夢が現実味を帯びるとき

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留学準備が速度を増し、夢が近づくにつれて、なによりも怖いという気持ちで身がすくむことが多くなった。
憧れを抱いて見上げていただけの時とは違って、今私の前に続く道の先で待ち構えているアメリカの大学は、まだ高校離れできていない私にとって、厳しく立ちはだかる試練でしかない。一旦楽しいと思えれば、しめしめなのだが。
ハーバードの面接官に、読書量が半端じゃないよ、と脅された。
学校の先生も、本を山ほど読んで徹夜でレポートを仕上げたという。(ちなみに私は徹夜ができない。困った・・)
そういったことも不安の要素ではある。でも、それを一人で乗り越える力をつける為にアメリカを選んだのだから、望むところだ。
といいたいところだが、強がるのは先生の前だけにしておこう。
正直言って、そういった過酷さも怖い。
時間のたっぷりある今の時期にそれを有効に活用しきれていないことからもわかるように、私は元来自制心が弱いのだ。

でも本当に怖いのは、自分が思っていた、もしくは望んでいた世界とあまりにかけ離れていたら、ということ。アメリカの大学も然り、その後に私が出て行きたいと思っている世界も然りだ。
取り越し苦労かもしれない。
けれど、どこかでポキリと折られたきり立ち直れないような精神力ではだめなのだと思うと焦らずにはいられない。

今まで目いっぱい甘やかされて育った私は、やはり世の中に対する考えが甘いのだろう。自主性を重んじる私の学校ではあるが、自由を「与えられている」時点で俄然動きがとりやすくなる。そういう環境に慣れきってしまった。

この世界には様々な生活をしている人がいる。
そういった人々の生活を目の当たりにせず、彼らの気持ちに寄り添ったことのない私が想像してみても限度があるし、助けたい、守りたい、という思いが空回り続けることだってありうる。
粘り強く道を切り開くということが言葉ほど、想像しうるほど、簡単でないことを知っても私は気力を保っていられるのか。
アメリカに行けばなにかしら動く方法が見つかるだろう、ではあまりに心許ない。ハーバードも、自分から動けば成果は大きいが動かなきゃなにもしてくれないよと言っていた。
私にはまだまだ必要なものが沢山あるようだ。

あー、でも、結局、怖いんだよなぁ。新しい生活に突入するときはこんなものだろうか。中国から日本に来たときは完全に旅行気分だったから、覚えていない。
やはり痛感するのは語学の壁と文化の壁には手こずりそうだということ。
バベルの塔が、ちょっと憎い。

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アンチ受験

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こんな時期に書きたくないけど、こんな時期だから書くべきこと。

近頃、受験生として勉強している友達を見ていて、どうにも煮え切らない気持ちが日に日に強くなってくる。
登校日は3月までしばらくお預けだが、先日のセンターの結果に一喜一憂している彼女たちを見るのはとても辛かった。一緒に泣く私も私だけど、その涙には別の悔しさが入っていた。

今に始まったことじゃぁないが日本の入試制度に疑問を感じずにはいられない。
教育自体に問題があるってことも言いたいが、その集大成ともいえるのではないかと思える受験制度を変えることができれば希望も持てるのではないか。
試験の点数だけで合否を決めるのは酷すぎる。場合によっちゃ完全に運試しになってしまう。
センターでも、いつもはできた科目ができなくて落としたり、直前に見ていたところがそのまま出て大当たりだったりという話を実体験として友達からも聞き、ムラがありすぎて実力を測れているようにはとても思えない。
もし私が受験生であったらしかし、「仕方ないよ」と割り切っていたであろうことも自分でよくわかっている。
なにしろかくいう私も、小学校の時には塾が大好きで、順位をつけられては誇らしげにしていたし、そういう受験制度の下で今の学校に入って大喜びをしていたのだから。そういう仕組みは私に合っていただろうから。
勉強だけすればいいというのは、正直楽だった。
そこがいけないのではないかと、今は思う。

受験勉強が楽だなどとは決して言わない。
学校の先生は、こんなに勉強するのは今だけなんだから頑張り時じゃない、のようなことを言うが、その勉強の仕方と内容が本質に基かなっていないのだから私にはいまいち説得力を伴って聞こえてこない。
教育の本質ってなんだっけ?と、自分でもまだ考えている段階なのだが。
少なくとも、知識をどれほど詰め込めたかで大学に入れるかどうかが決まるというシステムを許すものではないはずだ。
自分と向き合い、考える時間も満足に得られないままに学部を決めなくてはならず、悩んでいる友達を何人も見てきた。
必ずしも選択を狭めてしまうわけではないようだが、なんとなくで選ぶのはやはりおかしい。

