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ネタ少年

2009-01-20 21:54:42 テーマ:哲学
 狼少年は、「狼が出た~!」と嘘をつきます。その度に大人たちは棒を持って駆け付け、マジメに狼をやっつけようとしました。しかし、やがて嘘を繰り返す少年の言うことを信用しなくなりました。本当に狼が出たとき、少年は「狼が出た~!」と言ったのですが、大人たちは「また嘘だろう」と信用せず、駆け付けることをしませんでした。そして、その村の羊は狼に食べられてしまいました(あるいは少年が狼に食べられてしまいました)。

 …この大人たちの対応は間違っていたでしょうか?間違っていたのは誰でしょうか?


 ネタ少年は、「それは疑似科学じゃなくてカルトだ!」と叫びました。大人たちはマジメに「それはどういう意味ですか?」と議論しようとしました。しかし、ネタ少年は議論のための議論を繰り返し、大人たちの言うことをはなから理解しようとしませんでした。大人たちはそれでもマジメにネタ少年と対話しようとし、何を主張したいのか、大人たちのどこが間違っているのかを聞き出そうとしました。大人たちの多くは、自分たちが青かったころと重ね合わせ、若かりし頃の自分を説得するかのように、恥ずかしさで胸をいっぱいにしながら対応していたかもしれません。
 ところが、ネタ少年は、「ただのネタになにマジになってんの?」と言い出しました。これには大人たちは呆れてしまいました。大人たちは、ネタ少年の発言を、「どうせネタでしょ」とマジメに取り合わなくなりました。
 ネタ少年は、その後も時々「これは本当」と言いながら、自分の主張を書き連ねました。でも、大人たちは「どうせネタだろ」と思い、マジメに取り合わなくなりました。そして口々に「困った少年だねえ」と言うようになりました。バカにする大人も出始めました。

 …この大人たちの対応は間違っているでしょうか?それとも、それでもネタ少年の言うことに耳を傾けるべきでしょうか?大人たちはそれぞれ自分の生活も抱えており、限られた時間を自分の思うところに従ってニセ科学批判にあてているのですが…。

※この物語はフィクションです。

参考:
「詭弁者」 (Interdiciplinary)
『水からの伝言』は科学を自称していないから疑似科学ではない? 」(NATROMの日記)
誠実さで判断する/されることのコスト? 」(田部勝也さん)
求められているのは当たり前の誠実さではないだろうか 」(Skepticism is beautiful)
議論における誠実さの判断は当事者間だけで行われるものではない 」(A_lie_sunの日記)







コメント

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1 ■「ネタ少年」への追記

あらいさんへのリンクを忘れとりました。すんません。(^^;;

ちょっと独り言。

・この人(たち)は、ニセ科学批判者というのは「それはニセ科学だからダメだ!以上。」という批判をしているとでも思っているのだろうか?議論の場では、通常、事実の指摘をして(ここがこのように間違っている、と具体的に)、そして全体としてこれはニセ科学なんだよ、と言ってると思うのだが。なんか、まるで事実の指摘をまったくしていないかのように言うのがよくわからない。

・随分前にどこかで議論があったけど、この手の人(たち)は、科学というものをまるで「権力」のように本気で感じているのだろうか、という気が最近してきた。科学の柔軟性というものをどうも理解していないっぽい。

・信奉者がどのように水伝なりなんなりを信じているのか、少しは知っているのかな?なんだか水伝を信じているという人と現実社会で話をしたことが一切なく、「きっとこうに違いない」という脳内信者をすべてに代表させている印象を受ける。

まあ、「青いなあ、青い青い!!」というのは変わらんのですが。(^^;;

2 ■ニセ科学批判・批判者のタイプ

FSMさん、はじめて投稿します。よろしく

私も最近偽科学批判のブログをROMしていますので、偽科学擁護者たちの論理展開を無視した言説には、少々呆れています。

ところで、偽科学擁護者には(私の想像ですが)3つのタイプがあるように思います。
(1) 偽科学の信奉者
例:水伝の真正ビリーバ
(2) 偽科学批判者を、自分に襲い掛かってくるもののように受け止めている人
(3) 単に議論(ディベート)で言い負かしたいという理由で偽科学批判批判をする人

