間は二種類に別れた。

 

ピンハネする側の人間と、ピンハネされる側の人間の二種類だ。

 

民主主義と言うのは、大多数のピンハネされる側の人たちが、主体的に、ピンハネする側の人たちを選ぼうぜ、しょぼい奴だったら次の選挙で落とすけどね、と言う形態である。

 

ピンハネされる側が選ぶのだから多少なりとも納得感がある。

 

ただまあ、民主主義にも限界があって、しょせんはピンハネされる側の人種と言うのは羊のような蒙昧な生き物であり、知恵や勇気などとは無縁で、主体性などひとかけらも持ち合わせていない人間が大多数なのである。

 

その証拠に、選挙の投票率というのは低迷の一途だ。

 

誰も政治なんかに関心は無い。僕もそうかと言われればそうだ。

 

そこらへんの「大人」の男女を無作為に捕まえて、

 

政治って何?

 

と、訊いたとしたら

 

「政治とはコレコレ」

 

など、自分の考えを述べられる人が、果たしてどれほど居るだろうか。

 

主体的意志を持つ人間は少ない。

 

同じ人間なのにだ。

 

遺伝子もたぶんほとんど変わらないだろう。

 

何がトリガーになっているのだろうか?

 

育ちなのか、血統なのか、何が原因で『主体的意志』のスイッチがONになるのか、僕も随分考えたが、未だによく分からない。

 

ただ、少数の意志を持つ人間と、大多数の意志を持たない人間と、この比率はほとんど変わっていない事は間違いないらしい。

 

僕は歴史が大好きなのだが、歴史の何が面白いかと言うと、歴史上の英雄は揃いも揃って全員が『主体的意志』を持つ人間だからだ。

 

意志を持った人間は、決まって、ピンハネするされるの構造に疑問を持つ。

 

大化の改新のあとに、大宝律令というのが施行されて、全ての人民と土地が朝廷の公有となった。

 

誰かが新しく田んぼを開墾しても、その田んぼは朝廷の物、と言う一種の共産主義国家だ。

 

この時代は呪術的なパワーが実在すると信じられていた時代で、天皇家だとか藤原摂関家、寺社など宗教勢力は、存在するだけでパワーを持っているとされていた。

 

年貢を収めないと呪い殺される、、それぐらいの理由で人民は唯唯諾諾として税金を収めていた訳である。

 

集まった税金の使い途は、驚くべきことに、自分たち貴族の遊興。ピンハネして、遊ぶだけの生活。

 

源氏物語とか読んでも、集めた税金で何かの事業をやろうなんて話は一切、もう本当に一切、出てこない訳だ。

 

納得が行かない!とキレた時に、革命家と言うのが現れる。

 

この時代の革命家は、そうだな、平将門とか藤原純友であろう。その後にも、ピンハネの構造に納得が行かないでキレて革命家となった人たちはたくさん居る。

 

平清盛、源頼朝、後鳥羽上皇、北条義時、後醍醐天皇、、、、戦国時代を経て明治維新へ。

 

歴史を見て思うのは、『主体的意志』を強く持って生まれて来た人間も生まれ落ちる場所を選べない訳だから、ピンハネされる側に生まれる事も多くあって、彼らは必ずキレると言う展開がお約束だなあと。

 

彼らはピンハネに満足せず、絶対に反乱を起こすと言う訳だ。昔は武力に頼った。暴力を通じて自分の考えを世に問う以外に方法は無い。

 

今のこの世の中はどうか。

 

ピンハネの構造も実に巧妙になっている。

 

相変わらずピンハネされる側の人間は羊のように大人しくて、呪術的なパワーに怯えていたりする。

 

僕はピンハネにむちゃくちゃムカついている訳だが、現代の場合は暴力に訴えなくても、平和的にピンハネされる側を抜け出す方法がたくさんあると思う。

 

法人とビジネスを持つ事、法律で殴る事、などはその方法だろう。

 

『主体的意志』を持った人間は、抑圧しても必ず爆発するのが運命だ。

 

虎狼の心を持つ人間が、社会に仇をなさないために、ピンハネを高みの見物できる椅子を、ガス抜き穴として用意してくれているんだと思う。

 

そして、主体的意志を持つ人間が、政治家を選ぶ側に居るというのも民主主義の上手い仕組みなのかもしれないな。

 

けっこう書いちゃった。

 

 

 

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話の本筋が何だったかうっかり忘れてしまうレベルである。

 

自分で思い出しながら書こう。

 

給料が労働力の原価だという話は、した。

 

労働力とは人間の体力と精神力であって、その基礎となるものは起きてから休息するまでの働ける『時間』である、という話も、した。

 

ゆえに、体力、精神力、を込めた『時間』は商品であるという話も、した。労働力=商品であると。

 

労働力以外に商品を持って、それを売っている人は働かなくても良い、という話も、したな、うん。した。

 

これが即ち『勤め人卒業』の世界だ。

 

労働力以外の商品を売って得たカネで、自分の体力や精神力を十分に回復させられる生活様式である。

 

働かなくて良い。会社も関係ない。自由な人である。

 

という事は、逆の面から考えると、自分の体力や精神力の回復にお金を多く必要としないタイプの人ならば、『勤め人卒業』のハードルは低いものになる。

 

つまり、生活の維持費が低い人である。

 

生活の維持費が低い人はそれだけ自由に近いと言う事だ。

 

これの究極の形は、野宿生活者であろう。

 

だが、野宿生活者は、豊かさと繁栄の象徴たる資本主義経済に組み込まれていないがゆえに、その恩寵に触れられない。自由ではあるが、動物並みになってしまう。

 

やはり、何らか商品を持ち込んで、交換経済に参画するのが得策であろう。

 

ちなみに、東京の勤め人という人種が、総合的に言って、最も基礎生活費が高いと思う。

 

新築の家、車、結婚、が生活コストを力強く押し上げるからだ。

 

基礎生活費が高いという事は、副業などで少々の商品を売ったところで、生活費を賄う水準まで達しない。

 

したがって、最も手っ取り早い商品、つまり自分の労働力を必死こいて売る生活様式にしがみつくようになる。

 

勤め人奴隷化のプロセスである。

 

これを防ぐためには生活費の高騰を防がねばならぬ。

 

まずは、家、車、女

 

この大所の三種を制する事が、基礎生活費を制し、ひいては自由への道を開くのである。順に解説して行きたい。

 

 

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