Eternal Odyssey

 この空間には、時空間保持装置が内蔵されています。情報はいつでも新鮮です。


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 やっぱり、インドの片隅を歩いていると、旅行者は素通りしてしまうような、小さな、何屋なのかもさっぱりわからないような店を見つけた。

「石鹸だ!」
わたしは喜びいさんで走り寄った。その店は石鹸屋で、店先に正方形の石鹸が山と積んである。
「これ、天然素材の石鹸でしょ!?」
わたしが喜んで、店先のひとつを取り上げて言うと、
「うむ。」と、その通りだ、とばかりに奥に座る老人がうなずいた。
その石鹸をまじまじと見ると、「100%PURE」と彫られていて、老人の態度から、それが偽りでないと思った。
「ちょうだい!」と言うと、「それはだめだ」と言う。
「え?」という顔をすると、老人はカウンターの下から真新しい石鹸を取り出した。確かに、わたしが手にした石鹸は、日に晒されて年季が入っている。
「白いのと、緑のとどっちがいいか?」
と聞くので、
「両方!」と、叫んだ。
「一個、8ルピーだ。」
インドでの値段は大概いいかげんだが、このときは、老人の態度から正当な値段を言われたような気がした。

 石鹸を手に入れて、大きな通りから少し入った旅行者なら警戒心を持って歩いた方がいいような小さな通りを歩いた。すると、赤ん坊を抱えた小さな女の子が「お金、ちょうだい」と手を出す。わたしは、ちょっと多いと思ったが、10ルピーを彼女に渡した。すると、「この子にも」と赤ん坊を指す。こういうことがインドでは多くて、彼らにとっては、自分の分と赤ん坊の分は別らしい。そこでわたしは、10ルピー渡した。
 実は、このときわたしはお金の計算が下手で、1ルピーが何円という感覚をまったく持っていなかった。自分のポケットに大体いくらのルピーがあるかを頭に入れておき、インドの一般的な人びと(大体は商人)たちのお金に対する言い方や、反応や、態度で、ルピーの価値を計りながらお金を使っていた。しかも、かなりの額のルピーがポケットにあったのにも関わらず、彼らより、ほんの少し自由になるお金がある、くらいの感覚でルピーを扱っていて、10ルピーというのは、日本では、子どもへの駄賃にもならないくらいの額なのに、8ルピーで上等な石鹸を買った感覚を身につけていたわたしは、10ルピーに重さを感じていた。言うならば、お金に関して、彼らのひとりになりきっていた。
 気前の良いわたしを見て、女の子はわたしに「もっと、ちょうだい」と言ってきた。「これは、いかん」と何を思ったのか、わたしは彼女に説教を始めた。何を言ったのか、まるで覚えていないのだが、この説教は10分間くらい続いた。すると、周りの商人たちもこれを見ていて、インド慣れした風の西洋人もにこにこしながら見ていて、やはり、路上生活者の女の人もこれを見ていた、というより、聞いていた。
 このとき、わたしは女の子の目を見ながら話していたのだが、この路上生活者の女の人の気配を感じていた。わたしはこの人を知っていた。このときより、数年前にやはりインドを訪れたときに、やはりこの通りを通ったときに、彼女はいて、わたしに手を差しだした。1ルピーを彼女の手に乗せると、彼女はすごい剣幕で怒った。そのときのわたしには、彼女の怒りが全く理解できず、1ルピーもあれば、近くの屋台でクッキーが一枚食べられるのに、くらいに思った。それに、ガイドブックには、彼らのような人びとはルピーより下のサンチームという単位でお金を使っている、と書いてあったので、そういうものだろう、と思っていた。彼女にわたしはもう1ルピー渡したが、それでも、彼女は怒っていた。彼女は、通りすがりに過ぎなかったのに、彼女の顔はわたしの中に強い印象として残った。石鹸屋に行く前、わたしは彼女にすでに対面していた。数年前とそっくりの顔で彼女はいて、初めから怒っていた。以前のことがあるので、わたしは彼女に100ルピー渡した。いつものくせなのか、彼女はそれに文句をつけた。わたしはさらに、10ルピー渡した。もっとくれと言われたら、もっと渡そうかと思ったが、それを受け取ると、彼女がわたしに向けていた圧迫感がふっと軽くなり、わたしは彼女を後にした。この女の人が、さっきの怒っている態度と打って変わって、子どもを持つ母親の態度で、わたしの話を神妙に聞いているのが、気配でわかった。しかも、何事かを彼女の中で恥じているのが感じられた。この、旅行者に向ける顔とはまるで違う、彼女の側面にわたしは触れて、人びとの布施で生活をすることを強いられている人々の心を知った。何が他の人と違うと言うのだろう。彼女の怒りは大きな意味を持ってわたしの中に入ってきた。彼女は、ひとりの人間の価値観を変えたのである。
 わたしは何を話したのだろうか。女の子は一心にわたしの話を聞いていたし、周りの人もみんな聞いていた。
 話し終わったわたしに、女の子が言った。
「わたし、というのは、アイで、あなた、というのは、ユーなのね」
わたしは、それを聞いて涙がでそうになった。
わたしは、彼女の知性に驚いた。そして、わたしの話を聞いている間の彼女の頭の動きは、わたしが慣れない英語を話しているときの動きそのものだった。この小さな女の子は自分の知性をわたしに教えると同時に、わたしを鏡で見せてくれたのである。
「ヒンドゥ語は話せないの?」
女の子がわたしに聞いた。
わたしは、数を数えることができた。
「エク、ドー、ティー、チャー、パーンチ」
すると、女の子が、
「わたしは、パーンチ(5)」
「この子は、ティー(3)」
と言って、弟を指す。
わたしは、彼女の気転の良さに感動し、自分がヒンドゥ語だけで会話をすることができたことに感動した。
見ると、男の子の顔が汚れている。わたしが、顔の汚れを指し、お腹の痛いまねをすると、彼女はすぐに、わたしが何を言っているのか悟った。
 どこかに水がないかと、見ると、近くの店先のパイプから、水が流れていた。わたしたちは、それに目を止めたが、女の子はあんな汚い水はいやだと言う顔をした。確かにそうだ。そして、使い道を知っているのだろう、そして、彼女は見ていたのだろう、「石鹸、ちょうだい」と言う。わたしはそれを聞いて、この石鹸には、さっきの老人とのやりとりのいきさつがあるので、一瞬、渋った。でも、わたしには、自分にできることは何でもしてあげたい、という思いがあったので、彼女にひとつ、渡した。すると、「この子にも」と言う。なかなか強い。この石鹸はわたしにとって重みを持っていた。わたしの素直な心は、石鹸を自分のものにしておきたかった。それでも、何でもしてあげたい、という気持ちを事実にしたかったので、思い切って彼女にあげた。
 近所の子供たちが、笑いながらやってきた。彼女は普段、彼らを良く思っていないのだろう、嫌な顔をした。
それを見てわたしが、すぐさま、「仲良くしなさい」という態度をとると、女の子は目を見開いた。それを見てますます子どもたちは喜んでわたしにまとわりついた。子どもたちも、さっきの女の人も、このやりとりから、わたしが気前のいいお金持ちだとわかっているのに、彼らはそんな要求をして来なかった。
 わたしが行こうとすると、子どもたちが笑いながらかけてくる。誰かが、
「走れ!」と言った。
確かに、まとわりつかれては、わたしも先に行けないので、わたしは走った。でも、後ろを向いてもわたしは、子どもたちに開いた心を閉じようとはしなかった。子どもたちは、途中までついてきて追いかけるのをやめたが、笑い声がわたしを追いかけてきた。
 旅行者相手の商売人の、ぎすぎすした雰囲気が漂うこの通りに、子どもたちの明るい笑い声が響いた。
 薄汚れた街並みの空間が、突然大きく広がり、明るくなったような気がした。

