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ドキュメンタリー映画『祝の島』

古代より、祝島には、
航海安全を祈願し、豊かな海への感謝を捧げる
神官の祝(ほうり)がいたとされ、
神霊の島といわれてきたのだそうです。
瀬戸内海を行き交う船が危難に瀕した時は、
この島に向かって一心に祈ると、
島は霊光を発して行く先を照らした――
このような話しが残されているのだとか・・

祝の島(ほうりのしま)の
「祝(ほうり)」とは
いったいどういう意味なのでしょう?

祝(ほうり)は、「はふり」ともいい、
古代における神職の一つの名。
祝人とも書き神社に奉仕する者をいう―ということですが・・

さて、
では、なぜ「祝(いわい・しゅく)」という字を
「ほうり はふり」と読ませることになったのでしょう?

これは、日本の古代の律令制の時代のお話です。
――「はふり」とは古代の下級神職のこと。
「はふり」は罪穢(つみけがれ)を放(はふ)る意。
「放る」「屠る」が元々の意味としてある。
令制(りょうせい)では、
国司が神戸(かんべ)のなかから簡定してあたらせ、
適材がないか、または神戸がない場合は公戸から採用し、
太政官に申告する規定であった(職員令、神祇官条)。
なお簡定には神祇官が遣使して
卜定(吉凶をうらない定めること)する場合もあった(集解、古記)。
祝部(はふりべ)は大社には神主・禰宜(ねぎ)の下に多くいたが、
神戸を有しない小社には、公戸から臨時に簡定された祝部が
1人だけで司祭する場合もあった。
―-

つまり、
行政官として中央から地方へ派遣された官吏が、
神戸」とよばれる神社の祭祀を支えている民戸の中から
祝部(はふりべ)という職の者を選んだのですね。
時には、神祇官が中央から、わざわざやって来て、
占いで決めることもあった・・
(権力誇示と物見遊山も兼ねてでしょうか。)

「神戸」とは、元々、中国の部曲から来ており、
部曲とは、いわゆる賤民とされた隷属的集団のことを言い、
私有民や私兵として扱われていた人々のことです。
神戸は、中国の唐制にならった税制・租庸調に則り、
穀物や労役、織物などの税を神社に収めさせられました。

祝部(はふりべ)の「はふり」とは、
屠り」であり、
祭祀のための生け贄を殺すことであり、
それは聖なる職業であったと同時に、
忌むべき仕事でもありました。
彼らは、畏敬されるとともに、
差別の対象であったことでしょう。

命の恵みを与え給うた神に、生贄を屠って捧げ祭り、
歌い踊り祝い、仲間とともに分け合って御馳走を食す。―-
糧を得るという歓喜(祝い)と、
他の生命を奪うという悲痛(罪・穢れ)は、
人の営みにとって、本来、表裏一体のものですが、

祝部(はふりべ)は、
人々が忌み嫌う屠りを代行することによって、
人々の罪穢を一手に引き受け、
自らが聖なる犠牲となって「罪穢」を祓い去り、
人々を「祝」ってやるのです。
この「屠り」が形式化し、
ひとつの様式をもった演技、暗喩的な儀式に変遷していったとしても
不思議はないのではないでしょうか。

「はふる」という言葉の元にあるのは、
シャーマンが鳥の真似をして羽(袖)を振る、
羽振り(はぶり)」ともと言われます。

羽振りとは憑依の儀式で、
それは神職の最大の能力とされていました。
鳥が羽ばたくように、袖を振って舞い踊り、
穢れを払いのける霊力を表しているのかもしれません。

彼らの多くは、元々、
身に付けた技芸の他、何も持たない、
寄る辺ない移民たちではなかったでしょうか。

中国の律令に影響を受けて摸された
日本の古代の律令制では、
土地も民もすべて天皇のもの(公地公民)とされ、
良民と賤民、その間に部民(後の品部・雑戸)と
身分制度が布かれ、人民に税や労役を担わせ、
官僚が土地や人民を管理支配していましたが、
この中央集権制度の「律令制」の中の
祭祀を司るひとつの機関としてあったのが「神祇官」です。

