19歳、始動

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願わくば、これから出くわすこと全てが、私にとっての逆境でありますように。


人間として成長すること、それだけを願って。


自分が何をしたいのか、何をすべきなのか、考えれば考えるほどわからない。


だからこそ、必死になろう。波に乗っているときも、そうでないときも。


アクションを起こし続ける行動力を身につけるときだ。


学ぶことがありすぎてパンク寸前!!

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貧困を歴史に変える

テーマ:

こないだの記事、書きっぱなしでした。反省。

「ほっとけない、世界の貧しさ」という、(部分的な)世界で同時で行う、貧困撲滅キャンペーンです。

今に始まったことじゃないかもしれない。今更珍しいことじゃないかもしれない。

これが広がれば貧困は本当になくなるんじゃないかなんていう根拠のない幻想は抱かない、けど、

全ての小さな取り組みは「きっかけ」になり得るはず。

そうやって世界は変わってきた。少しずつ。

だから今回、偶然か必然か、目を留めたこのキャンペーンに触発されてみようと思うのです。


貧困は必然じゃなく、人災である。戦争と同じように。
戦争の怖さが、人を殺すことが手段や目的として正当化されることだとすれば、貧困のそれは、極めて人為的だということが目に見えにくいことだろう。

世界のどこかで誰かが死ぬ。食べ物がないというだけで。生きていくだけのお金がないというだけで。

それが、自分と関係のない現実ではないことを、私たちは知っている。知っているはずだ。

これは、少なくとも今の世界では自然なことではない。

全世界の人を満足に食べさせるだけの食糧は、あるのだ。物質的に言えばの話だが。
それを平等に分け与えることが、経済学の元来の使命のはずである。

今のような世の中にした責任が誰にあろうと、

発展の恩恵を受けている私たちは、その過程で犠牲になった人々を放っておいていいはずがない。

少なくとも私はそう考える。


こんなことを書いている私だが、自分のやりたいことが全くわからずにいる。

貧富の差に真っ向からぶつかっていくのか。無謀すぎやしないか。空回っちゃ意味がない。

現実的に考えて、やりたいことを思うがままに目指していける状況にあるのか。

甘い夢を見すぎていなかったか。

このごろいろんな種類の人に出会いすぎて訳がわからなくなってしまった。

今の私は周りをきょろきょろ見回してばかりだなぁ。




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放ってはおけない

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Japan

http://www.hottokenai.jp/index.html


US

http://www.one.org/


UK

http://www.one.org/index.aspx


Canada

http://www.makepovertyhistory.ca/e/home.php



'Poverty is not natural. It is manmade. And can be overcome by the action of human beings.'

                                                                                                                                   by Nelson Mandela

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後に続け

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10日、Wesleyan Universityの先輩方と、新入生とで、食事に行った。

こんな機会を設けていただけることに、大変感動している。

自分、この学校にするしかなかったんじゃないの!?

そんな錯覚さえ覚えてしまう。

そうよ、錯覚でいいから、この人脈を大切にしたい。


楽しかったし、専攻の詳しい話から、日本食レストランの良し悪しまで、幅広くピンポイントで聞けて、とてもとても為になりました!!!


今私が悩んでいる専攻は、

Government

College of Social Studies

だが、それを言ったら皆さん口を揃えてCSSは大変だとおっしゃるじゃないの。

他の専攻は3年生から本格的にコースを絞るけど、CSSは2年から始まる。その2年生が地獄らしい。

College of Suicidal Sophomoreの別名を持つあたり、冗談じゃなく恐ろしい感があるぞ。

他にもSociology, Anthropology, East Asian Studies Programなどと、まだまだ迷ってから決めるけど、

覚悟はしておきたい。

「大変だけど、終わってみたら良い専攻だと思うよ」というお言葉を信じて・・・。


頭が良いとか凄いとか、そういうことばかり言われ、勘違い気味なところのある私は、

まだまだ現実をナメている。

成績が良い=頭が良いという方程式は信じるはずもないし、

自分の弱点は把握したつもりでいる。

だけどどこかで、そう、どこかで、

自分を甘ーく買い被っているところがある。


人間はどこまで変われるのか。

自分のポテンシャルを信じること、向上心を保ち続けること、好奇心を失わないこと、人との関わりを大切にしてやさしくあり続けることが、これからの成長の潤滑油になってくれればいい。


いろんなことがありすぎて、

最近の頭の中は、どうしよう、どうしようの嵐だよ。

パンク寸前!



今日親不知を抜いた。

痛い。痛ーい。

脳髄まで響き渡る感じ。

明日になったら頬っぺた腫れ上がっちゃうのかなー(泣)

ぐすん。


こんなものがあるよ

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Wesleyanのメールアドレスをもらった。同期の皆様ももうお持ちかな?浮き足立っちゃうけど、あんま広めないようにしなきゃ。大学用、大学用。

そして導かれるままにに、そのアドレスで登録してみた。

Thefacebook

http://www.thefacebook.com/


アメリカ全土?の大学生ネットワーク的なものではないか!

他の学校の友達とも繋がることができる。

「友達の友達」なんて風に、輪が広がっていく!

すごーい。


みんな早く登録してくださーい。


それにしても生徒として登録された途端、

WesleyanからのメールやらHPやらから情報が流れ込んでくるわくるわ。

もうなにがなんだかわかりません。


未だに専攻悩み中。



アジア勢優勢

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近頃、WesleyanのFreeman Scholarたちとよくチャットをしている。

おっもしろいおもしろい。

マレーシア、シンガポール、中国、台湾、香港、韓国からアメリカを目指す彼ら。


言うまでも無く英語に問題はないのだろう。

少なくとも私よりはね・・・。


まだ雑談しかしてないからわからないけど(しかもわりとくだらない話・・・)

なんというか、とても楽しみな人たちだ。


アジアの優秀な頭脳が大量流出。

Freeman Scholarの場合は母国に帰ってくるからいいとしても、心配ですね~。


それにしても楽しみだ♪

早く会いたい。早く喋りたい。

お互いの国のご飯を作り合ったり、イベントを企画したり・・・

Hurray!!! 待ちきれないぞ!!