 わたしは、やはり石鹸が欲しかったので、さっきの石鹸屋を訪れた。
 老人は姿を消していて、老人より少し若い男が店番をしていた。
「石鹸、ちょうだい。白いのと、緑の」
 あまり人に心を開いていなさそうなこの男は、店先の石鹸を取ってわたしに売ろうとした。
「違うよ。奥に、新しいやつ、あるでしょ。」
と、言うと、男は驚いたようだったが、黙って新しいのを取りだした。
「一個、10ルピーだ」
わたしは黙ってその額を払った。









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聞けば聞くほど、自分と考え、考えの方向性が良く似ている

日頃、忘れている自分を思い出す

より生きやすい世へ
自分たちから、自分たちのために

いまだに、三宅洋平氏を知らない方がおられるので、ここで紹介させていただくことにした

自分たちが作る新しい世界

時代を変えるにはまず
自分たちから

時代の行き着く先は三宅洋平氏の言葉の中にこそあると思います

政治に対して、興味のないあなたでも、時間をさいて氏の言葉に耳を傾けてみることこそが重要であると思います























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自分が日本文化を取り入れたデザインをするのは、単純に今、日本に住んでいるから

きっと、イギリスに住んでいたら、イギリス風のモノを、アフリカに住んでいたら、アフリカ風のモノを製作するのだと思う

自分の住んでいる土壌からその土地の文化の影響を受けやすく、その影響から発される自分が一番強い

自分には、長く日本に住んでいるから、土地に対する郷土愛はあるが、自国の人が持つような愛国心はない(愛国心のある方々には怒られそうだが★)

おそらく日本という国を自分の出身地というよりは、ガイコクジンの様な目で眺めている
数ある文化のうちのそのひとつ、というような

ガイコクジンのような目で眺めているから、日本文化を慣れ親しんだものとしてというよりは、斬新な文化として写る
その中に驚きやひらめきがある

独特の風俗に対する畏敬の念はあるが、この文化を持つ民に生まれた誇りはない

ちょっと、見方が違う
でも、これが自分★












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