この中で、(1)は自分の信奉する偽科学を擁護することが至上命題ですがら、まともな議論が成り立つとは思えません。
また、(3)はこうした活動を遊びのように捉えているので、かかわらないほうがいいと思います。反論すればそれこそ相手になってもらえたと思って、いくらでも論争を吹っかけてきます。
問題は(2)のタイプの人たちです。
こういう人たちに対しては、偽科学批判はそういうものじゃないいんだよということを真摯に伝えていく必要があると考えていますが、どうも議論がすれ違ってしまうことが多いです。

3 ■> 黄金の口さん

いらっしゃいませ。

そうですね、私の認識もだいたい似たような感じです。(1)の信奉者にはかなり広いスペクトルがあって、ビリーバーから「なんとなく」まで幅があるので、ビリーバーに限ってということにした方がいいとは思いますが。

(2)は厄介ですよねー。丁寧に話せばわかる人はわかるけど、どうやっても自分を攻撃しているかのように曲解されてしまうとどうにもならない。まるで陰謀論ですね。コイツは自分を攻撃しているのだ、という前提に立ってしまうと、あらゆる言動が自分を攻撃しているように見えてしまう。このタイプの人にどうやって対応したらいいのか、ちょっと考えあぐねています。

(3)の人は、本人の思惑はともかく、パフォーマティブにはニセ科学を擁護していることになっているので、直接相手はせずとも批判は続けていきたいと思っています。ギャラリーに伝わるように。
あ、(3)のタイプには、極端な相対主義の人も含まれるのでは、と思ってます。

lets_skepticsさんのところで新しいエントリがあがりましたが、どうやってギャラリーに伝わるように(2)の人と対話をすればいいのか、示唆をいただきたいところですね。自分でも色々試行錯誤はしているつもりなのですが、どうもうまくいきませんね。

4 ■独り言その2

「やす」氏とeastcorridor氏は、濃淡の差はあれ「ニセ科学という概念を使うな」というところでなにか目標を持っているように思えてきた。

「やす」氏に明瞭なのだが、もはや反論のための反論になっていて、相手が文脈から明らかだから省略したことを、強引に反対の意味に解釈し、そこを攻撃してなにか言ったような気になっているようだ。

結局のところ、「ニセ科学」という言葉に憎悪を燃やしていて、そこを攻撃したくてたまらない、いままでその機会を伺っていたが、titton氏が登場したのをいい機会とばかりに打って出てみた、というぐらいなのかな。

まああまり忖度したもしょうがないのだけど。

5 ■独り言その3

ことここに及んで、彼らの主張と南京事件否定論との類似性が実に明瞭になってきたように思う。

いわゆる「まぼろし派」が水伝ビリーバーに対応するわけだが、南京事件否定論にもいろいろあって、たとえば「個別の事件はあったが南京大虐殺などは存在しない」なんてえのは、まさにいま展開されている「水伝を批判するのにニセ科学という概念を使うな、科学的な指摘だけ行っていればよい」と同じ。つまり、事件、あるいは水伝の全体的な性格をどう特徴づけるか、というのは物事の本質を捉える上でとても重要なのだが、そのような全体概念を水伝に当てることを否定することで、パフォーマティブに水伝を擁護していることになっている。もちろん本人は水伝は間違っていると言っているのだが、これも南京事件関連では一連の東浩紀関連騒動との類似性を物語っている。

6 ■独り言その3の続き

南京事件を否定したがる人々の心性はよくわからないが、弱い己を国家と同一視することで強くなった気になっているということはよく言われることである。そして、他国を侵略するほど「強かった」日本と重ね合わせて強がる、あるいは、日本と自分を同一視しているからこそ、海外からの日本への批判に敏感になり、過剰に反応し、その行き着く先が南京事件否定論、という面もあるだろう。

