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2013年10月11日(金)

最高の「才能」・・・田坂広志

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 最高の「才能」

 学生時代、ジャズを演奏する友人がいました。
 彼に、ギタリスト、ウェス・モンゴメリーの
 あるレコードを持っているかと尋ねたときのことです。

  そのレコードなら、2枚、持っている。

 その言葉が返ってきました。

 1枚のレコードを買う金にも不自由していた学生時代のこと、
 その返事に小さな驚きを感じながら、彼の顔を見ると、
 少し恥ずかしそうな表情を見せながら、言いました。

  いや、彼の演奏を真似しようとして、
  何度も同じ曲を聴いていたら、
  レコードが擦り切れてしまったんだよ。

 それから30年余りの歳月を経て、
 いまは、プロのジャズ・ギタリストとして活躍する彼。

 その彼が、ステージで、
 心から演奏を楽しんでいる姿を見るとき、
 一つの思いが浮かんできます。

  夢中になる力。

 それは、もしかすると、
 天が、我々に与えてくれる
 最高の才能なのかもしれない。

 その思いが、浮かんでくるのです。

 2003年6月23日
 田坂広志
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2012年04月22日(日)

「あの若者たちの責務・・・田坂広志」

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 田坂広志 「風の便り」 第199便
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 あの若者たちの責務

 過日、青春時代の日々を過ごした
 大学のキャンパスを訪れました。

 新緑の輝き始めた春のキャンパスは、
 丁度、新人歓迎の季節であり、
 学内のあちこちに、クラブやサークルの
 新人勧誘の看板が並んでいました。

 そのキャンパスの並木道を歩いていると
 42年前の光景が、走馬灯のように
 心に浮かびます。

 あの時代、多くの若者たちは、
 このキャンパスで、社会変革を語り、
 街頭に出て、デモを行い、
 この大学でも、ストライキを行っていました。

 大学の正門前の立て看板には、
 革命的なスローガンが書かれ、
 この日本という国にも、
 まもなく大きな変革の波がやってくることに
 誰もが、期待と希望を抱いた時代でした。

 それから、42年。

 キャンパスの隅々に刻まれた
 懐かしい記憶を辿っていると、
 一つの思いが、心に浮かびます。

  あの若者たちは、42年の歳月を、
  どのように歩んだのだろうか。

 そして、もう一つの思いも、心に浮かびます。

  あの若者たちは、若き日の情熱と志を抱き続け、
  この国を、良き国に変えることができたのだろうか。

 混迷する政治、低迷する経済、
 共感を失った社会、浮薄な文化、
 そして、大切なことを忘れた、我々の精神。

 その寂しい現実を見るとき、
 一つの静かな覚悟が、心に残ります。

  あの若者たちには、
  未来の世代のために、
  まだ、為さなければならないことが、ある。

 その思いが、心に残るのです。

 2012年4月20日
 田坂広志
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2012年02月17日(金)

「俳優 渡辺謙が語った魂のスピーチ!」

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俳優の渡辺謙さんは、昨年被災地を22箇所巡り、被災者3000人と対話したという。

ダボス会議で渡辺謙さんが語ったスピーチをシェアしたい。


初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

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2012年01月29日(日)

「人生をもう一度やり直すとしたら・・・」

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「ピータードラッカーが晩年95歳のときに書いた詩」
ということで、あちこちでネット上に引用されているが 、
ナディーン・ステアという女性が85歳に書いた詩らしい。

 人生をもう一度やり直すとしたら、今度はもっとたくさん失敗したい。
 そして肩の力を抜いて生きる。もっと柔軟になる。

 今度の旅よりももっとおかしなことをたくさんする。
 あまり深刻にならない。もっとリスクを冒す。
 もっと山に登ってもっと川で泳ぐ。

 アイスクリームを食べる量は増やし、豆類の摂取量は減らす。
 問題は増えるかもしれないが、想像上の問題は減るだろう。
 というのも、私は毎日常に良識ある人生をまともに生きてきた人間だからだ。

