「言葉は栄養」

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夏休みも残すところ2週間を切りました。

 

今日から息子は二泊三日のキャンプへ。

宿題ちゃんと終わるのかな〜…

 

 

 

家の中の静けさと、広さに違和感を感じています(笑)

 

 

キャンプで家にいない期間、カブトムシのお世話と、トマトの水やり&声かけをお願いされました。

 

 

 

トマトの水やり&声かけ とははてなマーク筋肉

 

 

 

夏休みの自由研究。

 

 

 

「ありがとう」「大きくなってね」って毎日声をかけながら水を与えるトマトと、

 

全く声をかけずに無視して、水だけ与えるトマトとの成長観察。

 

 

 

左:声かけトマト  右:無視トマト

 

 

 

 

 

出かける前、

 

「お母さん、ちゃんと声かけてあげてね。言葉は栄養だから」

 

 

 

と言われました。

 

 

 

 

「言葉は栄養キラキラ

 

 

 

Σ(=°ω°=;ノ)ノ

 

 

 

 

…その一言をメモφ(.. )

 

 

 

 

ちゃんと解って言ってるとは思えないんですけどね(*´ェ`*)

 

 

 

 

 

 

映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第一番」でもトマトに「大きくなってもいいよ〜」って声をかけてあげてたっていってましたっけ。

 

 

 

 

 

言葉を見直す機会をもらいました。

 

 

 

 

元気をもらう言葉、元気を奪う言葉。

 

 

 

言葉の力は確かにあります。

他人からの言葉は操作できなくても、せめて自分で自分にかける言葉は自分で選んであげましょう。

 

 

 

愛してるよ。

 

生まれてきてくれて有難う。

 

頑張ってるね。

 

素敵だよ。

 

大丈夫だよ。

 

・・・

 

 

 

自分で自分に言ってあげても誰にも迷惑かけないから(笑)

 

 

 

 

 

トマトだけじゃない。

言葉は栄養。

 

無視はね、ダメよ。

 

この実験を始める前、有難うと声をかけるトマト、馬鹿野郎と声をかけるトマトにしようかと迷ってましたが、馬鹿野郎って言葉が自分に返ってくるのはイヤだよね(出したエネルギーは自分に返ってくるから)というのと、愛の反対は「無関心」なんだよね、って話をしてたら、声かけvs無視トマトの実験となりました。

 

愛の反対は無関心。無視は本当に残酷ですドクロ

 

 

 

 

 

 

 

トマトの成長観察はまだまだこれからですが、

 

キャンプから帰ってきたらどれくらい成長してるかな〜…なんて(笑)たった二泊三日ですが、子供の成長観察が楽しみです照れ

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もお読みくださり有難うございますドキドキ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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プロビデンスの目目

 

ホルスの目(左目はウジャトの目、右目はラーの目)目

 

 

・・・聞いたことありますか?

 

 

 

プロビデンスの目、ホルスの目は共に『万物を見通す目』と言われています。

 

 

 

 

 

 

 

こちらがプロビデンスの目。

 

 

 

プロビデンスの目はフリーメイソンのシンボルとも言われ、

 

1ドル札に描かれています。

 

 

 

 

 

 

こちらがラーの目。

 

 

 

 

 

 

どちらも一度は見たことがあると思います。

 

 

 

 

 

 

この『万物を見通す目

 

 

 

実は脳と関連しているという説がとても興味深いです。

 

 

 

 

 

脳の器官=ホルスの目

 

 

 

 

 

本当かどうか、真偽は不明ですが、ホルスの目は、脳の器官と一致しているという見方があるんですね。

 

 

 

 

 

著作権保護の為、何かと自分で画像加工&作成をしています。Copy right Fiona.

 

 

 

 

 

 

脳とホルスの目について、共通した情報を追っていくと、数(宇宙は数字だという哲学との関連)や感覚器官との関連といった多くの情報があり、驚かされます。

ご興味ある方は調べてみてください。嘘か誠か?面白い情報が出てきます。

 

 

 

 

 

私が注目したのは、イラストにある脳の「視床」部分と、ホルスの目の「眼球」部分!

