池袋フィールドのブログ

ライブハウス 池袋フィールドです。
アーティストとしても活動中の店長・山石敬之が
日々の出会いやエピソードを語っていきます。


テーマ:

池袋フィールドでは、毎年8月と2月にそれぞれ2日間の

集中セミナー「千本ノック」を開催している。

この夏は、8月7日(月)と8日(火)の2日間。

ボイトレを中心に、曲作り、ステージングなどをクリニックする。

それぞれ19時スタートで、22時までの3時間。

料金は、各6000円。通しなら、10000円。

申し込みは、→ikb.field@gmail.com  まで。

 

もうあまり多くは語らないが、

とにかく「他人の手」を一度借りてみよう。

アーティストは誰もが自分なりに頑張って活動しているだろううが、

そこに問題点の無い人などいない。

それはメジャーに上がろうとも同じだ。

絶えず手直し、見直し、軌道修正は必要なのだ。

メジャーにいればスタッフが必要な人材を含め用意してくれる。

だが、まだ自力で全てをこなしている皆んなには、

自分をチェックする機能が無い。

周りの人たちは色々な事を言うだろう。

様々な評価を受けてるうちに、実際どうして良いか分からなくなってしまう。

客も含め、人は勝手でいい加減な評論家だ。

なので褒めてくれる事にだけ耳を傾け、批判は聞き流す。

それはそれで構わないし、どちらかと言うと、それが正解だ。

だが、自分の中で誰に言われなくても抱える問題点はあるだろう。

その欠点やマイナス面に目をつぶったまま走り続けても、

成果は上がらない。結果は出ない。

さらに悪いのは、欠点やマイナス面に気付いていない場合だ。

自分では出来ているつもりで、評判も良いのに結果が伴わず、

「どうしてなんだろう?」と首を傾げたまま活動している人は、

当然修正しようって意思も工夫もないままだから、

いくらライブを繰り返しても動員は増えず、手応えも掴めない。

やはりそこには間違いなく「問題点」は存在するのだ。

自分の力不足にウンザリを繰り返しているのなら、

もしくはもっと上へ這い上がるガッツのある人は、

千本ノックに参加してみよう。

何が足らず、何が必要で、対処するにはどうすれば良いのか、

明確に見えて来る。

 

誰の声に耳を傾けるかを決める事、が、ある意味運命を決める。

私の事は、ここのブログを読んで評価してくれ。

そしてボイトレに関しては、「浅見昂生」というトレーナーは、

日本最高峰だ。間違い無い。

世の中にはボイトレが溢れている。

驚いた事に出演者の中でボイトレ講師をしている人も結構多い。

嫌な言い方をすれば、アーティストとして上手く行かなかった人の

「逃げ道」がボイトレ講師である事が多いのも事実。

もちろん「カラオケ・レベル」なら良いだろう。

楽しく歌う事を習うレベルまでなら。

だが、皆んなは違う。

目指す高みがあるのなら、特にボイトレはしっかり選ぼう。

プロを選ぼう。プロ中のプロを選ぼう。

ここでも何度も書いているが、歌唱は身体を使った表現方法で、

気持ちやガッツなど精神論よりも、「科学的、医学的」だ。

技術やテクニック、理論が必要な分野なのだ。

技術を理論的に身につけていないと、

今出来ている事が、日によっては出来なくなる。

そして今出来ていない事は、一生出来ない。

誰もが「自力」には限界があり、

それを乗り越えるためには「プロ」の手を借りるしかない。

 

結局長くなってしまった。

物事の多くは、後になって気付く。

だがそれでは間に合わないんだ。

そこには「後悔」が累々と残っていくだけだ。

自分を100パーセント表現するためには、

多くの努力と「自分をチェック」する勇気が必要だ。

無策に時間ばかりを無駄にするのがイヤなら、

この夏「千本ノック」に参加し、自分を変えよう。

一歩踏み出す勇気が、君の未来を作る。

戦う「心意気」のあるアーティストよ、集まれ!

