2011年04月03日(日)

「本の原稿について・・・」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』
   人の恩に報い、人の情に触れれば、それだけで人生は良い
   
『生くる』 執行草舟(著)講談社


今日3回目のブログ更新!・・・


今朝、「内モンゴル騎馬遠征隊 2008」 に参加した隊員けめから、電話があった。
早起きしてアップしたブログ大事な人たちと再会した帰還兵とその家族の映像
「"Power of Hugs"」に感動したという電話だった。
全国の旅仲間に電話したという。

こういう反響があると俄然、書く意欲がわいてくる・・・ありがとう、けめ!

昨日も関西の学生に
地球探検隊15周年記念本、多国籍ツアー 体験談の原稿を依頼した・・・。

隊員たちが書いた編集前の生原稿だ!

3月末を締切りにしていた原稿が地震の影響もあって思うように揃わなかったが
楽しみに待ってるよ!!

学生に質問された答えをシェアしたい。

   本の原稿の主題というか・・・
   何のことについて主眼をおいて文章を書いたらいいでしょうか??
   旅の感想なのか、次参加する人に向けてなのか・・・ということです。


「次に参加する人に向けて書いて欲しい」のは参加者アンケート。
アンケートは、すでに多国籍ツアーに申し込んでいる人に対して、
必要で役に立つ情報やアドバイスを求めている。
多国籍ツアー体験談 (隊員アンケートより抜粋)。

本の原稿は、まだ、「地球探検隊」という旅行会社を知らない人に、
「こんな旅もあるよ」と、選択肢を広げるもの。
興味をもってもらうきっかけのようなものだと考えている。

本として完結しなくていいと思う。
読者にちょっと興味をもってもらって、
「オフィスに行ってみようかな、電話してみようかな、メールで問い合わせてみようかな」という
次のアクションに繋がるような内容を希望している。
もしくは「旅へいこうよ」と背中を押す内容であってもいい。

あくまでターゲットは、旅をしなくなった10代、20代の若者に向けて書いて欲しい。

つまり、地球探検隊の隊員(お客さん)になっている人に書くのが参加者アンケート、
地球探検隊の隊員になっていない人に向けて書くのが本の原稿だ。

本を出版する目的の一つは知らない人たちに向けて市場を刺激し開拓すること。
ノンカスタマー=市場なのだ。見えない隊員とこの本を通して出会いたいと思っている。

もちろん新規顧客だけでなく、リピーター隊員が忘れてしまった感覚を思い出し、
「そうそう、ある、ある、わかる、わかる」「私もオレもこんなこと、こんな気持ちあったよね」
共感を持つ本にもしたい。リピーター隊員が、さらにリピートしたくなるような、または
執筆作業を通して自分が行きたくなるようなものが書けたら、それは間違いなく共感を
呼ぶ文章になっていると思う。

共感と感動・・・そんな連鎖を生み出したい。

この流れができなければ地球探検隊に未来はない。
血液のように流れが止まれば、それは即「死」を意味するのだ。

「オレたち地球探検隊の事業とは何か?」
「隊員であるお客さんは地球探検隊から何を買っているのか?」
そんな問いに答える本でありたい。

それはつまり、この旅は、自分のためになるのか?将来に役立つのか?
自分の人生にどんな影響を及ぼすのか・・・
旅の効用が明確に伝わらなければ行動には繋がらないと思う。

人が勇気ある一歩を踏み出し、行動を起こすのは簡単ではない。

だから、旅そのものの内容だけでなく、
なぜ、この旅を選んだのか、旅の後、自分の中で何が変わったのか、
そんな自問自答をしながら書いて欲しい・・・

感動させようと思って変に狙いすぎて書くのではなく、自分が感動したことを素直に書いて欲しい。
カッコつけないで、正直に書いた文章が人の胸を打つのだと思う。

オレがブログでもメルマガでも本でも執筆するときに心がけているのは
「それは読者にとってタメになるのか、おもしろいのか、感動するのか」問い続けながら書いている。
読者視点を忘れて自己満足、自己実現だけを目指して書いたものは、読者の心に刺さらないから。

オレはこの多国籍ツアーを28年間も勧めているのは、
一生使えるスキルが身につくから。

今、「自分で考えて判断して行動する」当たり前のことができない大人が多いと思う。
こういう時代になって、それを、ますます強く意識するようになった。

自分の意思をもって行動する習慣がないと、いざというときに決断できないと思う。
人生は選択の連続なのだ。

この旅は自然とそういう経験値が身に付くようになっている。
常に「どうする?どうしたい?」と問われ、次々と選択していかなければならないからだ。
「今、どうしたいのか?」「何ができるのか?」自問自答の答えが旅の思い出を作り上げていくのだ。
だから、自分自身のことがわかるようになる。
すべては自分を知ることから始まる・・・。

他人の期待する他人の人生ではなく、自分が自分に期待する自分の人生を!
本を通して、そんなことを伝えていければと思っている。

3,000字前後で入魂の原稿をWordで送ってほしい。
感動することで人は変わるのだ。

どんな本になるのか・・・オレ自身楽しみだ。

   人の心を動かす。そんなに簡単なことではありません。
   人の心を動かす最たるものは何でしょうか。
   自然、人、ものとの感動的な出会いではないか、私はそう考えています。
   感動することで人は変わるのだと。

   
「空の上で本当にあった心温まる物語」 三枝理枝子著 あさ出版
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2011年01月26日(水)

「結局、全てはつながっている・・・」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』
前述の続き(4)

