すまいのレシピ【すまレピ】 フィンランド便り

フィンランドの最新インテリア、家具、インテリアアイテム、インテリアコーディネート情報、現地の日常など、様々な情報を現地特派員がお届けします。


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私が初めて海外へ旅行したのは沖縄ですが、その時代はまだアメリカ駐留であり、ドルが使われていました。

その時の為替は、戦後長く続いた1ドル360円でした。

今は、113円程でどこでも気楽に、信用ある日本パスポートで旅行できる様になり、語学や世界観が誰でも身近に感じられるようになりました。

世界の人々との交際も多くなり、結ばれるケースも多くなりました。

2世とのお付き合いも生活の中で日常化しているのではないでしょうか。

 

日本人とフィンランド人の間に生まれた、愛の結晶の人種は、自分達の事をハーフと呼ばれる事に違和感を抱いています。

それぞれの文化と気性を半分しか持たない表現イメージがあるからであります。​

両国の素晴らしい特色を持つダブル・パワーで生きて行く力強い人種​として、彼らは、"2倍"​と呼んでおります。​

 

2倍人は、世界医学研究の発表によると、通常よりIQが高めの才能を持つと言われています。

そして小さな子供の時から語学においても、バイリンガルで日本語、フィンランド語そして国際語である英語は、日常生活で聞きなれているので、自然に語学堪能に育ちます。

 

さらに両国の良い文化を身近に感じ、将来の選択の可能性が"2倍"になる訳であります。

子供たちは、日本では"母さん似でフィンランド人ですね" と言われ、フィンランドでは、"お父さん似ですねと"よく言われ、人種比較する多少の偏見を両国で感じた事を覚えています。

日本人も色々な顔立ちの人がいても、お互い偏見なくお付き合いできれば、創作力社会になるのではと思っています。

 

フィンランドには、日本・フィンランド協会が少なくとも3組織登録されており、通常他国とのフィンランド協会は一組織に留まり、日本は、例外の人気を誇っています。

協会の主旨は、日本文化を通して、フィンランドとの交流を深める事であり、新年会、餅つき、忘年会、花見、語学大会、フィンランドの著名なアーテストの工房を覗いたり、日本から歌、俳句、太鼓、習字、折り紙など色々な文化を紹介して頂いております。

 

そして、200本程の桜の木を在フィンする有志からの寄付で、ヘルシンキ市との理解を得て、日本庭園の隣の公園に桜の木を植え付け、桜公園と名付けています。

今年で9年目になりましたが、毎年5月に催す花見大会への来客の数は、増え続けています。

 

若い2世人有志が作り上げた協会もあり、アニメ、漫画、映画、などのポップカルチャーを紹介しており、協会の名前は"2倍"と呼んでいます。

そして共同で主催するJAPAN DAYの人気もウナギ昇りで日本人に生まれて良かったなと感じさせてくれるのは、協会様方のお陰であります。

​2倍人の監督​が作り上げた、世界に点在する​2倍人の生活を描きあげたドクメンタリー​映画​https://www.youtube.com/watch?v=6j_wQQZY-OEを参照してください。

​​

ヘルシンキ生まれの妻との間に生まれた、娘オーナは、日本苗字をキープしています。

日本人の自尊心を抱きながら、​フィンランドで生活しています。

1歳6か月になるネオ君とリラ、と3歳4か月のリラちゃんの母親として、フィンランド人の夫がDIYで建てた家に住んでいます。

孫たちの苗字も日本名にしています。

 

​娘と孫息子。ヤルベンパーの湖畔にあるキャンピング場の冬場は、静かなもので、夏の活気はどこにも見渡せませんが、孫にとっては、ウサギや玩具があり楽しい場であり、レストランでの食事を楽しみながら家族と時間を過ごす場であります。

 

おもちゃの取り合い喧嘩をしますが、思いやりある兄弟であります。


リラは、トトロが大好き。

お腹の大きい私の腹をトトロと間違えて飛び込んできます。

リラの部屋のドアには、オーナが描いた熊さんが見守ってくれています。

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今まで経験してきたフィンランドのイメージは、湖と森に囲まれた生活環境中でとても穏やかな国としてのイメージを保ってきましたが、EU加盟、移民の取り入れの強化により、穏やかさは、徐々に減少している様に感じます。

