昨日はオイリュトミー倶楽部・ハーモニーの発表会が

台湾・台中市シュタイナー学校と幼稚園でありました。

 

日々の練習の成果あり、みんなオイリュトミーの流れのある動きになっていて、言葉や音楽を動くオイリュトミーが美しく空間に響いていました。

お父さんやお母さん達がとても美しかったので、

子どもさん達はちょっと恥じらいながらも嬉しそうでした。

 

昨年11月から教えて来た生徒さんたちですが、本当に楽しそうで仲がいいです。

大人になってからこんな風にゆっくり知り合っていって、友達になれるのっていいなあ。

練習とかも毎週3日、生き生き楽しみにやっていたそうです。

親達が自分で興味をもって習い始め、創立したオイリュトミー倶楽部ですが、

考えてみると子どもに親のこういう姿を見せるのって、

すごくいい教育だなあと思います。

 

大人がいつまでも世界に対する新鮮な興味を持っていられて、

今まで知らなかっことを学びながら、日々を楽しそうに過ごしている。

 

そんな姿を見て育つ子どもは、世界って面白いんだなあ、

生きることって、そんなカラフルな世界を味わいながら学んでいくんことなんだな、

無意識に思うのではないかと思うのです。

 

大人になっても大切に心の庭を耕し続けていきたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

Eurythmy club Harmony in Taiwan shared their work with children in Leichuan waldorf school and kindergarten.

Children could see their parents do eurythmy art with joy, with full of heart. Through eurythmy they create beauty and harmony in the space and made music and words visible.

Since November they have kept practiced three mornings every week and as I heard it have been joyful process. To practice together with others this process made them really good friends. In our age it is a treasure to have such time and real human relationship.

I also think it is the best education to show children that parents happily learn something new and show life is colorful and delicious! Then they can experience unconsciously that leaning is not "must to do", but "want to" do.

 

 

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朝日新聞に掲載されました

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本日、朝日新聞に掲載されました。(和歌山版)

 

 

取材を受けたのは約2週間前。

 

記者さんは朝のオイリュトミークラス(10:45-12:15)から参加、

他の受講生と一緒に1時間半たっぷりオイリュトミーを実際に体験されていました。

 

その後、オイリュトミーとはそもそも何か、

オイリュトミーを通じてどう社会貢献していきたいのか、

荻原史織はどんな人なのか等々、お話しすること3時間あまり。

 

言葉にするのが非常に難しいとおっしゃっていましたが、しっかり言語化されて、ポイントをついた記事にしてくれました。

 

記者の白木さんお話しするなかで、

オイリュトミーを説明すること、

芸術を言語で伝えることの難しさ、でも伝えたいというジレンマを感じ、

そこから派生してそもそも芸術とは何か、

人のいのちにとって何なのか、等々話題が広がっていきました。

 

伝え方の学びも含めて、これからそんな事をこのブログで発信していきます。

 

まだまだこれから色々なことがありそうですが、

とりあえず「オイリュトミー」の言葉がメジャーな新聞紙面に載ったことが、

自分の中でとても嬉しい、大きな一歩、です。

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和歌山シュタイナー学校で春の数週間、

うちの夫が担任する新一年生と一緒に身振りをつけて唄っていた歌:

 

♫ 小さな庭

 

小さな庭をよく耕して、小さな種を蒔きました。

ぐんぐん伸びて、春になって、小さな花が咲きました。

 

中くらいの庭をよく耕して、中くらいの種を蒔きました。

ぐんぐん伸びて春になって、中くらいの花が咲きました。

 

大きな庭をよく耕して、大きな種を蒔きました。

ぐんぐん伸びて春になって、大きな花が咲きました。

 

心の庭をよく耕して、心の種を蒔きました。

ぐんぐん伸びて春になって、心の花が咲きました。

 

 

 

この「小さな庭」は昔からある手遊び歌らしいのですが、私は知りませんでした。

自分が小学生の時に教わったら、きっと好きになって何度も歌っていたと思います。

子どもにはあえて説明しませんが、この歌には学ぶことの本質と喜びが、うたわれていると感じます。

 

 

学校で学ぶことは自分の心の庭を耕して、

ことばの響き、数の神秘、色彩の美しさの学びの種を蒔き、

己の人生に彩りをそえてくれる、心の花の咲かせる準備をすることでしょう。

 

 

 

 

「大人になった時に自分から学び続けていける人、

   自己教育をできる人を育てることが真の教育です」

とシュタイナーが言っていて、その通りだと思いました。

 

子どもにあれもこれもと機械的に覚えさせるだけでは、いつか子どもは世界に対する興味を失い、勉強=苦痛になっていきます。本当の学びの面白さは、そこにはありません。

 

今のところ宿題は一切なく、復習して覚えていらっしゃいとも言ったことはないのに、和歌山シュタイナー学校の子どもたちは家で楽しく漢字を書いたり、英語の歌を歌ったりしているそうです。時にはすっかり先生気分で幼い兄弟や、ペットの犬に授業をすることもあるのだとか。

 

目をキラキラさせて一生懸命に授業を聞いている子が、家でリラックスして小さな先生になっているのを想像すると、可愛くて胸がワクワクしてきます。

 

「学ぶことで美しい世界に通じていく」子どもたち。

オイリュトミーで彼らの心の種蒔きをお手伝いしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「オイリュトミーをもっと沢山の方に伝えていきたい」

という気持ちがぐんぐん強くなりまして、

一昨年の春に、それまで勤務していたニューヨーク州スプリングバレーのオイリュトミー学校を離れました。

 