それから時は立ち、2011年、僕の大学生活の4年間が終わりかけ、
4月からは「対話」を研究する為に大学院への進学が決まっている。

あれから、僕は変わったのだろうか。あの時、いったい何を学んだのだろうか。
明確な答えはない。しかし、今こそ思えるのは、あの時感じた文化衝突の根底には
「価値観のぶつかり」があったということで、これから大学院で研究していく「対話」とは、
まさに「価値観のすり合わせ」なのである。結局、全てはつながっている。

きっと、多国籍ツアーに参加していなければ、今の僕はいない。
あの時の僕は、英語という言語の壁でたくさん悩んだ。
しかし、日本に帰ってからは、日本一周もして、言語が同じでも
「価値観の違い」が原因で人と人が理解し合えないことがあることも知った。

そして、価値観の違いこそ、人生において最大に魅力的なものであり、
自分の価値観と異なった価値観を交換し、共に新しい価値観を創造していくことこそ、
人生なのではないかと、今では思っているほどだ。

最後に、僕がこの旅を通して言いたいことはたった一言である。

【旅に出る理由なんて、なくていい】この一言に尽きる。
意味なんてものは、何年後か何十年後から付いてくる。僕がそうであったように。
だから、「行きたい」と思ったら行けばいい。
「お金が…」「英語が…」と行かない理由を並べるのはやめて、
心が向くままに動けばいい。行けば、わかる。行けば、知る。本当にそうだった。

やってみない限り、何もわからない。

こんなにも広い世界で、自分という狭い世界だけにこもるのはもったいない。
僕は4年前に、「新宿にオモロイおっちゃんがいるらしいよ…」の一言から隊長と出逢った。
あれから、どうやら、僕は自分の世界を広げる旅や活動にハマってしまったようだ。

そして、これからも、この活動は一生続いていく。正直、勇気を出した一歩なんて特別にはなかった。
気づいたら、半歩飛び出していた。気づいたら、歩き出していた。
気づいたら、走っていた。

きっと、人生なんて、そんなもんだ。
ほら、あなたの足も既に半歩出てますよ~。笑
まーぼー


参加者があなたの背中を押してくれます・・・
「多国籍ツアー参加者を囲む会(語る会)」

1月29日(土)カンボジア:スピーカー!戸田あいりさん
イントレピッド社「ロード・トゥ・アンコール」 参加
14:30~15:00「多国籍ツアー参加者を囲む会」受付
15:00~17:00「多国籍ツアー参加者を囲む会」
イベントの予約 、待ってます!

多国籍ツアー体験談情報満載!

   完全圏(コンフォートゾーン)を超えて冒険をし、
   人に助けてもらったりフィードバックをもらったりして、
   たとえ失敗しても気にしない

  
 
「ハーバードの人生を変える授業」 タル・ベン・シャハー
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2011年01月26日(水)

「僕はずっと英語力のなさに劣等感を感じながら旅をしていた・・・」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』

前述の続き(3)

ツアー3日目、相変わらず、英語をうまく話せない僕だが、楽しむコツを覚えつつあった。


そして、その日は、

カンボジアの真ん中に位置する海のように馬鹿でかい湖「トレンサップ湖」にいた。
そこには、湖の上に高床の家や病院や学校やバスケコートまで全てがある。
しかし、水上の街だからといって、別にカッコイイものではない。水は茶色く濁っていて、
今にも崩れそうな大きな建物や船が漂流しているかのような…そんな雰囲気があった。

でも、そこに人々は住んでいた。僕ら多国籍ツアーのメンバー12人は、船に乗り込み、
この集落を見てまわった。そう、「見て」…。

そこに住んでいる人々は、満面の笑みで手を振ってくれる。


そんな光景を目の辺りにして、僕は、なんだか、急に胸を締め付けられる気持ちになった。
ただ【見られている彼ら】。そして、ただ【見ている僕ら】。


僕はここに何をしに来たのだろうか…。「世界のリアルを見て~」って飛び出してきた。
僕にとって、世界のリアルを見るということは、貧困層の現実を見ることなのか。
ここは、動物園じゃない。なのに、動物園に来たかのように、彼らの生活を写真に収める自分がいる。


ここは、ディズニーランドのアトラクションじゃない。

なのに、人々の生活の場をアトラクション気分でまわっている自分がいる。
そんな違和感と罪悪感に駆られ、僕らは船を降りた。降りるとすぐに、やっぱり、物売りに囲まれた。
勝手に撮られていた自分の写真がプリントされた皿を売りつけてくる商人を軽く払い除けながら、
観光が及ぼす文化変容やグローバリゼーションについて、珍しく真面目に考えさせられた。


【見る側】と【見られる側】…、この立場が僕には合わなかった。正直、苦しかった。
彼らは、いったい僕らのことをどう思っているのだろうか。僕は、いったい何なんだろう…。

その後もツアーは続き、

自分の中で様々な文化衝突があり、多くの葛藤や出来事があった。
英語力のなさに自信をなくす日もあれば、言葉はいらず、遺跡の上で風に吹かれ感傷に浸ったり、
ドラクエのように一列になってジャングルを探検したり、海で溺れかけたり、

