2008-11-10 13:00:00

【DiGRA JAPAN 公開講座】10/31「ひぐらしのなく頃に」レポート

テーマ:ゲーム学術

 今回は大ヒットとなった同人ゲーム「ひぐらしのなく頃に」を題材とした、「同人ゲームの潮流」シリーズの第2回目。「~「ひぐらし/うみねこのなく頃に」に見るコンテンツとコミュニティー~」と題して、同作の制作者である竜騎士07、BT両氏と、作品を支えたゲームエンジン「NScripter」の作者である高橋直樹氏他を迎え、討論会形式で行われた。


左からBT氏、竜騎士07氏


 以下は主に竜騎士07氏によるコメントを遠藤がまとめたもので、遠藤の意見を後に加えている。


◆「同人」とは


 同人サークルはコンセプトビルダーとなる1人が始め、賛同した人が参加する。今はネットで人を集めることが多くなったが、楽しんで作ることが一義となる。
 商業は売れることが前提となっているが、同人は自分たちが面白いと思うものを好きだから作るわけで、作ること以降は考えていない。コミケのような販売会や同人ショップの存在によって、内輪で作ったものを全国に広められるようになったのが、10~20年前とは大きく異なる環境の変化だ。

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 販路が同人の在り方を変えてきたという印象を持った。個の集合体である同人誌に比べ、分業化されたゲームはサークル単位の動きになるのだが、中には個人で活動している作家もいるところに「同人」という言葉の懐の深さと定義の難しさを感じる。


◆「07th Expansion」というサークル


 竜騎士07氏本人のゲーム体験は、父が持っていたPC-8001にベーマガのソフトを打ったことから始まる。ゲームをカスタマイズする面白さは、「信長の野望」の改造で知った。kunren=10のところをkunren=1000にしてみたら、一気に訓練で兵力が上がって大喜び。しかし敵も同様に上がるので、武力均衡が瞬時に崩れるゲーム性となったオチも。
 07th Expansionはカードゲームのために作られ、「Leaf Fight」のオリジナルカードを当初は作っていた。TRPGサークルに参加して冊子をコミケに出品していたBT氏が、そのカードゲームにはまって竜騎士07氏を訪ねたところから、現在の流れが生まれている。

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 07th Expansionという名前はカードゲームに由来するとの話があったが、MAGIC the Gatheringは6th editionが1999年、7th editionが2001年にリリースされているので、ここからの引用と予想する。editionは基本セットの大きな変革だが、一般的なカードの追加については Expansionと呼ばれるので。


◆サウンドノベルについて


 竜騎士07氏の友人の姉が同人作家だった影響から、ノートの裏側からマンガを描くようになり、そのシナリオを書くうちにサウンドノベルに辿り着いた。サウンドノベルとは、アニメ、ゲーム、マンガの中間に生まれたものという認識がある。
 サウンドノベルは、「key」「leaf」がヒットした時代に大型化が進んだが、「月姫」の出現によってリスタートされている。その「月姫」に影響されて、八咫桜氏がNScripterを勉強したことから、本格的にサウンドノベルを作る方向に進んだ。
 ひぐらし級の作品では、ライトノベル3冊分くらいのデータ容量が必要だが、最近のサウンドノベルでは、「テキスト量が多い」=「素晴らしい」という価値観が支配しつつある。ボリュームそのモノが作品のレベルとなるのは、ゲームとして危惧すべき問題だ。

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 「サウンドノベル」という言葉は、遠藤の盟友でもある中村光一君が代表を務めるチュンソフトの登録商標。92年に「弟切草」が作られた頃、「サウンドノベルという言葉が、このジャンルの代名詞になるまで押す」と中村君が言っていたのを思い出した。「ヴィジュアルノベル」という言葉もあるが、これはサウンドノベルという言葉を使うことによるリスク回避のために用いられたものだろう。主に18禁ゲームの印象がある。

 身近でチュンソフトのサウンドノベル作品を見ていた身としては、また「ブルークリスタルロッド」で同様なソフトを手掛けたクリエイターとしても、この手のゲームの物量については頭が痛い。一番の工数削減策は、選択肢を減らすことなのだが、それによってゲーム性が犠牲になるというリスクを持っている。