 

 

 

「視床」は、嗅覚を除いた視覚、聴覚、体性感覚(皮膚感覚や内臓感覚や筋肉)を大脳に伝える中継点として機能しているそうです。

 

 

 

 

要は、臭覚以外の感覚は一旦全て視床を通過するということですよね。

 

 

 

 

 

人間は、視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚という五感を通して「人生を体験」しています

 

 

 

人生を体験する感覚器官が嗅覚以外この万物を見通す目の眼球部分と一致しているという奇妙な感覚。

 

 

 

 

 

万物を見通す目=第三の目=松果体

 

 

そんな説が多くあるのですが、

 

個人的に、この「視床」が気になって仕方ありません(笑)

 

 

 

 

 

松果体が第三の目だと言われる所以は、17世紀、フランスの哲学者ルネ・デカルトという人物は、松果体は物質と精神を繋ぐ「魂の座」として研究していたという所から。

・・・え?視床の間違いじゃない?って思っちゃいました。

 

 

 

松果体はメラトニンの生成を制御する器官で、最近の研究ではメラトニンと免疫との密接な結びつきが明らかになってきたそうです。

 

 

例えば、

 

メラトニンを与えるとがん細胞を攻撃するNK細胞の数が増える、

 

ウイルスを殺傷する食細胞の破壊力を高める効果がある、

 

軽い抑鬱や老化防止、不眠や時差ボケの解消など。


 

 

・・・確かにすごい器官だけど、とは思うのですが。

 

 

 

 

 

 

 

でも「第三の目」と言えば「万物を見通す目」ってことでしょう?

 

 

 

残念ながらこのラーの目には松果体は描かれていないんだなぁ…。なぜでしょううーん

 

 

 

 

 

 

「視床」は何度も書きますけど、嗅覚を除いた視覚、聴覚、体性感覚(皮膚感覚や内臓感覚や筋肉)を大脳に伝える中継点として機能しているところ。

 

なぜ嗅覚が含まれないのか、不満はありますが むっ

 

 

 

 

人のこの世の「体験」は「魂の目的」そのものだと思うんですね。

 

 

 

 

 

 

『万物を見通す目(ホルスの目・プロビデンスの目)』が脳の視床だとしたら、

 

もしかしたら、嗅覚を除いた視覚、聴覚、体性感覚という「体感・体験」で万物を見通す目力を得ているということなんじゃない?

 

 

 

視床で味わう感覚が万物を見通す目に通じるって古代人からの(?)メッセージなんじゃない?

 

 

 

この世に私たちは「体験」をしに生まれてきているわけですし

 

体験を通して魂は成長していくわけですから。

 

 

 

 

 

・・・私が勝手に論じている戯論なので、反論は無用です(笑)

 

 

 

 

 

 

でもね、世の中って不思議なこと、神秘的メッセージが満載じゃないですか。

 

 

 

日本の国家の『君が代』がヘブライ語説なんて、私とってもシビれましたよデレデレ

 

 

 

 

 

 

哲学者のルネ・デカルトさんが「松果体だ」というのに私が「視床じゃないの?」って言ってても、何がどうってこともありませんけど(笑)

 

 

着地点がふんわりで。

 

 

 

 

でも誰かが面白いな、と思ってくれたらいいなと思って書きましたドキドキ

 

 

 

 

 

 

今日もお読みくださり、ありがとうございました。

 

 

 

 

フィオナあし

 

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「個」が大切な時代です

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かつて、金八先生が生徒に言いました。

 

 

支え合って「人」なんです、と。

 

 

 

 

 

一昔前までは確かにそうだったと思います。

 

人は一人では生きていけなかった。

 

 

 

 

魚座の時代(キリスト誕生から2012年頃まで)は確かに支え合いが必要な、支え合わなければ生きてはいけない時代でした。

 

 

 

 

そして時代の境目を超えて、水瓶座の時代に入った今。参照サイト

 

 

 

 

どうも、集団という感覚、

 

支え合いという感覚、

 

 

仲間や人との繋がり、という感覚が今までと違ってきているように感じます。

 

 

 

 

 

みんなで支え合う、みんなで分かち合う、

 

みんなで共有する、

 

みんなで、、、

 

 

 

そんな思いやりや、気遣い、それが当たり前だと信じてきたものが、違ってきている感じ。

 

 

大きな時代の移り変わりと共に、そういった人としての在り方、関わり方にも変化を感じます。

 

 

 

 

集団社会、仲間、友達、夫婦、家族、という関係性以上に「個」の自分がどえらい大切だということを感じます。

「どえらい」名古屋弁。クライアントさんの多くが名古屋弁丸出しのおしゃべりなので、懐かしく、おしゃべりが楽しい名古屋生活です(笑)

 

 

 

 

これは恐らく、今後もっともっと大切になってくることだと思うので、少し掘り下げて書いてみようと思います。

 

 

 

 

私の内側では「感じ」状態で、言語化まだできておらず、でも感覚としては確かにありました。宇宙からお知らせが届いていた感覚です。

 

そうしていたところ、ちょうど先日読ませて頂いた、さとうみつろうさんのブログ記事「占いはどんどん当たらなくなっていく」の中に私の言語化したい感覚と同じことが書かれていました。が、しかし。これはみつろうさんご本人が思ったことではなく、樹里さんという方が言語化した宇宙観だそう。