現地の人に間違えられたり、バス移動中に無茶振りされて、

SMAPの「世界に一つだけの花」を歌わされたりと、本当に様々な経験をした。

中でも、最終日に2週間ずっと相部屋だったラスミスに言われた言葉が今でも忘れられない。
「正也は最初、全然英語ダメだったけど、だんだんうまくなっていったね。

2週間楽しかったよ。ありがとう」と。


僕は驚いた。なぜなら、英語が全然うまくなった気でいなかったからだ。
そう、正直言うと、この旅で、僕はずっと英語力のなさに劣等感を感じながら旅をしていた。

途中、吹っ切れて、楽しむコツを手にしたが、本当にしたいコミュニケーションは出来ない。
話しかけても伝わらない。聞かれても単語が分からない。

お得意のボディランゲージはある程度の意味は伝わるが、深い話はできない。
頭ではいろいろと考えているのに…。そんな日々だった。


だからか、このラスミスの一言は凄く胸に染みた。
嬉しさのあまりに思わずハグをしたくらいだ。


そして、「英語、絶対勉強して、今度はもっと話そうぜ」と約束をして、僕らは別れた。
こうして、僕の初海外の旅は終わったのである。


つづく

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2011年01月26日(水)

「み、みんな白人じゃん!?アジア人いないんかいっ!」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』
前述の続き(2)

それから時は過ぎ、2007年8月2日、案の定、僕はバックパックを背負って、
韓国のインチョン空港にいた
(※カンボジアを周る現地発着多国籍ツアーの集合場所であるタイのバンコクに行く経由地点)。

そして、僕は空港で迷っていた(笑)。
「飛行機の乗り換えってどこ行けばいいだ?」と。

そう、それもそのはず。僕が海外に出るのは生まれて初めて。
一人旅すらも初めて。つまり、僕は旅において、ど素人級のスーパー初心者。

国内旅もろくにしたことのない18歳の小僧が、国際線の乗り継ぎなんて、初めてすぎるわけである。
なんていったって、飛行機の乗り継ぎは、
「次すぐ来るからね~」と言っていられる日本の電車の乗り継ぎとはわけが違う。

僕は、さすがに必死になり、得意の必殺技ジャパニーズイングリッシュで
「イクスキューズミー」を連発。
おかげで、なんとか乗り継ぎに成功。飛行機が離陸した後には、
今度はお隣りに座る綺麗なお姉さんの目の前になぜか豪華な食事が現れ、
「ん?この人は有名人なのか?セレブなのか?」と動揺する自分。

しかし、しばらくすると、それは僕の目の前にも現れ、
「ふむふむ。そうか。これが機内食ってやつか」と一人で勝手に納得。
しかし、そうしていたのも束の間、今度はスチュワーデスさんが僕に英語で何か話してきた。
「ま、まずいぞ、いまいちハッキリ聞き取れない」。

そこで、僕は2個目の必殺技「OK♪OK♪」を思わず連発。
すると、なんと今度は僕の目の前にワインが出てきた。
「なるほど。そういう仕組か(笑)」。
もちろん、「ちなみに、これは機内サービスですか?」と英語でうまく確認できるわけもなく、
飲み終わると、また声をかけられ、ついつい必殺技「OK♪OK♪」を披露し、
きちんとおかわりもしてしまった。
その後は、お約束のぐっすりお休みコースだった。


そんなこんなで、18歳の僕の海外、一人旅、多国籍ツアーの旅は始まったのである。
その数日後、ついに現地発着多国籍ツアーの集合日がきた。

そう、僕はイントレピッド というオーストラリアの旅行会社の
「カンボジアを周るツアー」 を地球探検隊を通して予約していた。

面白いことに、このツアーの集合場所はタイのバンコクで、解散場所がベトナムのホーチミン。
そこで、せっかくだからということで、
集合日の3日前にタイに入り、解散後にはベトナムをふらふらする予定だった。

そして、その緊張すべき集合日が来たわけである。
集合場所のホテルのロビーに着いて、僕は目が点になった。

「み、みんな白人じゃん!?アジア人いないんかいっ!」と心で突っ込みつつ、
外国人に慣れていない僕は、白人ばかりの中でただ一人ポツンと取り残された気分になり、
ただただ、緊張と不安でいっぱいになった。逃げたくなった。帰りたくなった。後悔した。

その当時の日記には、当時の心境がこのように綴られている。


  2007/8/5 23:01 New World Hotelにて『逃げ出したいカモ』
  ヤバイ。こりゃーヤバイ。
  場違いにも程があるほど、みんな英語ペラペぇ~ラ。どうしよう…。

  ツアー内容もほぼ聞けなかった。
  でも、部屋がラスミスっていう18歳のタメで最高に優しい。
  それも初一人旅。英語をゆっくり話してくれるし、てか、こいつ、めっちゃカッコいいぞ。
  目が青いぜぇー。さすがノルウェー人。マジこの2週間よろしく。
  他の周りの人は歳が分からないけど、焦らず、ゆっくり、みんなとしゃべろうっと。
  伝えたい気持ちがあれば何とかなる。うん、なんとか…。がんばるべぇ~。
  起きていることは一つ。気持ちの持ち様で何とでもなる。ポジティブに。よっしゃー。


改めて読んでみると恥ずかしいものだが、最初に部分に「場違いにも程がある」と書いているくらい、
本当に場違いだったのは今でも鮮明に覚えている。

顔合わせをして、ツアー内容を聞くのだけれど、まったく分からなかった時の焦りと緊張感。
ありきたりなフレーズを使っての自己紹介。翌日の朝には、みんな朝食チケットを持っているのに、
何故か僕だけ持っていないというトラブル。正直、ご飯を食べるのもやっとだった。