水伝批判への嫌悪感を表明する人々は、科学というものが何かしらの権力、あるいは自分を苦しめるもの、あるいは自分に敵対する存在、というような位置付けを常日頃から行っており、ニセ科学批判というのは科学に苦しめられる大衆への攻撃であり、そこへの共感があるということなのだろうか。そこでは「科学」というものが己の「外部」にあるものであり、ニセ科学批判が外部からの攻撃と捉えられ、あたかも海外からの日本への批判に過剰に反応するがごとく、科学からのニセ科学への批判に(本人が批判されているわけでもないのに)過剰に反応し、誰かが言いがかりでもなんでもいいからニセ科学批判者を攻撃しだすと喝采を送る、と、こういう構図なのだろうか。

(ちなみに自分のブログのコメント欄で細々と書いているのは、たとえ「まだ暫定的なのだが」と断り書きを入れたとしてもなお独立したエントリとしてさらすのにはためらいがあるほど不十分ということであり、しかしなんらかの思考のきっかけにはなるのではないか、なんらかの材料にはなるのではないか、という淡い期待も併せて持つという中途半端な己の心理状態を反映している^^;;)

7 ■独り言その4

ちなみに南京事件否定論との類似性を明らかにしたからといってそれが何の役に立つのか?と言われれば、うーん、よくわからんねえ、としか答えられないです。というのは、「肯定派」の人々がその手の人々にどう対応しているかといえば、それはもう水伝絡みでいま展開されているのをさらに煮詰めたようなことになっているわけで。ああ、結局行き着く先はこうなるのかな、と。

というわけで、どうしたらいいのかよくわからんのですよね。

と同時に、今回ちょっと相手して、実に疲れるというか虚しいというか、暖簾に腕押しというのかバカバカしいというのか、一体自分はなんのために短い人生を生きているのか、とまで思っちゃったわけですよ。^^;;
それを考えると、否定論の連中にマメに対応されている皆さんのなんと忍耐強くタフなことか。あらためて実感したのでございます。

というわけで、どうしたらいいんだろうなあ。

8 ■偽科学の擁護者と南京事件否定論者の共通点

FSMさん 独り言中に割り込んですみません。

偽科学批判・批判者というか、偽科学の擁護者の言説を見ていると、その目的は防御であるように感じられます。
どんなに攻撃的な言葉を使おうと、彼らの目的は自分の立場を正当化することであって、積極的に論争相手を説得して自分たちの立場に引き込もうとする気配を感じません。
一方、偽科学批判する立場の人は、たとえば、
「どうしてこんなに懇切丁寧に説明しているのに理解してもらえないんだろうか」と嘆くことがあるかと思いますが、(というかFSMさんの独り事はまさしくその嘆きだと思いますが)、これって、論争相手を自分の理解者にさせようとすることで、言葉は穏やかでも十分攻撃的なんですよ。

偽科学批判・批判者の本音は
せっかく共同幻想に浸って幸せに暮らしているのに、それを壊すようなことをしてくれるな
ということじゃないかと思います。

南京事件や従軍慰安婦を否定しようとしている人も、基本的なところで共通していると思いますよ。
基本は自己防衛なんだと思います。
南京事件の件は本質的に対外的なことなんで、仮に日本人全員が南京事件はなかったということに納得したところで、日本人は当事者だからという理由で打ち捨てられてしまうような話なんですよ。
ところが南京事件を否定する立場にあるサイトの多くは内向きの情報発信しかしていなくて、客観的にこの事件を評価できる国の人に自分の立場を理解してもらう努力をしていないように見えます。

日本人は虐殺をするような非道な国民じゃないという共同幻想の中に閉じこもることが目的というのが本当のところじゃないかと推測するわけです。

どうして共同幻想の中に逃避しなければならないほど弱くなってしまったのか、というのが問題の本質なんだと思います。

9 ■> 黄金の口さん

こんばんは。
「独り言」はメモ以上のものではありませんので、どうかお気遣いなく。

いやあもう基本的に黄金の口さんのおっしゃる通りだと思います。ニセ科学批判者の間でよく言われる言い回しを使うのであれば、「自分が信じたいものを信じさせてくれ」ということなんだろうな、と思います。

