蝋画塾 Atelier Berankat のブログ

第二次大戦中に開発された、「蝋画」という描画技法を紹介するブログです。


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その建物は、今も変わらずに建っていた。

記憶が正しければ、二階の中央の扉を開けて、

バルコニ―へ出られるはずだった。

 

 

しかし、その扉は閉ざされていた。

ガラス越しにバルコニ―を見ると、鉄骨部分に錆が目立つ。

人が入っては危険なレベルまで、老朽化が進んでしまったのだろう。

 

 

一階に下り、庭に出て建物を見上げる。

よく見ると、建物全体が経年劣化で痛んでいるようだった。

 

 

四十年前の秋、中央に迫り出したあのバルコニ―から、

私は庭の木々を見下ろしていた。

そして隣りには、入院直前の祖母が立っていた。

 

 

 

 

祖母のことを追想すると、着物の上に割烹着を着て、

六畳一間の自室で裁縫の内職をしている姿が真っ先に浮かんでくる。

小さい頃の私は、その部屋でよく遊んでいた。

傍らに置いたラジオから、昭和歌謡が流れていた。

 

定期的に業者が車で反物を運んできて、仕立てたものを運んでいく。

どれくらい家計の足しになっていたのか知らないが、

給金が入る日は私と妹に小遣いをくれた。

それはすべて、小学校近くの駄菓子屋に消えた。

 

隣りの家のぺスという名の飼い犬が、よく庭に入ってきた。

当時はまだ鎖に繋いでいない家が多く、野良犬も町を徘徊していた。

祖母はまるで我家のペットのようにぺスを可愛がった。

ぺスと一緒にいる祖母の姿が、内職の針仕事の次に頭に浮かんでくる。

 

ぺスのぼやけた写真が一枚残っている。

 

 

 

祖母が癌の診断を下されたのは、

昭和五十二年の初夏の頃だったと思う。その時には既に末期だった。

私は高校受験を控えた中学生で、妹はまだ小学生だった。

 

表向き気丈に振舞っていた祖母だったが、

目に見えて衰弱していき、不機嫌になっていった。

家に居る時間の長い母に介助の手間が集中するようになり、

そんな母に対しても、八つ当たりするような言動が増えていった。

 

私は祖母を避ける気持ちが強くなり、

次第に祖母の部屋へは寄りつかなくなっていった。

「家のことはいいから、受験勉強に集中しろ」

父のそんな言葉にも甘えていたのだと思う。

 

その年の秋には家での闘病が限界になり、入院することになった。

その日、家族全員が付き添ってタクシーで病院に乗り付けると、

隣接して建つ小さな洋館が目に入り、確かめてみると博物館だった。

病院の待ち時間に余裕があったのか、皆で立ち寄る事になった。

 

そこは地方によくある地元の歴史資料を展示した資料館で、

建物は実在した明治の師範学校を模したものだった。

階段で二階へ上ると庭に面したバルコニ―があり、

私は扉を開けて手摺り近くまで行き、庭を見下ろしていた。

 

どれくらいそこに居たのだろう。

「人間も、最後が一番綺麗ならいいのにねぇ…」

紅(黄)葉した木々を見ながら、隣にいた祖母がふと漏らした。

独り言のような言葉に、私は黙っていた。

その時、両親や妹が傍に居たかどうかは憶えていない。

 

翌年の春、祖母は病院で亡くなった。

その博物館が、祖母が自分の足で歩いた最後の場所になった。

 

 

 

 

 

平成二十八年、あれから四十回目の秋が来て、

博物館の庭で、何枚かの紅と黄の葉を拾った。

緑の葉にしてきたように、祖母の像を焼き付けようとしたが、

全て失敗に終った。

 

 

紅葉の仕組みに関する知識が足りなかった。

緑はクロロフィル、黄はカロチノイド、紅はアントシアニン。

この3つの色素のバランスが変わることで、葉の色は変化していく。

各々の色素と日光との関係を、作業の中で確認する必要があった。

 

紅葉の仕組みは科学が解明していても、

植物が紅葉する理由そのものは、

まだはっきり解っていないらしい。

 

遥か昔から、人々は紅葉を愛でてきたのだろう。

そして祖母のような感慨を持つ人も、

おそらく大勢いたのだと思う。

人間にとって、綺麗な最後とは何だろう。

 

何度目かの実験で、

公園で拾ったイチョウの葉に、

緑色の祖母の像が浮かび上がった。

でも相変わらず、紅葉は全く反応しない。

 

 

私の家の庭には紅葉する植物は一本もない。

この実験結果を前提に、

これから紅葉が見込める植物を一鉢買い、

育ててみることにした。

 

夏以降の日照時間の少なさも、

思うように作業が進まない原因の一つになっている。

この秋で成功するかどうかはわからない。

来年の秋か、再来年の秋、もっと先になるかも知れない。

 

あれから四十年経っても、

私は祖母の発した一言に答えられない。

ただ、これからの歳月を通して、

共感を深めていく事ならできるかもしれない。

 

発病から死に至る祖母の苦しみの時間を、

鮮やかに色づいて枝を離れ、土へ還る植物の時間へ。

自然の理と祖母への共感がいつか腑に落ちるように、

制作を進めていきたいと思う。



 

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