 

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正直唄の上手い人とそうでも無い人はいる。

やっぱり音楽なので、素敵な声で唄われると、グッと来る。

気持ち良くサビで伸びやかに唄われると、心に響く。

だが、ここに大きな落とし穴が隠れている事に

今唄に自信を持ってる人達は注意して欲しい。

 

まず、唄の上手い人達は「高音で張る」。

これが唄ってる方も、聞いてる方も気持ち良い場合もあるが、

時として、唄ってる人だけが気持ち良くなってる場合がある。

歌唱を深く掘り下げないで、とりあえず唄えちゃう人は、

大概「母音」ばかりを張るので、歌詞が聞き取れない。

そして結構「耳に痛い」声になってる事に気付かない。

いわゆる「キンキン声」だ。

これは聞いてる方はツラい。

そして「抜く」事を知らないから、

無理してちょっとでも調子を崩すとリカバリー出来ず、

ひっくり返ったり、割れたり、喉を潰したり、を引き起こし、

最後は勢いだけで乗り越えようとして、雑な印象を残す。

こういう人は好不調の波が大きく、

「今日はちょっと喉の調子が悪かった」と言い訳がちになる。

だがそれは調子では無く、技術が無いだけだ。

安定してなきゃ、本当に上手いとは言えない。

 

そして唄の上手い人は、

つまらない曲でも良い感じで聞かせてしまう、という危険をはらむ。

中身スカスカの歌詞でも、何だか説得力があるように勘違いさせられる。

だから、自分の声を活かした曲作りに走り、

唄の邪魔をしない、唄いやすい歌詞しか書かない。

人間の本質や、人生の厳しさを探り、掘り下げる努力を怠る。

よーく聞いてると「アレ?結局何言ってるの?」となり、

美声ばかりが上滑りを起こす。

また、サビで「声を活かす」音域を重視した曲作りなので、

大概平唄(Aメロ)の音域が妙に低く、メロディーも歌詞もボヤけて分かりづらい。

逆に唄に自信の無い人ほど、歌詞の内容にこだわり、

自分の想いをしっかり表現出来てる、という場合が多い。

内容でグッと来るのか、雰囲気でケムに巻くのか、

どちらが良いだろうか?

ライブ終わりの印象として、

「○○って曲、良かったなぁ」と

「唄、上手いねぇ」とに分かれ、

で、結局唄ウマの人は記憶には残らず、

後日名前を見ても「誰だっけ?」になる。

 

言い方を変えると、

中途半端な唄の上手さは、邪魔になる。

中途半端にステージが成立してしまうが、その先が見つからず、

活動はすぐに煮詰まり、自力では改善策を見つけられない。

「唄上手いのに、なんで人気出ないんだろう?」と途方に暮れる。

そこで考えるべきは「本当にそんなに唄上手い?」という疑問。

アーティストはカスミのような「個性」だ「魅力」だ、という

難題をクリアして行かなければならない。

当然、唄の上手さは戦力だ。

だが、それだけで戦うのはかなりの難易度だ。

つまり「上手いねぇ」から「良いねぇ」へと

別次元へと上がる必要が出て来る。

それは針の穴を通す精度で、声質から発音から発声から、

自由自在にコントロール出来る技術と、

「伝える」というマインドの部分の練度の高さが要求される。

結構気が遠くなる。

唄ウマの人達は、そこまで突き詰めない。

だってもう唄えちゃってるから、その先までは考えない。

だから出来てる割には結果が伴わず、迷宮に落ちて行く。

 

「身体を響かせる」というコツさえ掴めば、

歌唱はある程度は成り立つ。

楽器を弾くのと実際は同じだ。

唄も楽器も、しっかり弾けるようになって、

「さあ、ここから何を表現しようか」が問題だ。

皆んなこのスタートラインに立った後、もたつく。

唄も楽器も上手い人は山ほどいる。上には上がいる。

しかし自分にしかし表現出来ない「世界」を、

自分のライブでしか味わえない「感動」を、

一度観たら夢中になる「個性」を、

作り、表現出来なくては、先は無いのだ。

唄ウマは、単にスタートラインだ。

せっかくの力量をもっと的確に使おう。

弱点を補強し、強みはより磨こう。

 

終わりは無い。

やればやるほど課題は山積みだ。

だが、それらを一つ一つクリアして行く先に未来はある。

そしてその事自体が、面白くて仕方ない人達だけが、

成功するのだ。

 

 

 

 

 

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初めてのブッキングライブへの出演交渉の中で、

「出演するのは良いのだが、共演者のクオリティーはどうなの?」

と聞いて来る人がいる。

この場合「実力」と「動員」、どちらの事を言ってるのだろう?

「実力は凄いが、動員がまだまだ追いついていない」人と、

「ポンコツだけど、何故か動員は結構ある」人と、

どっちが良いのだろうか?

「意義や意味のあるイベントに出たい」と言う。

きっと皆んな「当然だ」と思っているかも知れないが、

そこには大きなパラドックス、勘違いがある。

 

出演にあたり、しっかりした共演者を要求する場合、

まず君自身はどうなんだろう?

その素晴らしい共演者達にとって君は「意味のある共演者」なのか?

