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前記事のつづき。

さて、
話を "後藤健二氏とNHKの関わり" に戻す前に、

前記事で
"後藤健二氏シリア行きはNHKの依頼された"という情報を
「政府関係者」なる人物から聞き取り、
LITERA(株式会社サイゾー)サイトに記事を書いた人物を紹介した。
「田部祥太」と名乗る人物である。

彼のネーミングについて、
ユーモアと気概を感じたので、少し触れておきたい。

「LITERA」とは「文字どうりの 誇張なしの」という意味であるが、
「田部祥太」は、逆さまに読むと「タショウベタ=多少ベタ」である。
ベタとは、「そのまま 未加工のままで芸がない」という意味。
つまり、「LITERA」と「田部祥太」は同じ意味をもつ。
いや、「田部祥太」の意味については、
全くの思いつき、個人的推測に過ぎないが、
ジャーナリストは、評論家でもないし宣伝屋でもないので
「ありのまま」を伝えて頂いた方がありがたい。
この時勢では貴重なことだ。

さて、本題の
"後藤健二氏とNHKの関わり"についてだ。

後藤氏が主に紛争地帯のフリージャーナリストとして活動を始めて8年目のこと。
今から12年前、彼は、NHKのあるドキュメンタリー番組に関わっていた。
政治権力によってNHK上層部に圧力がかかり
葬り去られた番組だ。

2003年5月、その番組は、NHKの「クローズアップ現代」で放送予定だった。
危険な紛争地帯を現地取材し、イラク戦争の悲惨さを伝える
衝撃的な映像が収められた「終わらない戦争(仮題)」である。
これが上層部(諸星理事)からの圧力で放送中止となった。
多額の取材費を投資したにも関わらず。

いったい、何故か?

その映像に映し出されていたのは、
「米軍の空爆」によって脅かされる
罪のないバクダッド市民、傷つき死んでいく普通の人々だった。
子連れの父親にまで銃を向けるアメリカ兵、
市民の遺体を庭に埋めるしかない病院、
それを掘り起こして行方不明の家族を探す人々
などの映像が収められていた。

NHK上層部が、「終わらない戦争」を放映中止にしたのは、
米ブッシュとともに「テロとの闘い」を掲げ、
自衛隊派遣に踏み切った小泉政権にとって、
非常に不都合な映像であったからだ。

後藤氏が撮った映像は、
勇ましく正義を名乗る米国が行っていることも
明らかに無差別殺人のテロであり、
市民の目線から見た戦争にはどこにも正義がないことを
まざまざと映し出していた。

この映像は、
企画・提案・編集を報道局の国際部と
番組制作局の社会情報番組部が進め、
途中でNHK社員はバグダッドから退避を余儀なくされたが、
後藤氏は、4月下旬にかけてバグダッドの市民生活を
密着取材して制作したのだという。

ところが、放送日の5日前に突然、
ボツを命じられた。
担当の管理職たちは納得せず、交渉するも決裂。
別の放送枠で復活させる話も上に潰されたという。

[テロ]VS[対テロ]、
「悪」対「正義」の2極の戦いという図式で描かれる偏向報道によって
欺かれていた多くの視聴者は、
この戦争がいかに欺瞞に満ちたものであるかを
知る手立てになるはずの番組だった。
戦争に虐げられる"普通の人々"の悲しみの涙や叫びは、
悪の枢軸には全く無縁であることを物語り、
小泉政権の判断が間違っていることをはっきりと教えてくれていたはずだ。
しかし、後藤氏が撮った「クローズアップ現代」は、消えた。

この経緯は、明らかに政治権力による不正な報道弾圧である。
この事件は、紙誌にも数多く取り上げられた。
NHKの「クローズアップ現代」「終わらない戦争(仮題)」を
担当した職員のみならず、
戦地の真実を伝えようとする後藤氏にとっても、
痛恨の出来事だったに違いない。

後藤氏を「クローズアップ現代」に起用したプロデューサーは、
テレビドキュメンタリーの生みの親とも言われる
NHKの反骨のジャーナリスト永田浩三氏である。

永田氏は、「クローズアップ現代」の他にも、
「NHKスペシャル」「ETV2001」などの編責を担ってきた。
『NHKと政治権力』などの著者でもあり、
権力に私物化されるNHKを
真に"公共"の手に取り戻す闘いをしてきた人物だ。