その後1年はほぼ台湾暮らしで、台湾台中市にあるシュタイナー学校と、台湾新竹市にあるオイリュトミー学校へ教えにいきました。

 

台湾とのご縁は、当時教えていたアメリカのオイリュトミー学校の学生さんから。

「先生が忙しいのは重々承知しています、が1ヶ月だけでいいので、私の息子が台湾で通っていた学校にオイリュトミーを教えに行ってくれませんか?」

 

彼女の真摯な態度と言葉に胸を打たれて、出来る限りの準備をして行ってみました。

そこは学校設立以来20年間、待ちに待ったオイリュトミーの授業とのことで、

あちらも私もてんやわんや、楽しみながらあっという間に時間が過ぎました。

ありがたいことに、台湾とのご縁は今でも続いていて、奇数月に10日ほど行ったり来たりしています。

そしてこの2017年4月からは、和歌山のデキる母たちが「エイヤッ」と作ってしまった和歌山シュタイナー学校で、文字通りピカピカの新1年生にオイリュトミーと英語を教えています。

 

他にはオイリュトミーで身体を整えていこう、息を深くしていこう、自分と向き合っていこう、あわよくば舞台も楽しんでしまおう!という健やかな野望を持った楽しい大人たちとも週に2回、合計3時間ほどオイリュトミーレッスンをしています。

 

今はまだ小さなオイリュトミーの種が、ここの和歌山の地に蒔かれて、芽吹くことを祈りながら。

 

写真は和歌山シュタイナー学校よりお借りしました。

今回の記事は、オイリュトミーをわりと知ってらっしゃる方向けに書いています。
興味があるので知りたいけれど、言われていることが分からない方は、気軽に質問してくださいね。


これまでにいくつかのオイリュトミー学校を体験してきました。

まず、スイスのドルナッハという町にあるオイリュトミー学校で、4年間のトレーニングを修了しました。

修了後やはり同じ町にあるゲーテアヌムという劇場で、オイリュトミーの舞台芸術トレーニングを1年、舞台研修を1年しました。
そこでいろいろな学校の卒業生に出会い、学校によっていろいろ違うんだということを知りました。

その後でアメリカ・ニューヨークにあるスプリングバレー・オイリュトミー学校&舞台グループにやってきました。

そして今現在は、ここスプリングバレーのオイリュトミー学校で教えています。

複数のオイリュトミー学校を、生徒として、教師として、友人として、内側からと外側から体験できたおかげで、
オイリュトミー・トレーニングのカリキュラムが学校によって違い、またそのことで重要視しているものの違いが見えてくるようになりました。(主に音楽オイリュトミーです)


スプリングバレーのオイリュトミー学校は、1年生1学期は音楽オイリュトミーの時間に銅棒エクササイズをメインにします。
以前の記事にくわしくかいたので、そちらもご参照ください。
自分の身体を自分のものにすること
身体感覚を育てること
自分のまわりの空間を把握すること
音楽と響き合う身体づくり


2学期になり、音楽オイリュトミーの要素も始まります。
レッスンの始めに銅棒エクササイズ、その後で音楽オイリュトミーという流れです。
メロディー、リズム、タクトの要素と、息継ぎ(シュブング)から始めます。
フォルムを動くとき、両手はメロディー(音の高低の流れ)をとっています。
また音のダイナミズム(緩急)をよく聞いて、早く動く場所とゆっくり動く場所を意識的に感じます。

3学期になり、音のアングル(ドレミファ、、、で音の角度を、両手で表し体験します)が、ようやくスタートします。
学期末の発表でみせるものは、フォルム+音のアングルで動く曲と、フォルム+メロディーで動くものです。


これに対して、スイスの学校では

銅棒エクササイズは音楽オイリュトミーの時間外で、1年を通じて週2回ありました。

そして1年生で習う音楽オイリュトミーの要素として、一番最初にならったのは音のアングルでした。そして2学期に長調と短調。

2年生になってからメロディー、リズム、タクトの要素を習いました。


オイリュトミー学校で教わる要素はいくつかあるのですが、こう見てみると2つの学校で順番がまったく違います。

スプリングバレーの学校の順序は、かるく身体を整えて、音楽を聴いて一緒に動く、自分の心の動きに敏感になることから始め、そこから外側(身体)へ向かってゆく感じがします。

スイスの学校の順序は、動きの基礎となる身体をしっかりと作ってから、自分の心へと、内側へと向かってゆく感じでしょうか。

このことをスイスで同じ学校だった友人に話したら、
「音のアングルって、体験するの難しいよね。メロディーの上り下がりを両手で一緒に動く方が、具体的で音楽を動きを通して歌っていることを、体験しやすいが気がする。」と言っていました。

「音楽オイリュトミーは目に見える歌、目に見える音楽ではない」と以前スプリングバレーの校長をしていた先生に言われたことをふと思い出しました。

スプリングバレーの学校では「動きの中に呼吸があること」をとても大切にしています。
早く動くことよりも、自分が身体で動いている動きを、自分の心が体験していること、
その心の動き=身体の動きが同じ空間で奏でられている音楽とひとつであることが、
なにより重要に扱われます。どちらかというと「聴く」姿勢です。

スイスの学校は「私が空間の中にしっかりと立つこと」「身体の俊敏な使い方」を教えてくれました。自分が肉体の中にしっかりといることで、空間を満たす、どちらかというと「語る」姿勢に近いかと思います。

人によって学びの道はさまざまですが、どちらも人間の大切なアクティビティー。
ハーモニックにバランスをとって、オイリュトミーを楽しんでいきたいです。