実力・動員共にあり、堂々と胸を張れるなら構わない。

しかし残念ながら私の経験では、そういう要求をする人は、

大概ポンコツだ。

言い換えると「一緒に共演したく無いアーティスト」とは

君自身の事だったのね、となる。

単なる「勘違い野郎」だ。

 

よく大きなイベントに皆んな出たがる。

大きな小屋で大きな動員のある各種フェスだ。

もちろんただ「お祭り」をみんなで楽しむのなら良い。

だがもし「お客さんゲット」が目的なら、そこに意味はあるのだろうか?

そこで「伝説のライブ」でも展開出来る、って言うのなら、

もちろん話しは別だが。

例えば全体のキャパの「1%」の新規ファンを獲得出来るとしよう。

100人で1人。10万人で1000人だ。

1回観ただけで、そんなに上手く行くかは分からないが、

大きなイベントに出たいって意味は「確率を上げる」。そこでしょ?

じゃテレビに出て、100万人が観れば、1回で1万人のファンが付く事になる。

一晩でもう「スター」だね。即武道館公演が可能だ。

そんなに上手く行くかな?

じゃあ、実際にはパーセンテージはもっと低いかもしれない。

「0.1%」?

となると常に1000人以上動員してるイベントに出なきゃ意味無いね。

1000人でもやっとファン1人をゲットだから。

「数字や確率じゃ無い!」

そうだね。じゃキャパは、共演者はどうでも良くなる。

大体数字や確率で物事が上手く進むなら、

誰がやっても同じ結果になっちゃう。

 

「たくさんの人に観てもらいたい」

多くの「一般の人」に、と。

そうすれば即ファンを獲得出来る、は結局妄想だ、幻想だ。

地域のお祭りや、ショッピング・モールのイベントに出て、

一体何人のファンを獲得出来た?

何人がライブハウスまで足を運んでくれた?

経験者なら分かるだろう。

また、少なくともライブハウスには「一般の人」などいない。

そこにいるのは「誰かのファン」だ。

観たいアーティストがはっきりした人達だ。

たとえその数が多くても、君に流れる可能性は低い。

学園祭を軒並み回り、地方のテレビやFMにゲスト出演する、ってのは

メジャーデビューした新人アーティストがよくやるプロモーションだ。

結構な本数の出演をしても、そこからのファン獲得は実は望み薄だ。

「じゃなんで出るの?」目的は単に「認知度を上げる」ただそれだけだ。

しかし実際には「新規」では無く、「既存」のファンの満足は得られる。

自分のヒイキのバンドがこんなに露出している、という安心感は作り出す。

そして既存のファン自身が新規のファンを

口コミで増やしてくれるきっかけにはなり得るから、無意味では無い。

つまりファンを増やすきっかけとは、「既存のファンの満足感」だ。

ファンの想いが強ければ、友達と分かち合いたくなる。

「一緒に行かない?」「凄く良いから」と。

その発想だ。

 

漠然と「多くの人に観せる」だけじゃ意味が無いんだ。

結局は、スゴくなきゃ。ゴキゲンじゃなきゃ。ビックリさせなきゃ。

ちょっとでも君に興味を持ってライブハウスまで足を運んでくれた人を

説得出来るかどうか、だ。

そして多分チャンスは1回だけだ。

その1回で心を鷲掴みにしなければ、次は無い。

日々のライブは、実はそんな「1回切りのオーディション」の

繰り返しなんだ、という強い意識が必要だ。

つまりここまで来れば「共演者のクオリティー」なんて全く関係無い。

問題は「君自身のクオリティー」だけだ。

よく思う。

有り得ない奇跡が起きて急に「紅白」に出る事になって、

君は大丈夫か?自信あるか?

ファンを獲得どころか、大恥をかかないか?

チャンスを欲しがるなら、チャンスを活かせる自分でいよう。

いつ何時奇跡が降って来ても、それを逃さない自分でいてくれ。

そして見つめるべきは、君を観に来てくれた目の前の人達だ。

2~3人だろうと、30人だろうと、

その人達の「満足」や「感動」が次の誰かへと繋がって行く。伝わって行く。

動員はこうやって増えて行くものなんだ。

 

勘違いはもう止めよう。

今日、今、目の前の「1人」を掴むんだ。

そのたった1人を掴めなきゃ、何も始まらない。

そのたった1人を、2人に、5人に、10人にして行くんだ。

そのために必要な事を全てやろう。

毎日がオーディションだ。

その覚悟をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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池袋フィールドを開業し、10月で5年になるが、

気付き始めたキーワードがある。「2年間」だ。

傾向として音楽活動の節目を2年間で迎える人が多い。

言い方を変えれば、諦めるまでの、頑張れる期間だ。

 