そんな感じで僕の多国籍ツアーは始まったのである。

つづく
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2011年01月26日(水)

「新宿にオモロイおっちゃんがいるらしいよ…」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』
   「私の人生の目的は矢頭宣男を男にすること」
   (矢頭美世子)
   
『やずやの秘密』 栢野克己(著)経済界

最近、地球探検隊、設立15周年記念本の原稿が、どんどん届く・・・

英語もほとんどしゃべれない18歳の学生が初めて行った海外の旅・・・。
そこはタイ、カンボジア、ベトナム・・・しかも外国人と旅する多国籍ツアー だった。


今では「Home」 「日本ママチャリキャラバン」 ・・・数々のコミュニティを束ねるリーダー、

隊員まーぼー の多国籍ツアー体験談を紹介したい。



「新宿にオモロイおっちゃんがいるらしいよ…」

そんな一言が僕と地球探検隊 を出逢わせた。

2007年5月、駒澤大学に入学したての僕は、サークル選びに大きな違和感を感じていた。
「このサークルは自分に合っているのか?」「自分は楽しめるのか?」と…。

いつになく慎重な僕はいくつかのサークルの新歓に参加しては、注意深く吟味しながら、
新入生という特権を使い、タダ飲みしてまわっていた。
しかし、それは、つまらなかった。あちらこちらで「飲んで飲んで飲んで~」のコールが飛び交い、
ただ飲んで騒ぎ、潰れる人は潰れ、潰れてない人は介護にまわる。

そして、参加率の悪いメンバーの陰口が飛び交う。そんな光景を目の辺りにして、
「サークルってのは仲間の集まりなんじゃないのか?」と嫌気がさし、
青春ドラマ『オレンジデイズ』など現実にはないことを悟り、大学のサークル選びは諦めかけていた。

そんな中、たった一つの光に出逢った。

それは、とある新歓BBQ(バーベキューの略)で同じことを感じてた一人の同級生との出逢いだった。
僕は、今感じている違和感を彼にぶつけてみた。
「もっと熱い何かを探しているんだ!」と。そう伝えると、
彼はふと「新宿にオモロイおっちゃんがいるらしいよ…」と言い始めたのである。

「だ、誰だ?」と好奇心が赴くままに興味本位で聞いてみた。
すると、どうやら、その人は『中村隊長』というらしい。
さらに、『地球探検隊』 という旅行会社をやっているらしい。

それを聞いた僕は、
「な、なんだ?隊長?地球探検隊?いかにも怪しい…。
だけど、何だろう…。この感覚…凄いワクワクする」
と思い、今から始まる”何か”に僕は冒険心を呼び起こされたのであった。

それから数日後、僕はその怪しげな『地球探検隊』のオフィス
にいた。
そう、あれからすぐさま、ネットで調べてみたら、
「地球探検隊を知る夕べ」 という会があって、それに参加することになったのだ。

そして、実際に中村隊長と初対面。
隊長の第一印象は、「あ、本当だ。おっちゃんだ」だった。

しかし、地球探検隊についての話や隊長の旅話を聞いていると、なんだか、
だんだんと胸が熱くなってきて、
僕の中で、隊長が「ただのおっちゃん」ではなく「むちゃくちゃカッコイイおっちゃん」になった。

そして、気づくと、僕は隊長の広い世界観に入り込んでいた。
単純に「こんなにも世界は広いのか」と思った。

でも、そんなありきたりな表現では伝えきれない程の何かがそこにはあった。
正直、あの時、隊長が何を語ったのかなんて今では全く覚えてはいない。

ただ、今でも覚えていることがある。
それは、新しい世界を知った時の衝撃、鼓動の高鳴り。

そして、それらが僕の人生の方向性をガラリと変えたのは言うまでもない。

つづく
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2010年12月29日(水)

「本気で願えば夢は叶う」のなら・・・

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』

前述のつづき(3)


 結婚式前日。遂に運命の地、ラスベガスに入った。
デンバー以来、大自然の中でテント生活してきた僕達にとって、ラスベガスのネオンは少々眩しかった。けれども、その非現実的な世界もまた旅らしくあり、心躍るものがあった。

リーダーの計らいで手配されたリムジンに乗り込み、シャンパングラス片手に街へ出て練り歩く9人。そして、酒の勢いに任せて踊り出す。目立たないわけがなかった。

 翌日、いよいよ結婚式当日。早くから貸衣装屋に行って衣装選び。そして、そのままサイズを調整してもらう。時間が近づくと、安モーテルにリムジンが迎えにやってきた。普段、リムジンが横付けする事など、まずないものだから、フロントスタッフから宿泊客まで、ホテルがなんだかザワザワしていた。

タキシードとウェディングドレス姿の僕達は、大勢の視線にちょっと照れながらリムジンに乗り込んだ。ネオン瞬くラスベガスの景色をリムジンで楽しみながら、教会へと向かう。2人だけの不思議な空間の中で、ソワソワしながらも、どこか満たされた気持ちでいっぱいだった。

 教会に到着して車を降りると、メンバーが先回りして待ってくれていた。満面の笑みと拍手で迎えられる2人。計画以上の結果で、この教会に迎えられたのだった。

 この瞬間、2つの計画は完結した。思い残す事は何もなかった。ここからゼロにリセットして、やり直すんだと決意を新たにした。僕達を祝福してくれた、仲間達の想いに応えなきゃ。日本に帰って頑張らなきゃ。折れかけていた翼は、旅の中でゆっくりと癒され、羽ばたくチカラを取り戻そうとしていた。