同級生たちを見ていても、高校に入った時から塾に通い、学校では必要な科目以外は「捨てる」ようになっていき、授業中は寝るか内職、という人も珍しくなかった。
中高一貫の名門(?)進学校であるわが校では、塾に缶詰にならなくても、良い(これも言い切りたくないが)大学に行くことは十分にできると、先生はおっしゃっていたし、そうしてこられた先輩方もいる。私は実感していないのでなんともいえないが。
比較的どころか、かなり自信をもって言い切れるほど自由主義なわが校では、受験に際して全く何も干渉してこない。
他の学校を知らないのでこれまたなんとも言えないが、プレッシャーをかけられない代わりに、頼まない限りなにもしてくれないだろう。
私自身は留学準備の為に頼み込んで先生方に時間を山ほど割いていただいた。
そんな学校が私は大好きなのだけれど。

ともかく、そんなわが校でも、生徒たちは焦りに焦り、私から見れば学校での時間も惜しむようになっていった。
私の観察眼に頼るだけでは怪しいものだが、もちろん例外がいることも見て取れた。
そういう賢い子達はうまくバランスをとって生活していて、学校の時間も有意義に過ごしていた。
自分のペースを崩さずに、息抜きのタイミングも知っていたであろう彼女たちは、受験もなんなく、でも確実に、乗り切っていくだろう。

どちらにしても、ともすると勉強以外のことを頭から締め出させてしまう受験生活は、多感な中高生にとって毒ではないのか。
彼女たちは勉強より大事なことがあると知っていながら、受験だから、と押し込めているとしか思えない。私もそうするであろうから。

なんだかまた心もとない文章を送り出してしまった・・。
アメリカの受験制度が素晴らしいと言いたい訳ではない。金やコネで受かったりと、理不尽なこともあるようだし。
なにより本当に正当な評価を与えることは不可能に近いのだから。
かなりの感情論だが、受験を敵視する思いは拭い去れずに膨らむばかりなので、むしろ、筋の通った反論を聞いて、不安を解消してほしい・・。


P.S.コメント欄、必見!!
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乗り切ったよ大物

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今日Harvardのinterviewを終えました。
とりあえずすっきりしました。まだほかのInterviewありそうだけど・・。

Harvardの方はさすがというかなんというか、高速で非常にはきはきとしゃべるんです。色々と為になるお話を聞けました。
日本なら例えば東大の法学部にいるだけで「すげぇや!」となるわけですが、Harvardの生徒たちは名声とかに振り回されることなく、自分のやりたいことだからやるし、
Knowledge for knowledge's sake
なのだそう。もちろんどの大学でもそういった生徒の意識の高さは見られると思いますが、Harvardの生徒たちはもとの力量もものすごいんでしょうね。
extraordinaryな人たちばかりだと言っていましたし、私もそんな生徒たちから刺激を受けたいと願うばかりです。

今日のを含め既に3回の面接を受けたわけですが、聞かれることはまちまちでも当然ながら準備をするにこしたことはないです。
言うことを用意しておくのはもちろん、私の場合は学校のネイティブの先生に沢山時間を頂いてリハーサルをしました。リハーサルといっても半分は雑談だったりしますが、一旦頭の中を英語に切り替えると、受け答えが早くなるんですね。頭の中の翻訳機を通す手間が2度省けるわけです。
家でも頭の中に英語をキープしておき、当日はテンションを高く保って臨む!
そして最後に質問はあるかと聞かれますが、質問は必ずすること!印象勝負だから。

生活に英語を取り入れることを普段からやっている人は素晴らしいです。
でも正月に怠けていた私は3日かけて英語の脳をほぐしたわけです・・。
その緊張感にはもう懲りたので以後改善します。

そういえば、日本だったら間違いなく聞かれるであろうから当然のように答え(しかもとびっきりの)を用意しておいた質問を、Harvard, Georgetown, Brownの3校は聞いてきませんでした。
「なんでウチを選んだの?」ってことをです。
偶然かな。Harvardは聞くはずだと踏んでたのにな。
それよりもその人自身に興味があるのですね。
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来たぜ大物

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受験がないのをいいことにしばらく旅行に行っておりました。
我ながらのんきすぎる・・・!
BrownのInterviewの報告をしたいところなのですが、、またまたそれどころじゃない!!
今度は土曜日にHarvardのInterviewです。
緊張します。準備不足は命取りだろうし。
臆病者の私には良い練習になるので、ちょっくら肝を試してきます。