 ゲームについて教えていると、サウンドノベルを作りたいという学生が居たりする。遠藤も迷うことなく「NScripter」を勉強して、まず自分で組み立ててみるように指導するので、今回高橋直樹氏に会って直接お礼が言えたのは価値があった。会場には同じように感じている人も多かったらしく、高橋氏登壇の際には大きな拍手が巻き起こったことも素晴らしいと思った。


◆「ひぐらしのなく頃に」という作品


 ひぐらしは「八つ墓村」「ブレアウィッチプロジェクト」の2作品に強く影響を受けている。ゲーム本体のゲーム性は極めて低いが、ネットというインフラを取り込む前提で、コミュニケーションを誘発し、コミュニティにおいて議論をすること自体を楽しもうというのが、それまでのゲームにはないコンセプトとなる。
 これはゲームはコミュニケーションツールであるべき!という考えに基づいている。そこで、小説と同様にゲーム性や選択肢はないが、答の出ない状態で終わるようにして議論の余地を残している。この手法はARG(Alternative Reality Game:代替現実ゲーム)に似ており、ひぐらしはMMOクイズ?とでも言うべき存在だろう。
 当初は5話を想定していたが、自分の執筆スピードを過信していたという誤算があり、第2話「綿流し編」の頃にやっと全体がまとめられた。登場するキャラクターは、実社会で出会った人をモデルにしている。大石蔵人は「良いお年を」が口癖だった先輩がモデル、公吉喜一郎は江戸川区長がモデルといった具合だ。

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 選択肢の排除をゲーム性の消失としない、質的転換を狙った素晴らしいコンセプトだと思う。

 最近のカジュアルゲームの傾向として、ゲーム性を排除してコミュニケーションを促進させるというものがあるが、ひぐらしも1つの解答としていいのではないだろうか。ただし、コミュニティへの参加というのは段階的でなければ成功しないという統計も出ているので、今後この手法を応用する場合には、コミュニティの作り方にも工夫が必要となるだろう。


◆ひぐらしのヒット


 ひぐらしのヒットは、インターネットの普及タイミングが天の時となった。もし公開が10年早かったり10年遅かったりしたら、この成功はなかったであろう。
 販売会などでも、見本誌で中身を確認できる同人誌と違い、ソフトは中身を事前に現地で見ることは難しい。そういう意味でWeb上で頒布できる体験版は効果があり、04年の5月に04夏コミの「暇潰し編」の体験版を出して盛り上がり、ヒットを実感した。
 メディア展開は04夏に声を掛けてもらったドラマCDが異例に早く、04冬~05春が本格的スタートとなっている。

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 ヒット商品は何でもタイミングが大きな要素となる。企画に携わる人間は、誰でもいずれは同じ解に辿り着くのは必然なので、早過ぎないタイミングで一番早く仕掛けた物がヒットするわけだ。

 遠藤で言うなら、ゼビウス以前にもスクロールシューティングは存在したが、まるでゼビウスが最初の縦シューみたいに思っている人も多いし、逆にスト2より2年前に発売したケルナグールは対戦格闘ゲームだったが、これが対戦格闘の歴史に入れられることはない。みたいな感じだね。


◆コミケとの関わり


 ひぐらしはコミケ毎の連載のイメージがある。実際に販売された数字は以下の通りになる。
02夏コミ62 鬼隠し編100部
02冬コミ63 綿流し編100部
03夏コミ64 祟殺し編200部
03冬コミ65 再販500部
04夏コミ66 暇潰し編1400部
 コミケ66では生産本数の決定が難しく、1000と2000の2つの意見の中間を取って1500、そこからちょっと弱気になって1400に決定した。
 03冬コミ65で新作を発表できなかったことは、自分でも後悔しており、これがゲーム制作の専業化に繋がった。そういった意味で、06夏コミ70で祭囃し編を出して解答編が一段落した後、06冬コミ71で「ひぐらしのなく頃に礼」を、続く07夏コミ72で「うみねこのなく頃に」を連続して出せたのは誇りに思っている。
 ひぐらしで人気が出たのはうれしいが、コミケで「これを買うために並んだ」「すぐに帰ってプレイする」というのは、同人本来の姿を考えるとある意味悲しい。折角会場を訪れてくれたのなら、他の作品も見てほしい。