 しかし、これだけで終わらないのが旅。旅は人がつくるもの。時に、予想もしない出来事が起こるものだ。

 式が終わって、ホテルに戻るリムジンに乗り込もうとした時、リーダーが、打ち上げしようと誘ってくれた。そして、ドライバーに交渉を始めたかと思うと、メンバーが全員乗り込んできた! いくらリムジンとは言え、座る場所もないほどギュウギュウ詰めにされて向かったのは・・・なんと、The HOTELだった。 マンダレイ・ベイの新館で、最上階に最年少三ツ星シェフになったアラン・デュカスがプロデュースしたバーがあった。  

宿泊客でしか入店出来ないはずのバーに、堂々と入っていく。

「2人へのプレゼントだぜ!」

「残念ながら俺達も一緒だけどなっ!」

そう言って、勝ち誇ったような笑顔で渡されたもの。

それはなんと、ホテルのルームキーだった。
メンバー全員のモーテルをキャンセルして、そのお金でスイートルームを1部屋プレゼントしてくれたのだ。

 そう、僕達は堂々とバーに入れる宿泊客になっていたのだ。

タキシードとウェディングドレスを着たままの2人を連れたメンバーは、行き交う人達にいちいち祝福されながらバーに向かっていった。そして、最上階に到着すると、今までキャンプ生活してきたメンバーに似合うはずもない、洒落た空間が広がっていた。その中で、100万ドルの夜景が見渡せるテラス席を陣取って、カクテルで乾杯! 次々と祝福に訪れる、会った事もないバーのお客も加わって、騒ぎに騒いだ。人生で一度くらい、こんな事があってもいいような気がした。

メンバーの中で一番おとなしかった〇〇までも、この日ばかりは酔っていたのが、僕にとってはまた嬉しかった。

クルマの中で、結婚式の事を打ち明けたとき、喜んでくれたみんな。
それでも、心のどこかで軽蔑されてるんじゃないかという思いが消えなかった自分。
みんなを信じ切れていなかった自分が情けないと思った。だけどこの瞬間、本当に、本当に喜んでいいんだと思えた。やっとみんなの目をしっかり見られた瞬間だった。

一寸の曇りもない、仲間達の笑顔を見ながら、心から祝福されている事にやっと気付いた。
嬉しくて、嬉しくて、例えようのない喜びに包まれた。僕達はなんて幸せなんだろう。
こんなにも素敵な仲間達と、一緒に旅が出来ただけでも幸せなのに、その仲間から祝福されて結婚式が出来たなんて。そして、こんなサプライズまで。
 
 この仲間だったから、ここまでの素晴らしい旅になった。誰一人、違っても、欠けていても同じ旅にはならなかったんだと思う。この奇跡とも言える素晴らしい巡り合わせに感謝せずにはいられなかった。

 日本に帰ると、貯金通帳には3万円しか残っていなかった。月末に支払わなければならない、アパートの家賃も残っていない状態だった。

それでも、アメリカに行く前の挫折感はすっかりどこかに消え去っていた。
結婚式の事をクルマの中で打ち明けた、“あの時”みたいにプライドを捨てて働き始めた。
仕事を選ぶのをやめ、なければ日雇い派遣でもなんでもやった。時には、夫婦で同じ工場に派遣される事もあった。夫婦揃って日雇い派遣されたあの日の屈辱さえ、2人は楽しんでいた。その先にある、“不確かな未来”にワクワクしていたから。

旅の中で、「本気で願えば夢は叶う」という事を実感した。しかも、想像以上の結果で。
日本に帰ってからふと、「子供の頃の夢は叶っているのかな?」と思い、卒業文集を読み返してみることにした。すると、そこには「30歳までに社長になりたい」と書かれていた。

「本気で願えば夢は叶う」のなら・・・

「叶えちゃう?」

根拠のない自信が僕を後押しして、半年後、僕は株式会社を立ち上げた。
その時、30歳と1ヶ月だった。 ちょっと過ぎちゃったけど・・・ギリギリセーフでしょ(笑)
旅は、時にひとりの人間の人生をも左右する事があるのである。

だから、旅はやめられない!
そこにまだ見ぬ世界と新しい出会いがある限り。
あっきー


旅は自分で創るもの・・・

次はあなたの物語(ストーリー)待ってます!


   余分なものが全部なくなって
   残ったものをふと見ると


   それが裸の「自分」

   
「愛のシッタカブッタ」 小泉吉宏

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2010年12月29日(水)

「みんな、ゴメン! 聞いてくれ!!!」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』

前述のつづき(2)


 その翌日、思わぬアクシデントが発生した。その日、キャンプする予定になっていたロッキー山脈周辺の気温が低すぎるために、滞在不可能になってしまったのだ。滞在予定地をパスして次の目的地に向かえば良いだけの事だったから、他のメンバーにとっては大した問題ではなかった。実際に、その通りにスケジュールは変更された。アーチーズ国立公園のあるMoabに1日早く向かう事になった。そして、移動の車の中でこの“浮いた1日”をどこで過ごすかという会議が始まった。「ハイライトである、グランドキャニオンにもう1泊したい。」「ラスベガスは1日では足りないからこちらで2泊したい。」「いや、ラスベガスからヨセミテまでの移動距離が1000kmもあるから、2日に分けて移動したらどうか」、などなどの意見が出た。

