九州でただ一人の全盲議員として活動する大分市議の衛藤良憲さん(62)が、今期(任期満了3月9日)で引退する。年齢を重ね、障害を抱えての政治活動に身体的な負担が増してきたためだ。

 4期14年間、社会的弱者の目線からインフラ整備の課題や制度改正の必要を訴え続けてきた。議員バッジを外した後も、県盲人協会長、日本盲人会連合理事として「障害者の存在を広く認知してもらう取り組みに残りの人生をささげたい」と語っている。
 左目が生まれつき見えず、右目も弱視で45歳のときにほぼ光を失った。県立盲学校を出た後、市内中心部で鍼灸(しんきゅう)院を開業。1998年、市内で母親が知的障害の子どもを殺害した後、自殺したり、自殺を図る事件が起きた。「障害者と家族の悩みや苦しみを世の中にもっと知ってもらわなければ」と市議選に立候補した。
 99年の補選で初当選。以後、当選を重ね、昨年12月まで毎回、定例市議会一般質問で市政の課題を指摘してきた。その数55回。市の職員採用で点字受験ができるようになったり、市の施設のバリアフリー化が進むなど、自らの訴えが施策に結び付いたケースもある。

 障害者に対する市民の目線が年々優しくなってきたと感じる。知り合いの視覚障害者から「バスで席を譲ってもらった」「道端で立ち止まっていると行き先を尋ねられた」といった話を聞くことが増えた。「議員活動を通して、世の中に障害者への関心を高めてもらう一助になったのであれば光栄」と話す。
 議員生活で最も苦労したのが選挙戦。支持基盤がなく、「障害者団体や鍼灸師仲間など、手弁当で一緒に戦ってくれた支援者たちに助けられた」と感謝する。政治の世界からは去るが、「障害者だけでなく、若者や女性など、さまざまな立場の人に議会で活躍してほしい」と後進に期待を寄せた。


以上、今年1月25日の地元紙夕刊に掲載された記事の全文です。

これに、議会控室で点字の資料を調べる様子の写真が掲載されました。

 先日、その控室の片付けや整理も大方終わり、後援会事務所の看板も撤去し、本日は後援会連絡所の看板も回収させて頂きました。長い間、看板を設置させて頂いた支援者の方々には本当に感謝しております。ありがとうございました。

 明日、市議選の告示を迎えるにあたり、ご挨拶まわりも一区切りさせて頂きましたが、衛藤が、そうやって一つ一つの事にキリがついていく中で、一抹の寂しさを感じながらも、時折晴れやかな表情を見せるのも、これまで皆さんの期待を背負い、そしてその責任の重さを痛感しながら活動してきた事を思えば、少しだけ荷物が減っていくような、そんな気持ちになっているような気がします。


 大分市の行く末を左右する重責に、身を捨てて挑戦する方々の戦いが明日から始まります。

 選挙カーはうるさいかもしれませんし、1週間ご迷惑をお掛けする事も多いかもしれません。それでも、候補者や運動員の皆さん方は皆一様に真剣です。真剣にこの大分市の現状を考え将来を憂いている方々ばかりのはずです。「うるさいなー」と思う前に一度その候補者の訴えに耳を傾け、取り巻く運動員の方々の熱を感じてみてください。

 理念・政策・想い・志・人柄・・・何かを感じ取ることができるはずです。そこで、「この人なら」と思える方に有権者の皆さんの貴重な一票を託して頂きたいと強く願っています。

 当事務局の立場からは、衛藤と同じ会派で活動してきた「いでぐち良一」さんと「福崎ともゆき」さんお二人へのご支援ご協力をお願い致します。


えとう良憲後援会事務局

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全盲の大分市議、衛藤良憲さん(62)が39日の任期満了で引退する。


体力面で不安が出てきたことに加え、「大きなケガがないうちに辞め、県議会、国会も含め(障害がある)後進が出やすい環境を作りたい」との思いから決意した。九州盲人会連合会によると現在、九州唯一の全盲議員。