その永田浩三氏が、ご自身のブログ2012年8/22)で
後藤健二について語っている。

このブログ記事は、山本美香さんという
後藤氏と同じフリーランスのジャーナリストが、
シリアで政府軍の銃弾を受けて亡くなったことに寄せて
書かれたものである。

後藤健二さんと、イラク戦争でタッグを組んだことがあった。クルド人自治区や、アメリカ占領直後のバグダッドの取材は、フリーランスの記者たちしか、きちんと取材していなかった。その貴重な映像をもとに、当時クローズアップ現代の編責だった私は、企画を進めていた。しかし、それに待ったをかけたのは、現在NHKの関連会社のトップにしがみついているおじさんだ。NHK記者の純血主義が、命がけのフリーランスのひとたちの取材成果を、蹂躙し、放送させないという暴挙に出た。
そのことは、のちに夕刊紙の記事となったが、われわれがリークしたのではないかと、犯人探しが行われた。だれが、そんなくだらないおじさんのために、他社にリークなどするものか。自分たちと一緒にしないでもらいたい。
ちなみにこのおじさんは、長井プロデューサーの職を賭した、記者会見を、NHKニュースという公器を使って否定するため、公正原則もかなぐり捨て。虚偽のニュースをでっちあげ、放送させた、NHK史上まれにみる、似非ジャーナリストだ。
だが、フリーランスへの差別感については、私も、同罪だと思う。番組改変事件について、一昨年、つたない本を書いたが、文章の合間に、NHK優位の習い性が、無自覚に垣間見える。本当に恥ずかしいことだ。
山本さんの現場取材の原点は、雲仙普賢岳の火砕流だという。あのときは、たくさんの取材者が命を落とした。あの災害をきっかけに、大手メディアの取材者は、危険な現場に行くことが少なくなり、フリーランスにゆだねることが多くなった。イラク、フクシマ、そしてシリア・・・みな同じ流れだ。――


永田氏は、このブログで
自分自身の心理の層を捲り上げ、
その深層から、自らのNHKの大看板を笠に着るような心を摘みあげ、
静かに見つめ、自戒し、恥じている。
そして、フリーランスのジャーナリストの
命がけの仕事の貴重さを噛み締めている。
NHK退職後、精神保健福祉士としても、
自殺対策や認知症患者に寄り添う仕事を行う永田氏らしい
深い自己分析なのだろう。

後藤さんのようなフリージャーナリストは、
メジャーメディア取材班が撮り得ない場面の
「raw footage=生のままの映像」を捉え、
その素材をメディアに買ってもらう。
TVのニュース番組の数分、ドキュメンタリー番組、
その「枠を取る」ことは、非常に難しく、
素材の良し悪しだけではなく、
時勢のタイミングに委ねられる。
大きな事件や人々の関心の高いイベントと重なると、
そちらが優先されて彼の素材は使われない。
時の運なのだ。
そういう意味でも、
過去に拘ったり、未来を測ったりすることに頓着しても仕方ない。
尤も、戦場の生死の極限では、
「常に目前のことに集中し生きること」しかできない。
その集積が延いては、「生かされている」ということ、
それが神に与えてもらった人生だ。
それは、シリアのアレッポで拘束された獄で悟ったことだと言う。

後藤氏は、クリスチャンだ。
人生の中で、幾度となく繰り返し、
思いがけず見知らぬ人々に窮地を助けてもらった経験から、
自力ではなく「見えない力」に動かされるのを強く感じたと言う。
見えない力に背中を押され生かされてきたことを実感した。
見知らぬ地で独りで危険な仕事をしている自分は、
いつ死ぬとも知れない。
その時、独りでは嫌だ。そばにいてくれる存在が欲しい。
そう思って、すぐに教会に行って受洗した。
受洗した後は安心してそれ以来教会にも行かない
駄目なクリスチャンなのだと笑った。

後藤氏は、紛争地の人々、子供達を取材し、
人の死にゆく姿を撮り続けることに、
一時、意味を見失ったこともあると言う。

後藤氏へのインタビューで、
どういう思いで取材をしているのですか?という質問に、
彼は「寄り添う気持ちで。」・・と何度も答えている。
仕事の意味を見失いかけた果で再び手繰り寄せることができた
彼の真髄と言える言葉なのかもしれない。

彼がクリスチャンになった経緯を知れば、
この言葉の深い意味が、理解できる。
生存の孤独の、"悲しみ"を身に沁みて感じた人なのだろう。

これは、キリスト教の「慈悲」、
また、仏教の「大悲」にも通じる思想ではないかと思う。
日本語の「悲し」は、カナシ=カネガタシ(大和言葉)なのだとか、
・・だから寄り添う。
英語には「care」という言葉がある。
「care」=karo(ゲルマン祖語)= "lament=悲しむ 悼む" 
・・だから寄り添う。