 もちろん、ばかげたことも少しはやった。
 もし生まれ変わることがあったら、ばかげたことをもっとたくさんやりたい。

 何年も先のことを考えて生きる代わりに、その瞬間だけに生きたい。

 私はどこに行くにもいつも万全の準備を整えて出かけるのが常だった。
 体温計や湯たんぽ、レインコートなしにはどこにも行かなかったものだ。
 
 人生をやり直すとしたら、もっと身軽な旅行をしたい。

 もう一度生き直すとしたら、
 春はもっと早くから裸足で歩き出し、秋にはもっと遅くまで裸足でいる。

 もっとたくさんダンスに出かける。
 もっとたくさんメリーゴーラウンドに乗る。
 もっとたくさんのディジーを摘む。

 それぞれの瞬間をもっとイキイキと生きる。

 ナディーン・ステア
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2011年12月17日(土)

「今日は50歳の誕生日!今晩、一緒に飲まない?」

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   年だからといって
   新たな挑戦を避けていたら、

   そこで終わりです。
      ルー大柴


昨晩から「誕生日おめでとう!」メールが止まらない・・・

特に今年6/20から始めたFBが半端ない。

■Facebook(フェイスブック)
 http://www.facebook.com/nakamura.taicho


酒屋さんに勧められるまま「旅するカフェバー」店長タツが誕生日プレゼントを買ってきた・・・。

それは・・・スコッチウイスキー「オールドパー」
「地球探検隊」中村隊長の公式ブログ【ビタミンT】
wikiによると・・・
  トーマス・パートーマス・パー(Thomas Parr, 1483年? - 1635年?)は、
  152歳まで生きたといわれるイングランド人。
  オールド・パー (Old Parr)、オールド・トム・パー (Old Tom Parr) の異名で知られる。


  伝承によると、パーは1483年にシュルーズベリ近郊(おそらくウィニングトン)に生まれ、
  1500年頃陸軍に入隊した。80歳になって結婚し一男一女を儲けたが、
  いずれも幼くして死んだ。

  自身はその長命の理由を菜食主義と節度のある暮らしにあると考えていた。
  とはいえ、100歳前後のころに女性問題を起こし私生児を生ませたと言われている。
  最初の妻が死んで後、齢122歳の時に後添いを得た。


  スコッチ・ウイスキーの銘柄『オールド・パー』の名称は、
  長寿の効果をうたうため、パーにちなんで名づけられたものである。
  ラベルには彼の肖像画と生没年といわれる年号が記されている。


そんな伝承があるスコッチウイスキーなのだ。


実は、このスコッチ、オレが世界で一番旨いと感じたものなのだ。

今から25年前の大晦日。海外放浪していたオレはスペインからモロッコに渡り、愕然とした。
正月にイスラム圏に入って酒が飲めない・・・


でもアカデミー賞を取った映画「カサブランカ」のようなバーがあるに違いないと
タンジェから南下、カサブランカを目指した。


新市街の中心にハイアットリージェンシーホテルがあった。そこにバーカサブランカと看板があった。
「やっぱ、あったよ!」オレは旅仲間と飛び上がって喜んだ。


バーに入ると「カサブランカ」の写真が額に入れていくつも飾ってあった。
ピアノマンに冗談で映画の主役ボギーのセリフを言ってみた。
「サム、あの曲を弾いてくれ」
すると黙って映画の主題曲を演奏してくれたのだ。


あのときほど、ウイスキーが旨いと感じたことはない。
「オールドパー12年」は、そんな思い出の酒なのだ。

偶然とはいえ、タツありがとう!


今晩は「旅するカフェバー」 で一緒に飲まない?