昨年1214日、最後の定例市議会を終えると、「福祉向上を訴えてきたが、人権は永遠のテーマ。死ぬまでやりたい」と訴えた。【土本匡孝】


生まれつき左目が見えず右目は弱視。大分県立盲学校(大分市)を卒業後、しんきゅう師として働いたが、96年ごろ、緑内障で全盲となった。

98年に同市で起きた知的障害のある子を親が殺す無理心中事件に心を痛め、「障害者自らが主張して社会を変えないといけない」と99年の市議補選出馬を決意。弱視の妻照子さん(60)は離婚を口にしてまで反対したが、説き伏せて初当選した。民主の推薦・公認ながら、労組などの組織支援は受けず当選4回を重ねた。

長男憲一さん(38)が会社を辞めて秘書兼介助者となり、二人三脚で14年間を歩んだ。選挙戦では「どこに有権者がいるのか分からない」ため、周りの指示で体の向きを変え、それでも階段につまずいたり、水たまりにつかってり、プランターをひっくりかえしたり・・・・・・。議場では同僚議員、議会事務局職員が介助した。

任期中、全55回の定例会は「市民の代表としてお金をもらっているのだから、最低限の義務です」と一般質問に立ち続けた。「高齢化社会は障害者社会。障害者が暮らしやすい社会は健常者にも暮らしやすい」との信念で福祉問題を中心に訴え、市の一部事務職の点字試験導入にも貢献。「健常者の障害者に対するバリアーが取れたのでは」と自負する。


一方、「私だけのためにかける金があれば、街中のバリアフリーを一メートルでも長く」と、自分のための大幅な改修は断った。引退しても、日本盲人会連合理事として「障害者仲間のために、少しでも役立ちたい」と語る。「弱者を救うのが政治。障害者施策は超党派でやってほしい」。衛藤さんは政治に望むことを強調した。


以上、今年1月5日の毎日新聞に掲載された記事の全文です。これに福崎議員さんに手引きされ議場を去る写真が掲載されました。

その福崎議員さんにとっても大変厳しい選挙戦が明日から始まります。5期目の当選に向けて1週間全力で走り抜いて頂きたいと思います。

衛藤は、本日より18日まで九州盲人会連合会の行事の為に福岡に行っておりますが、福崎議員さん、そして同じく会派で共に活動した井手口議員さんの当選に向けて微力ではありますが応援させて頂くつもりでございます。


えとう良憲後援会事務局

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大分市議会 平成24年12月定例会

12月10日(月)11:00頃~

一般質問(一括)

衛 藤 良 憲(おおいた民主クラブ)


1.福祉行政

(1)障害福祉サービスと介護保険サービスの関係について

(2)福祉サービスの地域間格差について

(3)(仮称)日本一バリアのないやさしいまち大分について

2.教育行政

(1)(仮称)ワーキングママ愛育タイム支援事業について

(2)特別支援学級について

3.都市計画行政

(1)新バリアフリー構想について

(2)中央通りの車線減少案について

4.土木建築行政

(1)市内の公共建築物及び道路のバリアフリー化について

5.総務行政

(1)災害時要援護者対策

(2)窓口業務における職員配置について


 以上が昨年12月10日に行った質問の項目ですが、全文掲載は控え、【福祉行政について】の3項目の衛藤の質問原稿と、その3項目目【(仮称)日本一バリアのないやさしいまち大分について】の釘宮市長の答弁原稿の抜粋で紹介させて頂きます。


質問:衛藤良憲議員

 国は、2009年に障害者制度改革推進本部を立ち上げ、障害者制度の抜本的な見直しをすると豪語しておりました。しかし、残念ながら本年6月に成立した自立支援法の一部改正は、法律の名称を「総合支援法」に変える等、推進会議の総合福祉部会が出した骨格提言からは程遠いものとなりました。

 民主党が、結果的に多くの障害者の思いを裏切ったことは極めて残念であり、この間無駄な議論を重ねてきたことについては憤りさえおぼえるものでございます。

 今後は、3年後の見直しに向けての動向を注視していくと同時に、市長にも、市長会等を通じて骨格提言の内容が十分反映されるように、国に対して働き掛けていただきますよう要望しておきたいと思います。