「寄り添う」
この美しい言葉は、
安倍の発した「テロに屈しない」とは、
全く相容れない。

人間の振る舞いは、
内面の思考に支えられている。
「人間は、その人の思考の産物にすぎない。
 人は思っている通りになる。」
ガンジーもこう言った。

後藤さんの振る舞いの
その後を追ってみた。
彼の遺した仕事を見るのが良いだろう。
彼の仕事は、一貫して彼の思想をまま映し出している。
映像作品というのは、対象をありのままに映し出しながら、
対象を見つめる主体の人生の時間分を露光したように、
人生の軌道をも映し出してる。
いかにも、raw footageに。

後藤氏は、
自衛隊派遣に踏み切った小泉政権下でイラク戦争を追った
NHK「クローズアップ現代」から
10余年の時を経て、
軍事化を押し進める安倍政権下で、
図らずも再び、NHKから
ジャーナリストとしては身振うような取材依頼を受けることとなった。

後藤氏は、
平和憲法をもつ日本が、
小泉、安倍と、時の政権によって、
戦争に接近させられる二つの局面に、
日本国中の誰よりも間近に
出会ってしまったのだ。

さて、
後藤氏は、政府のエージェントなのだろうか?
ネット上では、
後藤氏が、CIAのような政府の秘密工作員ではないかという
疑いの目で論陣が張られている。

秘密工作員とは、
政府の手先になって素性を隠し、
策謀に沿って工作することを
第一義の任務するよう特殊訓練された
高性能な傀儡のような存在のこと。

細々とした情報のブロックを積み重ねて、
脳内ジオラマで遊戯をするのは楽しいだろうが、
その論陣には、肝腎要のラインが抜け落ちている。
人には辿って来た精神の筋道というものがあるのだ。
後藤氏が心血を注いで遺した映像に何が映されているのか?
人が作りだすものには、どんなものにせよ
生み出した人物の魂が反映している。

そもそも、彼の行ってきた仕事は、
結果的に反体制的なものだった。
誰の意向にも無関係に、
彼の眼差しが、罪なき市民、子供達に向けられたからだ。

彼は、限定したクライアントも持たない。
況や、政府の意向に沿う秘密工作員であろうはずもない。
英雄になろうとしたわけでもない。

彼の作品は、見たままを映し出すことによって、
人々に戦争の無意味さを知らせた。
「反テロ」という大義名分を掲げる
アメリカ、イスラエルこそジェノサイドを行っていること、
テロ=イスラムという誤ったレッテルが貼られている
中東の人々が流す涙は我々と少しも変わらないということを
Just raw footage に映像で届けた。
彼は、ジャーナリストなのだ。

「journalist」
journal= diurnalis (Latin)= "daily"
                = "book for inventories and daily accounts"

彼がアレッポの獄中で悟った
「常に目前のことに集中し生きる」=journal


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は、最近、
IWJの岩上安身さんの言葉に
非常に心を打たれた。

「みなさん、こんにちは。
 ジャーナリストの岩上安身です。」という言葉から、
いつも岩上さんのインタビューは始まる。

真のジャーナリストたらんとする信念の表明なのだと、
この言葉を聞くと、こちらも集中して視聴させられ
贔屓にさせて頂いている。

人質事件から不眠不休の取材の岩上氏が、
若き戦場ジャーナリストの志葉玲さんにインタビューをしていた。
このインタビューは、複雑な中東の派閥の関係など、
私もメモを取りながら聞いていた。

そして、長時間の話が締めくくられ、
その最後に、岩上さんは、
一回り以上も年下であろう志葉玲さんに
深々と頭を下げて、改まって礼を述べられた。

危険な戦地での第一次情報を届けて頂ける
ジャーナリストの方には、同じジャーナリストとして、
敬意を表します。
第一次情報を伝えることを旨としている者にとっては、
忸怩たる思いがありますが、
貴重な情報をありがとうございました。
~そんなことを言われた。

反骨のジャーナリスト
元NHKの永田浩三さんもまた、
我が身を恥じながら、後藤氏の仕事に貴重さについて文字に残された。

報道のプロ中のプロが、
2012年、永田氏が捧げた深い敬意の言葉を
仮に後藤氏読んでいなくても、
その時、彼がシリアにいようが、
東北の被災地にいようが、
「見えない力」となって
彼の背中を押していたことだろう。


後藤健二さんに
心より哀悼の意を表します。


 
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