2010-07-03 22:47:04

その4最終回 木村正明氏「ファジアーノ岡山スポーツクラブ社長」 涙をのんだ「非情の経営」 

テーマ:ブログ

日経ビジネスに載ったファジアーノ岡山スポーツクラブ社長の記事の「その4 最終回」です。


木村社長のファジアーノ岡山のプロ化へ道のりの苦労話もあり何度かに分けて紹介していきます。書店で販売されていないため多くの方に読んでもらえるようにできるだけ原文を紹介します。
転記ミスはご勘弁を。


出典:日経ビジネス2010.6.28(江村英哲)


気がつけばファジアーノ













思い出したくない涙のリストラ


 「2007年はもう思い出したくもない」と木村はそのつらさを振り返る。手をつけたのは選手の入れ替え、企業で言えばリストラである。
 2006年まで、ファジアーノ岡山では、昼間は契約社員や教師として働いている選手が多かった。サッカー選手としての収入は月に数万円にしかならなかたためだ。練習は週2回、夜7時からしか集まらない。それでは強いチームは作れない。木村は練習時間を昼間に変更する。「プロになるか仕事を選ぶか決めてほしい。選手としての十分な給料はまだ払えないからアルバイトを斡旋する」と通告した。
 選手の反発は強かった。31人の所属選手のうち、19人が退団した。木村にはどうしても残したかった選手がいた。スキルが高く、人望も厚い。将来はキャプテンとして起用したかった人材だった。それでも、退団の意思を覆すことはなかった。
 「週末すら削って練習や試合に臨んできた彼らがこれほど辞めるなら、自分がファジアーノの経営を引き受けたことは間違っていたのではないか」とまで考えたという。
 だが、目標は中国地方のリーグ戦で勝つチームではない。プロとしてJリーグに昇格できる戦力を必要としていた。「勝つには情ではなく、理で判断する必要がある」。木村は嫌われ役を引き受けて、岡山県のためになる選択肢を選び続けた。「僕が死んでも残って、100年も愛されるチームを作りたい」(木村)。そのためには、心を鬼にする冷徹な判断が必要だった。
 しかし、木村は孤独な経営者ではない。高校時代の恩師も認めるように、木村の周りには人が集まってくる。5人の経営陣も皆、手弁当で木村に協力してくれる。100年続くサッカーチームのあり方を、早朝に、深夜に集まって議論を交わすこともある。
 忙しい木村の趣味は、日本映画を見ることだという。黒澤明が好きだという。世界的に評価される名作「七人の侍」の話を向けると喜々として語りだした。
 「無償で農民を助けるために、だんだんと浪人が集まってくる前半が一番面白いんですよ」
 人が人を呼ぶ。木村が本当の財産を手に入れるのは、これからが本番なのかもしれない。=文中敬称略(江村英哲)




いかがだったでしょうか?

木村社長がセレブな生活を捨てて飛び込んだファジアーノ岡山への思いが良くわかります。

ファジのサポータが木村社長の心を動かしました、そして木村社長が多くの人の心を動かして地域が支える100年続くサッカークラブ「ファジアーノ岡山」が必ず出来ていくでしょう。


学芸館高校副理事長の森さんが同級生の木村さんを呼び込んだことで、今のファジアーノがつくり上げられたのを知りました。先日の紅白戦後のバーベキュー会が学芸館であったのもそんな繋がりからなのですね。



DRIVING EVOLUTION FOR THE NEXT 100YEARS

100年続くクラブのDNAのために。


FAGIANO OKAYAMA



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コメント

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1 ■無題

木村さんに関心を持ってggってここに来ました。よい記事ですね^^
転記ありがとうございます

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