Wesleyanが誇るdiversityにどっぷり浸かって自分の頭を鍛え&磨きたい。

私も負けないぞっ。

血と水

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ここ1年くらい、思い出したかのように頭にふわっと浮かんでは私の思考を独占したこと。


それは、家族のあり方。


家族ってなんだ?

血が繋がっているから家族?

いつも一緒にいるから家族?
家族は一番愛し愛されるべき対象?


最も確かな繋がりのように見える「家族」でさえ、

考えれば考えるほど掴めない不確かな存在のように思えてくる。


近頃、子が親を、親が子を虐待・殺害する事件を耳にすることは珍しくない。

血の繋がりに束縛されているようにでも感じるのだろうか。

いくら家族でも、みんな人間、相性が合わない人は合わないものなのだそうだ。

理解できるよう努力する根性とか、思いやる力が足りないとき、居心地が良いはずの「家庭」も崩壊してしまうのだろう。


一方で、不妊に悩む人は増加傾向にあるらしい。8組に1組とか。

私は絶対に子供が欲しい。不妊とかいう言葉を聞くと恐ろしくてたまらなくなる。

正直、願わくば血の繋がった子供が欲しいと思うけど、今の時代に他にも選択肢があることを心強くも思う。

代理母、体外受精、養子縁組などなど、簡単なことでも、自然なことでもないのかもしれない。


去年、向井亜紀さんの著書を2冊読んだ。彼女は子宮がんを患った後、アメリカに渡り、代理母出産に何度も挑戦した結果、双子の男の子が生まれた。

それまでの道のりが平坦なものではなかったことが、本を読めばわかると思う。


彼女は問う。

「お腹を痛めて生んだ子供だから」愛おしいのか?


必死になって命の誕生を追うことを、その手段ゆえに間違いだというのか?


代理母出産の是非は、倫理的問題も絡まってなかなか難しい議論である。

向井さんの場合はうまくいった。周囲の理解もあった。人柄のよい代理母に恵まれた。

しかし日本では認められていない代理母出産を、まわりにだけでなく、子供にも、隠しとおす人も多いという。


倫理的な議論に、出口は見えにくいもの。


だが、どんな家族の形でも認め理解できる社会は必要だ。

養子縁組だって、日本では成立に漕ぎ着けるのは難しい。国際養子縁組ならなおさら。

守ってくれる法律。周囲の理解。

政府よ、少子化に歯止めを掛けたいならもっと柔軟に考えろ。


技術の進歩とともに、人間は自然の摂理を都合の良いように操ってきた。

代理母出産や養子縁組も、その「不自然さ」ゆえに多くの物理的・精神的障害を伴うものには違いない。

しかしそこから生まれた可能性は、決して冷淡なものではないと信じたい。


そう、愛情の形が広がったのだと思えば。

血が繋がっていなくたって、愛情は生まれる。人一倍の愛情を込めて育てるのなら、そこから育まれる関係はむしろ、濃密なものになり得るのではないか。


家族のあり方。

一義的には定められないからこそ、ひとりひとりが探し求めて、それぞれの形で大切にしていければいいものなんじゃないか。


血が水より濃いとは決して思わない。

家族というぬくもりのある空間なら、そこに流れる温かみは、一緒だから。


Mona Lisa Smile

テーマ:

をDVDで見た。


率直に言っておもしろかった。


1950年代のWellesley Collegeという舞台に興味を引かれただけだったものの、


ストーリー自体はとても楽しめた。ラストはちょっぴし泣けた。。


人生を変える教師との出会い。私が今までにしてきたもの、そしてこれからも待ち望んでいるもの。

それに、まぁまさか同じとは言えないだろうが、私の大好きな女子校独特の雰囲気(笑)

生徒と教授の交流を通して互いに成長し、信頼関係を築いていく姿は、とても微笑ましいものがあった。

こんな先生と出会えたらいいな~。


それにしてもWellesleyって昔はこんなにConservativeだったのか!と素直に信じ込んでしまったが、


どうやらそういうわけではないらしい。


Amazonのリビューでは、★★★★★を挙げる人が大勢いるなかで、

Wellesleyの卒業生が「そんなわけねーだろ」と批判を連ねていたのが目についた。

なぜかそのwebsiteを見失ってしまったけど、映画で描写されていたことをことごとく否定していた。


結婚にしか興味がないわけでは決してなくて、学部課程を終えても学び続けることの大切さを教授は説くし、みんな自分の意見を持っている。

全員が教科書丸暗記、決まった答えしか言わないなんて、ちょっとやりすぎだろう・・


そりゃもちろん映画というのはものごとを極端に描きがちなもの。

物語として楽しむのは良くても、その背景を全て信じこんじゃだめだけど。


私は50年代のアメリカをよく知らないのでだれがどれだけ正しいのかよくわからない。


保守的にも程があるのか、そんな時代が本当にあったのか。


所詮エンターテインメントの域、漠然とした感触しかつかめないものかな。

英語の勉強にもなるという言い訳ができるから、また借りちゃいましたけど、DVD。


にしてもWellesley College、キレイなとこだなーv

年度が始まるときの儀式(?)は今も同じなんだろうか。


学問の扉をたたくの。


とても印象深かった。かっこよかった。


くーーっ

早く大学行きてーー!!