不意打ち

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今日、Brown Universityの卒業生からお電話を頂き、急遽明後日にInterviewを受けることに!!ひぃ~~。。
電話口でうろたえてしまいました。。電話の英語は聞き取りにくい!
一度、Georgetownのinterviewを受けているので(それも手応えあり!!)
今回はそんなに緊張しなくていいのですが・・・。
まだ学校が始まっていないので先生とリハーサルができない。
突然すぎて準備もままならない。
ということはこんなことをしている場合じゃない。笑。
やさしそうな女の人だったので少しは気楽にいけそうです。

終わったらGeorgetownのも併せてご報告します。
Interviewはアピールする最大のチャンスであると同時に、ボロを出しやすいであろう最大のピンチでもあります。
よっしゃ頑張るぞ!

留学、その先

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アメリカの大学を視野に入れたのは、3年前、高校に入学するかしないかの頃だった。
英語が好きだった。やりたいことをまだ見つけていなかった。日本の大学を調べてみても、大して魅力的だとは思わなかった。
まだ曖昧に生きていた私の、こういった状態がうまく作用したのか、昔から両親が冗談半分に言っていた、「アメリカの大学に行くんでしょ?」を本当に目指すことになるとは・・・。

最初は英語ならどこでも良かった。昔から憧れていたイギリスや、住みやすいらしいニュージーランドも候補に入れて、ひたすら情報収集の日々。「留学」という二文字が頭にこびりつき、遠い未来の夢を見ているように心は躍っていた。
今思えば、私が行くべき国はアメリカしかなかったように感じる。
結局なんとなく良さそう、で選んだアメリカだけど、今思うと危なっかしい選択の末にこの国にしておいて良かった・・!

準備を進め、多くの方の話を聞くうちにやっとその良さが見えてきた。
多様な文化が行き交うキャンパス、質の高い教育、専攻を変えられる柔軟さ。
私にとってもこれらはまだ、魅力的な言葉の羅列に過ぎない。
実際にもぐりこんでみなきゃわからない。信じられない。
この抽象的な話からも脱することができない。

しかし、前にも書いたように、準備過程で得たものは多い。
専攻をすぐに決めなくていいというので、焦ることもなく自分がなにをやりたいのかじっくり考えることができた。
自分と向き合った結果、私が抱いているのは、環境問題や飢餓・貧困の解決など、人と自然を守りたいという気持ちだとわかった。
正直なところ今はまだその気持ちに自信が伴わない。
成果が上がりにくく、地道な努力を必要とする分野に踏み込む根性が果たして私にあるのか。
熱意だけでは人は救えない。まだまだ甘いなと思い知らされる毎日だ。

大学での初めの二年間は、一般教養課程として様々な分野から授業を選ぶ。
これは私にとってなによりありがたいことだ。
目指すものが漠然とあっても、切り口は様々。
国際関係も政治も倫理も経済も。化学も生物も環境科学も。
色々な角度から世界を見て、考えて、動いてみる。
そうすればこの不透明な世界が、少しはくっきりと見えてくるのかな。



アメリカに負けるなかれ

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留学の前にワンクッション、ということで去年の夏、アメリカへ一人旅。
サマープログラムに参加してきた。
National Student Leadership Conferenceという、親戚から紹介してもらったもので、運よくInternational Diplomacyの日程が希望と合ったので、即決でapplyした。

率直な感想としては、とても、良かった。
11日間の短いものだが、
Washington D.C.のmuseumを巡ったり、
Diplomacyなので大使館に行ったり外交に携わる方をお呼びしてlectureを聴いたりUnited Nations Security Council Simulationをしたり、
Leadershipなのでspeech練習をしてリーダーとして必要なスキルを学んだり、
それはそれは忙しくも充実した毎日だった。

NSLCTAs

アメリカの学生と交流を持ったのは初めてで、色々と驚かされ、刺激を受けた。
まず、予想していたにも関わらず目を見張ってしまったのは、その半端じゃない活発さ。
lectureをすれば質問の挙手は絶えず、simulationをすれば発言が殺到して時にはけんか腰。
スピーカーのお話より質問の時間の方が長かったこともあった。それにも拘らず打ち切りにしなければ収集がつかない。
学生たちは常に自分の中で問題提起をしているのだ。世界のことに興味を持ち、自分のこととして捉えているのだ。
レソトの大使の方のお話にも、熱心に耳を傾けていた。そんな国知らないからどうでもいいや、ではなく、それまでに知らなかった国について知る機会を大いに生かそうや、そう思っているように見えた。
その姿勢、集中力、モチベーションの高さに感心し、なにより焦った。
日本ではどうなのか、ここに書くまでもないだろう。
受け身な自分、まわり世界に関心を示しているように見せるだけで動こうとしない自分。
呆れていてもしようがないので、彼らに負けないよう、私は私に必要な目と心を養っていこう。
向上心、行動力、影響力。ないものねだりではなく、自分の中から引き出せるように。

