1歳を過ぎたら母乳の栄養はほとんどなくなるのでしょうか?
私は外来で昔、聞かれたことがありますが、何と答え
たか全然覚えていません。
今回たまたまそれに対する答えとなる記事を見て
(´・∀・`)ヘー!!!と思ったので記事にします。
NICUにいた時に勉強したんですが、母乳というのは
本当に赤ちゃんにとって素晴らしく合理的にできています。
未熟児が生まれると、ちゃんと腎臓にに負担をかけない
ミネラルバランスで、脳を作る脂肪バランスの
母乳が作られます。
満期産で出産後でも、始めのうちは初乳といって
特に免疫機能が優れ、生後間もない赤ちゃんの状態に即した
母乳が出ます。
じゃあ、その後の母乳はどうなの?と思いますね。
「母乳 薄くなる」で検索するとたくさん記事が出てきますが、
論拠やソースがわかるものはなく、医者が書いたものは
見当たりませんでした。
ペリネイタルケア2007年vol.26 no.2 「1歳くらいになると
母乳の栄養はほとんどなくなるのでしょうか?」聖マリアンナ
医科大学病院高度新生児医療センター 正木宏先生によると、
生後1ヶ月以降の成乳(成熟乳)は糖質や脂肪が熱量
(カロリー)の主体となり、生後3-4ヶ月で平均800ml/日程度
の分泌量に達すると、その後の乳汁組成と分泌量はほぼ
一定になると考えられる。
(参考文献:堺武男.母乳栄養と母乳育児.小児科臨床.57(12),2004,2467-76.)
その論拠として、
乳汁分泌ホルモンであるプロラクチンは生後1年を経ても
成人女性の通常レベル以上を維持することから、授乳機会が
保たれる限り乳汁分泌が継続することは確かです。
( ´・∀・`) なるほどー!と思いました。
プロラクチンというホルモンが母乳を分泌させるので、それが
一定レベル以上なら作られる母乳も変わらないでしょうという
話ですね。ということで私は目からウロコが落ちました。
金原出版のNICUマニュアルにも日数によるざっくりした
母乳組成の変化の表が載っていました。
そして実際に母乳栄養をしているお母さんたちの協力を得て
月齢ごとに母乳を分析した先生が論文を書いていたので、それも
読みました。奈良教育大学教育学部家政科 米山京子先生、
日本公衆衛生雑誌 平成7年 第42巻7号 472-481
母乳の栄養成分の授乳月数に伴う変動
これを要約すると、出産後1ヶ月から12ヶ月まで26人の女性から
母乳を採取し分析した結果、タンパク質は1-6ヶ月で15-35%
減少し、その後は軽微な減少あり。糖は10ヶ月まで一定で、
その後はむしろ上昇した。カルシウムは6ヶ月以降、減少傾向
であった。脂肪とエネルギー量は月齢による変動がなかった。
とのことです。
何を持って「薄くなる」とするかですが、タンパク質に関して
は初期と半年後を比べると薄くなると言ってもいいかもしれません。
でも子供が6ヶ月で母乳をあげていても「まだあげているの?」
とは聞かれないですよね。生後何ヶ月以上と「長い」と言われて
しまうのかは不明ですが、6ヶ月の母乳中のタンパク質濃度が
0.90g/dl。12ヶ月でタンパク質濃度は0.79g/dlです。
統計的には有意ですが、あんまり変わらないと言えば
変わらないと思うのですがいかがでしょう?
脳へのダイレクトな栄養である糖、脳を作る材料である脂肪、
生きていくのに必要なエネルギー量は変わらないので、「母乳が
薄くなってる」とは言えないんじゃないかなと私は思います。
米山先生は桶谷式の厳しい食事制限について危惧する論文も書いています。
日本公衆衛生雑誌 平成7年 41巻 第6号 507-517
ただ今回の完全母乳栄養の場合、離乳食を始める6ヶ月頃、
離乳食を完了する12ヶ月頃に、母乳だけでは子供のカルシ
ウムの一日の所要量には足りないので、食事で補う必要が
あると米山先生は言っています。
また、前述の正木先生の記事には他にも興味深いことが
書いてありました。医学部ではクワシオルコルKwashiokor
という病気を習うのですが、エネルギーは足りていても
タンパク質の摂取不足になると発症します。
これは「2番目の子が生まれる」というスワヒリ語
なんだそうです。2番目の子が生まれると、1番目の子は母乳
を奪われるため、タンパク質摂取不良となり、クワシオル
コルになるそうです。
(Wikipediaによるとガーナ海岸部のガ語が由来であると書いてあります。)
アフリカや南米に多いんですが、そういう地域では母乳を
絶たれた後の食事が炭水化物中心のためカロリーは充分でも
タンパク質が不足しやすい食文化であるからです。
発展途上国でできるだけ長く母乳栄養を継続することが勧め
られるのは、タンパク質欠乏症による栄養障害を来さないため
なのだそうです。6ヶ月以降、若干タンパク質濃度が減るものの、
まだまだ栄養源としての役割を果たすからでしょうね。
日本でも人工ミルクがない昔、母乳が不足すると米をすり潰した
汁を飲ませたりしたと聞いたことがありますが、クワシオルコル
が起こったでしょう。
ミルクもあるし、離乳食もタンパク質豊富なものがある日本では
クワシオルコルになることはないと思いますが、カルシウム不足
だけでなく、母乳性貧血にも注意が必要です。やはり1歳前には
離乳食を始めて徐々に主体を母乳から固形の食事に移行した方が
いいです。それと飲みながら寝ると母乳でも虫歯になるので気を
つけましょう。
しかし、「もう、あなたの母乳は薄いんだから(栄養がないんだ
から)あげるのをやめなさい。」なんていう外野の意見には惑わ
されない方がいいと思います。
食事も食べさせながらの母乳なら全く問題ありません。
唐突に思われる人もいると思いますが、新米お母さん達は日々、
周囲から高圧的に断定的にいろいろな”意見”あるいは”指導”
を受けることがあるのです。
今回調べてみて勉強になりました。
確たる根拠もないのにお母さん達を不安にする人達に
何とか対抗したいと常々、考えています。