2004年11月22日
テーマ:ボーヴォワール

第二の性

「女性の性愛における正常な幸福のあり方は、女性が自分の受動性によく打ち勝って、相手の男性と一つの対等関係をうまくつくり上げることを前提とする。・・・男のほうで、彼女の自由を十分認めつつ、彼女を肉体として欲望してくれるなら、彼女は客体になる瞬間に、自己を本質として再発見するし、すすんで同意する服従のうちでは、あくまで自由でいられる

- シモーヌ・ド・ボーヴォワール -


これはフェミニズムに大きな影響を与えた、ボーヴォワールの代表作『第二の性』の中の一節です。女性の地位を引き上げようと提唱する女性解放論の古典ですが、やはり、性愛に関しては男女の同列を説くのは厳しいかと思います。

ボーヴォワールも女性の本質は客体であることを認めながら、苦しい言い訳をしています。
むしろ、男女のどちらが劣っているとかではなくて、エロティシズムにおいては男女はそれぞれ全く別の法則に支配されていて、それが男女でうまくかみ合っているということなのでしょう。

性交において、女性が主体性を持つことなど、ありえないのですから。
むしろ順応することに、女性の快楽は存在するのです。


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2004年11月12日
テーマ:澁澤龍彦

視線のエロティック

見るということは所有することである。・・・対象に向けられた視線は、相手を物体として犯すことになるのだ」

- 澁澤龍彦 -



話が前後して申し訳ないのですが。

以前、男性の性欲を刺激する最も大きな要素は視覚であるという話をしました。
それは、男性は想像することによって、脳内で興奮するからだということも。

頭の中で、男性は対象となる女性を自分の思うままに想像します。
その対象となる女性はもはや人間ではありません。
肉体です。
自分の言うがままに動く単なる物体でしかなくなってきます。

性的な意味を持った視線は、女性を物体化します。
それは、女性が男性の前で客体化する動きとシンクロしていくのです。


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2004年11月04日
テーマ:

補足

女性のエロティシズムが受動的であるからといっても、それが男性の性愛の法則への盲目的な服従であるとか、男性の能動的エロティシズムに対して劣っているということではありません

男と女のエロスの世界は違うものだということです。

それぞれに優劣をつけること自体、馬鹿らしいことです。

男性に気に入られることは、確かに女性にとって重要な問題ですが、それで女性の価値をはかるのはナンセンスです。
それでは男性の価値は勃起力にある、といっているのと同じです。

要は、男性と女性の持つエロティシズムの法則は、あくまで別物だということです。


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2004年11月02日
テーマ:澁澤龍彦

女のセックス

「女のセックスとは、だから欲望するものではなくて、本質的に欲望されるところのものである」

- 澁澤龍彦 -



フェミニズム論者には怒られそうな話ですが。

以前お話ししたように、女性のエロティシズムは本質的に受動的です。
男性がその気にならなければ、性交は不可能だからです。

ですから、女性のエロティシズムを支配する本質的な要素の一つは、自分の中に欲望の芽を育てることではなく、相手のうちに欲望を掻き立てることです。

言い換えれば、女性はまず相手をその気にさせなければ、自分自身の欲望を満足させることが出来ないのです。

そのために、女性は自己を客体化させます。
この話は、また後ほど。


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