 

8月18日、フィンランドでテロ過激派の攻撃が起きるとは、数年前までは、誰も予想すらできませんでしたが、フィンランドのトゥルク市の街の広場でナイフを振り回し、数人の死亡被害が報道された悲劇は、ISISの攻撃と発表されました。

この日フィンランドは、恐怖感と悲しさで、そして憎しみを抑えながら、決して再びこのようなことがおこらない様に祈りを捧げました。

 

今週、フィンランドの国会議事堂パラメントの前で、イスラム教組2人の自殺行為が発生いたしました。イスラム移民人への悪いイメージを緩和するアピール行動と思われました。

 

人道的意志で難民を受け入れているはずが、こんな結果をもたらすとは。。。、移民問題は、賛成派と反対派に分かれさらに深刻さが増す思いであります。

 

穏やかなトゥルク市の広場の日常風景。

 

 

この場でテロ攻撃が起こるとは、誰も予想する余地もありませんでした。

 

 

フィンランドの古都と呼ばれる穏やかなトゥルク市の市場広場で8月18日、ISISのテロ攻撃がありました。命を失った被害者へ思いを送る花束が事件場に積み重ねられて、悲しみを分け合っていました。

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地震はありません。津波もありません、洪水もありません。土砂崩れもありません。

​被害ではありませんが、冬の寒さには、雪の降らない日本の地方に住む住人達には理解できない程の寒さが毎冬訪れます。マイナス10度が通常で、冷える時は、マイナス20度、例外ですがマイナス30度に下がる時があります。

​さらに、日照時間の短さは、​慣れるまで修行がいりますが、慣れてくると、冬の素晴らしが見えてきます。オーロラの美しさ、純白な雪化粧、そして心臓の強い人達は、大変健康的な寒中水泳で日々を暮らします。

 

外出は、寒中帽子、靴、厚めのコートで冬に備えて工夫ある服を用意すれば、それ程驚くことなく過ごせます。しかし、室内暖房は、しっかりしており、寒さは感じなく、セーター一枚で充分ですが、暖房が効果的であればあるほど、乾燥度が高くなり、鼻はぱさぱさに乾燥します。蒸気で湿り気を出す装置が多くの家庭で 使われている程です。そんな冬が訪れると思うと、素晴らしい涼しい緑の夏の後、寂しい思いで心が折れますが、12月になればサンタクロースが励ましてくれるので寂しくありません。

 

夏の終わりに発生する台風被害は、大きな雷の爆音と共にやってきます。

台風の被害を受け、大木が見事に折られている、良く見かける光景です。森中で倒れる大木は驚く程です。森を散歩すると、地面にはびこった根っこごと倒れている木に出会います。風力の馬鹿力は、想像を越えています。

 

木に囲まれた住居は、地方だけでなく、都会にも良く見かけます。折られた大木が、家をつぶし、車にがぺんしゃんこになってしまう災害事故は頻繁に発生いたします。

 

街へも秋の色が飛び散る季節に​なりました。8月21日撮影。

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ヘルシンキ・オリンピック・スタジアムは 戦後1952年に未来への希望と期待に満ちた大会が開催されました。

 

今でも覚えていますが古橋選手の活躍は、ヘルシンキ大会前、ロンドン大会、そしてサンフランシスコ大会での優勝で、戦後の厳しい時代に国民へ勇気と希望を与えてくれました。その時の古橋水泳選手の活躍へのアナウンサーのゴール前の喝采は、テレビ 画面が吹き飛ばされそうなくらいの興奮でした。

 

そして52年のヘルシンキ大会へも参加しましたが、病気とピークを越した体調には勝てず8位になってしまいました。その時のアナウンサーの声は、

日本の皆さま、どうぞ、決して古橋を責めないで下さい。偉大な古橋の存在あってこそ、今日のオリンピックの盛儀があったのであります。古橋の偉大な足跡を、どうぞ皆さま、もう一度振り返ってやって下さい。そして日本のスポーツ界と言わず、日本の皆さまは暖かい気持ちを以て、古橋を迎えてやって下さい」と述べました。素晴らしい!!!