僕は、何も言わずに、黙ってその会議の行方を伺っていた。もし、ラスベガス滞在予定日が変更になってしまったら、全ての計画が水の泡となってしまう。だけど、そんなプライベートな事情など、この時点では話せる状況じゃなかった。

僕の心臓はバクバクと大きく鼓動し、額からは大粒の汗が流れ落ちていた。

 そして、みんなが下した結論は、ツアーリーダーの負担を考慮して、ラスベガスからヨセミテまでの途中で1泊しようというものだった。結果、ラスベガスの滞在予定日は当初の予定から1日早められてしまったのだ。

 絶望的だった。今からでは、教会の予約を変更出来るわけもなかった。僕の壮大な計画はここで消えて無くなりそうになっていた。そもそも団体行動である旅の途中で、勝手に結婚式などやろうとするからいけなかったんだ。そう、自分を責めたりもした。

 しかし次の瞬間、英語があまり話せない僕の口からは無意識に英語が発せられていた。

「みんな、ゴメン! 聞いてくれ!!!」

「実は、ラスベガスに滞在する予定だった10月5日に、僕達2人は結婚式を挙げる事になっているんだ。」

「どうしてもその日はラスベガスにいなきゃならないんだ。だから、ヨセミテに移動してしまっては困るんだ。」

仲間から軽蔑されるのは覚悟の上だった。決定が覆らない事も。
しかし、メンバーのひとり、ジェニーから発せられたのは、

「そんな素敵な計画があったなら、何で話してくれなかったの?」
「2人と一緒に旅が出来るなんて、私はなんて幸せなんでしょう!」
「結婚式には、私達も参列してもいいの?」

そんな予想外な言葉だった。
そして、それをきっかけにして他のメンバーも、

「そうだよ! そんな素敵な事、なんで言わなかったんだよ!」
「みんな大歓迎さ! 良く言ってくれたね!!」
「じゃ、10月5日はラスベガス滞在で決定だな!!!」

そう言って、大騒ぎになった。そして、旅の途中で妻が誕生日を迎える事、その時にサプライズとして結婚式の事を妻に発表すると話すと、更に盛り上がり、クルマの中は、しばらくお祭騒ぎのようになった。

 英語がわからない妻は、隣でキョトンとして何が起こっているのか全くわからない様子だった。不思議そうな顔をして僕に何が起こったのか聞いてきたので、僕はただ「ラスベガスで2泊する事になったから、みんな喜んでるみたいだよ」とごまかした。みんなに説明するのに、「ウェディング」とか、「サプライズ」とか「バースデー」などという単語も使ったので、英語がわからない妻にもさすがにバレてしまったのではないかと心配したが、まったく気付いていない妻の様子を見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。

 こうして、最大の危機を乗り越えただけでなく、日本で計画してきた以上の大きなプロジェクトへと発展していくのだった。

 MOABに到着すると、みんな観光もろくにせずに、誕生日に向けての準備が始まった。
リーダーのポールからの提案でカウボーイスタイルでやる事になったので、腰に巻く銃やカウボーイハットをそれぞれ購入した。そして、飾り付けやケーキ、シャンパンの準備まで。

 こうして、みんなの協力で誕生日にもサプライズをする事になった。気付けば僕一人の計画が、メンバー全員の計画に膨らんでいた。

 翌日、モニュメントバレーに到着。ナバホインディアンの聖地であるこの場所で誕生日を迎える事になったのも、“あの”アクシデントゆえ。個人的には、10年前の旅のハイライトだったこの地が、妻の誕生日に選ばれた“運命”に、静かに心躍らせていた。

 馬に乗ってメキシカンハットを見学しに行っている間に、テント周辺は派手に装飾されて見事なパーティー会場になっていた。それを見た2人は照れながらみんなの輪の中に入っていくと、どこかから他のツアー客も呼んできてくれたようで、約40人もの大所帯になっていた。

 満天の星空の下でバースデーソングを大合唱すると、その中心には、星空の美しさに負けないくらい笑顔な妻の姿があった。バースデーケーキのローソクが「フッ」と吹き消されると、いよいよサプライズ結婚式を発表する時が来た。

僕は、結婚式の日付が描かれた手作りのTシャツをプレゼントした。嬉しそうにそれを受け取っても、まだ気付かない鈍感な妻。しびれを切らして、「何が起こってるかわかってる?」「すごいよ!すごいよ!」と興奮るすメンバー達。興奮はピークを迎えて大騒ぎする40人。 その中で、もう一度冷静に“日本語”で説明しても、「え? え?! どういうこと?!」と、まだ理解できない妻。その様子が、可笑しくてたまらなかった。人間は、想像もつかない事に遭遇するときっとこうなってしまうのだろう。そんな時、誰かが「あっ! 流れ星―っ!!!」と叫んだ。

一斉に全員が空を見上げた。すると、見たこともないような強い光を放った流れ星が長い尾を引いて北から南に向かって流れていった。目で追ってもいつまでも消えない流れ星。ついにはみんなでその流れ星を追いかけるように走り出した。正確に数えてはいないが、数十秒は流れていたと思う。満天の星空までもが、僕達をサプライズで祝福してくれているように思えた。

 翌日、グランドキャニオンに向けて出発。旅も後半に差し掛かってきた。
グランドキャニオンで谷底トレッキングをしたら、あっという間にラスベガスだ。
谷底では雄大な景色に身を任せ、ちっぽけな自分がやろうとしている壮大な計画を、どこまでも続く広い空のキャンバスいっぱいに描いていた。