それを口外しなければ、あるいは仲間内だけにとどめておいてくれれば、批判なんかせずに済むんですけどねえ。

共同幻想の中に閉じこもりたい心性についての分析は必要ですね。例えば不況が深刻化すると排外主義がはびこるというのは洋の東西を問わずあるわけで、その際は国家と自分を一体化するという心性がどうしても表れるわけですよね(発端は自分がクビになる可能性を減らしたい、とかかもしれませんが、だんだんそうなっていきますよね)。ですので、そういう社会的な状況とは不可分の側面はあるのだろう、と思っています。もちろん、南京事件否定論は何十年にもわたって存在しつづけているわけですから、それだけが逃避の理由というわけではないのでしょうけれども…。

しかしまあこの「逃避」ってのが、ニセ科学の蔓延にしても、「否定論」にしても、問題の本質なんだろうなあ、とは私も思います。

10 ■無題

はじめまして。狼少年の問いについて突っ込んで考えてみました(半分マジメ、半分ネタです)。

悪いのは誰か。惨劇は何故防げなかったのか。

答えは、“村に警察官がいなかったから”です。

警察官は村民からの緊急事態通報に対応するのが仕事ですから、狼少年の訴えにも確実に対応し、無事に狼の襲来から村を守ったでしょう。また、そもそも煽動行為を行う狼少年を“しょっぴく”ことで、村人が彼の狂言に惑わされることを防いだかもしれません。警察官がこうした責務を負うのは、村人たちの税金によって彼に給与が支払われるからです。彼は十分な給与を受け取る見返りとして、プロとして重務に携わるのです。

…かくして、羊の大部分を失った村人たちは、屈強な若者を警察官として選任することで、次なる惨劇から村を守ることができるようになりましたとさ。


――数年後のネット上には、ネタ少年の戯言を聞く“プロ”が登場し、英雄扱いされているかもしれません。

11 ■> ウッちょんさん

いらっしゃいませ。

「殺人予告」の書き込みでしょっぴかれる若者たちを見ていると、なんだか笑えないような。(^^;;

しかしネタ少年は、誰かに自分をわかってもらいたい、ってのがきっと大きいだろうから、ネタ少年が出没したら、プロがさっとやってきて、よしよしおぢさんが話を聞いてあげよう、となったらそれはそれでいいのかも。(^^;;

京都府警あたりが嘱託でそういう人そのうち雇ったりして。

前半のほうでマジメな話をすると、ニセ科学など批判されるべきものにきちんと批判するのは、本当は権力に身を委ねずに自主的民主的にやっていく上で重要なはずなんですよね。自己批判、相互批判があるからこそ、あらゆるものから自由でいられるはずなんですけど、どうもそのあたりがおわかりにならない方々が多くて困りますね。

12 ■無題

お返事どもです。

そうなんです。“見返り”が金や権力なのは、そうでもなければ“警察官”のなり手がいないことを意味しますから。いってみれば結果的に自由自治の敗北なんですね。
そういう意味で、いまみずから積極的にニセ科学の批判をされている皆さんには、本当に頭の下がる思いです。

> 「殺人予告」の書き込みでしょっぴかれる若者たちを見ていると、なんだか笑えないような。(^^;;

リアル狼少年の末路(泣笑)。現代日本はイイカンジに殺伐としています(TT)。

13 ■> ウッちょんさん

いえいえ、ウッちょんさんも頑張っておられるではないですか。(^^)
あちこちでお名前を見かけて、励まされております。

> リアル狼少年の末路(泣笑)。

まさに。(^^;;