夢に溢れて東京に出て来て、

専門学校に入らなかった人は、

地道にバイトしながらライブ活動を始める。

地元じゃなかなかの人気で、自信にも溢れていたが、

東京では友達も少なく、動員はイマイチ伸びない。

「アレ?こんなはずじゃ」とも思うが、

ライブハウスで知り合う優しい共演者と、しばらくは楽しく過ごせる。

実力はあるんだから、いずれ火が付くはずだ。

地元じゃ凄かったんだから、同じようにしてれば大丈夫。

そしてライブハウスには凄い人もいれば、「?」って人も混在してて、

自分の本当の立ち位置はよく見えない。

路上だ、配信だ、チェキ販売だ、と

アドバイスを受け、色々と試してみる。

で、1年も経てば、2~3人の「ファン」が付く。

そこでCDを作り、レコ発ワンマンへと乗り出す。

必死にノルマ払って月に4~5本のライブに出演し、

SNSでも告知を繰り返し、路上でもチケットを売った。

おかげで「50人」動員。やった!成功だ!

「これで行ける!」

が、明けてみればまた元通りの日々。

で、上京して2年が経っている。

このままじゃダメだ。スタイルを変えよう。

ユニットだ。バンド化だ。

で、上手く行かない同士が集まりユニットを作るが、

(だって上手く行ってりゃスタイル変えないからね)

「やりたい」は食い違い、動員も上向かず、「温度差」が拡がり、

1年で活動休止。

また独りで戦う事を選ぶ。

気楽で良いし、自由度が高いし、本来やりたかった事が出来る。

一瞬テンションは上がるが、実際そこまでの活動で得たものは何も無い。

増えかけたファンも、ドタバタのせいで目減りする。

そしてまた同じ事の繰り返しで、結果も同じ。

1年後、再び立ち止まる。

ある決断をする。

「東京は合わないな」

「地元に戻れば人気があるんだ」

「帰ろう」

計4年。もう充分だ。

 

諦めが早過ぎる。

何かが実を結ぶまでは、必ず時間を要する。

時間を掛ければ、何らかの結果は必ず出る。

その結論を見ずに諦めるから、掛けた時間は全て無駄になる

何かを掴むまでは止めない、という覚悟を持って挑めば、

選択は常に「正解」になる。

諦めるから「失敗」になるんだ。

つまり、「正誤」を決定したのは君自身だ。

どこかから聞こえて来る「成功話し」は妙にトントン拍子だし、

奇跡みたいなラッキーに彩られて見える。

「どうして自分には降って来ないんだ?」と天を仰ぐが、

そこには曇り空が広がるばかりだ。

そして自分を疑い始める。

やり方を。世界観を。そして実力を。

諦めの霧が漂い始める。

 

違う。

まず気付くべきは、君の成功は君だけの形だ。

他の誰とも違うストーリーを辿って、違うやり方で、ラッキーの姿も違う。

時間の掛かり方も違うんだ。

他の誰かのサクセスストーリーばかりなぞるから、

今現在上手く行ってないように見える。感じる。

いつも言ってるが「夢は必ず叶う」。諦めなければ。

10年20年諦めなければ、だ。

叶うまでやり続ければ、だ。

本来夢を追う者は、時間で区切らない。

「もう2年やったから」「5年もやってるのに」

関係無い。

やるべき事をやったのか?

足らない部分を埋めたのか?

ギターを、ピアノを、唄を、イメージ通り演奏出来てるのか?

過去の代表曲を越える曲を毎年作れてるのか?

自分を「この国の宝だ!」と本気で思えているのか?

だったらやりたい事に満ち溢れてるはずだ。

次のライブが待ち遠しいはずだ。

生きてる事に、此処にある事に、興奮してるはずだ。

 

皆んな一様に、単に「足らない」んだ。

その事に気付こう。

取り組みが足らない。努力が足らない。覚悟が足らない。

そんなに頑張れないよ、って人間は今すぐ故郷に帰ってくれ。

東京でウロウロするより、地元で何か貢献出来るだろう。

そしてもし覚悟があるのなら、戦いは長期戦だ。

毎日、本当の意味で毎日、何かを掴むんだ。

今日のステージに、その1曲の中に、チャレンジは隠れている。

そして「やるべき事」に気付き、取り組み始めれば分かる。

「今まで何やってたんだ!」って。

時間が惜しくなる。やるべき事がてんこ盛りだ。

ほんの少しの空き時間でも出来る事を探し、工夫するだろう。

そんな時期を持った事があるか?