 そこで、国の所管事項であることは十分承知しておきながら、あえて次の3点について質問させていただきます。

 まず、介護保険制度と障害福祉サービスとの適用関係についてですが、現行の法体系のもとでは介護保険が全ての制度よりも優先されることになっております。ただし、介護保険に相当するものがなく、障害福祉サービス固有のものと認められるものについては、状況に応じて利用できることになっております。そこで、大分市の状況について、お聞かせ下さい。

 次に、障害者サービスの提供における地域間格差について質問します。先程の但し書きの部分に対する考え方が市町村によってバラつきがあること。介護保険には1割負担の原則があること。また、近年福祉の分野に民間業者の参入が著しいことから、利益を優先するあまり障害者のニーズが無視されるケースが多発しており、様々なケースで問題提起されております。

 もともと地域生活支援事業については、地域間格差が生じる事が予想されていましたが、自立支援給付においても都道府県や市町村に2分の1負担や4分の1負担が生じる事から、国のいう全国一律とはかけ離れた実態が存在しております。大分市においては、障害の種別とニーズに応じてサービスが提供されるよう最大限の努力をすべきであると思いますが、地域間格差についてお聞かせ下さい。

 釘宮市長は、自立支援法の施行当初から全国に先駆けて4分の1軽減策を実施し、高い評価をうけておられます。バリアフリー化の問題も含めて、今後とも福祉施策の推進にあたっては、ハード・ソフト両面から市内の障害者が安心してサービスを受けられるよう、「日本一バリアのない街、優しい街大分」を目指して積極的な施策の展開をしていただきたいと思いますが、市長のご所見をお聞かせ下さい。


答弁:釘宮磐市長

 3点目の「日本一バリアのないやさしいまち大分」については、私からご答弁申し上げます。

 国におきましては、平成23年8月、「すべての国民が障がいの有無にかかわらず共生する社会」の実現を目指し、障害者基本法の一部を改正する法律を公布しております。

 この背景には、物理的障壁や意識上の障壁などの様々な社会的障壁により、障がいをお持ちの方が差別を受けたり、暮らしにくさを感じているという状況があると考えられます。

 本市では、これまでも障がいをお持ちの方が、地域や社会に参加しやすいよう、公共施設や道路、公共交通機関等でのバリアフリー化に取り組んで参りました。

 また、現在策定中の「第三期 大分市障害者計画」におきましても、「ノーマライゼーション」の理念に基づき、障がい者が社会参加することを可能にするための施策を一層推進し、安心して暮らすことができる地域社会を目標としているところでございます。

 今後も、誰もが円滑な社会生活を送ることができるように、ユニバーサルデザインの観点から、公共施設のみでなく、大型商業施設などの不特定多数が利用する民間の公共的施設のバリアフリーの推進を図ってまいります。

 併せて、障がいをお持ちの方に対する理解の不足、偏見、誤解などの「心のバリア」を解消し、市民誰もが人格と個性を尊重し、ともに暮らし ともに生きていける社会を目指していかなければなりません。

 議員は、かねがね、高齢化社会は障害を持つ方が増えていく社会になる。何故なら、人は年を重ねるにつれ身体の自由がきかなくなり、例えばちょっとした段差にもつまづいて転んでしまうことがある。従って、これからの社会は障害を持つ人たちの視点に立ったバリアのないまちづくりを進めていくことが、最も重要視されなければならないと言っておられました。

実は、私の母も5年前から車椅子生活になりましたが、外出する際は車椅子トイレの有無を確認して出かけなければならないという大変不自由さを痛感いたしているところでございます。

 議員ご提案の「日本一バリアのない優しい街大分」は、これからの大分のまちづくりの最重要課題である。とこのように考えております。

 今後とも、「市民協働のまちづくり」の観点から、市民と行政が一体となり、その実現に向けて積極的に取り組んでまいります。


以上、衛藤良憲にとって初当選以来一度も欠かさなかった質問の締め括り、執行部とのやり取りの一部ですが、紹介させて頂きました。


えとう良憲後援会事務局

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