もうひとつだけ、夏に気づいたことを言わせていただこう。
SimulationやLeadership Seriesで短いスピーチをしたとき、
周りと比べたら全く稚拙な私の話を、終わった途端にみんなが褒めてくれたのだ。
緊張と不安の中で口を開いたあとに貰った「良かったよ」という言葉が、どれだけ嬉しかったことか。張り詰めていた気持ちがほどけ、しゃべることが怖くなくなった。
アメリカ人はとにもかくにも褒め上手。プレゼントを貰ってもその場で開けて、必ず褒めるのだそう。どんなものでも、良いところを見つけて、褒める。それで貰った人もあげた人も、happyになれる。
思ったことをバンバン発言するのも、周りからの批判を気にする必要がないからだろう。そんな心理作戦も、アメリカ人の積極性を作り出している要素なのだとしたら、これは見習うっきゃない。日本人も、批判や指摘を褒め言葉で挟んでみては。オブラート効果で、すんなり受け入れてもらえるかも。

たった今NSLCで私を支えてくれていたbest friendからメールが来て感激の涙・・・!取り乱してしまいました。笑。
11日間であれほどまでに学び、遊び、友達の輪を広げることができたのは奇跡に近い。
素敵なプログラムに出会えて良かったですv
今、2005年の参加者募集中みたいですよ。
alumnaとして紹介とか、できると思います。
頑張れ日本人。

日本

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中国からやって来たのは6歳のときで、身に染み付いたのは日本文化だけど、「わが国」と未だに言い切れなかったりするし、いつも少し離れたところから眺めている感があった。
正直中国にも、私の国という気持ちは抱けず、はみ出しもののような気がしてならないのだが・・。こうなったら世界に飛び出すしかないというのが結論で、アメリカ留学にも、そんな潜在意識が働いたのかもなぁ。

日本人は欧米への憧れが強いとよく言われるけど、実際その通りだろうと思う。世界、国際、グローバルという言葉に弱いのは、私とて人事じゃない。あまりにちやほやしすぎるのは見苦しいが、興味をもって外へ目を向けるのは良いことだろう。
だけど、よく聞く話だが、一旦外に出てみて思い知らされるのは、自分が日本(私の場合はプラス中国)についていかに知らないかということ。
目に見える文化だけじゃなく、本音と建前とかわびさびのような日本人の精神だったり、風習や伝統など日常の生活に根付いているものについて、あまりにも無意識に生活していたことを痛感した。

中学高校と英語を一通り学んだって日本文化について紹介のひとつもできないのだから。教科書に出てくるのは、ハロウィンの起源とか、外国の文学とかばっかり。
英語の勉強をしながら外の文化や歴史を学ぶのは一見効率が良いけど、結局中途半端なことしか学べないのではないかという気が、いまさらながらしてならない。
英語を学ぶことの目的が、他国とコミュニケーションをとることならば、まずなによりも先に自国の良さを知ってアピールすることから始めるべきだろう。
色々な「~道」だとか、伝統工芸だとか、日本には自慢できるものが沢山ある。
響きが美しく、自由自在に変化しうる日本語も、
日本独特の風習も、
日本人の繊細で調和を好む気質も、
世界に誇ってしかるべきものだと、私は思う。
独自の歴史や風土がもたらした文化はそれだけで美しいのだから。
もうすぐ離れる身になって、日本は良いよなぁと、実感。
だから、むやみに近代化や欧米化に流されずに、自分の原点である日本を土台にしながら、世界に通用する考え方を、身につけたいなぁ。

自分でも何を書いているのかわからなくなってきちゃいました。しかも横道に逸れ放題・・。
日本や異文化についての認識が甘いとアメリカの大学じゃやってけないよ、という自分への忠告です。主張がぶれるのも、致命的なのですが、まだ、自分の中にさえ相反した考えが渦巻いているのを感じています。だめだなぁ。
確固たる信念があったらかっこいいけど、自分と違う意見に目もくれずに突っ走るのは最悪にかっこわるいので、自分の考えを微かに疑い続けるような人になりたいとも、思ってみたり。
今のうちに、迷いながら頭を振り絞っていろいろ、考えとこ。