被災地 女川町を訪れて ②
一瞬、気が遠くなる感覚に陥ったが、どうにか気を取り直して奥地へと進む。
すると、先の方で自衛隊員が重機で瓦礫や車を撤去している姿が見えた。
言葉通り、ライフラインの確保に必死になって当たっている。
我々がここまでスムーズに来られたのもこのライフラインがあったおかげなのだ。
日頃は意識しないが、この時ばかりは自衛隊の有難さが心にしみる。
この光景を見たら、自衛隊不要論者は今までの言動を翻すことになるだろう。
まあ、見ればの話しだが…。
さて、トラックはもう既に女川町内に入っていたが、市街地はもう少し先だった。
仕方なく、国道を折れ、生活道路を進む。後で聞いたのだが、生活道路に脇に横倒れになっている車は、住民の手で倒したそうだ。ライフラインの確保のためである。
そろそろ被災地の最前線に来ているのが分かった。
なぜなら、そこには自衛隊と被災した住人と、我々しかいなかったからだ。
友人からのメールで事前にリスク情報があったので、車の中から声を掛ける人を見定めながら進む。
そこに自転車を押している温和そうな中年夫婦がいたので声を掛ける。
「被災地に物資を届けにきたのだが、どこに行けばいいか?」簡潔に問いただすと、ここよりもひどい所あるのでそちらにいってくれとのこと。
道が塞がっていると言うと、迂回路があるからと、同乗して案内してくれることになった。
ところどころに浸水しているところや放置車両が道路を塞ぐなか、くねくねと指示された道を進む。
そのあいだ、こちらから聞き出すまでもなく地震や津波の状況を話してくれた。
この震災の前日に地震があったが、大したことないとテレビで言っていたことや高い所では30メートルを超える津波が押し寄せたこと。
遺体があちこちで見られたこと、年寄りの方がより多く逃げ遅れたことなど…、あまりの生々しさに迂闊に相槌も打てない。
先程自衛隊が作業していて通行できなった国道398号線に出て、ほどなく避難所である女川第一小学校に到着、救援物資を届けに来たと言うと、最初は皆きょとんとしていたが、次の瞬間、満面の笑顔で「ありがたい!」と声をいただいた。
涙ぐむ女性の方もいて、こちらも涙腺がゆるむ。
さすがに涙するのも気恥ずかしいので、感情を押し殺して黙々と荷降ろしを始める。大勢の避難者が手伝ってくれ見る見るうちに荷物が減っていく。
すると避難者の1人から、「もう少し奥に同じように困っている避難所があるから行って欲しい」と申し出があった。この小学校には100人ほどが避難しているのだが、そっちには200人は居ると言う。
この地域は田舎なので、昔ながらの互助の精神が息づいているのだろう。
全ての救援物資をここに降ろしても足りないであろうことは分かっていても、他の避難所を気遣う気持ちに誇張でも何でもなく素直に感動するとともに、都心で買い占めに走る人々の振る舞いに、恥ずかしさを感じる。
私もここに来ていなかったら同じように買い占めの加担者なっていただろうから…。
荷物を半分ほど残し、挨拶もほどほどに次の避難所に向かう。
今回の被災でも特にひどい災害にあった女川町市街の高台にある女川町立第一保育所と青少年センターだ。そこには200人ほどの被災者がいた。
ここでも同じように嬉しさを隠すこともなく、大人達が喜びの感情を爆発させる。
本当に有難いとお年寄りのおばあさんから拝まれた時には、思わず目をそらしてしまった。
私はただの人間ですからと心に思いながら…。
全ての荷物を下ろし終ったが、燃料が無いのが一番困っていると言うので、持ってきたガソリンとドラム管とポリタンクで積んできた軽油を、自分たちが帰れる分だけを残し全て提供した。
たくさんの方々に見送られ避難場所を後にした。
その後、案内いただいたHさん宅でコーヒーをごちそうになった。
もちろん被災者の方からいただくなんてと辞退したのだが、どうしてもと懇願されるので遠慮しつつご自宅に向かった。そこはHさんの実家だそうで、自分の家は今回の津波で壊れてしまって、こちらに身を寄せているとの事。
電気やガスもないが、薪の火でお湯を炊いたのだろう、温かい一杯のコーヒーをいただいた。
午後5時30分、Hさんの見送りを受けて家路につく。
帰りの道中も、自衛隊の車両や救急車、パトカーなどが忙しく行き交っていた。
途中、石巻を通過した時に、比較的損傷が軽微なところでは既に電気が復旧しているのが確認できた。
まだまだ、悲惨な状況は続くだろうが、一方で復旧も関係者の努力によりハイスピードで進んでいる。これを見て少し安心した。
時間は掛るかも知れないが絶対に復興は成る!と。
【救援物資が思うように現場に届かない理由】
・大型トラックでは、被災地の奥まで行けない。
2tトラックやハイエースなどのバンの方が機動力があり、末端まで物資が届く。
東北道を北上する運搬車両の99%は10tトラックだった。
動脈だけ太くても意味が無い。初動は2tトラックが限界だと思う。
・救援物資を届けるのに燃料が確保できない。
(ニュースでトラック協会の人が言っていたが)
軽油であれば、ドラム缶に積んでいけばどこまでも行ける。ただしガソリンは危険。
今後の施策として、運送業者が所有するラックの燃料タンクを1500キロは走行可能
にする。
この程度の施策なら金は掛らない。
【災害に際してやるべき順番】
・当然のことだが必要な支援は時間とともに変わる。
まずは人命救助 → 避難所誘導 → ライフライン(道路)確保 → 水・食料確保 → 体温を保つための暖房器具や衣料調達 → 移動のための燃料や暖をとるための燃料調達 → 下着やおむつなどの衛生用品 → 仮設トイレや仮設住宅などの設備 → 復興支援金などの一時金支払い
以上、長文になりましたが、今後の復興に向けて皆さんとともにできる限りのことをしていきたいと思います。
また先に現地に行った人たち同様、批判的なお言葉もいただきましたが、甘んじて受けるとともに自分のとった行動に対して、無言でご協力いただいた方々にこの場を借りまして感謝申し上げます。
ファブリカコミュニケーションズ 谷口政人










