2004-11-19
アフターダーク : 村上春樹
テーマ:書評
アフターダークを読み終えて・・・
村上春樹の本について、誰かと話しあったことなんかないので、
正直、ブログに書くという行為が、なんとも表現できない感情をともなっていることに
驚いている。
でも正直に言えば、このこころの中の波紋を、外にむかって放ってしまいたいような気がしている。
※この先は、ネタバレなのでまだ、物語を読んでいない方はご遠慮ください。
アフターダーク
異空間
いつの間にか はじまる世界
(不思議な視線?自分自身の視線なのか、作者の視線か、一般的な登場人物の視線なのか・・・)
いつのまにか、物語ははじまっている。なぜかとても自然だ。物語世界の中に自分がいるような錯覚。
物語の中に飲み込まれているような感じと言えばいいのか・・・
魅力的な人物も登場する。
(より具体的な人物を描くようになったんだなあ・・・)
そして、事件。 どこかでいつでも起こっているような事件だが、心は痛む。
でも、その痛みとは対照的に、物語の中には魅力的な人々が描かれる。
物語が進むにしたがい、魅力的な脇役もふえていく。
異空間。
そして、ストレス
物語の中で発生する、マイナスエネルギーが読み手に伝わるといえばいいのか・・・
異空間にいつの間にか生まれた点は、いまやはっきりと「ストレス」と感じられるようになる。
次第に明確になっていく2つの物語世界。それは「光」と「闇」ほどの違いがある。
それは単なる印象というよりも、心象風景のと言ったほうが適当かもしれない。
一方は「魅力的な登場人物が描かれた血の通った世界」
もう一方は「暗い闇」だ。
しかし、物語の時間軸は「夜」に属している。
つまり
「光の届く闇」と「光の届かない闇」
「光の届かない闇」もまったくの漆黒ではなく、闇の持つディテールを備えている。
「心の闇」を表現しようとしているのなら、それは完全に成功している。
交互に進行する物語。
(読み手を揺さぶる。)
そして、2つの物語りはどこかで交差する予感に満ちてくる。
そう
いつの間にか、物語りは交差し、入り混じる。
そして、朝を迎える予感が、物語から伝わってくる。
そう、朝はやってくる。
闇、いや長い夜の後には、必ず朝はやってくる。
光がさすところにも、ささないところにも朝はやってくる。
読み手にも、確かに朝がやってくる。
たとえ読んでいるのが夜の帳の中であっても、たしかに朝がさしかかっているのが感じられるはずだ。
そして物語は終わりを・・・いやはじまりを・・・
(そもそも闇の後には、朝が、はじまりがやってくるのに、
物語が終わるというのはまったくもっておかしい。
だから
物語りははじまる。 )
物語りはいつでもはじまりつづける。しかし、どこにでも闇はある。でも、闇はずっとそのままであるはずがない。
闇ははじまるためにそこにあるのかもしれない。
村上春樹の本について、誰かと話しあったことなんかないので、
正直、ブログに書くという行為が、なんとも表現できない感情をともなっていることに
驚いている。
でも正直に言えば、このこころの中の波紋を、外にむかって放ってしまいたいような気がしている。
※この先は、ネタバレなのでまだ、物語を読んでいない方はご遠慮ください。
アフターダーク
異空間
いつの間にか はじまる世界
(不思議な視線?自分自身の視線なのか、作者の視線か、一般的な登場人物の視線なのか・・・)
いつのまにか、物語ははじまっている。なぜかとても自然だ。物語世界の中に自分がいるような錯覚。
物語の中に飲み込まれているような感じと言えばいいのか・・・
魅力的な人物も登場する。
(より具体的な人物を描くようになったんだなあ・・・)
そして、事件。 どこかでいつでも起こっているような事件だが、心は痛む。
でも、その痛みとは対照的に、物語の中には魅力的な人々が描かれる。
物語が進むにしたがい、魅力的な脇役もふえていく。
異空間。
そして、ストレス
物語の中で発生する、マイナスエネルギーが読み手に伝わるといえばいいのか・・・
異空間にいつの間にか生まれた点は、いまやはっきりと「ストレス」と感じられるようになる。
次第に明確になっていく2つの物語世界。それは「光」と「闇」ほどの違いがある。
それは単なる印象というよりも、心象風景のと言ったほうが適当かもしれない。
一方は「魅力的な登場人物が描かれた血の通った世界」
もう一方は「暗い闇」だ。
しかし、物語の時間軸は「夜」に属している。
つまり
「光の届く闇」と「光の届かない闇」
「光の届かない闇」もまったくの漆黒ではなく、闇の持つディテールを備えている。
「心の闇」を表現しようとしているのなら、それは完全に成功している。
交互に進行する物語。
(読み手を揺さぶる。)
そして、2つの物語りはどこかで交差する予感に満ちてくる。
そう
いつの間にか、物語りは交差し、入り混じる。
そして、朝を迎える予感が、物語から伝わってくる。
そう、朝はやってくる。
闇、いや長い夜の後には、必ず朝はやってくる。
光がさすところにも、ささないところにも朝はやってくる。
読み手にも、確かに朝がやってくる。
たとえ読んでいるのが夜の帳の中であっても、たしかに朝がさしかかっているのが感じられるはずだ。
そして物語は終わりを・・・いやはじまりを・・・
(そもそも闇の後には、朝が、はじまりがやってくるのに、
物語が終わるというのはまったくもっておかしい。
だから
物語りははじまる。 )
物語りはいつでもはじまりつづける。しかし、どこにでも闇はある。でも、闇はずっとそのままであるはずがない。
闇ははじまるためにそこにあるのかもしれない。
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