そういう人間から見れば君は随分「呑気な人」だ。

そんなんで成功するつもりだったの?って。

努力や挑戦は果てしなく目の前にある。

そしてその先に必ず何かが見つかる。夢は形を結ぶ。

諦めるのは、全部やり切った、その後だ。

 

君は誰だ?何者だ?

答えは、「諦め」の向こう側にある。

扉の鍵は、君の手にもう握られている。

 

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今週は自身のイベントが立て込み、

パワーを全部持っていかれたため、

ここは小休止。

 

SNS関係や、配信など積極的に頑張ってる人たちは、

ホントに凄いなー、といつも感心している。

私も週一で書いているが、正直必死だ。

一週間かけてポツポツ書き溜めては、上げている。

Twitterも書くが、何ーんにも思い付かない時の方が多い。

(たまに悪ふざけもしたくなるが)

毎日たくさんツイートし、showroom配信し、

ブログやFacebookを上げて、

それが結果に繋がってる人たちも結構多い。

それはなかなかの根性だ。

頑張ってる姿は見つめたくなるものだ。

 

例えば大切な「ワンマンライブ」があり、

数ヶ月かけてライブやSNSで告知を繰り返し、

で、何とか成功に結びつける。

つまりは「努力の総数」が多いから、どうにかなるんだ。

そう思わないか?

でも、あんなに動員したのに、

以降の通常のライブでは、またお客さんは2,3人。

これをもう数年続けている人多くない?

じゃ、あの努力を毎回のライブに注ぎ込めば良いじゃない。

「無理、無理。そんなパワーは無い」

で、元通り。

「路上でコツコツ半年かけて100人集めました」

凄い!

でも、って事はライブは年に2回なの?

頑張って集めたその人達はどこに行っちゃうの?

どうして毎回、いつでも観たくならないの?

じゃ、集めたその人達は「何しに」来たの?

疑問は膨らむ。

て言うか、これを繰り返してる人達は、

この疑問を持たないのか?

 

人は「面白そう」だから集まる。

「人気があるって聞いた」から集まる。

「何だか若い女の子が必死に頑張ってる」から集まる。

でも問題は集めた時、「何を見せたか」だよね。

行列のラーメン屋に並んでみて、食べてみて、

次もまた行くか、はどう決める?

考え所は、そこだ。

集客のための多方面の努力は必要だ。

だけど肝心の「味」が「癖になる美味さ」なのか、

結局そこで決まる。

本来まずそこに必死にならなきゃ、

他のすげー努力は、何にも実を結ばない。

小さな花火で終わる。

進化に終わりは無い。

常に「次」をにらんんで突き進む者にだけ、

「未来」はある。

だって音楽やってるんだよね?

だったら単純だ。

曲がカッコ良くて、演奏が凄くて、唄に心奪われれば、

「勝ち」だ。

もしかしたらSNSさえ要らないのかもしれない。

世の中が勝手に客を連れて来る。

少なくとも私はそう信じて、ここまで30年間歩いて来た。

(だいたいSNSなんて無い時代で、全ては「口コミ」だったからね)

 

答えなんて無い。

どうすれば上手く行くのか、分ってたら苦労は無い。

SNSの反応が良くて、YouTubeの再生回数も多くて、

路上では結構集まるのに、

でもライブの動員には反映されない、って人も多い。

答えなんて無いんだが、

少なくともライブの現場で掴んだ事実だけは確かだ。

そしてせっかくの集客を無駄に終わらせないために必要なのは、

集めた100人を「毎回来るコアなファン」に変えるためには、

「癖になる美味さ」を提供するしか無い。

では、それはどうすれば?

もちろんそこにも明確な答えは無いが、

やるべきは「音楽を磨く事」。それ以外無い。

答えは、結果は、後から付いて来る。

様々な要素が絡み合って結果を作って行くが、

その最大の要素は、君の作ってる音楽そのものだ。

当たり前の事を当たり前にやって行く事から逃げない事だ。

少し上手く行かないからって、その原因を他になすりつけてはいけない。

雰囲気だけで集まった人達を、説得し、夢中にさせるのは、

全ては君の責任だ。君自身の「音楽」の責任だ。

つまり、ずば抜けた楽曲と人を唸らせる演奏にしか、その力はない。

だったらそれを作ろう。

だってミュージシャンなんだから。アーティストなのだから。

それ以外は「周辺の雑事」だ。

 

足らないのは、投稿の数じゃない。インスタの写真の数じゃ無い。

曲を、歌詞を、アレンジを見直す回数だ。リハの回数だ。新曲の数だ。

答えは目の前にある。

向き合い、実行しよう。

 

 

 

 

 

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