 

朝日新聞のヘルシンキ オリンピックの記事。見出しは、日の丸揺るがす歓声。そして活躍したナデシコ女子軍の英雄姿。

 

当時のオリンピック・ポスター。この描写のスタイルは、現在のノスタルジーを描くスタイルとして町中で見かけます。ポスターの背景には、ヘルシンキ国会議事堂、国立博物館が描かれています。

 

1952年の興奮は、このスタジアムで巻き起こりました。

古びかかったスタジアムは、現在リフォーム工事中で、こんな話を聞きました。何十年も前に観客席で財布を紛失した忘れ物が見つかりました。なんと2017年8月に現場の仕事人が見つけ、そして財布の持ち主へ、歳をとってしまいましたが無事に返却されました。

 

ヘルシンキ・スタヂアムは、1938年に新築祝い、その後79年間たまった埃が顔を出しています。

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8月12日に恒例のヘルシンキ・シティ・マラソンが開始されました。
今年で37回目で、世界35か国から3500人程のマラソンのアマチュアが駆け付け競い合いました。
ヘルシンキ市内の海辺や湖を背景にバルト海から吹き込む涼しさ溢れる空気を肌に受け、コースに点在する美しい眺めに囲まれ42㎞走りまくりました。

優勝者は、ケニアの選手で完走時間は、2時間27分。最終ゴールは70歳グループからの男性で6時間6分
女子の活躍ぶりは、3時間13分ノ時間でトップを受賞し、60歳のグループからのお年寄りが最終ゴール着で時間は、5時間6分でした。

完走競技者の年齢グループ分けの参加者数。

■男性
40歳以下200名。日本人3名。
40歳-44歳137名。日本人は2名。
45歳-49歳200名。日本人0名
50歳-54歳189名。日本人3名。
55歳-59歳137名。日本人4名
60歳-64歳82名。日本人3名。
65歳-69歳48名。日本人1名。
70歳以上30名。日本人0名。

■女性
35歳以下218名。日本人3名。
36歳-39歳65名。日本人0名。
40歳-44歳79名。日本人は7名。
45歳-49歳64名。日本人0名
50歳-54歳66名。日本人2名。
55歳-59歳39名。日本人4名
60歳以上27名。日本人3名。

日本人の参加者は、年配の方々が日本を代表して頂いている様子で驚きです。頑張れニッポン!!
その他、10歳から15歳までのキッズマラソン・イベントもあり、家族一同で運動精神を鍛えるイベントとして高く評価されています。

あなたも来年ヘルシンキ・マラソン2018へ挑戦してください。


ミネラルウォーターや、バナナのサービスが受けられる30㎞ポイントまで、あと一走り。後方の建物は、コンサートホール。その左に見える塔は、国立博物館。


30㎞ポイントには、少し太り気味の応援団も声を揃えて頑張っていました。


スタートから約3時間程で30㎞ポイントを通り過ぎたランナー達の姿。完走予測時間3時間30分でランクは40位程のファイト満々の走り方でした。


こんなに近くまで接近出来て、ランナーの表情を見つめながら応援できました。約4時間走り続けた30㎞ポイントでは、疲れ切った人達の表情もありましたが、それでも完走へ向かって頑張っていました。歩きながら進む選手も多く見かけるポイントです。


選手達へ手と手を触れ合い、頑張れと応援を差し伸べる小さな女の子と父親。選手はランニングに集中しており、気づかず通り過ぎてしまいますが、余裕のある選手は微笑みを浮かべながら、フィンランド語で"キートス"有難と言いながら頑張れの応援を受けていました。


年配のランナーは30㎞ポイントを過ぎて、あと10㎞のラストスパートです。まだまだエネルギーがありそう。後方の景色は、トーロ湖。

年代物の木構造のジェットコースターがあるリンナンマキ・アミューズメント・パークが小さく見えます。北欧の一昔前の雰囲気が楽しめる遊園地です。スップボードに浮かびながらの応援者も見かけました。


フィンランドの巨匠建築家アルバー・アールト設計のフィンランディ・ホール。走りながら景色や建築が観賞できるマラソンは、フィンランドの文化に触れる事の出来るイベントでもあります。
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フィンランディアホールの敷地を通り過ぎる選手達。

後方には、中央駅の手前にある中央郵便局が見えています。


自分の家族の走り姿をヴィデオに収め、自慢そうに友人に見せている光景。

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