 

 

 

「個人」という意識が膜を張って、お互いに干渉し合わない方向へと広がっている。

 

 

 

 

・・・ズキュ〜〜〜ン!!ドンッ銃

 

おおおビックリマークまさに!!これだ上差し

 

 

そう!!本当にそんな感じ!!なのです。

 

 

 

 

力を合わせて何かしましょう、

 

助け合いましょう、

 

分かち合いましょう、

 

私たちは仲間なんだから・・・

沖縄では「ゆいまーる」って言いますうお座

 

 

 

・・・それを否定する気はありませんが、みんな一緒に力を合わせ、みんなで支え合わねば生きていけない時代は終わりましたポーンいえ、私が勝手にそう感じているだけですが。

 

 

 

 

助け合いましょう、なんて言わなくても、言われなくても、

 

 

助けたければ助けたい人が助けるし、

 

 

助けて欲しければ、助けてってお願いできるし、

 

 

そこに遠慮が必要ないことも知ってるし、

 

 

分かち合いましょう、なんて分かち合うことを押し付けなくてもいいし、

 

 

独り占めしたいという人がいたとしても、それを批難する必要もないし、

 

 

全て個々の自由でいいということ!!

 

 

 

 

仲間や派閥?・・・そもそも「源」は同じですから。

 

 

 

 

図を作ってみました。

 

【今まで】

 

 

 

 

「個」という輝いた存在の周囲に、イガイガ(信じ込み)がくっついています。

 

 

 

信じ込みで結びついている、という表現は言い過ぎかもしれませんが、

 

本音(本質・個性)をイガイガ(信じ込み=道徳やモラル、〜せねば、〜すべき)で覆っていて、それぞれの個はそのイガイガ同士でくっついています。

 

 

 

社会は「個性」を重視するのではなく、集団生活に適することこそが望ましいとしていました。出る杭は打たれていました。

腐ったみかんの方程式、というのもありましたね、金八先生。知ってます?古いです(笑)

 

 

 

ですが、これからはこんな感じです。

 

【これからの時代】

 

 

 

 

 

個性を丸ごと生きる。イガイガ(信じ込み)は外して。

 

宇宙は「信頼」できる安全な場所です。

 

信じ込みという自分ではないエネルギーを手放し、個々が個々の個性を大切に生きる時代へ入りました。何かの信じ込みでの繋がりはもう不要なのです。

 

確固たる個があり、個と個の繋がりの要素は「信頼」というエネルギー。

 

 

個々全てがパーフェクト、という大きな信頼です。

 

 

 

 

 

ワイドショーを賑わす不倫問題や、SNSを使った主張、マウンティング、暴言の背景や私生活の乱れ、それらを経験している魂だって、宇宙の視点からするとパーフェクトニヤニヤ

 

 

 

他人様の大切な魂の経験ですから。放っておいてあげましょうよ。

 

 

・・・他人の個性(行動や言動)にモラルや道徳観を持ってジャッジしていても全く意味ないですし、自分自身の生き方の正当化とは決してなりませぬがゆえ。

 

 

 

 

自分が何者なのか、を知るために他者と比較したり、攻撃したりする必要はありません。

 

他者と違って当たり前ですし、優劣はなく、あるのは宇宙が存在を許している「個性」です。

 

存在を許すのは私たちではないのです。

 

どんな人であっても宇宙から存在を許されてるのだから、存在しているのです。そこは諦めましょう(笑)

 

 

 

だからこそ、確固たる個をしっかりと堂々と生きることが大切なのです。人と支え合う為に生きているのではありませんし、人に評価してもらう為に生きているのでもありません。

 

 

 

 

「人の為」と書いて「 偽 ニセ」と読みます。

 

 

 

誰かのために、という神話を個性を殺して歩まなくても良いのです。

 

 

 

 

 

自分の為に生きましょう。

 

 

そして、自分の個性にもっと気づきましょう宝石白宝石緑宝石赤

 

 

 

 

 

もっともっと自分の個性に夢中になっていい ウインクキラキラ

 

 

 

 

 

究極に自分という「個性」を生きた時、それは何かのために必ずなっているそうです。これは間違いなさそうなので、あえて何の為になるかどうかなんて考えなくてもいいと思います。

 

 

 

何より、自分を生きるって気持ちいいです。

 

 

 

 

 

今日は、自分という個性を存分に生きていらっしゃる叶恭子さんの名言で最後締めくくりたいと思いますラブラブ

 

 

 

 

 

いつもお読みくださり、ありがとうございます。

 

 

 

 

今日も素敵な一日となりますよう音譜

 

 

 

フィオナにひひ

 

 

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