   好きなことしてると
   年とらないんだよな。


   12星座の恋物語[+鏡リュウジ]、角田光代

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2011年04月03日(日)

「"Power of Hugs"いまこそHug(ハグ)の力を信じよう」

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   勇気はお金で買えない。
   イビチャ・オシム

オレは毎朝、娘たちとハグして会社に向かうのが日課になっている。
昨日も、娘たちに笑顔で見送られた。
朝からテンションが違う。
人は自分だけのために、力は出せない・・・

頻繁に海外へ行くようになって・・・
ハグをするのが習慣になったような気がする・・・。


友人、望月俊孝さんから届いたメルマガで見つけた記事を紹介したい。

『ヒーリング効果あり! いまこそHug(ハグ)の力を信じよう』
というステキな記事があります。

最後にステキな映像も紹介されていますので、
少し長いですがお読み頂けると嬉しいです。

------------------ここから 引用----------------------

東北地方太平洋沖地震で被災された皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

本当に、かける言葉さえも失ってしまっております。
......ですがこんな時こそ、Hug(ハグ)の力を信じてみませんか。 

米国で腫瘍内科医をしていらっしゃる上野直人さんのサイト『がんチーム医療』に、
「ハグの力」という記事が紹介されています。



「ハグ、つまり相手を包み込むように抱きしめる行為。
 医師として、よく、僕は患者にハグします」

「どんなときハグですか、
 喜びの時、感謝の気持ちの時、悲しいとき、再発告知、
 病気が進行したとき、治療が終わったとき。
 愛情あるハグではなく、お互いのエネルギーを確認し、
 言葉では伝わらない暖かい勇気を与えるものかも知れません。
 患者ととともに歩んでいくぞーーーという気持ちもあるかも。
 なんか良い感じです」

上野先生のこの記事によると、
英語には"Power of Hugs"という表現があるらしく、

「ハグをすることにより、ヒーリングがあるともいわれており、
 実際、エビデンスは高くないですが、
 臨床試験が行われて血圧の降下、痛みが減るとか、
 ストレスレベルが下がるなどなど言われています」

とのこと。
 

以前、あるヒーラーさんからハグされて
「ここには涙のツボがあるの」と言われ、背中をさすられました。
初めて会うヒーラーさんの懐に包まれること自体、実は躊躇われたのですが、
抱きしめられて背中をさすられた瞬間、
自然と力が抜けて涙が出てきたものです。

昨年、失意の底にいた時期があったのですが、
母親に、子供の頃以来はじめて抱きついて背中をさすってもらい号泣しました。
このハグだけで心のなかにあった鉛のようなしこりが溶けていったのです。

かける言葉さえ失った時、このHugの効果は絶大です。
どなたかが恐怖や不安で震えていたら、
ぜひ抱きしめて背中をさすってあげてください。

最後に、Hugパワーが凝縮された映像をご紹介します。
大事な人たちと再会した帰還兵とその家族の映像です。
みなさんが大事な方々と再会されますよう、心よりお祈り申し上げます。
 

-------------ここまで---------------------------



このムービーはヤバイ。
娘を持つ父としては、涙なくして見られない映像だ。

「ハグすること」「ふれあうこと」を大切にしたい。

   お金で「家」は買えるけれど、
   「家庭」は買えない。
   お金で「時計」は買えるけれど、
   「時間」は買えない。
   お金で「ベッド」は買えるけれど、
   「快適な睡眠」は買えない。
   お金で「本」は買えるけれど、
   「知識」は買えない。

   お金で「名医」は買えるけれど、
   「健康」は買えない。
   お金で「地位」は買えるけれど、
   「尊敬」は買えない。
   お金で「血」は買えるけれど、
   「命」は買えない。
   お金で「セックス」は買えるけれど、
   「愛」は買えない。

   「世界一愚かなお金持ち」日本人、マダム・ホー
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2011年04月02日(土)

「隊員から届いたタイからのメッセージ!」

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   誰かに何かを
   発見させたときには、
   教えた側も
   何か新しいものを
   発見することになる。
   11分間、パウロ・コエーリョ


リピーター隊員じゃいあんから
タイからのメッセージ・ムービーを紹介された。



笑顔って元気をもらえるね。
ありがとう!