天皇の下に、
朝廷の祭祀を担当する神祇官
国政を統括する太政官二官が置かれ、
太政官の下に実際の行政を分担する八省があり、
神祇官には、他の役所と同様に伯(長官)、
大副・少副(次官)などを始めとして、
神部(かんべ)卜部(うらべ)御巫(みかんなぎ)などが
置かれました。
神祇官は、いわば、
中央集権政治を強化するための
人心掌握装置とも言えるのではないかと思います。

職能、芸能、技術をもつ、
技芸集団である漂泊の民たち(神戸・部民=品部・雑戸)の中から、
霊感をもたらすような楽技芸能に長けた者たちが、
祝部(はふりべ)として選れたのではないかと思われます。

「羽振り」を舞う彼らは「しゅく」と呼ばれ、
後に神職となった者らは、その職種から、
祝(ほうり)と呼ばれるようになり、、
一方で、同字の音読みの祝(しゅく)が、
「宿、夙」と当て字され、
宿の者、夙の者と呼ばれる賤民とされました。

祝部(はふりべ)の主な仕事は、
「神祇の祭祀、祝部ハフリベ、神戸カンベの名籍(*戸籍管理)、
 大嘗(*収穫祭)、鎮魂(*たまふり・たましずめ)、
 御巫(*女官)、卜兆ボクチョウ(*占い)、官の事を惣判(決裁)することを掌ツカサドる」

*****

古代の律令制の地方の神主・祝部は、
このように選任され神社に派遣されたようですが、

現在の神主も、
「神社本庁」が、神職資格(民間資格)を発行し、
多くの神官を排出しています。

神社本庁」は、
元は、古代の「神祇官」
明治期の「神社局」へ、
昭和初期の「神祇院」へと、
盛衰を繰り返し、名前を変えて、
生き残ってきたものです。

敗戦後GHQによって
政教分離に反するとして
「神祇院」廃止命令(神道指令:1945年12月15日)がだされるも、
そのままスライドするように作られた(1946年2月3日)のが、
「神社本庁」です。

「神祇院」が「神社本庁」に移行する際、
用兵の天才」と言われた長州軍人・山田顕義が、
大きく関わっていたことも興味深いことです。

第二次世界大戦の「戦争における兵の動かし方」において、
「生きて虜囚の辱めをうけず」などの戦陣訓、
「万歳突撃」「肉弾」
「天皇陛下万歳!」と叫んで「玉砕」する特攻などの
自爆テロの狂気が美化され、通用したのも、
王政復古の国家神道を利用し、天皇を現人神に祀り上げ、
徹底した公民化教育が成功したからだと言えるのでしょう。

つまり、「神祇院」がそうであったように、
現在の「神社本庁」も
「戦争のための人心掌握・用兵装置
である側面に
注意しておく必要があるのかもしれません。

安倍政権の不気味なスローガン
「1億総活躍社会」は、
戦中の「一億玉砕」を連想させる不吉なものですが、

2016年のお正月、
「神社本庁」指令による
全国各地の神社で見られた「改憲キャンペーン」
は、
初詣に訪れた人々を驚かせました。

これは、まさに、脈々と系譜を継ぎ、
隠棲してきた勢力の醜い毒花が、
唐突に姿を現してきた様といえるでしょう。

私たちが、親しみ愛する町々村々の神の杜のうち
どれほどの神主さんが、
安倍政権の「改憲キャンペーン」に参加したのか・・
これは、調査する必要があるのではないでしょうか。

「神社本庁」組織に加入している神社も
一様に政府側というわけではありませんね。
地元で、闘っている神主さんもいらっしゃることでしょう。

冒頭に揚げた 『祝の島』の
上関原発に反対運動の、
キーマンのひとりともなった人物は、
神の杜を守りぬいた ある勇敢な宮司でした。

********

『祝の島』の舞台となったのは、
安倍総理の膝元でもある
山口県室津半島の先端の、
上関町長島の山林から祝島の海域にかけて、
中国電力が建設を計画している「上関原発」用地です。

上関原発用地には、
太古の森がひろがる神社がありました。

この神聖な土地を、守ろうと
文字どうり命がけで闘い抜いてくなった(された?)
ひとりの神官がいました。
『四代正八幡宮』の宮司・林春彦さん。

長くなるので、
このお話は、次の記事で。

つづく・・・








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