昨日は久しぶりにオフ会に参加してきました。
たくさんの戦友とお会いできて、とても築き上げる(笑)交わりでした。
ひとりひとり幸せの形は違うだろうけど、必ず道は開けます。明けない夜はありません。
次回は…5月のイベント行けるかな?
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謹賀新年 2016

テーマ:
あけましておめでとうございます。

私にとっては、4年間住んでいた大阪市東成区から都島区に引っ越して最初の新年を迎えました。

今年も色々波乱の一年になりそうですが、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
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今日は母の誕生日

昭和28年生まれなので、今日で62歳。
しばらく会っていませんが、先日電話したときの声は元気そうでした。

JWなので誕生日を祝えないのが残念だけど、
お母さん、誕生日おめでとう。
いつまでも元気でいてね。

そして、いつか、JWの偽りから「目覚める」ときが来ますように。

母と僕



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昨日の続きで、思い出したことをつらつらと。

今も現役やってる母と、断絶した私との違いは何なんだろう、とよく考えるんです。

いちばん大きいのは、母は「組織」に対して全幅の信頼を置いてるところ。
その根拠が何なのか、僕には分かりません。
あるいは、JWの会衆コミュニティや親族(叔母一家もJWです)とのつながりをいちばん大切にしていることでしょうか。

一方、僕はあくまで「聖書」に全幅の信頼を置いていて、組織の建前と本音の乖離をずっと見てきていたので、組織を信用してなかった。だから自然消滅に踏み込めたんだと思います。
それに、自閉傾向が強くて、人間関係に対するこだわりがそんなに強くなかったことも、JWから離れる上でプラスだったように思います。
そう考えてみれば、僕が発達障害だったこともギフテッド(神様からの贈り物)…と考えることもできるかもしれません。

今はすっかりアホになってしまいましたが、昔は「歩く洞察」なんて呼ばれてたことがありまして、出版物のどこに何が書いてあるとか、スラスラ暗唱したものでした。
それだけ記憶力がいいと、「書いてあることと、現実にやってることの乖離」にも気づきやすかった、というのも…あるかな?

それにしても、昔はあんなに熱心に個人研究してたのに、今はすっかりサボってて、これじゃあいかんと反省している今日この頃です。

じょえる的信仰歴

我が家は代々宗教オタクで、祖父は生長の家やってたし、父は幼い頃、近所にある大徳寺を訪ねては僧侶と問答してたらしい。

そんな家系もあってか、自閉傾向が強くてマイワールドで生きてきた僕も、幼い頃から「神」との対話の中で生きてきた。
物心ついてすぐに聖書を与えられたから、僕にとっての神は、聖書の神エホバなわけですが。

両親の不仲に悩み、学校でのいじめに苦しみ、もう死にたい…と思ってた小4のころ。「エホバ助けて!」と真剣に祈ってた。
小6になってバプテスマを受けるのを許可されたんだけど、その直後、中学に入学してから、自分の最大の理解者である恩師にめぐり会い、今まで苦痛だらけだったのが一気に好転した。
あのときは「これはエホバの祝福だ!」と思ってましたね。
食事の時も就寝時も、祈りを欠かしたことはなかった。
そんな習慣が崩れたのが、社会人になってから。

JWとして生きてきたのが15年。JWを抜けて、もう20年近く。
そろそろ信仰の再構築をせねばと思ってる今日このごろです。
まずは祈りと聖書通読の習慣を取り戻すところからでしょうか。
先日、グループワークで「幸せ」について考えることがありまして。

いろんな思いがどっとあふれてきました。


「幸せ」とは、ハルマゲドンを生き残って地上の楽園で永遠に生きることなんだから、そのために今は集会や奉仕に没頭してなさい!と頭ごなしに押しつけられてきた、子ども時代。


強制されてきた価値観をかなぐり捨てて、「ふつうの社会人になって、結婚して、『普通』の幸せを経験したい」と、猛然と生きてきた20代。


そして、社会人としてのキャリアもある程度積んで、結婚もして、幸せをつかんだはずが、すべてが壊れていった30代。


自分の中で「幸せ」のベクトルが180度変わる経験を、人生で2度もしてるんですよね。


そこで、聖書の伝道の書にある「空の空、すべてはむなしい」という言葉にたどり着いたのでした。


JWを辞めて、世の人として幸せになってやる!と背伸びしつづけてきたけど、しょせん僕にはムリやった。
いや、幸せの形って、そんな目に見えるものじゃないんじゃないか・・・ということに、ようやく気づくようになったのでした。


自然体で、ありのままの自分で、なんでも白黒つけるんじゃなくて、ときにはグレーのまま置いておく・・・そんな人生でもいいんじゃないか、と。
頑張りすぎない、ぼちぼちの歩みでもいいじゃないか。
なんてことを、今は思っています。
おはようございます。

ここ最近、街角でエホバの証人がスタンドを立ててるのを見かけるようになりました。

ただ立ってるだけなんですよね。
恒例のJWファッションは健在ですね。


それから、最近驚いてるのが、スマホの「JW LIBRARY」アプリの充実ぶり。
あんだけのもの作れるリソースあるのなら、信者を稼がせたほうが、寄付集まるだろうにと思うのですが、統治体は伝道者を働かせる気がないですよね。不思議です。


昨今、戸別伝道スタイルも、おもむろにスマホを取り出して動画を見せるスタイルになってきてるとか。
聖書だけを片手に「論戦」していたころが懐かしいですね。
伝道者の知識レベルの低下も著しいのでしょう。


極めつけが、最近露骨になってきた「寄付集め」。
これについては、また改めて書きます。


浮上してみますた

すっかりご無沙汰しております。
もう忘れ去られてるかな、とも思ったり。

Twitterは(アカウント名を変えながらも)続けてるので、
一部の方々とは、今もつながっておりますが。

20代のころは、しょっちゅうオフ会をやっていたものですが、
ここ数年はすっかり縁遠くなっておりました。
自然消滅で無宗教だったころは、ある意味「無条件に共感」できていたのですが、
自分がプロテスタント信徒になっちゃったことで、「神」とか「宗教」に対するアレルギーを抱き続けておられる方々と関わる上で、ハードルが上がっちゃったのは事実です。


キリスト教会に通い始めたのと並行して、このアメブロを始めました。
プロフィール見返してみたら、もう7年経つんですね・・・
当時は既婚&ワーカホリックでしたが、今はバツイチ独身の派遣社員です。


元JW界隈でも、人間関係でトラブることが多々ありまして、
なんとか改善できないものかとカウンセリングを受けたりもしていたのですが
ふと書店で手に取った本がきっかけで「発達障害」との診断を受けるところにたどりつき、
最近は、発達障害関係のコミュニティーと関わるほうがメインになっています。

ただ、元JW2世としての心の傷は、事あるごとにうずいておりまして、
アダルトチルドレン・アノニマスにも通ったり、12ステップの勉強をしたりしてますが、
もやもやした感情を抱えながら過ごしておりました。


最近、元JW2世の方から連絡をいただき、久しぶりにJWの話をしました。
それをきっかけに、またJW関係の情報を集めてみようという気になりました。
ジャン・ドウゲン牧師にお会いしたときに、この本を紹介してもらいました。

カルトからの回復 (カルト問題のフロンティア2)/櫻井 義秀
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ドウゲン牧師のインタビューも載ってます。
昨日届いたばかりですが、今の僕が必要としていることが書かれているように思いました。
これからじっくり読んでみます。