   一人で100歩歩むよりも
   100人で一歩ずつ歩む。そんなチーム力っていいですね。

   「空の上で本当にあった心温まる物語」三枝理枝子(著)あさ出版
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2011年03月24日(木)

「外国人から感動の声続々・・・村上龍の寄稿文」

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外国人から感動の声続々、村上龍のニューヨーク・タイムズへの寄稿文を転載する!

危機的状況の中の希望  村上龍


先週の金曜、港町・横浜にある我が家を出て、午後3時前、いつも行く新宿のホテルにチェックインした。普段から私はここに週3~4日滞在し執筆活動やその他の仕事をしている。


部屋に入ってすぐに地震が起きた。瓦礫の下敷きになると判断し、とっさに水とクッキー、ブランデーのボトルをつかんで頑丈な机の下にもぐりこんだ。今にして思えば、高層30階建てのビルの下敷きになったらブランデーを楽しむどころではないのだが。だが、この行動によってパニックに陥らずにすんだ。


すぐに館内放送で地震警報が流れた。「このホテルは最強度の耐震構造で建設されており、建物が損傷することはありません。ホテルを出ないでください」という放送が、何度かにわたって流された。最初は私も多少懐疑的だった。ホテル側がゲストを安心させようとしているだけではないのかと。


だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や機関からの情報を信頼すべきだ。だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。そして、建物は崩壊しなかった。


日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。それがいま証明されている。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、略奪も起きていない。


しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。まるで体制に反逆するかのように。そしてそれは実際に起こっている。米やパン、水といった必需品がスーパーの棚から消えた。ガソリンスタンドは枯渇状態だ。品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。集団への忠誠心は試練のときを迎えている。


現時点での最大の不安は福島の原発だ。情報は混乱し、相違している。スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだという説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば放射能の吸収度が抑えられるという説もある。そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。


東京を離れる人も多いが、残る人も多い。彼らは「仕事があるから」という。「友達もいるし、ペットもいる」、他にも「チェルノブイリのような壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」という人もいる。


私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように。


今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。私よりも専門知識の高いソースからの発表、特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。


私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と。


今は逆のことが起きている。避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。東京も物や電力が不足している。生活そのものが脅かされており、政府や電力会社は対応が遅れている。


だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく。


原文
www.nytimes.com/2011/03/17/opinion/17Murakami.html

編集部注:小説の場面訳は『希望の国のエクソダス』より
翻訳 タイムアウト東京編集部

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2011年03月23日(水)

「みんな一つのいのちを生きている・・・山元加津子」

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かつて友人が主催した上映会に家族で行ったことがあった。

上映されていたのは
そのときに出演されていた“かっこちゃん”こと
山元加津子さんの講演も聞いて刺激を受けたオレは、
一緒に旅した多くの隊員たちに、この映画を勧めた・・・。

その山元加津子さんが震災について書かれたエッセイがあったので転載する。

<みんな一つのいのちを生きている>

 特別支援学校の卒業生のゆうこちゃんから
 泣きながら電話がかかってきました。

 「どうしたの? 何があったの?」

 泣きじゃくる声からただ事でないと思って尋ねると

 「かっこちゃん、地震のテレビの女の子、お母さんって呼んでたよ、
  ひとりぼっちになったって言ってたよ。
  寒くてお腹が空いたって泣いてたよ」

 と言いました。

 「ゆうこのご飯をあげたい。ゆうこは食べなくてもいいから、
  かっこちゃん、持って行ってあげて。
  かっこちゃんならできるでしょう?
  お願いだからそうして、あの女の子にゆうこのご飯をあげて、
  ごはん食べてほしい」