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 実数は実態をよく表すわけだが、専業化に踏み切る数字は若干リスキーに思える。もちろん、好きなことだけをやっていて食うに困らない生活は、多少レベルが低くても充分に幸せなのだが(笑)。この辺は、自分で会社を始めた頃の遠藤も同じだったのではないかと考える。

 コンテンツ制作の世界では、コンセプチュアルな作品が製作費を掛けて作られた大作を超えるセールスとなることはよくある。逆に技術だったり組織だったりのバックボーンがないと、一発屋で終わることもあるわけでだ。その上、どんな技術もコンサバティブだと陳腐化していく業を背負っているので、常に新しい何かにトライする気持ちが、クリエイターの一番の資産ということになる。

 実はセールスに結びつく普通のユーザーは結構保守的で、コミケで新しい何かを探そうという人は、むしろマイナー指向だったりする。この情報差を埋めてしまっているのがネットなのだが・・・


◆ネットとの関わり


 Webのアクセス解析はしていないが、ネットによる口コミは影響が大きい。制作者としてはユーザーの声を聞きたいので、以前は全てのメッセージにレスしていたが、最近はとても無理。
 ひぐらしの場合、ネットのコミュニティはファンが主催するイベントなどを通じて、徐々に大きくなっていった。このようなゲーム本体をクリアした人の、「お疲れ様会」「お茶会」などでゲーム改考することこそが、ひぐらし本来のゲーム性なのかも知れない。
 また、同人作品は事前告知によるプロモーションはなく、公開されてから告知などが始まることが多い。ネットなどによる口コミでは、マイナーな良い作品がソースとして良質なものと思われている。逆に、自分が応援していたマイナー作品の知名度が上がると、ガッカリすることもある。
 一方、インターネットには負の部分もある。ひぐらしや東方などの作品に知名度が集中しているが、それより面白い作品は山ほどある。にも関わらずそれらの知名度が上がらないのは、インターネットによって既に知名度のある作品のみが面白いような、価値観の統一が行われてしまうから。ネットの情報は広く伝わるが、ソフトを1本も買わずに、遊ばずに、その情報だけを見て論ずることが日常的になされ、評価などは収束されやすい傾向にある。

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 プロモーションについては、同人ゲームのほとんどが特に力を入れていない部分だろう。となると、ほぼ唯一の出口となるのがネットということになる。ネットにおける情報伝達はここのところ急激に変化している。特にモバイルへの移行には、PCユーザーには理解できない勢いがあるので、次にネット連動で大ヒットするものは、モバイルを利用したものなのではないかとも思う。

 ここにコンセプチャルな新作を投入する同人さんはいないのか?原点に戻ると、別にそこに価値を求めてはいないのだろうね(笑)


◆プロフェッショナル


 同人と商業の分岐点は数字ではないのだが、ある一定の量を超えて売れるようになると、ショップから予約を受ける形になる。こうなると責任が生まれ、同人という枠の中で、趣味として完結させることができなくなる。ひぐらしでも04冬の目明し編からは未完成の段階から予約を取るようになったので、プレッシャーだった。
 現在は専業化しているので、クォリティと納期は守りたい。これは社会人として当然のことだが、コミケに未完成ゲームが並ぶなど同人では軽視されがちだ。黄昏フロンディアさんも、社会人なみの感覚を持っているが、これは制作者としての情熱で測ることができるかも知れない。情熱なくしていい仕事をした人はいないのだ。

 最後に一言「愛のある二流は、愛のない一流に勝る」
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 07th Expansionは、その価値観の基準が80年代ゲーム的であるだけで、やっていることは00年代以降のプロフェッショナルなゲーム制作者そのものである。「クォリティと納期を守りたい」などは、20世紀を引きずってるダメな作家連中に一番必要なものだし(笑)。

 今回の話を聞いて、「同人ゲーム」の定義は精神と実態では異なることが実感できた。彼らの同人に対する定義を照らし合わせると、遠藤とかはもろに同人作家になってしまう(笑)。「同人」であることは本人のプライドの問題なのであって、むしろ海外と同様に日本でもインディーズゲームの市場が育っていると感じた。

