2008年12月10日 12時55分15秒

マキノ雅弘生誕100年・史上最大のカツドウヤ<その8>

Theme: マキノ雅弘
・・日本映画生誕100年・・
・マキノ雅弘生誕100年・
史上最大のカツドウヤ<その7>

またしばらく更新できなかった。今回は原稿はあるのに長らくアップしていなかったマキノ連載をアップします。
【殺陣師段平】(東映 1950年)
【人生とんぼ返り】(日活 1955年)
今回は殺陣師段平を取り上げます。長谷川幸延原作、黒澤明脚本とされる本作は最初に1950年東映で、続いて1955年に「人生とんぼ返り」として日活で再映画化されています。ところでマキノさんは轟夕起子との結婚生活が破綻して、東京から息子の正幸と二人で京都に戻ってきたところ、弟でプロデューサーであるマキノ満男から黒澤脚本を渡されます。できないと言う兄雅弘に、「黒澤明は関西弁が書けん。兄貴なら自由に直してやってくれていいと言うてんのや」と、マキノさんは「不思議に思った。私はたしかに黒澤明の先輩だが、黒澤明ともあろう人が自分の書いた脚本を他人に自由に直してやってもいいなど言うわけはない、こいつは黒澤君、手を抜いてホンを投げたな、と直感した。ちょうどその時、黒澤明は大映が社運を賭けた『羅生門』を撮りつつあったはずだ。」と言うことで断ろうとするのですが、山田五十鈴が来て、「こんな奥さんだったら、俺は良い亭主になれたんだ、子供を泣かさずに済んだんだというホンを書いて下さい。」と言われ、その夜から書き始めると、山田五十鈴の出演場面の一日半分を書き上げ、撮影所初日である次の日には二日半分を書き上げ撮影に入る訳だが、山田五十鈴が「やっぱり妾こんな奥さんになれない、5日が限度」て言ったので、彼女の出演シーンを4日で撮り上げたとマキノさんは言っている。
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純朴で子供がそのまま大人になったような役者バカ段平が、自分の良く知る旧来の殺陣をつけようとしたところ、大学卒のインテリ役者沢田正二郎に、「レアリズムが欲しいんだ」言われ、戸惑います。髪結いの亭主の妻であるお春は、そんな段平を支え続けていました。身寄りがいなくなったからとそれだけで連れてきた娘、おきくを育て大きくしながらです。山田五十鈴がこんな奥さんになれないって言うそのような、絵に描いたような尽くす女です。そこには彼女自身の相克はありません。確かに絵に描いたような理想の妻像でしかないのですが、映画はイキイキとその物語を紡ぎ出しています。そして二作ともお春を演じた山田五十鈴は見事にここでその妻像を演じきっています。ところで自作のリメイクが多いマキノさんですが、リメイクと言っても、色々と登場人物やストーリーを差し替えることが多いものですが、この二作はほとんど全く同じなのです。
いったい、この映画の脚本に黒澤明脚本のどの程度が残されているのでしょうか。クレジットは「殺陣師段平」は「脚本:黒澤明」と「人生とんぼ返り」は「脚本:マキノ雅弘」となっています。マキノさんの映画作りでは、マキノさんが口述する脚本の変更を岡本喜八やら澤井信一郎らが筆写して台本としたようですが、実際に脚本にマキノさんの名前がクレジットされることはあまりありません。クレジットされても共作ではなく単独と言うのは極めて珍しい。
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映画は2本とも、艶やかな関西弁が横溢する素晴らしいものです。山田五十鈴の「理想の女房像」と言う言葉に触発されて、マキノさんの世界観に溢れたものになったのではないだろうか。泣いて笑っての人情劇というよりも、すごく個人的な思いが感じられ、マキノさんの多くの作品のなかでも一味違った映画になっている。「段平」では黒澤の名前を残さざるを得なかったが、「とんぼ返り」ではそんな必要もなかったので、実体通り「脚本:マキノ雅弘」と言う単独ネームになったんじゃないかと思われます。エリート主義の黒澤脚本だと、エリート役者沢田正次郎の苦悩が映画の中心世界になったんじゃないだろうか。1962年には瑞穂春海監督のもと、沢田=市川雷蔵、段平=中村鴈治郎の大映作品として再映画化されています。これも黒澤脚本とクレジットされているので、こちらが元々の脚本に近いものなのかも知れません。
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このように2本は驚くほど、脚本にも違いがないだけでなく、演出においても差がありません。この二作をテレビの画面とパソコンの画面で同時に再生したりもしたのですが、セリフも役者の動きも編集も殆ど同じです。違うのはカメラアングルぐらいです。おまけに女房のお春は2本とも山田五十鈴です。ここでこの2作のキャスティングを比べてみます。
左が「殺陣師段平」、右が「人生とんぼ返り」。
沢田正二郎・・市川歌右衛門・・河津清三郎
倉林仙太郎・・進藤英太郎・・・水島道太郎
市川段平・・・月形龍之介・・・森繁久彌
徳次郎・・・・高松錦之助・・・山田禅二
お春・・・・・山田五十鈴(両作とも)
医者・・・・・横山エンタツ・・澤村國太郎
おきく・・・・月丘千秋・・・・左幸子
氷屋の婆さん・初音麗子・・・・加藤智子
兵庫市・・・・杉狂児・・・・・森健二
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いきおい、キャストに目がいってしまうのですが、僕は月形龍之介が段平を演じる東映作品の断然好きです。どうしてだろう。出演当時48歳の月形と、42歳の森繁、意外と年の差はなかったが、老けて見えたと言う月形の風情に、そして眉毛の上の大きなホクロに、初老の役者の哀感が溢れています。森繁段平の方はお肌も艶やで、声も通るので、おっちょこちょいのお人よしてな感じで、こちらも悪くはないのですが、月形と見比べてしまうとです。何よりも初老には見えない。山田五十鈴も5年の違いのせいか、最初の方が髪結いを営む貧しいおばちゃんてな感じが、後の方では、大女優山田五十鈴のメイクになってしまっています。
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沢田正二郎も河津清三郎は大好きな役者だし、すごくいいんだけど、やっぱり大スターの貫録なのか、市川右太衛門の方がはまっている。おきくの月丘千秋も健気な娘の可憐な必死さに溢れていいのだ。最後は思わず涙が出てきそうになります。
共に傑作です。ご覧あれ。
ところで、50年の本作からマキノさんのクレジットは正博から雅弘に改名されています。マキノさんは試写の時にそのことに気付いたそうです。弟も満男から光雄に改名しているのですが、兄貴は名前が悪くて色々苦労したからと、八卦見に相談して勝手に変えちゃったそうです。
【殺陣師段平】脚本=黒澤明、撮影=三木滋人
【人生とんぼ返り】脚本=マキノ雅弘、撮影=高村倉太郎
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