 ゆうこちゃんはテレビに映っている映像を観て泣いていたのです。
 私はゆうこちゃんをぎゅっと抱きしめたかったです。

 「ゆうこちゃん、私も昨日の夜、
  スーパーで食べ物を買って段ボールに詰めて、
  東北のお友達に送ろうとしたけれど、郵便局もコンビニも、
  今は東北に送れないっていうお話だったの。
  でもね、他に方法を探しているよ。
  ゆうこちゃんには、ちゃんとご飯を食べてほしいの」

 でも、ゆうこちゃんは

 「みんなが食べていないのに、ゆうこだけご飯食べられないよ」

 と言いました。そして

 「日本はどうなるの? 日本はだめになっちゃうの?
  ゆうこには何ができるの? かっこちゃん教えて」

 と言いました。

 
 「日本はだめにならないよ。
  ゆうこちゃんのようにみんながとても優しいから。
  そして強いから、日本はだめにはならないよ」


 知らず知らずのあいだに、私も泣いていました。

 ゆうこちゃんに話しながら、
 きっと私は自分に言い聞かせていたのです。

 「日本は優しい、日本は強い、だからだいじょうぶ。
  日本はだめにはならない。
  きっともっともっと素晴らしい国となって立ち上がるよ。
  今、つらく悲しい中におられる方、
  すべての方がまた、にっこり笑えるようになるよ」

 と私はまた、電話を切ったあとつぶやいています。



 このごろは、眠っているのか起きているのか
 よくわからないような中にいます。
 きっとみなさんもそうだと思うのですが、
 被災されたみなさんのことが頭から離れないのです。

 どうして、つらい方を見たらつらい気持ちになるのでしょうか? 
 きっと私たちはみんな、生まれる前から、
 愛でいっぱいにできているのかなと思うのです。

 「あなたが悲しいと私も悲しい」
 「あなたが嬉しいと私も嬉しい」

 そんなふうにできているのかなと思うのです。
 だって、みんなでひとつの命を生きているから・・・。
 きっとそうだと思います。
 日本中の人が、世界中の人が、みんな思いをひとつにして、
 被災された方のことを思っていると思います。

 (特別支援学校教諭 山元加津子)
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2011年03月21日(月)

「オンライン書店「復興書店」をスタート!島田雅彦」

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   「知恵がある奴は知恵を出そう。
   力がある奴は力をだそう。
   金がある奴は金を出そう。
   『自分は何にも出せないよ…』
   っていう奴は元気出せ。」
        松山千春


友人の内藤みかさんより届いたお知らせをシュアしたい。

このブログの読者は著者も多いはず・・・。

 作家の島田雅彦さんが、

 著作にサインを入れたオンライン書店「復興書店」をスタートしました。
 参加してくださる著者さんはぜひご一報を。(自著があるかたでジャンルは問いません)

 詳しくはこちらに連絡先などがあります。
 http://island.geocities.jp/narcoshaman/

 基本的には自著にサインを入れてお贈りできる冊数を明記のうえ
 復興書店あてにご連絡いただくことになります。

 私も10冊以上サインを入れてお贈りする予定です。
 内藤みか


オレも10冊以上サインして贈ろう!


 また私自身の作家活動としてツイッターに投稿された震災関連の140字小説のなかから

 「心に残る140字小説」を編集しています。

 かなり胸にしみる作品もあります。よろしければごらんください(≧∇≦)

 
http://togetter.com/li/113436
 内藤みか



140文字でここまで表現できるんだね・・・。

   「心に残る140字小説」
   気やすく「助けて」「手を貸してほしい」と言えない。
   恋人ではない人。
   たったひとこと「だいじょうぶ?」と
   メールが来ただけでもありがたいと思わなくては。
   あの人のメールのおかげでふんばっている。
   大好きで大切なあの人が必ずまた会おうねと
   言ってくれたから。「だいじょうぶ」。
    #twnovel @micanaitoh
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