ドラえもんのセリフが思い起こされます。
「大人ってかわいそうだね。自分より大きなものがいないもの。よりかかってあまえたりしかってくれる人がいないんだもの。」
ネットは大人のフィルターを経由せずにイキナリ公の場に発言が出てしまいますからねー。精神的に子どもなのに、大人扱いされてしまう。キビシイなあとは思いますよね。

まあそれでもネット上で批判してくれる人には感謝しないといけませんよね。ってまあこれは自戒をこめてなんですが。

14 ■い~~や~~~~ ほ~め~な~い~で~~///

私などまだまだ修行中の身ですから(滝汗)。
今後ともお手柔らかによろしくお願いします。

> ドラえもんのセリフが思い起こされます。
名言いただきました。御馳走様です。

15 ■> ウッちょんさん

いえいえ、こちらこそよろしく。(^^)

ドラえもんは大人になって読み返すとまた新しい発見がありますよね。

16 ■無題

いや~コメント欄がまたすごいね。1)~3)しないんだ。頭から自分は絶対正しい、相手が間違っている、って前提なんだ。どっちが信者かわかったもんじゃない(苦笑

17 ■警察官は居ないので

はじめまして。
いどと申します。はてなではgenbと名乗っております。

ネタ少年が居た村には警察官は残念ながら居ませんでした。

ではどうすべきか。

わたしの考えでは「みんなで頑張る」しかない。いつも全員で疲れ果てるまでネタ少年の相手をするべきではないと思います。それではすぐに皆疲れ果ててしまいますから。
しかし放置するのは問題です。そのネタに陽動され怪我をする村人もいるかもしれません。また多くのネタの中に真実が隠されているかもしれません。
ですから完全にスルーするのではなく、かつ全力でもなく、一人の大きな負担にならない程度に「それはネタなのか」がギャラリーからもわかる程度に明らかになるように相手をする。そしてもしもネタでないならば真剣に相手をする。いずれにせよ一人の負担ではなく、あくまでも関わるずべての人が余暇の余暇の余暇程度の労力で。

まぁ真剣に相手をしても所詮はネタ少年ですから、すぐにちゃぶ台ひっくり返して議論のための議論や自己顕示に終始してしまうかもしれませんが…。

18 ■> tittonさん

いらっしゃいませ。

コメントの意味が掴めないので、もう少しわかりやすく説明してもらえますか?

> 1)~3)しないんだ。

どういう意味でしょう?上で黄金の口さんがお書きになった(1)~(3)のことを指しているのだと思いますが、「しないんだ」とは具体的に何をしていないのか教えてください。

> 頭から自分は絶対正しい、相手が間違っている、って前提なんだ。どっちが信者かわかったもんじゃない(苦笑

どのあたりからそう思ったのか教えていただけますか?

今週ちょっと猛烈に忙しくて意味を推測する気力がないのでよろしくお願いします(今も家に仕事持ち帰ってやってたりする)。

19 ■> いどさん

こんばんは。

そうなんですよね。私もそう思います。
そうやって、みんなで意思疎通ができるようにして、互いに批判していく、真剣に考えるべき内容なら自己批判もどんどんする、ってのが「自治」でもあり民主主義を支えるものでもあるのですよね。

どうしょうもない人は、結局コミュニティ内で「お味噌」扱いで共存をはかるしかないのでしょうけど。

20 ■議論をバラバラにした私の信用はすでに過ぎ去り

今週の、気なったお題:【『あれはネタでした。それもネタでした。でも…。今度こそは本当だよ!(^^』『と言うわけで、観衆の皆さん。私を信じて下さいね。賛同の声を、大いにあげて下さいね♪』と主張するネタ少年に、我々は辛抱強く付き合うべきなのか、否か?】

取り敢えず、こんな感じが無難かもです。「有意義な議論となる可能性が少ないと判断した時点で、直接の対話は中止する。」「時間の余裕があれば、相手の主張のどこが駄目なのかを、観衆に向けて解説する。」
・・・・・・・・・・
ちなみに私の場合は、こんな感じです。「先輩から与えられたヒントをもとにして、自分の主張を再検証。」「意地になってトンチンカンな反論を繰り返す暇など無い。常に真実を求めて、前に進む。」
なにしろ、「自己正当化に終始した挙句、虚構の優越感にとどまって自己満足(^^♪」という愚は、過去に十分経験したのです。
・・・・・・・・・・
>FSMさん
>コメントの意味が掴めないので、もう少しわかりやすく説明してもらえますか?