 「同人」の定義に関しては、高橋直樹氏の言葉「税務署の世話になってる人は商業!」というのが一般的だと思う。遠藤的には、「同人ショップ」で委託販売しているのは「インディーズ」。一般流通で販売されるパッケージは「メジャー」。常設的に購入する仕組みを持たないのは「同人」と、販路で分けるのが一番すっきりした。


 竜騎士07氏のプロ意識に接してみて、改めて「商業」だの「同人」だのという分類が、現在では全く無意味なものなのではないかと思った。むしろ、自分が同人作家だと思っている諸君に、ひょっとしたら愛のない二流に分類されているだろう遠藤から、「愛のある一流になれ!」と言いたい。

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コメント

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3 ■記事最初のところで

映画2001年宇宙の旅が公開された後に世界中で議論が始まった状況と07氏がだぶりました。小説版の発売、2010年、その後の小説と続く。
あと、YОU百回記念の伊藤重里氏だったかな?初期スターウォーズの評判聞いても日本で公開されるまでかなりタイムラグがあったとか、ブルーボックスとアップルⅠ、カナダやオーストラリア映画がハリウッドに吸収されていくヒット作、怪作等も連想します。
記憶が正しければスピルバーグやルーカスって、会社忍び込んでオフィス開いたんですよね?ソーシャルハッカーが世界のブランド化するシーン。
ルーカスは卒業作品が評価されて劇場版THX作って、スピルバーグはTV映画版激突!が評価されて。
ガノタで最初にニュータイプ論した人誰だろうW
ゼビ同人から…とか、中古で機材購入して自主制作を売り込んでN社から発売させた方居るわけで、お二方の議論は過去にも色んなジャンル・メディアでされてきただろうものに感じました。
カテゴライズが難しくても化ける瞬間があるのですね。

2 ■相変わらず長い(^_^;)

 結局のところ「ニワカ」問題的な何かが、同人関連の議論にはついて回るように思います。平行な異なる2つの平面上で線を引き合っているような感じで、一元的な解はない印象を持っています。

 今回いいこと言ったと思うのは、「下心のある外野のお膳立てはあまりうまくいかない」という部分です。クリエイティブとコマーシャルは、本質的に相容れないのかも知れないので、バランスが大切ってことですね。

1 ■無題

こちらも見ましたが、07さんは作品によってはとっくに同人ではないし、遠藤さんはもとから違うし、ネットは確かに昔はありませんでしたが同人ショップやコミケなどの即売会での同人ゲームの販売はそれこそ10年どころかもっと昔からあったので、どうも認識がずれてる気がします。
商業か同人かの違いももっとシンプルに、会社組織でやってるか否かだけの違いでしかないと思いますよ。
うみねこは今のところ同人だけどひぐらしはそうじゃない、程度の話じゃないでしょうか。
愛云々や一流二流なんてどうでもいいことでは、と思います。売れ線だから愛は無いけどそのネタを使うという二次創作もあるし、愛はあるけどできは二流みたいなものも多いと思いますが、それがつまらないかというとそうではないので。
納期の話もなにかおかしい気がします。商業で仕事なら納期を守るのは当然ですが、同人にその考え方を持ち込むのは歪んでませんか。イベント合わせで無理したものを出されるくらいなら落とされても気にしないのと次の機会を待つのは普通のことで(大抵のサークルは進捗的な意味で体験版を出してくれることも増えていますし)、それじゃダメだというのは商業または専業化した人の側の理屈の押し付けだと思います。

大元に戻ると過去にそういう草の根開発者を使おうとソニーが環境を提供したことがあったと思うんですが、あれって成功したんでしょうか…下心のある外野のお膳立てはあまりうまくいかない気がします。作り手さんたちはそれ以上にしたたかでしょうし、それ以前に趣味レベルだからこそやっているということもあるんじゃないでしょうか。そういう意味では環境を整えるだとかの干渉がなくとも、今のエコールやアルケミストみたいなやり方はうまく機能しているんじゃないかと思います。実力あるところが商業作を作って広く遊んでもらえるようになる、それはすごくエキサイティングでいいことだと思いますし。

伊達に長く見てきているわけじゃないと思ってはいますが所詮こちらは消費するだけですから、コミケくらいしか人生のハイライトが無い、同人という言葉を悪い意味で便利に使っている落伍者の戯言と流していただいても結構です(苦笑)。

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