つづく
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2010年12月29日(水)

「貯金を全部使い果たして・・・」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』
   何を背負って、今日を過ごすか?
   どんな想いで、言葉を届けるか?
   覚悟の強さだけ、前に進む
   愛情の深さだけ、心に響く
       小田真嘉


地球探検隊を創ってから、ずっと寄り添うように見守り、見守ってくれている隊員がいる。

今、33歳の隊員あっきーも、その一人だ。


彼がオフィスに最初に顔を見せたのは19歳のときだった・・・。


また涙なくして読めない原稿が届いた・・・。






 2006年10月5日。僕はラスベガスにいた。
Little Church of Westという教会で、隣には2年前に入籍した妻。入籍してから、挙げていなかった結婚式という夢を、今まさに叶えようとしていた。

 そして、後ろにいる多国籍な参列者達。 アメリカ、イギリス、ドイツ、ニュージーランド。つい2週間前までは名前も知らなかった仲間達に祝福されて、“Yes , I will”と、2人は愛を誓い合ったのだった。

 2006年9月。29歳だった僕は、人生に行き詰っていた。1年前に会社を辞め、個人事業を始めたが、まったくうまくいかなかった。貯金はみるみるうちに減り、あと数ヶ月もつかどうかというところまで追い込まれていた。その事が原因で、精神的にも弱ってしまい、映画を観ればすぐに泣くし、だんだんと人も避けるようになり、親友にさえ会う勇気を失ってしまった。遂には引きこもるようになり、日当たり良好南向きの明るい我が家が、僕には暗く映っていた。何度も頭をよぎる「挫折」の2文字が、いよいよ現実味を帯びてきた頃だった。

 しかし、挫折する事で犠牲にしたくないものがあった。それは妻の存在だった。自分を信じて上京してきた妻を悲しませる事、それだけは絶対にしたくなかった。

「挫折」と「犠牲」という、究極の選択をしなければならない時が、刻一刻と迫っていた。


結婚して2年。ずっと夢に描きながら実現出来ていないことが2つあった。

1つ目は、夫婦で多国籍ツアーに参加する事。2つ目は、結婚式を挙げる事。この2つを実現させてからだったら、少なくとも「犠牲」からは回避出来るような気がした。「挫折」を選択して、個人事業をキッパリ諦めたとしても、とりあえずは前に進めるような気がした。

「やらないで後悔するくらいなら、やって後悔しよう!」 

貯金を全部使い果たして、ゼロからやりなおそう、そう決めた。

 決めたらそれからは早かった。地球探検隊からトレックアメリカ
のパンフレットを取り寄せた。行った事のない街、もう一度行きたい街がうまく組み合わさったツアーを探して申し込んだ。そして、結婚式は、妻に内緒でプロジェクトをスタートさせたのだった。

 僕は、過去に2度、多国籍ツアーに参加経験があった。このツアーの魅力は、普通のパッケージツアーではなかなか行く事が出来ないような場所に行ける事。そして、文字通り“多国籍”な仲間達と出会い、一緒に旅が出来る事。1週間も一緒に旅をすればすっかり気心知れたファミリーになれる。言葉も文化も、目の色も違う人達と感動を分かち合える旅。他では絶対に味わえない、素晴らしい旅だと知っているからこそ、妻とその感動を分かち合いたかった。歳を重ねた時、縁側でお茶を啜りながら旅の思い出を語り合えたらいいな、と初めて参加した10年前の多国籍ツアーの時からずっと思い続けていた。

 そして、結婚式は予算の関係上、披露宴など出来るわけがなかった。2人だけで、教会で結婚式をする事さえも、日本では無理な状態。どうにかして実現させたいと、頭を悩ませている時に、ふと、ラスベガスでは安い料金で結婚式が挙げられるとテレビで観た事を思い出した。僕は現地のエージェントを通じて教会を手配する事で、日本の旅行会社から手配するよりも数倍安く結婚式を実現させようと計画した。

 この計画は、旅の途中で誕生日を迎える妻への“プレゼント”として計画していたので、その時まで妻には内緒にしなければならなかった。コソコソと、国際電話やメールで、場所、日時、貸衣装の手配などをした。

 こうして、何も知らない妻を連れて、ツアーの出発地点であるシカゴへと旅立ったのだった。集合場所のホテルで9人の多国籍なツアーメンバーと合流した。ワゴン車に乗り込み、テント泊しながらの旅がいよいよ始まった。数日を共に過ごし、デンバーを訪れる頃には、すっかりメンバーと打ち解けてバカ騒ぎするようになっていた。この日も、デンバーのパブやクラブをはしごして、遅くまで飲み明かした。





つづく
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2010年12月14日(火)

「変化を楽しめるようになった・・・」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』

前述のつづき(2)

そんな酔っ払いの毎日を過ごし(!!)やって来た、どんな国、ホンジュラス
丸1日移動して着いたのは、ホンジュラスの島、ウティラ。道は一本道で、
人とバイクが入り混じっている、小さな小さな島。何か特別なものがあるわけでもなく、
何をするでもなく、青すぎる海と空を見ながらぼーっとして、昼寝をして、時間を忘れて、、
最高に贅沢な時間を過ごした。

そしてあたしはこの島で初めて、念願のスキューバダイビングを体験した。
もちろんガイドの説明は全部英語だけど、いつもの何とかなるさスタイルで参加を希望した。
が、…どうにもならなかった。初めてツアーで死ぬかと思った・笑。