『今日もまた、僕の勝ちだぞ!』と吼え続けるネタ少年になったつもりで、この私も考えてみました。

『詭弁を弄し続けた論者の溜め息』
「ああ、疲れた。ニセ科学批判者との議論は、飽き飽きだ。」「勝ちを目指しての反論も、虚しい限りだ。」
「しかし私は、詭弁を続けるしかない。」
「怖いのだ。己の過ちを、素直に認めるのは。」「認めたら、私の負けが確定してしまう。だから、虚勢を張り続けるしかないのだ。」

「どこからともなく、私を誘う声がする。」「きっと、あの思考の花畑に住む、お気楽な亡者どもに違いない。」
「支持を得た私は、喜んで迷い込む。」「あの怠惰こそ、私に相応しい、安住の地なのだから。」

21 ■> TAKAさん

すっかり遅くなってしまいすいません。
ここのところ、彼の人がどうされているのか動向をつかめていないのでよくわからないのですが、^^;;
怖い、という自覚があるならまだマシかなあ、と思ったり。怖いと思えるのは、多少なりとも己を客観視できているからですよね。
そう考えていくと、一筋縄ではいかないなあ、と思っちゃいますね。

22 ■「誠実な嘘つき」ですらない人

はじめて書き込まさせていただきます。コメント欄を汚す事になるかもしれませんが、お許しをいただけましたら幸いです。

狼少年のたとえ話についてですが、もし、少年が村人から「真の意味での嘘つき(つまり、「絶対に嘘しかつかない人」)」と認められていたら、――いやむしろ、少年の側が「自分は絶対に嘘しかつかないのだ」との覚悟を持ち「狼が来た~」発言を繰り返し、結果、「自分は村人から『嘘しかつかない男だ』と認められた」と確信してさえいれば、実際の狼出現の際、血相変えて「狼が来てない~」と触れて回ればそれで済んでいたのではないかと。
しかし、そのためには、少年は一貫して嘘をつき続けなければならず、さらにその一貫性を他人によって認められる存在でなければならないでしょう。「あいつは必ず嘘をつくのだから、あいつの言う事を否定すれば正しいのだ」と思わせるのは、逆説的ですが、「信用されている」ということです。

「ネタにマジレス。はいはいワロスワロス」なんてことを一度でもやってしまったら、「あいつの言う事は今後真に受けまい」と思われてもしょうがないですし、それは自分の責任でしょう。

「ネタにマジレスww」とやる人には、どういうわけか「タイポが多い」という傾向が見られます。人に読んでもらおうとする以上、自分の書いた内容を読み返すくらいの「誠実さ」は欲しいところですね。

あまり本題と関係のない内容になってしまったかもしれません。申し訳ございません。

23 ■Re:「誠実な嘘つき」ですらない人

>島帰りの儒学者さん

いらっしゃいませ。
おっしゃること、ホントにそう思います。
ただ、悲しいかな彼の人は(おそらく)普通の人なので、逆説的に信用される程度に嘘をつき通す勇気もないんですよね、きっと。だから、時々「自分は本当のことも言っている」とにおわせたくて仕方なくなる。
とすると、結局周囲の評価は「いい加減なヤツだな」ということにしかならなくなって、まさに

> 「ネタにマジレス。はいはいワロスワロス」なんてことを一度でもやってしまったら、「あいつの言う事は今後真に受けまい」と思われてもしょうがないですし、それは自分の責任でしょう。

ですよね。もう子どもじゃないんだから、発言には責任が伴うことぐらいわかってもらわないと。

24 ■ニセ科学批判も狼少年でしょ

ニセ科学批判も狼少年でしょ

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