あたしでも分かるひどい訛りの英語はネイティブのメンバーも聞きづらかったらしく、
みんな顔を見合わせた。あたしは見よう見まねで海に飛び込む。
とりあえず息が出来なくて、塩水で目はしみるし、鼻から水が入って涙は出るし、
半端ない海水がぶ飲みで最初は散々だった。

徐々に慣れ始め、海の中で潜ったメンバーと輪になって顔が見れた時は、嬉しかった。
初めて、みんなと同じ環境にいる。キレイな海と魚に囲まれながら、
そんなことがただただ嬉しくて、海の中ではしゃいだのを覚えている。


多国籍ツアー に参加してよかったこと…山ほどある。
確実に自分の世界が広くなって、
選択肢が広がったこと。海外の友達がたくさん出来たこと。
日本のツアーでは絶対味わえない感動や感情を持てたこと。
多国籍に参加したからこそ、たくさんの旅仲間に出会えたこと。
たくさんあるけど、一番よかったと思えること、
それは、変化を楽しめるようになったこと


人って変化が怖いと思う。慣れてる日常って楽だし、
何かしたいって思ってもなかなか腰を上げられずに止まってることってあると思う。
でも多国籍ツアーでは、そうやって迷ったり悩んでるうちにどんどんコトが進んでいく。
容赦なく予想外のことが次々起きる。直前になっていきなり行き先が変わったり、
ホテル滞在がキャンプになったり、リーダーの気まぐれもいいところ・笑。

だけどそれが楽しい。何が起こるか分からない、あのウキウキがたまらない。

行くって決めるのって大変。初めて多国籍ツアーを申し込んだ時の、
あの胃がきゅっとなった緊張。でも決めたらもう行くことになる。

ほんの少しでも、多国籍ツアーに魅かれたならそれは、
行ってよかったと思える何かがあるから。だから絶対行ったほうがいい。

もし行ってつまらなかったらもう2度と行かなければいい話。
なんて言ったら隊長に怒られちゃう。でもそれくらい絶対楽しいって言える。

根拠のない自信。だって絶対楽しいもん!やらない後悔よりやった後悔。
あたしは多国籍に参加したことでたくさん勇気をもらった。

お陰さまで今はまた一歩、新たな道に進めている。感謝。

地球探検隊 、そして隊長、出会ってくれてありがとう。

さとめぐ


「地球探検隊」公式ブログ tancoが行く

学生向け多国籍ツアー(外国人と旅する)


学生向け【大人の修学旅行(日本人と旅する)】
 2011年3月5日(土)~2011年3月10日(木)15名募集中!
 → “25歳以下”限定(4年ぶりに復活!)
 「オーロラを待ちながらキースロッジで過ごす5日間」
~フェアバンクス郊外の手作りロッジで、仲間と自炊し語り合う旅~


   ぼくが、見たもの 気に入ったものは、
   すべて、ぼくのものなんだ。

   ぼくはね、全世界を、持ってるのさ。
      
      「スナフキンの名言集」

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2010年12月14日(火)

「学生最後の卒業旅行・・・」

テーマ:『世界の仲間と旅する本。(new)』

   <ハイジの法則>
   肯定的なハイ「ハ」 いつもニコニコの「イ」 自分から「ジ」
              今野華都子

リピーター隊員でサポスタの“さとめぐ”から本の原稿が届いた。

ブログ「インタビュー+メルマガ『本の原稿、続々・・・そして涙!』」

2006年夏、地球探検隊・隊長に出会った。

多国籍ツアー

この言葉を初めて聞かされた衝撃を忘れられない。今も相変わらずワクワクさせられる。
気付いたら申し込んでいた
初めての多国籍ツアー・トレックアメリカに参加 してからというもの、
あたしの海外への旅はこの旅のスタイルがすっかり定着した。

2009年2月、学生最後の卒業旅行
どこに行こう…アフリカも南米も行きたいし、東南アジアもいい。
行きたい国をあげたらそんなのキリがない。でも行き先を決めるのに、
そんなに時間はかからなかった。


ちょっと前に見た探検隊スタッフ、トミーのブログ

あのコスタリカの夕陽の写真と日記から伝わってくるなんとものんびりした感じ。


あたし今コレ。そんな感じで、トミーが候補にあげてくれたツアーが
私の卒業旅行、
ボルケーノトレイル だった。17日間で4カ国を周る

コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラ…
ん??ほんじゅらす??…何それ。初めて聞く単語。なんて失礼な…どんな国なんだろう。
今まで散々海外好きとか言ってたのに、自分の無知さに何だか申し訳なくなった。

決めてしまうとあっという間に出発の日になる。
ドタバタ直前まで荷造りし、大きなバックパックを背負って成田に向かった。


コスタリカ・サンホセのホテルにて、リーダーとツアーメンバーと合流。
今回のツアーは、リーダー含むイギリス人6人、スウェーデン人2人、ドイツ人、アメリカ人と
日本人あたしの11人。

言葉の壁は言うまでもなく、リスニングテストのような英語に慣れることはなかった。
前回はリーダーが話す必要最低限の話も分からなさすぎてカフェで一人、参加を後悔し、
なんでこんなとこ来たんだろうと泣いたりしたけど、
今回の旅はお酒の力を目一杯借りて(♪)、メンバーとはすぐに仲良くなった。

リーダーは、毎日のようにあまりにあたしが酔うので、
「めぐみはツアーが辛いから酔っ払ってるの?」と心配してきたくらい…笑。


つづく・・・


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